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2025年5月24日土曜日

先行技術と同一成分で用途が類似した医薬発明の進歩性が肯定された事例

 知財高裁令和7年4月23日判決
令和6年(行ケ)第10022号 審決取消請求事件
 
1.概要
 本事例は、進歩性が争われた特許無効審判審決(進歩性あり)の取り消しを求めた審決取消訴訟の知財高裁判決(進歩性ありの判断)である。
 
 本件訂正発明の成分と用途
 有効成分:(2R、3R)-2-(2、4-ジフルオロフェニル)-3-(4-メチレンピペリジン-1-イル)-1-(1H-1、2、4-トリアゾール-1-イル)ブタン-2-オール)(以下「KP-103」いう)又はその塩
 用途:爪白癬の、爪への外用による治療
 
 主引用発明(甲1-1発明)の成分と用途
 有効成分:KP-103
 用途:足白癬の、皮膚への塗布による治療
 
 爪白癬と足白癬は同じ真菌が原因で生じることが公知であった。
 従来、爪に生じる爪白癬は、白癬による皮膚疾患の中でも難治性の疾患として知られていた。爪甲の性質上、抗真菌剤がその内部まで浸透、透過しにくいという障害があり、爪白癬の外用での治療は非常に困難とされていたことが周知であった。
 本発明の実施例では、KP-103の爪への単純塗布により爪白癬に対し優れた治療効果が確認された。
 
 本件訂正発明の甲1ー1発明に対する進歩性が争われた。
 知財高裁は、
「本件出願日当時、甲1-1発明の外用真菌性治療剤の治療対象を「爪白癬」とし、相違点1に係る本件訂正発明の構成とすることが当業者において容易に想到できたというには、当時の技術水準等に照らし、当該治療剤を爪甲に単純塗布したときに、その有効成分であるKP-103が爪甲の内部まで浸透、透過し、感染部位である爪甲下層及び爪床に送達され、治療効果を発揮することが合理的に期待できることを要するというべきである。」
「(従来技術の)知見は、KP-103が皮膚への高い浸透性(吸着性)を持ち、浸透(吸着)時に高い活性を保持するであろうことを示唆するにすぎず、これを超えて、当業者において、外用真菌性治療剤として爪甲に単純塗布したときに、KP-103が爪甲の内部まで浸透、透過し、感染部位である爪甲下層及び爪床に送達され、治療効果を発揮することまで示唆するものとはいえない。」
として、本件訂正発明は、甲1―1発明から当業者が容易に想到できたものではない(進歩性あり)と判断し、請求を棄却した。


2.本件訂正発明
 以下の説明では有効成分である上記化合物を、「KP-103」という。
本件訂正後の請求項1に係る発明(本件訂正発明)
KP-103またはその塩を有効成分として含有する外用爪真菌症治療剤であって、爪真菌症が爪白癬である、前記治療剤。」
 
3.背景及び主引用発明
 真菌症の一種である白癬は皮膚糸状菌(皮膚糸状菌のうちトリコフィトン属のものが白癬菌)が皮膚(角質層)、爪及び毛髪等のケラチン質に寄生することによって引き起こされる表在性の皮膚疾患であり、特に、爪に生じる爪白癬は、白癬による皮膚疾患の中でも難治性の疾患として知られる。短期間で爪白癬を治癒させ、かつ経口剤と比較し全身性の副作用が少ない外用剤の開発が切望されていた。
 本件の発明の詳細な説明には「実施例4」として、KP-103が、従来の外用抗真菌剤では効果が得られなかった、皮膚糸状菌トリコフィトン・メンタグロフィテスによる爪真菌症に対して、爪への単純塗布で優れた治療効果を発揮したことを確認した実験結果が示されている。
 
 主引用発明の記載
 甲1の1には、次の発明(甲1-1発明)が記載されている。
「新規外用抗真菌剤トリアゾールである、KP-103を有効成分として含有し、皮膚への塗布により投与して皮膚糸状菌症に対する治療効果を有する溶液であって、皮膚糸状菌症が足白癬である、溶液。」
 
4.裁判所の判断のポイント
「ウ 本件訂正発明と甲1-1発明を対比すると、両発明は、「KP-103又はその塩を有効成分として含有する外用真菌症治療剤であって、真菌症が白癬である、前記治療剤。」である点において一致し、本件審決が認定したとおり、次の相違点1が認められる。
 「治療対象が、本件訂正発明では「爪真菌症」である「爪白癬」と特定されているのに対し、甲1-1発明では「皮膚糸状菌症」である「足白癬」と特定されている点。」
(2) 相違点1についての検討
ア 主引用例中の記載
 主引用例である甲1の1には、KP-103について、足白癬の原因菌であるトリコフィトン・ルブルム及びトリコフィトン・メンタグロフィテスに対する抗真菌作用を有すること、また、KP-103の皮膚糸状菌症に対する優れた効果は、高い活性と、角質層での長い保持時間に起因すると考えられることが記載されている。
イ 本件出願日当時の技術水準等
・・・・(略)・・・・
 ウ 相違点に係る容易想到性の検討
(主引用例である甲1の1には、KP-103について、トリコフィトン・ルブルム及びトリコフィトン・メンタグロフィテスに対する抗真菌作用を有し、その活性は強く、また、角質層での保持時間が長いと考えられることが記載されている。そして、外用剤の開発が待たれる爪白癬の原因菌の大半はトリコフィトン・ルブルム及びトリコフィトン・メンタグロフィテスであることは周知であった(技術常識①、②)。
 他方で、本件出願日当時、外用剤による爪白癬の治療を効果的に行うには、抗真菌剤を爪甲の角質内に浸透させ、感染部位に送達させる必要があるところ、爪甲の性質上、抗真菌剤がその内部まで浸透、透過しにくいという障害があり、爪白癬の外用での治療は非常に困難とされていたこともまた周知であった(技術常識②)
 したがって、本件出願日当時、甲1-1発明の外用真菌性治療剤の治療対象を「爪白癬」とし、相違点1に係る本件訂正発明の構成とすることが当業者において容易に想到できたというには、当時の技術水準等に照らし、当該治療剤を爪甲に単純塗布したときに、その有効成分であるKP-103が爪甲の内部まで浸透、透過し、感染部位である爪甲下層及び爪床に送達され、治療効果を発揮することが合理的に期待できることを要するというべきである。
(そこで、本件出願日当時の技術水準について検討する。
 a 本件出願日当時、外用抗真菌剤を感染部位に送達させるための試みとして、ネイルラッカー剤の開発や、爪甲を化学的又は外科的に除いて抗真菌剤を塗布し、密封包帯法(ODT)と併用する治療等が行われていたことが知られていた(技術的知見④)。
・・・(中略)・・・
 このように、技術的知見④に係る試みは、いずれも、抗真菌剤を爪甲に単純塗布した場合に、その有効成分が爪甲の内部まで浸透、透過し、感染部位である爪甲下層及び爪床に送達され、治療効果を発揮することを示唆するものとはいえない。
 b 本件出願日当時、抗真菌剤であるチオコナゾールを外用爪白癬治療剤として評価する甲6試験が実施されたことが知られており(技術的知見⑤)、甲6には、皮膚糸状菌感染症患者18名のうち8名に著明な改善、4名に臨床的及び真菌学的寛解の効果が得られた旨が記載されている(前記2(2))。
 しかし、前記2(2)エのとおり、甲6試験は、オープン試験であって、対照群との比較も行われていないほか、対象患者も18名にとどまり、かつ、寛解に至ったのは爪白癬のうちでも比較的治癒しやすい手指の爪の感染4例のみ(うち3例は足の爪にも感染がみられたが、完治しなかった。)というものである。そうすると、当業者は、甲6の記載のみをもっては、抗真菌剤であるチオコナゾールが有効成分として爪甲の内部まで浸透、透過し、感染部位である爪甲下層及び爪床に送達され、治療効果を発揮することを合理的に期待するには至らず、ましてやその知見をKP-103に適用できると考えるには至らないというべきである。
 c 本件出願日当時、KP-103について、ヒト毛髪(ケラチン)を添加しても抗トリコフィトン・メンタグロフィテス活性が減少せず、ケラチンに対する低い吸着、高い遊離といった性質を有すること(技術的知見⑥)、抗真菌薬の角質への吸着性と角質吸着時の活性の低下について、ヒト毛髪を用いて評価する研究があったこと(技術的知見⑦)が、それぞれ知られていた。
 しかし、本件出願日当時、表在性白癬とは白癬菌が表皮角層にとどまるものであること、感染部位である表皮角層が露出している足白癬等とは異なり、爪白癬の感染部位は主として爪甲下層及び爪床であり、抗真菌剤が容易に浸透、透過しにくい爪甲の存在が、爪白癬の外用抗真菌剤による治療を困難にしていたことは周知であった(技術常識②、前記2(1)及び(2))。また、爪白癬の局所薬物治療効果を高めるためには、抗真菌剤の選択において、その水溶解度、分子量、解離定数、製剤のpH及び白癬菌に対する最小阻止濃度を考慮する必要があるとの知見があった(甲35)。しかるところ、技術的知見⑦に係る研究(甲25、26)は、いずれも爪ではなく、皮膚への抗真菌剤の浸透性(吸着性)及び浸透(吸着)時の活性についての研究結果であるから、技術常識B(爪と毛髪が、いずれも硬ケラチンを含み、アミノ酸組成も互いに類似すること)及び技術的知見⑥(KP-103はヒト毛髪を添加しても活性が減少せず、ケラチンに対する低い吸着、高い遊離といった性質を有すること)を併せても、これらの知見は、KP-103が皮膚への高い浸透性(吸着性)を持ち、浸透(吸着)時に高い活性を保持するであろうことを示唆するにすぎず、これを超えて、当業者において、外用真菌性治療剤として爪甲に単純塗布したときに、KP-103が爪甲の内部まで浸透、透過し、感染部位である爪甲下層及び爪床に送達され、治療効果を発揮することまで示唆するものとはいえない。
(以上に検討したところによると、甲1の1の記載と本件出願日当時の技術常識その他の技術的知見を考慮したとしても、本件出願日当時、当業者において、甲1-1発明の外用真菌症治療剤の治療対象を爪白癬とし、相違点1に係る本件訂正発明の構成とすることが容易に想到できたということはできない。
 エ 原告の主張について
(原告は、進歩性判断における「動機付け」とは、主引用発明に副引用発明を「適用しようと試みる」ことであり、その適用を試みることもない、あるいは試みようとすると阻害要因がある場合に「動機付け」がないことになるとして、医薬品の研究開発において新たな治療薬を探すために試行錯誤するのは常道であり、ニーズが存在する限り、主引用発明に副引用発明の適用を試みることまで否定する(開発を完全に諦める)ことは考えられないから、従来の外用真菌症治療剤について爪白癬への適用を試みることが行われていたこと、爪白癬を様々な工夫を加えた外用抗真菌剤によって治療する試みもされていたこと、短期間で爪白癬を治癒させかつ経口剤と比較し全身性の副作用の少ない外用剤の開発が切望されていたこと等、本件審決も認定した事情からすると、当然に甲1-1発明のKP-103を外用の爪白癬治療剤に適用しようと試みること、すなわち動機付けが当然に認められると主張する。
 しかし、原告の主張が、医薬に係る発明の進歩性を肯定するためには、当業者が医薬品の開発を完全に諦めていることが必要とする趣旨であるとすると、このような見解は採り得ない。ある発明が主引用発明に基づいて容易に発明をすることができたかは、引用例の記載内容や出願日当時の技術水準等に基づく総合判断であって、原告が主張するような製品開発のニーズや試みがされていたという辞書的な意味での動機付けがあるとしたときに、阻害要因がなければ直ちに進歩性が否定されるかのような主張は、論理に飛躍があって採用することができない。

音声概要はこちら

2024年5月19日日曜日

本発明の2つの特徴を一体に検討した結果進歩性が肯定された事例

 知財高裁令和6422日判決
令和5(行ケ)10091特許取消決定取消請求事件
 
1.概要
 本事例は、特許異議申立の特許取消の決定(進歩性違反の決定)の取消を求めて、特許権者である原告が請求した取消決定取消請求訴訟の知財高裁判決である。
 本件特許の請求項1に記載の発明は、ボイルまたはレトルト処理される食品製品の包装等に用いられるバリア性積層体に関するものである。
 本件特許の請求項1に記載の発明(本件発明1)の、主引用発明として引用された甲3号証記載のバリア積層体(甲3発明)との相違点として、以下の[相違点1−2]及び[相違点1−3]が認定された。
  [相違点1-2]
   本件発明1は、「前記ガスバリア性塗布膜の表面は、X線光電子分光法(XPS)により測定される珪素原子と炭素原子の比(Si/C)が、0.90以上1.60以下である」のに対して、甲3発明は「該有機無機ハイブリッドバリア層は、X線光電子分光分析法によるアトミックパーセントの分析において、炭素と酸素と珪素が、それぞれ15~50%、30~65%、5~30%の割合で存在することが確認される」点。
  [相違点1-3]
   本件発明1は、用途が「ボイルまたはレトルト用」であるのに対して、甲3発明は「食品等の包装材料として使用可能」なものである点。
 
 取消決定では、[相違点1-2]は、副引用例である、甲4号証に記載のフィルムのバリアコート層が有する珪素原子と炭素原子の比(Si/C)を、甲3発明に適用することで容易に想到でき、[相違点1−3]は、食品等の包装材料に用いることは甲3発明に記載されているから、耐熱性や耐水性が要求される食品包装の用途として一般的な「ボイルまたはレトルト用」とすることに格別の困難性はない、として、2つの相違点についてそれぞれ個別に容易に想到可能であると判断し、進歩性欠如と判断された。
 これに対して知財高裁は、2つの相違点にかかる構成の容易想到性は「一体として検討されるべきもの」であり、一体として検討した結果、甲3及び甲4から容易に相当できたものではないと結論づけ、取消決定を取り消した。
 進歩性の判断手法として参考になる事例である。また、バリア性積層体についての、「ボイル又はレトルト用」という規定が、用途を特定する構成要件として考慮されている点も注目に値する。
 
2.本件特許の請求項1に記載の発明
  多層基材と、蒸着膜と、前記蒸着膜上に設けられたバリアコート層とを備えるバリア性積層体であって、
  前記多層基材は、少なくともポリプロピレン樹脂層と表面コート層とを備え、
  前記ポリプロピレン樹脂層は、延伸処理が施されており、
  前記表面コート層が、極性基を有する樹脂材料を含み、
  前記蒸着膜は、前記多層基材の表面コート層上に設けられており、
  前記蒸着膜が、無機酸化物からなり、
  前記バリアコート層が、金属アルコキシドと水溶性高分子との樹脂組成物から構成されるガスバリア性塗布膜であるか、または、金属アルコキシドと、水溶性高分子と、シランカップリング剤との樹脂組成物から構成されるガスバリア性塗布膜であり、
   前記ガスバリア性塗布膜の表面は、X線光電子分光法(XPS)により測定される珪素原子と炭素原子の比(Si/C)が、0.90以上1.60以下であることを特徴とする、ボイルまたはレトルト用バリア性積層体。」
 
3.本件発明1と甲3発明の一致点及び相違点
  [一致点1]
「多層基材と、蒸着膜と、前記蒸着膜上に設けられたバリアコート層とを備えるバリア性積層体であって、
    前記多層基材は、少なくとも樹脂層と表面コート層とを備え、
   前記表面コート層が、極性基を有する樹脂材料を含み、
    前記蒸着膜は、前記多層基材の表面コート層上に設けられており、
    前記蒸着膜が、無機酸化物からなり、
   前記バリアコート層が、金属アルコキシドと水溶性高分子との樹脂組成物から構成されるガスバリア性塗布膜であるか、または、金属アルコキシドと、水溶性高分子と、シランカップリング剤との樹脂組成物から構成されるガスバリア性塗布膜である、バリア性積層体。」
  [相違点1-1]
   「樹脂層」に関して、本件発明1のものは「延伸処理が施されて」いる「ポリプロピレン樹脂層」であるのに対して、甲3発明のものは「高分子フィルム基材」である点。
  [相違点1-2]
   本件発明1は、「前記ガスバリア性塗布膜の表面は、X線光電子分光法(XPS)により測定される珪素原子と炭素原子の比(Si/C)が、0.90以上1.60以下である」のに対して、甲3発明は「該有機無機ハイブリッドバリア層は、X線光電子分光分析法によるアトミックパーセントの分析において、炭素と酸素と珪素が、それぞれ15~50%、30~65%、5~30%の割合で存在することが確認される」点。
  [相違点1-3]
   本件発明1は、用途が「ボイルまたはレトルト用」であるのに対して、甲3発明は「食品等の包装材料として使用可能」なものである点。
 
4.裁判所の判断のポイント
「相違点の容易想到性についての判断の誤りについて
  ア 原告は、本件決定が相違点1-1から同1-3までを関連付けずに判断している点が誤りであると主張するところ、当裁判所は、相違点1-1はともかく、少なくとも相違点1-2と相違点1-3は一体として検討する必要があると判断する。その理由は、以下のとおりである。
  本件発明の内容は前記第2の2のとおりであって、ポリプロピレンフィルムと蒸着膜との間に、密着性に優れた極性基を有する樹脂材料を含む表面コート層を備えることにより、層間の剥離を防止し、また、シランカップリング剤とともに用いられる場合も含め金属アルコキシドと水溶性高分子との樹脂組成物からなるバリアコート層を蒸着膜上に設けることで、蒸着膜のクラック発生をも防止し、さらには、ボイル又はレトルト処理が行われる場合であってもガスバリア性の低下の抑制が図られるように、バリアコート層表面の珪素原子と炭素原子との割合を特定の範囲にしたものであって、高いガスバリア性を有するボイル又はレトルト用バリア性積層体を提供するという技術的意義を有するといえる。
 そして、本件明細書によれば、珪素原子と炭素原子の比(Si/C)の上限は、バリア性積層体を屈曲させてもガスバリア性の低下を抑制できるという観点から定められ、下限は、バリア性積層体を加熱してもガスバリア性の低下を抑制できるという観点から定められているのであるから(【0076】、表5~表7)、ボイル又はレトルト用であるか否かに係る相違点1-3と、珪素原子と炭素原子の比の数値範囲に係る相違点1-2は、一体として検討されるべきものである。
  イ 以上を前提に、相違点1-2と相違点1-3に係る容易想到性につき一括して判断するに、まず、本件決定が副引用例とする甲4には、別紙6の記載があり、ここから本件決定の認定に係る甲4記載事項(別紙4の1(2))を認定できることについては争いがない。
  甲4は、電気製品等の機器の消費エネルギーを削減するための真空断熱材用外包材等に関するもので、外包材により形成された袋体内に芯材を配置し、上記芯材が配置された袋体の内部を減圧して真空状態とし、上記袋体の端部を熱溶着して密封し、上記袋体内部を真空状態とすることにより、気体の対流が遮断されるため、真空断熱材は高い断熱性能を発揮することができるというものである(【0001】~【0003】)。
 甲4記載事項は、第1フィルム(金属酸化物リン酸層付きフィルム。第1樹脂基材と金属酸化物リン酸層から成る。)、オーバーコート層付きフィルム(樹脂基板、無機層、オーバーコート層から成る。)、熱溶着可能なフィルムから構成される真空断熱材用外包材のうち、オーバーコート層付きフィルムの中のオーバーコート層及び無機層をもとに抽出されたものである。
  ウ 本件決定は、甲3発明に、甲4記載事項のオーバーコート層における炭素原子に対する珪素原子の比率を適用するものである。
 しかし、甲4記載事項は、前提とする積層構造が、甲3発明と異なる上、以下のとおり、甲4は、甲3発明とは技術分野が共通するものとはいい難く、さらに、相違点1-3に係る構成(ボイル又はレトルト用)を開示又は示唆するものでもない。すなわち、甲4は、高温高湿な環境においても長期間断熱性能を維持することができる真空断熱材用外包材等の提供を目的とするものであるが(【0008】)、高温多湿な「環境」を想定するにとどまり、物を入れて積極的に加熱殺菌処理をする行為であるレトルトやボイル(一例として、優先日前の公知文献である特開2007-137438号公報〔乙4〕では、レトルト処理について110℃~130℃ 位、圧力、1~3Kgf/cm 2 ・G位で約20~60分間程度の加熱加圧殺菌処理、ボイルについて90位で30分間位の加熱殺菌処理〔【0002】〕等が挙げられている。)を想定しているとはおよそ考えられず、実際、甲4には、レトルトやボイルを前提とする記載はない。
 その上、甲3の【0044】には、「炭素の割合が50%より多い場合、バリア性が温度、湿度の影響を受け易く、15%より少ない場合、バリア性が悪くなり、膜質が脆くなる。」として、炭素が少なすぎると膜質が脆くなることが示唆されているのに対し、甲4の【0111】には、「オーバーコート層を構成する原子における、炭素原子に対する金属原子の比率(金属原子数/炭素原子数)は、0.1以上、2以下の範囲内であり、中でも0.5以上、1.9以下の範囲内、特には0.8以上、1.6以下の範囲内であることが好ましい。」という炭素原子に対する金属原子の比率(金属原子数/炭素原子数)を示す記載に引き続いて、「比率が上記範囲に満たないと、オーバーコート層の脆性が大きくなり、得られるオーバーコート層の耐水性および耐候性等が低下する場合がある。一方、比率が上記範囲を超えると、得られるオーバーコート層のガスバリア性が低下する場合がある。」として、金属原子に対して炭素原子の数が過剰に多くなるとオーバーコート層の脆性が大きくなって、ガスバリア性の低下につながる旨の記載があるところ、これは、上記甲3の【0044】の記載と正反対の内容である。
 そうすると、当業者において、甲3発明の食品包装材料についてボイル又はレトルト用途とすることを想起したとしても、甲4におけるオーバーコート層を構成する原子における金属原子の比率は加熱によってもガスバリア性が維持されるかどうかとは関わりのないものであること、甲4には、炭素原子と金属原子の比率と、膜質の脆性について、甲3と正反対の記載があることに鑑みても、甲3発明とは技術分野も積層構造も異なる真空断熱材用外包材に関する甲4の積層体の中から、オーバーコート層付きフィルムの中のオーバーコート層及び無機層に関する記載に着目した上、オーバーコート層における炭素原子に対する金属原子の比率(金属原子数/炭素原子数)を参酌して、甲3発明に適用する動機付けを導くには無理があるというほかなく、本件決定の判断には誤りがある。
 

2021年10月17日日曜日

進歩性判断での主引用発明と副引用発明または周知技術とを組み合わせることが容易であるか否かの判断手法を示した裁判例

知財高裁令和3年10月6日判決

令和2年(行ケ)第10103号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例は、原告が有する特許権を無効と判断した無効審判審決の取り消しを求めた審決取消訴訟において、審決が取り消された知財高裁判決である。

 審決では、本件審決は,甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用する動機付けがあり,甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用して本件発明1を容易に想到することができたと判断した。

 知財高裁は、「甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用する動機付けがあるとは認められない」と判断し審決を取り消した。この判決では、引用発明と副引用発明または周知技術とを組み合わせることが容易であると言えるために満たされるべき条件について判示しており大変興味深い。

 

2.裁判所の判断のポイント

「⑵ 技術分野相互の関係と採用の動機付け

 甲1の1頁の上から2番目の写真は,筒全体が17色の各色で発光しているペンライトの写真であり,その写真の上下には,「カラフルプロ1本で,」,「全17色もの色を持ち歩くことができます。」という記載があり,5頁の上から5番目の写真の下には「カラプロのLEDはRGBの三原色に加えて White が搭載されています。計4LEDです。」と記載されており,甲1の7頁の一番上の写真の上には「分解及び改造行為を行ったペンライトは安全性が保証できないためライブ会場に持ち込まないでください。」という記載があることから,甲1発明は,ライブ(コンサート)会場に持ち込むフルカラーペンライトに係るもので,光源として,赤,緑,青(RGB)の三原色に加えて白色の4LEDが搭載されたものであり,筒全体が様々な色で発光する技術に関するものであることが認められる。他方,甲2に記載された技術事項は,前記⑴のとおりであり,物に光を照射してその物が見えるようにするための照明にかかわるものであり,複数のLEDが実装されたカード型LED照明光源を用いるLED照明装置と,このLED照明装置に好適に用いられるカード型LED照明光源とに係るもので,白色光又は可変色光を提供する技術に関するものである。

 ところで,進歩性の判断においては,請求項に係る発明と主引用発明との間の相違点に対応する副引用発明又は周知の技術事項があり,かつ,主引用発明に副引用発明又は周知の技術事項を適用する動機付けないし示唆の存在が必要であり,そのためには,まず主引用発明と副引用発明又は周知の技術事項との間に技術分野の関連性があることを要するところ,主引用発明と副引用発明又は周知の技術事項の技術分野が完全に一致しておらず,近接しているにとどまる場合には,技術分野の関連性が薄いから,主引用発明に副引用発明又は周知の技術事項を採用することは直ちに容易であるとはいえず,それが容易であるというためには,主引用発明に副引用発明又は周知の技術事項を採用することについて,相応の動機付けが必要であるというべきである。この点,甲1発明と甲2に記載された技術事項は,いずれもLEDを光源として光を放つ器具に関するものである点で共通するものの,甲1発明は筒全体が様々な色で発光するペンライトに係るものであるのに対して,甲2に記載された技術事項は,白色光又は可変色光を提供する照明装置に係るものである点で相違するから,近接した技術であるとはいえるとしても,技術分野が完全に一致しているとまではいえない。そのため,甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用して新たな発明を想到することが容易であるというためには,甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用することについて,相応の動機付けが必要である。

「前記⑵のとおり,甲1発明と甲2に記載された技術事項は,技術分野が完全に一致しているとまではいえず,近接しているにとどまるから,甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用して本件発明1を想到することが容易であるというためには,甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用するについて,相応の動機付けが必要であるというべきである。

 本件審決は,甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用する動機付けがあり,甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用して本件発明1を容易に想到することができたと判断する前提として,甲1発明に,「イエロー」とされる黄色の発色自体に問題が内在しているという課題があり(前記⑶ ア()),甲1発明に,演色性を向上させるという,甲2と共通の課題があると認定した(前記⑶ア()())。しかし,前記ア()のとおり,甲1発明に,「イエロー」とされる黄色の発色自体に問題が内在しているという課題があるとする本件審決の認定は誤りであるし,また,本件審決が甲1発明の課題に関して認定する「演色性」(本件審決が第6,2,2-1⑵(2-1)ア()〔本件審決48頁〕で,甲10に記載されているように周知の課題といえると認定する事項を含む。)は,甲2に記載された技術事項として認定された「演色性」,すなわち,照明された物体の色が自然光で見た場合に近いか否かという,一般的な意味での「演色性」とは異なる(前記ア()

 そうすると,本件審決は,甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用する動機を基礎づける甲1発明の課題の認定を誤っているものであり,また,甲2に記載された技術事項の内容(前記⑴),甲1発明と甲2に記載された技術事項の技術分野相互の関係(前記⑵)を考慮すると,甲1発明には,甲2に記載された技術事項と共通する課題があるとは認められず,そのため,甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用する動機付けがあるとは認められない。

 したがって,甲1発明に甲2に記載された技術事項及び周知の課題(甲10)を採用して,黄色発光ダイオードを設けることを容易に想到することができたとは認められず,これを容易に想到することができたとする本件審決の判断(前記⑶ウ())は誤りである。」