2023年3月19日日曜日

オープンクレームの必須構成以外の構成を「除く」訂正が「特許請求の範囲の減縮」に該当するか争われた事例

 
知財高裁令和539日判決
令和4(行ケ)10030号 特許取消決定取消請求事件
 
1.概要
 特許権者(原告)が有する特許権に対する異議申立においてなされた訂正が「特許請求の範囲の減縮」を目的するものではないとして訂正が認められず、進歩性欠如を理由とする特許取消決定がされた。原告はこの取消決定の取消を求めて特許取消決定取消訴訟を提起したところ、知財高裁は、当該訂正が「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものであり適法と判断し、特許取消決定を取り消した。
 本願請求項1を引用する請求項4に係る発明は、第1の層と第2の層とを含む、「少なくとも2層を有する」積層体であった。本件発明は、積層体が第1の層と第2の層に加えて更に他の層を含むことを許容する「オープンクレーム」であった。
 一方、訂正事項2は「(但し、該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるものを除く)」を追加する、いわゆる「除くクレーム」とする訂正であった。ただし除外される部分が、積層体の必須構成である「第1の層」及び「第2の層」以外の任意の層に関するものであった。
 特許取消決定では、「特許請求の範囲の請求項4に係る発明の「少なくとも2層を有する積層体」外の構成である、「積層体上」という構成について特定することであり、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項4に係る発明の「少なくとも2層を有する積層体」そのものの構成や、これを構成する層の性状や形状等の諸元を特定していないから、訂正事項2は、特許法120条の5第2項ただし書1号に掲げられた「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当せず」と判断された。
 これに対して知財高裁は、「訂正前の請求項1における積層体は、「第1の層」、「第2の層」並びに「無機酸化物の蒸着膜」及び「蒸着膜上に設けられたガスバリア性塗布膜」からなる積層体(以下「積層体A」という。)を含んでいたものである。そうすると、訂正事項2は、「積層体A」を含む訂正前の請求項1における積層体から積層体Aを除くものといえ、このように積層体を特定したことにより、訂正前の請求項4に係る発明の技術的発明が狭まることになるのであるから、訂正事項2が特許法120条の5第2項ただし書1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものであることは明らかである。」と判示した。また新規事項追加にも該当しないことが確認された。
 
2.訂正前の請求項1、4
【請求項1】
  少なくとも2層を有する積層体であって、
  第1の層が、2軸延伸樹脂フィルムからなり、前記2軸延伸樹脂フィルムを構成する樹脂組成物が、ジオール単位とジカルボン酸単位とからなるポリエステルを主成分として含み、前記ポリエステルが、前記ジオール単位がバイオマス由来のエチレングリコールであり、前記ジカルボン酸単位が化石燃料由来のテレフタル酸であるバイオマス由来のポリエステルと、前記ジオール単位が化石燃料由来のエチレングリコールであり、前記ジカルボン酸単位が化石燃料由来のテレフタル酸である化石燃料由来のポリエステルとを含んでなり、前記2軸延伸樹脂フィルム中に前記バイオマス由来のポリエステルが90質量%以下含まれ、
  第2の層が、化石燃料由来の原料を含む樹脂材料からなり、且つ、バイオマス由来の原料を含む樹脂材料を含まないことを特徴とする、積層体。
【請求項4】
  前記樹脂組成物が添加剤をさらに含んでなる、請求項1~3のいずれか一項に記載の積層体。
 
3.訂正事項2(訂正後請求項15に係る訂正)
 特許請求の範囲の請求項1を引用する請求項4の引用関係を解消して独立の請求項である請求項15とし、かつ、末尾の「。」の直前に「(但し、該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるものを除く)」との事項を追加する。
 
4.本件取消決定の要旨
「本件の争点に関する本件取消決定の理由の要旨は、(1)本件訂正事項2ないし9において、「(但し、該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるものを除く)」との事項を追加することは、特許請求の範囲の請求項4に係る発明の「少なくとも2層を有する積層体」外の構成である、「積層体上」という構成について特定することであり、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項4に係る発明の「少なくとも2層を有する積層体」そのものの構成や、これを構成する層の性状や形状等の諸元を特定していないから、訂正事項2は、特許法120条の5第2項ただし書1号に掲げられた「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当せず、その他、同項ただし書各号に掲げられたいずれのものにも該当しないので、本件訂正は認められない、(2)本件発明1は特開2007-210208号公報(以下「引用文献4」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び特開2009-91694号公報(以下「引用文献5」という。)記載事項(詳細は省略)に基づいて、本件発明2及び3は引用発明、引用文献5記載事項及び周知技術に基づいて、本件発明4ないし14は引用発明、引用文献4記載事項(【0023】、【0027】及び【0028】の関連部分)、引用文献5記載事項及び周知技術に基づいて、それぞれ当業者が容易に発明をすることができたものであるというものである。」
 
5.裁判所の判断のポイント
「(1)訂正の目的について 
 ア 訂正事項2は、請求項1を引用する請求項4を新たな独立項である請求項15とし、かつ、「(但し、該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるものを除く。)」との事項を追加するものである。
 訂正前の請求項1においては、「積層体」について、「少なくとも2層を有する積層体」と特定しているのにすぎないのであるから、ここにいう積層体には、「第1の層」、「第2の層」及びその他の任意の層からなる積層体が含まれることになるところ、「無機酸化物の蒸着膜」及び「蒸着膜上に設けられたガスバリア性塗布膜」も層を形成するものである以上、この任意の層に該当するといえる。したがって、訂正前の請求項1における積層体は、「第1の層」、「第2の層」並びに「無機酸化物の蒸着膜」及び「蒸着膜上に設けられたガスバリア性塗布膜」からなる積層体(以下「積層体A」という。)を含んでいたものである。そうすると、訂正事項2は、「積層体A」を含む訂正前の請求項1における積層体から積層体Aを除くものといえ、このように積層体を特定したことにより、訂正前の請求項4に係る発明の技術的発明が狭まることになるのであるから、訂正事項2が特許法120条の5第2項ただし書1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものであることは明らかである。
 イ 被告は、前記第3の1⑵ア のとおり、訂正事項2は、「積層体」から、「無機酸化物の蒸着膜」及びその上の「ガスバリア性塗布膜」を「積層体」内の構成としたものを除く記載とはなっておらず、「積層体」の外に該当する「積層体」の「上」に、新たに「無機酸化物の蒸着膜」を設け、さらにその上に「ガスバリア性塗布膜」を設けたものを除くとする記載となっているから、「積層体」の範囲自体を減縮していない旨主張する。しかし、本件発明は、「第1の層」及び「第2の層」で完結した積層体を特定事項とするものではなく、特許を受けようとする発明を、「第1の層」及び「第2の層」を有する全ての積層体とするいわゆるオープンクレームに該当するものであるから、権利範囲に含まれる具体的層構成を特定するに当たり、積層体の内外を形式的に区別しても意味がない(「第1の層」及び「第2の層」の外部の層も全て、本件発明における積層体の構成要素となる。)。そして、前記アのとおり、訂正事項2における「該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるもの」の具体的な内容は、「第1の層」、「第2の層」並びに「無機酸化物の蒸着膜」及び「蒸着膜上に設けられたガスバリア性塗布膜」を備えた積層体であるから、結局、積層体Aと区別できないものである。したがって、訂正事項2は訂正前の積層体から積層体Aを除く訂正であり、「積層体」の範囲を減縮していることになる。
・・・(略)・・・
 ウ 以上のとおりであるから、訂正事項2が特許請求の範囲の減縮を目的とするものに当たらないとした本件取消決定の判断には誤りがある。
 また、訂正事項3ないし9が特許請求の範囲の減縮を目的とするものに当たらないとした本件取消決定の判断にも誤りがある。
 
(2)新規事項の追加の有無について
   ア 仮に、本件において、異議手続で審理・判断されていない新規事項の追加の有無について審理・判断することができるとしても、訂正事項2は、新規事項を追加するものとは認められない。
 すなわち、訂正が、当業者によって,明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものと解すべきところ、訂正事項2によって「該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるもの」を除外することにより、新たな技術的事項が導入されるわけではなく、新規事項が追加されるものではない。
  本件発明の課題は、バイオマスエチレングリコールを用いたカーボンニュートラルなポリエステルを含む樹脂組成物からなる層を有する積層体を提供することであって、従来の化石燃料から得られる原料から製造された積層体と機械的特性等の物性面で遜色ないポリエステル樹脂フィルムの積層体を提供すること(【0008】)であるが、上記除外によってこの技術的課題に何らかの影響が及ぶものではない。
イ 被告は、前記第3の1⑵ア のとおり、訂正事項2は、本件発明の課題に、引用文献の課題解決手段である「該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜」を追加することで新たな技術的事項を追加し、その追加した事項を前提に、それを除くとするのであるから、新たな技術的事項を導入するものである旨主張する。
 しかし、訂正事項2による除外がされて残った技術的事項には、本件訂正前と比較して何ら新しい技術的要素はないから、被告の主張は採用できない。
 その他被告が主張する点も、前記 イにおいて既に判示したところに照らせば、いずれも採用できない。」