2022年10月23日日曜日

引用された特許文献の「発明の概要」の記載事項と「実施例」の記載事項とを組み合わせることの適法性が争われた事例

 
知財高裁令和4615日判決
令和3(行ケ)10096号 審決取消請求事件
 
1.概要
 本事例は、特許出願に対する進歩性欠如を理由する拒絶審決の取り消しを特許出願人である原告が求めた審決取消訴訟の知財高裁判決である。
 本件補正発明における
「前記白色光は、ピーク波長が518nm~550nmの間にあり、半値幅は90nm未満である前記緑色光成分と、ピーク波長が620nm以上である領域にあり、半値幅が42nm以上49nm以下である前記赤色光成分とを含む」
という構成が、引用文献である米国特許公開公報に記載されているか否かが争点の1つ。
 引用文献である米国特許公開公報では、「発明の概要」に相当する欄に「発光ピークのFWHM(半値全幅)は、約45nmまたはそれ以下」という構成が記載されており、「実施例」のデータとして、「白色光は、赤色光成分のピーク波長が630nm、緑色光成分のピーク波長が540nmであり、白色光の色座標(x,y)において、赤色頂点は(0.671,0.307)であり、緑色頂点は(0.239,0.691)である」という構成が記載されている。実施例では、発光ピークのFWHM(半値全幅)のデータの記載はない。
 審決では、引用文献のこれらの記載から、本件補正発明における上記の構成が引用文献に記載されていると認定した。
 原告は、「引用文献の各所に記載された別々の構成要素を都合よく組み合わせたものにすぎないから、このような引用発明の認定方法は、恣意的であり、引用文献の内容から引用発明を正しく認定するものではない。」と主張した。
 知財高裁は、「引用文献の前後の文脈に照らすと、これらの開示は、引用文献が開示する発明一般に当てはまるものと解される」「引用文献中の実施例よりも前の部分(発明の概要)に置かれた上記各段落の記載に基づくものであるとしても、一まとまりの技術的思想に基づく単一の発明中に両者の構成を併存させることは十分に可能であるから、前者の構成を含むものとして引用発明を認定した本件審決に誤りはない。」とし、審決に違法性はないと判断し、原告の請求を棄却した。
 
2.本件補正後の請求項1に係る発明(本件補正発明)
「青色光を放出する発光素子と、
 前記青色光を緑色光及び赤色光に変換する量子ドット材料、樹脂および散乱剤を
含み、前記発光素子が放出する前記青色光を白色光に変換して放出する光変換層と、
 を含み、
 前記散乱剤は、前記光変換層の全体重量に対して10重量%以下で含まれており、
 下記(1)および(2)の少なくとも一方を満たす光源: 
(1)前記白色光は、ピーク波長が518nm~550nmの間にあり、半値幅は90nm未満である前記緑色光成分と、ピーク波長が620nm以上である領域にあり、半値幅が42nm以上49nm以下である前記赤色光成分とを含む;
(2)前記白色光の色座標において、赤色頂点は0.65<Cx<0.69かつ0.29<Cy<0.33の領域に位置し、緑色頂点は0.17<Cx<0.31かつ0.61<Cy<0.70の領域に位置する。」
 
3.引用文献(米国特許公開公報)の開示事項
「[0013]本発明は、青色LED光源と、当該LED光源からの入射光を白色光に変換する光変換層とを備える白色発光ダイオードを提供する。緑色発光半導体ナノ結晶のピーク波長は、約520nmまたはそれ以上であり、赤色半導体ナノ結晶のピーク波長は、約610nmまたはそれ以上であり、当該緑色発光半導体ナノ結晶および当該赤色発光半導体ナノ結晶それぞれの発光ピークのFWHM(半値全幅)は、約45nmまたはそれ以下であり、」
 一方、引用文献の実施例には、「白色光は、赤色光成分のピーク波長が630nm、緑色光成分のピーク波長が540nmであり、白色光の色座標(x,y)において、赤色頂点は(0.671,0.307)であり、緑色頂点は(0.239,0.691)である」という構成が記載されていると認定された。
 ただし、実施例では、上記の白色光の赤色光成分及び緑色光成分の発光ピークのFWHM(半値全幅)のデータは記載されていない。
 
4.裁判所の判断のポイント
(2)本件審決が認定した引用発明中の「緑色発光半導体ナノ結晶と赤色発光半導体ナノ結晶の発光ピークのFWHM(半値全幅)は約45nm以下であり」との構成について
 引用文献の段落[0012]、[0013]及び[0015]には、緑色発光半導体ナノ結晶及び赤色発光半導体ナノ結晶のそれぞれの発光ピークのFWHM(半値全幅)が約45nm以下であること又は45nm以下であってもよいことが開示されているところ、引用文献の前後の文脈に照らすと、これらの開示は、引用文献が開示する発明一般に当てはまるものと解される。また、引用文献を精査しても、引用発明において「緑色発光半導体ナノ結晶と赤色発光半導体ナノ結晶の発光ピークのFWHM(半値全幅)は約45nm以下であり」との構成を採用すると、本件審決が認定した「白色光は、赤色光成分のピーク波長が630nm、緑色光成分のピーク波長が540nmであり、白色光の色座標(x,y)において、赤色頂点は(0.671,0.307)であり、緑色頂点は(0.239,0.691)である」との構成が採用できなくなるとの記載又は示唆はみられない。
 そうすると、本件審決が認定した引用発明中の後者の構成(「白色光は、赤色光成分のピーク波長が630nm、緑色光成分のピーク波長が540nmであり、白色光の色座標(x,y)において、赤色頂点は(0.671,0.307)であり、緑色頂点は(0.239,0.691)である」)が、引用文献中の実施例に記載された本件第3LEDに基づくものであり(当事者間に争いがない。)、他方、前者の構成(「緑色発光半導体ナノ結晶と赤色発光半導体ナノ結晶の発光ピークのFWHM(半値全幅)は約45nm以下であり」)が、引用文献中の実施例よりも前の部分(発明の概要)に置かれた上記各段落の記載に基づくものであるとしても、一まとまりの技術的思想に基づく単一の発明中に両者の構成を併存させることは十分に可能であるから、前者の構成を含むものとして引用発明を認定した本件審決に誤りはない。」