2021年7月18日日曜日

特許権侵害訴訟における請求項の文言解釈に、発明の解決課題に関する明細書の記載を参酌すべきと判断された事

知財高裁令和3年6月28日判決 令和2年(ネ)第10044号 特許権侵害損害賠償請求控訴事件 
 1.概要
  本事例は、一審原告が有する特許権を、一審被告が実施する被告給油装置が侵害すると判断した特許権侵害訴訟の一審東京地裁判決に対する控訴審の知財高裁判決である。知財高裁は、侵害は成立しないと判断し一審被告敗訴部分を取り消した。
  争点は、被告給油装置の構成要件1aにおける「電子マネー媒体」が、本件発明1の構成要件1Aにおける「記憶媒体」に該当するか否かである。東京地裁は該当すると判断し、知財高裁は該当しないと判断した。
  知財高裁は、「発明とは課題解決の手段としての技術的思想なのであるから,発明の構成として特許請求の範囲に記載された文言の意義を解釈するに当たっては,発明の解決すべき課題及び発明の奏する作用効果に関する明細書の記載を参酌し,当該構成によって当該作用効果を奏し当該課題を解決し得るとされているものは何かという観点から検討すべきである。」と指摘した。

 2.本件発明 
一審原告の有する特許権に係る本件発明1を分説すると以下の通りである。 
(本件発明1)
 1A 記憶媒体に記憶された金額データを読み書きする記憶媒体読み書き手段と, 
 1B 前記流体の供給量を計測する流量計測手段と, 
 1C1 前記流体の供給開始前に前記記憶媒体読み書き手段により読み取った記憶媒体の金額データが示す金額以下の金額を入金データとして取 り込むと共に,
 1C2 前記金額データから当該入金データの金額を差し引いた金額を新たな金額データとして前記記憶媒体に書き込ませる入金データ処理手段 と,
 1D 該入金データ処理手段により取り込まれた入金データの金額データに相当する流量を供給可能とする供給許可手段と, 
 1E 前記流量計測手段により計測された流量値から請求すべき料金を演 算する演算手段と,
 1F1 前記流量計測手段により計測された流量値に相当する金額を前記 演算手段により演算させ,
 1F2 当該演算された料金を前記入金データの金額より差し引き,
 1F3 残った差額データの金額を前記記憶媒体の金額データに加算し,
 1F4 当該加算後の金額データを前記記憶媒体に書き込む料金精算手段 と,
 1G を備えたことを特徴とする流体供給装置。 

 3.被告給油装置 
一審被告の実施する給油装置(被告給油装置)の構成を、本件発明1の構成要件に即して分説すると以下の通りである。
 1a 電子マネー媒体に記憶された金額データを読み書きするリーダーと, 
 1b ガソリンや軽油といった油の供給量を計測する給油量計測手段と,
 1c1 油の供給開始前に前記リーダーによって読み取った電子マネー媒体の金額データが示す金額以下の金額であって,顧客が指定した金額を 入金データとして取り込むとともに, 
 1c2 前記金額データから当該入金データの金額を差し引いた金額を新たな金額データとして前記電子マネー媒体に書き込ませる入金データ処 理手段と,
 1d 該入金データ処理手段により取り込まれた入金データの金額データ に相当する油量の油を供給可能とする供給許可手段と 
 1e 上記油量に達しない段階で給油を終了した場合に,返金のための金額を演算する演算手段と,
 1f 上記の場合に,上記演算に基づいて算定された返金額を前記電子マ ネー媒体に書き込ませる料金精算手段と,
 1g を備えたことを特徴とする給油装置 

 4.裁判所の判断のポイント抜粋
 「イ 非接触式ICカードの「記憶媒体」該当性 
 本件明細書において,本件発明の「記憶媒体」の具体的態様としては,磁気プリペイドカード(【0033】)のほか,「金額データを記憶するためのICメモリが内蔵された電子マネーカード」(【0070】)や「カード以外の形態のもの,例えば,ディスク状のものやテープ状のものや板状のもの」(【0071】)も開示されている。このように,本件発明の「記憶媒体」は必ずしも磁気プリペイドカードには限定されない。
  しかしながら,本件発明の技術的意義が上記1のとおりであることに照らして,「媒体預かり」と「後引落し」との組合せによる決済を想定できる記憶媒体でなければ,本件3課題が生じることはなく,したがって,本件発明の構成によって課題を解決するという効果が発揮されたことにならないから,上記の組合せによる決済を想定できない記憶媒体は,本件発明の「記憶媒体」には当たらない。
  かかる見地にたって検討するに,被告給油装置で用いられる電子マネー媒体は非接触式ICカードであるから,その性質上,これを用いた決済等に当たっては,顧客がこれを必要に応じて瞬間的にR/Wにかざすことがあるだけで,基本的には常に顧客によって保持されることが予定されているといえる。そのため,電子マネー媒体に対応したセルフ式GSの給油装置を開発するに当たって,物としての電子マネー媒体を給油装置が「預かる」構成は想定し難く,電子マネー媒体に対応する給油装置を開発しようとする当業者が本件従来技術を採用することは,それが「媒体預かり」を必須の構成とする以上,不可能である。 
 そうすると,被告給油装置において用いられている電子マネー媒体は,本件発明が解決の対象としている本件3課題を有するものではなく,したがって,本件発明による解決手段の対象ともならないのであるから,本件発明にいう「記憶媒体」には当たらないというべきである。むしろ,電子マネー媒体を用いる被告給油装置は,現金決済を行う給油装置において,顧客が所持金の中から一定額の現金を窓口の係員に手渡すか又は給油装置の現金受入口に投入し,その金額の範囲内で給油を行い,残額(釣銭)があればそれを受け取る,という決済手順(これは乙4公報の【0002】に従来技術として紹介されており,周知技術であったといえる。)をベースにした上,これに電子マネー媒体の特質に応じた変更を加えた決済手順としたものにすぎず,本件発明の技術的思想とは無関係に成立した技術であるというべきである。
 一審被告の非侵害論主張⑤は,このことを,被告給油装置の電子マネー媒体は本件発明の「記憶媒体」に含まれないという 形で論じるものと解され,理由がある。

 ウ 一審原告の主張について
 (ア)一審原告は,本件発明の「記憶媒体」は,構成要件1C及び1Fの動作に適した「記憶媒体」であれば足りる旨主張する。
  しかしながら,発明とは課題解決の手段としての技術的思想なのであるから,発明の構成として特許請求の範囲に記載された文言の意義を解釈するに当たっては,発明の解決すべき課題及び発明の奏する作用効果に関する明細書の記載を参酌し,当該構成によって当該作用効果を奏し当該課題を解決し得るとされているものは何かという観点から検討すべきである。しかるに,一審原告の上記主張は,かかる観点からの検討をせず,形式的な文言をとらえるにすぎないものであって,失当である。 
 したがって,一審原告の上記主張は採用することができない。」

2021年7月11日日曜日

本件発明の課題が引用文献に記載されていないことを考慮して進歩性が肯定された事例


知財高裁令和3年3月30日判決

令和2年(行ケ)第10043号 特許取消決定取消請求事件

 

1.概要

 本事例は、進歩性欠如により特許を取り消した特許異議決定の取り消しを特許権者が求めた特許取消決定取消請求事件において、決定を取り消した知財高裁判決である。

 本件発明1は下記の通りである。本件発明1では「120℃で1.5時間加熱後の残存モノマー及び水分を含む揮発分の揮発による加熱減量が1.5%以下」であるのに対して,主引用発明である引用発明c-1では当該「加熱減量」につき特定されていない点が、「相違点c1」と認定された。

 異議決定では、相違点c1に係る特徴は、容易に相当しうると判断された。一方、知財高裁は、本件発明1の課題は、引用文献には現れていないため、課題解決手段として相違点c1に係る特徴を採用することは容易でないこと、本件発明1の課題が「一般的な共通課題」であると特許庁は主張するが根拠がないことなどを判示した。

 

2.請求項1(本件発明1) 

 メチルメタクリレート,エチルメタクリレート,プロピルメタクリレート,n-ブチルメタクリレート,イソブチルメタクリレート,及びt-ブチルメタクリレートよりなる群から選択される少なくとも一種を含むアクリル系モノマー(アクリル酸及びメタクリル酸を除く)を含む原料モノマーの重合体であるアクリル系樹脂(粘着剤を除く)を含み,120℃で1.5時間加熱後の残存モノマー及び水分を含む揮発分の揮発による加熱減量が1.5%以下であり,体積平均粒径の2倍以上の粒径を有する大径粒子の含有量が1.0体積%以下であり,体積平均粒径が3~50 μmであり,分級されたものであって,バインダー樹脂及び粘度を調整するための溶媒(水を除く)と共に樹脂組成物を構成し,上記樹脂組成物から形成される塗膜表面に凹凸を形成することを特徴とする架橋アクリル系樹脂粒子。

 

3.裁判所の判断のポイント(抜粋)

(1) 「加熱減量」について 

ア 前記1のとおり,本件発明1は,「120℃で1.5時間加熱後の残存モノマー及び水分を含む揮発分の揮発による加熱減量が1.5%以下であり,」というものである。

 本件発明は,粒子中の揮発分は,塗工用樹脂,溶剤との馴染みを悪化させ,凝集の発生や,塗膜乾燥時の揮発を生じ,表面ムラなどを生じさせ,その結果,塗膜表面の傷付き性の低下が生じるため,上記のとおり,加熱減量を減ずるという構成を採用することで,課題解決を図ったものであることが認められる(前記1(2)イ,エ)。

イ この点について,被告は,本件発明の加熱減量の上限値である1.5%は臨界的意義を有しないと主張する。

 しかし,本件明細書の【表1】によると,本件発明1の加熱減量の上限値1.5%を超える比較例1(加熱減量1.8%),比較例2(加熱減量2.2%),比較例4(加熱減量1.56%)は,いずれも塗膜の表面性の評価が「C」となっているから,加熱減量の上限値1.5%は,本件発明の臨界的意義を有していると認められる。この点に関する被告の主張は採用することはできない。

(2) 残存モノマーの低減に関し,本件優先日以前の文献には,以下の記載があることが認められる。

ア 甲1-1について 

 甲1―1に記載された発明は,粒子の大きさが1~100μmの範囲内にある重合体粒子は,スペーサー,滑り性付与剤,トナー,塗料のつや出し剤,機能性担体等として使用するに適しているので,この方面で広く要望されているが,粒子の大きさが通常1μm以下の微細なものとなってしまい,1μm以上の大きさの粒子を作ることが困難であったり,粒子の大きさがよく揃うまでには至らないため(段落【0002】~【0008】),粒径が4~100μmの大きさの範囲内であってかつ所望の狭い領域内に局限された粒子を得るためのものであり(段落【0008】),そのために,界面活性剤の使用量を少なくし,一次懸濁液に加える圧力を加減して単位体粒子の合着程度を加減し,これによって粒子の大きさを所望の狭い領域内に分布させることを特徴とする大きさの揃った微細な重合体粒子を製造し(段落【0009】),重合後は,濾過,遠心分離等によって重合粒子体を水性媒体から分離し,水洗又は溶剤で洗浄後,乾燥して粉体として使用する(段落【0019】)ものである。

イ 甲1-3について 

 甲1―3に記載された発明は,合成樹脂粒子は,モノマーを水系分散媒体中にて懸濁重合することによって製造されているが,得られる合成樹脂粒子には,通常,1重量%以上の未反応の残存モノマーが含有されている(段落【0003】)ところ,この残存モノマーが原因となって合成樹脂粒子が着色して物性が低下したり,合成樹脂粒子を化粧品用途や食品包装材料に用いた場合には,化粧品や食品に臭気が写ることがあるといった問題があった(段落【0004】)ため,合成樹脂粒子の製造過程において,2度にわたる乾燥過程を経て,合成樹脂粒子の凝集を防止しながら,残存モノマーを水分と共に効率よく除去することができるようにしたもの(段落【0009】~【0012】)である。

ウ 甲2-4について 

 甲2-4に記載された発明は,アクリル系重合体において,製造された(メタ)アクリル系架橋微粒子は不純物を含んでおり,食品用途以外のフィルムのアンチブロッキング剤等,各種添加剤として好適に用いることができるものの,食品梱包資材のアンチブロッキング剤として使用することはできず,また,残存する(メタ)アクリル系単量体の量が多く,かつ,耐熱性に劣るため,食品梱包資材の安置ブロッキング剤として使用することができないなどの課題があるため(段落【0004】),(メタ)アクリル系単量体を含む単量体組成物を重合開始剤を用いて重合させた後,得られた重合物を80~95℃の範囲内の温度で,1.5時間以上熟成させることを特徴としており,未反応の(メタ)アクリル系単量体の量を従来よりも少なく,かつ,耐熱性を備えている(メタ)アクリル系架橋微粒子を製造するものである(段落【0006】~【0010】)。

(3) 引用発明c-1は,粒子径分布が好適範囲に管理されていても,平均粒子径から大きく逸脱する粗大粒子が存在する場合には,表示品位の低下や,光学フィルムに欠点が生じる(段落[0005])ため,好適な粒子径を逸脱する粗大な粒子の含有量が低レベルに低減された微粒子,及び,このような微粒子の製造方法,並びにこの微粒子を含む樹脂組成物を提供するものであり(段落[0006]),湿式分級と乾式分級とを組み合わせた方法により処理することで,粒径の好適範囲から逸脱する粗大粒子や微小粒子を一層効率よく低減するものである(段落〔0009〕)。

 本件発明は,前記(1)アのとおり,架橋アクリル酸系樹脂粒子の揮発分が塗膜表面にムラなどを生じさせる結果,塗膜表面の傷付き性能の低下が生じてしまうことを解決することを課題としているところ,甲2-3には,このような本件発明の課題は現れていない。

 また,前記(2)によると,合成樹脂粒子の製造については,水分量を低減させ,残存モノマーを低減させることにより,その品質を向上させることが知られていたことは認められるが,前記(2)の各証拠から,本件発明のように,粒子中の揮発分が表面ムラの発生や,塗膜表面の傷付き性低下などを生じさせていたこと(本件明細書の段落【0005】)という課題や,この課題を解決するために,加熱減量を減ずるという構成を採用することが,本件優先日当時,当業者に知られていたと認めることはできないし,まして,本件発明の「加熱減量の上限値1.5%」が当業者に知られていたと認めることはできない。

 そして,他に,上記の点について動機付けとなる証拠が存するとは認められないから,甲2-3によって,相違点c-1を容易に想到することができたと認めることはできず,本件発明1は,当業者が容易に発明をすることができたものではない。

 被告は,合成樹脂粒子の技術分野において,粒子の残存モノマー,水分などの揮発分が存在することに起因して,何らかの問題が発生する場合に,当該揮発分の量を一定量以下に低減化させることは,一般的な共通課題であるから,本件発明1は,引用発明c-1から容易想到であると主張するが,被告の上記主張を採用することができる証拠がないことは,既に説示したところから明らかである。

(4) 以上によると,本件発明1が,当業者が容易に発明をすることができたものであるとする本件決定の判断に誤りがある。

 そして,本件発明1は,当業者が容易に発明をすることができたものでないから,本件発明4,8も,当業者が容易に発明をすることができたものではないし,さらに,本件発明9及び本件発明10も,当業者が容易に発明をすることができたものではない。」

2021年7月4日日曜日

請求項に記載の用語が明細書を参酌し限定的に解釈され、進歩性が肯定された事例

  知財高裁令和3年5月31日判決

令和2年(行ケ)第10092号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例は拒絶査定不服審判(拒絶審決)を不服とする特許出願人である原告が、審決の取消を求めた審決等取消訴訟の知財高裁判決である。知財高裁は審決を取消す判断を示した。

 本願発明は「支持体の上に油溶性成分を含むオイルゲルが形成された,皮膚に対して粘着性を有するオイルゲルシート」備えるマイクロニードルパッチに関する。引用文献1では、オイルゲル以外の構成を有するマイクロニードルパッチが記載されており、引用文献2ではオイルゲル(油性ゲル状粘着製剤)が記載されている。

 審決は、引用文献1と2との組み合わせにより本願発明は進歩性が無いと判断した。

 知財高裁は、本願発明の「オイルゲル」の技術的意義は,「特許請求の範囲の記載だけからは一義的に明確ではない」ため、明細書の発明の詳細な説明のうち,従来技術に関する記載及び解決課題に関する記載を参酌し,オイルゲルの意味を狭く解釈した。そしてその解釈を前提とすると、引用文献1と2との組み合わせから当業者が容易に相当できたものではないと結論づけた。

 

2.本願発明

 上記補正後の請求項2の記載(以下「本願発明」という。)は,以下のとおりである。 

「支持体の上に油溶性成分を含むオイルゲルが形成された,皮膚に対して粘着性を有するオイルゲルシートと,

 前記オイルゲルシートの周辺部を除いた領域の上に貼り合わされたシート状基体と,

 前記シート状基体の上に形成された複数の微小針とを備えた, 

 マイクロニードルパッチ。」

 

3.審決の理由の要旨

 本願発明と引用発明(引用文献1に記載の発明)とは,

「支持体の上に粘着性を有する材料が形成された,皮膚に対して粘着性を有する粘着シートと,

  前記粘着シートの周辺部を除いた領域の上に貼り合わされたシート状基体と,

  前記シート状基体の上に形成された複数の微小針と

  を備えた,

  マイクロニードルパッチ。」

の点において一致し,以下の点において相違する。

[相違点]

 粘着性を有する材料が形成された粘着シートに関し,本願発明は,油溶性成分を含むオイルゲルが形成されたオイルゲルシートであるのに対し,引用発明は,粘着剤層21bが積層された押さえ手段21であって,粘着剤層21bが油溶性成分を含むオイルゲルであるか不明な点。

[相違点の判断]

 引用文献2には,美容用の皮膚外用剤粘着シートの粘着剤として,皮膚に対する適度な接着性を持ちながら剥がし取る時に皮膚の角質細胞に損傷を与えないために,油溶性成分であるセラミドを含む油性ゲル状粘着製剤を用いることが記載されている。

 そして,引用発明も引用技術2も,美容のためのシート状デバイスという技術分野に属するものであるという点で軌を一にし,皮膚の角質の損傷を抑制するという課題が共通するから,引用発明の粘着剤層21bの代わりとして引用文献2記載のセラミドを含む油性ゲル状粘着製剤,すなわち油溶性成分を含むオイルゲルを採用し,上記相違点に係る構成とすることは,当業者が容易になし得たことである。

 また,本願発明の奏する効果は,引用発明及び引用技術2の奏する効果から予測される範囲内のものにすぎず,格別顕著なものということはできない。

 したがって,本願発明は,引用発明及び引用技術2に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

 

4.裁判所の判断抜粋

「1 本願発明の「皮膚に対して粘着性を有するオイルゲルシート」について

 本件においては,審決が認定した相違点のうち「粘着性を有する材料が形成された粘着シート」の意義が争点となっているので,この点を中心に検討する。

(1) 本件明細書には,次の内容の記載がある。 

ア 本発明は,微小針を皮膚に刺すことにより,微小針に含まれた目的物質などの投与が可能となるマイクロニードルパッチであって,シート状基体の上に複数の微小針が形成されたマイクロニードルシートを皮膚に固定するために,マイクロニードルシートの背面に粘着シートを設け,粘着シートの周辺部にはマイクロニードルシートが形成されていないようにして,粘着シートの周辺部の粘着層によって,マイクロニードルシートを皮膚に固定することができるマイクロニードルパッチに関する(【0001】【0002】)。

イ 特開2016-189844号公報(甲12)に開示されている従来のマイクロニードルパッチでは,)皮膚に貼り付けられる粘着層の部分からは美容効果を得ることができないという問題があり,また,)乳液等を塗布した皮膚に貼ると,乳液等に含まれる油脂によって粘着層の粘着力が弱まるため,簡単に剥がれてしまうという問題があった。

 そこで,本発明は,)皮膚に貼り付けられた部分からも美容効果を得ることができ,)乳液等を塗布した皮膚に貼っても剥がれにくいマイクロニードルパッチを提供することを課題としたものであり,その解決手段として,油溶性成分を含むオイルゲルシートと,オイルゲルシートの周辺部を除いた領域に形成されたシート状基体と,シート状基体の上に形成された複数の微小針とを備えることを主要な特徴としている(【0004】【0006】【0007】【0017】)。本発明は,このような構成を採ったことによって,)皮膚に貼り付けられた部分からも油溶性成分が皮膚内に浸透して美容効果を得ることができ,また,ⅱ)乳液等を塗布した皮膚に貼っても剥がれにくいマイクロニードルパッチを提供することができる(【0012】【0017】)。

ウ 「オイルゲルは,油溶性成分を含むゲルであり,皮膚に対する粘着性がよい。」【0017】

(2) 本件明細書に従来技術として示された甲12の【0032】には,粘着剤の例として,アクリル系粘着剤,ゴム系粘着剤,シリコンゴム系粘着剤,ビニルエーテル系粘着剤,ウレタン系粘着剤などが挙げられている。しかしながら,上記⑴イの記載によれば,これらの粘着剤は,従来のマイクロニードルパッチが有していた上記(ⅰ)及び(ⅱ)の問題,特に,上記(ⅱ)の,乳液等に含まれる油脂によって粘着力が弱まるという問題を有すると認められる。

(3) 上記⑴ア,イ及び同⑵の記載によれば,本願発明の技術的思想(課題解決原理)は,マイクロニードルパッチの粘着層としてアクリル系粘着剤等を用いた場合には,ⅰ)粘着層の部分からは美容効果を得ることができず,また, ⅱ)乳液等が塗られた皮膚に貼ると簡単に剥がれてしまうという二つの技術的課題が生じていたため,粘着層として,)皮膚内に浸透して美容効果を与えることができる油溶性成分を含有し,)乳液等に含まれる油脂となじみやすい油分を主成分として含むオイルゲルシートを用いることによって,上記の二つの技術的課題の解決を図ったものと認められる。

  また,上記⑴ウの記載によれば,本願発明にいう「オイルゲル」は,甲12に記載された「粘着剤」を含有しなくとも,それ自体で皮膚に対する粘着性が良いものとされている

  これらの記載を総合的に参酌すると,本願発明において,「オイルゲルシート」は「アクリル系粘着剤等の粘着性ではなく,ゲル化したオイルの粘着性によって,皮膚に対して粘着するシート」を意味すると解釈するべきである。

引用技術2の「油性ゲル状粘着製剤」について

(1) 引用文献2には,次の内容の記載がある。

ア 本発明は,化粧料や皮膚外用薬など皮膚外用剤用途のための粘着剤組成物および粘着シートに関する(1頁4行以下)。

イ 皮膚接着性と剥離除去性の適度なバランスを有する皮膚外用剤粘着シート製剤の開発について,架橋アクリル系粘着剤層に油性の液体成分を多量に含有させたものを用いる油性ゲル状粘着層製剤が提案されてきた。しかしながら,これら製剤は,皮膚接着性と剥離除去性のバランスは改善できても,薬効成分等薬剤の溶解性が格別に優れているとはいい難かった(2頁21行以下)。

ウ 本発明の油性ゲル状粘着製剤においては,特定の組成のアクリル系共重合ポリマー,非イオン性界面活性剤及びアクリル系ポリマーの各所定量を外部架橋剤によって架橋させている。このことにより,薬効成分等薬剤の溶解性が格別に優れ,かつ,皮膚接着性と剥離除去性とのいずれもが好適な皮膚外用剤用粘着剤組成物及び粘着シートを得ることができる(4頁18行以下)。

(2) 上記⑴の記載によれば,引用技術2の「油性ゲル状」「粘着シート製剤」は,上記⑴イの従来技術である「架橋アクリル系粘着剤」の組成を調整することによって,粘着性を維持しつつ薬剤の溶解性を高めたシートであって,皮膚への粘着性は,従来技術と同様に,専らアクリル系粘着剤に依存していることが認められる。

3. 相違点についての審決の判断の当否

 上記1⑶のとおり,本願発明の技術的意義に照らすと,本願発明の「オイルゲル」は,アクリル系粘着剤等の粘着性ではなく,ゲル化したオイルの粘着性によって,皮膚に対して粘着するものである。これに対し,引用技術2の「油性ゲル状粘着製剤」は,上記2⑵のとおり,アクリル系粘着剤の粘着性によって,皮膚に対して粘着するものである。

 このように,引用技術2の「油性ゲル状粘着製剤」は,本願発明の「オイルゲル」とは技術的意義を異にするから,引用発明に引用技術2を適用しても,相違点に係る本願発明の構成には至らない。

  1したがって,容易想到性に関する審決の判断には誤りがある。

被告の主張について

 被告は,「オイルゲル」は有機溶剤を溶媒とするゲルの総称であるとの技術常識が存在し,本願発明の「オイルゲル」の意義や組成について本件明細書には記載がないから上記技術常識に沿って解釈すべきであり,上記技術常識によれば引用技術2の「油性ゲル」は「オイルゲル」に含まれる旨主張する。

  たしかに,乙1(特許庁「周知・慣用技術集(香料)第I部香料一般」1999 年1月29日発行)等によれば,「ゲル」を流体(溶媒)の違いという観点から「ヒドロゲル」「オイルゲル」「キセロゲル」の3種類に分類することが一般的に承認されている事実は認められ,また,乙6(権英淑ほか「実効感を発現するためのスキンケア製剤設計」FRAGRANCE JOURNAL Vol.34 No.1 pp.52-55(2006))等には,この分類を前提として,アクリル系材料を基剤とした「オイルゲル」の粘着剤に言及する記載も見られる。しかしながら,他方,甲7(柴田雅史「化粧品におけるオイルの固化技術」J.Jpn. Soc. Colour Mater., 85 [8] 339-342 (2012))では,冒頭に「有機溶剤(オイル)を少量の固化剤を用いて固形もしくは半固形状にしたものは一般に油性ゲルと呼ばれ,……メイクアップ化粧品を中心に幅広い製品の基剤として用いられている」と記載されており,化粧品の分野において,「オイルゲル」の用語をこのような意味で用いることも一般的であったと認められるから,「オイルゲル」という用語が,当然に被告主張のような意味に用いられると断定することはできない。

  そうすると,本願発明の「オイルゲル」の技術的意義は,特許請求の範囲の記載だけからは一義的に明確ではない。そこで,明細書の発明の詳細な説明のうち,従来技術に関する記載及び解決課題に関する記載を参酌し,上記1のとおり,「オイルゲルシート」を「アクリル系粘着剤等の粘着性ではなく,ゲル化したオイルの粘着性によって,皮膚に対して粘着するシート」と解釈すべきである。

 したがって,被告の上記主張は採用することができない。」