2022年6月26日日曜日

引用発明を改変することの阻害要因、引用発明において別の手段により課題が解決されていること等を考慮して進歩性が肯定された事例

知財高裁令和4531日判決

令和3(行ケ)10082号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例は、請求項に係る発明の進歩性を否定する拒絶審決に対する審決取消訴訟において、拒絶審決の違法性を認め審決を取り消した知財高裁判決である。

 審決取消訴訟では、本願請求項1に係る発明の、引用発明に対する相違点3等が、引用発明を改変することで容易に想到可能であると認定した。

 知財高裁は、引用発明と本願発明とは共通の課題を有するが、引用発明では当該課題は別の手段により解決されていること、引用発明において相違点3の構成を適用した場合には引用発明の効果が損なわれること等の理由から「阻害要因」を認め、審決を取り消した。

 

2.特許請求の範囲の記載

 本件補正後の請求項1に係る特許請求の範囲の記載は、次のとおりである(甲12)。 

「導体と前記導体を覆うように形成された絶縁層とを含むシールドされていないコア材が複数本撚り合されて形成されたコア電線であって、電動パーキングブレーキ用の2本の第1のコア材と、アンチロックブレーキシステム用の2本の第2のコア材と、によって形成されたコア電線と、前記コア電線のみを巻くテープ部材と、

 前記テープ部材上に形成された被覆層と、を備え、 

 2本の前記第1のコア材の各々の導体の断面積は、1.5~3.0mmの範囲に含まれ、

 2本の前記第2のコア材の各々の導体の断面積は、0.18~0.40mmの範囲に含まれ、

 2本の前記第2のコア材は互いに撚り合されてサブユニットが形成され、前記サブユニットと撚られていない2本の前記第1のコア材とが撚り合されて前記コア電線が形成され、

 2本の前記第1のコア材と前記サブユニットとがそれぞれ接しているとともに、2本の前記第1のコア材及び前記サブユニットは前記テープ部材と接している、

 電気絶縁ケーブル。」

 

3.本件審決が認定した本願発明と引用発明との一致点及び相違点

ア 一致点

「導体と前記導体を覆うように形成された絶縁層とを含むシールドされていないコア材が複数本撚り合されて形成されたコア電線であって、少なくとも、2本の第1のコア材と、2本の第2のコア材と、によって形成されたコア電線と、被覆層と、

を備え、

 2本の前記第1のコア材の各々の導体の断面積は、1.5~3.0mmの範囲に含まれ、 

 2本の前記第2のコア材は互いに撚り合されてサブユニットが形成され、前記サブユニットと撚られていない2本の前記第1のコア材とが撚り合されて前記コア電線が形成されている、

電気絶縁ケーブル。」

 

イ 相違点

相違点1

「第1のコア材について、本願発明では『電動パーキングブレーキ用』であるのに対し、引用発明ではそのような特定がなされていない点。」

相違点2

「第2のコア材について、本願発明では『アンチロックブレーキシステム用』であるのに対し、引用発明ではそのような特定がなされていない点。」

相違点3

「本願発明は『前記コア電線のみを巻くテープ部材』を有するのに対し、引用発明ではそのような特定がなされていない点。」

相違点4

「被覆層について、本願発明では『前記テープ部材上に形成された』ものであるのに対し、引用発明にはそのような特定がなされていない点。」

相違点5

「2本の前記第2のコア材について、本願発明では『各々の導体の断面積は、0.18~0.40mmの範囲に含まれ』ているのに対し、引用発明では、『第2のコア材』に相当する『信号用線心』の導電体径の直径が0.9mm前後であり、断面積は0.6mm程度である点。」

相違点6

「本願発明では『2本の前記第1のコア材と前記サブユニットとがそれぞれ接しているとともに、2本の前記第1のコア材及び前記サブユニットは前記テープ部材と接している』のに対し、引用発明は、『両線心10、20は、信号用線心20の2束の撚線が互いに接すると共に、2本の電源用線心10がそれぞれ信号用線心20による2束の撚線に接するように配置された状態で一体に撚り合わされ』ているものの、そのような特定はなされていない点。」

 

4.裁判所の判断のポイント

「相違点3、4及び6について

ア 相違点3に係る容易想到性

(ア)前記4のとおり、本件原出願日の時点における工業用の電気絶縁ケーブルの技術分野においては、撚り合わせたコア電線を押さえたり、耐熱性を持たせたりすることなどを目的として、コア電線にテープ部材を巻くことは周知技術であり、その結果としてコア電線とシースとの間にテープ部材が配置されることも周知技術であったと認められる。

 そして、上記2で検討したとおり、引用発明は、工業用の電気絶縁ケーブルに関する発明であり、上記周知技術と技術分野を共通にすることからすれば、甲1公報に接した当業者は、複数の線心をシースで覆う構造である引用発明に対して上記の周知技術を適用し、撚り合わせた複数の線心をテープ部材で巻き、その結果、コア電線とシースとの間にテープ部材が配置される構成とすることを動機付けられるものといえる。

(イ)しかしながら、前記1(3)で検討したとおり、本願発明は、被覆層を除去してコア電線を露出させる作業の作業性に関し、コア材の外周面に粉体が塗布された従来のケーブルには、コア材を取り出す作業の際に粉体が周囲に飛散し、作業性が低下してしまうという課題があったことから、コア電線と被覆層との間に、コア電線に巻かれた状態で配置されたテープ部材を備える構成とすることにより、テープ部材を除去することによって容易にコア電線と被覆層とを分離することができるようにして、上記課題を解決しようとする点に技術的意義を有するものである。

 他方で、前記2(3)イで検討したとおり、引用発明は、線心の取り出しを容易に行うことができるようにすることを課題の一つとする発明であり、この点で本願発明と課題を共通にするものといえるが、電源用線心及び信号用線心の外周をシースで覆うのみの形で被覆する構成とすることによって上記課題を解決しようとするものであり、本願発明とは課題を解決する手段を異にするものといえる。

 このように、引用発明においては、本願発明と共通する課題が本願発明とは異なる別の手段によって既に解決されているのであるから、当該課題解決手段に加えて、両線心をテープ部材で巻き、その結果、両線心とシースとの間にテープ部材が配置される構成とする必要はないというべきである。そして、引用発明に上記のような構成を加えると、線心を取り出そうとする際に、シースを除去する作業のみでは足りず、更にテープ部材を除去する作業が必要となることから、かえって作業性が損なわれ、引用発明が奏する効果を損なう結果となってしまうものといえる。加えて、甲1公報をみても、引用発明の効果を犠牲にしてまで両線心をテープ部材で巻くことに何らかの技術的意義があることを示唆するような記載は存しない。

(ウ)以上によれば、引用発明に上記周知技術を適用することには阻害要因があるというべきであるから、相違点3に係る「前記コア電線のみを巻くテープ部材」という構成の意義について検討するまでもなく、本件原出願日当時の当業者が、引用発明及び上記周知技術に基づいて、相違点3に係る本願発明の構成を容易に想到し得たものとはいえない。

 

エ 相違点3、4及び6に係る被告の主張に対する判断

(ア)被告は、相違点3に関し、(1)甲1公報には引用発明が簡素な構成を課題解決手段としたものであることについては何も記載されていない、(2)甲1公報に記載された電源用線心及び信号用線心の取り出しが容易に行えるという効果は従来例と比較しての記載にすぎない上、線心がシース内に埋め込まれている従来例及び線心をシースで覆う引用発明のいずれが簡素な構成であるかは不明である、(3)甲1公報に記載された実施例について、両線心の外周がシースで覆われているのみであるとしても、甲1公報には両線心の上に何らかの部材を介在させることを排除する記載はないことを理由に、引用発明にテープ部材を介在させることについて、原告が主張するような阻害要因があるとはいえない旨主張する(前記第3の〔被告の主張〕3(2)エ)。

 しかしながら、前記2(3)イで検討したとおり、引用発明は、線心の取り出しを容易に行うことができるようにすることを課題の一つとする発明であり、電源用線心及び信号用線心の外周をシースで覆うのみの形で被覆する構成とすることによってこの課題を解決しようとするものであるといえることからすれば、上記(1)の主張は理由がないというべきである。

 また、上記周知技術の適用が引用発明の効果に及ぼす影響については、引用発明の構成を前提に検討すべきものであって、従来例と対比して検討すべきものではないから、上記(2)の主張は理由がないというべきである。

 さらに、甲1公報には、線心上に何らかの部材を介在させることを排除する明示的な記載はないものの、上記アで検討したとおり、引用発明における課題解決手段及びその効果を考慮すれば、引用発明に上記周知技術を適用すると、線心の取り出しを容易に行うことができるようにするという引用発明の効果を損なう結果となってしまうというべきであるから、上記(3)の主張も理由がないというべきである。

 したがって、被告の上記主張は採用することができない。」