2023年9月4日月曜日

プロダクト・バイ・プロセスクレームが明確性要件違反と判断された事例

 知財高裁令和4年11月16日判決

令和3年(行ケ)第10140号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例は、被告が有する特許権に対する無効審判における請求項6及び9に対する請求は成り立たない(権利有効)との審決の取り消しを求め、原告が請求した審決取消訴訟において高裁判決(審決取り消しの判断)である。

 請求項6及び9に係る発明は、製造方法により特定された物の発明(プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)であり、その明確性要件違反の有無が争点の一つとなった。

 知財高裁は、「物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっても、・・・出願時において当該製造方法により製造される物がどのような構造又は特性を表しているのかが、特許請求の範囲、明細書、図面の記載や技術常識より一義的に明らかな場合には、第三者の利益が不当に害されることはないから、不可能・非実際的事情がないとしても、明確性要件違反には当たらない」との判断基準を示した。そのうで、本件発明6及び訂正発明9の製造方法により製造された電鋳管の構造又は特性が一義的に明らかであるとはいえないこと、並びに、不可能・非実際的事情が存在するとはいえないことから、上記判断基準に照らして明確性要件違反であると結論付けた。

 

2.裁判所の判断のポイント

(1)判断基準

  物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において、特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られる(最高裁判所平成24年(受)第1204号同27年6月5日第二小法廷判決・民集69巻4号700頁)。

 もっとも、上記のように解釈される趣旨は、物の発明について、その特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合(プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)、当該発明の技術的範囲は当該製造方法により製造された物と構造、特性等が同一である物として確定されるところ(前掲最高裁判決)、一般的には、当該製造方法が当該物のどのような構造又は特性を表しているのか、又は物の発明であってもその発明の技術的範囲を当該製造方法により製造された物に限定しているか不明であり、特許請求の範囲等の記載を読む者において、当該発明の内容を明確に理解することができず、権利者がその範囲において独占権を有するのかについて予測可能性を奪う結果となり、第三者の利益が不当に害されることが生じかねないところにある。

 そうすると、物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっても、上記一般的な場合と異なり、出願時において当該製造方法により製造される物がどのような構造又は特性を表しているのかが、特許請求の範囲、明細書、図面の記載や技術常識より一義的に明らかな場合には、第三者の利益が不当に害されることはないから、不可能・非実際的事情がないとしても、明確性要件違反には当たらないと解される。

(2)検討

 ア 本件発明6及び訂正発明9は、「電鋳管」に係る発明であるところ、本件発明6は、「外周面に電着物または囲繞物とは異なる材質の金属の導電層を設けた細線材の周りに電鋳により電着物または囲繞物を形成し、前記細線材の一方または両方を引っ張って断面積を小さくなるよう変形させ、前記変形させた細線材と前記導電層の間に隙間を形成して前記変形させた細線材を引き抜いて、前記電着物または前記囲繞物の内側に前記導電層を残したまま細線材を除去して製造される」という製造方法による特定が、訂正発明9は、「外周面に電着物または囲繞物とは異なる材質の金属の導電層を設けた細線材の周りに電鋳により電着物または囲繞物を形成すると共に、前記細線材の両端側に前記電着物または前記囲繞物が形成されていない部分を形成し、前記細線材の一方又は両方を引っ張って断面積を小さくなるよう変形させ、前記変形させた細線材と前記導電層の間に隙間を形成して前記変形させた細線材を引き抜いて、前記電着物または前記囲繞物の内側に前記導電層を残したまま細線材を除去して製造される」という製造方法による特定を含む。

 イ そこで、本件発明6及び訂正発明9の製造方法により製造された電鋳管の構造又は特性、具体的には被告が主張する電鋳管の内面精度が、一義的に明らかであるか否かについて検討する。

 まず、特許請求の範囲の記載から本件発明6及び訂正発明9の製造方法により製造された電鋳管の内面精度が明らかでないことはいうまでもなく、また、本件明細書には、本件発明6及び訂正発明9の製造方法により製造された電鋳管の内面精度について、何ら記載も示唆もされていない。

 そして、本件明細書には、細線材を除去する方法として、電着物等を加熱して熱膨張させ、又は細線材を冷却して収縮させることにより、電着物等と細線材の間に隙間を形成する方法、②液中に浸して又は液をかけることにより、細線材と電着物等が接触している箇所を滑りやすくする方法、③一方又は両方から引っ張って断面積が小さくなるように変形させて、細線材と電着物等の間に隙間を形成したりして、掴んで引っ張るか、吸引するか、物理的に押し遣るか、気体又は液体を噴出して押し遣る方法、④熱又は溶剤で溶かす方法が記載されている(【0041】、【0116】)が、これらの方法と、製造される電鋳管の内面精度との技術的関係についても一切記載がなく、ましてや、本件発明6及び訂正発明9の製造方法(上記の方法に含まれる。)が、他の方法で製造された電鋳管とは異なる特定の内面精度を意味することについてすら何ら記載も示唆もない。さらに、上記各方法により内面精度の相違が生じるかについての技術常識が存在したとも認められない。

 そうすると、本件発明6及び訂正発明9の製造方法により製造された電鋳管の構造又は特性が一義的に明らかであるとはいえない。

 ウ 以上のとおりであるから、本件発明6及び訂正発明9が明確であるといえるためには、本件出願時において、本件発明6及び訂正発明9の電鋳管をその構造又は特性により直接特定することについて不可能・非実際的事情が存在するときに限られるところ、被告はこのような事情が存在しないことは認めている。

・・・・

(4)小括

 よって、本件発明6及び訂正発明9は明確であるということはできず、取消事由5は理由がある。」