2021年11月13日土曜日

マーカッシュ形式で規定された特徴を特定の組み合わせに限定する補正が新規事項追加に該当すると判断された事例

 知財高裁令和3年11月11日判決

令和3年(ネ)第10043号 特許権侵害差止等請求控訴事件

(原審・東京地方裁判所令和元年(ワ)第30991号)

 

1.概要

 本事例は、特許権侵害訴訟事件において、審査段階でされた手続補正が新規事項追加であり特許権が無効理由を有すると判断した東京地裁判決を支持した知財高裁判決である。

 多数の候補物質のなかから1以上を選択する選択肢で規定するいわゆる「マーカッシュクレーム」において、候補物質のうち2つを抽出して限定した補正が、新規事項追加に該当するかどうかが争点。東京地裁及び知財高裁は新規事項追加と判断した。

 

2.本件補正(審査段階での拒絶理由通知書応答時に提出した補正)

出願当初の請求項1及び2

【請求項1】

 HFO-1234yfと,

 HFO-1234ze,HFO-1243zf,HCFC-243db,HCFC-244db,HFC-245cb,HFC-245fa,HCFO-1233xf,HCFO-1233zd,HCFC-253fb,HCFC-234ab,HCFC-243fa,エチレン,HFC-23,CFC-13,HFC-143a,HFC-152a,HFC-236fa,HCO-1130,HCO-1130a,HFO-1336,HCFC-133a,HCFC-254fb,HCFC-1131,HFO-1141,HCFO-1242zf,HCFO-1223xd,HCFC-233ab,HCFC-226baおよびHFC-227caからなる群から選択される少なくとも1つの追加の化合物と

 を含む組成物。

【請求項2】

 約1重量パーセント未満の前記少なくとも1つの追加の化合物を含有する請求項1に記載の組成物。

 

手続補正書による補正後の請求項1

【請求項1】

 HFO-1234yfと、

 ゼロ重量パーセントを超え1重量パーセント未満の、HFO-1243zfおよびHF

C-245cbと、

を含む、熱伝達組成物、冷媒、エアロゾル噴霧剤、または発泡剤に用いられる組成物。

 

3.裁判所の判断のポイント

 知財高裁は、東京地裁による原判決(令和元年(ワ)第30991号)を支持した。知財高裁による補正後の原判決では以下の判示がされている。

「前記(2)に説示したとおり,前記第2の1(4)アの出願当初の請求項1及び2の記載からすれば,本件特許に係る特許出願当初の請求項1及び2の記載は,HFO-1234yfに対する「追加の化合物」を多数列挙し,あるいは当該「追加の化合物」に「約1重量パーセント未満」という限定を付すにとどまり,上記のとおり多数列挙された化合物の中から,特定の化合物の組合せ(HFO-1234yfに,HFO-1243zfとHFC-245cbとを組み合わせること)を具体的に記載するものではなかったというべきである。

 しかして,上記(3)の当初明細書の各記載について見ても,特許出願の当初の請求項1と同一の内容が記載され(【0004】),新たな低地球温暖化係数(GWP)の化合物であるHFO-1234yf等を調製する際に,HFO-1234yf又はその原料(HCFC-243db,HCFO-1233xf,及びHCFC-244bb)に含まれる不純物や副生成物が特定の「追加の化合物」として少量存在することが記載されており(【0003】,【0016】,【0019】,【0022】),具体的には,HFO-1234yfを作製するプロセスにおいて,有用な組成物(原料)がHCFC-243db,HCFO-1233xfおよび/またはHCFC-244bbであることが記載され(【0005】),HCFC-243db,HCFO-1233xf及びHCFC-244bbに追加的に含まれ得る化合物が多数列挙されてはいる(【0006】ないし【0008】)ものの,そのような記載にとどまっているものである。

 そして他方,当初明細書においては,そもそもHFO-1234yfに対する「追加の化合物」として,多数列挙された化合物の中から特に,HFO-1243zfとHFC-245cbという特定の組合せを選択することは何ら記載されていない。この点,当初明細書においては,HFO-1234yf,HFO-1243zf,HFC-245cbは,それぞれ個別に記載されてはいるが,特定の3種類の化合物の組合せとして記載されているものではなく,当該特定の3種類の化合物の組合せが必然である根拠が記載されているものでもない。また,表6(実施例16)については,8種類の化合物及び「未知」の成分が記載されているが,そのうちの「245cb」と「1234yf」に着目する理由は,当初明細書には記載されていない。さらに,当初明細書には,特許出願当初の請求項1に列記されているように,表6に記載されていない化合物が多数記載されている。それにもかかわらず,その中から特にHFO-1243zfだけを選び出し,HFC-245cb及びHFO-1234yfと組み合わせて,3種類の化合物を組み合わせた構成とすることについては,当業者においてそのような構成を導き出すことが自明といえる記載が必要と考えられるところ,そのような記載は存するとは認められない(なお,本件特許につき,優先権主張がされた日から特許出願時までの間に,上記各説示と異なる趣旨の開示がされていたことを認めるに足りる証拠はない。)。

 これらに照らせば,当業者によって,当初明細書,特許請求の範囲又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項としては,低地球温暖化係数(GWP)の化合物であるHFO-1234yfを調製する際に,HFO-1234yf又はその原料(HCFC-243db,HCFO-1233xf,及びHCFC-244bb)に含まれる不純物や副反応物が追加の化合物として少量存在し得るという点にとどまるものというほかない。そして,当初明細書等の記載から導かれる技術的事項が,このような性質のものにすぎない場合において,多数の化合物が列記されている中から,HFO-1234yfに加え,HFO-1243zfとHFC-245cbと合わせてゼロ重量パーセントを超え1重量パーセント未満含むとの構成に補正(本件補正)することは,前記のとおり,そのような特定の組合せを導き出す技術的意義を理解するに足りる記載が当初明細書等に一切見当たらないことに鑑み,当初明細書等とは異質の新たな技術的事項を導入するものと評価せざるを得ない。したがって,本件補正は,当初明細書等の記載から導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入したものであるというほかない。

 以上によれば,本件補正は「願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内」においてしたものということはできず,特許法17条の2第3項の補正要件に違反してされたものというほかなく,本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものと認められ(特許法123条1項1号),同法104条の3第1項により,特許権者たる原告は,被告に対しその権利を行使することができないこととなる。」