知財高裁令和8年5月19日判決
令和7年(行ケ)第10057号 審決取消請求事件
1.概要
本事例は特許権者である本件被告が有する特許権に対する無効審判審決(特許有効、請求は成り立たない)についての、審決取消訴訟である。
多くの争点の1つに、出願段階で特許権者である被告が出願段階で提出した補正が新規事項追加に該当するか否かが争われた。
原告は、「概念図」である図1に基づく補正は新規事項を追加するものであると主張した。
しかし本件判決では「図1を見ると、下型17と上型21とが当接していないことは明らかであるから、図1を根拠にして、回転子積層鉄心12が押し付けられる際、下型17と上型21とは当接していないことが把握できるというべきであり、本件審決の判断に誤りはない。」として、補正は新規事項を追加するものではないと判示した。
2.本件補正の内容
本件補正では、請求項1に以下のように下線部を追加した。
「【請求項1】
複数枚の鉄心片が積層された回転子積層鉄心の複数の磁石挿入孔にそれぞれ永久磁石を挿入し、前記各磁石挿入孔に前記永久磁石を樹脂封止する方法
において、
前記回転子積層鉄心を、上型及び下型の間に配置して、前記上型及び前記下型同士が当接することなく、前記下型及び前記上型で前記回転子積層鉄心を押圧し、前記回転子積層鉄心の前記磁石挿入孔に前記永久磁石を樹脂封止することを特徴とする回転子積層鉄心への永久磁石の樹脂封止方法。」
3.裁判所の判断のポイント
「7 取消事由6(新規事項追加・無効理由4)について
⑴ 原告は、本件当初明細書の図5及び図6からすると、上型21と下型17は、キャビティブロック74と搬送トレイ16を介して間接的に当接しているから、「前記上型及び前記下型同士が当接することなく、」という限定を追加する本件補正は、新たな技術的事項を導入するものであると主張する。
そこで検討するに、「当接」とは、その語義から、物同士が当たって接していることをいうと解されるところ、本件当初明細書の発明の詳細な説明には、搬送トレイ16にセットされた回転子積層鉄心12は、上型21と下型17とにより、押圧されることが記載されているが(甲33の【0041】)、下型17を上昇させることにより、下型17上の搬送トレイ16にセットされた回転子積層鉄心12を上型21に押し付けるにあたり、下型17が上型21に当接することは、本件当初明細書には、何ら記載も示唆もされていない。むしろ、本件当初明細書の図1の図示内容をみると、回転子積層鉄心12が押し付けられる際、下型17と上型21とは当接していないことが把握できるのであるから、本件当初明細書には、上型21及び下型17同士が当接することなく、下型17及び上型21で回転子積層鉄心12を押圧することが記載されているといえる。
そして、上記のとおり、「当接」とは、物同士が当たって接していることをいうと解されるのであるから、キャビティブロック74と搬送トレイ16を介するのであれば、そもそも上型21と下型17が当接しているとはいえない。また、本件当初明細書には、キャビティブロック74の下面に形成された円形溝76の底面とガイド部材27の先端部の頂面が当接することについて、明示的な記載も示唆もない上、図5及び図6を見ても、円形溝76の底面とガイド部材27の先端部の頂面が当接している状態が示されていることは明らかでないから、上型21と下型17が、キャビティブロック74とガイド部材27を備える搬送トレイ16を介して間接的に当接しているとも認められない。
⑵ 原告は、本件審決が、概念図にすぎない本件当初明細書の図1を根拠として、回転子積層鉄心12が押し付けられる際、下型17と上型21とは当接していないことが把握できると判断したことに誤りがあると主張する。
しかし、本件当初明細書の図1が概念図(甲33の【0014】参照)であるとしても、その工程図(同【0014】参照)である図10を併せて見ると、図1は図10の(c)の図と同様の状態を示した図であり、図10(c)は、下型17を上昇させて搬送トレイ16にセットされた回転子積層鉄心12を上型21に押し付ける状態を示しているのであるから(同【0041】)、図1も同様に、下型17を上昇させて搬送トレイ16にセットされた回転子積層鉄心12を上型21に押し付ける状態を示しているということができる。
そして、図1を見ると、下型17と上型21とが当接していないことは明らかであるから、図1を根拠にして、回転子積層鉄心12が押し付けられる際、下型17と上型21とは当接していないことが把握できるというべきであり、本件審決の判断に誤りはない。」