2023年12月10日日曜日

引用文献の「一実施形態」の記載に基づく「阻害要因」の存否が争われた事例

知財高裁令和51114日判決
令和4(行ケ)10113号 審決取消請求事件
 
1.概要
 本事例は、特許出願人である原告が特許出願に対する拒絶審決(進歩性欠如)の取り消しを求めた審決取消訴訟の、審決維持、請求棄却の判断がされた知財高裁判決である。
 審決は、本件発明は、引用文献1に記載の発明(引用発明)に、引用文献3に記載された「技術常識3」(後述の「照度輝度比例構成」)を組み合わせることにより容易に想到可能であると判断した。
 出願人である原告は、引用発明は周囲光の照度がしきい値を下回るときに最低輝度を維持するような制御をするもの(以下「最低輝度の維持制御技術」という。)であり、本件補正発明のように照度と放射輝度が比例関係となるような構成(以下「照度輝度比例構成」という。)を採用することには阻害要因がある、と主張した。
 知財高裁は、原告が阻害要因の根拠とする「最低輝度の維持制御技術」に関する引用文献1の記載は「一実施形態」の説明であり、「・・・してもよい。」といった記載からみても、「最低輝度の維持制御技術」は本来の目的から必須の構成として記載されているわけではない、として、阻害要因の存在を認めなかった。
 
2.裁判所の判断のポイント
(5)阻害要因に関する原告らの主張について
ア 原告らは、引用発明は周囲光の照度がしきい値を下回るときに最低輝度を維持するような制御をするもの(以下「最低輝度の維持制御技術」という。)であり、本件補正発明のように照度と放射輝度が比例関係となるような構成(以下「照度輝度比例構成」という。)を採用することには阻害要因がある旨主張する。
 
イ そこで検討するに、引用文献1(1、乙13)には、以下の記載があることが認められる。
 ()本発明は、表示装置のための画像処理方法及び装置に関し、より具体的には、紙モードを含む様々な画質モードを可変制御する表示装置のための画像処理方法及び装置に関する(0003)
 ()表示装置とは異なり、紙は自ら発光するものではなく周囲光を反射するのみである。したがって、本開示の実施形態の発明者は、人が知覚する光学特性は、紙に印刷された画像コンテンツに関しては、変化する周囲光条件の下においては、表示装置に表示される画像コンテンツのものとは異なること...、ほとんどのユーザーが、液晶表示装置及び有機発光表示装置などの一般的な表示装置と比較して、紙のような感じがするものなどの自然な画質を好むことを認識した(0007】、【0009)。したがって、本開示の一態様は、周囲環境下で実質的な紙の光学特性を模倣するための表示装置のための画像処理方法に関する。特定の周囲光条件下で表示装置上において印刷物のような自然な画像品質を提供するために、周囲光特性及び実質的な紙の光学特性が、その紙に印刷された画像コンテンツの特性を模倣するために用いられることができる(0010)
 ()一実施形態においては、周囲光特性は、周囲光の照度(illuminance)を含み、画像データのスケーリングされたRGB色値は、周囲光の照度(illuminance)がしきい値を下回るときに最小輝度(luminance))を維持するように、ディスプレーのためのプリセット値で補償される(0013)
 ()...紙モードにおける輝度は、周囲光の照度に応じて適用される紙の反射率を用いて示されている。紙モードにおける目標輝度は、周囲光が暗すぎるとユーザーが実際の紙を見ることができず、紙モードも同じであるため、ユーザーの視認性に対するオフセットとして最小発光輝度を有してもよい。...画像特性決定部122は、紙の反射率と周囲光の照度に基づいて紙モードの輝度を決定してもよい(0102)
 
ウ 以上の記載に照らすと、引用文献1に記載されている発明は、表示装置と紙の発光の仕組みの違いを踏まえつつ、表示装置においても印刷物のような自然な画像品質を提供することを目的として、これを実現するため、周囲光特性及び実質的な紙の光学特性を用いて、紙に印刷された画像コンテンツの特性を模倣しようとするものと認められる(本件審決が認定する引用発明の第1段落部分参照)
 
 このような引用発明において、紙の光学特性(紙のような印刷表示媒体を反射面とする外光の照度とその反射光の輝度は比例関係にある)を用いて、表示装置の表示における外光の照度と放射輝度の関係を、印刷表示媒体を反射光とする外光の照度とその反射光の輝度の関係に一致させることにより、外光による印刷表示媒体の外観を模した表示画像とすること、すなわち技術常識3を適用することは、ごく自然なものというべきである。
 引用文献1には、原告らの主張するとおり、最低輝度の維持制御技術の開示があり(上記イ())、本件審決はこれを引用発明の構成要素として認定している(本件審決の認定に係る引用発明の第3段落部分)。しかし、引用文献1の記載事項全体を踏まえてみれば、最低輝度の維持制御技術の位置づけは、「一実施形態」であり、本来の目的との関係で必須のものとはされていない。上記イ()の記載(「・・・してもよい」)も、これを裏付けるものである。
 また、最低輝度の維持制御技術は、周囲光の照度がしきい値を下回るときに初めて発動されるものであって、それ以外の条件下においては、照度輝度比例構成と矛盾・抵触するものではなく、むしろこれを前提とするものといえる。すなわち、最低輝度の維持制御技術と照度輝度比例構成とは、技術思想としては両立・並存するものということができ、引用発明が最低輝度の維持制御技術を有するものであるとしても、照度輝度比例構成の採用を必然的に否定するような関係にはない。
 以上の検討を踏まえると、引用発明に含まれる最低輝度の維持制御技術は、引用発明と技術常識3を組み合わせる阻害要因になるものではないというべきである。
 
エ 以上によれば、引用発明において、相違点2に係る本件補正発明のように、紙の光学特性を模倣して照度と輝度を比例関係として構成することは、当業者が容易に想到し得たと認められる。」