2023年6月17日土曜日

「平均分子量」の明確性が争われた事例

 「平均分子量」の明確性が争われた事例
 
知財高裁平成29118日平成28(行ケ)10005(1次判決)
知財高裁平成3096日平成29(行ケ)10210(2次判決)
 
1.概要
 「平均分子量」の明確性が争われた無効審判の審決取消訴訟の判決を紹介する。なお第1次判決は2017129日付の記事でも紹介している。
 本件発明1は、「平均分子量が0.5~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」を構成要件に含む眼科用清涼組成物に関する。発明の詳細な説明では、平均分子量についての明確な記載はなく、「重量平均分子量」を意味すると解釈できる記載と、「粘度平均分子量」を意味すると解釈できる記載(段落0021の「,マルハ株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)等」という記載)とが含まれていた。このため明確性要件違反の無効理由の存否が争われた。
 1回目の無効審判審決(1次審決)では「平均分子量」は不明確とは言えないと判断されたが、知財高裁は、不明確であるとして第1次審決を取り消した(第1次判決)。
 特許権者は、特許請求の範囲及び明細書の訂正を行い、本件発明1における「平均分子量が0.5~4万」を「平均分子量が2~4万」に限定するとともに、明細書の発明の詳細な説明における段落0021の上記の記載を削除した。この訂正により、「粘度平均分子量」を意味すると解釈できる記載は含まれないこととなった。
 2回目の無効審判審決(第2次審決)では上記訂正後も「平均分子量」がいかなる分子量を意味するのか不明確であるから明確性要件を満たさないと判断された。しかし、知財高裁は、訂正後の特許請求の範囲及び明細書によれば「平均分子量」が「重量平均分子量」を意味するものと推認できると判断し第2次審決を取り消した。
 
2.第1次判決
.1.第1次判決時の本件発明1(請求項1)
a)メントール,カンフル又はボルネオールから選択される化合物を,それらの総量として0.01w/v%以上0.1w/v%未満,
b)0.01~10w/v%の塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化ナトリウム,炭酸水素ナトリウム,炭酸ナトリウム,硫酸マグネシウム,リン酸水素二ナトリウム,リン酸二水素ナトリウム,リン酸二水素カリウムから選ばれる少なくとも1種,および
c)平均分子量が0.5~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩0.001~10w/v%含有することを特徴とするソフトコンタクトレンズ装用時に清涼感を付与するための眼科用清涼組成物。
 
.2.第1次判決時の本件明細書(0021)の記載
「本発明に用いるコンドロイチン硫酸又はその塩は公知の高分子化合物であり,平均分子量が0.5~50万のものを用いる。より好ましくは0.5~20万,さらに好ましくは平均分子量0.5~10万,特に好ましくは0.5~4万のコンドロイチン硫酸又はその塩を用いる。かかるコンドロイチン硫酸又はその塩は市販のものを利用することができ,例えば,生化学工業株式会社から販売されている,コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等),マルハ株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)等が利用できる。
 
.3.第1次判決の要点
本件特許請求の範囲及び本件明細書には,単に「平均分子量」と記載されるにとどまり,上記にいう「平均分子量」が「重量平均分子量」,「数平均分子量」,「粘度平均分子量」等のいずれに該当するかを明らかにする記載は存在しない。
もっとも,本件明細書に記載された他の高分子化合物については,例えば,ヒドロキシエチルセルロース(0016),メチルセルロース(0017),ポリビニルピロリドン(0018)及びポリビニルアルコール(0020)の平均分子量として記載されている各社の各製品の各数値は,重量平均分子量の各数値が記載されているものであり,この重量平均分子量の各数値は公知であったから(5861ないし67),当業者は,これらの高分子化合物の平均分子量は,重量平均分子量を意味するものと解するものと推認される。」
本件特許請求の範囲にいう「平均分子量が0.5~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量が,本件出願日当時,「重量平均分子量」,「粘度平均分子量」等のいずれを示すものであるかについては,本件明細書において,これを明らかにする記載は存在しない。もっとも,このような場合であっても,本件明細書におけるコンドロイチン硫酸あるいはその塩及びその他の高分子化合物に関する記載を合理的に解釈し,当業者の技術常識も参酌して,その平均分子量が何であるかを合理的に推認することができるときには,そのように解釈すべきである。しかし,本件においては,次に述べるとおり,「コンドロイチン或いはその塩」の平均分子量が重量平均分子量であるのか,粘度平均分子量であるのかを合理的に推認することはできない。
前記(2)ないし(4)の認定事実によれば,本件明細書(0021)には,「本発明に用いるコンドロイチン硫酸又はその塩は公知の高分子化合物であり,平均分子量が0.5~50万のものを用いる。より好ましくは0.5~20万,さらに好ましくは平均分子量0.5~10万,特に好ましくは0.5~4万のコンドロイチン硫酸又はその塩を用いる。かかるコンドロイチン硫酸又はその塩は市販のものを利用することができ,例えば,生化学工業株式会社から販売されている,コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等),マルハ株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)等が利用できる。」という記載がされている。また,本件出願日当時,マルハ株式会社が販売していたコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量は,重量平均分子量によれば2万ないし2.5万程度のものであり,他方,粘度平均分子量によれば6千ないし1万程度のものであったことからすれば,本件明細書のマルハ株式会社から販売される上記「コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)」にいう「平均分子量」が客観的には粘度平均分子量の数値を示すものであると推認される。
・・・
のみならず,本件出願日当時には,マルハ株式会社から販売されていたコンドロイチン硫酸ナトリウムの重量平均分子量が2万ないし2.5万程度のものであることを示す刊行物が既に複数頒布され,当該数値は,本件明細書にいう0.7万等という数値とは明らかに齟齬するものであることが認められる。これらの事情の下においては,本件明細書の「コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)」という記載に接した当業者は,上記にいう平均分子量が粘度平均分子量を示す可能性が高いと理解するのが自然である。そうすると,当業者は,本件特許請求の範囲の記載について,少なくともコンドロイチン硫酸又はその塩に限っては,重量平均分子量によって示されていることに疑義を持つものと認めるのが相当である。
したがって,当業者は,本件出願日当時,本件明細書に記載されたその他高分子化合物であるヒドロキシエチルセルロース(0016),メチルセルロース(0017),ポリビニルピロリドン(0018)及びポリビニルアルコール(0020)については重量平均分子量で記載されているものと理解したとしても,少なくとも,コンドロイチン硫酸ナトリウムに限っては,直ちに重量平均分子量で記載されているものと理解することはできず,これが粘度平均分子量あるいは重量平均分子量のいずれを意味するものか特定することができないものと認められる。
以上によれば,本件特許請求の範囲にいう「平均分子量が0.5~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量が,本件出願日当時,「重量平均分子量」,「粘度平均分子量」のいずれを示すものであるかが明らかでない以上,上記記載は,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であり,特許法3662号に違反すると認めるのが相当である。
 
3.第2次判決
.1.第2次判決時の訂正後の本件発明1(請求項1)(平均分子量の範囲が2万〜4万に限定された)
 
a)メントール,カンフル又はボルネオールから選択される化合物を,それらの総量として0.01w/v%以上0.1w/v%未満,
b)0.01~10w/v%の塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化ナトリウム,炭酸水素ナトリウム,炭酸ナトリウム,硫酸マグネシウム,リン酸水素二ナトリウム,リン酸二水素ナトリウム,リン酸二水素カリウムから選ばれる少なくとも1種,および
c)平均分子量が2~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩0.001~10w/v%含有することを特徴とするソフトコンタクトレンズ装用時に清涼感を付与するための眼科用清涼組成物(ただし,局所麻酔剤を含有するものを除く)
 
.2.第2次判決時の訂正後の本件明細書(0021)の記載(訂正前の「,マルハ株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)等」が除外された)
 
「本発明に用いるコンドロイチン硫酸又はその塩は公知の高分子化合物であり,平均分子量が0.5~50万のものを用いる。より好ましくは0.5~20万,さらに好ましくは平均分子量0.5~10万,特に好ましくは0.5~4万のコンドロイチン硫酸又はその塩を用いる。かかるコンドロイチン硫酸又はその塩は市販のものを利用することができ,例えば,生化学工業株式会社から販売されている,コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等)が利用できる。
 
.3.第2次判決の要点
「イ上記1(2)カのとおり,本件訂正明細書には,「本発明に用いるコンドロイチン硫酸又はその塩は公知の高分子化合物であり,平均分子量が0.5~50万のものを用いる。より好ましくは0.5~20万,さらに好ましくは平均分子量0.5~10万,特に好ましくは0.5~4万のコンドロイチン硫酸又はその塩を用いる。かかるコンドロイチン硫酸又はその塩は市販のものを利用することができ,例えば,生化学工業株式会社から販売されている,コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等)が利用できる。」(段落【0021)と記載されている。
 上記の「生化学工業株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等)」については,本件出願日当時,生化学工業株式会社は,同社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量について重量平均分子量の数値を提供しており,同社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量として当業者に公然に知られた数値は重量平均分子量の数値であったこと(上記(3)())からすれば,その「平均分子量」は重量平均分子量であると合理的に理解することができ,そうだとすると,本件訂正後の特許請求の範囲の「平均分子量が2~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量も重量平均分子量を意味するものと推認することができる。加えて,本件訂正明細書の上記段落に先立つ段落に記載された他の高分子化合物の平均分子量は重量平均分子量であると合理的に理解できること(上記(2)),高分子化合物の平均分子量につき一般に重量平均分子量によって明記されていたというのが本件出願日当時の技術常識であること(上記(2))も,本件訂正後の特許請求の範囲の「平均分子量が2~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量が重量平均分子量であるという上記の結論を裏付けるに足りる十分な事情であるということができる。
よって,本件訂正後の特許請求の範囲の記載は明確性要件を充足するものと認めるのが相当である。
被告は,マルハ株式会社製の製品に関する記載を削除する本件訂正により明確性要件の充足を認めるのは特許請求の範囲を実質的に変更するに等しく妥当性を欠くと主張する。しかし,本件訂正は,(1)本件明細書の「かかるコンドロイチン硫酸又はその塩は市販のものを利用することができ,例えば,生化学工業株式会社から販売されている,コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等),マルハ株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)等が利用できる。」(段落【0021)との記載から,「,マルハ株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)等」を除く訂正(訂正事項5)(2)請求項1及び6の「平均分子量が0.5~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」を「平均分子量が2~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」と改める訂正(訂正事項1及び3)を含むものであるところ(95),これをもって,実質上特許請求の範囲を変更したものということはできず,被告の主張は採用できない。

2023年6月4日日曜日

「略多角形」が明確性違反と判断された事例

知財高裁令和41116日判決
令和4(行ケ)10019号 審決取消請求事件
 
1.概要
 本事例は、無効審判審決(請求棄却、特許有効の判断)の取り消しを求める審決取消訴訟の知財高裁判決である。
 引抜加工用ダイスのベアリング部の開口部が「略多角形」の断面形状を有するという構成における、「略多角形」の明確性が争われた。なお従属請求項5では「前記略多角形は基礎となる多角形の少なくとも1の角を円弧でつないだものに置き換えたものである」と規定している。
 審決は、「略多角形」の形状は、「基礎となる多角形断面」の全てあるいは一又は二のみの「角」にあたる部分を、円弧、鈍角の集合、あるいは自由曲線で結ぶように置き換えた形状であることが明確に把握できることから、「略多角形」は明確であると判断した。
 一方、知財高裁は、客観的な形状からは、「基礎となる多角形断面」と「略多角形」とを区別するのは困難であるから、「略多角形」は不明確であると判断した。
 
2.本件特許発明
【請求項1
略円筒形形状をもつ引抜加工用ダイスを保持し前記引抜加工用ダイスの前記略円筒形形状の中心軸を中心として前記引抜加工用ダイスを回転させるダイスホルダーと、
内部に収納された潤滑剤が材料線材に塗布された後前記引抜加工用ダイスに前記材料線材が引き込まれるボックスと、を含む引抜加工機であって、
前記引抜加工用ダイスのベアリング部の開口部は略多角形の断面形状を有し、
前記開口部の断面形状は前記材料線材の引抜方向に沿って同じであることを特徴とする引抜加工機。
【請求項5
 請求項1乃至4のいずれか1項記載の引抜加工機において、
 前記略多角形は基礎となる多角形の少なくとも1の角を円弧でつないだものに置き換えたものであることを特徴とする引抜加工機。
【請求項6
 請求項1乃至4のいずれか1項記載の引抜加工機において、
 前記略多角形は、基礎となる多角形のすべての角を曲線でつないだものに置き換えたものであることを特徴とする引抜加工機。
 
3.審決の判断(「略多角形」は明確と判断)
「「略多角形」は、「基礎となる多角形断面」の存在を前提とし、その全て、あるいは一又は二のみの「角」にあたる部分を、円弧、鈍角の集合、あるいは自由曲線で結ぶように置き換えるものであることが理解できる。
 そうすると、「略多角形」の形状については、基礎となる多角形断面を形成する直線からなる辺と辺とがそのまま交わって「角」を形成する一般的な「多角形」とは異なるものであって、「基礎となる多角形断面」の全てあるいは一又は二のみの「角」にあたる部分を、円弧、鈍角の集合、あるいは自由曲線で結ぶように置き換えた形状であることが明確に把握できることから、「略多角形」の用語が明確でないとする理由は存在しない。」
「上記aで検討したとおり、「略多角形」は、「基礎となる多角形断面」の全てあるいは一又は二のみの「角」にあたる部分を、円弧、鈍角の集合、あるいは自由曲線で結ぶように置き換えるものであることが明確に把握される。
 ここで、「基礎となる多角形断面」は、角を丸める処理をする前のベアリング部の開口部の状態と解されるから、原告のいうワイヤーカット放電加工機により多角形状を形成すべく加工された状態は、「基礎となる多角形断面」と理解される。その一方で、本件各発明の「略多角形」は、この状態に対して、さらに、潤滑剤がたまる「角」がなくなるよう積極的な処理をした状態(例えば、少なくとも半径0.8mm程度の曲率(本件明細書の段落【0055))のものと解されるから、ワイヤーカット放電加工機による加工のみにより角において不可避的に生じる丸みのみを有する状態(例えば、半径0.1~0.2mm程度、あるいは0.3mm程度の曲率の円弧が生じるもの)で仕上がった多角形や、引抜加工による摩耗が作用することによって角の丸みが徐々に大きくなった多角形は含まれないことは明らかである。
 よって、これらのワイヤーカット放電加工に伴う不可避的な丸みにより、本件各発明の略多角形に含まれる範囲が不明確になることはない。」
 
4.裁判所の判断(「略多角形」は不明確と判断)
(1)明確性要件について特許法3662号は、特許請求の範囲の記載に関し、特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。同号がこのように規定した趣旨は、仮に、特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には、特許が付与された発明の技術的範囲が不明確となり、第三者の利益が不当に害されることがあり得るので、そのような不都合な結果を防止することにある。そして、特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
(2)字義からみた「略多角形」の意義
 「略多角形」とは、その字義からみて、おおむね多角形の形状をした図形をいうものと解されるが、具体的にどのような形状の図形が「略多角形」に該当するかは、その字義からは明らかでないといわざるを得ない。
(3) 特許請求の範囲の記載及び本件明細書の記載
・・・(省略)・・・
 
(4)本件各発明の「略多角形」の意義
 前記(3)によると、本件各発明が属する技術分野(線材の引抜加工機及びこれに用いるダイス)においては、従来、多角形の断面を有する線材の製造に際し、ダイスのベアリング部の開口部(以下「開口部」という。)の角部に潤滑剤がたまって塊が発生し、その除去のために作業を一旦止める必要があるため、生産量が低下して製造原価が下がらない一因となっていたところ、本件各発明は、潤滑剤の塊の発生を極力防ぎ、また、ダイスのメンテナンスに要する時間を極力削減し、その結果、多角形の断面を有する線材の製造コストの低減を図ることを目的として、当該角部の全部又は一部につき、これを円弧とし、鈍角の集合とし、又は自由曲線とすることにより、当該角部に潤滑剤がたまりにくくなるようにしたものであるといえる。加えて、本件明細書における「略多角形」の定義(段落【0057)にも照らすと、本件各発明の「略多角形」とは、本件各発明の効果(開口部の角部に潤滑剤がたまりにくくなること)を得るため、「基礎となる多角形断面」の角部の全部又は一部を円弧、鈍角の集合又は自由曲線に置き換えた図形(以下、角部を円弧、鈍角の集合又は自由曲線に置き換えることを「角部を丸める」などといい、角部に生じた円弧、鈍角の集合又は自由曲線を「角部の丸み」などということがある。)をいうものと解することができる。そして、前記(3)によると、「基礎となる多角形断面」とは、従来技術における開口部(角部を丸める積極的な処理をしていないもの)の断面を指すものと解されるから、結局、本件各発明の「略多角形」とは、本件各発明の上記効果を得るため、その角部を丸める積極的な処理をしていない開口部につき、その角部の全部又は一部を丸める積極的な処理をした図形をいうものと一応解することができる。なお、これは、前記(2)の字義からみた「略多角形」の意義とも矛盾するものではない。
(5)「略多角形」と「基礎となる多角形断面」との区別
 前記(4)のとおり、本件各発明の「略多角形」は、「基礎となる多角形断面」の角部の全部又は一部を丸めた図形をいうものと一応解されるから、両者の意義に従うと、両者は、明確に区別されるべきものである。しかしながら、証拠(31323637)及び弁論の全趣旨によると、ワイヤー放電により、その断面形状が多角形である開口部を形成するくり抜き加工をした場合、開口部の角部には、不可避的に丸みが生じるものと認められる。そうすると、「基礎となる多角形断面」も、くり抜き加工をした後の開口部の断面である以上、角部が丸まった多角形の断面であることがあり、その場合、客観的な形状からは、「略多角形」の断面と区別がつかないことになる。
 この点に関し、本件審決は、本件各発明の「略多角形」には、上記のように加工に際して角部に不可避的に生じる丸み(例えば、曲率半径が0.3mm程度以下の小さなもの)を有するにすぎない「基礎となる多角形断面」を含まないと判断し、被告も、これに沿う主張をする。しかしながら、開口部の角部の丸みの曲率半径が0.3mm程度以下であれば、当該角部に潤滑剤がたまりにくくなるとの本件各発明の効果が得られないものと認めるに足りる証拠はなく、当該曲率半径が0.3mm程度以下の場合であっても、本件各発明の上記効果が得られる可能性があるから、当該曲率半径がどの程度を超えれば本件各発明の上記効果が得られるようになるのかは、客観的に明らかとはいえない。また、証拠(31323637)及び弁論の全趣旨によると、上記のようにワイヤー放電加工に際して開口部の角部に丸みが不可避的に生じるのは、加工に用いるワイヤーの断面形状が一定の直径を有する円形であるからであると認められ、ワイヤーの断面の直径が小さくなれば、その分だけ、不可避的に生じる丸みの曲率半径は小さくなるといえるから、開口部の角部の丸みについては、その曲率半径がどの程度まで小さければ不可避的に生じる丸みであるといえ、どの程度より大きければ不可避的に生じる丸みを超えて積極的に角部を丸める処理をしたものであるといえるのかを客観的に判断する基準はないというほかない。そうすると、客観的な形状からは、「基礎となる多角形断面」と「略多角形」とを区別するのは困難であるといわざるを得ない。
 以上のとおり、本件各発明の「略多角形」は、「基礎となる多角形断面」と区別するのが困難であり、本件各発明の技術的範囲は、明らかでない。
(6)「略多角形」の角部の形状前記(5)のとおり、ワイヤー放電により、その断面形状が多角形である開口部を形成するくり抜き加工をした場合、開口部の角部には不可避的に丸みが生じるから、「基礎となる多角形断面」の角部を丸めるための積極的な処理をしようとしまいと、開口部がくり抜き加工のされた後のものである以上、開口部の角部には、全て丸みがあり得ることになる。
 そして、前記(5)のとおり、開口部の角部の丸みについては、その曲率半径がどの程度まで小さければ不可避的に生じる丸みであるといえ、どの程度より大きければ不可避的に生じる丸みを超えて積極的に角部を丸める処理をしたものであるといえるのかを客観的に判断する基準はないし、また、当該曲率半径がどの程度を超えれば本件各発明の効果(開口部の角部に潤滑剤がたまりにくくなること)が得られるようになるのかは、客観的に明らかとはいえない。
 この点に関し、本件審決は、本件各発明の「略多角形」は「基礎となる多角形断面」に対して潤滑剤がたまる角部がなくなるように更に積極的な処理をした状態のもの(例えば、少なくとも角部の円弧の曲率半径が0.8mm程度のもの)と解されると判断し、被告も、これに沿う主張をする。しかしながら、本件明細書には、開口部の角部に潤滑剤がたまりにくくなるとの本件各発明の上記効果を奏する条件について、14mmの四角形断面の棒材を作成する場合に、開口部の1つの角部を曲率半径0.8mm程度の円弧(曲線)で結ぶと、角部にたまっていた潤滑剤の塊が1か所に固まりづらくなる旨の記載(段落【0055)があるのみであるところ、14mmの四角形断面の開口部の角部を曲率半径が0.8mm程度より小さい円弧とした場合に本件各発明の上記効果が得られないものと認めるに足りる証拠はないし、その断面形状が14mmの四角形以外の多角形である開口部も含めると、開口部の角部にどの程度の丸みを帯びさせれば本件各発明の上記効果が得られるのかを客観的に明らかにするのは困難であるといわざるを得ない(なお、被告は、開口部の角部における潤滑剤のたまりやすさは、作成すべき棒材の断面の大きさにかかわらず、当該角部の丸みの曲率半径によって決せられ、当該曲率半径が0.3mm程度以下であれば、本件各発明の上記効果が得られないと主張する。しかしながら、開口部の角部における潤滑剤のたまりやすさは、当該角部の丸みの曲率半径の大きさのみならず、線材の種類、潤滑剤の種類、加工発熱の度合い等の様々な要素によって左右されるものであると解され、当該曲率半径が0.3mm程度以下であれば、一律に本件各発明の上記効果が得られないと認めることはできないから、被告の主張を採用することはできない。)
 以上によると、本件各発明の「略多角形」については、特許請求の範囲の記載、本件明細書の記載及び本件出願日当時の技術常識を踏まえても、「基礎となる多角形断面」の角部にどの程度の大きさの丸みを帯びさせたものがこれに該当するのかが明らかでなく、この点でも、本件各発明の技術的範囲は、明らかでないというべきである。」