2021年9月5日日曜日

顕著な効果を裏付ける実験成績証明書が採用できないと判断された事例

 知財高裁令和3年8月31日判決

令和2年(行ケ)第10132号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例は、被告が有する特許権に対する無効審判審決(進歩性肯定、特許有効の判断)の取り消しを原告が審決取消訴訟の知財高裁判決である。知財高裁は、本件発明は進歩性要件を満たさないと判断し、審決を取り消した。

 特許権者(被告)は無効審判において、本件発明の顕著な効果を裏付ける資料として、実験成績証明書を提出した。

 審決では、実験成績証明書に記載の効果を考慮して、本件発明の顕著な効果を認め進歩性を肯定した。

 一方、知財高裁は、「本件明細書の記載から,高リスク患者に対するPTHの骨折抑制効果が,低リスク患者に対するPTHの骨折抑制効果よりも高いということを理解することができず,また,これを推認することもできない以上,効果①は対外的に開示されていないものであるから,上記各実験成績証明書を採用して,効果①を認めることは相当でない。」と判示し、実験成績証明書を採用できないと判断した。

 

2.本件発明

 本件訂正後の本件特許の請求項1の発明(本件発明)に係る特許請求の範囲の記載

「1回当たり200単位のPTH(1-34)酢酸塩が週1回投与されることを特徴とする,PTH(1-34)酢酸塩を有効成分として含有する,骨粗鬆症治療剤ないし予防剤であって,下記(1)~(4)の全ての条件を満たす骨粗鬆症患者を対象とする,骨折抑制のための骨粗鬆症治療剤ないし予防剤;

(1)年齢が65歳以上である

(2)既存の骨折がある

(3)骨密度が若年成人平均値の80%未満である,および/または,骨萎縮度が萎縮度I度以上である

(4)クレアチニンクリアランスが30以上50未満ml/minである腎機能障害を有する。」

 

3.無効審判審決における進歩性肯定の判断(追加実験結果を参酌した)

「ア 甲7発明の認定

 ヒトPTH(1-34)酢酸塩の200単位を毎週皮下注射する,ヒトPTH(1-34)酢酸塩を有効成分として含有する骨粗鬆症治療剤であって,厚生省による委員会が提唱した診断基準で骨粗鬆症と定義された,年齢範囲が45歳から95歳の被験者のうち,複数の因子をスコア化することによって評価して骨粗鬆症を定義し,スコアの合計が4以上の場合の患者であって,2mg/dlより高い血清クレアチニン又は30mg/dlより高いBUNによって示される腎機能が低下している患者は除外された患者に投与される,骨粗鬆症治療剤。

イ 本件発明と甲7発明との一致点

 1回当たり200単位のPTH(1-34)酢酸塩が週1回投与されることを特徴とする,PTH(1-34)酢酸塩を有効成分として含有する,骨粗鬆症治療ないし予防剤であって,特定の骨粗鬆症患者に投与されることを特徴とする,骨粗鬆症治療剤ないし予防剤。

ウ 本件発明と甲7発明との相違点

(ア相違点1

 特定の骨粗鬆症患者が,

 本件発明では

「下記(1)~(4)の全ての条件を満たす骨粗鬆症患者

(1)年齢が65歳以上である

(2)既存の骨折がある

(3)骨密度が若年成人平均値の80%未満である,および/または,骨萎縮度が萎縮度I度以上である

(4)クレアチニンクリアランスが30以上50未満ml/minである腎機能障害を有する」であるのに対し,

 甲7発明では,

 「厚生省による委員会が提唱した診断基準で骨粗鬆症と定義された,年齢範囲が45歳から95歳の被験者のうち,複数の因子をスコア化することによって評価して骨粗鬆症を定義し,スコアの合計が4以上の場合の患者であって,2mg/dlより高い血清クレアチニン又は30mg/dlより高いBUNによって示される腎機能が低下している患者は除外された患者」

である点

(相違点2

 骨粗鬆症治療剤ないし予防剤が,本件発明では,「骨折抑制のための」ものであることが特定されているのに対し,甲7発明では,そのような特定がない点

エ 相違点1の容易想到性

 以下に示すいずれの文献にも,本件発明の「(1)年齢が65歳以上である」,「(2)既存の骨折がある」,「(3)骨密度が若年成人平均値の80%未満である,および/または,骨萎縮度が萎縮度I度以上である」,「(4)クレアチニンクリアランスが30以上50未満ml/minである腎機能障害を有する」との全ての条件(以下「本件4条件」といい,このうち,同(1)ないし(3)の条件を「本件3条件」といい,各条件を番号に従い「本件条件(1)」のようにいい,本件条件(4)の腎機能障害を「中等度腎機能障害」という。)を満たす骨粗鬆症患者に対して投与をすることは記載も示唆もされておらず,また,本件4条件の全てを満たす患者において,顕著な骨折抑制効果が奏されることを当業者が予測し得たとは認められない。

 よって,相違点1に係る,本件4条件の全てを満たす患者に甲7発明の骨粗鬆症治療剤を投与することを,本件基準日において当業者が容易に想到し得たと認めることはできないから,相違点2の容易想到性について検討するまでもなく,本件発明に進歩性が認められる。

()甲7発明では,「2mg/dlより高い血清クレアチニン又は30mg/dlより高いBUNによって示される腎機能が低下している患者」との中等度・高度上昇と評価される者がその投与対象から除外されているが,甲7文献には,甲7発明の骨粗鬆症治療剤を,本件4条件を全て満たす患者を選んで投与することや,同条件を全て満たす骨粗鬆症患者において,顕著な骨折抑制効果が期待されることの記載や示唆が認められない。

()甲第115号証「PTH(1-34)毎週皮下投与製剤」(Clinical Calcium,Vol.17,No.1 p.56-62,2007)にも,甲7発明の骨粗鬆症治療剤を,本件4条件の全てを満たす患者を選んで投与することや,同条件を全て満たす骨粗鬆症患者において,顕著な骨折抑制効果が期待されることをうかがわせる記載や示唆は認められない。

 (甲第10号証「骨粗鬆症と軽度または中等度の腎機能障害を併発する閉経後女性におけるテリパラチド」(Osteoporosis International,Vol.18,p.59-68,2007)(以下「甲10文献」という。訳は乙3。)は,PTH20μg又は40μgを「軽度又は中等度」の腎機能障害者群について連日投与した試験の結果を示すものであって,この甲10文献から,本件条件(4)を満たす中等度腎機能障害を有する患者群へのPTH200単位週1回投与において,本件3条件の全てを満たす患者が,本件条件(2)又は本件条件(3)を満たさない患者よりも顕著に優れた骨折抑制効果を奏したことを示す別紙5の実験成績証明書E(甲111。以下「甲111証明書」という。)の効果を予測することはできない。

(PTHの体内での分解・排泄が早く,軽度ないし中等度腎機能障害者に投与しても安全性の高い薬物であることを示す文献があるが(甲14,15の1,16,17の1,18,44,47),他方,これら文献には,甲7発明の骨粗鬆症治療剤を,本件4条件を全て満たすものを選んで投与することは記載されておらず,また,顕著な骨折抑制効果が期待されることを当業者は予測し得なかった。

 

4.進歩性に関する知財高裁の判断のポイント(追加実験結果の参酌を否定した)

「オ 効果について

 発明の効果が予測できない顕著なものであるかについては,当該発明の特許要件判断の基準日当時,当該発明の構成が奏するものとして当業者が予測することのできなかったものか否か,当該構成から当業者が予測することのできた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から検討する必要がある(最高裁判所平成30年(行ヒ)第69号令和元年8月27日第三小法廷判決・集民262号51頁参照)。もっとも,当該発明の構成のみから予測できない顕著な効果が認められるか否かを判断することは困難であるから,当該発明の構成に近い構成を有するものとして選択された引用発明の奏する効果や技術水準において達成されていた同種の効果を参酌することは許されると解される。

 前示のとおり,本件発明の構成は容易想到であるが,これに対し,被告は,前記第3の3⑵イのとおり,本件発明は,本件3条件を全て満たす患者に対する顕著な骨折抑制効果(以下「効果①」という。),②本件条件(4)を満たす患者に対する副作用発現率と血清カルシウムに関する安全性が腎機能が正常である患者に対する安全性と同等であるという効果(以下「効果②」という。)及び③BMD増加率が低くてもより低い骨折相対リスクが得られるとの効果(以下「効果③」という。)を奏し,これらの効果は,当業者が予測をすることができなかった顕著な効果を奏するものである旨主張する。

 以下,これらの効果について検討する。

(効果について 

a 前記イ()のとおり,骨粗鬆症は,骨強度の低下を特徴とし,骨折の危険性が増大した骨疾患であり,骨粗鬆症の治療の目的は骨折を予防することであり,「骨強度」は骨密度と骨質の2つの要因からなり,骨密度は骨強度のほぼ70%を説明するとの技術常識があったから,当業者は,骨密度の増加は,骨折の予防に寄与すると理解するところ,甲7文献には,「ここに挙げた薬剤を投与することによって骨密度(BMD)が増加するため,骨折予防は飛躍的に進歩した」(296頁右欄10行ないし297頁左欄25行目)と骨密度の増加が骨折予防に寄与することが記載され,その上で,48週で骨密度を8.1%増大させたことが開示されている(300頁左欄11行ないし右欄6行目)。そうすると,甲7発明の骨粗鬆症治療剤が骨折を抑制する効果を奏していることは,当業者において容易に理解できる。

b 効果の骨折抑制効果とは,単なる骨折発生率の低減ではなく,プラセボの骨折発生率と対比した場合の骨折発生率の低下割合を指すものであるが,本件明細書の記載からでは,本件3条件を全て満たす患者と定義付けられる高リスク患者に対する骨折抑制効果が,本件3条件の全部又は一部を欠く者と定義付けられる低リスク患者に対する骨折抑制効果よりも高いということを理解することはできない。

 すなわち,効果を確認するためには,高リスク患者に対する骨折抑制効果と低リスク患者に対する骨折抑制効果とを対比する必要があるが,前記1のとおり,本件明細書には,実施例1において,高リスク患者では,100単位週1回投与群における新規椎体骨折及び椎体以外の部位の骨折発生率は,いずれも実質的なプラセボである5単位週1回投与群における発生率に対して有意差が認められるが,低リスク患者では,100単位週1回投与群における新規椎体骨折及び椎体以外の部位の骨折の発生率は,いずれも,5単位週1回投与群における発生率に対して有意差が認められなかったと記載されているにとどまる(【0086】ないし【0096】,【表6】ないし【表11】)。

 ここで,低リスク患者の新規椎体骨折についていえば,100単位週1回投与群11人と5単位週1回投与群10人(令和3年2月15日付け被告第1準備書面32頁における再解析の数値による。)について,それぞれ,ただ1人の骨折例数があったというものであり,また,椎体以外の部位の骨折は,上記5単位週1回投与群について,ただ1人の骨折例数があったというものであって,有意差がなかったことが,症例数が不足していることによることを否定できない。このように,低リスク患者において,100単位週1回投与群の新規椎体骨折及び椎体以外の部位の骨折の発生率が5単位週1回投与群のそれらの発生率に対して有意差がなかったとの結論が,上記のような少ない症例数を基に導かれたことからすると,高リスク患者における骨折発生の抑制の程度を低リスク患者における骨折発生の抑制の程度と比較して,前者が後者よりも優れていると結論付けることはできない。

 したがって,実施例1をみても,高リスク患者に対するPTHの骨折抑制効果が,低リスク患者に対するPTHの骨折抑制効果よりも高いということを理解することはできず,さらに,本件明細書のその他の部分をみても,高リスク患者に対するPTHの骨折抑制効果が,低リスク患者に対するPTHの骨折抑制効果よりも高いということを理解することはできず,ましてや,200単位週1回投与群に関し,高リスク患者における骨折発生抑制が,低リスク患者における骨折発生抑制よりも優れていると結論付けることはできない。以上によれば,効果は,本件明細書の記載に基づかないものというべきである。 

c 被告は,効果を明らかにするものとして,乙25証明書及び甲111証明書を提出する。

 しかしながら,本件明細書の記載から,高リスク患者に対するPTHの骨折抑制効果が,低リスク患者に対するPTHの骨折抑制効果よりも高いということを理解することができず,また,これを推認することもできない以上,効果は対外的に開示されていないものであるから,上記各実験成績証明書を採用して,効果を認めることは相当でない。

 仮に,上記各実験成績証明書を参酌するにしても,本件3条件の全てを満たす患者(高リスク患者)のグループと,本件3条件の全部又は一部を満たさない患者(低リスク患者)のグループのうちごく一部のグループとを比較しているものにすぎないから,本件3条件の効果が明らかになっているとはいえない。また,実験成績証明書(乙25)には,本件条件(1)を満たし,本件条件(2)又は本件条件(3)のいずれかを満たさない患者とされる「非3条件充足患者」につき,「非3条件充足患者においてもPTH投与群ではコントロール群よりも骨折の発生が抑制されたが,3条件充足患者においては,PTH投与群ではコントロール群よりも骨折の発生が『有意に』抑制された。」旨が,甲111証明には,本件条件(1)及び本件条件(4)を満たし,本件条件(2)又は本件条件(3)のいずれかを満たさない患者とされる「非4条件充足患者」につき,「非4条件充足患者においてもPTH投与群では,コントロール群よりも骨折の発生は抑制されたが,4条件充足患者においてはPTH投与群ではコントロール群よりも骨折の発生が『有意に』抑制された。」旨が記載されているだけである。

 すなわち,本件3条件を満たさない患者については,PTH投与群においてコントロール群よりも骨折発生が抑制されたものの有意差がなかったことが理解できるのみであり,それら有意差がなかったとの結論も症例数が少ないことによるものと推認されることからすると,本件3条件の全てを満たす患者の骨折発生の抑制の程度が本件3条件を満たさない患者に対する骨折発生の抑制の程度より優れていると結論付けることはできない。そうすると,上記各実験成績証明書をみても,本件3条件を全て満たす患者に対するPTHの骨折抑制効果が,本件3条件を満たさない患者に対するPTHの骨折抑制効果よりも高いということを理解することはできない。

d 以上によれば,いずれにしても効果を認めることはできないから,その他の点について判断するまでもなく,効果を予測することのできない顕著な効果という余地はない。