2026年7月19日日曜日

1つの引用文献に記載された別の発明に基づく拒絶理由は「査定の理由と異なる拒絶の理由」に該当し、意見書提出機会を与えなかったことが手続違背と判断された事例

知財高裁令和8年7月8日判決言渡
令和7年(行ケ)第10081号 審決取消請求事件
 
1.概要
 本事例は、拒絶査定不服審判での拒絶審決の取り消しを求めた審決取消訴訟の知財高裁判決である。
 審査段階の拒絶理由通知および拒絶査定では、引用文献1に記載の「炭酸ナトリウム溶液又はアルカノールアミン溶液」を本願発明における「吸収剤」に該当すると認定したのに対し、
 拒絶審決では、引用文献1に記載の「ギ酸とギ酸ナトリウムを含む混合溶液」を本願発明における「吸収剤」に該当すると認定した。
 審判段階では意見書提出は与えられなかった。
 
 知財高裁は、引用文献1に記載の別の物質を「吸収剤」と認定することは、「査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合」(特許法159条2項)に該当するため、意見書提出の機会を与えなかった本件審判手続には、特許法159条2項、50条に違反する違法があり、この点は本件審決を取り消すべき事由に当たると認められると判断した。

 なお、引用文献1に記載の「ギ酸とギ酸ナトリウムを含む混合溶液」が、本願発明における「吸収剤」に該当するとという認定は、拒絶査定不服審判請求時の補正(限定的減縮を目的とする)の独立特許要件違反による補正却下の理由の前提となっているだけでなく、補正却下後の拒絶査定時の請求項の進歩性要件違反の拒絶理由の前提でもある。本事例の判断は補正却下の手続きが違法とされたわけではなく、拒絶査定と異なる理由で反論の機会を与えずに審決とした手続きが違法とされている。

2.裁判所の判断のポイント
「ア 上記で認定したとおり、本件拒絶査定と本件審決は、本願発明の「吸収剤」として異なる物質を認定したものであるところ、炭酸ナトリウム溶液又はアルカノールアミン溶液と「ギ酸とギ酸ナトリウムを含む混合溶液」とは、引用文献1において全く異なるプロセス及び目的で使用されており、同一のプロセスにおいて用いられる代替品や同等物といった関係にあるものではない。そうすると、「ギ酸とギ酸ナトリウムを含む混合溶液」を吸収剤と認定して本願を拒絶することは原告に対する不意打ちとなるから原告にその旨を通知して意見書の提出及び補正の機会を与えるのが相当であって、「査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合」(特許法159条2項)に該当するというべきである。そして、補正の機会を与えないという上記手続違背は、その性質上、本件審決の結論に影響を及ぼすもの と解される。
 したがって、本件審判手続には、特許法159条2項、50条に違反する違法があり、この点は本件審決を取り消すべき事由に当たると認められる。
イ これに対し、被告は、本件拒絶査定も本件審決も、引用文献1の実施例2に基づく同じ発明を引用発明として新規性が欠如すると判断したものである、本件拒絶理由通知書の記載及びそれによる引用文献1の摘示箇所を見れば、引用文献1に記載された「ギ酸とギ酸ナトリウムを含む混合溶液」が本願発明の「吸収剤」に相当し得ると理解できたはずであると主張する。
 しかし、上記について、実施例は同じであっても、「吸収剤」に相当するものとして、炭酸ナトリウム溶液又はアルカノールアミン溶液であるとした発明と、「ギ酸及びギ酸ナトリウムを含む混合溶液」であるとした発明とでは発明の構成が異なるから、同じ発明を引用発明として判断したということはできない。
 また、上記について、本件拒絶理由通知書の記載からすれば、原告としては、炭酸ナトリウム溶液又はアルカノールアミン溶液が本願発明の「吸収剤」に相当すると認定したものと理解するのが自然である。そして、二酸化炭素の回収について記載された文献(甲12、13)において、「ギ酸とギ酸ナトリウムを含む混合溶液」は二酸化炭素の吸収剤として記載されておらず、「ギ酸とギ酸ナトリウムを含む混合溶液」が二酸化炭素の吸収剤として一般的であるとの技術常識を認めるに足りる証拠も見当たらないことからすると、本件拒絶理由通知書に明示されていない「ギ酸とギ酸ナトリウムを含む混合溶液」が本願発明の「吸収剤」に相当すると認定されることを予期し得なかったとしても無理はない。そうすると、本件拒絶理由通知書の記載から、「ギ酸とギ酸ナトリウムを含む混合溶液」が本願発明の「吸収剤」に相当し得ると理解できたはずであるということはできない。」