2023年8月27日日曜日

医薬用途を限定する訂正が新規事項追加と判断された事例

 知財高裁令和437日判決令和2(行ケ)10135号審決取消請求事件
 
1.概要
 本件は、原告が有する特許権に対する無効審判の審決(特許無効の判断)の取り消しを求めた審決取消訴訟において、請求が棄却された事例である。
 争点の一つが、「痛みの処置における鎮痛剤」を,「神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤」に訂正する「訂正事項2-2」が、訂正新規事項追加に該当するとの判断の適法性である。
 発明の詳細な説明には、「神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の」痛みの処置に用いることができるという「一行記載」は存在する。しかし効果を示す実験データは存在しない。
 知財高裁は、訂正事項2-2に係る本件訂正が新規事項の追加に当たらないというためには,本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤として「効果を奏すること」が,当業者によって,本件出願日当時の技術常識も考慮して,本件明細書は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項として存在しなければならない、として訂正事項2−2は新規事項追加に該当すると判断した。
 
2.訂正事項
 訂正事項2に係る本件訂正は,請求項2において,
Iの構造式を追加し(訂正事項2-1)
「請求項1記載の鎮痛剤」,すなわち「痛みの処置における鎮痛剤」を,「神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤」(訂正事項2-2)に訂正するとともに,
請求項1との引用関係を解消し,独立形式に改めることを求めるものである。
 
3.裁判所の判断
「本件発明2は,公知の物質である本件化合物2について鎮痛剤としての医薬用途を見出したとするいわゆる医薬用途発明であるところ,訂正事項2-2に係る本件訂正は,「請求項1記載の(鎮痛剤)」とあるのを「神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における(鎮痛剤)」に訂正するというものであり,鎮痛剤としての用途を具体的に特定することを求めるものである。そして,「痛みの処置における鎮痛剤」が医薬用途発明たり得るためには,当該鎮痛剤が当該痛みの処置において有効であることが当然に求められるのであるから,訂正事項2-2に係る本件訂正が新規事項の追加に当たらないというためには,本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤として「効果を奏すること」が,当業者によって,本件出願日当時の技術常識も考慮して,本件明細書(本件訂正前の特許請求の範囲を含む。以下同じ。)又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項として存在しなければならないことになる。
ウこの点に関し,原告は,新規事項の追加に当たるか否かの判断においては,訂正事項が当業者によって明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項であるか否かが検討されれば足りることから,本件審決の判断には誤りがあると主張する。しかしながら,上記のとおりの本件発明2の内容及び訂正事項2-2の内容に照らせば,本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置に「効果を奏すること」が本件明細書又は図面の記載から導かれなければ,訂正事項2-2につき,これが当業者によって本件明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項であるとはいえない。したがって,原告の上記主張を前提にしても,訂正事項2-2に係る本件訂正が新規事項の追加に当たらないというためには,本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤として「効果を奏すること」が本件明細書又は図面に記載されているか,記載されているに等しいと当業者が理解するといえなければならないというべきである。
エしたがって,訂正事項2-2に係る本件訂正が新規事項の追加に当たらないというためには,本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤として「効果を奏すること」が本件明細書に記載されているか,記載されているに等しいと当業者が理解するといえなければならないというべきであるとした本件審決・・・は,特許法134条の29項において準用する同法1265項の適用を誤るものではない。」
 
「本件明細書には,発明の概要として,本件化合物2が使用される疼痛性障害の中に神経障害及び線維筋痛症が含まれる旨の記載があるが,この部分には,本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置において効果を奏する旨の記載はない(なお,本件化合物2が使用される疼痛性障害の中に神経障害及び線維筋痛症が含まれるとの一般的な記載があっても,そのことから,本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置において効果を奏すると解することはできない。)。」

2023年8月13日日曜日

「設計的事項」を理由として進歩性欠如と判断された事例

知財高裁令和5725日判決
令和4(行ケ)10111号 審決取消請求事件
 
1.概要
 本事例は、特許無効審判の審決(特許有効)に対する取消訴訟において、審決取消の判断がされた知財高裁判決である。
 本件発明1の、甲1発明1に対する進歩性が争点となった。
 本件発明1と甲1発明1との相違点1として、「縦フランジ部の下部から内側方向に延びる段差部」に関して、本件発明1においては、縦フランジ部の下部から内側方向に「ほぼ水平に」延びる段差部であるのに対して、甲1発明1においては、縦フランジ部の下部から昇降窓ガラス側方向に「やや下方に」延びる段差部である点、が認定された。
 審決では、甲1発明1において、「やや下方に延びる段差部」を「ほぼ水平に延びる段差部」とする理由はなく、ベルトラインモールにおいて、「ほぼ水平に延びる段差部」を有する構成とすることは、本件特許出願前に周知の技術でもない、ことなどを理由に進歩性を肯定した。
 知財高裁は、本件明細書には、段差部が縦フランジ部の下部から内側方向に「ほぼ水平に」延びることの技術的意義についての記載はないこと、段差部が「ほぼ水平に」に延びても「やや下方」に延びても、本件発明の作用効果に何ら影響するものではないこと等を理由に、甲1発明1において「やや下方に」延びる段差部を「ほぼ水平に」延びるように構成することは、当業者が適宜なし得る設計的事項にすぎない、と判断し審決を取消した。
 
2.本件特許の本件訂正後の特許請求の範囲請求項1(本件発明1)
「車両ドアに装着されるベルトラインモールであって、
 ベルトラインモールはドアガラス昇降部からドアフレームの表面にわたって延在するモール本体部と、
 当該モール本体部の上部から内側下方に折り返したステップ断面形状部を有し、
 前記ステップ断面形状部は、ドアガラスに摺接する水切りリップを有するとともに前記モール本体部の上部から下に向けて折り返した縦フランジ部と、当該縦フランジ部の下部から内側方向にほぼ水平に延びる段差部と、前記段差部の端部より下側に延在させた引掛けフランジ部を有し、
 前記ドアガラス昇降部はモール本体部と引掛けフランジ部とでドアのアウタパネルの上縁部に挟持装着され、前記ドアフレームの表面に位置する端部側の部分は前記縦フランジ部が残るように前記水切りリップ、前記段差部及び引掛けフランジ部を切除してあり、前記端部はエンドキャップを取り付けることができる断面剛性を有していることを特徴とするベルトラインモール。」
 
本件発明1と甲1発明1との相違点として以下の相違点1が認定された。
〔相違点1
「縦フランジ部の下部から内側方向に延びる段差部」に関して、本件発明1においては、縦フランジ部の下部から内側方向に「ほぼ水平に」延びる段差部であるのに対して、甲1発明1においては、縦フランジ部の下部から昇降窓ガラス側方向に「やや下方に」延びる段差部である点。
 
3.相違点1に関する無効審判審決の判断
1発明1の「段差部」は、「縦フランジ部の下部から昇降窓ガラス側方向にやや下方に延びる」ものである。「ほぼ水平」が「およそ水平」、「だいたい水平」を意味するものと理解すると、このような甲1発明1の縦フランジ部の段差部を「ほぼ水平」ということはできないから、相違点1は実質的な相違点である。
1発明1において、「やや下方に延びる段差部」を「ほぼ水平に延びる段差部」とする理由はなく、ベルトラインモールにおいて、「ほぼ水平に延びる段差部」を有する構成とすることは、本件特許出願前に周知の技術でもない。原告は、甲2には、「ガラスアウタウエザストリップにおいて、ドアガラスに摺接するガラスシールリップを有するとともに突出部の車内側に有する段差と、当該段差の下部から内側方向にほぼ水平に延びる水平部を有していること。」が記載されており、「ほぼ水平」に延びる段差部とすることは当業者が容易に想到し得ると主張するが、甲2に記載された事項は、車内側側壁が「ほぼ水平に延びる段差部」を有する構成とすることを示すものではない。
 上記相違点1に係る本件発明1の発明特定事項は、甲1発明1及び甲2記載事項から、当業者が容易に想到できたものではない。」
 
4.裁判所の判断のポイント(相違点1について)
(相違点1は、「縦フランジ部の下部から内側方向に延びる段差部」が、本件発明1においては、縦フランジ部の下部から内側方向に「ほぼ水平に」延びる段差部であるのに対して、甲1発明1においては、縦フランジ部の下部から昇降窓ガラス側方向に「やや下方に」延びる段差部であるというものである。甲1発明1のモールディングが取り付けられるドアパネルが、アウタパネルであることについては当事者間に争いがなく、甲1発明1の「昇降窓ガラス側方向」は、本件発明1の「内側方向」(車内側を指す。)と同じ方向を意味するものと認められるから、相違点1においては、段差部が「ほぼ水平」に延びるか「やや下方」に延びるかという点のみが問題となる。
()そこで検討するに、本件明細書には、段差部が縦フランジ部の下部から内側方向に「ほぼ水平に」延びることの技術的意義についての記載はない。また、前記1(2)のとおり、本件発明は、端末の剛性に優れるベルトラインモールを提供するために、ドアフレームの表面に位置する部分は縦フランジ部を残して、水切りリップや引掛けフランジ部を切除できるようにし、モール本体部と縦フランジ部とで略C断面形状を形成しつつ断面剛性を確保したというものであり、ベルトラインモールの端末では、ドアフレームの表面に位置する部分は縦フランジ部を残して切除されるものであって、段差部も切除されるのであるから、段差部が「ほぼ水平に」に延びても「やや下方」に延びても、本件発明の作用効果に何ら影響するものではない。そうすると、段差部が「ほぼ水平に」延びるものとすることについて何らかの技術的意義があるとは認められない。
 そして、1発明1においても、段差部が縦フランジ部の下部から昇降窓ガラス側方向(内側方向)に「やや下方に」延びることに何らかの技術的意義があるとは認められず、甲1発明1において「やや下方に」延びる段差部を「ほぼ水平に」延びるように構成することは、当業者が適宜なし得る設計的事項にすぎないというべきである。
 そうすると、甲2記載事項について検討するまでもなく、1発明1において段差部に設計的変更を加え、これを「ほぼ水平に」することは、当業者が容易に想到できたものと認めるのが相当である。
()したがって、本件審決には、相違点1に係る容易想到性の判断に誤りがある。」