2022年7月24日日曜日

被告医薬品の医薬品添付文書の「効能・効果」から用途発明特許の非充足を判断した事例

知財高裁令和4年7月13日判決
令和4年(ネ)第10016号特許権侵害差止請求控訴事件
(原審・東京地裁令和2年(ワ)第19918号〔第1事件〕,令和2年(ワ)第22291号〔第2事件〕)
 
1.概要
 本件は、名称を「イソブチルGABAまたはその誘導体を含有する鎮痛剤」とする発明に係る特許権に基づく侵害訴訟において、東京地裁が非侵害の判断を示し、特許権者である控訴人がその取り消しを求めた控訴審の知財高裁判決である。
 知財高裁は、被告医薬品は本件特許に係る本件訂正発明3、4の用途を特定する構成要件を満たしていないと判断し、控訴を棄却した。
 
2.本件訂正発明
本件訂正発明3
3A (S)3(アミノメチル)5−メチルヘキサン酸または3−アミノメチル−5−メチルヘキサン酸を含有する,
3B 炎症を原因とする痛み,又は手術を原因とする痛みの処置における
3C 鎮痛剤。
 
本件訂正発明4
4A I(省略)の化合物またはその医薬的に許容される塩,ジアステレオマー,もしくはエナンチオマーを含有する,
4B 炎症性疼痛による痛覚過敏の痛み,又は術後疼痛による痛覚過敏若しくは接触異痛の痛みの処置における
4C 鎮痛剤。
 
3.裁判所の判断のポイント
「ア 構成要件3B、4Bについて
 本件発明4は、「痛みが炎症性疼痛、神経障害による痛み、癌による痛み、術後疼痛、幻想肢痛、火傷痛、痛風の痛み、骨関節炎の痛み、三叉神経痛の痛み、急性ヘルペスおよびヘルペス後の痛み、カウザルギーの痛み、特発性の痛み、または線維筋痛症である・・・鎮痛剤。」とするのに対して、本件訂正発明4は、「・・・炎症性疼痛による痛覚過敏の痛み、又は術後疼痛による痛覚過敏若しくは接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤」として、「炎症性疼痛」又は「術後疼痛」を原因とするものに限定しているから、構成要件4Bの「炎症性疼痛による痛覚過敏の痛み、又は術後疼痛による痛覚過敏若しくは接触異痛の痛み」とは、少なくとも、神経障害と線維筋痛症とは異なる原因から生じる「痛覚過敏の痛み」又は「接触異痛の痛み」(ただし、術後疼痛に係るものに限る。)を対象とするものと解される。
 そうすると、神経障害又は線維筋痛症から生じる「痛覚過敏の痛み」や「接触異痛の痛み」は、本件訂正発明4の技術的範囲には含まれないものというべきである。
 次に、本件訂正発明3は、「・・・炎症を原因とする痛み、又は手術を原因とする痛みの処置における鎮痛剤。」とするところ、この「炎症を原因とする痛み、又は手術を原因とする痛み」が、「炎症性疼痛」又は「術後疼痛」を指すものかは、特許請求の範囲の記載からは必ずしも明らかではない。
 そこで、本件明細書の記載をみるところ、前記⑴イのとおり、本件明細書には、本件化合物に係る試験結果として、炎症性疼痛及び術後疼痛に関するものが開示されているのみであるから、「炎症を原因とする痛み」又は「手術を原因とする痛み」は、それぞれ、「炎症性疼痛」及び「術後疼痛」を単に言い換えたものにすぎないと理解するのが自然である。そうすると、前記で説示するとおり、神経障害又は線維筋痛症から生じる「痛み」は、本件訂正発明3の技術的範囲に含まれないものというべきである。
・・・(略)・・・・
イ 被告医薬品の充足性について
 引用に係る原判決第2の1イbによれば、被告医薬品は「効能・効果を神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛」とするものであるから、前記アで説示したところからすると、被告医薬品は、本件訂正発明3及び4の技術的範囲に属さないものと認められる。
ウ 控訴人の主張について
 控訴人は、主位的には、本件訂正発明3及び4の技術的範囲は、侵害受容性疼痛に分類されるべきものではなく、炎症(手術)を原因として神経細胞の感作によって生じた痛覚過敏又は接触異痛の痛みと認定されるべきところ、被告医薬品は、炎症(手術)による炎症から神経損傷等を生じて、これにより神経細胞の感作を生じて発症した神経障害性疼痛や線維筋痛症に伴う疼痛を用途として含むから、本件訂正発明3及び4の技術的範囲に含まれる旨主張し、予備的には、本件訂正発明3及び4の痛みが侵害受容性疼痛に該当する痛みに限定されるとしても、炎症や手術を原因として生じた侵害受容性疼痛と炎症や手術を原因とした神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛とを区別できないから、被告医薬品は本件訂正発明3及び4の技術的範囲に含まれる旨主張する。しかしながら、被告医薬品の添付文書(甲13)に記載された効能又は効果は、「神経障害性疼痛、線維筋痛症に伴う疼痛」であり、これら疼痛を侵害受容性疼痛に分類されるものに限定するか否かにかかわらず、その用途は、前記アにおいて説示したとおり、本件訂正発明3及び4の用途である「炎症性疼痛」又は「術後疼痛」とは異なるものである。また、仮に、患者の主観において、どの痛みがどの原因によって発症しているかを区別することができず、「炎症性疼痛」又は「術後疼痛」の痛みと神経障害性疼痛又は線維筋痛症に伴う疼痛が混在して発症し得るとしても、それぞれは別の原因から生じた痛みであって治療の対象も異にするのであるし、前示のとおり、被告医薬品の添付文書の「効能・効果」欄には「神経障害性疼痛、線維筋痛症に伴う疼痛」のみが記載され、「用法・用量」欄もこれを前提としており、炎症や手術を原因とする痛みに対して用いられることは記載されておらず(甲13)、被控訴人らにおいて、炎症や手術を原因とする痛みや「混合性疼痛」の治療に用いられることを意図して被告医薬品を製造販売しているものと認めるに足りる証拠もない。そして、被告医薬品が混合性疼痛の患者に対して処方される場合があったとしても、その場合に対象となっている痛みは、あくまでも神経障害性疼痛又は線維筋痛症に伴う疼痛に対するものであって、併存している「炎症性疼痛」又は「術後疼痛」に対するものとはいえない。したがって、被告医薬品が本件訂正発明3及び4の構成要件3B及び4Bを充足することにはならない。」