2023年6月17日土曜日

「平均分子量」の明確性が争われた事例

 「平均分子量」の明確性が争われた事例
 
知財高裁平成29118日平成28(行ケ)10005(1次判決)
知財高裁平成3096日平成29(行ケ)10210(2次判決)
 
1.概要
 「平均分子量」の明確性が争われた無効審判の審決取消訴訟の判決を紹介する。なお第1次判決は2017129日付の記事でも紹介している。
 本件発明1は、「平均分子量が0.5~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」を構成要件に含む眼科用清涼組成物に関する。発明の詳細な説明では、平均分子量についての明確な記載はなく、「重量平均分子量」を意味すると解釈できる記載と、「粘度平均分子量」を意味すると解釈できる記載(段落0021の「,マルハ株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)等」という記載)とが含まれていた。このため明確性要件違反の無効理由の存否が争われた。
 1回目の無効審判審決(1次審決)では「平均分子量」は不明確とは言えないと判断されたが、知財高裁は、不明確であるとして第1次審決を取り消した(第1次判決)。
 特許権者は、特許請求の範囲及び明細書の訂正を行い、本件発明1における「平均分子量が0.5~4万」を「平均分子量が2~4万」に限定するとともに、明細書の発明の詳細な説明における段落0021の上記の記載を削除した。この訂正により、「粘度平均分子量」を意味すると解釈できる記載は含まれないこととなった。
 2回目の無効審判審決(第2次審決)では上記訂正後も「平均分子量」がいかなる分子量を意味するのか不明確であるから明確性要件を満たさないと判断された。しかし、知財高裁は、訂正後の特許請求の範囲及び明細書によれば「平均分子量」が「重量平均分子量」を意味するものと推認できると判断し第2次審決を取り消した。
 
2.第1次判決
.1.第1次判決時の本件発明1(請求項1)
a)メントール,カンフル又はボルネオールから選択される化合物を,それらの総量として0.01w/v%以上0.1w/v%未満,
b)0.01~10w/v%の塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化ナトリウム,炭酸水素ナトリウム,炭酸ナトリウム,硫酸マグネシウム,リン酸水素二ナトリウム,リン酸二水素ナトリウム,リン酸二水素カリウムから選ばれる少なくとも1種,および
c)平均分子量が0.5~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩0.001~10w/v%含有することを特徴とするソフトコンタクトレンズ装用時に清涼感を付与するための眼科用清涼組成物。
 
.2.第1次判決時の本件明細書(0021)の記載
「本発明に用いるコンドロイチン硫酸又はその塩は公知の高分子化合物であり,平均分子量が0.5~50万のものを用いる。より好ましくは0.5~20万,さらに好ましくは平均分子量0.5~10万,特に好ましくは0.5~4万のコンドロイチン硫酸又はその塩を用いる。かかるコンドロイチン硫酸又はその塩は市販のものを利用することができ,例えば,生化学工業株式会社から販売されている,コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等),マルハ株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)等が利用できる。
 
.3.第1次判決の要点
本件特許請求の範囲及び本件明細書には,単に「平均分子量」と記載されるにとどまり,上記にいう「平均分子量」が「重量平均分子量」,「数平均分子量」,「粘度平均分子量」等のいずれに該当するかを明らかにする記載は存在しない。
もっとも,本件明細書に記載された他の高分子化合物については,例えば,ヒドロキシエチルセルロース(0016),メチルセルロース(0017),ポリビニルピロリドン(0018)及びポリビニルアルコール(0020)の平均分子量として記載されている各社の各製品の各数値は,重量平均分子量の各数値が記載されているものであり,この重量平均分子量の各数値は公知であったから(5861ないし67),当業者は,これらの高分子化合物の平均分子量は,重量平均分子量を意味するものと解するものと推認される。」
本件特許請求の範囲にいう「平均分子量が0.5~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量が,本件出願日当時,「重量平均分子量」,「粘度平均分子量」等のいずれを示すものであるかについては,本件明細書において,これを明らかにする記載は存在しない。もっとも,このような場合であっても,本件明細書におけるコンドロイチン硫酸あるいはその塩及びその他の高分子化合物に関する記載を合理的に解釈し,当業者の技術常識も参酌して,その平均分子量が何であるかを合理的に推認することができるときには,そのように解釈すべきである。しかし,本件においては,次に述べるとおり,「コンドロイチン或いはその塩」の平均分子量が重量平均分子量であるのか,粘度平均分子量であるのかを合理的に推認することはできない。
前記(2)ないし(4)の認定事実によれば,本件明細書(0021)には,「本発明に用いるコンドロイチン硫酸又はその塩は公知の高分子化合物であり,平均分子量が0.5~50万のものを用いる。より好ましくは0.5~20万,さらに好ましくは平均分子量0.5~10万,特に好ましくは0.5~4万のコンドロイチン硫酸又はその塩を用いる。かかるコンドロイチン硫酸又はその塩は市販のものを利用することができ,例えば,生化学工業株式会社から販売されている,コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等),マルハ株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)等が利用できる。」という記載がされている。また,本件出願日当時,マルハ株式会社が販売していたコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量は,重量平均分子量によれば2万ないし2.5万程度のものであり,他方,粘度平均分子量によれば6千ないし1万程度のものであったことからすれば,本件明細書のマルハ株式会社から販売される上記「コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)」にいう「平均分子量」が客観的には粘度平均分子量の数値を示すものであると推認される。
・・・
のみならず,本件出願日当時には,マルハ株式会社から販売されていたコンドロイチン硫酸ナトリウムの重量平均分子量が2万ないし2.5万程度のものであることを示す刊行物が既に複数頒布され,当該数値は,本件明細書にいう0.7万等という数値とは明らかに齟齬するものであることが認められる。これらの事情の下においては,本件明細書の「コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)」という記載に接した当業者は,上記にいう平均分子量が粘度平均分子量を示す可能性が高いと理解するのが自然である。そうすると,当業者は,本件特許請求の範囲の記載について,少なくともコンドロイチン硫酸又はその塩に限っては,重量平均分子量によって示されていることに疑義を持つものと認めるのが相当である。
したがって,当業者は,本件出願日当時,本件明細書に記載されたその他高分子化合物であるヒドロキシエチルセルロース(0016),メチルセルロース(0017),ポリビニルピロリドン(0018)及びポリビニルアルコール(0020)については重量平均分子量で記載されているものと理解したとしても,少なくとも,コンドロイチン硫酸ナトリウムに限っては,直ちに重量平均分子量で記載されているものと理解することはできず,これが粘度平均分子量あるいは重量平均分子量のいずれを意味するものか特定することができないものと認められる。
以上によれば,本件特許請求の範囲にいう「平均分子量が0.5~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量が,本件出願日当時,「重量平均分子量」,「粘度平均分子量」のいずれを示すものであるかが明らかでない以上,上記記載は,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であり,特許法3662号に違反すると認めるのが相当である。
 
3.第2次判決
.1.第2次判決時の訂正後の本件発明1(請求項1)(平均分子量の範囲が2万〜4万に限定された)
 
a)メントール,カンフル又はボルネオールから選択される化合物を,それらの総量として0.01w/v%以上0.1w/v%未満,
b)0.01~10w/v%の塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化ナトリウム,炭酸水素ナトリウム,炭酸ナトリウム,硫酸マグネシウム,リン酸水素二ナトリウム,リン酸二水素ナトリウム,リン酸二水素カリウムから選ばれる少なくとも1種,および
c)平均分子量が2~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩0.001~10w/v%含有することを特徴とするソフトコンタクトレンズ装用時に清涼感を付与するための眼科用清涼組成物(ただし,局所麻酔剤を含有するものを除く)
 
.2.第2次判決時の訂正後の本件明細書(0021)の記載(訂正前の「,マルハ株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)等」が除外された)
 
「本発明に用いるコンドロイチン硫酸又はその塩は公知の高分子化合物であり,平均分子量が0.5~50万のものを用いる。より好ましくは0.5~20万,さらに好ましくは平均分子量0.5~10万,特に好ましくは0.5~4万のコンドロイチン硫酸又はその塩を用いる。かかるコンドロイチン硫酸又はその塩は市販のものを利用することができ,例えば,生化学工業株式会社から販売されている,コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等)が利用できる。
 
.3.第2次判決の要点
「イ上記1(2)カのとおり,本件訂正明細書には,「本発明に用いるコンドロイチン硫酸又はその塩は公知の高分子化合物であり,平均分子量が0.5~50万のものを用いる。より好ましくは0.5~20万,さらに好ましくは平均分子量0.5~10万,特に好ましくは0.5~4万のコンドロイチン硫酸又はその塩を用いる。かかるコンドロイチン硫酸又はその塩は市販のものを利用することができ,例えば,生化学工業株式会社から販売されている,コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等)が利用できる。」(段落【0021)と記載されている。
 上記の「生化学工業株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等)」については,本件出願日当時,生化学工業株式会社は,同社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量について重量平均分子量の数値を提供しており,同社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量として当業者に公然に知られた数値は重量平均分子量の数値であったこと(上記(3)())からすれば,その「平均分子量」は重量平均分子量であると合理的に理解することができ,そうだとすると,本件訂正後の特許請求の範囲の「平均分子量が2~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量も重量平均分子量を意味するものと推認することができる。加えて,本件訂正明細書の上記段落に先立つ段落に記載された他の高分子化合物の平均分子量は重量平均分子量であると合理的に理解できること(上記(2)),高分子化合物の平均分子量につき一般に重量平均分子量によって明記されていたというのが本件出願日当時の技術常識であること(上記(2))も,本件訂正後の特許請求の範囲の「平均分子量が2~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量が重量平均分子量であるという上記の結論を裏付けるに足りる十分な事情であるということができる。
よって,本件訂正後の特許請求の範囲の記載は明確性要件を充足するものと認めるのが相当である。
被告は,マルハ株式会社製の製品に関する記載を削除する本件訂正により明確性要件の充足を認めるのは特許請求の範囲を実質的に変更するに等しく妥当性を欠くと主張する。しかし,本件訂正は,(1)本件明細書の「かかるコンドロイチン硫酸又はその塩は市販のものを利用することができ,例えば,生化学工業株式会社から販売されている,コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等),マルハ株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)等が利用できる。」(段落【0021)との記載から,「,マルハ株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)等」を除く訂正(訂正事項5)(2)請求項1及び6の「平均分子量が0.5~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」を「平均分子量が2~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」と改める訂正(訂正事項1及び3)を含むものであるところ(95),これをもって,実質上特許請求の範囲を変更したものということはできず,被告の主張は採用できない。

2023年6月4日日曜日

「略多角形」が明確性違反と判断された事例

知財高裁令和41116日判決
令和4(行ケ)10019号 審決取消請求事件
 
1.概要
 本事例は、無効審判審決(請求棄却、特許有効の判断)の取り消しを求める審決取消訴訟の知財高裁判決である。
 引抜加工用ダイスのベアリング部の開口部が「略多角形」の断面形状を有するという構成における、「略多角形」の明確性が争われた。なお従属請求項5では「前記略多角形は基礎となる多角形の少なくとも1の角を円弧でつないだものに置き換えたものである」と規定している。
 審決は、「略多角形」の形状は、「基礎となる多角形断面」の全てあるいは一又は二のみの「角」にあたる部分を、円弧、鈍角の集合、あるいは自由曲線で結ぶように置き換えた形状であることが明確に把握できることから、「略多角形」は明確であると判断した。
 一方、知財高裁は、客観的な形状からは、「基礎となる多角形断面」と「略多角形」とを区別するのは困難であるから、「略多角形」は不明確であると判断した。
 
2.本件特許発明
【請求項1
略円筒形形状をもつ引抜加工用ダイスを保持し前記引抜加工用ダイスの前記略円筒形形状の中心軸を中心として前記引抜加工用ダイスを回転させるダイスホルダーと、
内部に収納された潤滑剤が材料線材に塗布された後前記引抜加工用ダイスに前記材料線材が引き込まれるボックスと、を含む引抜加工機であって、
前記引抜加工用ダイスのベアリング部の開口部は略多角形の断面形状を有し、
前記開口部の断面形状は前記材料線材の引抜方向に沿って同じであることを特徴とする引抜加工機。
【請求項5
 請求項1乃至4のいずれか1項記載の引抜加工機において、
 前記略多角形は基礎となる多角形の少なくとも1の角を円弧でつないだものに置き換えたものであることを特徴とする引抜加工機。
【請求項6
 請求項1乃至4のいずれか1項記載の引抜加工機において、
 前記略多角形は、基礎となる多角形のすべての角を曲線でつないだものに置き換えたものであることを特徴とする引抜加工機。
 
3.審決の判断(「略多角形」は明確と判断)
「「略多角形」は、「基礎となる多角形断面」の存在を前提とし、その全て、あるいは一又は二のみの「角」にあたる部分を、円弧、鈍角の集合、あるいは自由曲線で結ぶように置き換えるものであることが理解できる。
 そうすると、「略多角形」の形状については、基礎となる多角形断面を形成する直線からなる辺と辺とがそのまま交わって「角」を形成する一般的な「多角形」とは異なるものであって、「基礎となる多角形断面」の全てあるいは一又は二のみの「角」にあたる部分を、円弧、鈍角の集合、あるいは自由曲線で結ぶように置き換えた形状であることが明確に把握できることから、「略多角形」の用語が明確でないとする理由は存在しない。」
「上記aで検討したとおり、「略多角形」は、「基礎となる多角形断面」の全てあるいは一又は二のみの「角」にあたる部分を、円弧、鈍角の集合、あるいは自由曲線で結ぶように置き換えるものであることが明確に把握される。
 ここで、「基礎となる多角形断面」は、角を丸める処理をする前のベアリング部の開口部の状態と解されるから、原告のいうワイヤーカット放電加工機により多角形状を形成すべく加工された状態は、「基礎となる多角形断面」と理解される。その一方で、本件各発明の「略多角形」は、この状態に対して、さらに、潤滑剤がたまる「角」がなくなるよう積極的な処理をした状態(例えば、少なくとも半径0.8mm程度の曲率(本件明細書の段落【0055))のものと解されるから、ワイヤーカット放電加工機による加工のみにより角において不可避的に生じる丸みのみを有する状態(例えば、半径0.1~0.2mm程度、あるいは0.3mm程度の曲率の円弧が生じるもの)で仕上がった多角形や、引抜加工による摩耗が作用することによって角の丸みが徐々に大きくなった多角形は含まれないことは明らかである。
 よって、これらのワイヤーカット放電加工に伴う不可避的な丸みにより、本件各発明の略多角形に含まれる範囲が不明確になることはない。」
 
4.裁判所の判断(「略多角形」は不明確と判断)
(1)明確性要件について特許法3662号は、特許請求の範囲の記載に関し、特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。同号がこのように規定した趣旨は、仮に、特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には、特許が付与された発明の技術的範囲が不明確となり、第三者の利益が不当に害されることがあり得るので、そのような不都合な結果を防止することにある。そして、特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
(2)字義からみた「略多角形」の意義
 「略多角形」とは、その字義からみて、おおむね多角形の形状をした図形をいうものと解されるが、具体的にどのような形状の図形が「略多角形」に該当するかは、その字義からは明らかでないといわざるを得ない。
(3) 特許請求の範囲の記載及び本件明細書の記載
・・・(省略)・・・
 
(4)本件各発明の「略多角形」の意義
 前記(3)によると、本件各発明が属する技術分野(線材の引抜加工機及びこれに用いるダイス)においては、従来、多角形の断面を有する線材の製造に際し、ダイスのベアリング部の開口部(以下「開口部」という。)の角部に潤滑剤がたまって塊が発生し、その除去のために作業を一旦止める必要があるため、生産量が低下して製造原価が下がらない一因となっていたところ、本件各発明は、潤滑剤の塊の発生を極力防ぎ、また、ダイスのメンテナンスに要する時間を極力削減し、その結果、多角形の断面を有する線材の製造コストの低減を図ることを目的として、当該角部の全部又は一部につき、これを円弧とし、鈍角の集合とし、又は自由曲線とすることにより、当該角部に潤滑剤がたまりにくくなるようにしたものであるといえる。加えて、本件明細書における「略多角形」の定義(段落【0057)にも照らすと、本件各発明の「略多角形」とは、本件各発明の効果(開口部の角部に潤滑剤がたまりにくくなること)を得るため、「基礎となる多角形断面」の角部の全部又は一部を円弧、鈍角の集合又は自由曲線に置き換えた図形(以下、角部を円弧、鈍角の集合又は自由曲線に置き換えることを「角部を丸める」などといい、角部に生じた円弧、鈍角の集合又は自由曲線を「角部の丸み」などということがある。)をいうものと解することができる。そして、前記(3)によると、「基礎となる多角形断面」とは、従来技術における開口部(角部を丸める積極的な処理をしていないもの)の断面を指すものと解されるから、結局、本件各発明の「略多角形」とは、本件各発明の上記効果を得るため、その角部を丸める積極的な処理をしていない開口部につき、その角部の全部又は一部を丸める積極的な処理をした図形をいうものと一応解することができる。なお、これは、前記(2)の字義からみた「略多角形」の意義とも矛盾するものではない。
(5)「略多角形」と「基礎となる多角形断面」との区別
 前記(4)のとおり、本件各発明の「略多角形」は、「基礎となる多角形断面」の角部の全部又は一部を丸めた図形をいうものと一応解されるから、両者の意義に従うと、両者は、明確に区別されるべきものである。しかしながら、証拠(31323637)及び弁論の全趣旨によると、ワイヤー放電により、その断面形状が多角形である開口部を形成するくり抜き加工をした場合、開口部の角部には、不可避的に丸みが生じるものと認められる。そうすると、「基礎となる多角形断面」も、くり抜き加工をした後の開口部の断面である以上、角部が丸まった多角形の断面であることがあり、その場合、客観的な形状からは、「略多角形」の断面と区別がつかないことになる。
 この点に関し、本件審決は、本件各発明の「略多角形」には、上記のように加工に際して角部に不可避的に生じる丸み(例えば、曲率半径が0.3mm程度以下の小さなもの)を有するにすぎない「基礎となる多角形断面」を含まないと判断し、被告も、これに沿う主張をする。しかしながら、開口部の角部の丸みの曲率半径が0.3mm程度以下であれば、当該角部に潤滑剤がたまりにくくなるとの本件各発明の効果が得られないものと認めるに足りる証拠はなく、当該曲率半径が0.3mm程度以下の場合であっても、本件各発明の上記効果が得られる可能性があるから、当該曲率半径がどの程度を超えれば本件各発明の上記効果が得られるようになるのかは、客観的に明らかとはいえない。また、証拠(31323637)及び弁論の全趣旨によると、上記のようにワイヤー放電加工に際して開口部の角部に丸みが不可避的に生じるのは、加工に用いるワイヤーの断面形状が一定の直径を有する円形であるからであると認められ、ワイヤーの断面の直径が小さくなれば、その分だけ、不可避的に生じる丸みの曲率半径は小さくなるといえるから、開口部の角部の丸みについては、その曲率半径がどの程度まで小さければ不可避的に生じる丸みであるといえ、どの程度より大きければ不可避的に生じる丸みを超えて積極的に角部を丸める処理をしたものであるといえるのかを客観的に判断する基準はないというほかない。そうすると、客観的な形状からは、「基礎となる多角形断面」と「略多角形」とを区別するのは困難であるといわざるを得ない。
 以上のとおり、本件各発明の「略多角形」は、「基礎となる多角形断面」と区別するのが困難であり、本件各発明の技術的範囲は、明らかでない。
(6)「略多角形」の角部の形状前記(5)のとおり、ワイヤー放電により、その断面形状が多角形である開口部を形成するくり抜き加工をした場合、開口部の角部には不可避的に丸みが生じるから、「基礎となる多角形断面」の角部を丸めるための積極的な処理をしようとしまいと、開口部がくり抜き加工のされた後のものである以上、開口部の角部には、全て丸みがあり得ることになる。
 そして、前記(5)のとおり、開口部の角部の丸みについては、その曲率半径がどの程度まで小さければ不可避的に生じる丸みであるといえ、どの程度より大きければ不可避的に生じる丸みを超えて積極的に角部を丸める処理をしたものであるといえるのかを客観的に判断する基準はないし、また、当該曲率半径がどの程度を超えれば本件各発明の効果(開口部の角部に潤滑剤がたまりにくくなること)が得られるようになるのかは、客観的に明らかとはいえない。
 この点に関し、本件審決は、本件各発明の「略多角形」は「基礎となる多角形断面」に対して潤滑剤がたまる角部がなくなるように更に積極的な処理をした状態のもの(例えば、少なくとも角部の円弧の曲率半径が0.8mm程度のもの)と解されると判断し、被告も、これに沿う主張をする。しかしながら、本件明細書には、開口部の角部に潤滑剤がたまりにくくなるとの本件各発明の上記効果を奏する条件について、14mmの四角形断面の棒材を作成する場合に、開口部の1つの角部を曲率半径0.8mm程度の円弧(曲線)で結ぶと、角部にたまっていた潤滑剤の塊が1か所に固まりづらくなる旨の記載(段落【0055)があるのみであるところ、14mmの四角形断面の開口部の角部を曲率半径が0.8mm程度より小さい円弧とした場合に本件各発明の上記効果が得られないものと認めるに足りる証拠はないし、その断面形状が14mmの四角形以外の多角形である開口部も含めると、開口部の角部にどの程度の丸みを帯びさせれば本件各発明の上記効果が得られるのかを客観的に明らかにするのは困難であるといわざるを得ない(なお、被告は、開口部の角部における潤滑剤のたまりやすさは、作成すべき棒材の断面の大きさにかかわらず、当該角部の丸みの曲率半径によって決せられ、当該曲率半径が0.3mm程度以下であれば、本件各発明の上記効果が得られないと主張する。しかしながら、開口部の角部における潤滑剤のたまりやすさは、当該角部の丸みの曲率半径の大きさのみならず、線材の種類、潤滑剤の種類、加工発熱の度合い等の様々な要素によって左右されるものであると解され、当該曲率半径が0.3mm程度以下であれば、一律に本件各発明の上記効果が得られないと認めることはできないから、被告の主張を採用することはできない。)
 以上によると、本件各発明の「略多角形」については、特許請求の範囲の記載、本件明細書の記載及び本件出願日当時の技術常識を踏まえても、「基礎となる多角形断面」の角部にどの程度の大きさの丸みを帯びさせたものがこれに該当するのかが明らかでなく、この点でも、本件各発明の技術的範囲は、明らかでないというべきである。」

2023年5月7日日曜日

製造方法を開示せず新規物質のみを記載する引用文献の引用発明適格性

 知財高裁令和5年3月22日判決
令和4年(行ケ)第10091号 審決取消請求事件
 
1.概要
 本事例は、被告が有する特許権に対し原告が請求した無効審判の請求棄却(特許有効)の審決に対する、原告が請求した審決取消訴訟の知財高裁判決である。
 原告は、特許権に係る本件発明は引用文献に記載されており新規性を有さないとの無効理由を有すると主張したが、知財高裁は請求を棄却した。
 公知物質である5-アミノレブリン酸(=5–ALA)の、新規な塩である「5-アミノレブリン酸リン酸塩」自体が特許請求の範囲に記載されている。
 一方、引用文献には、「5-アミノレブリン酸またはその塩またはエステル」が特に有利である旨が記載された上で、この「塩またはエステル」の有利な例として22種類の化合物が挙げられ、その中に「5-ALAホスフェート」が記載されている。5-ALAホスフェートが5-アミノレブリン酸リン酸塩と同義であることに争いはない。
 ただし、引用文献には、化合物である5-ALAホスフェートの製造方法に関する記載がなく、いわゆる「一行記載」の引用発明適格性が争点となった。
 知財高裁は「5-ALAホスフェートを引用発明として認定するためには、引用文献に接した本件優先日当時の当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、本件優先日当時の技術常識に基づいて、5-ALAホスフェートの製造方法その他の入手方法を見いだすことができたといえることが必要である。」「引用文献に接した本件優先日当時の当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、本件優先日当時の技術常識に基づいて、5-ALAホスフェートの製造方法その他の入手方法を見いだすことができたとはいえない」として、「引用文献から5-ALAホスフェートを引用発明として認定することはできない。」と結論づけた。
 
2.本件発明
 被告が有する特許権の本件発明に係る特許請求の範囲の記載は次の通り:
「下記一般式(1)
HOCOCH2CH2COCH2NH2・HOP(O)(OR1)n(OH)2-n  (1)
(式中、R1は、水素原子又は炭素数1~18のアルキル基を示し;nは0~2
の整数を示す。)で表される5-アミノレブリン酸リン酸塩。」
 
 
 
3.引用発明についての裁判所の認定
「引用文献の段落【0012】には、引用文献の組成物が5-アミノレブリン酸の誘導体を作用物質として含有する旨、この作用物質として「5-アミノレブリン酸またはその塩またはエステル」が特に有利である旨が記載された上で、この「塩またはエステル」の有利な例として22種類の化合物が挙げられ、その中に「5-ALAホスフェート」が記載されている。
イ 以上の記載内容によれば、引用文献には、化合物である5-ALAホスフェートが記載されているものといえる。
 なお、5-ALAホスフェートが5-アミノレブリン酸リン酸塩と同義であることは技術常識であり、この点について当事者間に争いはない。
 
 
4.裁判所の判断のポイント
5-ALAホスフェートを引用発明として認定することの可否
ア 判断基準
(特許法29条1項は、同項3号の「特許出願前に・・・頒布された刊行物に記載された発明」については特許を受けることができないと規定するものであるところ、上記「刊行物」に「物の発明」が記載されているというためには、同刊行物に当該物の発明の構成が開示されていることを要することはいうまでもないが、発明が技術的思想の創作であること(同法2条1項参照)にかんがみれば、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその技術的思想を実施し得る程度に、当該発明の技術的思想が開示されていることを要するものというべきである。
 特に、当該物が新規の化学物質である場合には、新規の化学物質は製造方法その他の入手方法を見出すことが困難であることが少なくないから、刊行物にその技術的思想が開示されているというためには、一般に、当該物質の構成が開示されていることに止まらず、その製造方法を理解し得る程度の記載があることを要するというべきである。そして、刊行物に製造方法を理解し得る程度の記載がない場合には、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその製造方法その他の入手方法を見いだすことができることが必要であるというべきである。
 
(以上を前提として検討するに、5-ALAホスフェートは新規の化合物であるところ、上記(2)のとおり、引用文献には、化合物である5-ALAホスフェートが記載されているといえるものの、その製造方法に関する記載は見当たらない(甲2)。
 したがって、5-ALAホスフェートを引用発明として認定するためには、引用文献に接した本件優先日当時の当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、本件優先日当時の技術常識に基づいて、5-ALAホスフェートの製造方法その他の入手方法を見いだすことができたといえることが必要である。
 
イ 甲17文献ないし甲19文献の記載
・・・(略)・・・
 
ウ 検討
(原告は、甲17文献ないし甲19文献の記載からすれば、本件優先日当時、5-アミノレブリン酸単体の製造方法は周知であった上、5-アミノレブリン酸をリン酸溶液に溶解すれば、弱塩基と強酸の組合せとなり、5-アミノレブリン酸リン酸塩を得ることができることは技術常識であったことからすれば、本件優先日当時の当業者は、極めて容易に5-ALAホスフェートの製造方法を理解し得たものといえる旨主張する(前記第3〔原告の主張〕2)。
   そこで検討するに、上記イ()及び()のとおり、確かに、甲17文献及び甲19文献には、乙1文献(上山宏輝ほか「光合成細菌変異株による5-アミノレブリン酸の工業的生産」(生物工学会誌第78巻第2号48ないし55頁、2000年発行))を引用しつつ、「ALA生産が確立されている」、「ALAの産生に成功した」、「発酵の下流では、イオン交換樹脂を使用するALA精製プロセスも確立されて」いるなどと記載されている。しかしながら、乙1文献には、「発酵液からのALAの精製」の項において、ALAが塩基性水溶液中では非常に不安定であり、種々の検討の結果、5-アミノレブリン酸塩酸塩結晶を得るプロセスを確立することに成功した旨が記載されているにすぎない(54頁左欄12行目ないし20行目)。そうすると、甲17文献及び甲19文献においては、細菌を培養して発酵液中にALA(5-アミノレブリン酸)を産生させる技術は開示されているものの、5-アミノレブリン酸単体を得る技術は開示されていないというべきである。
 また、上記イ()のとおりの甲18文献の記載によれば、同文献においては、発酵液中に培地成分と混合した状態で存在するALAの濃度が開示されているにすぎない。そうすると、甲18文献においても、5-アミノレブリン酸単体を得る技術は開示されていないというべきである。
 以上のとおり、甲17文献ないし甲19文献において、5-アミノレブリン酸単体を得る技術が開示されているとはいえない。これに加え、前記(1)のとおり、引用文献においても「5-ALAは・・・化学的にきわめて不安定な物質である」、「5-ALAHClの酸性水溶液のみが充分に安定であると示される」と記載されているとおり(段落【0007】)、これらの事項が本件優先日当時の技術常識であったと認められることも考慮すると、本件優先日当時において、5-アミノレブリン酸単体を得る技術が周知であったとは認められない。
 
(上記に関し、原告は、5-アミノレブリン酸リン酸塩を製造する上で、5-アミノレブリン酸が物質として取り出されている必要はなく、発酵液中に培地成分等と混合した状態であってもよい旨主張する(前記第3〔原告の主張〕3)。
   しかしながら、本件優先日当時、種々の成分を含む混合液に酸又は塩基を添加するという方法が、化合物である塩の製造方法として技術常識であったとは認められないことからすれば、引用文献に接した本件優先日当時の当業者が、化合物である5-アミノレブリン酸リン酸塩を製造する方法として、培地成分等と混合した状態で5-アミノレブリン酸が存在する発酵液にリン酸を添加する方法(又はこの発酵液をリン酸溶液に添加する方法)を、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮することなく見いだすことができたものとはいえない。また、上記イ()aのとおり、甲18文献において、培地に酵母抽出物やトリプトン等が含まれることが記載されていることからも明らかなように、培地成分等と混合した状態にある発酵液には種々のイオンが夾雑物として含まれているのであるから、このような発酵液にリン酸を添加したとしても、等しい物質量の酸及び塩基の中和反応によって5-アミノレブリン酸リン酸塩という化合物が製造されたと評価することはできないというべきである。
(したがって、原告の上記各主張はいずれも採用することができない。そして、このほか、本件優先日当時の当業者が、5-ALAホスフェートの製造方法その他の入手方法を容易に見出すことができたというべき事情は存しない。
 
エ 小括
 以上によれば、引用文献に接した本件優先日当時の当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、本件優先日当時の技術常識に基づいて、5-ALAホスフェートの製造方法その他の入手方法を見いだすことができたとはいえない。
 したがって、引用文献から5-ALAホスフェートを引用発明として認定することはできない。

2023年3月19日日曜日

オープンクレームの必須構成以外の構成を「除く」訂正が「特許請求の範囲の減縮」に該当するか争われた事例

 
知財高裁令和539日判決
令和4(行ケ)10030号 特許取消決定取消請求事件
 
1.概要
 特許権者(原告)が有する特許権に対する異議申立においてなされた訂正が「特許請求の範囲の減縮」を目的するものではないとして訂正が認められず、進歩性欠如を理由とする特許取消決定がされた。原告はこの取消決定の取消を求めて特許取消決定取消訴訟を提起したところ、知財高裁は、当該訂正が「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものであり適法と判断し、特許取消決定を取り消した。
 本願請求項1を引用する請求項4に係る発明は、第1の層と第2の層とを含む、「少なくとも2層を有する」積層体であった。本件発明は、積層体が第1の層と第2の層に加えて更に他の層を含むことを許容する「オープンクレーム」であった。
 一方、訂正事項2は「(但し、該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるものを除く)」を追加する、いわゆる「除くクレーム」とする訂正であった。ただし除外される部分が、積層体の必須構成である「第1の層」及び「第2の層」以外の任意の層に関するものであった。
 特許取消決定では、「特許請求の範囲の請求項4に係る発明の「少なくとも2層を有する積層体」外の構成である、「積層体上」という構成について特定することであり、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項4に係る発明の「少なくとも2層を有する積層体」そのものの構成や、これを構成する層の性状や形状等の諸元を特定していないから、訂正事項2は、特許法120条の5第2項ただし書1号に掲げられた「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当せず」と判断された。
 これに対して知財高裁は、「訂正前の請求項1における積層体は、「第1の層」、「第2の層」並びに「無機酸化物の蒸着膜」及び「蒸着膜上に設けられたガスバリア性塗布膜」からなる積層体(以下「積層体A」という。)を含んでいたものである。そうすると、訂正事項2は、「積層体A」を含む訂正前の請求項1における積層体から積層体Aを除くものといえ、このように積層体を特定したことにより、訂正前の請求項4に係る発明の技術的発明が狭まることになるのであるから、訂正事項2が特許法120条の5第2項ただし書1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものであることは明らかである。」と判示した。また新規事項追加にも該当しないことが確認された。
 
2.訂正前の請求項1、4
【請求項1】
  少なくとも2層を有する積層体であって、
  第1の層が、2軸延伸樹脂フィルムからなり、前記2軸延伸樹脂フィルムを構成する樹脂組成物が、ジオール単位とジカルボン酸単位とからなるポリエステルを主成分として含み、前記ポリエステルが、前記ジオール単位がバイオマス由来のエチレングリコールであり、前記ジカルボン酸単位が化石燃料由来のテレフタル酸であるバイオマス由来のポリエステルと、前記ジオール単位が化石燃料由来のエチレングリコールであり、前記ジカルボン酸単位が化石燃料由来のテレフタル酸である化石燃料由来のポリエステルとを含んでなり、前記2軸延伸樹脂フィルム中に前記バイオマス由来のポリエステルが90質量%以下含まれ、
  第2の層が、化石燃料由来の原料を含む樹脂材料からなり、且つ、バイオマス由来の原料を含む樹脂材料を含まないことを特徴とする、積層体。
【請求項4】
  前記樹脂組成物が添加剤をさらに含んでなる、請求項1~3のいずれか一項に記載の積層体。
 
3.訂正事項2(訂正後請求項15に係る訂正)
 特許請求の範囲の請求項1を引用する請求項4の引用関係を解消して独立の請求項である請求項15とし、かつ、末尾の「。」の直前に「(但し、該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるものを除く)」との事項を追加する。
 
4.本件取消決定の要旨
「本件の争点に関する本件取消決定の理由の要旨は、(1)本件訂正事項2ないし9において、「(但し、該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるものを除く)」との事項を追加することは、特許請求の範囲の請求項4に係る発明の「少なくとも2層を有する積層体」外の構成である、「積層体上」という構成について特定することであり、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項4に係る発明の「少なくとも2層を有する積層体」そのものの構成や、これを構成する層の性状や形状等の諸元を特定していないから、訂正事項2は、特許法120条の5第2項ただし書1号に掲げられた「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当せず、その他、同項ただし書各号に掲げられたいずれのものにも該当しないので、本件訂正は認められない、(2)本件発明1は特開2007-210208号公報(以下「引用文献4」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び特開2009-91694号公報(以下「引用文献5」という。)記載事項(詳細は省略)に基づいて、本件発明2及び3は引用発明、引用文献5記載事項及び周知技術に基づいて、本件発明4ないし14は引用発明、引用文献4記載事項(【0023】、【0027】及び【0028】の関連部分)、引用文献5記載事項及び周知技術に基づいて、それぞれ当業者が容易に発明をすることができたものであるというものである。」
 
5.裁判所の判断のポイント
「(1)訂正の目的について 
 ア 訂正事項2は、請求項1を引用する請求項4を新たな独立項である請求項15とし、かつ、「(但し、該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるものを除く。)」との事項を追加するものである。
 訂正前の請求項1においては、「積層体」について、「少なくとも2層を有する積層体」と特定しているのにすぎないのであるから、ここにいう積層体には、「第1の層」、「第2の層」及びその他の任意の層からなる積層体が含まれることになるところ、「無機酸化物の蒸着膜」及び「蒸着膜上に設けられたガスバリア性塗布膜」も層を形成するものである以上、この任意の層に該当するといえる。したがって、訂正前の請求項1における積層体は、「第1の層」、「第2の層」並びに「無機酸化物の蒸着膜」及び「蒸着膜上に設けられたガスバリア性塗布膜」からなる積層体(以下「積層体A」という。)を含んでいたものである。そうすると、訂正事項2は、「積層体A」を含む訂正前の請求項1における積層体から積層体Aを除くものといえ、このように積層体を特定したことにより、訂正前の請求項4に係る発明の技術的発明が狭まることになるのであるから、訂正事項2が特許法120条の5第2項ただし書1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものであることは明らかである。
 イ 被告は、前記第3の1⑵ア のとおり、訂正事項2は、「積層体」から、「無機酸化物の蒸着膜」及びその上の「ガスバリア性塗布膜」を「積層体」内の構成としたものを除く記載とはなっておらず、「積層体」の外に該当する「積層体」の「上」に、新たに「無機酸化物の蒸着膜」を設け、さらにその上に「ガスバリア性塗布膜」を設けたものを除くとする記載となっているから、「積層体」の範囲自体を減縮していない旨主張する。しかし、本件発明は、「第1の層」及び「第2の層」で完結した積層体を特定事項とするものではなく、特許を受けようとする発明を、「第1の層」及び「第2の層」を有する全ての積層体とするいわゆるオープンクレームに該当するものであるから、権利範囲に含まれる具体的層構成を特定するに当たり、積層体の内外を形式的に区別しても意味がない(「第1の層」及び「第2の層」の外部の層も全て、本件発明における積層体の構成要素となる。)。そして、前記アのとおり、訂正事項2における「該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるもの」の具体的な内容は、「第1の層」、「第2の層」並びに「無機酸化物の蒸着膜」及び「蒸着膜上に設けられたガスバリア性塗布膜」を備えた積層体であるから、結局、積層体Aと区別できないものである。したがって、訂正事項2は訂正前の積層体から積層体Aを除く訂正であり、「積層体」の範囲を減縮していることになる。
・・・(略)・・・
 ウ 以上のとおりであるから、訂正事項2が特許請求の範囲の減縮を目的とするものに当たらないとした本件取消決定の判断には誤りがある。
 また、訂正事項3ないし9が特許請求の範囲の減縮を目的とするものに当たらないとした本件取消決定の判断にも誤りがある。
 
(2)新規事項の追加の有無について
   ア 仮に、本件において、異議手続で審理・判断されていない新規事項の追加の有無について審理・判断することができるとしても、訂正事項2は、新規事項を追加するものとは認められない。
 すなわち、訂正が、当業者によって,明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものと解すべきところ、訂正事項2によって「該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるもの」を除外することにより、新たな技術的事項が導入されるわけではなく、新規事項が追加されるものではない。
  本件発明の課題は、バイオマスエチレングリコールを用いたカーボンニュートラルなポリエステルを含む樹脂組成物からなる層を有する積層体を提供することであって、従来の化石燃料から得られる原料から製造された積層体と機械的特性等の物性面で遜色ないポリエステル樹脂フィルムの積層体を提供すること(【0008】)であるが、上記除外によってこの技術的課題に何らかの影響が及ぶものではない。
イ 被告は、前記第3の1⑵ア のとおり、訂正事項2は、本件発明の課題に、引用文献の課題解決手段である「該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜」を追加することで新たな技術的事項を追加し、その追加した事項を前提に、それを除くとするのであるから、新たな技術的事項を導入するものである旨主張する。
 しかし、訂正事項2による除外がされて残った技術的事項には、本件訂正前と比較して何ら新しい技術的要素はないから、被告の主張は採用できない。
 その他被告が主張する点も、前記 イにおいて既に判示したところに照らせば、いずれも採用できない。」

2023年2月19日日曜日

抗体に関する発明のサポート要件充足性が争われた事例

 知財高裁令和5126日判決
令和3(行ケ)10094号 審決取消請求事件
 
1.概要
 本事例は、被告が有する特許権に対して原告が請求した無効審判の審決(無効理由なしの判断)の取消取り消しを求めた審決取消訴訟の知財高裁判決(審決取り消しの判断)である。
 サポート要件の充足性などが争われた。
 本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1及び5の記載は以下の通りである。
【請求項1】(本件発明1) PCSK9LDLRタンパク質の結合を中和することができ、PCSK9との結合に関して、配列番号67のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と、配列番号12のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体と競合する、単離されたモノクローナル抗体。
【請求項5】(本件発明5) 請求項1に記載の単離されたモノクローナル抗体を含む、医薬組成物。
 
 請求項1に記載の「配列番号67のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と、配列番号12のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体」を、「31H4抗体」といい、「参照抗体」ともいう。
 
 知財高裁は、原告が提出した【A】博士の実証実験の結果及び同実証実験を踏まえた【B】博士の供述書を証拠として採用し、PCSK9との結合に関して、「配列番号67のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と、配列番号12のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体」(「31H4抗体」、「参照抗体」)と競合するモノクローナル抗体の中には、PCSK9LDLRタンパク質の結合を中和することができない抗体が存在することが示されていることなどから、本件発明1、5はサポート要件を充足しないと判断し、無効審決を取り消した。
 
2.無効審判審決の要旨(サポート要件充足の判断)
 本件発明は、「PCSK9LDLRタンパク質の結合を中和することができ」るという特性と、「PCSK9との結合に関して31H4抗体と競合する」という特性との両方を兼ね備えた「単離されたモノクローナル抗体」及びこれ「を含む医薬組成物」であるところ、本件出願の願書に添付した明細書(以下、図面を含めて、「本件明細書」という。)の・・・(略)・・・の各記載によれば、本件発明の課題は、このような新規な抗体を提供し、これを含む医薬組成物を作製することで、PCSK9LDLRとの結合を中和し、LDLRの量を増加させることにより、対象中の血清コレス テロールの低下をもたらす効果を奏し、高コレステロール血症等の上昇したコレステロールレベルが関連する疾患を治療し、又は予防し、疾患のリスク を低減することにあると理解することができる。
 そして、本件明細書には、抗PCSK9モノクローナル抗体の作製方法(免 疫化マウスの作製、免疫化マウスを使用したハイブリドーマ(抗体産生細胞の作製)PCSK9LDLRとの結合を中和する抗体をスクリーニングする方法、31H4抗体と競合する抗体をスクリーニングする方法が具体的に記載されており(・・・(略)・・・)、また、実施例には、ヒト免疫グロブリン遺伝子を含有する二つのグループのマウスにヒトPCSK9抗原を注射して得たハイブリドーマから、PCSK9LDLRとの結合を強く中和する抗体を産生するものを選択し、それらの抗体のエピトープビニングを行った2つの独立した実験の結果が示されており(実施例10、実施例37)、抗PCSK9モノクローナル抗体に対して「PCSK9LDLRとの結合を中和することができ」るものを選択するスクリーニング、「31H4抗体と競合する」ものを選択するスクリーニングの2回のスクリーニングをすることで十分に高い確率で本件発明の抗体をいくつも繰り返し同定することができることが具体的に示されている。そして、本件明細書には、PCSK 9LDLRとの結合を中和することにより、LDLRの量を増加させ、対象中の血清コレステロールの低下をもたらすという作用機序が記載されている(・・・(略)・・・)から、「PCSK9LDLRタンパク質の結合を中和することができ」るという特性を有する本件発明の抗体が、対象中の血清コレステロールの低下をもたらす効果を奏し、高コレステロール血症等の、上昇したコレステロールのレ ベルが関連する疾患を治療し、予防し、疾患のリスクを低減するという課題を解決できるものであることを合理的に認識できる。
 したがって、当業者であれば、本件明細書の記載から、本件発明の抗体は上記の課題を解決できることを認識できるものであり、本件発明は、明細書 に記載されたものといえるから、本件特許は、サポート要件に適合する。
 
3.裁判所の判断のポイント
「2 取消事由2(サポート要件違反の判断の誤り)について
(1) ・・・(略)・・・
(2) 特許法3661号は、特許請求の範囲の記載に際し、発明の詳細な説明に記載した発明の範囲を超えて記載してはならない旨を規定したものであり、その趣旨は、発明の詳細な説明に記載していない発明について特許請求の範囲に記載することになれば、公開されていない発明について独占的、排他的な権利を請求することになって妥当でないため、これを防止することにあるものと解される。
 そうすると、特許請求の範囲の記載が同号所定の要件(サポート要件)に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであると解するのが相当である。
(3) そこで、本件発明に係る特許請求の範囲の記載について見ると、本件発明の請求項1は、1PCSK9LDLRタンパク質の結合を中和することができ」、2 PCSK9との結合に関して、「配列番号67のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と、配列番号12のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体」(31H4抗体)(参照抗体)と「競合する」、3「単離されたモノクローナル抗体」との発明特定事項を有するものであり、12の発明特定事項は、3のモノクローナル抗体の性質を決定するものと解される。
・・・(略)・・・
 そうすると、参照抗体と競合する、本件発明のモノクローナル抗体は、様々な程度で、参照抗体の特異的結合を妨げ、又は阻害する(例えば、低下させる)ものであって、必ずしも参照抗体がPCSK9と結合する同一のPCSK9上の部位に結合し、参照抗体の特異的結合を妨げ、又は阻害(例えば、低下させる)する特性を有するモノクローナル抗体に限らず、参照抗体がPCSK9と結合するPCSK9上の部位と重複する部位に結合し、参照抗体の特異的結合を妨げ、又は阻害(例えば、低下させる)する特性を有するモノクローナル抗体や、参照抗体とPCSK9との結合を立体的に妨害する態様でPCSK9に結合し、参照抗体のPCSK9への特異的結合を妨げ、又は阻害(例えば、低下させる)する特性を有するモノクローナル抗体を含むものであると認められる。
(4)ア 以上を前提に検討すると、前記(2)において説示したとおり、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであると解するのが相当であるところ、前記1(1)において示したとおり、本件発明は、LDLRタンパク質の量を増加させることにより、対象中のLDLの量を低下させ、対象中の血清コレステロールの低下をもたらす効果を奏し、また、この効果により、高コレステロール血症などの上昇したコレステロールレベルが関連する疾患を治療し、又は予防し、疾患のリスクを低減すること、そのために、LDLRタンパク質と結合することにより、対象中のLDLRタンパク質の量を減少させ、LDLの量を増加させるPCSK9LDLRタンパク質との結合を中和する抗体又はこれを含む医薬組成物を提供することを課題とするものであり、PCSK9LDLRタンパク質との結合を強く遮断する中和抗体である参照抗体と競合する抗体は、PCSK9への参照抗体の結合を妨げ、又は阻害する単離されたモノクローナル抗体であることを明らかにするものであると理解される。
 そして、前記(3)によれば、本件発明における「中和」とは、タンパク質結合部位を直接封鎖してPCSK9LDLRタンパク質の間の相互作用を妨害し、遮断し、低下させ、又は調節する以外に、間接的な手段(リガンド中の構造的又はエネルギー変化等)を通じてLDLRタンパク質に対するPCSK9の結合能を変化させる態様を含むものであるが、前記1(1)のとおり、参照抗体自体が、結晶構造上、LDLREGFaドメイン(PCSK9の触媒ドメインに結合するものであり、その領域内に存在するPCSK9残基のいずれかと相互作用し、又は遮断する抗体は、PCSK9LDLRとの間の相互作用を阻害する抗体として有用であり得るとされるもの)の位置と部分的に重複する位置でPCSK9LDLRタンパク質の結合を立体的に妨害し、その結合を強く遮断する中和抗体であると認められることを踏まえると、本件発明における「PCSK9との結合に関して、31H4抗体と競合する」との発明特定事項も、31H4抗体と競合する抗体であれば、31H4抗体と同様のメカニズムにより、LDLRタンパク質の結合部位を直接封鎖して(具体的には、抗体が結晶構造上、LDLREGFaドメインの位置と重複する位置でPCSK9に結合して)PCSK9LDLRタンパク質の間の相互作用を妨害し、遮断し、低下させ、又は調節することを明らかにする点に技術的意義があるものというべきであり、逆に言えば、参照抗体と競合する抗体は、このような位置で結合するからこそ、中和が可能になるということもできる。この点は、被告自身が、前記第33(2)ウにおいて、本件明細書の発明の詳細な説明によれば、当業者は、出願時の技術常識に照らし、参照抗体との競合によってPCSK9上の複数の結合面のうち特定の領域内の特定の位置(LDLREGFaドメインと結合する部位と重複する位置(又は同様の位置))に結合する抗体は、PCSK9LRLRタンパク質の結合を中和することができると理解するものであり、発明の技術的範囲の全体にわたって発明の課題を解決できると認識することができたといえる旨主張していることからも裏付けられるところである。
 また、前記1(2)において認定した甲1文献の開示事項によれば、家族性高コレステロール血症は、血漿中のLDLコレステロールレベルの上昇に起因するものであるところ、PCSK9は、細胞表面に存在するLDLRタンパク質の存在量を低下させるものであるため、PCSK9が治療のための魅力的な標的であり、血漿中のPCSK9に結合し、そのLDLRタンパク質との結合を阻害する抗体等が効果的な阻害剤となり得ることが既に示されていたものと認められるのであるから、このような観点から見ても、本件発明の技術的意義は、31H4抗体と競合する抗体であれば、31H4抗体と同様のメカニズムにより、上記のようなLDLRタンパク質との結合を阻害する抗体、すなわち結合中和抗体としての機能的特性を有することを特定した点にあるということもできる。そもそも本件発明の課題は、前記1(1)イにおいて認定したとおり、LDLRタンパク質と結合することにより、対象中のLDLRタンパク質の量を減少させ、LDLの量を増加させるPCSK9LDLRタンパク質との結合を中和する抗体又はこれを含む医薬組成物を提供することであり、このような課題の解決との関係では、参照抗体と競合すること自体に独自の意味を見出すことはできないから、このような観点からも、上記のとおり、本件発明の技術的意義は、31H4抗体と競合する抗体であれば、31H4抗体と同様のメカニズムにより、結合中和抗体としての機能的特性を有することを特定した点にあるというべきである。
イ さらに検討すると、前記4()のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明には、エピトープビニングを行った結果、31H4抗体と同一性が高いとはいえないアミノ酸配列を有するグループの抗体が31H4抗体と競合するものとして同定されたことが開示されている。本件明細書には、上記競合する抗体として同定された抗体の中で中和活性を有すると記載される抗体がPCSK9上へ結合する位置についての具体的な記載はなされておらず、31H4抗体とアミノ酸配列が異なるグループの抗体については、エピトープビニングのようなアッセイで競合すると評価されたことをもって、抗体がPCSK9上に結合する位置が明らかになるといった技術常識は認められない以上、PCSK9上で結合する位置が明らかとはいえない。
 また、本件発明の「PCSK9との結合に関して、参照抗体と競合する」との性質を有する抗体には、上記本件明細書の発明の詳細な説明に具体的に記載される数グループの抗体以外に非常に多種、多様な抗体が包含されることは自明であり、また、前記2(3)イのとおり、このような抗体には、被告が主張するように、31H4抗体がPCSK9と結合するPCSK9上の部位と重複する部位に結合し、参照抗体の特異的結合を妨げ、又は阻害する(例えば、低下させる)抗体にとどまらず、参照抗体とPCSK9の結合を立体的に妨害する態様でPCSK9に結合し、様々な程度で参照抗体のPCSK9への特異的結合を妨げ、又は阻害する(例えば、低下させる)抗体をも包含するものである。そうすると、その中には、例えば、31H4抗体がPCSK9と結合する部位と異なり、かつ、結晶構造上、抗体がLDLREGFaドメインの位置とも異なる部位に結合し、31H4抗体に軽微な立体的障害をもたらして、31H4抗体のPCSK9への特異的結合を妨げ、又は阻害する(例えば、低下させる)もの等も含まれ得るところ、このような抗体がPCSK9に結合する部位は、抗体が結晶構造上、LDLREGFaドメインの位置と重複する位置ではないのであるから、LDLRタンパク質の結合部位を直接封鎖して、PCSK9LDLRタンパク質の間の相互作用を妨害し、遮断し、低下させ、又は調節するものとはいえない。
 なお、本件明細書には「例示された抗原結合タンパク質と同じエピトープと競合し、又は結合する抗原結合タンパク質及び断片は、類似の機能的特性を示すと予想される。」(0269)との記載があるが、上記のとおり、「PCSK9との結合に関して31H4抗体と競合する」とは、31H4抗体と同じ位置でPCSK9と結合することを特定するものではないから、31H4抗体と競合する抗体であれば、31H4抗体と同じエピトープと競合し、又は結合する抗原結合タンパク質(抗体)であるとはいえず、このような抗体全般が31H4抗体と類似の機能的特性を示すことを裏付けるメカニズムにつき特段の説明が見当たらない以上、本件発明の「PCSK9との結合に関して、31H4抗体と競合する抗体」が31H4抗体と「類似の機能的特性を示す」ということはできない。
 前述のとおり、本件発明の技術的意義は、31H4抗体と競合する抗体であれば、31H4抗体と同様のメカニズムにより、PCSK9LDLRタンパク質との結合を中和する抗体としての特性を有することを特定する点にあるというべきところ、前記のとおり、31H4抗体と競合する抗体であれば、LDLREGFaドメインと相互作用する部位(本件明細書の記載からは、EGFaドメインの5オングストローム以内に存在するPCSK9残基として定義されるLDLREGFaドメインとの相互作用界面の特異的コアPCSK9アミノ酸残基(コア残基)EGFaドメインの5オングストロームから8オングストロームに存在するPCSK9残基として定義されるLDLREGFaドメインとの相互作用界面の境界PCSK9アミノ酸残基と理解され得る。)に結合してPCSK9LDLRタンパク質の結合部位を直接封鎖するとはいえず、他には、31H4抗体と競合する抗体であれば、どのようなものであっても、PCSK9LDLREGFaドメイン(及び/又はLDLR一般)との間の相互作用(結合)を阻害する抗体となるメカニズムについての開示がない以上、当業者において、31H4抗体と競合する抗体が結合中和抗体であるとの理解に至ることは困難というほかない。
ウ 以上のとおり、「PCSK9との結合に関して、31H4抗体と競合する抗体」であれば、31H4抗体と同様に、LDLRタンパク質の結合部位を直接封鎖して(具体的には、抗体が結晶構造上、LDLREGFaドメインの位置と重複する位置でPCSK9に結合して)PCSK9LDLRタンパク質の間の相互作用を妨害し、遮断し、低下させ、又は調節するものであるとはいえないから、「PCSK9との結合に関して、31H4抗体と競合する抗体」であれば、結合中和抗体としての機能的特性を有すると認めることもできない。なお、前記(3)アのとおり、本件発明における「中和」とは、PCSK9LDLRタンパク質結合部位を直接封鎖するものに限らず、間接的な手段(リガンド中の構造的又はエネルギー変化等)を通じてLDLRタンパク質に対するPCSK9の結合能を変化させる態様を含むものではあるが、「PCSK9との結合に関して、31H4抗体と競合する抗体」であれば、上記間接的な手段を通じてLDLRタンパク質に対するPCSK9の結合能を変化させる抗体となることが、本件出願時の技術常識であったとはいえないし、本件明細書の発明の詳細な説明に開示されていたということもできない。
エ こうした点は、前記1(3)においてその信頼性を認定した【A】博士の実証実験の結果及び同実証実験を踏まえた【B】博士の供述書からも裏付けられる。すなわち、この実証実験は、リジェネロンの63の抗体について参照抗体との競合及び結合中和性を実験したものであるが、競合に関して50%の閾値を用いた結果、34の抗体が参照抗体と競合するが、うち28の抗体(80%よりも多く)は結合中和性を有しないことが確認されており(別紙3の資料B1及び前記1(3)()b)、参照抗体と競合する抗体であれば結合中和性を有するものとはいえないことが具体的な実験結果として示されている。さらに、この実験結果に加え、「本件特許によれば、31H4抗体の結合部位はhPCSK9上のLDLRの結合部位と部分的にしか重複しないから・・別の抗体の結合部位は、LDLRの結合部位と重複することなく31H4結合部位と重複し得るのであり、このようにして、別の抗体は、hPCSK9-LDLRの結合部位と重複することなく31H4結合部位と重複し得」る(前記1(3)()b)として、【B】博士が、「31H4抗体と競合する抗体・・・の全てが結合を中和する効果を有するだろうというのは確実に誤りである。」旨の意見を述べているところである(前記1(3)()c)
オ 被告は、前記第33(2)ウにおいて、31H4抗体(参照抗体)と競合するが、PCSK9LDLRタンパク質との結合を中和できない抗体が仮に存在したとしても、そのような抗体は、本件発明1の技術的範囲から文言上除外されているなどとして、本件発明がサポート要件に反する理由とはならない旨主張する。しかし、既に説示したとおり、31H4抗体と競合する抗体であれば、31H4抗体と同様のメカニズムにより、PCSK9LDLRタンパク質との結合中和抗体としての機能的特性を有することを特定した点に本件発明の技術的意義があるというべきであって、31H4抗体と競合する抗体に結合中和性がないものが含まれるとすると、その技術的意義の前提が崩れることは明らかである(本件のような事例において、結合中和性のないものを文言上除けば足りると解すれば、抗体がPCSK9と結合する位置について、例えば、PCSK9の大部分などといった極めて広範な指定を行うことも許されることになり、特許請求の範囲を正当な根拠なく広範なものとすることを認めることになるから、相当でない。)なお、被告が主張するように、本件発明1の特許請求の範囲は、PCSK9との結合に関して、参照抗体と競合する抗体のうち、「PCSK9LDLRタンパク質の結合を中和することができ」る抗体のみを対象としたものであると解したとしても、前示のとおり、本件発明のPCSK9との競合に関して、参照抗体と競合するとの発明特定事項は、被告が主張するような、参照抗体が結合する位置と同一又は重複する位置に結合する抗体にとどまるものではなく、PCSK9LDLRタンパク質の結合に立体的妨害が生じる位置に結合する様式で競合する抗体をも含むものであるから、このような抗体についても結合中和抗体であることがサポートされる必要があるところ、参照抗体が結合する位置と同一又は重複する位置に結合する抗体の場合とは異なり、PCSK9LDLRタンパク質の結合に立体的妨害が生じる位置に結合する様式で競合する抗体が結合を中和するメカニズムについては本件明細書には何らの記載はなく、また、ビニングによる実験結果(前記(4)())に基づく結合中和抗体は、いずれも結合中和に係るメカニズムが開示されている、参照抗体が結合する位置と同一又は重複する位置に結合する抗体である可能性が高く、その点を措くとしても、少なくともこれらが立体的に妨害する抗体であることを示唆する記載はない。そうすると、本件明細書の発明の詳細な説明には、参照抗体と競合する抗体のうちPCSK9LDLRタンパク質との結合に立体的妨害が生じる位置に結合する様式で競合する抗体が結合中和活性を有することについて何らの開示がないというほかなく、この点からも、本件発明はサポート要件を満たさない。」
 

2023年1月29日日曜日

試験結果による裏付けのない文献中の記載の引用発明適格性が争われた事例

 知財高裁令和5112日判決

令和3(行ケ)10157号 審決取消請求事件(1事件)

令和3(行ケ)10155号 審決取消請求事件(2事件)

 

1.概要

 本件は、被告が有する特許権に対する新規性進歩性要件違反を理由とする特許無効審判が請求不成立となり、審決の取り消しを求めた原告2社による審決取消訴訟の知財高裁判決である。知財高裁は、審決は適法であると判断し原告による請求を取り消した。

 争点となったのは、引用された論文甲A1の考察欄において、直接的な実験の裏づけなく記載された、「「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」 応答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、・・・(略)・・・「オン時間」を増加させることができる可能性がある。」という部分が、本件発明の用途(用法)を開示・示唆するといえるかどうか。いわゆる「一行記載」の引用発明適格性が争われた。

 知財高裁は、「これを裏付ける試験結果等に基づいてされた実証的な記載であるということはできない」から、本件発明の用途(用法)を開示又は示唆するものではないと結論づけた。

 

2.本件発明

「【請求項1

 (E)-8-(34-ジメトキシスチリル)-13-ジエチル-7-メチル キサンチンを含有する薬剤であって、

 前記薬剤は、パーキンソン病のヒト患者であって、L-ドーパ療法において、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者を対象とし、

 前記薬剤は、前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために前記患者に投与され、

 前記薬剤は、前記L-ドーパ療法においてL-ドーパと併用して前記対象に投与される、

ことを特徴とする薬剤。」

 

3.審決の理由の要旨

(2) 原告らの主張に係る無効理由1(新規性欠如)について

ア 甲A1(Experimental Neurology162321~327(2000))に記載された発明の認定

 甲A1には、次の発明(以下「甲A1発明」という。)が記載されている。

 KW-6002を含有する薬剤であって、MPTP処置コモンマーモセットに対して、閾値投与量のL-ドーパ(2.5mg/kg)及びカルビドパ(12.5m g/kg)が投与される90分前又は24時間前に、KW-6002(10.0mg/kg)が組合せ経口投与される、自発運動活性と運動障害を改善する薬剤。

イ 本件発明と甲A1発明との対比

 本件発明と甲A1発明は、次の一致点で一致し、相違点で相違する。

<一致点>

 (E)-8-(34-ジメトキシスチリル)-13-ジエチル-7-メチルキサンチンを含有する薬剤であって、

 前記薬剤は、パーキンソン病動物を対象とし、

 前記薬剤は、L-ドーパと併用して前記対象に投与される、薬剤。

<相違点>

 本件発明は、「ヒト患者であって、L-ドーパ療法において、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者」を対象とし、「前記薬剤は、前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために前記患者に投与され」、「前記L-ドーパ療法」において投与される「薬剤」であるのに対し、甲A1発明は、「MPTP処置コモンマーモセット」を対象とする「自発運動活性と運動障害を改善する薬剤」である点

 

(3) 原告らの主張に係る無効理由2(進歩性欠如)について

ア 相違点について

(A1からの容易想到について

 A1には、「ウェアリング-オフ及びオン-オフ応答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、ジスキネジアを長引かせることなしにオン時間を増加させることができる可能性がある」との記載がある。しかし、該記載は、甲A1記載の試験結果から導き出されたものといえない。また、甲A1には、図4で表される試験はもちろん、上記記載を除いて、「ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させる」ことに関して記載された箇所はない。

 ・・・・(略)・・・

 そうすると、L-ドーパの長期投与においてウェアリング・オフ現象又はオン・オフ変動を示す状態のパーキンソン病ヒト患者又はそれに対応するモデル動物にKW-6002を投与する試験を行い、ウェアリング・オフ現象又はオン・オフ変動 における効果を確認してみることなく、甲A1に記載された試験結果から、KW- 6002が、L-ドーパ療法によりウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階のパーキンソン病のヒト患者において、オフ時間を減少する薬剤として使用できることを、当業者が容易に想到し得たということはできない

 また、L-ドーパとの併用により自発運動活性や運動障害に対して24時間程度の増大作用を有する薬剤であれば、「ウェアリング・オフ現象および/またはオン ・オフ変動」のオフ時間を減少させる、との技術常識が本件優先日当時に存在していたことは、提出されたいずれの証拠をみても理解できない。

 

4.裁判所の判断のポイント

(3) A1に記載された発明の認定

ア 前記(1)のとおりの甲A1の記載内容に加え、前記(2)において検討したところも併せ考慮すると、甲A1には、本件審決が認定したとおり、次の発明(A1 発明)が記載されているものと認められる。

 KW-6002を含有する薬剤であって、MPTP処置コモンマーモセットに 対して、閾値投与量のL-ドーパ(2.5mg/kg)及びカルビドパ(12.5m g/kg)が投与される90分前又は24時間前に、KW-6002(10.0m g/kg)が組合せ経口投与される、自発運動活性と運動障害を改善する薬剤。

イ この点に関し、原告は、1A1が問題としているパーキンソン病の 「応答変動」はウェアリング・オフ現象等を指すところ、2A1は、そのような「応答変動」に対する治療方法として、すなわち、ウェアリング・オフ現象等のオフ時間を短縮するために非ドーパミン作動性の薬剤を見いだすことを目的とし、そのような目的を達成するため、甲A1においては、MPTP処置コモンマーモセットを用いてKW-6002の単独投与、L-ドーパとKW-6002との併用等による抗パーキンソン効果の測定を行い、そのいずれにおいても有意な改善が見られたとの結果を受け、本件記載がされたのであるから、A1には、「L-ドーパとの組合せで、「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、ジスキネジアを長引かせることなしに「オン時間」を増加させることができる可能性がある薬剤。」(A1発明’)が記載されていると主張する。

 しかしながら、甲A1の記載(前記(1))によると、甲A1には、「応答変動」に関しては、「応答変動」を経験する患者の場合は一般的にジスキネジアの出現を伴うことから、パーキンソン病を治療するための代替手段として、基底核の神経経路上の非ドーパミン作動性の標的に注目が集まっていることが記載されているものと認めるのが相当であるし、また、MPTP処置コモンマーモセットを用いてKW-6002の単独投与の効果を調べた試験(1試験)においても、MPTP処置 コモンマーモセットを用いてKW-6002及びL-ドーパの併用の効果を調べた試験(4試験)においても、MPTP処置コモンマーモセットは、長期間にわたってL-ドーパ療法を受けた動物ではなく、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った動物でもない。さらに、図4試験は、L-ドーパ の作用の増強の有無及び程度について調べる試験であり、L-ドーパの作用の持続時間の長短を調べる試験ではない(・・・(略)・・・)。そうすると、甲A1は、パーキンソン病のウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時 間を減少させるための治療方法を見いだすために執筆された学術論文であるということはできないし、本件記載のうち「「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」 応答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、...「オン時間」を増加させることができる可能性がある。」との部分は、これを裏付ける試験結果等に基づいてされた実証的な記載であるということはできない。

 以上のとおりであるから、原告の上記主張を採用することはできない。」

 

2023年1月14日土曜日

医薬組成物の用途の新規性が争われた事例

知財高裁令和4年12月13日判決言渡  

令和3年(行ケ)第10066号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例は、無効審判の特許権無効の審決に対し特許権者である原告が取り消しを求めた審決取消訴訟において請求が棄却された知財高裁判決である。

 有効成分としてエルデカルシトールを含む医薬組成物の用途に関して、本件訂正発明1の「非外傷性である前腕部骨折を抑制するため」という用途が、甲1発明での「骨粗鬆症治療薬」という用途と同一であるか否かが争われた。

 知財高裁は、「エルデカルシトールの用途が『非外傷性である前腕部骨折を抑制するため』と特定されることにより、当業者が、エルデカルシトールについて未知の作用・効果が発現するとか、骨粗鬆症治療薬として投与されたエルデカルシトールによって処置される病態とは異なる病態を処置し得るなどと認識するものではない」として、用途の相違は実質的な相違点ではなく、本件訂正発明1は甲1発明に対し新規性がないと判断した。

 

2.本件訂正発明1(請求項1)

「エルデカルシトールを含んでなる非外傷性である前腕部骨折を抑制するための医薬組成物。」

 

3.審決が認定した本件訂正発明1と甲1発明(主引用発明)との一致点及び相違点:

一致点

「エルデカルシトールを含んでなる医薬組成物。」

相違点1

「医薬組成物について、本件訂正発明1では、『非外傷性である前腕部骨折を抑制するため』のものであると特定されているのに対して、甲1発明では、『骨粗鬆症治療薬』であると特定されている点。」

 

4.裁判所の判断のポイント

「(4)本件訂正発明1の新規性の有無(相違点1が実質的な相違点であるか否か)について

ア 相違点1についての検討

(ア)原告は、本件各訂正発明につき、前腕部骨折の抑制が特に求められる患者群において予測されていなかった顕著な効果を奏するものであり、エルデカルシトールの新たな属性を発見し、それに基づく新たな用途への使用に適することを見出した医薬用途発明であるから、相違点1に係る本件各訂正発明の用途(「非外傷性である前腕部骨折を抑制するための」)は甲1発明の「骨粗鬆症治療薬」の用途とは区別される旨主張する。

(イ)そこで検討するに、公知の物は、原則として、特許法29条1項各号により新規性を欠くこととなるが、当該物について未知の属性を発見し、その属性により、その物が新たな用途への使用に適することを見出した発明であるといえる場合には、当該発明は、当該用途の存在によって公知の物とは区別され、用途発明としての新規性が認められるものと解される。

 そして、前記1(3)のとおり、本件各訂正発明の医薬組成物は、高齢者や骨粗鬆症患者等の骨がもろくなっている者が転倒等した際に、前腕部である橈骨又は尺骨に軽微な外力がかかって生じる骨折のリスク、すなわち前腕部における非外傷性骨折のリスクに着目して、その用途が「非外傷性である前腕部骨折を抑制するため」と特定されている(相違点1)ものである。

(ウ)しかしながら、前記(3)イの技術常識によれば、当業者は、甲1発明の「骨粗鬆症治療薬」につき、椎体、前腕部、大腿部及び上腕部を含む全身の骨について骨量の減少及び骨の微細構造の劣化による骨強度の低下が生じている患者に対し、各部位における骨折リスクを減少させるために投与される薬剤であると認識するものといえる。また、前記(3)ア、エ及びオの各技術常識によれば、当業者は、エルデカルシトールの効果は海綿骨及び皮質骨のいずれに対しても及ぶと期待するものであり、海綿骨及び皮質骨からなる前腕部の骨に対してもその効果が及ぶと認識するものといえる。さらに、前記(3)イ及びウの技術常識によれば、当業者は、骨粗鬆症においては身体のいずれの部位も外力によって骨折が生じるものであり、また、前腕部における骨折リスクは、骨強度が低下することによって増加する点において、骨粗鬆症において骨折しやすい他の部位における骨折リスクと共通するものであると認識するものといえる。

 以上の事情を考慮すると、当業者は、骨粗鬆症患者における前腕部の骨の病態及びこれに起因する骨折リスクについて、他の部位の骨の病態及び骨折リスクと異なると認識するものではなく、また、甲1発明の「骨粗鬆症治療薬」としてのエルデカルシトールを投与する目的及びその効果についても、前腕部と他の部位とで異なると認識するものではないというべきである。

(エ)さらに、本件優先日前に公開された甲12の文献には、エルデカルシトールがアルファカルシドールよりも優位に椎体骨折の発生を抑制することが第III相臨床試験において確認されたことが記載されていることに加え、前記(3)エ及びオの技術常識によれば、エルデカルシトールによる前腕部を含む全身の骨折リスクの減少作用は、経口投与されて体内に吸収されたエルデカルシトールが、骨に対して直接的又は間接的に何らかの作用を及ぼすことによって達成されるものであるといえるところ、本件明細書等には、骨折リスクを減少させようとする部位が前腕部である場合と他の部位である場合とで、エルデカルシトールが及ぼす作用に相違があることを示す記載は存しない。そして、前記(3)ウ及びオの技術常識を考慮しても、本件明細書等の記載から、エルデカルシトールの作用に関して上記の相違があると把握することはできない。

 そうすると、当業者は、前腕部の骨折リスクを減少させるために投与する場合と骨粗鬆症患者に投与する場合とで、エルデカルシトールの作用が相違すると認識するものではないというべきである。

(オ)以上によれば、エルデカルシトールの用途が「非外傷性である前腕部骨折を抑制するため」と特定されることにより、当業者が、エルデカルシトールについて未知の作用・効果が発現するとか、骨粗鬆症治療薬として投与されたエルデカルシトールによって処置される病態とは異なる病態を処置し得るなどと認識するものではないというべきである。

 そうすると、本件各訂正発明については、公知の物であるエルデカルシトールの未知の属性を発見し、その属性により、エルデカルシトールが新たな用途への使用に適することを見出した用途発明であると認めることはできないから、相違点1に係る用途は甲1発明の「骨粗鬆症治療薬」の用途と区別されるものではない。

(カ)したがって、相違点1は実質的な相違点ではない

 

2023年1月9日月曜日

特許発明の課題を、「発明が解決しようとする課題」の欄の文言だけでなく明細書に記載の発明の効果等を考慮して判断しサポート要件違反と判断した事例

知財高裁令和4929日判決

令和4()10029号 特許権に基づく損害賠償請求控訴事件

 (原審・東京地裁令和2()22071)

 

1.概要

 本事例は、特許権侵害訴訟の第1審にて原告が有する特許権がサポート要件違反と判断され請求棄却されたことを受け、原告が原判決の変更を求めて控訴した控訴審において、サポート要件違反の判断が維持され控訴が棄却された知財高裁判決である。

 第1審判決では、「発明が解決しようとする課題」の欄の段落0005、0006等の記載を考慮して、本件発明の課題は、「単にタンパク質を抽出できる液状化粧品を提供することと解することはできず,界面活性剤を使用していないか又は界面活性剤の使用量がごく少量であってもタンパク質を抽出できる液状化粧品を提供すること」であると認定された。そして本件特許発明の全体が、この課題を解決できることが理解できるように発明の詳細な説明に記載されていないからサポート要件違反と判断された。

 

 第1審判決に対する控訴時に、特許権者である控訴人(第1審原告)は、上記課題を記載した段落0005を削除するなどの訂正を行った。

 

 しかし知財高裁は、「本件訂正により、本件明細書の【0005】が削除されたとしても、【0065】に、本件発明の効果に関し、「本発明のタンパク質抽出剤は、界面活性剤等を含まなくとも、優れたタンパク質抽出効果を奏する。したがって、本発明のタンパク質抽出剤によれば、皮膚への負担を低減しつつ、所望の洗浄効果が得られる。」との記載があることに照らすと、・・(略)・・「界面活性剤を使用していないか又は界面活性剤の使用量がごく少量であってもタンパク質を抽出できる液状化粧品を提供すること」にあると認めるのが相当である。」として、明細書の全体を考慮すれば本件発明の課題は変わらないと判断し、サポート要件違反の判断を維持した。

 

 サポート要件等の特許性判断の前提となる発明の課題を、「発明が解決しようとする課題」の欄の文言だけで判断せず、発明の詳細な説明の前提も考慮して判断した判決として紹介する。

 

2.本件特許の請求項1(訂正後)

「水と、

  オクチルドデカノールと、

  水への溶解度より多い量のリモネン、スクアレン、及びスクアランからなる群から選ばれる1種類以上の炭化水素と、

  界面活性剤(但し、界面活性剤が全量に対して0~10体積%であるものを除く。)と、

を含む角栓除去用液状クレンジング剤。」

 

3.特許明細書の記載事項

「【発明が解決しようとする課題】

【0005】

  しかし、溶液中の対象物質を分離等するために使用されて来た従来の方法は、いずれも、界面活性剤の使用を前提としていた。他方、界面活性剤は、皮膚に負担をかけ、荒れ等を生じさせ得るため、界面活性剤を使用していないか、又は、界面活性剤の使用量が極少量である方法が求められていた。

【0006】

  本発明は、タンパク質を抽出できる液状化粧品を提供することを目的とする。」

 

「【0063】

3.本発明のタンパク質抽出剤の効果

・・・・

【0065】

  また、本発明のタンパク質抽出剤は、界面活性剤等を含まなくとも、優れたタンパク質抽出効果を奏する。したがって、本発明のタンパク質抽出剤によれば、皮膚への負担を低減しつつ、所望の洗浄効果が得られる。本発明のタンパク質抽出剤には、液状化粧品に配合される公知の添加剤(界面活性剤、防腐剤、保湿剤、香料、エンモリメント成分等)が含まれていてもよい。添加剤の種類や量は、本発明の目的を阻害しない範囲で適宜選択できる。」

 

 

4.東京地裁判決のポイント(サポート要件違反の前提となる課題に関して)

(2) 本件発明の課題

ア 【0006】には,本件発明の目的が「タンパク質を抽出できる液状化粧品を提供すること」と記載されているにとどまり,界面活性剤の含有の有無や含有量,界面活性剤がタンパク質の抽出に与える作用に関する記載はない。

 しかし,本件明細書において,【0006】は,【0005】とともに「発明が解決しようとする課題」についての記載と位置付けられるところ,【0005】には,「界面活性剤は,皮膚に負担をかけ,荒れ等を生じさせ得るため,界面活性剤を使用していないか,又は,界面活性剤の使用量が極少量である方法が求められていた。」との記載が存在する。そうすると,【0006】に記載された本件発明の目的は,【0005】に記載された従来技術の課題の解決を踏まえたものと解釈するのが合理的である。

・・・・

 以上によれば,本件発明の課題は,単にタンパク質を抽出できる液状化粧品を提供することと解することはできず,界面活性剤を使用していないか又は界面活性剤の使用量がごく少量であってもタンパク質を抽出できる液状化粧品を提供することであると認めるのが相当である。

 

5.本件訂正(訂正事項3)

 本件明細書の0005を削除する。

 

6.知財高裁判決のポイント(サポート要件違反に関して)

「当業者は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び技術常識から、本件発明の範囲に含まれる上記の好適な配合量の数値範囲全体にわたって、角栓除去作用(すなわち、タンパク質除去作用)があり、「界面活性剤を使用していないか又は界面活性剤の使用量がごく少量であってもタンパク質を抽出できる液状化粧品を提供する」という本件発明の課題(前記イ)を解決できることを認識することができるものと認めることはできない。

 以上によれば、本件発明は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されているものと認めることはできないから、本件発明の特許請求の範囲の記載(請求項1)は、サポート要件に適合するものと認められない。」

本件訂正により、本件明細書の【0005】が削除されたとしても、【0065】に、本件発明の効果に関し、「本発明のタンパク質抽出剤は、界面活性剤等を含まなくとも、優れたタンパク質抽出効果を奏する。したがって、本発明のタンパク質抽出剤によれば、皮膚への負担を低減しつつ、所望の洗浄効果が得られる。」との記載があることに照らすと、本件発明の課題は、単に「タンパク質を抽出できる液状化粧品を提供すること」にあると解することはできず、前記⑴イのとおり、「界面活性剤を使用していないか又は界面活性剤の使用量がごく少量であってもタンパク質を抽出できる液状化粧品を提供すること」にあると認めるのが相当である。」

 

2022年11月13日日曜日

特許請求の範囲に記載されていない発明の「当然の前提」を考慮してサポート要件は満たされると判断した事例

知財高裁令和41031日判決
令和3(行ケ)10085号 審決取消請求事件
 
1.概要
 本事例は、無効審判の無効審決(進歩性欠如、サポート要件違反の無効理由)が、審決取消訴訟において取り消された事例である。
 本件発明1は、少なくとも「多数の反射素子と保持体層からなる反射素子層」、および、「反射素子層の上層に設置された表面保護層」からなる再帰反射シートにおいて、「保持体層と表面保護層の間に印刷層が保持体層と表面保護層に接して設置」されていることなどを特徴とする発明である。
 図面等によると、反射素子層と表面保護層との間の一部に印刷層が挟み込まれており、印刷層が配置されていない位置では、反射素子層と表面保護層とは密着した構造となっている。しかし請求項の文言上は、反射素子層と表面保護層とが密着していることは明示の規定がない。反射素子層と表面保護層とが密着していない場合は、反射素子層と表面保護層との間に水が入り込み劣化する(耐候性が劣る)可能性がある。
 審決では「本件発明には、本件明細書の耐候性試験において「異常無し」と評価することができない態様が含まれる」として、本件発明はサポート要件を満たさないと判断した。
 一方、知財高裁は、背景技術の記載等を考慮した上で、「本件発明の「特許請求の範囲」につき、保持体層と表面保護層とが接しているか否かを特定する記載がないから、保持体層と表面保護層が密着性が保たれている幅で接着している構成を欠くものと解するのは不当であり、むしろ、密着性があることは当然の前提とされているものと解すべきである」と判断し、サポート要件は満たされると結論づけた。
 
2.本件発明1
「少なくとも多数の反射素子と保持体層からなる反射素子層、および、反射素子層の上層に設置された表面保護層からなる再帰反射シートにおいて、反射素子層にポリカーボネート樹脂を用い、表面保護層に(メタ)アクリル樹脂を用い、保持体層と表面保護層の間に印刷層が保持体層と表面保護層に接して設置されており、該印刷層の印刷領域が独立した領域をなして繰り返しのパターンで設置されており、連続層を形成せず、該独立印刷領域の面積が0.15mm~30mmであり、該印刷層は、白色の無機顔料として酸化チタンを含有することを特徴とする印刷された再帰反射シート。」
 
3.審決の判断(サポート要件違反について)
「本件発明の課題は、「耐候性及び耐水性に優れ、かつ、色相の改善された再帰反射シート」を得ることにある(【0004】、【0008】、【0012】、【0014】、【0015】)。
 ところが、本件発明の「特許請求の範囲」には、「保持体層」、「表面保護層」及び「印刷層」の積層構造について、「保持体層と表面保護層との間に印刷層が保持体層と表面保護層に接して設置されており」とのみ記載され、「保持体層」と「表面保護層」とが接しているか否かを特定する記載はないから、本件発明は、「保持体層」と「表面保護層」が密着性が保たれている幅で接着している構成を欠くものであり、本件発明には、本件明細書の耐候性試験(【0054】)において「異常無し」と評価することができない態様が含まれている。
 したがって、本件発明は、発明の詳細な説明に記載されたものであるということはできないから、本件特許の特許請求の範囲の記載は、特許法36条6項1号に規定する要件を満たさない。」
 
4.裁判所の判断のポイント
「取消事由3(サポート要件違反の判断の誤り)について
  特許法36条6項1号は、特許請求の範囲の記載に際し、発明の詳細な説明に記載した発明の範囲を超えて記載してはならない旨を規定したものであり、その趣旨は、発明の詳細な説明に記載していない発明について特許請求の範囲に記載することになれば、公開されていない発明について独占的、排他的な権利を請求することになって妥当でないため、これを防止することにあるものと解される。
  そうすると、特許請求の範囲の記載が同号所定の要件(サポート要件)に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであると解するのが相当である。
  本件明細書の発明の詳細な説明には、・・・(略)・・・との記載がある。
  これらの記載を総合すると、本件発明は、三角錐型キューブコーナー再帰反射シートや蒸着型三角錐型キューブコーナー再帰反射シート等で色相を改善するために印刷層を設けた場合における耐候性や耐水性に劣るという従来技術における欠点を非常に簡単で安価な方法で解決し、色相の改善された再帰反射シートを提供するものであると認められる。
  そこで、本件発明が、特許請求の範囲に記載された発明が発明の詳細な説明に記載された発明であり、上記詳細な説明の記載又は本件出願時の技術常識に照らして、当業者が前記のような本件発明の課題を解決するものと認識できる範囲のものであるといえるかについて、検討する。
 
ア 本件明細書の発明の詳細な説明には、「発明を実施するための最良の形態」として、・・(略)・・との記載がある。
  上記で摘示した本件明細書の発明の詳細な説明からすると、本件発明は、発明の詳細な説明に記載された発明であるといえる。
イ そして、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明の実施例として、実施例1( 厚さ70μmのアクリル樹脂フィルム(三菱レーヨン株式会社製「サンデュレンLHB」)に印刷インキを用いて、直径2mmの円形状の印刷パターンでピッチが4mmの図4に示すような千鳥状にグラビア印刷を行った図1(後掲)で示される三角錐型キューブコーナー型再帰反射シート(印刷厚みは約2μm)。【0057】ないし【0067】)、実施例2(実施例1の条件の下で作成された蒸着型三角錐型キューブコーナー再帰反射シート。【0068】、【0069】)、実施例3( 実施例1で作成した印刷インキを用いて、直径1mmの円形状の印刷パターンでピッチが3mmの図4(後掲)に示されたような千鳥状にグラビア印刷をポリカーボネート面に行い、実施例1と同じ条件で圧縮成形し、密封封入構造と粘着剤層を設置した蒸着型三角錐型キューブコーナー再帰反射シート(印刷厚みは約2μm)。【0070】ないし【0074】)と、比較例1(印刷の図柄を図6(後掲)の模様とした以外は実施例1に同じ。)、比較例2(印刷の図柄を図6の模様とした以外は実施例2に同じ。)とを対比した実験結果が開示されている(表1(後掲))。
・・・(図表略)・・・
 実施例1ないし3は、図1で示される積層構造も踏まえると、「反射素子と保持体層からなる反射素子層」と、「反射素子層の上層に設置された表面保護層から」なり、保持体層と表面保護層の間に印刷層が設置されており」、また、図4は(図6と異なり)千鳥状に印刷領域が配置されているから、「印刷領域が独立した領域をなして繰り返しのパターンで設置されて」、「連続層は形成」しないものであり、独立印刷領域の面積が実施例1、2は1m㎡、実施例3は0.25m㎡であり、印刷層は、酸化チタン等の顔料で印刷(【0061】)された、厚さ2μmの再帰反射シートであるところ、これらは再帰反射性及び耐候性試験後の外観に異常はなかったのに対し、比較例(独立した印刷領域を設けない図6の模様)では印刷部のフクレが生じたことが開示されている。
 前記アで摘示した本件明細書の各段落の記載と上記比較実験の結果を踏まえると、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明の発明特定事項を備える再帰反射シートは、前記 で認定した本件発明の課題を解決することができるものと認識できる範囲のものであるといえる。 
ウ 本件審決は、本件発明の「特許請求の範囲」には、「保持体層」、「表面保護層」及び「印刷層」の積層構造について、「保持体層と表面保護層との間に印刷層が保持体層と表面保護層に接して設置されており」とのみ記載され、「保持体層」と「表面保護層」とが接しているか否かを特定する記載はないことを理由として、本件発明は、「保持体層」と「表面保護層」が密着性が保たれている幅で接着している構成を欠くものが含まれている旨判断する。
 しかし、本件発明は、道路標識、工事標識等の標識類、自動車やオートバイ等の車両のナンバープレート等に使用される再帰反射シートに関するものであり(【0002】)、屋外での使用が当然想定されているといえ、また、再帰反射シートにおいて一定の耐候性が要求されること自体は技術常識であるといえる。そして、本件明細書では、従来技術の再帰反射シートは、色相を改善するために再帰反射シートの一部に連続した印刷層を設ける試みもされているが、印刷層は、表面保護層と密着性がやや劣り、耐候性試験においてフクレが生じたり、吸水しやすいという欠点があった(【0008】、【0009】、【0012】)と記載されている。このような事情に照らせば、本件発明の「特許請求の範囲」につき、保持体層と表面保護層とが接しているか否かを特定する記載がないから、保持体層と表面保護層が密着性が保たれている幅で接着している構成を欠くものと解するのは不当であり、むしろ、密着性があることは当然の前提とされているものと解すべきである(「表面保護層」及び「保持体層」との用語自体及びその性質に照らしても、この両者を敢えて密着性が保たれない幅で接着することは想定し難い。)。
 また、被告は、前記第3の13 のとおり、本件審決は、「保持体層」と「表面保護層」とが接着していることが特定されていない点だけでなく、本件発明1の「独立印刷領域」がない部分の「保持体層」と「表面保護層」とが密着性が保たれるような幅で接着しているとはいえない点を問題にしており、上記構成を欠いた「再帰反射シート」が本件明細書の【0054】に記載された耐候性試験において「異常無し」との評価を得るに至らない態様が含まれる以上は、サポート要件違反が認められる旨主張する。
 しかし、本件発明においては、前述のとおり、「表面保護層」と「保持体層」とが密着性があることは当然の前提とされているものであるから、被告の主張は、その前提を誤るものというべきであり、採用し得ない。
 したがって、本件発明がサポート要件を満たさない旨の本件審決の判断は、判断の前提を誤解するものであり、誤りである。」

2022年10月23日日曜日

引用された特許文献の「発明の概要」の記載事項と「実施例」の記載事項とを組み合わせることの適法性が争われた事例

 
知財高裁令和4615日判決
令和3(行ケ)10096号 審決取消請求事件
 
1.概要
 本事例は、特許出願に対する進歩性欠如を理由する拒絶審決の取り消しを特許出願人である原告が求めた審決取消訴訟の知財高裁判決である。
 本件補正発明における
「前記白色光は、ピーク波長が518nm~550nmの間にあり、半値幅は90nm未満である前記緑色光成分と、ピーク波長が620nm以上である領域にあり、半値幅が42nm以上49nm以下である前記赤色光成分とを含む」
という構成が、引用文献である米国特許公開公報に記載されているか否かが争点の1つ。
 引用文献である米国特許公開公報では、「発明の概要」に相当する欄に「発光ピークのFWHM(半値全幅)は、約45nmまたはそれ以下」という構成が記載されており、「実施例」のデータとして、「白色光は、赤色光成分のピーク波長が630nm、緑色光成分のピーク波長が540nmであり、白色光の色座標(x,y)において、赤色頂点は(0.671,0.307)であり、緑色頂点は(0.239,0.691)である」という構成が記載されている。実施例では、発光ピークのFWHM(半値全幅)のデータの記載はない。
 審決では、引用文献のこれらの記載から、本件補正発明における上記の構成が引用文献に記載されていると認定した。
 原告は、「引用文献の各所に記載された別々の構成要素を都合よく組み合わせたものにすぎないから、このような引用発明の認定方法は、恣意的であり、引用文献の内容から引用発明を正しく認定するものではない。」と主張した。
 知財高裁は、「引用文献の前後の文脈に照らすと、これらの開示は、引用文献が開示する発明一般に当てはまるものと解される」「引用文献中の実施例よりも前の部分(発明の概要)に置かれた上記各段落の記載に基づくものであるとしても、一まとまりの技術的思想に基づく単一の発明中に両者の構成を併存させることは十分に可能であるから、前者の構成を含むものとして引用発明を認定した本件審決に誤りはない。」とし、審決に違法性はないと判断し、原告の請求を棄却した。
 
2.本件補正後の請求項1に係る発明(本件補正発明)
「青色光を放出する発光素子と、
 前記青色光を緑色光及び赤色光に変換する量子ドット材料、樹脂および散乱剤を
含み、前記発光素子が放出する前記青色光を白色光に変換して放出する光変換層と、
 を含み、
 前記散乱剤は、前記光変換層の全体重量に対して10重量%以下で含まれており、
 下記(1)および(2)の少なくとも一方を満たす光源: 
(1)前記白色光は、ピーク波長が518nm~550nmの間にあり、半値幅は90nm未満である前記緑色光成分と、ピーク波長が620nm以上である領域にあり、半値幅が42nm以上49nm以下である前記赤色光成分とを含む;
(2)前記白色光の色座標において、赤色頂点は0.65<Cx<0.69かつ0.29<Cy<0.33の領域に位置し、緑色頂点は0.17<Cx<0.31かつ0.61<Cy<0.70の領域に位置する。」
 
3.引用文献(米国特許公開公報)の開示事項
「[0013]本発明は、青色LED光源と、当該LED光源からの入射光を白色光に変換する光変換層とを備える白色発光ダイオードを提供する。緑色発光半導体ナノ結晶のピーク波長は、約520nmまたはそれ以上であり、赤色半導体ナノ結晶のピーク波長は、約610nmまたはそれ以上であり、当該緑色発光半導体ナノ結晶および当該赤色発光半導体ナノ結晶それぞれの発光ピークのFWHM(半値全幅)は、約45nmまたはそれ以下であり、」
 一方、引用文献の実施例には、「白色光は、赤色光成分のピーク波長が630nm、緑色光成分のピーク波長が540nmであり、白色光の色座標(x,y)において、赤色頂点は(0.671,0.307)であり、緑色頂点は(0.239,0.691)である」という構成が記載されていると認定された。
 ただし、実施例では、上記の白色光の赤色光成分及び緑色光成分の発光ピークのFWHM(半値全幅)のデータは記載されていない。
 
4.裁判所の判断のポイント
(2)本件審決が認定した引用発明中の「緑色発光半導体ナノ結晶と赤色発光半導体ナノ結晶の発光ピークのFWHM(半値全幅)は約45nm以下であり」との構成について
 引用文献の段落[0012]、[0013]及び[0015]には、緑色発光半導体ナノ結晶及び赤色発光半導体ナノ結晶のそれぞれの発光ピークのFWHM(半値全幅)が約45nm以下であること又は45nm以下であってもよいことが開示されているところ、引用文献の前後の文脈に照らすと、これらの開示は、引用文献が開示する発明一般に当てはまるものと解される。また、引用文献を精査しても、引用発明において「緑色発光半導体ナノ結晶と赤色発光半導体ナノ結晶の発光ピークのFWHM(半値全幅)は約45nm以下であり」との構成を採用すると、本件審決が認定した「白色光は、赤色光成分のピーク波長が630nm、緑色光成分のピーク波長が540nmであり、白色光の色座標(x,y)において、赤色頂点は(0.671,0.307)であり、緑色頂点は(0.239,0.691)である」との構成が採用できなくなるとの記載又は示唆はみられない。
 そうすると、本件審決が認定した引用発明中の後者の構成(「白色光は、赤色光成分のピーク波長が630nm、緑色光成分のピーク波長が540nmであり、白色光の色座標(x,y)において、赤色頂点は(0.671,0.307)であり、緑色頂点は(0.239,0.691)である」)が、引用文献中の実施例に記載された本件第3LEDに基づくものであり(当事者間に争いがない。)、他方、前者の構成(「緑色発光半導体ナノ結晶と赤色発光半導体ナノ結晶の発光ピークのFWHM(半値全幅)は約45nm以下であり」)が、引用文献中の実施例よりも前の部分(発明の概要)に置かれた上記各段落の記載に基づくものであるとしても、一まとまりの技術的思想に基づく単一の発明中に両者の構成を併存させることは十分に可能であるから、前者の構成を含むものとして引用発明を認定した本件審決に誤りはない。」