2023年9月21日木曜日

新規性判断において「中間」という用語の解釈が争点となった事例

知財高裁令和5年9月12日判決
令和4年(行ケ)第10117号 審決取消請求事件
 
1.概要
 本事例は、特許出願人である原告が拒絶査定不服審判の審決(拒絶審決)の取り消しを求めた審決取消訴訟において、審決は適法であるとして原告の請求を棄却した知財高裁判決である。
 下記の本件補正発明の構成要件D及びE中の「カップ容器本体の高さ方向中間位置」が、上端又は下端に偏らない中間位置(真中付近に限られるとする狭い解釈)を指すのか、上端と下端との間の位置(間であれば位置は任意とする広い解釈)を指すのかが争点となった。原告は前者の通り解釈し、本件補正発明は、中皿が中央よりもやや上端寄りに配置される引用発明とは相違すると主張した。審決及び知財高裁は、後者の通り解釈し、本件補正発明は引用発明と相違しないと結論づけた。
 用語の解釈にあたって、用語の辞書的な意味、発明が解決しようとする課題との関係、及び、図面の描写が参酌された。
 
2.本件補正後の請求項1(本件補正発明)の構成
【請求項1】
A コンビニエンスストア等で販売され、加熱して食するカップ状容器に収納されたカップ食品であって、
B カップ容器本体と、
C 前記カップ容器本体の上部を覆う蓋体と、
D 前記カップ容器本体の高さ方向中間位置に形成された2段の段差部と、
E 周面に前記2段の段差部に嵌合する嵌合部が形成され、該嵌合部を前記2段の段差部に嵌合させることにより前記カップ容器本体の高さ方向中間位置において前記嵌合部が前記蓋体と離間した状態で内壁に着脱自在に取り付けられる中皿と、
を具備し、
F 前記中皿の下部の第1の空間にスープ状の第1の食材を収納し、前記中皿の上部の第2の空間に第2の食材を収納し、食に際しては、容器全体を加熱した後、前記中皿を前記カップ容器本体から外して、前記第2の食材を前記第1の食材の上に落下させる
ことを特徴とするカップ食品。
3.裁判所の判断のポイント
「3 取消事由(独立特許要件の判断の誤り〔本件補正発明と引用発明の同一性の判断の誤り、相違点の看過〕)について
(1) 構成要件D及びE中の「カップ容器本体の高さ方向中間位置」について
ア 本件補正発明における「カップ容器本体の高さ方向中間位置」の意義
 原告らは、構成要件D及びE中の「カップ容器本体の高さ方向中間位置」とは、カップ容器本体の上端又は下端に偏らない中間位置を示すものと解釈すべき旨主張する。
 しかし、「中間」の語は、「二つの物事、地点の間、特に、そのまんなか」(広辞苑第4版1663頁、平成3年発行、甲5)、「二つの物の間に(で)あること。」(新明解国語辞典第7版968頁、平成28年発行、乙1)や「物と物との間の空間や位置。」(大辞泉第2版2342頁、平成24年発行、乙2)とされ、二つのものの間を広く含むものと解するのが相当である。そして、本願明細書には、「中間」の語をこれと異なる意義と解すべき記載はない。
 さらに、前記1に認定したところに鑑みれば、本件補正発明は、従来のスープ状の食材を含むカップ食品のうち、冷凍あるいはゼラチン状のスープ等を用いるものは満足な味が得られず、一方、ストレートスープを用いた場合には、スープ状の食材と他の食材を分離状態に保持するのが難しく、またスープ状の食材が容器からこぼれてしまう虞があるという課題を解決するため、カップ容器本体の高さ方向中間位置でカップ容器本体の内壁に着脱自在に嵌合する中皿を配置し、蓋体でカップ本体上部を覆うことによって、中皿の下部の第1の空間と中皿の上の第2の空間を形成し、第1の空間にスープ状の第1の食材を収納し、第2の空間に他の食材を収納することで、スープ状の食材と他の食材を分離状態に保持し、スープがこぼれることもなく、簡単な構成で満足のいく味を実現するというものであって、この課題の解決のためには、中皿がカップ容器本体の高さ方向の上端と下端の間の任意の位置でカップ容器本体の内壁に嵌合することで第1の空間と第2の空間が形成されればよく、カップ容器本体の高さ方向の上端と下端の間の特定の位置と解すべき理由はない。
 別紙1の図1(C)、図4、図7、図8、図11によれば、本件補正発明の実施例において、カップ容器本体30に設けられた2段の段差部31が、容器本体の高さ方向の上端側にやや偏った位置に形成されているのも、上記の理解に沿うものといえる。
 
イ 引用発明における中皿嵌合部の形成位置
 本件補正発明の「2段の段差部」に相当するのは引用発明の「中皿嵌合部」であるから、その形成位置が「カップの容器本体の高さ方向中間位置」にあるといえるかを検討する。
 原告らは、・・・・引用発明における中皿嵌合部は容器本体の「高さ方向中間位置」ではなく、「上端位置」に形成されている旨主張する。
 しかし、引用発明において、・・・中皿嵌合部が「カップ容器本体高さ方向中間位置」に形成されていることは明らかである。
 
ウ したがって、本件補正発明と引用発明は、「カップ容器本体の高さ方向中間位置」の構成において相違点はない。」

2023年9月14日木曜日

訂正が「誤記の訂正」に該当しないと判断された事例

 知財高裁令和5年8月10日判決

令和4年(行ケ)第10115号 特許取消決定取消請求事件

 

1.概要

 本事例は、特許異議申立の特許取消決定に対する取消訴訟の知財高裁判決である。

 異議申立において特許権者である原告が請求した訂正の適法性(誤記または誤訳の訂正に該当するか)が争点となり、知財高裁は誤記の訂正には該当せず、訂正は適法でないと判断した。

 特許法120条の5第2項の但し書きでは、訂正は、一 特許請求の範囲の減縮、二 誤記又は誤訳の訂正、三 明瞭でない記載の釈明、四 他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること、のいずれかを目的とするものに限られるという要件が課されている。裁判所は、誤記の訂正といえるのは「当業者であれば、そのことに気付いて当該訂正の前の記載を当該訂正の後の趣旨に理解するのが当然であるという場合でなければならない」から、誤記の訂正には該当しないと結論付けた。

 なお、争われた訂正事項1は、審査段階に補正において、過誤により追加された事項の一部を削除する訂正であった。審査段階での補正により技術的に適当でない特徴が追加された場合に、特許後にそれを訂正により削除しようとすると、特許法120条の5第2項の但し書きに該当しない訂正となる、いわゆる「逃れられない罠」に陥ることがあり注意が必要である。

 

2.訂正の内容

「訂正事項1」は、本件訂正前の請求項1中の発明特定事項である、

「マイクロクリスタリンワックス、水素添加ひまし油、及びポリオレフィンワックスから選ばれるもので重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000とし軟化点を低くても70℃とする非アミドワックス成分(B)と、」を、

「マイクロクリスタリンワックス、及び水素添加ひまし油から選ばれるもので軟化点を低くても70℃とする非アミドワックス成分(B)と、」

に訂正することを含む。

 すなわち、訂正事項1は、非アミドワックス成分(B)が、ポリオレフィンワックスである場合を削除することと、「重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000」という特徴を削除することを含む。

 

 マイクロクリスタリンワックス及び水素添加ひまし油(判決文中では、これらを総称して「マイクロクリスタリンワックス等」)は、重合体ではないため分子量は1,000未満であり、「重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000」となることはないことに争いはない。

 原告は、マイクロクリスタリンワックス及び水素添加ひまし油について、重量平均分子量の規定を削除することは「誤記の訂正」に該当するため、上記訂正は適法であると主張した。

 

3.裁判所の判断のポイント

ア 特許法120条の5第2項ただし書2号にいう「誤記」に該当するか否かについての判断基準

 特許法120条の5第2項ただし書2号にいう「誤記」に該当するといえるためには、同項本文に基づく訂正の前の記載が誤りで当該訂正の後の記載が正しいことが願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の記載、当業者の技術常識等から明らかで、当業者であれば、そのことに気付いて当該訂正の前の記載を当該訂正の後の趣旨に理解するのが当然であるという場合でなければならないと解するのが相当である。

イ 本件訂正前の記載について

(ア) 本件訂正前の記載

 前記第2の3のとおり、本件訂正前の記載は、「マイクロクリスタリンワックス、水素添加ひまし油、及びポリオレフィンワックスから選ばれるもので重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000とし軟化点を低くても70℃とする非アミドワックス成分(B)と、」というものである。

(イ) ポリオレフィンワックスについて

 ポリオレフィンワックスの中に「重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000とし軟化点を低くても70℃とする」との条件を満たすものと満たさないものが存在することが周知の技術的事項であることは、当事者間に争いがない。そうすると、本件訂正前の記載に接した当業者は、本件訂正前の構成にいう非アミドワックス成分(B)の中に上記の条件を満たすポリオレフィンワックスが含まれるものと理解すると認められる。

(ウ) マイクロクリスタリンワックス等について

 マイクロクリスタリンワックス等の分子量ないし重量平均分子量(ポリスチレン換算によるもの)がいずれも1000未満であることが周知の技術的事項であることは、当事者間に争いがない。そうすると、当業者は、当該周知の技術的事項に基づき、「重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000とし」との条件を満たすマイクロクリスタリンワックス等が存在しないものと理解すると認められるから、そのように理解する当業者は、本件訂正前の記載に接したときは、本件訂正前の構成にいう非アミドワックス成分(B)の中にマイクロクリスタリンワックス等はおよそ含まれないものと理解し得ると認めるのが相当である。

(エ) 本件訂正前の記載が誤りであることが当業者にとって明らかといえるか否かについて

 本件訂正前の構成は、非アミドワックス成分(B)に含まれ得る物質について、「マイクロクリスタリンワックス、水素添加ひまし油、及びポリオレフィンワックスから選ばれるもので」と規定するのであるから、その文言に照らし、当該物質は、マイクロクリスタリンワックス、水素添加ひまし油及びポリオレフィンワックスのうちの全部又は一部であると解される。そして、前記(イ)及び(ウ)のとおり、本件訂正前の記載に接した当業者は、本件訂正前の構成にいう非アミドワックス成分(B)の中に「重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000とし軟化点を低くても70℃とする」との条件を満たすポリオレフィンワックスが含まれ、他方で、マイクロクリスタリンワックス等はおよそ含まれないものと理解し得るのであるから、そのように理解し得る当業者は、本件訂正前の構成にいう非アミドワックス成分(B)に含まれる物質がマイクロクリスタリンワックス、水素添加ひまし油及びポリオレフィンワックスのうちの一部のみ(ポリオレフィンワックスのみ)であると理解し得ると認められるところ、当該理解は、本件訂正前の構成についての上記解釈(非アミドワックス成分(B)に含まれ得る物質に係るもの)と整合している。このように、本件訂正前の記載に接した当業者は、本件訂正前の構成にいう非アミドワックス成分(B)に含まれる物質(ポリオレフィンワックス)が現に存在すると理解するとともに、当該物質の種類が本件訂正前の構成中に掲げられた「マイクロクリスタリンワックス、水素添加ひまし油、及びポリオレフィンワックス」の全てではないとしても、そのことは本件訂正前の構成の「マイクロクリスタリンワックス、水素添加ひまし油、及びポリオレフィンワックスから選ばれるもので」に係る解釈と整合すると理解するものと認められるから、結局、本件記載を含む本件訂正前の記載については、当該当業者にとって、これが誤りであることが願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の記載、当業者の技術常識等から明らかであると認めることはできないというべきである。

ウ 本件訂正後の記載について

(ア) 本件訂正後の記載

 前記第2の3のとおり、本件訂正後の記載は、「マイクロクリスタリンワックス、及び水素添加ひまし油から選ばれるもので軟化点を低くても70℃とする非アミドワックス成分(B)と、」というものである。

(イ) 本件訂正による訂正後の記載としての他の選択肢の存在

 前記イ(イ)及び(ウ)のとおり、本件訂正前の記載に接した当業者は、本件訂正前の構成にいう非アミドワックス成分(B)の中に「重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000とし軟化点を低くても70℃とする」との条件を満たすポリオレフィンワックスが含まれるものと理解し、他方で、「重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000とし」との条件を満たすマイクロクリスタリンワックス等が存在しないものと理解することにより、本件訂正前の構成にいう非アミドワックス成分(B)の中にマイクロクリスタリンワックス等がおよそ含まれないものと理解し得るのであるから、仮に、当該当業者において、本件訂正前の記載に誤りがあると理解するとしても、当該当業者にとっては、本件訂正前の記載のうちポリオレフィンワックスに係る部分を全部削除した上、マイクロクリスタリンワックス等に係る部分について重量平均分子量に係る条件(本件記載)のみを削除するとの選択肢(本件訂正後の記載を採用するとの選択肢)のみならず、本件訂正前の記載のうちマイクロクリスタリンワックス等に係る部分を全部削除した上、ポリオレフィンワックス(重量平均分子量及び軟化点に係る条件を満たすもの)に係る部分のみを維持するとの選択肢(本件訂正による訂正後の記載を「重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000とし軟化点を低くても70℃とするポリオレフィンワックスからなる非アミドワックス成分(B)と、などとする選択肢)も存在し得るものと理解すると認めるのが相当である。

 そして、上記のとおり、当該当業者は、本件訂正前の構成にいう非アミドワックス成分(B)の中に重量平均分子量及び軟化点に係る条件を満たすポリオレフィンワックスは含まれるが、マイクロクリスタリンワックス等はおよそ含まれないものと理解し得るのであるから、当該当業者において、非アミドワックス成分(B)に含まれていた物質を維持し、およそ含まれていなかった物質を除外する趣旨の記載が正しいと理解する蓋然性は、決して小さくないものと認めるのが相当である。

(ウ) 本件訂正後の記載が正しいことが当業者にとって明らかであるといえるか否かについて

 前記(イ)のとおり、本件訂正前の記載に接した当業者は、本件訂正前の記載からマイクロクリスタリンワックス等に係る部分を全部削除した上、ポリオレフィンワックス(重量平均分子量及び軟化点に係る条件を満たすもの)に係る部分のみを維持する趣旨の記載が正しいとも理解することができるものであって、当該当業者においてこのような記載が正しいと理解する蓋然性は、決して小さくないのであるから、仮に、当該当業者において、本件訂正前の記載に誤りがあると理解するとしても、本件訂正後の記載については、当該当業者にとって、これが本件訂正による訂正後の記載として正しいことが願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の記載、当業者の技術常識等から明らかであると認めることはできないというべきである。」

「なお、原告は、本件記載は手続補正において原告の過誤により追加されたものであるから、本件記載を削除する本件訂正は特許法120条の5第2項ただし書2号に掲げる「誤記…の訂正」を目的とするものであると主張するが、仮に、原告が主張するような事情が存在するとしても、少なくとも本件においては、そのような事情が存在することをもって、本件記載を削除する本件訂正が同項ただし書2号に掲げる「誤記…の訂正」を目的とするものであると認めるには不十分である。」

2023年9月4日月曜日

プロダクト・バイ・プロセスクレームが明確性要件違反と判断された事例

 知財高裁令和4年11月16日判決

令和3年(行ケ)第10140号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例は、被告が有する特許権に対する無効審判における請求項6及び9に対する請求は成り立たない(権利有効)との審決の取り消しを求め、原告が請求した審決取消訴訟において高裁判決(審決取り消しの判断)である。

 請求項6及び9に係る発明は、製造方法により特定された物の発明(プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)であり、その明確性要件違反の有無が争点の一つとなった。

 知財高裁は、「物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっても、・・・出願時において当該製造方法により製造される物がどのような構造又は特性を表しているのかが、特許請求の範囲、明細書、図面の記載や技術常識より一義的に明らかな場合には、第三者の利益が不当に害されることはないから、不可能・非実際的事情がないとしても、明確性要件違反には当たらない」との判断基準を示した。そのうで、本件発明6及び訂正発明9の製造方法により製造された電鋳管の構造又は特性が一義的に明らかであるとはいえないこと、並びに、不可能・非実際的事情が存在するとはいえないことから、上記判断基準に照らして明確性要件違反であると結論付けた。

 

2.裁判所の判断のポイント

(1)判断基準

  物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において、特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られる(最高裁判所平成24年(受)第1204号同27年6月5日第二小法廷判決・民集69巻4号700頁)。

 もっとも、上記のように解釈される趣旨は、物の発明について、その特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合(プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)、当該発明の技術的範囲は当該製造方法により製造された物と構造、特性等が同一である物として確定されるところ(前掲最高裁判決)、一般的には、当該製造方法が当該物のどのような構造又は特性を表しているのか、又は物の発明であってもその発明の技術的範囲を当該製造方法により製造された物に限定しているか不明であり、特許請求の範囲等の記載を読む者において、当該発明の内容を明確に理解することができず、権利者がその範囲において独占権を有するのかについて予測可能性を奪う結果となり、第三者の利益が不当に害されることが生じかねないところにある。

 そうすると、物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっても、上記一般的な場合と異なり、出願時において当該製造方法により製造される物がどのような構造又は特性を表しているのかが、特許請求の範囲、明細書、図面の記載や技術常識より一義的に明らかな場合には、第三者の利益が不当に害されることはないから、不可能・非実際的事情がないとしても、明確性要件違反には当たらないと解される。

(2)検討

 ア 本件発明6及び訂正発明9は、「電鋳管」に係る発明であるところ、本件発明6は、「外周面に電着物または囲繞物とは異なる材質の金属の導電層を設けた細線材の周りに電鋳により電着物または囲繞物を形成し、前記細線材の一方または両方を引っ張って断面積を小さくなるよう変形させ、前記変形させた細線材と前記導電層の間に隙間を形成して前記変形させた細線材を引き抜いて、前記電着物または前記囲繞物の内側に前記導電層を残したまま細線材を除去して製造される」という製造方法による特定が、訂正発明9は、「外周面に電着物または囲繞物とは異なる材質の金属の導電層を設けた細線材の周りに電鋳により電着物または囲繞物を形成すると共に、前記細線材の両端側に前記電着物または前記囲繞物が形成されていない部分を形成し、前記細線材の一方又は両方を引っ張って断面積を小さくなるよう変形させ、前記変形させた細線材と前記導電層の間に隙間を形成して前記変形させた細線材を引き抜いて、前記電着物または前記囲繞物の内側に前記導電層を残したまま細線材を除去して製造される」という製造方法による特定を含む。

 イ そこで、本件発明6及び訂正発明9の製造方法により製造された電鋳管の構造又は特性、具体的には被告が主張する電鋳管の内面精度が、一義的に明らかであるか否かについて検討する。

 まず、特許請求の範囲の記載から本件発明6及び訂正発明9の製造方法により製造された電鋳管の内面精度が明らかでないことはいうまでもなく、また、本件明細書には、本件発明6及び訂正発明9の製造方法により製造された電鋳管の内面精度について、何ら記載も示唆もされていない。

 そして、本件明細書には、細線材を除去する方法として、電着物等を加熱して熱膨張させ、又は細線材を冷却して収縮させることにより、電着物等と細線材の間に隙間を形成する方法、②液中に浸して又は液をかけることにより、細線材と電着物等が接触している箇所を滑りやすくする方法、③一方又は両方から引っ張って断面積が小さくなるように変形させて、細線材と電着物等の間に隙間を形成したりして、掴んで引っ張るか、吸引するか、物理的に押し遣るか、気体又は液体を噴出して押し遣る方法、④熱又は溶剤で溶かす方法が記載されている(【0041】、【0116】)が、これらの方法と、製造される電鋳管の内面精度との技術的関係についても一切記載がなく、ましてや、本件発明6及び訂正発明9の製造方法(上記の方法に含まれる。)が、他の方法で製造された電鋳管とは異なる特定の内面精度を意味することについてすら何ら記載も示唆もない。さらに、上記各方法により内面精度の相違が生じるかについての技術常識が存在したとも認められない。

 そうすると、本件発明6及び訂正発明9の製造方法により製造された電鋳管の構造又は特性が一義的に明らかであるとはいえない。

 ウ 以上のとおりであるから、本件発明6及び訂正発明9が明確であるといえるためには、本件出願時において、本件発明6及び訂正発明9の電鋳管をその構造又は特性により直接特定することについて不可能・非実際的事情が存在するときに限られるところ、被告はこのような事情が存在しないことは認めている。

・・・・

(4)小括

 よって、本件発明6及び訂正発明9は明確であるということはできず、取消事由5は理由がある。」