2023年11月26日日曜日

用途が特定された物の特許発明に対する間接侵害が認容された事例

東京地裁令和5228日判決
令和2()19221号特許権侵害差止等請求事件
 
1.概要
 本事例は、原告が有する特許権に基づく特許権侵害訴訟の地裁判決である。
 本件発明1は、下記2の通り、
「複数個の、金属マグネシウム(Mg)単体を50重量%以上含有する粒子を、水を透過する網体で封入してなることを特徴とする洗濯用洗浄補助用品。」
という、用途が特定された物の発明であった。
 一方、被告の行為は、「金属マグネシウム粒子」の製造及び販売の申出であった。
 特許法101条第2号の非専用品間接侵害に該当するかが争点となった。
 東京地裁は、製品パッケージの記載や、インターネットショッピングサイトでの商品説明等の記載を考慮し、特許法101条第2号に該当すると判断し、原告による被告製品の差し止めを認容した。
 
2.本件発明1
(構成要件1A) 複数個の、金属マグネシウム(Mg)単体を50重量%以上含有する粒子を、水を透過する網体で封入してなる
(構成要件1B) ことを特徴とする洗濯用洗浄補助用品。
 
3.被告の行為
ア被告による被告製品の販売
 被告は、遅くとも令和元年729日から、金属マグネシウムの粒子の販売及び販売の申出を開始し、令和21月ないし3月頃から、業として、被告製品の販売及び販売の申出を開始したが、遅くとも口頭弁論終結時までには販売及び販売の申出が停止された。
 
イ被告製品の商品説明の表示
()被告製品の商品パッケージの記載
 被告製品の商品パッケージには、「BATH」、「WASH」及び「CLEAN」の記載がある。
()インターネットショッピングサイトAmazonにおける被告製品販売ページの記載
 インターネットショッピングサイトAmazonにおける被告製品販売ページ(以下「本件ウェブページ」という。)には、「DIY」及び「【洗濯に】高純度のマグネシウムペレットを水の中に入れると水道水が弱アルカリイオン水に変化します。この弱アルカリイオン水には臭い成分の分解や洗浄力があります。」、「部屋干しの生乾きの嫌な臭いに・雨の日の洗濯物の嫌な臭いに・タオルの生乾きの嫌な臭いに」などの記載がある。
 
4.裁判所の判断のポイント
「争点1(被告製品の製造、販売及び販売の申出による間接侵害の成否)について
(1)被告製品が本件各発明に係る物の生産に用いる物といえるかについて
・・・(略)・・・
 前記イのとおり、洗濯に用いるために洗濯ネットに被告製品に係る金属マグネシウムの粒子を封入して製造された物品は、本件各発明の技術的範囲に属するから、被告製品は、本件各発明に係る物の生産に用いる物であるといえる。
 
(2)「課題の解決に不可欠なもの」について
 本件明細書の記載によれば、本件各発明の課題は、洗濯後の繊維製品に残存する汚れ自体を、金属マグネシウム(Mg)単体の作用により減少させることによって、生乾き臭の発生を防止しようとするものであり(0006)、かかる課題を解決するために、金属マグネシウム(Mg)単体と水との反応により発生する水素が、界面活性剤による汚れを落とす作用を促進させることを見出し(0007)、構成要件1Aの「金属マグネシウム(Mg)単体を50重量%以上含有する粒子」を洗濯用洗浄補助用品として用いる構成を採用したものであると認められる。
 そして、被告製品は、前記(1)()のとおり、構成要件1Aを充足するものであり、本件ウェブページには、被告製品を洗濯に用いることで、金属マグネシウム(Mg)単体の作用により洗濯後の繊維製品に残存する汚れ自体を減少させ、生乾き臭の発生を防止することができることが示唆されているから、本件ウェブページの記載を前提とすると、被告製品は、本件各発明の課題の解決に不可欠なものに該当するというべきである。
 
(3)「日本国内において広く一般に流通しているもの」について
ア特許法1012号所定の「日本国内において広く一般に流通しているもの」とは、典型的には、ねじ、釘、電球、トランジスター等の、日本国内において広く普及している一般的な製品、すなわち、特注品ではなく、他の用途にも用いることができ、市場において一般に入手可能な状態にある規格品、普及品を意味するものと解するのが相当である。本件においては、前記(1)アのとおり、被告製品には、購入後に洗濯ネットに入れて洗濯用洗浄補助用品を手作りし、洗濯物と一緒に洗濯をする旨の使用方法が付されている。そして、本件明細書には、洗濯用洗浄補助用品として用いられる金属マグネシウムの粒子の組成は、金属マグネシウム(Mg)単体を実質的に100重量%含有するものがより好ましく(0020)、洗濯洗浄補助用品として用いられる金属マグネシウムの粒子の平均粒径は、4.0~6.0mmであることが最も好ましい(0022)と記載されているところ、前記(1)イのとおり、被告製品は、これらの点をいずれも満たしている。そうすると、被告製品を洗濯ネットに封入することにより、必ず本件各発明の構成要件を充足する洗濯用洗浄補助用品が完成するといえるから、被告製品は、本件各発明の実施にのみ用いる場合を含んでいると認められ、上記のような単なる規格品や普及品であるということはできない。以上によれば、被告製品は、「日本国内において広く一般に流通しているもの」に該当するとは認められない。
イこれに対し、被告は、被告製品に係る金属マグネシウムの粒子と同じ構成を備える金属マグネシウムの粒子が市場に多数流通しており、遅くとも口頭弁論終結時までには、日本国内において広く一般に流通しているものになったといえると主張する。
 しかし、「日本国内において広く一般に流通しているもの」の要件は、市場において一般に入手可能な状態にある規格品、普及品の生産、譲渡等まで間接侵害行為に含めることは取引の安定性の確保の観点から好ましくないため、間接侵害規定の対象外としたものであり、このような立法趣旨に照らすと、被告製品が市場において多数流通していたとしても、これのみをもって、「日本国内において広く一般に流通しているもの」に該当するということはできない。
 したがって、被告の主張は採用することができない。
 
(4)主観的要件について
 間接侵害の主観的要件を具備すべき時点は、差止請求の関係では、差止請求訴訟の事実審の口頭弁論終結時である。
 そして、前記前提事実(4)のとおり、原告製品は、令和21月頃までには、全国的に周知された商品となっていたこと、本件ウェブページには、被告製品の購入者によるレビューが記載されているところ、令和24月から同年7月にかけてレビューを記載した購入者45人のうち、20人の購入者が、被告製品をネットに封入して洗濯に使用した旨を記載しており、7人の購入者が「まぐちゃん」、「マグちゃん」、「洗濯マグちゃん」、「洗濯〇〇ちゃん」などと、洗濯用洗浄補助用品である原告製品の名称に言及したと解される記載をしていることを認めるに足る証拠(111)が提出されていることからすると、被告は、遅くとも口頭弁論終結時までには、被告製品に係る金属マグネシウムの粒子が、本件各発明が特許発明であること及び被告製品が本件各発明の実施に用いられることを知ったと認められる(当裁判所に顕著な事実)
 これに対し、被告は、被告製品については、構成要件1Aの「網体」には含まれない、布地の巾着袋等に被告製品を入れて洗濯機に投入して洗濯を行う使用方法などが想定されていたのであり、被告には被告製品が本件各発明の実施に用いられることの認識はない旨主張する。
 しかし、「網」は、被告が主張する意味のほかにも、「鳥獣や魚などをとるために、糸や針金を編んで造った道具。また、一般に、糸や針金を編んで造ったもの。」(広辞苑第7)の意味もあると認められること、本件明細書においては、「網体」の意義について、「本発明の洗濯用洗浄補助用品は、複数個の、マグネシウム粒子を、水を透過する網体で封入したものであるので、使用時には洗濯槽に入れやすく、使用後には洗濯槽から取り出しやすいものとなっている。」(0023)、「この網体の素材は、耐水性があるものであれば、各種天然繊維、合成繊維を用いることができるが、強度が高く、使用後の乾燥が容易で、洗濯時に着色傾向の小さいポリエステル繊維を用いることが好ましい。」(0024)、「この網体自体の織り方としては、水を透過するものであれば各種の織り方が採用できる。」(0025)と記載されているのみで、網目の細かさについては言及されていないことからすると、被告が主張する使用方法も、本件各発明を実施する態様による使用方法であることに変わりはないといえる。したがって、被告が、購入者が構成要件1Aの「網体」には含まれない、布地の巾着袋等に被告製品を入れて洗濯機に投入して洗濯を行う使用方法が想定されていたとしても、被告において被告製品が本件各発明の実施に用いられることの認識があったことを否定する事情とはならなない。
(5)小括
 したがって、被告が、業として、被告製品の販売又は販売の申出等をした行為(前記前提事実(5))について、本件特許権の特許法1012号の間接侵害が成立する。」

2023年11月5日日曜日

「除くクレーム」とする訂正の適法性が争われた事例

 知財高裁令和5105日判決

令和4(行ケ)10125号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本件は、特許権者である原告が有する特許発明についての特許を無効とした審決の取消訴訟であり、争点は、特許法134条の2において準用する同法1265項に規定する訂正要件違反の有無である。

 

 特許権者である原告は、特許無効審判を請求され、甲4発明による新規性・進歩性欠如の無効理由がある旨の審決の予告を受けた後、以下の訂正を行なった。

 訂正の内容は、

訂正前の請求項1

HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbと、を含む組成物。」を、

 訂正後の請求項1(下線部を追加)

HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbと、を含む組成物(HCFC-225cb1重量%以上で含有する組成物を除く)。」

に、いわゆる「除くクレーム」へ訂正するものである。

 

 審決では、「除く」対象が、訂正前の本件発明に含まれていないことから、本件訂正は新規事項の追加に該当し適法でないと判断した。

 さらに被告は、本件訂正は、除くクレームによって「特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正」になっていないから認められないと主張した。


 知財高裁は、訂正は適法であると判断し、審決を取消した。

 知財高裁は、被告の上記主張に関して「特許法134条の21項に基づき特許請求の範囲を訂正するときは、願書に添付した明細書、特許請求の範囲または図面に記載した事項の範囲内でしなければならず、実質上、特許請求の範囲を拡張し、変更するものであってはならないとされている(同条9項、同法1265項及び6)が、それ以上に先願発明と同一である部分のみを除外することや、当該特許出願前に公知であった先行技術と同一である部分のみを除外することは要件とされていない。」と判示した。

 

 なお、(訂正でなく)補正の新規事項追加に関する審査基準(第IV部第2章3..1(4))では、次のように記載されている。

「補正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで、補正により当初明細書等に記載した事項を除外する「除くクレーム」は、除外した後の「除くクレーム」が新たな技術的事項を導入するものではない場合には、許される。

 以下の(i)及び(ii)の「除くクレーム」とする補正は、新たな技術的事項を導入するものではないので、補正は許される。

(i) 請求項に係る発明が引用発明と重なるために新規性等(29条第1項第3号、第29条の2又は第39)が否定されるおそれがある場合に、その重なりのみを除く補正

(ii) 請求項に係る発明が、「ヒト」を包含しているために、第29条第1項柱書の要件を満たさない、又は第32条に規定する不特許事由に該当する場合において、「ヒト」のみを除く補正」

 上記(i)(ii)は「除くクレーム」として適法な補正の「例」であり、これらに限られることを示したものではないと考えられるが、現実には、上記(i)(ii)以外の補正(例えば、引用発明と重複する部分よりも広い範囲を除外する補正)は除くクレームとして許容されず新規事項を追加するとして拒絶理由が通知される場合がある。

 

2.審決の判断(訂正は新規事項追加)

 本件訂正のような、いわゆる「除くクレーム」に数値範囲の限定を伴う訂正が新規事項を追加しないものであるというためには、「除く」対象が存在すること、すなわち、訂正前の請求項1に係る発明・・・において、「HCFC-225cb1重量%以上で含有する組成物」が含まれているといえるか、または、「除く対象」が存在しないとしても、訂正後の請求項1に係る発明・・・には、「HCFC-225cb1重量%未満で含有する組成物」が含まれることが明示されることになるから、本件発明1に「HCFC-225cb1重量%未満で含有する組成物」が含まれているといえる必要があると解される。

 しかしながら、訂正前の請求項1には、HCFC-225cbについての規定はなく、請求項1を引用する請求項2~7においても、HCFC-225cbについての規定はないし、本件明細書等にも、HCFC-225cbについての記載を見いだすことはできず、本件発明1に「HCFC-225cb」が含まれているかどうかは判然としない。さらに、本件明細書等に記載されたいずれかの反応生成物にHCFC-225cbが含有されるものであるという技術常識も存在しない。

 ましてや、本件明細書等には、HCFC-225cbについての記載がないのであるから、その含有量については不明としかいうほかない。すなわち、本件発明1が「HCFC-225cb」を含むことは想定されていないというべきである。

 そうすると、本件発明1に「HCFC-225cb1重量%以上で含有する組成物」が含まれているということはできないし、本件発明1に「HCFC-225cb1重量%未満で含有する組成物」が含まれているということもできない。

 ウ 以上のとおり、訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項との関係において新たな技術的事項を導入するものであって、新規事項を追加するものに該当し、特許法134条の29項において準用する同法1265項の規定に違反する。

 

3.裁判所の判断のポイント(訂正は新規事項を追加せず適法)

「エ 本件審決は、いわゆる「除くクレーム」に数値範囲の限定を伴う訂正が新規事項を追加しないものであるというためには、「除く」対象が存在すること、すなわち、本件発明1において、「HCFC-225cb1重量%以上で含有する組成物」が含まれているといえるか、または、「除く」対象が存在しないとしても、本件訂正発明1に「HCFC-225cb1重量%未満で含有する組成物」が含まれることが明示されることになるから、本件発明1に「HCFC-225cb1重量%未満で含有する組成物」が含まれているといえる必要があると解した上、本件では、本件発明1に「HCFC-225cb1重量%以上で含有する組成物」が含まれているということはできないし、本件発明1に「HCFC-225cb1重量%未満で含有する組成物」が含まれているということもできないから、本件訂正は新たな技術的事項を導入するものであると判断した。

 そこで検討するに、前記イの通り、本件明細書等にはHCFC-225cbに係る記載は全くないものの、前記ア()のとおり、本件発明1に係る特許請求の範囲の記載は、その文言上、HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbを含む限り、それ以外のいかなる物質をも含み得る組成物を意味するものと解されるものである。そして、本件訂正により、「HCFC-225cb1重量%以上で含有する組成物を除く」と特定されたことをもって、本件訂正発明1には、HCFC-225cb1重量%以上で含有する組成物が含まれないことが明示されたということはできるものの、本件訂正発明1が、HCFC-225cb1重量%未満で含有する組成物であることが明示されたということはできない。

オしたがって、本件訂正は、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものというべきである。

(5)被告は、本件訂正は、甲4発明と同一である部分を除外する訂正とはいえず、除くクレームによって「特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正」になっていないから認められないと主張する。

 しかしながら、特許法134条の21項に基づき特許請求の範囲を訂正するときは、願書に添付した明細書、特許請求の範囲または図面に記載した事項の範囲内でしなければならず、実質上、特許請求の範囲を拡張し、変更するものであってはならないとされている(同条9項、同法1265項及び6)が、それ以上に先願発明と同一である部分のみを除外することや、当該特許出願前に公知であった先行技術と同一である部分のみを除外することは要件とされていない。そして、訂正が、「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」行われた場合、すなわち、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該訂正によって第三者に不測の損害をおよぼすとは考え難いから、同項に規定する訂正要件の解釈として、被告が主張するような要件を加重することは相当ではないというべきである。

 また、被告は、除くクレームの形式で自由に訂正発明の内容を規定することは許されない旨主張しているところ、・・・・本件訂正は、甲4に記載された発明と実質的に同一であると評価される蓋然性がある部分を除外しようとするものといえるから、本件訂正は先行技術である甲4に記載された発明とは無関係に、自由に訂正発明の内容を規定するものとはいえない。

(6)そして、本件審決は、本件訂正が新たな技術的事項を導入するものであることを理由に訂正を認めず、本件発明に係る本件特許を無効としたものであるが、本件訂正が新たな技術的事項を導入するものであるとはいえないことは前記したとおりである。そうすると、本件審決は同法134条の29項において準用する同法1265項の訂正要件の解釈を誤ったものとして、取消しを免れない。」