知財高裁令和8年4月16日判決言渡
令和7年(行ケ)第10023号 審決取消請求事件
1.概要
本件は無効審判審決に対する審決取消訴訟の知財高裁判決である。
特許権者である被告の本件特許に対し、原告は無効審判を請求し、進歩性欠如の無効理由を主張した。
審決では、進歩性欠如の無効理由は存在しないと判断し、審判の請求は成り立たないとの判断をした。審決では、本件明細書に記載の実験結果(実施例1~5では濁度変化量がゼロであるという結果)から、本件発明は、「当業者が予測し得な効果」を有すると判断し、進歩性を肯定した。
知財高裁は、審決を取り消すとの判断を示した。争点の1つとなった「当業者が予測し得な効果」については、本件明細書に記載の実験結果は、本件発明1に含まれる特定の場合についての効果を示しているだけであり、本件発明1が予想外の効果を有していることは示されていないとして、当業者が予測し得ない効果を奏しているとした本件審決の判断には誤りがあると判示した。
2.被告による本件特許の本件発明1(請求項1に記載の発明)
「ラクトン環構造、無水グルタル酸構造、グルタルイミド構造、N-置換マレイミド構造および無水マレイン酸構造から選ばれる少なくとも1種の環構造を主鎖に有する熱可塑性アクリル樹脂と、ヒドロキシフェニルトリアジン骨格を有する、分子量が700以上の紫外線吸収剤と、を含み、
110℃以上のガラス転移温度を有する熱可塑性樹脂組成物。
ここで、前記ヒドロキシフェニルトリアジン骨格は、トリアジンと、トリアジンに結合した3つのヒドロキシフェニル基とからなる骨格((2-ヒドロキシフェニル)-1,3,5-トリアジン骨格)である。」
3.裁判所の判断のポイント
「4 取消事由3(本件発明の効果に関する判断の誤り)について
⑴ 本件審決は、本件発明1が甲1発明A及び甲2に記載された技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないとの判断の中で、本件発明1が奏する効果が、当業者が甲1及び甲2から予測し得たものといえないとの判断をしている(前記第2の4⑵ウ)。
本件発明1の効果が予測できないものであるかについては、本件優先日当時、本件発明1の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か、当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から検討すべきである(最高裁平成30年(行ヒ)第69号令和元年8月27日第三小法廷判決・裁判集民事262号51頁参照)。
⑵ 濁度変化量について
ア 本件審決は、本件発明1の効果の中でも特に、フィルムからブリードアウトした紫外線吸収剤の量の程度を示す濁度変化量が「0」(零)であることは、甲1及び甲2の記載事項から、当業者が予測し得たものではなく、甲4の記載からも予測し得ないものであると判断した(前記第2の4⑵ウ)。
また、被告は、前記第3の3〔被告の主張〕において、本件発明が奏する効果である「ブリードアウト」の抑制は、当業者が本件発明の構成が奏するものとして予測することができない効果であると主張する。
そこで、以下、濁度変化量に関し、本件優先日当時において、本件発明1の効果が予測できないものであったか否かについて検討する。
イ 本件明細書において、実施例1ないし5及び比較例1ないし4の各樹脂組成物から成形したフィルムの濁度変化量を測定している(前記1⑶カ)。
実施例1ないし5は、いずれも紫外線吸収剤として、「本件明細書において式(8)として示された、本件ヒドロキシフェニルトリアジン骨格を有するUVA(分子量958)を主成分とし、分子量773及び分子量1142のUVAを副成分とするCGL777MPA」を含むものである(前記1⑶カ)。
比較例1ないし4は、紫外線吸収剤として、「ベンゾトリアゾール骨格を有するUVA(アデカスタブLA-31、分子量659)」(比較例1及び比較例2)、「ベンゾトリアゾール骨格を有するUVA(Sumisorb300、分子量315)」(比較例3)、又は、「トリアジンにヒドロキシフェニル基が1つ結合した骨格を有するUVA(CGL479(TINUVIN479)、分子量676)」(比較例4)を含む樹脂組成物である(前記1⑶カ)。
これらの実施例及び比較例を用いた濁度変化量の試験は、樹脂組成物自体ではなく、樹脂組成物を成形して得られたフィルムについて行われている。具体的には、樹脂組成物から形成したフィルムの一部を切り出し、切り出したフィルムの濁度を濁度計により測定して、これを初期値とし、次に、切り出したフィルムを、100℃に保持した熱風乾燥機内に200時間放置した後、放置後のフィルムの濁度を再度測定して、上記初期値からの変化量を求めている(段落【0169】)。100℃という温度は、各実施例及び比較例の樹脂組成物のガラス転移温度(122~128℃。【表1】)よりも低い温度である。
上記方法による濁度変化量の試験の結果、実施例1ないし5はいずれも濁度変化量がゼロであり、比較例については、比較例1がゼロ、比較例2が0.1、比較例3が0.2、比較例4が0.3であったとされている(【表1】)。
ウ 本件審決は、濁度変化量がゼロであることを含め、本件明細書の実施例における紫外線吸収剤CGL777MPAによって示される効果は、比較例との対比から、前記相違点に係る本件発明1の紫外線吸収剤を採用したことによって奏されたものといえるとした(第2の4⑵ウ(ア))。
しかし、上記イのとおり、実施例1ないし5は、紫外線吸収剤としてCGL777MPAという同一・特定のものを用いている。
本件発明1は、前記第2の2⑴のとおりであり、紫外線吸収剤として、ヒドロキシフェニルトリアジン骨格を有する、分子量が700以上の紫外線吸収剤を含むものとされ、上記ヒドロキシフェニルトリアジン骨格が本件ヒドロキシフェニルトリアジン骨格であるものである。この本件発明1における紫外線吸収剤の記載は、CGL777MPAに限られるものではなく、様々な種類のものを含み得るものである。そして、実施例1ないし5で用いられたCGL777MPAは、その主成分の分子量が958と、本件発明1で用い得る紫外線吸収剤の分子量の下限値700と大きく乖離したものとなっている。この下限値は、むしろ、比較例1及び2の紫外線吸収剤の分子量659並びに比較例4の紫外線吸収剤の分子量676に近接している。
以上の事情によれば、本件発明1において使用する紫外線吸収剤が「ヒドロキシフェニルトリアジン骨格を有する、分子量が700以上の紫外線吸収剤であって、上記ヒドロキシフェニルトリアジン骨格が本件ヒドロキシフェニルトリアジン骨格であるもの」であればどのようなものであっても、この紫外線吸収剤を含む本件発明1の樹脂組成物を成形して得られたフィルムの濁度変化量が実施例1ないし5と同じくゼロになるか否かは、実施例1ないし5及び比較例1ないし5に係る濁度変化量の試験結果からは明らかでないということができる。
そして、本件明細書の他の記載及び本件の全証拠によっても、本件発明1の樹脂組成物を成形して得られたフィルムの濁度変化量が常にゼロになると認定することはできず、本件発明1の樹脂組成物又はこれを成形して得られたフィルムが、本件発明1に該当しない樹脂組成物又はこれを成形して得られたフィルムと比較して、濁度変化量が常に低いものとなるとか、ブリードアウトの抑制について常に良好な結果が得られるなどと認めることもできない。
エ上記ウの説示に照らせば、濁度変化量に関し、本件発明1が、本件優先日当時、本件発明1の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかった効果を奏しているとは認められない。
・・・
そして、被告は、濁度変化量以外について、本件優先日当時、本件発明1の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかった効果であるとする具体的な主張立証をしていない。
したがって、濁度変化量以外に関しても、本件発明1が、本件優先日当時、本件発明1の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかった効果を奏しているとは認められない。
⑷ 取消事由3に関する結論
上記⑵及び⑶の説示によれば、甲1発明Aが、当業者が予測し得ない効果を奏しているとした本件審決の判断(前記第2の4⑵ウ)には誤りがあると認められ、取消事由3は理由がある。」