2024年2月2日金曜日

補正新規事項が争点となり寛容な判断が示された事例

 

知財高裁令和6年1月22日判決言渡

令和5年(行ケ)第10024号 審決取消請求事件

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/665/092665_hanrei.pdf

 

1.概要

 本事例は拒絶査定不服審判審決に対する審決取消訴訟の知財高裁判決である。出願人が明確性要件違反を解消する目的で行った補正を新規事項追加と判断した審決に対し、知財高裁は、補正は新規事項追加には該当しないと判断し、審決を取り消した。

 「水蒸気透過率」は、時間あたりの面積あたりの水蒸気量により規定されるべきものであるが、請求項17では、「10グラム/100in未満」(inは平方インチ)、「1グラム/100in未満」と記載されており、単位時間の記載がなかった。

 拒絶理由通知(特許法36条6項2号明確性要件違反)は、「水蒸気透過率」を「10グラム/100in未満」あるいは「1グラム/100in未満」によって表すことの技術的意味を理解することがでず、よって、請求項17に係る発明は明確でない、と指摘した。

 出願人は、審査段階この拒絶理由(明確性要件違反)を解消するために、請求項17に下線部(24時間当たりであることを示す)を追加する補正を行った。

「前記封止要素が、金属箔、金属基材、酸化アルミニウム被覆ポリマー、パリレン、蒸気メタライゼーションにより適用された金属で被覆されたポリマー、二酸化ケイ素被覆ポリマー、または10グラム/100in/24h未満または1グラム/100in未満/24hの水蒸気透過率を有する任意の材料のうちの少なくとも1つを含む、請求項1に記載のアプリケータ。」

 しかし、明細書中には水蒸気透過率の単位として「グラム/100in未満」のみが記載されており、24時間又は1日あたりの単位であることを示す記載はない。

 審決では、上記補正は新規事項の追加に該当し、特許法17条の2第3項に規定する要件を満たさないから、却下すべきものである、と判断した。

 知財高裁は、24時間あたりであることの記載はないことを認めつつも、意外なことに、水蒸気透過率は1時間あたり又は24時間(1日)あたりのどちらかの単位で表現することが通常であること、24時間(1日)あたりとする本補正は、1時間あたりと解釈するよりも狭い範囲に限定する補正であることを考慮して、新規事項追加には該当しないと結論づけた。このような寛容な判断がされた一因としては、この補正が、明確性違反の解消を目的としており、権利範囲を実質的に変更する補正ではなかったことが考えられる。

「本願補正発明2は、本願発明2(注:上記請求項17に係る発明を指す)の特許請求の範囲の記載と同じか又はそれよりも狭い範囲で水蒸気透過率を定めたものであり、また、この限定により何らかの技術的意義があることはうかがえないことからすると、本件補正により、本願発明2に関し、新たな技術的事項が付加されたということはできない。」

 

2.裁判所の判断のポイント

「・・・当業者が、本願発明2(注:上記請求項17に係る発明を指す)に係る特許請求の範囲及び本願明細書の「10グラム/100in未満または好ましくは1グラム/100in未満」との記載をもって、「10グラム/100in/24h未満または好ましくは1グラム/100in/24h未満」を意味するものと当然に理解するとは認められない・・・。

ウ もっとも、前掲各証拠上、水蒸気透過率について1時間単位又は24時間(1日)単位で表すことが通常であると認められ、これを前提とすると、本願発明2の「10グラム/100in未満または好ましくは1グラム/100in未満」との記載は、「10グラム/100in/h未満または好ましくは1グラム/100in/h未満」又は「10グラム/100in/24h未満または好ましくは1グラム/100in/24h未満」のいずれかを意味することが当業者にとって自明であるということはできる。そして、「10グラム/100in/h未満または好ましくは1グラム/100in/h未満」を24時間単位に換算すると「240グラム/100in/24h未満または好ましくは24グラム/100in/24h未満」となる。

 そうすると、本願補正発明2は、本願発明2の特許請求の範囲の記載と同じか又はそれよりも狭い範囲で水蒸気透過率を定めたものであり、また、この限定により何らかの技術的意義があることはうかがえないことからすると、本件補正により、本願発明2に関し、新たな技術的事項が付加されたということはできない。

 したがって、本件補正は、本願発明2に関し、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではない。

(5) 以上のとおり、本願発明2に係る本件補正について、新たな技術的事項を導入するものであって特許法17条の2第3項の要件を満たさないと判断した本件審決には誤りがある。」