2023年2月19日日曜日

抗体に関する発明のサポート要件充足性が争われた事例

 知財高裁令和5126日判決
令和3(行ケ)10094号 審決取消請求事件
 
1.概要
 本事例は、被告が有する特許権に対して原告が請求した無効審判の審決(無効理由なしの判断)の取消取り消しを求めた審決取消訴訟の知財高裁判決(審決取り消しの判断)である。
 サポート要件の充足性などが争われた。
 本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1及び5の記載は以下の通りである。
【請求項1】(本件発明1) PCSK9LDLRタンパク質の結合を中和することができ、PCSK9との結合に関して、配列番号67のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と、配列番号12のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体と競合する、単離されたモノクローナル抗体。
【請求項5】(本件発明5) 請求項1に記載の単離されたモノクローナル抗体を含む、医薬組成物。
 
 請求項1に記載の「配列番号67のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と、配列番号12のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体」を、「31H4抗体」といい、「参照抗体」ともいう。
 
 知財高裁は、原告が提出した【A】博士の実証実験の結果及び同実証実験を踏まえた【B】博士の供述書を証拠として採用し、PCSK9との結合に関して、「配列番号67のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と、配列番号12のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体」(「31H4抗体」、「参照抗体」)と競合するモノクローナル抗体の中には、PCSK9LDLRタンパク質の結合を中和することができない抗体が存在することが示されていることなどから、本件発明1、5はサポート要件を充足しないと判断し、無効審決を取り消した。
 
2.無効審判審決の要旨(サポート要件充足の判断)
 本件発明は、「PCSK9LDLRタンパク質の結合を中和することができ」るという特性と、「PCSK9との結合に関して31H4抗体と競合する」という特性との両方を兼ね備えた「単離されたモノクローナル抗体」及びこれ「を含む医薬組成物」であるところ、本件出願の願書に添付した明細書(以下、図面を含めて、「本件明細書」という。)の・・・(略)・・・の各記載によれば、本件発明の課題は、このような新規な抗体を提供し、これを含む医薬組成物を作製することで、PCSK9LDLRとの結合を中和し、LDLRの量を増加させることにより、対象中の血清コレス テロールの低下をもたらす効果を奏し、高コレステロール血症等の上昇したコレステロールレベルが関連する疾患を治療し、又は予防し、疾患のリスク を低減することにあると理解することができる。
 そして、本件明細書には、抗PCSK9モノクローナル抗体の作製方法(免 疫化マウスの作製、免疫化マウスを使用したハイブリドーマ(抗体産生細胞の作製)PCSK9LDLRとの結合を中和する抗体をスクリーニングする方法、31H4抗体と競合する抗体をスクリーニングする方法が具体的に記載されており(・・・(略)・・・)、また、実施例には、ヒト免疫グロブリン遺伝子を含有する二つのグループのマウスにヒトPCSK9抗原を注射して得たハイブリドーマから、PCSK9LDLRとの結合を強く中和する抗体を産生するものを選択し、それらの抗体のエピトープビニングを行った2つの独立した実験の結果が示されており(実施例10、実施例37)、抗PCSK9モノクローナル抗体に対して「PCSK9LDLRとの結合を中和することができ」るものを選択するスクリーニング、「31H4抗体と競合する」ものを選択するスクリーニングの2回のスクリーニングをすることで十分に高い確率で本件発明の抗体をいくつも繰り返し同定することができることが具体的に示されている。そして、本件明細書には、PCSK 9LDLRとの結合を中和することにより、LDLRの量を増加させ、対象中の血清コレステロールの低下をもたらすという作用機序が記載されている(・・・(略)・・・)から、「PCSK9LDLRタンパク質の結合を中和することができ」るという特性を有する本件発明の抗体が、対象中の血清コレステロールの低下をもたらす効果を奏し、高コレステロール血症等の、上昇したコレステロールのレ ベルが関連する疾患を治療し、予防し、疾患のリスクを低減するという課題を解決できるものであることを合理的に認識できる。
 したがって、当業者であれば、本件明細書の記載から、本件発明の抗体は上記の課題を解決できることを認識できるものであり、本件発明は、明細書 に記載されたものといえるから、本件特許は、サポート要件に適合する。
 
3.裁判所の判断のポイント
「2 取消事由2(サポート要件違反の判断の誤り)について
(1) ・・・(略)・・・
(2) 特許法3661号は、特許請求の範囲の記載に際し、発明の詳細な説明に記載した発明の範囲を超えて記載してはならない旨を規定したものであり、その趣旨は、発明の詳細な説明に記載していない発明について特許請求の範囲に記載することになれば、公開されていない発明について独占的、排他的な権利を請求することになって妥当でないため、これを防止することにあるものと解される。
 そうすると、特許請求の範囲の記載が同号所定の要件(サポート要件)に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであると解するのが相当である。
(3) そこで、本件発明に係る特許請求の範囲の記載について見ると、本件発明の請求項1は、1PCSK9LDLRタンパク質の結合を中和することができ」、2 PCSK9との結合に関して、「配列番号67のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と、配列番号12のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体」(31H4抗体)(参照抗体)と「競合する」、3「単離されたモノクローナル抗体」との発明特定事項を有するものであり、12の発明特定事項は、3のモノクローナル抗体の性質を決定するものと解される。
・・・(略)・・・
 そうすると、参照抗体と競合する、本件発明のモノクローナル抗体は、様々な程度で、参照抗体の特異的結合を妨げ、又は阻害する(例えば、低下させる)ものであって、必ずしも参照抗体がPCSK9と結合する同一のPCSK9上の部位に結合し、参照抗体の特異的結合を妨げ、又は阻害(例えば、低下させる)する特性を有するモノクローナル抗体に限らず、参照抗体がPCSK9と結合するPCSK9上の部位と重複する部位に結合し、参照抗体の特異的結合を妨げ、又は阻害(例えば、低下させる)する特性を有するモノクローナル抗体や、参照抗体とPCSK9との結合を立体的に妨害する態様でPCSK9に結合し、参照抗体のPCSK9への特異的結合を妨げ、又は阻害(例えば、低下させる)する特性を有するモノクローナル抗体を含むものであると認められる。
(4)ア 以上を前提に検討すると、前記(2)において説示したとおり、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであると解するのが相当であるところ、前記1(1)において示したとおり、本件発明は、LDLRタンパク質の量を増加させることにより、対象中のLDLの量を低下させ、対象中の血清コレステロールの低下をもたらす効果を奏し、また、この効果により、高コレステロール血症などの上昇したコレステロールレベルが関連する疾患を治療し、又は予防し、疾患のリスクを低減すること、そのために、LDLRタンパク質と結合することにより、対象中のLDLRタンパク質の量を減少させ、LDLの量を増加させるPCSK9LDLRタンパク質との結合を中和する抗体又はこれを含む医薬組成物を提供することを課題とするものであり、PCSK9LDLRタンパク質との結合を強く遮断する中和抗体である参照抗体と競合する抗体は、PCSK9への参照抗体の結合を妨げ、又は阻害する単離されたモノクローナル抗体であることを明らかにするものであると理解される。
 そして、前記(3)によれば、本件発明における「中和」とは、タンパク質結合部位を直接封鎖してPCSK9LDLRタンパク質の間の相互作用を妨害し、遮断し、低下させ、又は調節する以外に、間接的な手段(リガンド中の構造的又はエネルギー変化等)を通じてLDLRタンパク質に対するPCSK9の結合能を変化させる態様を含むものであるが、前記1(1)のとおり、参照抗体自体が、結晶構造上、LDLREGFaドメイン(PCSK9の触媒ドメインに結合するものであり、その領域内に存在するPCSK9残基のいずれかと相互作用し、又は遮断する抗体は、PCSK9LDLRとの間の相互作用を阻害する抗体として有用であり得るとされるもの)の位置と部分的に重複する位置でPCSK9LDLRタンパク質の結合を立体的に妨害し、その結合を強く遮断する中和抗体であると認められることを踏まえると、本件発明における「PCSK9との結合に関して、31H4抗体と競合する」との発明特定事項も、31H4抗体と競合する抗体であれば、31H4抗体と同様のメカニズムにより、LDLRタンパク質の結合部位を直接封鎖して(具体的には、抗体が結晶構造上、LDLREGFaドメインの位置と重複する位置でPCSK9に結合して)PCSK9LDLRタンパク質の間の相互作用を妨害し、遮断し、低下させ、又は調節することを明らかにする点に技術的意義があるものというべきであり、逆に言えば、参照抗体と競合する抗体は、このような位置で結合するからこそ、中和が可能になるということもできる。この点は、被告自身が、前記第33(2)ウにおいて、本件明細書の発明の詳細な説明によれば、当業者は、出願時の技術常識に照らし、参照抗体との競合によってPCSK9上の複数の結合面のうち特定の領域内の特定の位置(LDLREGFaドメインと結合する部位と重複する位置(又は同様の位置))に結合する抗体は、PCSK9LRLRタンパク質の結合を中和することができると理解するものであり、発明の技術的範囲の全体にわたって発明の課題を解決できると認識することができたといえる旨主張していることからも裏付けられるところである。
 また、前記1(2)において認定した甲1文献の開示事項によれば、家族性高コレステロール血症は、血漿中のLDLコレステロールレベルの上昇に起因するものであるところ、PCSK9は、細胞表面に存在するLDLRタンパク質の存在量を低下させるものであるため、PCSK9が治療のための魅力的な標的であり、血漿中のPCSK9に結合し、そのLDLRタンパク質との結合を阻害する抗体等が効果的な阻害剤となり得ることが既に示されていたものと認められるのであるから、このような観点から見ても、本件発明の技術的意義は、31H4抗体と競合する抗体であれば、31H4抗体と同様のメカニズムにより、上記のようなLDLRタンパク質との結合を阻害する抗体、すなわち結合中和抗体としての機能的特性を有することを特定した点にあるということもできる。そもそも本件発明の課題は、前記1(1)イにおいて認定したとおり、LDLRタンパク質と結合することにより、対象中のLDLRタンパク質の量を減少させ、LDLの量を増加させるPCSK9LDLRタンパク質との結合を中和する抗体又はこれを含む医薬組成物を提供することであり、このような課題の解決との関係では、参照抗体と競合すること自体に独自の意味を見出すことはできないから、このような観点からも、上記のとおり、本件発明の技術的意義は、31H4抗体と競合する抗体であれば、31H4抗体と同様のメカニズムにより、結合中和抗体としての機能的特性を有することを特定した点にあるというべきである。
イ さらに検討すると、前記4()のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明には、エピトープビニングを行った結果、31H4抗体と同一性が高いとはいえないアミノ酸配列を有するグループの抗体が31H4抗体と競合するものとして同定されたことが開示されている。本件明細書には、上記競合する抗体として同定された抗体の中で中和活性を有すると記載される抗体がPCSK9上へ結合する位置についての具体的な記載はなされておらず、31H4抗体とアミノ酸配列が異なるグループの抗体については、エピトープビニングのようなアッセイで競合すると評価されたことをもって、抗体がPCSK9上に結合する位置が明らかになるといった技術常識は認められない以上、PCSK9上で結合する位置が明らかとはいえない。
 また、本件発明の「PCSK9との結合に関して、参照抗体と競合する」との性質を有する抗体には、上記本件明細書の発明の詳細な説明に具体的に記載される数グループの抗体以外に非常に多種、多様な抗体が包含されることは自明であり、また、前記2(3)イのとおり、このような抗体には、被告が主張するように、31H4抗体がPCSK9と結合するPCSK9上の部位と重複する部位に結合し、参照抗体の特異的結合を妨げ、又は阻害する(例えば、低下させる)抗体にとどまらず、参照抗体とPCSK9の結合を立体的に妨害する態様でPCSK9に結合し、様々な程度で参照抗体のPCSK9への特異的結合を妨げ、又は阻害する(例えば、低下させる)抗体をも包含するものである。そうすると、その中には、例えば、31H4抗体がPCSK9と結合する部位と異なり、かつ、結晶構造上、抗体がLDLREGFaドメインの位置とも異なる部位に結合し、31H4抗体に軽微な立体的障害をもたらして、31H4抗体のPCSK9への特異的結合を妨げ、又は阻害する(例えば、低下させる)もの等も含まれ得るところ、このような抗体がPCSK9に結合する部位は、抗体が結晶構造上、LDLREGFaドメインの位置と重複する位置ではないのであるから、LDLRタンパク質の結合部位を直接封鎖して、PCSK9LDLRタンパク質の間の相互作用を妨害し、遮断し、低下させ、又は調節するものとはいえない。
 なお、本件明細書には「例示された抗原結合タンパク質と同じエピトープと競合し、又は結合する抗原結合タンパク質及び断片は、類似の機能的特性を示すと予想される。」(0269)との記載があるが、上記のとおり、「PCSK9との結合に関して31H4抗体と競合する」とは、31H4抗体と同じ位置でPCSK9と結合することを特定するものではないから、31H4抗体と競合する抗体であれば、31H4抗体と同じエピトープと競合し、又は結合する抗原結合タンパク質(抗体)であるとはいえず、このような抗体全般が31H4抗体と類似の機能的特性を示すことを裏付けるメカニズムにつき特段の説明が見当たらない以上、本件発明の「PCSK9との結合に関して、31H4抗体と競合する抗体」が31H4抗体と「類似の機能的特性を示す」ということはできない。
 前述のとおり、本件発明の技術的意義は、31H4抗体と競合する抗体であれば、31H4抗体と同様のメカニズムにより、PCSK9LDLRタンパク質との結合を中和する抗体としての特性を有することを特定する点にあるというべきところ、前記のとおり、31H4抗体と競合する抗体であれば、LDLREGFaドメインと相互作用する部位(本件明細書の記載からは、EGFaドメインの5オングストローム以内に存在するPCSK9残基として定義されるLDLREGFaドメインとの相互作用界面の特異的コアPCSK9アミノ酸残基(コア残基)EGFaドメインの5オングストロームから8オングストロームに存在するPCSK9残基として定義されるLDLREGFaドメインとの相互作用界面の境界PCSK9アミノ酸残基と理解され得る。)に結合してPCSK9LDLRタンパク質の結合部位を直接封鎖するとはいえず、他には、31H4抗体と競合する抗体であれば、どのようなものであっても、PCSK9LDLREGFaドメイン(及び/又はLDLR一般)との間の相互作用(結合)を阻害する抗体となるメカニズムについての開示がない以上、当業者において、31H4抗体と競合する抗体が結合中和抗体であるとの理解に至ることは困難というほかない。
ウ 以上のとおり、「PCSK9との結合に関して、31H4抗体と競合する抗体」であれば、31H4抗体と同様に、LDLRタンパク質の結合部位を直接封鎖して(具体的には、抗体が結晶構造上、LDLREGFaドメインの位置と重複する位置でPCSK9に結合して)PCSK9LDLRタンパク質の間の相互作用を妨害し、遮断し、低下させ、又は調節するものであるとはいえないから、「PCSK9との結合に関して、31H4抗体と競合する抗体」であれば、結合中和抗体としての機能的特性を有すると認めることもできない。なお、前記(3)アのとおり、本件発明における「中和」とは、PCSK9LDLRタンパク質結合部位を直接封鎖するものに限らず、間接的な手段(リガンド中の構造的又はエネルギー変化等)を通じてLDLRタンパク質に対するPCSK9の結合能を変化させる態様を含むものではあるが、「PCSK9との結合に関して、31H4抗体と競合する抗体」であれば、上記間接的な手段を通じてLDLRタンパク質に対するPCSK9の結合能を変化させる抗体となることが、本件出願時の技術常識であったとはいえないし、本件明細書の発明の詳細な説明に開示されていたということもできない。
エ こうした点は、前記1(3)においてその信頼性を認定した【A】博士の実証実験の結果及び同実証実験を踏まえた【B】博士の供述書からも裏付けられる。すなわち、この実証実験は、リジェネロンの63の抗体について参照抗体との競合及び結合中和性を実験したものであるが、競合に関して50%の閾値を用いた結果、34の抗体が参照抗体と競合するが、うち28の抗体(80%よりも多く)は結合中和性を有しないことが確認されており(別紙3の資料B1及び前記1(3)()b)、参照抗体と競合する抗体であれば結合中和性を有するものとはいえないことが具体的な実験結果として示されている。さらに、この実験結果に加え、「本件特許によれば、31H4抗体の結合部位はhPCSK9上のLDLRの結合部位と部分的にしか重複しないから・・別の抗体の結合部位は、LDLRの結合部位と重複することなく31H4結合部位と重複し得るのであり、このようにして、別の抗体は、hPCSK9-LDLRの結合部位と重複することなく31H4結合部位と重複し得」る(前記1(3)()b)として、【B】博士が、「31H4抗体と競合する抗体・・・の全てが結合を中和する効果を有するだろうというのは確実に誤りである。」旨の意見を述べているところである(前記1(3)()c)
オ 被告は、前記第33(2)ウにおいて、31H4抗体(参照抗体)と競合するが、PCSK9LDLRタンパク質との結合を中和できない抗体が仮に存在したとしても、そのような抗体は、本件発明1の技術的範囲から文言上除外されているなどとして、本件発明がサポート要件に反する理由とはならない旨主張する。しかし、既に説示したとおり、31H4抗体と競合する抗体であれば、31H4抗体と同様のメカニズムにより、PCSK9LDLRタンパク質との結合中和抗体としての機能的特性を有することを特定した点に本件発明の技術的意義があるというべきであって、31H4抗体と競合する抗体に結合中和性がないものが含まれるとすると、その技術的意義の前提が崩れることは明らかである(本件のような事例において、結合中和性のないものを文言上除けば足りると解すれば、抗体がPCSK9と結合する位置について、例えば、PCSK9の大部分などといった極めて広範な指定を行うことも許されることになり、特許請求の範囲を正当な根拠なく広範なものとすることを認めることになるから、相当でない。)なお、被告が主張するように、本件発明1の特許請求の範囲は、PCSK9との結合に関して、参照抗体と競合する抗体のうち、「PCSK9LDLRタンパク質の結合を中和することができ」る抗体のみを対象としたものであると解したとしても、前示のとおり、本件発明のPCSK9との競合に関して、参照抗体と競合するとの発明特定事項は、被告が主張するような、参照抗体が結合する位置と同一又は重複する位置に結合する抗体にとどまるものではなく、PCSK9LDLRタンパク質の結合に立体的妨害が生じる位置に結合する様式で競合する抗体をも含むものであるから、このような抗体についても結合中和抗体であることがサポートされる必要があるところ、参照抗体が結合する位置と同一又は重複する位置に結合する抗体の場合とは異なり、PCSK9LDLRタンパク質の結合に立体的妨害が生じる位置に結合する様式で競合する抗体が結合を中和するメカニズムについては本件明細書には何らの記載はなく、また、ビニングによる実験結果(前記(4)())に基づく結合中和抗体は、いずれも結合中和に係るメカニズムが開示されている、参照抗体が結合する位置と同一又は重複する位置に結合する抗体である可能性が高く、その点を措くとしても、少なくともこれらが立体的に妨害する抗体であることを示唆する記載はない。そうすると、本件明細書の発明の詳細な説明には、参照抗体と競合する抗体のうちPCSK9LDLRタンパク質との結合に立体的妨害が生じる位置に結合する様式で競合する抗体が結合中和活性を有することについて何らの開示がないというほかなく、この点からも、本件発明はサポート要件を満たさない。」