2021年12月26日日曜日

パラーメーター発明のサポート要件、プロダクトバイプロセスクレーム該当性、及び、上限のみを限定した数値範囲の明確性について争われた事例

知財高裁令和3年11月29日判決

令和元年(行ケ)第10160号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例は、特許権侵害訴訟(東京地裁平成29年(ワ)第24598号、知財高裁令和2年(ネ)第10029号)と並行して、侵害訴訟被告が請求した特許無効審判の審決(特許有効の判断)の取り消しを求めた審決取消訴訟の知財高裁判決である。知財高裁は、特許を有効とした特許庁審決が適法であると判断し、原告(侵害訴訟被告)の請求を棄却した。

 争点は多岐にわたるが、下記では以下の争点についての知財高裁の判断を紹介する。

 7つのパラメーターで特定されたセルロース粉末の発明のサポート要件充足性、

 「天然セルロース質物質の加水分解によって得られるセルロース粉末」という構成のプロダクトバイプロセス(PBP)該当性及び明確性

 「安息角が54°以下」という上限のみを特定した数値範囲の明確性

 

2.請求項1に記載の「本件訂正発明1」

「天然セルロース質物質の加水分解によって得られるセルロース粉末であって,平均重合度が150-450.75μm以下の粒子の平均L/D(長径短径比)が2.0-4.5,平均粒子径が20-250μm,見掛け比容積が4.0-7.0cm/g,見掛けタッピング比容積が2.4-4.5cm/g,安息角が54°以下のセルロース粉末であり,該平均重合度が,該セルロース粉末を塩酸2.5N,15分間煮沸して加水分解させた後,粘度法により測定されるレベルオフ重合度より5~300高いことを特徴とするセルロース粉末。」

 

3.サポート要件についての裁判所の判断のポイント

「本件訂正発明1の技術的意義について

ア前記1(2)認定の本件明細書の開示事項によれば,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件訂正発明1に関し,医薬用途等において活性成分の錠剤化に圧縮成形用賦形剤として使用されるセルロース粉末は,輸送や使用に際して錠剤に磨損や破壊しない程度の硬度を付与するための成形性,服用後の速やかな薬効発現のための崩壊性,1錠中の医薬品含量の均一化のために医薬品と圧縮成形用賦形剤の混合粉体が打錠機の臼に均一量充填されるための流動性のいずれもが高いレベルで満足するものが望ましいが,成形性と崩壊性及び流動性とは相反する性質であるため,従来のセルロース粉末では,成形性,流動性,崩壊性の諸性質をバランスよく併せ持つものは知られていなかったという問題があったことから,本件訂正発明1は,成形性,流動性,崩壊性の諸機能をバランスよく併せ持つセルロース粉末を提供することを課題とし,その課題を解決するための手段として,セルロース粉末の粉体物性である「平均重合度」,「粒子の平均L/D(長径短径比)」,「平均粒子径」,「見掛け比容積」,「見掛けタッピング比容積」,「安息角」及び「平均重合度とレベルオフ重合度との差分」を特定の数値範囲に制御する構成を採用することにより,全体として成形性,流動性,崩壊性の諸性質をバランスよく併せ持つという効果を奏するものとしたことに技術的意義があることの開示があるものと認められる。

「原告は,本件訂正発明1の課題は,「成形性,流動性,崩壊性の諸機能をバランスよく併せ持つセルロース粉末」を提供すること,すなわち,「硬度170N以上」,「崩壊時間130秒以下」及び「安息角54°以下」の数値をすべて満たすセルロース粉末を提供することが本件訂正発明1の課題であるとした上で,当業者は,本件訂正発明1の「平均重合度」,「75 ㎛以下粒子L/D」,「平均粒子径」,「見掛け比容積」,「見掛けタッピング比容積」,「安息角」及び「平均重合度とレベルオフ重合度との差分(差分要件)」という7つのパラメータの数値範囲全体をカバーする具体例の開示なくして,上記課題を解決できると認識することはできないが,本件明細書の発明の詳細な説明には,かかる具体例の開示はないから,当業者は,本件訂正発明1の上記課題を解決できると認識することはできないから,本件訂正発明1は,サポート要件に適合しない旨主張する。

 しかしながら,前記⑴イで説示したとおり,「硬度170N以上」,「崩壊時間130秒以下」及び「安息角54°以下」の数値をすべて満たすセルロース粉末を提供することが本件訂正発明1の課題であると認めることはできないから,原告の上記主張は,その前提において理由がない。」

「加えて,本件明細書の表4には,実施例2ないし7及び比較例1ないし11のセルロース粉末の平均重合度の記載があることからすると,本件明細書に接した当業者は,上記セルロース粉末が差分要件を満たすかどうかを把握できるものと解される。

 また,本件明細書の表4には,「平均重合度」,「粒子の平均L/D(長径短径比)」,「平均粒子径」,「見掛け比容積」,「見掛けタッピング比容積」,「安息角」及び「平均重合度とレベルオフ重合度との差分」(差分要件)のいずれもが本件発明1の数値範囲内にある実施例2ないし7のセルロース粉末の円柱状成形体とそのいずれかが本件発明1の数値範囲外である比較例1ないし11とのセルロース粉末の円柱状成形体について,平均降伏圧[MPa],錠剤の水蒸気吸着速度Ka,硬度[N]及び崩壊時間[秒]が示されている。

 そして,実施例2ないし7のセルロース粉末は,いずれも,安息角が55°以下,錠剤硬度が170N以上,崩壊時間が130秒以下であり,ここで,安息角は,55°を超えると,流動性が著しく悪くなり(【0018】),錠剤硬度は成形性を示す実用的な物性値であり,170N以上が好ましく(【0019】),崩壊時間は崩壊性を示す実用的な物性値であり,130秒以下が好ましい(【0019】)のであるから,実施例2ないし7のセルロース粉末は,成形性,流動性及び崩壊性の諸機能をバランスよく併せ持つセルロース粉末であるということができる。

 したがって,当業者は,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件出願時の技術常識から,実施例2ないし7のセルロース粉末は,本件発明1の課題を解決できると認識できるものと認められるから,①は採用することができない。」

 

4.明確性要件(プロダクトバイプロセス=PBPクレーム)についての裁判所の判断のポイント

(2) 原告は,「天然セルロース質物質の加水分解によって得られるセルロース粉末」を発明特定事項とする本件訂正発明1及び2は,PBP発明であって,本件出願時に当該物をその構造又は特性によって直接特定することに不可能ないし非実際的事情が存するとはいえないから,不明確であり,明確性要件に適合しない旨主張する。

ア そこで検討するに,本件訂正発明1の「天然セルロース質物質の加水分解によって得られるセルロース粉末」とは,その文言から,「セルロース粉末」が「天然セルロース質物質」を原材料としてその「加水分解」によって得られた物であることを理解できる。

 そして,前記2(1)記載の各文献によれば,結晶セルロースは,天然セルロース又は再生セルロースを加水分解(酸加水分解)して得られることは,本件出願時の技術常識であったことが認められる。

 一方で,本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)には,「天然セルロース質物質の加水分解によって得られるセルロース粉末」にいう「加水分解」の条件を特定する記載はなく,また,セルロース粉末の製造に至る加水分解以降の工程を規定した記載はない。

 以上によれば,本件訂正発明1の「天然セルロース質物質の加水分解によって得られるセルロース粉末」とは,天然セルロース質物質を加水分解して得られたセルロース粉末という物の状態を示すことにより,その物の構造又は特性を特定したものと解される。

 したがって,本件訂正発明1は,PBP発明に該当するものと認めることはできない。本件訂正発明2も,これと同様である。

イ これに対し原告は,本件訂正発明1の「天然セルロース質物質の加水分解によって得られるセルロース粉末」にいう「天然セルロース質物質」には,少なくとも,セルロース結晶構造の型,不純物の有無・程度,セルロースの種類・含量比率といった各種要素による特徴があること,「加水分解処理」は,温和な条件や過酷な条件等加水分解条件によって処理後のセルロースの物性に大きな影響を与えうる化学的処理であることからすると,原料となる天然セルロース質物質の特徴に照らして,加水分解の結果,得られたセルロース粉末はどのような構造又は物性になっているか明らかであるとはいえず,当業者は,加水分解処理により得られたセルロース粉末と「構造,物性等が同一である物」とはどのような物をいうのか理解することができないなどと主張する。

 しかしながら,原告の上記主張は,その主張自体,本件訂正発明1及び2が,物の発明についてその物の製造方法の記載がある特許請求の範囲(PBPクレーム)に係るPBP発明であることの根拠となるものではない。

 他に本件訂正発明1及び2がPBP発明に該当することを認めるに足りる主張立証はない。

 

5.明確性要件(上限値のみを限定した数値範囲)についての裁判所の判断のポイント

(3) 原告は,本件訂正発明1の「安息角が54°以下」の発明特定事項は,安息角の下限値の記載がないから,不明確であり,明確性要件に適合しない旨主張する。

 しかしながら,本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)の記載によれば,本件訂正発明1の「安息角が54°以下」とは,セルロース粉末の安息角が54°以下であることを規定したものであり,その内容は明確であるから,原告の上記主張は理由がない。

2021年12月5日日曜日

特許法70条2項に従う明細書を参酌した特許発明の技術的範囲の解釈を、侵害訴訟ではなく存続期間延長登録出願の場面で適用した事例

知財高裁令和3年11月30日判決
令和3年(行ケ)第10016号 審決取消請求事件 
 
1.概要
  特許法67条第4項は、安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であってその目的、手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定める処分(本件処分)を受けることが必要であるために特許発明の実施をすることかできない期間があったときは、5年を限度として、延長登録の出願により当該特許権の存続期間を延長することができると定める。
 存続期間を延長しようとする出願人は、本件処分の対象となった医薬品等が含まれる請求項を特定し、請求項の発明特定事項と、医薬品の承認書等に記載された事項とを対比して、本件処分の対象となった医薬品等が、当該請求項の発明特定事項の全てを備えていることを説明する必要がある。 本事例では、医薬品に関する特許権の存続期間延長登録出願の拒絶審決において、審判官合議体は、当該特許権の請求項に記載された発明特定事項の1つである「緩衝剤」という用語の意義を、特許法70条2項に従い明細書の記載を参酌して狭く解釈し、本件処分の対象となった医薬品は、前記発明特定事項「緩衝剤」を充足しないから、延長登録は認められないと判断した。
 これを不服とする出願人は審決取消訴訟を提訴したが、知財高裁は審決は適法であると判断し原告の請求を棄却した。

 2.原告(特許権者、存続期間延長登録出願の出願人)の主張 
「被告の主張する発明の「技術的範囲」の解釈は,特許権侵害訴訟の充足論において妥当するものであり,特許権延長登録出願における特許請求の範囲の記載の解釈においてではない。また,本件発明1の「緩衝剤」の「量」は,特許請求の範囲の記載から一義的に明確に確定できるから,実施例等の発明の詳細な説明の記載から特許請求の範囲に記載されていないことを取り込んで,本件各発明を限定的に解釈することは許されない。」

 3.裁判所の判断のポイント 
「特許請求の範囲に記載された用語の意義は,明細書の記載を考慮して解釈するものとされる(特許法70条2項)ので,本件明細書(甲1)の記載をみると,前記1(1)のとおり,「緩衝剤という用語」について,「オキサリプラチン溶液を安定化し,それにより望ましくない不純物,例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDACHプラチン二量体の生成を防止するかまたは遅延させ得るあらゆる酸性または塩基性剤を意味する。」(【0022】)として,これを定義付ける記載があり,上記の「剤」の一般的意義に照らしても,「緩衝剤」について,「緩衝作用を有する薬」を意味するものと理解することは,本件明細書の記載にも整合する。 なお,原告は,本件において,本件明細書の記載を考慮すべきではない旨主張しているが,特許法70条2項は一般的に特許発明の技術的範囲を定める場面に適用され,特許侵害訴訟における充足性を検討する場面にのみ適用されるものではないから,原告の上記主張は採用できない。」