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2022年9月11日日曜日

公然実施発明による新規性が争われた事例

 知財高裁令和4年8月23日判決
令和3年(行ケ)第10137号 審決取消請求事件
 
1.概要
 本事例は、「圃場を耕うんする作業機」に係る特許に対する特許無効審判において特許有効の判断を示した審決に対し無効審判請求人がその取り消しを求めた審決取消訴訟の、請求を棄却(特許は有効、審決は適法)した知財高裁判決である。
 本件発明が、本願出願前に展示会において展示された耕うん機(検甲1)により公然実施された発明であるか否かが争われた。
 本件発明の構成要件G(エプロンを跳ね上げるのに要する力は、エプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少し)が、展示会で展示された検甲1により公知となったと原告は主張したが、審決及び知財高裁判決は共に、構成要件Gは展示会で展示された検甲1により公知となったとは言えないと判断した。
 裁判所は、公然実施された発明は、「外部からは認識できなくても、当業者がその製品を通常の方法で分解、分析する等によって発明の内容を知り得る場合を含むというべきである。そして、発明の内容を知り得るといえるためには、当業者が発明の技術的思想の内容を認識することが可能であるばかりでなく、その認識できた技術的思想を再現できることを要するというべきである。」と判示した。
 
2.本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1の記載:
A 走行機体の後部に装着され、耕うんロータを回転させながら前記走行機体の前進走行に伴って進行して圃場を耕うんする作業機において、
B 前記作業機は前記走行機体と接続されるフレームと、  
C 前記フレームの後方に設けられ、前記フレームに固定された第1の支点を中心にして下降及び跳ね上げ回動可能であり、その重心が前記第1の支点よりも後方にあるエプロンと、
D 前記フレームに固定された第2の支点と前記エプロンに固定された第3の支点との間に設けられ、前記第2の支点と前記第3の支点との距離を変化させる力を作用させることによって前記エプロンを跳ね上げる方向に力を作用させる、ガススプリングを含むアシスト機構とを具備し、
J 前記ガススプリングは、シリンダーと、前記シリンダーの内部に挿入されたピストンと、前記ピストンから延長されるピストンロッドとを有し、
E 前記アシスト機構は、さらに、前記ガススプリングがその中に位置し、前記第2の支点及び第3の支点を通る同一軸上で移動可能な第1の筒状部材と第2の筒状部材とを有し、
F 前記第1の筒状部材の前記フレーム側の一端には前記第2の支点が、前記第1の筒状部材の前記エプロン側の他端には前記ピストンロッドの先端が接続され、前記第2の筒状部材の前記フレーム側の一端には前記シリンダーの先端が接続され、
G 前記第2の筒状部材の外周に突設された第1の突部が前記第3の支点を回動中心とし、前記エプロンに台座を介して設けられた第2の突部に接触して前記第3の支点と前記第2の支点との距離を縮める方向に変化することにより、前記エプロンを跳ね上げるのに要する力は、エプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少し、
H 前記ガススプリングは、前記エプロンが下降した地点において収縮するように構成される
I ことを特徴とする作業機。
 
3.原告が主張する無効理由1
 本件発明は、本件特許の出願前に公然知られた又は公然実施された検甲1(原告製「ニプログランドロータリーSKS2000(製造番号1007)」に係る発明(以下「検甲1発明」という。)と同一であるから、特許法(以下、「法」という。)29条1項1、2号に該当し、特許を受けることができないものである。
 検甲1は、平成27年(2015年)7月11日、12日、18日、19日に展示会「元氣農業応援フェア 2015 in つくば」(以下「本件展示会」という。)で展示された。
 甲103のとおり、検甲1を、本件展示会と同じスタンド姿勢(前傾約30°)に設定した状態で、本件審判の第1回口頭審理及び証拠調べ
(平成30年10月30日実施)における検証の時と同様の方法により、エプロンを跳ね上げるのに要する力(アシスト操作力)を実際に測定したところ、エプロンを跳ね上げるのに要する力が、エプロン角度の増加に伴って、一般的な作業者が感じることができる程度に徐々に減少する結果を示すグラフ(甲103の7頁のグラフ)が得られた。そのため、検甲1は、エプロンを跳ね上げるのに要する力がエプロン角度の増加に伴って徐々に減少する構成を有していた。
 
4.裁判所の判断のポイント
「(1)原告は、本件発明は本件特許の出願前に公然知られた又は公然実施された検甲1に係る発明と同一であるから、法29条1項1、2号に該当し、特許を受けることができないものであると主張する。
  法29条1項1号の「公然知られた」とは、秘密保持契約等のない状態で不特定多数の者が知り、又は知り得る状態にあることをいい、同項2号の「公然実施」とは、発明の内容を不特定多数の者が知り得る状況でその発明が実施されることをいい、物の発明の場合には、対象製品が不特定多数の者に販売され、かつ、当業者がその製品を外部から観察しただけで発明の内容を知り得る場合はもちろん、外部からは認識できなくても、当業者がその製品を通常の方法で分解、分析する等によって発明の内容を知り得る場合を含むというべきである。そして、発明の内容を知り得るといえるためには、当業者が発明の技術的思想の内容を認識することが可能であるばかりでなく、その認識できた技術的思想を再現できることを要するというべきである。
 本件では、検甲1発明が、本件発明の構成要件Gの「エプロンを跳ね上げるのに要する力は、エプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少する」という構成を備えていたこと、あるいは本件発明の内容が検甲1発明によって公然知られていたとも公然実施されていたとも認めることはできない。その理由は、次のとおりである。
(2)原告主張の理由について 
ア 構成要件Gの理論的説明に対する認識(理由1)について
(ア)本件審決の判断
a 本件審決は、力学に関する技術常識を勘案し、本件訂正後の請求項1及び本件明細書等により認められる本件発明に係る作業機の構造に照らすと、エプロンを跳ね上げるのに要する力(Fs)とエプロンの角度について、次の関係が成り立つと判断した(本件審決第6の2⑵ イ(ウ)〔本件審決97頁〕)。 
Fs>(Rw・W・sin(θ+α0)-Ra・Fg・sinθa)/(R・sin(θ+β0))
(Fs:エプロンを跳ね上げるのに要する力 
Rw:第1の支点からエプロンの重心までの距離 
Ra:第1の支点から第3の支点までの距離 
R:第1の支点からエプロンを持ち上げる位置までの距離 
W:エプロンの重心に鉛直方向に働く重力 
Fg:第3の支点に働くアシスト力 
θ:エプロンが、第1の支点を通る直線に対してなす角度(エプロンが最も下降したときにθ=0°とする。)
α0:θ=0°のときの、第1の支点とエプロンの重心とを結ぶ直線の鉛直方向に対する角度
β0:θ=0°のときの、第1の支点とエプロンを持ち上げる位置とを結ぶ直線の鉛直方向に対する角度
θa:第1の支点と第3の支点とを結ぶ直線と、第2の支点と第3の支点とを結ぶ直線がなす角度)
b 本件審決は、検甲1の作業機が、エプロンを跳ね上げるのに要する力は徐々に減少する構成を有していたといえるかについて、次のとおり判断した(本件審決第6の3⑵〔本件審決115頁〕)。
「前記『2(2)イ(ウ)』で検討したとおり、『エプロンを跳ね上げるのに要する力』が『エプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少』するとは、『エプロンを跳ね上げるのに要する力』(Fs)について、前記『2(2)イ(ウ)』に示した関係(判決注:前記aに示した式の関係)を満たすFsが、エプロンが、本件発明における第1の支点を通る直線に対してなす角度θ(エプロンが最も下降したときをθ=0°とする。)が増加する所定角度範囲内において徐々に減少するような構成である。
 前記『2(2)イ(ウ)』に示した関係中の各パラメータのうち、θ 以外の項目を適宜設定し、Fsが、θが増加する所定角度範囲内において徐々に減少するような構成を実現することにより、構成要件Gにおける『エプロンを跳ね上げるのに要する力』が『エプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少』するとの構成は実現される。
 したがって、エプロンを跳ね上げるのに要する力が徐々に減少する構成を有するか否かには、上記関係式中のFg(第3の支点に、第2の支点の方向に働くアシスト力)が影響し、Fgは、『第2の支点と第3の支点との距離を変化させる力を作用させることによってエプロンを跳ね上げる方向に力を作用させる、ガススプリングを含むアシスト機構』(構成要件D)によるものであるから、アシスト機構で採用される『ガススプリング』の特性(ストローク長とガス反力の関係等)に依存する。
   そうすると、構成要件Gにおける『エプロンを跳ね上げるのに要する力』が『エプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少』するとの構成を有しているか否かは、外観のみから認識できる性質のものではなく、上記展示会において展示された検甲1作業機の外観のみから、検甲1作業機が、エプロンを跳ね上げるのに要する力が徐々に減少する構成を有しているとすることはできない。」
(イ)原告の主張に対する判断
 原告は、本件展示会において、本件発明に係る作業機と同じ構造(ガススプリングの向きが逆である点を除く。)を有する検甲1を見た当業者は、力学的な技術常識から構成要件Gの理論的説明を認識できると主張し、構成要件Gは検甲1を見れば認識できるから検甲1は構成要件Gを備えると主張する(前記第3の1〔原告の主張〕(2)ア)。
 しかし、本件審決は、エプロンを跳ね上げるのに要する力(Fs)とエプロンの角度に係る前記(ア)aの関係を、力学に関する技術常識を勘案し、本件訂正後の請求項1及び本件明細書等により認められる本件発明に係る作業機の構造から認定したものであり、本件訂正後の請求項1及び本件明細書等の記載内容を検討した上でそれを導いたものであると認められる。本件審決は、検甲1の作業機を見ることによって本件明細書の記載から導くことができる本件発明の技術的思想を認識できると判断したものではないし、当業者が本件明細書の記載から理解できる技術的思想と、検甲1の作業機の実物を見て理解できることが同じであると解すべき理由はないから、検甲1を見た当業者が、力学的な技術常識から構成要件Gの理論的説明を認識できるとする原告の主張は、採用することができない。さらに、エプロンを跳ね上げるのに要する力(Fs)とエプロンの角度に係る前記(ア)aの関係に照らすと、本件審決が述べるように、構成要件Gにおける「エプロンを跳ね上げるのに要する力は、エプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少」するとの構成を有しているか否かは、アシスト機構で採用される「ガススプリング」の特性(ストローク長とガス反力の関係等)に依存するものであり、外観のみから認識できる性質のものではないと認められる。したがって、この点からしても、構成要件Gは検甲1を見れば認識できるから検甲1は構成要件Gを備えるという原告の主張は採用することができない。
イ エプロンを跳ね上げるのに要する力の減少に対する認識(理由2)について 
 原告は、本件展示会で検甲1を見た当業者であれば、力学的な技術常識に基づいて、構成要件Gを当然に理解認識することができ、その具体例をシミュレーションすることができるから、検甲1発明は構成要件Gを備えると主張するが(前記第3の1〔原告の主張〕⑵イ)、前記アで述べたと同様の理由により、原告の上記主張は採用することができない。
ウ 補助的資料による認定その1(理由3)について 
(ア)甲103について
 原告は、検甲1を、本件展示会と同じスタンド姿勢(前傾約30°)に設定した状態で、本件審判の第1回口頭審理及び証拠調べ(平成30年10月30日実施)における検証の時と同様の方法により、エプロンを跳ね上げるのに要する力(アシスト操作力)を実際に測定したところ、エプロンを跳ね上げるのに要する力が、エプロン角度の増加に伴って、一般的な作業者が感じることができる程度に徐々に減少する結果を示すグラフ(甲103の7頁のグラフ)が得られたとして、検甲1は、エプロンを跳ね上げるのに要する力がエプロン角度の増加に伴って徐々に減少する構成を有したものであると主張する(前記第3の1〔原告の主張〕(2)ウ(ア))
 しかし、甲103は、本件訴訟が提起された後の令和3年(2021年)11月5日に測定された結果を示すものであり、約6年半前の平成27年(2015年)7月に開催された本件展示会における検甲1の状態を示すものとは認められないから、甲103によって、本件展示会における検甲1の構成が認められるとはいえない。また、甲103の測定値によれば、エプロン角度が60度となるあたりでアシスト操作力は約17kgf になると認められ(甲103の6頁の調査結果のアシスト有1及び2のエプロン角度60.0のときの測定データ)、これは、エプロン角度が小さいときに比べればアシスト操作力は軽減されているが、それでも、17kgf の力で持ち上げなければならないことを意味する。他方、甲106の2(動画2)は、本件訴訟が提起された後の令和3年11月30日に撮影された映像であるところ、これには、エプロン角度が60度のときに手を離すとエプロンが下がらなくなり、軽く押し下げると下に回動することが示されており、これは、エプロン角度が60度のときにアシスト操作力が0となることを示しているものと認められる。そうすると、甲103の測定結果は、甲106の2に撮影された作業機の挙動とは整合しないものと認められ、その測定結果に信用性があるとは認められない。」

2022年4月24日日曜日

パラメーターで規定された物の発明の新規性が公然実施に基づき否定された事例

 東京地裁令和3年10月29日判決
平成31年(ワ)第7038号 特許権侵害行為差止等請求事件(第1事件),同第9618号 損害賠償請求事件(第2事件)
 
1.概要
 本事例は、原告が有するパラメーターで規定された物の発明に係る特許権に基づく特許権侵害訴訟の地裁判決において、被告が実施する被告製品は本件各発明の技術的範囲に属するものの、本件各発明は,その特許出願前に日本国内において公然実施をされたものであるから,本件各特許は,法104条の3,29条1項2号により,いずれも無効というべきものであると判断され、原告の請求が棄却された事例である。
 原告は、黒鉛系炭素素材である被告製品を、本件発明の登録後に入手し分析して、本件発明で規定するパラメーターを満たしていることを確認した。裁判所は被告製品が本件発明の技術的範囲に属すると判断した。
 被告は、被告製品及びパラメーターを充足する他の製品は、本件発明に係る特許権の出願日よりも前から同一の製品仕様、製造方法により実施されていたものであるから、本件発明の新規性は公然実施により否定されると主張し、裁判所もこれを支持する判断を示した。公然実施に基づく新規性に関する複数の興味深い論点について判断が示されている。
 
2.本件発明
 原告は,平成26年9月9日,本件特許2に係る特許出願(特願2014-550587号)をし,平成27年1月8日,この一部を分割して本件特許1に係る特許出願(特願2015-2556号)をして,同年2月20日,本件特許権1の設定の登録(請求項の数1)を受け,同年2月6日,本件特許権2の設定の登録(請求項の数6)を受けた。
 
 本件特許1の特許請求の範囲の請求項1(本件発明1)は以下のように分説できる。
    1A  菱面晶系黒鉛層(3R)と六方晶系黒鉛層(2H)とを有し,
    1B  前記菱面晶系黒鉛層(3R)と前記六方晶系黒鉛層(2H)とのX線回折法による次の(式1)により定義される割合Rate(3R)が31%以上であることを特徴とする
    (Rate(3R)=P3/(P3+P4)×100…(式1)
    ここで,P3は菱面晶系黒鉛層(3R)のX線回折法による(101)面のピーク強度,P4は六方晶系黒鉛層(2H)のX線回折法による(101)面のピーク強度である。)
    1C  グラフェン前駆体として用いられる黒鉛系炭素素材。
 
3.裁判所の判断のポイント
3.1.争点1(被告各製品が本件各発明の技術的範囲に属するか)について
「・・・被告製品A1ないし3並びにB2及び6は,構成要件1Aないし1Cを充足するから,本件発明1の技術的範囲に属すると認められ・・・」
 
3.2.争点2-6(公然実施に基づく新規性欠如)について
「(ア) 被告製品Aの規格,製造工程等
a 被告伊藤は,被告製品A1については平成18年7月16日に,被告製品A2及び4ないし6については平成17年1月6日に,被告製品A3については平成21年6月1日に,分級,梱包方法,最終検査における項目(固定炭素分,灰分,揮発分,水分及び粒度),規格値及び試験方法,工程の流れ等を定めた製品別製造標準をそれぞれ作成した。上記の各製品別製造標準のうち,被告製品A2ないし6に係るものは,本件特許出願当時から現在に至るまで,改訂されたことはなく,被告製品A1に係るものは,平成29年7月6日,粒度の規格値について(省略)とする改訂がされたが,本件特許出願当時から現在に至るまで,そのほかの点について改訂がされたことはなかった。
b 被告伊藤は,平成17年6月3日,被告製品A7ないし11のそれぞれについて,検査の項目(灰分,揮発分及び粒度)及び規格値等を定めた黒鉛原料受入検査詳細を作成した。上記黒鉛原料受入検査詳細は,本件特許出願当時から現在に至るまで,改訂されたことはなかった。
c 被告伊藤は,前記aの製品別製造標準及び前記bの黒鉛原料受入検査詳細作成以降現在に至るまで,顧客からの特段の要望がない限り,これらに定められた基準に従った被告製品Aを製造販売してきた・・・。
(イ) 被告製品A9及び10のサンプルのRate(3R)
 被告伊藤は,平成31年4月15日から令和元年5月20日までの間に,同被告において保管していた被告製品A9及び10の各サンプルをSmartLabを用いて分析し,これにより得られた回折プロファイルをPDXLの自動解析機能により解析して,菱面晶系黒鉛層の(101)面及び六方晶系黒鉛層の(101)面の各ピーク強度を計算し,これを基にRate(3R)を算出したところ,サンプル結果①(別紙3Rate(被告伊藤)の番号4の列)を得た(乙A9,104)。」
 
「(2) 公然実施該当性
 ア 判断基準について
  法29条1項2号にいう「公然実施」とは,発明の内容を不特定多数の者が知り得る状況でその発明が実施されることをいい,本件各発明のような物の発明の場合には,商品が不特定多数の者に販売され,かつ,当業者がその商品を外部から観察しただけで発明の内容を知り得る場合はもちろん,外部からそれを知ることができなくても,当業者がその商品を通常の方法で分解,分析することによって知ることができる場合も公然実施となると解するのが相当である。
・・・
「(ア) サンプルのRate(3R)
     a 前記(1)ア(イ)のとおり,被告伊藤が保管していた被告製品A9及び10の各サンプルのRate(3R)は,サンプル結果①のとおりであるところ,証拠(乙A8,40,41)及び弁論の全趣旨によれば,上記各サンプルは,「EC500」及び「Lot 120202」と記載された袋並びに「EC300」及び「Lot 130930」と記載された袋から取り出されたものであること,被告伊藤においては,黒鉛製品のロット番号を,製造開始日を6桁の数字で表示していたことが認められることからすると,上記各サンプルは,平成24年2月2日に製造された被告製品A9のサンプル及び平成25年9月30日に製造された被告製品A10のサンプルであると認めるのが相当である。
 
「・・・被告製品A10に係るサンプル結果①については,複数回算出したRate(3R)にばらつきがほとんどなく,回折プロファイルにおける回折線の角度43ないし44°付近のピークは必ずしも明瞭ではないものの,このような場合に,PDXLの自動解析機能を使用して得られた解が常に誤っていることを認めるに足りる証拠はないことからすると,被告製品A10のサンプルのRate(3R)について,サンプル結果①を一応採用することができるというべきである。
・・・・
(イ) 被告伊藤が本件特許出願前から本件各発明の技術的範囲に属する被告製品Aを製造販売していたか
・・・前記(1)ア(ア)のとおり,被告伊藤は,本件特許出願前から,被告製品Aの各名称を付した黒鉛製品を製造販売しており,被告製品A2ないし11については,本件特許出願前から現在に至るまで,その製造工程及び出荷の基準となる規格値に変更はなく,被告製品A1についても,粒度の規格値が(省略)と改訂されたが,従前の規格値を限定した内容になっており,そのほかの変更はない。
 また,前記2(1)エ(ア)のとおり,原告が甲A5結果を得た被告製品Aは,平成30年6ないし8月頃に被告伊藤が販売していたものであり,平成26年9月9日の本件特許出願(前記前提事実(2))からそれほど長い年月が経過しているものとはいえない。
 以上によれば,被告伊藤は,本件特許出願前から現在に至るまで,被告製品Aの各名称を付した黒鉛製品を製造販売しており,この間,菱面晶系黒鉛層の増減に影響を与えると考えられるこれらの製品の製造工程及び規格値にほぼ変更はないことから,この間に製造販売された被告製品Aは,同じ製造工程を経て,同じ規格を満たすものであると認められる。そして,他にこれらの製品に対してRate(3R)の増減に影響を及ぼす事情が存したとは認められず,前記2のとおり,現時点において,被告製品A1ないし3は本件発明1の,被告製品A4ないし11は本件各発明の各技術的範囲に属する。これらの事情に照らせば,被告伊藤は,本件特許出願前から,被告製品A1ないし3については本件発明1の,被告製品A4ないし11については本件各発明の各技術的範囲に属する被告製品Aを製造販売していたと認めるのが相当である。
 なお,被告製品A10に係るサンプル結果①は,乙A9結果と近接している。前記2(2)イ(ア)のとおり,乙A9結果は,被告製品A10のRate(3R)を示すものとしては採用することはできないが,乙A9結果,サンプル結果①のいずれも,適宜の解析条件を手動で入力することなく,PDXLの自動解析機能により得たものであることからすると,これらのRate(3R)が近接していることは,被告伊藤が本件特許出願前から本件各発明の技術的範囲に属する被告製品A10を製造販売していたという上記認定と矛盾しないといえる。」
「以上によれば,本件特許出願前から,被告伊藤は,本件発明1の技術的範囲に属する被告製品A1ないし3及び本件各発明の技術的範囲に属する被告製品A4ないし11を,・・・・それぞれ製造販売していたものである。
 そして,前記2(1)イのとおり,本件特許出願当時,当業者は,物質の結晶構造を解明するためにX線回折法による測定をし,これにより得られた回折プロファイルを解析することによって,ピークの面積(積分強度)を算出することは可能であったから,上記製品を購入した当業者は,これを分析及び解析することにより,本件各発明の内容を知ることができたと認めるのが相当である。
 したがって,本件各発明は,その特許出願前に日本国内において公然実施をされたものであるから,本件各特許は,法104条の3,29条1項2号により,いずれも無効というべきである。」
 
「(3) 原告の主張について
   ア 原告は,被告ら,日本黒鉛ら及び中越黒鉛の取引の相手方は秘密保持義務を負っていたから,本件特許出願前に本件各発明が公然と実施されたとはいえないと主張する。
 しかし,証人Zは,日本黒鉛工業が黒鉛製品を販売するに当たり,購入者に対して当該製品の分析をしてはならないとか,分析した結果を第三者に口外してならないなどの条件を付したことはないと証言するところ,この証言内容に反する具体的な事情は見当たらない。また,被告ら,日本黒鉛ら及び中越黒鉛が,その全ての取引先との間で,黒鉛製品を分析してはならないことや分析結果を第三者に口外してはならないことを合意していたことをうかがわせる事情はない。
 取引基本契約書(甲A82)には「甲および乙は,本契約および個別契約の履行により知り得た相手方の技術情報および営業上の秘密情報(目的物の評価・検討中に知り得た秘密情報を含む)を,本契約の有効期間中および本契約終了後3年間,秘密に保持し,相手方の書面による承諾を得ることなく第三者に開示または漏洩せず,また本契約および個別契約の履行の目的以外に使用しないものとする。」(38条)との記載が,機密保持契約書(甲A95)には「受領者は,開示者の書面による承諾を事前に得ることなく,機密情報を第三者に開示または漏洩してはならない。」(3条1項)との記載が,日本黒鉛商事が当事者となった取引基本契約書(乙A123)には「甲および乙は,相互に取引関係を通じて知り得た相手方の業務上の機密を,相手方の書面による承諾を得ないで第三者に開示もしくは漏洩してはならない。」(9条)との記載が,それぞれ存することが認められる。しかし,「相手方の技術情報および営業上の秘密情報(目的物の評価・検討中に知り得た秘密情報を含む)」,「機密情報」及び「相手方の業務上の機密」に,購入した製品のRate(3R)が含まれるかは明らかではないし,黒鉛製品をX線回折法による測定により得られた回折プロファイル,さらにはこれを解析して得た積分強度が,秘密として管理されてきたことや有用な情報であることをうかがわせる事情は見当たらない。
 したがって,本件特許出願当時,製造販売されていた被告製品A,被告製品B1及び2,日本黒鉛各製品並びに中越黒鉛各製品を分析することについて契約上の妨げがあったとはいえないから,原告の上記主張は採用することができない。
・・・・
ウ 原告は,本件特許出願前に販売された製品と近時に販売された製品の品名・品番が同一であるからといって,製品として同一であるとはいえないと主張する。
 しかし,品名・品番を基準として,製品の品質が管理されることが多いことは,当裁判所に顕著な事実である。そして,このような事情に加えて,前記(2)イないしオのとおり,被告ら,日本黒鉛ら及び中越黒鉛において,本件特許出願の前後を通じて,製品の製造工程に大きな変更はなく,製品の規格にも変更がなかったこと,本件特許出願前の製品のサンプルにRate(3R)が31%以上又は40%以上のものが含まれていることなどを考慮すると,前記(2)カのとおり,被告ら,日本黒鉛ら及び中越黒鉛は,本件特許出願前から,本件発明1又は本件各発明の各技術的範囲に属する製品を製造販売していたものと認めるのが相当である。
 したがって,原告の上記主張は採用することができない。
・・・・
オ 原告は,検査成績書(乙A8)や製品別製造標準(乙A38,48)等には,存在証明・非改ざん証明が一切行われていない文書であり,事後的に作成することができるものであり,また,これらの文書に記載された作成日又は改訂日以降に変更が加えられていないことは明らかではないと主張する。
 しかし,存在証明・非改ざん証明が行われていない文書であるからといって,直ちにこれらを信用することができないということはできない。また,上記各文書が事後的に作成されたり,その内容に変更が加えられていたりすることをうかがわせる具体的な事情は見当たらない。
 したがって,原告の上記主張は採用することができない。」

2016年5月8日日曜日

公用発明を引用例とする場合の技術的意義の推認、阻害要因の認定


知財高裁平成27年4月28日判決

平成25年(行ケ)第10263号 審決取消請求事件



1.概要

 本件は、発明の名称「蓋体及びこの蓋体を備える容器」とする特許第4473333号に対する無効審判審決(特許維持)についての審決取消訴訟の高裁判決である。原告は無効審判請求人、被告は特許権者である。

 主引用例である引用例1として、市販の蓋付き容器(判決中「クレハ容器」と呼ばれる)が引用された。

 争われた無効理由は、引用例1の市販容器と、公知文献である甲6~8に開示された構成との組み合わせにより本件発明が容易想到可能か否かである。

 知財高裁は、引用例1の市販容器における本件発明との相違点に係る特徴の技術的意義を推認した。そして推認された技術的意義に鑑みて、引用例1での前記特徴を本件発明の特徴に置換することには阻害要因があり、容易想到可能とは言えないと結論付けた。

 特許公報が引用例であれば、引用例中の記載を根拠として公知発明の特徴での技術的意義を把握することができる。一方、引用例が公知公用発明の場合、特徴的構成の技術的意義は推認する以外にない。引用例が公知公用発明であるケースが少ないなか、参考になる貴重な事例と考える。



2.本件発明1

A.食材を収容するとともに該食材を加熱可能な容器の胴体部の開口部を閉塞する蓋体であって,

B.前記蓋体の外周輪郭形状を定めるとともに,前記容器の前記開口部を形成する前記容器の縁部と嵌合する周縁領域と,

C.該周縁領域により囲まれる領域内部において,隆起する一の領域を備え,

D.前記一の領域は,前記容器内の流体を排出可能な穴部と,該穴部を閉塞可能な突起部を備えるフラップ部を備え,

E.該フラップ部は,前記一の領域に一体的に接続する基端部を備えるとともに,該基端部を軸に回動し,

F. 前記フラップ部の先端部は,前記周縁領域の外縁に到達しておらず,

G.前記フラップ部の前記基端部が,前記フラップ部の前記先端部よりも前記蓋体の中心位置から近い位置に配され,

H.前記一の領域が,前記フラップ部の少なくとも一部を収容する凹領域を備え,

I.前記凹領域は前記一の領域上面の周縁部に接続していることを特徴

とする

J.蓋体。



3.本件発明1とクレハ容器(引用例1)との対比

   (ア) 一致点

A.食材を収容するとともに該食材を加熱可能な容器の胴体部の開口部を閉塞する蓋体であって,

B.前記蓋体の外周輪郭形状を定めるとともに,前記容器の前記開口部を形成する前記容器の縁部と嵌合する周縁領域と,

C.該周縁領域により囲まれる領域内部において,隆起する一の領域を備え,

D.前記領域内部は,前記容器内の流体を排出可能な穴部を備え,該穴部を閉塞可能な突起部を備えるフラップ部と係合可能であり,

E. 該フラップ部は,基端部を備えるとともに,該基端部を軸に回動し,

F. 前記フラップ部の先端部は,前記周縁領域の外縁に到達していない,

J.蓋体。

   (イ) 相違点1

  一の領域,凹領域について,本件発明1では「一の領域が,フラップ部の少なくとも一部を収容する凹領域を備え,凹領域は一の領域上面の周縁部に接続している」が,クレハ容器では「凹領域は一の領域上面の周縁部に中間領域を介して接続し」,凹領域に「凹部」を備えるものである点。

(ウ) 相違点2

  穴部について,本件発明1では「一の領域」が「穴部」を備えるのに対し,クレハ容器では「凹領域」が「穴部」を備える点。

(エ) 相違点3

  フラップ部について,本件発明1では,「一の領域」に備えられ,その「基端部」が「一の領域に一体的に接続」され,「基端部」が「フラップ部の前記先端部よりも前記蓋体の中心位置から近い位置に配され」,「先端部」が「周縁領域の外縁に到達していない」ものであるのに対し,クレハ容器では,その「基端部」が「フタの周縁領域から外方に突出する摘み部に一体的に接続」され,「基端部」が「フラップ部の前記先端部よりも前記蓋体の中心位置から遠い位置に配され」,「先端部」が「凹部の外縁に到達していない」ものである点。



4.判決のポイント

「取消事由1-(1) (本件発明1とクレハ容器との相違点3についての判断の誤り)について

(1) 本件発明1に係る取消事由1-(1)について検討する。

   ア(ア) 原告は,クレハ容器が有する技術的問題点に照らせば,当業者は,フラップが蓋体に一体的に形成されているというクレハ容器の特長は維持したまま,①フラップの位置を蓋体の周縁部から中央付近に変更する必要があるという課題と,②フラップの向きを外開きに変更する必要があるという課題を同時に認識するところ,甲6~8には上記課題を解決する手段が開示されているから,クレハ容器に甲6~8を組み合わせる強い動機付けが存在し,かつ,甲6~8を組み合わせることには阻害要因がないから,相違点3に係る構成は容易想到である旨主張する。

    (イ) そこで検討するに,クレハ容器は,食材を収容するとともに,フタをつけたまま電子レンジ等で食材を加熱するための容器であって,穴部は,加熱の際に容器内で食材から発生する蒸気を放出するための穴であり,穴部を閉塞する突起部及び突起部を備える開閉部材は,容器内の食材を保存するときには,穴部を閉塞し,容器内部環境の衛生状態を維持するとともに,食材を加熱するときには,穴部を開けて容器内の水蒸気や膨張した空気を容器外へ排出するためのものであり,また,クレハ容器は,フラップが蓋体と一体的に形成されているため,フラップが別体で形成されていた従来のものと比べて,フラップ部が本体から分離して紛失するという事態を防止することができるものである(前記2,甲3,検甲1,弁論の全趣旨) 。

      そして,クレハ容器は, 「該開閉部材は,前記フタの周縁領域から外方に突出する摘み部に一体的に接続する,細くかつ薄く形成された部分を備えるとともに,該細くかつ薄く形成された部分を軸に回動し」(前記第2の3(2)アの構成e)との構成を採用しており,従来のフラップ付きの容器において,フラップ部が蓋体周縁部の内側に板状のものとして形成されているのが一般的であったことと対比して,フラップ部が外方に突出しており,かつ,フラップ部の断面形状が Ω 形状に形成されている点に,従来のフラップ付きの容器とは異なる特徴的な構成を見ることができる(本件明細書の段落【0004】,【0005】,甲3,205,検甲1) 。

      このように,クレハ容器が「前記フタの周縁領域から外方に突出する摘み部に一体的に接続する,細くかつ薄く形成された部分」(ヒンジ部分)が容器の外側に突出している構成を採用しているため,ヒンジ部分が他の物体と衝突して破損するおそれがある,フラップ部分を開けたときに外方向に大きく広がるため余計なスペースをとる,フラップ部分を洗浄しにくいなどの使用上の不都合等の問題点が生じ得るものということができる(弁論の全趣旨)。

    (ウ) しかるに,かかる使用上の不都合等の問題点が生じ得るにもかかわらず,クレハ容器が,「該開閉部材は,前記フタの周縁領域から外方に突出する摘み部に一体的に接続する,細くかつ薄く形成された部分を備えるとともに,該細くかつ薄く形成された部分を軸に回動し」(前記第2の3(2)アの構成e)との構成を採用したのは,従来のフラップ付きの容器でフラップ部が蓋体周縁部の内側に形成されているものを製造するに当たっては,蓋とフラップとを2段階成形プロセスで製造することが必要であったが(本件明細書の段落【0007】~【0010】 ),可動型の金型を用いるなど複雑な金型ではなく,金型の構造を単純なものとして製造可能とするために,フラップを外方に突出させてフラップ部を水平に広げた状態で製造できるよう,あえてかかる構成を採用したものであると推認するのが相当である。そして,固定型と可動型による一体成形技術(甲208~210)自体が,本件優先日当時,公知技術として広く使用されていたとしても,クレハ容器においては,固定型と移動型の双方の金型を必要とすることなく,金型の構造を単純なものとして一体成形可能としたところに,その技術的意義を有するものと認めることができる。

      そうすると, 「該開閉部材は,前記フタの周縁領域から外方に突出する摘み部に一体的に接続する,細くかつ薄く形成された部分を備えるとともに,該細くかつ薄く形成された部分を軸に回動し」との構成をあえて採用することによって,上記技術的意義を有するクレハ容器について,フラップの位置を蓋体の周縁部から中央付近に変更することや,フラップの向きを外開きに変更する動機付けがないというべきであって,ひいては,原告主張に係る甲6~8を適用する動機付けが存在するということもできない。

      したがって,原告の上記主張は採用することができない。」

2013年5月27日月曜日

「公然実施」を理由に特許権は無効にされるべきと判断された事例


東京地裁平成25年4月26日判決

平成23年(ワ)第21311号 特許権侵害行為差止等請求事件

 

1.概要

 本事例は、原告が有する特許権(輪転機版胴に関する)を被告が侵害するか否かが争われた特許権侵害訴訟である。

 被告は、被告が実施する侵害被疑品が、原告特許権の出願日よりも前に顧客企業に納品されており、その事実は「公然実施」に該当するから、原告特許権は無効にされるべきものと主張した。

 東京地裁は被告のこの主張を認め、原告の請求を棄却した。

 本件事例では、被告製品が納入され実施された場所は被告顧客企業の工場内である。この場合に「公然性」が認められるか否かが争われた。裁判所は「本件輪転機版胴の形状が秘密として管理されていたことをうかがわせる事情は存在しない。」との理由で「公然性」を認めた。この文面からは、工場内での実施であっても「公然性」が推定され、「秘密として管理されていた」ことが立証されない限り公然実施だと判断される、ということのように思われる。

 本事例は、公然実施が認められるにはどのような証拠が必要か理解するうえで参考になる事例である・

 

2.原告が有する本件特許2(出願日平成3年3月26日)

「版を装着して使用するオフセット輪転機版胴において,

 前記版胴の表面層をクロムメッキ又は耐食鋼で形成し,

 該版胴の表面粗さRmaxを1.0μm≦Rmax≦100μmに調整した

ことを特徴とするオフセット輪転機版胴。」

 

3.納入先工場での実施(昭和63年8月)の「公然性」に関する被告及び原告の主張

(被告の主張)

「新聞印刷機業界の慣行として,新聞社や印刷会社との間でオフセット輪転機について秘密保持契約が締結されることはなく,新聞社や印刷会社は,オフセット輪転機が設置された工場を一般にも広く公開している。このことは,株式会社高速オフセット摂津工場が,原告による被告製品1の表面粗さの測定調査(乙20)を拒んでいないことからも明らかである。」

(原告の主張)

「被告は,ET-1型機に関する売買契約書等の取引書類を何ら提出しておらず,納入先である東日印刷が守秘義務を負わないことについて立証できていない。」

 

4.裁判所の判断のポイント

「本件発明2は特許出願前に日本国内において公然実施をされたものに当たるか。

ア 被告は,本件特許2の出願前である昭和63年8月に東日印刷の越中島工場に納入したVBW型オフセット輪転機の版胴は,表面をステンレス鋼で形成したものであり,表面粗さRmaxを1.5μmに調整したものであるから,本件発明2はその出願前に日本国内において公然と実施されたものに当たると主張する。

イ(ア) そこで検討すると,被告は,乙14号証の図面(以下「乙14図面」という。)が,上記のとおり東日印刷に昭和63年8月頃納入されたVBW型オフセット輪転機の外面視図であると主張する。

 「東日印刷50年史」(乙13)には,昭和63年7月8日に東日印刷社屋を越中島に移転し,輪転機フロアに被告製作のVBW型オフセット輪転機等を設置し,3列に並ぶ輪転機のうち,A列がまず完成した旨が記載されているところ,乙14図面の「東日印刷株式会社殿」,「A列O.S外面視」との記載はこれと整合するものということができる。

 また,その作成年月日が昭和62年8月と記載されていることも,これと矛盾するものではない。加えて,東日印刷従業員Pは,乙14図面は,上記社屋移転時にA列に納入されたオフセット輪転機等の外面視図に間違いない旨陳述しているのであるから(乙26),乙14図面に関する被告の上記主張は信用できるものということができ,乙14図面は,昭和63年8月頃東日印刷に納入されたVBW型オフセット輪転機(以下「本件輪転機」という。)の外面視図であると認められる。

(イ) これを前提に乙14図面を見ると,乙14図面右下には,「WO」欄に「P-02531L」(ただし,「L」はレールフレーム部を示す記号であり,輪転機を示す番号部分は「P-02531」であるとされる。),「社名」欄に「ET-1」,「年月日」欄に「昭和62年8月26日」と表示されているから,本件輪転機の発注番号が「P-02531」,東日印刷の略称が「ET-1」,図面作成年月日が昭和62年8月26日であると認めることができる。そして,乙15号証の図面(以下「乙15図面」という。)左下の表の「出図年月日」欄「62.8.24」と記載されている行から下2行までには,「WO」欄に「P-02531」,「社名」欄に「ET-1」と表示されているのであるから,乙15図面は,乙14図面記載の本件輪転機の版胴追加工図として,昭和62年8月に出図されたものであると認められる。

(ウ) そこで,乙15図面を更に見ると,乙15図面の左上には,版胴を示すとみられる図面が表示され,その上部中央付近に,「1.5-S」,「▽▽▽」の表示があることが認められる。

 昭和57年6月15日改正に係る「表面粗さの定義と表示」に関する「JIS B-0601-1982」(乙2。以下「乙2規格」という。なお,乙19によれば,昭和62年当時は,乙2規格が有効であったものと認められる。)によれば,Rmaxはμmで表されるものとされ(乙2規格3頁),最大高さの許せる最大値によって表面粗さを指示する場合には,数値の後に「S」を付けて表すものとされる(乙2規格5頁)。また,「▽▽▽」は,標準数列から選択された数値である最大高さRmax1.6S,3.2S及び6.3Sに対応するものであるとされる(乙2規格17頁の解説表1)。そうすると,乙15図面の前記表示は,Rmaxの「許せる最大値」が1.5μmであることを示すものと解することができるところ,乙2規格5頁の「備考1」によれば,ここでいう「許せる最大値」とは,指定された表面からランダムに抜き取った数か所のRmaxの算術平均値であるとされるのであるから,乙15図面は,Rmaxを1.5μmに調整することを記載したものと解するのが相当である。

(エ) したがって,本件輪転機の版胴は,その納入時において,乙15図面に従い,Rmaxを1.5μmに調整して加工されたことが推認される。

 また,被告による本件輪転機の測定結果(乙16の1・2,17の1・2)によれば,本件輪転機(A列14P。乙14図面の「14」と表示された部分に設置された版胴であると認められる。)の版胴2本の表面粗さRzは,版胴のかからない部分において,2ないし4μmであり,版胴のかかる部分においても,大半が1.0μmを超えるものであり,その平均値は平成23年1月31日測定結果においてLS版胴につき約2.03μm,RS版胴につき約2.09μm,同年2月24日測定結果においてLS版胴につき約2.24μm,RS版胴につき約2.18μmであることが認められる。

 なお,原告は,乙16の2の測定結果に,測定日付として「2000-4-25」と表示されていることから,乙16の1記載の測定結果は平成12年4月25日に測定されたものである旨主張する。しかし,被告は,上記日付表示は測定機器の日付設定の誤りによるものであると主張しているところ,上記主張が不合理とまではいえず,乙16の1の測定結果報告書に測定日として平成23年1月31日との記載があることにも鑑み,上記測定は同日に行われたものと認められる。

 また,乙16の1・2及び17の1・2は,Rzについて測定されたものであるが,乙2規格における「Rmax」は,規格の改正により,平成13年以降,「Rz」と表示するものと改められたことが認められ(乙19),乙16の1・2及び17の1・2におけるRzは,本件発明2におけるRmaxに相当するものであると認められる。

 さらに,ステンレス鋼により形成された版胴の表面(なお,この点については後述する。)は,20年程度の使用期間で腐食することはないとされており(乙26),かつ,版のかからない部分は,使用による摩耗等の影響も少ないものと解される。加えて,本件輪転機の版胴につき,納入後の入れ替えや表面加工,改造等は行われていないものと認められる(乙26)。

 以上の事情を考慮すれば,本件輪転機の版胴は,その納入時において,表面粗さが1.0μm≦Rmax≦100μmに調整されたものであったと認めるのが相当である。

(オ) また,乙21の1のプレートシリンダー組立図面(乙21の2はその右下欄を拡大表示したものである。)には,「WO」欄に「P-02531」,「社名」欄に「ET-1」との表示があるので,本件輪転機のプレートシリンダー(版胴)組立図面であると認められる。乙21の1には,版胴部分に向けて「L05-39004A-1」,「L05-39003A-1」との表示がされており,上記表示は詳細図面番号を表示したものと認められるところ,乙22の1及び23の1(乙22の2,23の2は,各図面の右下欄を拡大表示したものである。)には,「機種」欄に「L05-39003A-1」,「L05-39004A-1」との表示がされているのであるから,乙22の1及び23の1は,本件版胴の詳細図面であると認められる。

 乙22の1,23の1には,「胴表面にステンレス鋼溶着のこと。」との表示がされているのであるから,本件版胴の表面はステンレス鋼によって形成されているものと認めることができる。

(カ) 以上によれば,本件輪転機の版胴は,その納入時において,

i 版を装着して使用するオフセット輪転機版胴において,

j 前記版胴の表面層をステンレス鋼で形成し,

k 該版胴の表面粗さを1.0μm≦Rmax≦100μmに調整した

l ことを特徴とするオフセット輪転機版胴

であったものと認められ,本件発明2の構成要件を充足するものであったと認められる。

ウ 本件版胴は,前記イ(ア)のとおり,東日印刷の越中島工場に納入されたものであるところ,東日印刷において,本件輪転機版胴の形状が秘密として管理されていたことをうかがわせる事情は存在しない。また,版胴の表面層がステンレス鋼で形成されていることや,表面粗さRmaxの数値は,当業者が利用可能な分析技術を用いることにより,容易に判明するものであると認められる。したがって,本件発明2は,本件輪転機の納入により,その内容を不特定多数の者が知り得る状況となったものであり,本件特許2の出願前に公然実施されたものであると認められる。

エ 以上によれば,本件特許2は,平成11年法律第41号による改正前の特許法29条1項2号に違反して特許されたものであり,特許無効審判により無効にされるべきものと認められ,原告が,被告に対し,本件特許2に基づきその権利を行使することはできない(特許法104条の3)。」