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2022年1月15日土曜日

特許性判断での発明の要旨認定について争われた事例

知財高裁令和3年12月15日判決

令和2年(行ケ)第10089号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本判決は、被告が有する特許権に対する無効審判での、本件発明の要旨を限定的に狭く解釈し引用発明に対する新規性進歩性を肯定した審決の取り消しを求めた審決取消訴訟の知財高裁判決である。

 審決では、本件発明1における「シートシェル」及び「側面衝突保護部」という用語の意義について、特許請求の範囲内の記載及び図面も考慮して限定的に解釈し、引用発明に対する新規性を肯定した。

 一方、知財高裁は、「発明の要旨認定は,特許請求の範囲の記載に基づいて行うべきであり,発明が属する技術分野における優先日前の技術常識を考慮した通常の意味内容により特許請求の範囲の記載を解釈するのが相当である」と判示し、審決の限定的解釈が違法であると判断した。

 知財高裁はまた、請求項中の機能的に限定された特徴についても、「発明の要旨認定は,特許請求の範囲の記載に基づいて行われるべきであり,それは,特許請求の範囲の記載の中に作用又は機能を用いて物を特定しようとする記載がある場合であっても同様である。」と判断した。

 

2.請求項1に記載の発明(本件発明1)

 車両のシートに取り付けるための,子供又は乳児用のチャイルドセーフティシートであって,(1A)

 子供又は乳児を支持する支持部と,(1B)

 前記支持部のための構造要素としてのシートシェルと,(1C)

 前記シートシェルの外側で前記シートシェルに取り付けられるcと,(1D)

を有し,

 前記支持部は前記シートシェルの内側にあり,(1E)

 前記側面衝突保護部は,前記シートシェルの前記外側から突出する方向に

 前記チャイルドセーフティシートの所定の幅の中に位置する休止位置から,前記チャイルドセーフティシートの前記所定の幅の外に位置する機能位置に,及び前記機能位置から前記休止位置に移動可能であり,(1F)

 前記側面衝突保護部は,前記チャイルドセーフティシートが前記車両の前記シートに取付けられた状態において,前記車両の側部から前記チャイルドセーフティシートに伝わる横からの力が前記シートシェルに導かれるように,配置される,(1G)

チャイルドセーフティシート。(1H)

 

3.裁判所の判断(抜粋)

「ア 本件発明の認定

(ア) シートシェルの意義について

a 要旨認定の手法

 発明の要旨認定は,特許請求の範囲の記載に基づいて行うべきであり,発明が属する技術分野における優先日前の技術常識を考慮した通常の意味内容により特許請求の範囲の記載を解釈するのが相当である。

 もっとも,特許請求の範囲の記載の意味内容が,明細書又は図面において,通常の意味内容とは異なるものとして定義又は説明されていれば,通常の意味内容とは異なるものとして解される余地はあるものの,そのような定義又は説明がない場合には,上記のとおり解釈するのが相当である。

・・・・(略)・・・・

d 本件発明1の「シートシェル」及び「支持部」の意味

 本件発明1の「シートシェル」は,構成要件1C(前記b(a))において,「支持部のための構造要素」であることが規定され,また,構成要件1D(前記b⒝)において,「外側で側面衝突保護部が取り付けられる」こと,すなわち,側面を備えることが規定されているから,シートシェルに係る技術常識の(a),⒝(前記c(a),⒝)を踏まえると,本件発明1の「シートシェル」は,「座部,背もたれと側面を備え,子供を載置する側を包み込むような形状である剛性のある素材から成るチャイルドセーフティシートの基本構造体」と解される。

 また,本件発明1の「支持部」は,構成要件1B(前記b(a))において,「子供又は乳児を支持する」ものであることが規定され,構成要件1E(前記b⒞)において,「前記支持部が前記シートシェルの内側にある」という位置関係が規定されていることから,シートシェルに係る技術常識の⒞(前記c⒞)を踏まえると,本件発明1の「支持部」は,子供を支える柔軟性のある素材からなり,シートシェルの子供が座る側(内側)に載置又は子供が座る側からシートシェルの外側にわたって被せるように配置されるものであると解される。

 なお,本件発明では,支持部材が,シートシェルの内側のみにあるとか,シートシェルの側面や背面を覆っていないという特定はないし,支持部材がシートシェルと別の骨格構造体を備えるとの特定はなく,また,本件明細書の段落【0031】にもそのような記載はない。

 本件明細書において,「シートシェル」という用語は,段落【0007】~【0012】,【0014】,【0016】,【0019】,【0020】,【0022】,【0031】,【0035】,【0040】,【0042】,【0044】及び【0047】に記載されており,また,「支持部」という用語は,段落【0031】にのみ記載されている。しかし,「シートシェル」又は「支持部」という用語を通常とは異なる意味内容とする定義又は説明に相当する記載は,本件明細書等には見出すことができないから,請求項1(本件発明1)の「シートシェル」及び「支持部」という用語は,上記のとおり,本件発明が属する技術分野における優先日前の技術常識を考慮した通常の意味内容により解すべきである。

・・・・(略)・・・・

f 本件審決の解釈の適否

(a) 本件審決の説示

 本件審決は,シートシェルについて次のように説示する。

(i) 「ア.本件発明1の『シートシェル』で特定される事項」において「本件発明1の『シートシェル』は,・・・『支持部』とは別個の部材であると解するのが相当である。そうすると,『シートシェル』の定義は,『シート』の『シェル』であって,『子供又は乳児を支持する支持部』とは別個の部材であって,『前記支持部は前記シートシェルの内側にあ』るから,支持部が内側にある『支持部のための構造要素』である『シェル』ということができる。」とする(本件審決第5,2⑴(1-2)ア〔本件審決49頁9~17行目〕)。

(ii) 前記(i)の「『シートシェル』の定義からみて,甲1発明1の

『側方支持部6を備えた背もたれ5,座部4,ヘッドレスト10』は子供を支持する部材であるから本件発明1の『支持部』に相当するものであり」とする(本件審決第5,2⑴(1

-2)イ〔本件審決49頁19~21行目〕)。

(iii) 「シートシェルが,従来技術とは異なり,子供を支持する支持部材とは別な部材であることは,以下の明細書の記載からも明白である。」(本件審決第5,2⑴(1-2)オ(ア)〔本件審決53頁20~21行目〕)として,本件明細書の段落【0008】及び【0019】を挙げる。

⒝ 本件審決の解釈

 前記(a)の本件審決の説示を総合すると,本件審決は,本件発明の「支持部」が,シートシェルに係る技術常識の(a)ないし⒞(前記c(a)ないし⒞)により理解される「シートシェル」及び「子供を支える柔軟性のある素材」に相当し,本件発明の「シートシェル」は,「支持部」を内側に配置する,従来技術(技術常識)における「シートシェル」及び「子供を支える柔軟性のある素材」とは別異の,それらに更に追加される構造要素と解釈しているものと認められる。

⒞ 本件審決の解釈の適否

 本件審決は,本件発明の「シートシェルが,従来技術とは異なり,子供を支持する支持部材とは別な部材である」と解する根拠として,本件明細書の段落【0008】や【0019】を引用するが(前記(a) (iii)),これらの段落は,「側面衝突保護部」の配置とその作用又は効果についての説明にとどまるものであって,「シートシェル」が従来技術とは別異なものであるとの記載はないし,支持部については何らの記載もないことからすると,上記段落が本件審決の上記解釈を裏付けるものとはいえない。そして,本件発明の特許請求の範囲の記載や本件明細書の発明の詳細な説明の記載において,前記⒝の本件審決の解釈を採用すべき根拠を見出すことはできない。したがって,前記⒝の本件審決の解釈を採用することはできない。

⒟ 被告の主張の検討

 被告は,本件発明の「シートシェル」の解釈について,「背部側から支持部を構造的に保持するシェル(外殻)的構造要素である」,「支持部とは別個のシェル形状の一構成要素であり,子供を前部側で支持する支持部の背部側を外側から構造的に保持する,支持部のためのシェル(外殻)的構造要素であって,車両の側部から伝わる横からの力がシートシェルに導かれるように側面衝突保護部を配置したシェルである」,「シートシェルは,シートシェルの内側にある支持部の背部側を外側から構造的に保持し,かつ側面衝突保護部を取り付けるのに必要とされる程度に剛性(段落【0022】)を備えるシェル形状部材である」,「シートシェルはその背部側が露出しており,シェルの名のとおり曲面形状である」などと主張する(前記第3,1⑴ア〔被告の主張〕)。確かに,本件図面の図2,5及び6に,シートの背部に曲面形状の構造が示されているようにも見え,実施例において,それがシートシェルに該当するとされている。しかし,本件明細書には,本件発明のシートシェルを,被告が主張するような外殻的構造の意味に限定して解釈すべき根拠となるような記載はなく,シートシェルという用語の解釈に当たって,本件発明が属する技術分野における優先日前の技術常識を考慮した通常の意味内容とは異なるように解釈すべきことを裏付ける根拠もないから,被告の上記主張は採用することができない。」

・・・・(略)・・・・

「被告は,請求項1(本件発明1)の「側面衝突保護部は,・・・横からの力が前記シートシェルに導かれるように,配置される」(構成要件1G)という文言は,機能的限定であるから,本件明細書に記載された具体的構成に基づいて限定的に解釈し,「側面衝突保護部が,チャイルドセーフティシートの座部領域より上方であって,チャイルドセーフティシートの背部に配置される」ことによって,「横からの力が,支持部(子供)には導かれず,シートシェルにのみ導かれる」ことを意味するものと解釈すべきであると主張する(前記第3,1⑴イ〔被告の主張〕)。

 しかし,発明の要旨認定は,特許請求の範囲の記載に基づいて行われるべきであり,それは,特許請求の範囲の記載の中に作用又は機能を用いて物を特定しようとする記載がある場合であっても同様である。

 本件発明1の「前記側面衝突保護部は,前記チャイルドセーフティシートが前記車両の前記シートに取付けられた状態において,前記車両の側部から前記チャイルドセーフティシートに伝わる横からの力が前記シートシェルに導かれるように,配置される」(構成要件1G)という構成には,「車両の側部からチャイルドセーフティシートに伝わる横からの力がシートシェルに導かれる」ということしか記載されておらず,「横からの力が,支持部(子供)には導かれず,シートシェルにのみ導かれる」とは記載されていないから,被告主張のような限定的な解釈をとることはできない。請求項6(本件発明6)には,側面衝突保護部の側部要素がチャイルドセーフティシートの座部領域より上に配置されるチャイルドセーフティシートが記載され,請求項7(本件発明7)には,側部要素がチャイルドセーフティシートの背部に配置されるチャイルドセーフティシートが記載されており,また,本件明細書の段落【0008】及び【0019】には,衝突による横からの力が子供の体に直接伝わらず,子供の体を迂回してシートシェルに導かれるように取り付けられる側面衝突保護部材に関する記載があるが,請求項1(本件発明1)の文言を,従属請求項である請求項6及び7の記載並びに本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0008】及び【0019】の記載によって限定して解釈する理由はないから,被告の上記主張は採用することができない。」

2019年4月21日日曜日

機能的クレームの技術的範囲が侵害訴訟で限定的でなく広く解釈された事例

東京地裁平成31年1月17日判決

平成29年(ワ)第16468号 特許権侵害差止請求事件



1.概要

 本事例はモノクローナル抗体とそれを含む医薬組成物を対象とする特許権の特許権者(原告)による被告製品の差止を求めた特許権侵害訴訟の東京地裁判決である。

 本事例の「本件発明1」では、プロタンパク質コンベルターゼスブチリシンケクシン9型(PCSK9)に対するモノクローナル抗体が、「(1A)PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ,(1B’)PCSK9との結合に関して,配列番号49のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と,配列番号23のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体と競合する」という結合特性により特定されている。本件発明1の抗体は、実施例で記載の、PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和するPCSK9に対するモノクローナル抗体「21B12」を拡張したものであり、参照抗体21B12がPCSK9に結合するエピトープと同じエピトープに結合する抗体,又は,参照抗体21B12とPCSK9との結合を立体的に妨害するような上記エピトープに隣接するエピトープに結合する抗体に該当する。「本件発明2」の抗体も同様に、別の参照抗体31H4と同等の結合特性を有する抗体に該当する。

 争点は、被告製品が特許発明の技術的範囲に属するか否か、特許発明のサポート要件充足性、特許発明の実施可能要件充足性等である。

 被告は、抗原との結合特性が機能的に特定された抗体発明の技術的範囲は限定的に解釈すべきであり、実施例に記載の抗体、及び、それにアミノ酸配列が近い抗体に限られ、被告製品は技術的範囲に属しないと主張した。しかし、東京地裁はこの主張を認めず、被告製品の抗体は、結合特性に関する構成を満たす以上は技術的範囲に含まれると結論付けた。東京地裁はまた、サポート要件違反及び実施可能要件違反もないと判断した。

 本事例では、「本件各明細書には、本件参照抗体と競合する,PCSK9-LDLR結合中和抗体を同定,取得するための,免疫プログラムの手順及びスケジュールに従った免疫化マウスの作製方法,ハイブリドーマの作製方法,スクリーニング方法及びエピトープビニングアッセイの方法等が記載されている。そして,当該方法によれば,本件各明細書で具体的に開示された以外の本件参照抗体と競合する抗体も得ることができるといえる。」ことが、技術的範囲を限定解釈が適用されない根拠とされている。

 なお、東京地裁は、2018年(平成30)年3月28日判決平成28年(ワ)第11475号において、機能的に特定された抗体の権利範囲を限定的に解釈した(本ブログ2019年2月17日記事参照)。この2018年判決では、「特許請求の範囲が上記のように抽象的,機能的な表現で記載されている場合においては,その記載のみによって発明の技術的範囲を明らかにすることはできず,上記記載に加えて明細書及び図面の記載を参酌し,そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきである。ただし,このことは,特許発明の技術的範囲を具体的な実施例に限定するものではなく,明細書及び図面の記載から当業者が実施し得る構成であれば,その技術的範囲に含まれるものと解すべきである。」と判示している。

 本事例(2019年判決)では、本件参照抗体と競合するPCSK9-LDLR結合中和抗体が、明細書等の記載から当業者が実施し得るという前提のもと、技術的範囲を広く解釈しており、2018年判決とも矛盾しないようにも思える。しかし、本事例(2019年判決)において、本件特許明細書には、被告製品の抗体と同じアミノ酸配列からなる抗体が実施例で記載されているわけではなく、被告製品の抗体と同じアミノ酸配からなる抗体を製造するための手順も記載されていない。本事例では「被告製品が実施できるように記載されているか?」という問いに対する答えは「いいえ」であるから、特許明細書に実施できるように記載されていない被告製品は技術的範囲に含まれないと結論するのが2018年判決とも矛盾せず適切ではなかったかと思われる。本事例は「特許発明が実施できるように記載されているか?」という問いに対する答えが「はい」であることのみを以って被告製品が特許発明の技術的範囲に属すると結論づけていることに問題があるのではないか。
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2.本件発明

ア 本件特許1

 訂正後の本件特許1の請求項1記載の発明(以下「本件訂正発明1-1」という。)は,次のとおり分説することができる。

1A PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ,

1B’PCSK9との結合に関して,配列番号49のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と,配列番号23のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体と競合する,

1C 単離されたモノクローナル抗体。

 訂正後の本件特許1の請求項9記載の発明のうち請求項1に関する発明(以下「本件訂正発明1-2」といい,本件訂正発明1-1と併せて「本件訂正発明1」という。)は,上記構成要件1A,1B’,1Cのほか,次のとおり分説することができる。

1D を含む,医薬組成物。



イ 本件特許2

 訂正後の本件特許2の請求項1記載の発明(以下「本件訂正発明2-1」という。5 )は,次のとおり分説することができる。

2A PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ,

2B’PCSK9との結合に関して,配列番号67のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と,配列番号12のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体と競合する,

2C 単離されたモノクローナル抗体。

 本件特許2の請求項5記載の発明のうち請求項1に関する発明(以下「本件訂正発明2-2」といい,本件訂正発明2-1と併せて「本件訂正発明2という。)は,上記構成要件2A,2B’,2Cのほか,次のとおり分説することができる。

2D を含む,医薬組成物。



 本件訂正発明1の構成要件1B’は,本件明細書1で21B12抗体と呼ばれる抗体(以下「21B12参照抗体」という。)を重鎖可変領域のアミノ酸配列と軽鎖可変領域のアミノ酸配列で特定したものである。

 本件訂正発明2の構成要件2B’は,本件明細書2で31H4抗体と呼ばれる抗体(以下「31H4参照抗体」という。)を重鎖可変領域のアミノ酸配列と軽鎖可変領域のアミノ酸配列で特定したものである



3.裁判所の判断

「前記の本件各明細書の記載によれば,21B12参照抗体及び31H4参照抗体はPCSK9-LDLR結合中和抗体であるところ,本件各発明は,本件参照抗体がPCSK9に結合するエピトープと同じエピトープに結合する抗体,又は,本件参照抗体とPCSK9との結合を立体的に妨害するような上記エピトープに隣接するエピトープに結合する抗体である,21B12参照抗体(本件発明1)又は31H4参照抗体(本件発明2)と競合する単離されたモノクローナル抗体又はそれを含む医薬組成物が,PCSK9とLDLRの結合を中和してLDLRの量を増加させることによって,対象中の血清コレステロールの低下をもたらす効果を奏し,また,この効果により,高コレステロール血症などの上昇したコレステロールレベルが関連する疾患を治療又は予防することを目的とするものであると認められる。



2 争点(1)(被告製品及び被告モノクローナル抗体は本件各発明の技術的範囲に属するか)について

(1)

 被告は,本件各明細書の記載から当業者が実施可能な範囲は,本件各明細書にアミノ酸配列が記載された具体的な抗体(本件発明1及び本件訂正発明1について別紙表Aの各抗体,本件発明2及び本件訂正発明2について別紙表Bの各抗体)又は当該抗体に対して特定の位置のアミノ酸の1若しくは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列を有する抗体に限られると主張する。そして,本件各発明の技術的範囲に含まれる抗体又は医薬組成物は,上記抗体又は当該抗体に対して特定の位置のアミノ酸の1若しくは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列を有する抗体又はそれを含む医薬組成物に限定されるところ,被告モノクローナル抗体のアミノ酸配列は,上記各抗体又は当該抗体に対して特定の位置のアミノ酸の1若しくは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列とは全く異なるものであるから,被告モノクローナル抗体及び被告製品はいずれも本件各発明の技術的範囲に属しないと主張する。

(2)

 本件各明細書には,21B12参照抗体や31H4参照抗体及びこれらの参照抗体と競合するPCSK9-LDLR結合中和抗体並びにその取得方法等について,以下の記載がある。

・・・

カ 上記のスクリーニング等によって,PCSK9に対する抗体の最も高い力価を有するハイブリドーマが同定され,表2に記載される32の抗体が得られた。32の抗体のうち,27B2,13H1,13B5及び3C4は非PCSK9-LDLR結合中和抗体,3B6,9C9及び31A4は15 弱いPCSK9-LDLR結合中和抗体,その他(21B12参照抗体及び31H4参照抗体を含む。)は,強いPCSK9-LDLR結合中和抗体である(段落【0138】【0336】)。この32の抗体に対するエピトープビニングの結果によれば,21B12参照抗体と競合するが,31H4参照抗体と競合しない抗体(ビン1)が19個,21B12参照抗体と31H4参照抗体のいずれとも抗体する抗体(ビン2)が1個,31H4参照抗体と競合するが,21B12参照抗体と競合しない抗体(ビン3)が7個であり,本件参照抗体のいずれとも競合しない抗体(ビン4)が1個

である(段落【0373】【0374】【0494】)。そして,上記ビン1の抗体19個とビン3の抗体7個は,いずれもPCSK9-LDLR結合中和抗体である。

キ また,上記カとは別の組(合計39抗体)に対するエピトープビニングの結果によれば,21B12参照抗体と競合するが,31H4参照抗体と競合しない抗体(ビン1)が19個,21B12参照抗体と31H4参照抗体のいずれとも抗体する抗体(ビン2)が3個,31H4参照抗体と競合するが,21B12参照抗体と競合しない抗体(ビン3)が10個であり,本件参照抗体のいずれとも競合しない抗体(ビン4)が2個である。そして,ビン1に属する抗体のうち16個,ビン2に属する抗体のうち2個及びビン3に属する抗体のうち7個は,表2に記載された抗体であり,これら16個と2個と7個の抗体のうち,27B2抗体を除く少なくとも22個はPCSK9-LDLR結合中和抗体であることが確認されている(段落【0138】【0489】~【0495】)。

(3)

 前記(2)のとおり、本件各明細書には、本件参照抗体と競合する,PCSK9-LDLR結合中和抗体を同定,取得するための,免疫プログラムの手順及びスケジュールに従った免疫化マウスの作製方法,ハイブリドーマの作製方法,スクリーニング方法及びエピトープビニングアッセイの方法等が記載されている。そして,当該方法によれば,本件各明細書で具体的に開示された以外の本件参照抗体と競合する抗体も得ることができるといえる。

 そうすると,本件各明細書の記載から当業者が実施可能な範囲が,本件各明細書記載の具体的な抗体又は当該抗体に対して特定の位置のアミノ酸の1若しくは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列を有する抗体に限られるとはいえない。したがって,本件各明細書の記載から当業者が実施可能な範囲が本権各明細書記載の具体的な抗体又は当該抗体に対して特定のアミノ酸の1もしくは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列を有する抗体に限られることを前提として,本件各発明の技術的範囲が本件各明細書記載の具体的な抗体又は当該抗体に対して特定の位置のアミノ酸の1若しくは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列を有する抗体に限定されるとの被告の主張は採用することができない。

(4)

 また,被告は,①本件各明細書では,本件参照抗体と競合する抗体であれば,PCSK9とLDLRの結合を中和することができるという技術思想を読み取ることはできない,②本件各明細書の実施例に記載された3グループないし2グループの抗体のみによって,本件参照抗体と競合する膨大な数の抗体全てがPCSK9-LDLR5 結合中和抗体であるとはいえず,本件各明細書には,本件参照抗体と競合する膨大な数の抗体がPCSK9-LDLR結合中和抗体であることの根拠は全く示されていないと主張する。

 しかしながら,前記のとおり,本件各明細書には,本件参照抗体がPCSK9-LDLR結合中和抗体であること,本件参照抗体がPCSK9に結合するエピトープと同じエピトープに結合する抗体,又は,本件参照抗体とPCSK9との結合を立体的に妨害するような上記エピトープに隣接するエピトープに結合する抗体である,本件参照抗体と競合する抗体は,本件参照抗体と類似した機能的特性を有すると予想されることが記載されている。そして,前記のとおりのスクリーニング等によって得られた本件各明細書の表2記載の30の抗体(21B12参照抗体と31H4参照抗体を除く。)のうち,24の抗体はPCSK9-LDLR結合中和抗体であり,かつ,本件参照抗体と競合する抗体であること,表37.1.のビン1(21B12参照抗体と競合し,31H4参照抗体と競合しない抗体)に属する19の抗体のうち16個,ビン2(21B12参照抗体とも,31H4参照抗体とも競合する抗体)に属する抗体のうち2個及びビン3(31H4参照抗体と競合し,21B12参照抗体と競合しない抗体)に属する10の抗体のうちの7個は,表2に記載された抗体であり,これら16個と2個と7個の抗体のうち,27B2抗体並びに21B12参照抗体及び31H4参照抗体を除く少なくとも20個はPCSK9-LDLR結合中和抗体であることが記載されている。そうすると,本件各明細書には,特定のスクリーニング等を経て得られた抗体のうち,本件参照抗体と競合する複数の抗体がPCSK9-LDLR結合中和抗体であることが示されているといえる。

 なお,この点に関係し,被告は,本件参照抗体と競合する膨大な数の抗体がPCSK9-LDLR結合中和抗体であることの根拠は全く示されていないと主張するが,本件各明細書に記載された抗体以外に,本件参照抗体と競合するがPCSK9-LDLR結合中和抗体ではない具体的な抗体が示されているものではなく,また,本件参照抗体と競合する抗体中,PCSK9-LDLR結合中和抗体でないものの割合が大きいことも明らかではない。

 さらに,被告は,本件参照抗体と競合する抗体は,PCSK9-LDLR結合中和抗体であるとは限らないとも主張する。しかし,本件各発明は,PCSK9-LDLR結合中和抗体であることを構成要件とするものであるから(構成要件1A,2A),上記のような例外的な抗体は本件各発明の技術的範囲に含まれない。

(5)

 証拠(甲5,7の1,2,甲8~10)及び弁論の全趣旨によれば,本件各発明について,被告が主張する限定的な解釈を採らない限り,被告モノクローナル抗体は,本件発明1-1及び本件発明2-1の各構成要件を全て充足し,被告製品は,本件発明1-2及び本件発明2-2の各構成要件を全て充足すると認められるから,被告モノクローナル抗体は,本件発明1-1及び本件発明2-1の技術的範囲に属し,被告製品は,本件発明1-2及び本件発明2-2の技術的範囲に属すると認められる。・・・



3 争点-ア(サポート要件違反)について

 前記2のとおり,本件各明細書の記載から,当業者は,本件各明細書の記載のスクリーニング方法等を用いることによって,本件各明細書で開示された抗体以外にも,本件参照抗体と競合し,PCSK9とLDLRとの結合を中和する様々なPCSK9-LDLR結合中和抗体を得ることができると認識することができる。

 また,本件各明細書の高コレステロール血症などの上昇したコレステロールレベルが関連する疾患を治療し,又は予防し,疾患のリスクを低減することができるので,治療的に有用であり得ることの記載(段落【0155】【0270】【0271】【0276】)から,当業者は,本件発明1-1,本件発明2-1の各抗体を医薬組成物として使用できることを認識することができる。

 したがって,本件発明1及び2は,いずれもサポート要件に違反するとはいえず,また,本件訂正発明1及び2がいずれもサポート要件に違反するとはいえない。



4 争点-イ(実施可能要件違反)について

 前記2のとおり,本件各明細書の記載から,当業者は,本件各明細書の記載のスクリーニング方法等を用いることによって,本件各発明の抗体及び医薬組成物を作製し,使用することができるものと認められるから,本件各明細書は,当業者が本件各発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえ,本件発明1及び2は,いずれも実施可能要件に違反するとはいえず,また,本件訂正発明1及び2がいずれも実施可能要件に違反するとはいえない。」

2019年2月17日日曜日

機能的クレームの技術的範囲が侵害訴訟において限定的に解釈された事例


東京地裁平成30年3月28日判決
平成28年(ワ)第11475号 特許権侵害差止等請求事件

1.概要
 本事例は特許権侵害訴訟の東京地裁による第一審判決である。
 原告が有する特許権に係る本件発明1は以下の通り分説できる
1A 第IX因子または第IXa因子に対する抗体または抗体誘導体であって,
1B 凝血促進活性を増大させる,
1C 抗体または抗体誘導体(ただし,抗体クローンAHIX-5041:Haematologic Technologies社製,抗体クローンHIX-1:SIGMA-ALDRICH社製,抗体クローンESN-2:American Diagnostica社製,および抗体クローンESN-3:American Diagnostica社製,ならびにそれらの抗体誘導体を除く)。
 原告が有する特許権に係る本件発明4は以下の通り分説できる
4D 請求項1に記載の抗体または抗体誘導体であって,
4E ここで,該抗体または抗体誘導体は,モノクローナル抗体,抗体フラグメント,キメラ抗体,ヒト化抗体,単鎖抗体,二重特異性抗体,ダイアボディー,およびそれらのダイマー,オリゴマー,またはマルチマーからなる群から選択される,
4F 抗体または抗体誘導体。

 このように、本件各発明は、抗体又は抗体誘導体を「第IX因子または第IXa因子に対する抗体または抗体誘導体」、「凝血促進活性を増大させる」という機能のみにより特定した発明である。
 東京地裁は、
「特許権に基づく独占権は,新規で進歩性のある特許発明を公衆に対して開示することの代償として与えられるものであるから,このように特許請求の範囲の記載が機能的,抽象的な表現にとどまっている場合に,当該機能ないし作用効果を果たし得る構成全てを,その技術的範囲に含まれると解することは,明細書に開示されていない技術思想に属する構成までを特許発明の技術的範囲に含ましめて特許権に基づく独占権を与えることになりかねないが,そのような解釈は,発明の開示の代償として独占権を付与したという特許制度の趣旨に反することになり許されないというべきである。したがって,特許請求の範囲が上記のように抽象的,機能的な表現で記載されている場合においては,その記載のみによって発明の技術的範囲を明らかにすることはできず,上記記載に加えて明細書及び図面の記載を参酌し,そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきである。」
と判断し、本件各発明の技術的範囲を限定的に解釈し、被告製品はこの範囲に含まれないと結論付けた。
 なお、この訴訟では本件各発明の実施可能要件欠如、サポート要件欠如による無効理由の存在が被告により主張されているが、この争点について裁判所は判断を下していない。しかし、判決中で「当業者は,第IXa因子に対する抗体をスクリーニングすることにより,過度の試行錯誤を要することなく,一定の割合で凝血促進活性を増大させるモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)を作製できたと認められる。」と認定されていることから、本件各発明は実施可能要件、サポート要件は充足していると裁判所は判断しているように思われる。

 機能により特定された抗体に関する特許発明の技術的範囲を巡っては平成31年1月17日にも東京高裁で判断が示されたが、機能的クレームであるから限定的に解釈すべきであるという判断はなされなかった(平成29年(ワ)第16468号)。このれらの事例の比較検討は今後進める予定。

2.裁判所が認定した本件各発明の意義
「(2)本件各発明の意義
 以上の本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば,本件各発明の意義は,大要,以下のとおりのものと認められる。
 すなわち,従来の血友病Aの患者の処置は,欠如又は不足した第VIII因子の不足を補うために第VIII因子濃縮物の投与による補充療法であった(段落【0003】)。しかし,補充療法には,第VIII因子インヒビターを生じさせる患者に対する処置が非常に困難かつ危険性を含んでおり(段落【0003】),そのような患者に対する処置としては,高用量の第VIII因子を投与するなどのいくつかの治療方法が存在するが,高価である(段落【0004】,【0005】),多大な時間を必要とする(段落【0004】),重篤な副反応を伴い得る(段落【0004】),患者への負担が大きい(段落【0005】)等の問題点があった。本件各発明の目的は,第VIII因子を抑制する患者についての特定の利点を有する,血液凝固障害の処置のための調製物を提供することであり(段落【0010】),これを,第IX因子又は第IXa因子に結合して第IXa因子の凝血促進活性を増大させる抗体又は抗体誘導体によって達成するというものである(段落【0011】)。
 そして,抗体又は抗体誘導体は,具体的には,第IX因子又は第IXa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)を作製し(実施例1ないし3),これを色素形成アッセイ等の方法で凝血促進活性の程度を評価し(実施例4ないし9,14),そのモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)から様々な抗体誘導体(例えば,CDR3領域由来ペプチド及びその誘導体(実施例11,12),キメラ抗体(実施例13),Fabフラグメント(実施例15),単鎖抗体(scFv。実施例10,16,18),ミニ抗体(実施例17)を作製するものである。」

3.裁判所が認定した被告製品の構成
「2 被告製品の構成等について
(1)被告製品の構成
 被告製品は,別紙被告製品説明書及び「被告製品のアミノ酸配列」記載のアミノ酸配列を有する非対称型バイスペシフィック抗体であり,抗体の中でもIgGに分類される。被告製品は,2つの抗原結合部位を有し,その一方が第IXa因子を認識し,他方が第X因子を認識する。(甲23,乙28,38,弁論の全趣旨)
(2)被告製品の開発経緯
 被告製品の開発過程において,被告がバイスペシフィック抗体を作製するに当たり用いられたモノスペシフィック抗第IXa因子抗体は,ヒト第IXa因子に特異的に結合し,かつ,第IXa因子の酵素活性に対してできるだけ阻害活性の弱い抗体が選別された。そこで作製されたバイスペシフィック抗体のうち,最も第VIII因子補因子活性が高かった抗体は,XB12/SB04であるが,これは第VIII因子補因子活性を有さないモノスペシフィック抗第IXa因子抗体から作製されたものである。よって,被告製品の開発において選別されたモノスペシフィック抗第IXa因子抗体は,第IXa因子の凝血促進活性を増大させるか否かとは無関係に選別されたと認められる。また,モノスペシフィック抗第IXa因子抗体の第VIII因子補因子活性とそれから作製されたバイスペシフィック抗体の第VIII因子補因子活性との相関関係があるとは認められず,バイスペシフィック抗体の第VIII因子補因子活性は,抗第IXa因子抗体由来の構造だけなく,抗第X因子抗体由来の構造にも影響を受ける。(乙55,57,75)
 そして,被告製品は,第IXa因子と第Ⅹ因子との空間的な配向を好適な状況に制御し,酵素の活性部位と基質とを正確に接触しやすくすることで,第IXa因子が触媒する第VIII因子補因子活性を促進するという機序により,凝血促進活性を増大させるものである(乙33,甲165)。そして,その増大の程度は,本件明細書の実施例と同様の手法で作製された抗体(198A1,198B3,224F3)と比較して,優れた効果をもたらすものである(乙6,36によれば,約1000倍の効果とされてい
る。)。」

4.争点1(被告製品は本件各発明の技術的範囲に属するか)についての裁判所の判断
「(1)本件特許請求の範囲の請求項1(本件発明1に係る特許請求の範囲)の記載は,「第IX因子または第IXa因子に対する抗体または抗体誘導体であって,凝血促進活性を増大させる,抗体または抗体誘導体(ただし,抗体クローンAHIX-5041:Haematologic Technologies社製,抗体クローンHIX-1:SIGMA-ALDRICH社製,抗体クローンESN-2:AmericanDiagnostica社製,および抗体クローンESN-3:American Diagnostica社製,ならびにそれらの抗体誘導体を除く)。」であり,請求項4(本件発明4に係る特許請求の範囲)は請求項1を引用している。ここで,「凝血促進活性を増大させる」との記載の意義については,本件明細書においてこれを定義した記載はない上,「血液凝固障害の処置のための調製物を提供する」(段落【0010】)という本件各発明の目的そのものであり,かつ,本件各発明における抗体又は抗体誘導体の機能又は作用を表現しているのみであって,本件各発明の目的又は効果を達成するために必要な具体的構成を明らかにしているものではない。
 特許権に基づく独占権は,新規で進歩性のある特許発明を公衆に対して開示することの代償として与えられるものであるから,このように特許請求の範囲の記載が機能的,抽象的な表現にとどまっている場合に,当該機能ないし作用効果を果たし得る構成全てを,その技術的範囲に含まれると解することは,明細書に開示されていない技術思想に属する構成までを特許発明の技術的範囲に含ましめて特許権に基づく独占権を与えることになりかねないが,そのような解釈は,発明の開示の代償として独占権を付与したという特許制度の趣旨に反することになり許されないというべきである。
 したがって,特許請求の範囲が上記のように抽象的,機能的な表現で記載されている場合においては,その記載のみによって発明の技術的範囲を明らかにすることはできず,上記記載に加えて明細書及び図面の記載を参酌し,そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきである。
 ただし,このことは,特許発明の技術的範囲を具体的な実施例に限定するものではなく,明細書及び図面の記載から当業者が実施し得る構成であれば,その技術的範囲に含まれるものと解すべきである。
(2)そこで,本件明細書において開示された具体的構成に示されている技術思想について検討する。
ア ある抗体が,第IX因子又は第IXa因子に結合し,第IXa因子の凝血促進活性を増加するか又は第VIII因子様活性を有することを示すための試験方法としては,凝血試験や色素形成試験等があり,これらによって評価が可能である(段落【0013】,【0014】,【0037】,【0065】)。そして,第IXa因子に対する抗体をスクリーニングし,色素形成アッセイによって第VIII因子様活性を有するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)が複数作製されており(実施例4,9),そのなかで第VIII因子インヒビターを有する血漿の凝血をもたらす抗体(193/AD3)も確認されている(実施例7)。よって,当業者は,第IXa因子に対する抗体をスクリーニングすることにより,過度の試行錯誤を要することなく,一定の割合で凝血促進活性を増大させるモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)を作製できたと認められる。
 また,凝血促進活性を増大させるモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)からの誘導体も複数作製されているから(例えば,CDR3領域由来ペプチド及びその誘導体(実施例11,12),キメラ抗体(実施例13),Fabフラグメント(実施例15),単鎖抗体(scFv。実施例10,16,18),ミニ抗体(実施例17)),凝血促進活性を増大させるモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)からの誘導体も作製できたと認められる。
 もっとも,「凝血促進活性を増大させる」程度については,本件明細書においては,色素形成アッセイにおけるネガティブコントロールとの比が,1.7程度(例えば,段落【0081】・図11において,198/AP1はネガティブコントロールとの比が1.7程度であるが,凝血促進活性を示さないとされている。段落【0067】・図7A(196/AF2 35μM Pefabloc Xa(登録商標)),段落【0068】・図7B(198/AM1 35μM Pefabloc Xa(登録商標))も同様。)や2程度(段落【0105】・図20において,A1/5はネガティブコントロールとの比が2程度であるが,有意な凝血促進活性はないと評価されている。)の場合においても,「凝血促進活性を増大させる」とは評価されていないのであるから,「凝血促進活性を増大させる」とは,少なくともネガティブコントロールとの比が2程度を超える程度のものでなければならないものと解するのが相当である。そうすると,凝血促進活性の増大がわずかであるものは,「凝血促進活性を増大させる」とは評価できず,その程度は,実質的なものでなければならないのであって,「凝血促進活性を増大させる」とは,少なくともネガティブコントロールとの比が2程度を超えており,実質的に凝血促進活性を増大させる程度の増大であることを要するものと解すべきである。
イ バイスペシフィック抗体については,本件明細書において,実施例として作製された例は記載されておらず,第IX因子又は第IXa因子に結合するアーム以外のアームが結合する対象の抗原がいかなるものかも開示されてない。しかし,バイスペシフィック抗体自体は,抗体誘導体の一態様として明記されている(段落【0019】,【0026】)。そして,凝血促進活性を増大させるモノスペシフィック抗体からの誘導体も複数作製されており(実施例10ないし13,15ないし18),本件出願日当時の技術常識によれば,第IX因子又は第IXa因子に対するバイスペシフィック抗体を作製可能であり,第IX因子又は第IXa因子に対するモノスペシフィック抗体から誘導されたバイスペシフィック抗体が,モノスペシフィック抗体が有する凝血促進活性を増大させる作用を維持できると予測できたと認められる。そうすると,バイスペシフィック抗体についても,モノスペシフィック抗体の活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体の一態様として「抗体誘導体」に含まれると解される。
ウ したがって,本件各発明の技術的範囲に含まれるというためには,「第IXa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第IX因子又は第IXa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」であることが必要であるものの,バイスペシフィック抗体は「抗体誘導体」の一態様としてこれに含まれ得ると解すべきである。
エ 被告は,色素形成アッセイにおいてネガティブコントロールとの比が3を超えるモノスペシフィック抗体及びその誘導体に限られる旨主張する。
 そこで検討するに,本件明細書には,2時間のインキュベーション後の第VIII因子アッセイにおいて,ネガティブコントロールとの比が3を超える場合には,「凝血促進活性を増大させる」と評価できる旨の記載がある(段落【0013】,【0014】)。
 他方,本件明細書においては,凝血促進活性の検査方法について,色素形成アッセイ以外にも凝血試験などの全ての方法が使用でき(段落【0037】,【0065】),同じ色素形成アッセイであってもインキュベーション時間が2時間ではない例も記載されている(実施例11・図18ないし20)。そうすると,本件明細書に記載された凝血促進活性の評価方法は,複数存在するということができるところ,一般に,評価方法が異なればその基準が同一であるとは限らないから,本件明細書において「凝血促進活性の増大」が色素形成アッセイにおいてネガティブコントロールとの比が3を超えるものであると一義的に決定されているとは,直ちには解することができない。
オ 原告らは,「凝血促進活性を増大させる」とは,ネガティブコントロールとの比が1を超えるものであれば十分である旨主張する。
 しかし,本件明細書においては,色素形成アッセイにおけるネガティブコントロールとの比が,1.7程度や2程度の場合においても,「凝血促進活性を増大させる」とは評価されていないのであるから,ネガティブコントロールとの比が1を超えるものであれば十分であるとはいえないことは,既に説示したとおりであって,原告らの上記主張は採用することができない。
(3)他方,第IX因子又は第IXa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)が第IXa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるものでない場合には,別異に解すべきである。すなわち,本件各発明の技術的範囲に属するというためには,「第IXa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第IX因子又は第IXa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」であることが必要であると解されるところ,これには,第IXa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるものではない第IX因子又は第IXa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)は含まれないし,かかるモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)から誘導される抗体誘導体(バイスペシフィック抗体もこれに含まれる。)も含まれないというべきである。このような抗体誘導体(バイスペシフィック抗体)は,たとえ,それ自体が第IXa因子の凝血促進活性を増大させる効果を有するものであったとしても,本件各発明の課題解決手段とは異なる手段によって凝血促進活性を増大させる効果がもたらされているのであって,本件明細書の記載に基づいて当業者が実施できるものとはいえないというべきである。
(4)前記(2)において説示したとおり,「凝血促進活性を実質的に増大させる」とは,少なくともネガティブコントロールとの比が2程度を超えるものでなければならないものと解されるところ,前記2において認定したとおり,左右のアームがいずれも被告製品の第IXa因子に結合するアームで構成されたモノスペシフィック抗体(Qhomo)の色素形成アッセイキットによって測定されたネガティブコントロールとの比は,1.36から1.48であったこと(乙38)からすると,Qhomoは第IXa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるモノスペシフィック抗体とはいえない。
 そして,被告製品は,Qhomoの片方のアームを第Ⅹ因子に対するものに改変したバイスペシフィック抗体(抗体誘導体)であるから,第IXa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるものではないモノスペシフィック抗体からの誘導体ということができる。
 そうすると,被告製品は,第IXa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるものではないモノスペシフィック抗体から,その第IXa因子結合部位を取り出し,特定の第Ⅹ因子結合部位と組み合わせてバイスペシフィック抗体に変換させることにより,凝血促進活性を増大させる作用をもたらしたものということができるから,「第IXa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第IX因子又は第IXa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」に該当するとは認められない。
(5)したがって,被告製品は,本件各発明の技術的範囲に属すると認めることはできないというべきである。」

2017年11月26日日曜日

ガラス組成物を物性と組成の両面から規定した発明のサポート要件、実施可能要件欠如が争われた事例

知財高裁平成29年10月25日判決言渡
平成28年(行ケ)第10189号 審決取消請求事件

1.概要
 本件は特許出願人である原告が出願した特許出願に対する拒絶審決を不服とした原告による、審決取消訴訟の高裁判決である。
 審判合議体による審決では、サポート要件違反及び実施可能要件違反と判断されたが、知財高裁では、審決の判断に誤りがあると判断し、審決を取り消した。
 本願では、請求項1において、光学ガラスを、「屈折率(nd)が1.78以上1.90以下,アッベ数(νd)が22以上28以下,部分分散比(θg,F)が0.602以上0.620以下の範囲の光学定数を有し」という「物性要件」と、化学組成を限定した「組成要件」との、両面から規定している。「物性要件」を満たす範囲のガラスが全て、課題を解決できる(物性要件を満たす)というわけではないため、「物性要件」に加えて「物性要件」による縛りを加えている。
 審決では、「組成要件」のみに着目し、「,本願組成要件の数値範囲にわたって,本願物性要件を満たす光学ガラスが得られることを当業者が認識し得るとはいえない。」としてサポート要件違反と結論づけた。
 裁判所は、「光学ガラスの製造に当たって,基本となる既知の光学ガラスの成分の一部を,物性の変化を調整しながら,他の成分に置き換えるなどの作業を試行錯誤的に行うことは,当業者が通常行うことということができるから,光学ガラス分野の当業者であれば,本願明細書の実施例に示された組成物を基本にして,特定の成分の含有量をある程度変化させた場合であっても,これに応じて他の成分を適宜増減させることにより,当該特定の成分の増減による物性の変化を調整して,もとの組成物と同様に本願物性要件を満たす光学ガラスを得ることも可能であることを理解できる」と判断した。
 化学組成物をクレームする場合、「組成要件」のみで規定するのが原則であるが、組成から物性を推測することが難しいガラス、金属、プラスチック等の技術分野では、「物性要件」も補助的に加えて、「組成要件」と「物性要件」との両面で化学組成物を特定することが多い。

2.本願発明
「【請求項1】
屈折率(nd)が1.78以上1.90以下,アッベ数(νd)が22以上28以下,部分分散比(θg,F)が0.602以上0.620以下の範囲の光学定数を有し,
質量%の比率で
SiO2を10%以上40%以下,
Nb2O5を40%超65%以下,
ZrO2を0.1%以上15%以下,
TiO2を1%以上15%以下
含有し,
B2O3の含有量が0~20%,
GeO2の含有量が0~5%,
Al2O3の含有量が0~5%,
WO3の含有量が0~15%,
ZnOの含有量が0~15%,
SrOの含有量が0~15%,
Li2Oの含有量が0~15%,
Na2Oの含有量が0~20%,
Sb2O3の含有量が0~1%
であり,
TiO2/(ZrO2+Nb2O5)が0.20以下であり,
SiO2,B2O3,TiO2,ZrO2,Nb2O5,WO3,ZnO,SrO,Li2O,Na2Oの合計含有量が90%超であることを特徴とする光学ガラス。」

3.物性要件と組成要件
 本願発明は,「屈折率(nd)が1.78以上1.90以下,アッベ数(νd)が22以上28以下,部分分散比(θg,F)が0.602以上0.620以下の範囲の光学定数を有し」との発明特定事項(以下「本願物性要件」という。)と,「質量%の比率でSiO2を10%以上40%以下,Nb2O5を40%超65%以下,ZrO2を0.1%以上15%以下,TiO2を1%以上15%以下含有し,B2O3の含有量が0~20%,GeO2の含有量が0~5%,Al2O3の含有量が0~5%,WO3の含有量が0~15%,ZnOの含有量が0~15%,SrOの含有量が0~15%,Li2Oの含有量が0~15%,Na2Oの含有量が0~20%,Sb2O3の含有量が0~1%であり,TiO2/(ZrO2+Nb2O5)が0.20以下であり,SiO2,B2O3,TiO2,ZrO2,Nb2O5,WO3,ZnO,SrO,Li2O,Na2Oの合計含有量が90%超である」との発明特定事項(以下「本願組成要件」という。)からなり,「光学ガラスに見られる諸欠点を総合的に解消し,前記の光学定数を有し,部分分散比が小さい光学ガラス」,すなわち本願物性要件を満たす光学ガラスを提供することを課題とする。

4.審決の判断(拒絶審決)
(1)サポート要件違反
 本願組成要件に関するガラスの組成のうち,実施例で示されているものは一部の数値範囲の組成にとどまり,当該数値範囲を超える部分については,本願物性要件を満たす光学ガラスが得られることが実施例の記載により裏付けられているとはいえず,その他の発明の詳細な説明の記載にも,当業者が本願物性要件を満たすことを認識し得る説明がされているとはいえない。また,本願出願時の当業者の技術常識(光学ガラスの物性は,ガラスの組成に依存するが,構成成分と物性との因果関係が明確に導かれない場合の方が多いことなど)に照らしても,本願組成要件の数値範囲にわたって,本願物性要件を満たす光学ガラスが得られることを当業者が認識し得るとはいえない。
 したがって,本願発明は,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも,その記載がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らして当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるともいえないから,本願は,サポート要件(特許法36条6項1号)に適合するものではなく,特許を受けることができない。
(2)実施可能要件違反
 上記⑴のとおり,本願の明細書に,本願組成要件のごく一部の範囲の実施例が記載され,各成分のはたらきが個別に記載されていたとしても,実施例から離れた広範な本願組成要件の数値範囲において,限定された本願物性要件を満たす光学ガラスの具体的な各成分の含有量を決定することは,当業者に過度の試行錯誤を要求するものといえる。
 したがって,本願の発明の詳細な説明の記載は,本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえないから,本願は,実施可能要件(特許法36条4項1号)に適合するものではなく,特許を受けることができない。

5.裁判所の判断(審決取消)
「2 取消事由2(サポート要件についての判断の誤り)について
 事案に鑑み,取消事由2の成否,すなわち,本願につき,サポート要件(特許法36条6項1号)に適合しないとした本件審決の判断の適否について,まず検討する。
(1) 特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かについては,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解される。
 これを本願発明についてみると,まず,本願発明に係る特許請求の範囲(請求項1)の記載は,光学ガラスを本願組成要件及び本願物性要件によって特定するものであり,そのうち,本願物性要件は,「高屈折率高分散であって,かつ,部分分散比が小さい光学ガラスを提供する」という本願発明の課題を,「屈折率(nd)が1.78以上1.90以下,アッベ数(νd)が22以上28以下,部分分散比(θg,F)が0.602以上0.620以下」という光学定数により定量的に表現するものであって,本願組成要件で特定される光学ガラスを,本願発明の課題を解決できるものに限定するための要件ということができる。そして,このような本願発明に係る特許請求の範囲の構成からすれば,その記載がサポート要件に適合するものといえるためには,本願組成要件で特定される光学ガラスが発明の詳細な説明に記載されていることに加え,本願組成要件で特定される光学ガラスが高い蓋然性をもって本願物性要件を満たし得るものであることを,発明の詳細な説明の記載や示唆又は本願出願時の技術常識から当業者が認識できることが必要というべきである。
(2) そこで,以上の観点から,本願明細書の発明の詳細な説明の記載及び本願出願時の技術常識に基づき,サポート要件についての本件審決の判断の適否について検討する。
ア 本願明細書の段落【0014】,【0021】,【0023】,【0025】,【0027】,【0029】,【0031】,【0033】,【0035】,【0038】,【0048】,【0058】及び【0060】には,光学ガラスの組成について,本願組成要件に規定される各成分を,その規定に係る数値範囲で含有することがそれぞれ記載され,また,段落【0073】及び【0074】には,「TiO2/(ZrO2+Nb2O5)の値」及び「SiO2,B2O3,TiO2,ZrO2,Nb2O5,WO3,ZnO,SrO,Li2O,Na2Oの合計含有量」を本願組成要件に規定される数値(上限値又は下限値)とすることが記載されている。
 また,本願明細書の【表1】~【表9】には,実施例(No.8,9,21,24~38,41,44,45,48~57,60~66)として,本願組成要件を満たす具体的な組成物も記載されている。
 したがって,本願明細書の発明の詳細な説明に,本願組成要件で特定される光学ガラスが記載されていることは明らかである。
イ 前記(1)のとおり,本願発明の解決課題は,「高屈折率高分散であって,かつ,部分分散比が小さい光学ガラスを提供する」ことであり,本願物性要件は,これを光学定数により定量的に表現するものであるところ,本願明細書の発明の詳細な説明には,その解決手段として,本願組成要件を満たすものとすべき理由が説明されている。すなわち,本願明細書の段落【0021】,【0023】,【0025】,【0027】,【0029】,【0031】,【0033】,【0035】,【0038】,【0048】,【0058】及び【0060】には,本願組成要件に規定される各成分について,その成分がガラス形成においていかなる効果を有し,それが少なすぎたり,多すぎたりした場合にいかなる弊害が生じるかが記載され,それらを踏まえて,当該成分の好ましい含有比率の範囲として,本願組成要件が規定する数値範囲がそれぞれ記載されている。また,本願明細書の段落【0073】には,「TiO2成分の含有量とZrO2成分,Nb2O5成分の合計含有量の比を所定の値に調節することにより,部分分散比(θg,F)が小さいガラスが得られることを見出した」ことが記載され,段落【0074】には,「SiO2,B2O3,TiO2,ZrO2,Nb2O5,WO3,ZnO,SrO,Li2O,Na2Oの各成分の合計含有量を調節することにより,高屈折率高分散特性を有し,部分分散比が小さく,リヒートプレス成形時の失透を抑制したガラスが得られることを見出した」ことが記載され,これらの好ましい値として,本願組成要件が規定する数値(上限値又は下限値)がそれぞれ記載されている。
 しかるところ,以上のような発明の詳細な説明の記載を総合してみれば,本願発明における本願組成要件と本願物性要件との関係に関して,次のような理解が可能といえる。すなわち,まず,Nb2O5成分は,屈折率を高め,分散を大きくしつつ部分分散比を小さくし,化学的耐久性及び耐失透性を改善するのに有効な必須の成分であること(段落【0033】)から,本願組成要件において,その含有量が40%超65%以下とされ,組成物中で最も含有量の多い成分とされていることが理解できる。また,ZrO2成分は,屈折率を高め,部分分散比を小さくする効果があり(段落【0031】),他方,TiO2成分は,屈折率を高め,分散を大きくする効果がある反面,その量が多すぎると部分分散比が大きくなること(段落【0029】)から,「部分分散比が小さい光学ガラス」を得るためには,ZrO2及びNb2O5の含有量に対してTiO2の含有量が多くなりすぎることを避ける必要があり,そのために,TiO2/(ZrO2+Nb2O5)の値を一定以下とするものであること(段落【0073】)が理解でき,これが,本願組成要件において,各成分の含有量とともに規定される「TiO2/(ZrO2+Nb2O5)が0.2以下であり」との特定に反映され,本願発明の課題の解決(高屈折率高分散であって,かつ,部分分散比が小さい光学ガラスを提供すること)にとって重要な構成となっていることが理解できる。
ウ 他方,本願明細書の発明の詳細な説明における実施例の記載をみると,本願組成要件を満たす実施例(No.8,9,21,24~38,41,44,45,48~57,60~66)に係る組成物が,本願物性要件の全てを満たすことが示されているが,これらの組成物の組成は,本願組成要件に規定された各成分の含有比率,「TiO2/(ZrO2+Nb2O5)の値」及び「SiO2,B2O3,TiO2,ZrO2,Nb2O5,WO3,ZnO,SrO,Li2O,Na2Oの合計含有量」の各数値範囲の一部のもの(具体的には,別紙審決書4頁23行目から5頁8行目までに記載のとおりである。)でしかなく,上限から下限までの数値範囲を網羅するというものではない。
 すなわち,本願組成要件に規定された各数値範囲は,実施例によって本願物性要件を満たすことが具体的に確認された組成の数値範囲に比して広い数値範囲となっており,そのため,本願組成要件で特定される光学ガラスのうち,実施例に示された数値範囲を超える組成に係る光学ガラスについても,本願物性要件を満たし得るものであることを当業者が認識できるか否かが問題となる。
 そこで検討するに,まず,光学ガラスの製造に関しては,ガラスの物性が多くの成分の総合的な作用により決定されるものであるため,個々の成分の含有量の範囲等と物性との因果関係を明確にして,所望の物性のための必要十分な配合組成を明らかにすることは現実には不可能であり,そのため,ターゲットとされる物性を有する光学ガラスを製造するに当たり,当該物性を有する光学ガラスの配合組成を明らかにするためには,既知の光学ガラスの配合組成を基本にして,その成分の一部を,当該物性に寄与することが知られている成分に置き換える作業を行い,ターゲットではない他の物性に支障が出ないよう複数の成分の混合比を変更するなどして試行錯誤を繰り返すことで当該配合組成を見出すのが通常行われる手順であることが認められ,このことは,本願出願時において,光学ガラスの技術分野の技術常識であったものと認められる(甲5,6,17,18,21,22。以上のような技術常識の存在については,当事者間に争いがない。)。
 そして,上記のような技術常識からすれば,光学ガラスの製造に当たって,基本となる既知の光学ガラスの成分の一部を,物性の変化を調整しながら,他の成分に置き換えるなどの作業を試行錯誤的に行うことは,当業者が通常行うことということができるから,光学ガラス分野の当業者であれば,本願明細書の実施例に示された組成物を基本にして,特定の成分の含有量をある程度変化させた場合であっても,これに応じて他の成分を適宜増減させることにより,当該特定の成分の増減による物性の変化を調整して,もとの組成物と同様に本願物性要件を満たす光学ガラスを得ることも可能であることを理解できるものといえる。そして,前記イのとおり,当業者は,本願明細書の発明の詳細な説明の記載から,本願物性要件を満たす光学ガラスを得るには,「Nb2O5成分を40%超65%以下の範囲で含有し,かつ,TiO2/(ZrO2+Nb2O5)を0.2以下とする」ことが特に重要であることを理解するものといえるから,これらの条件を維持しながら,光学ガラスの製造において通常行われる試行錯誤の範囲内で上記のような成分調整を行うことにより,高い蓋然性をもって本願物性要件を満たす光学ガラスを得ることが可能であることも理解し得るというべきである。なお,これを具体的な成分に即して説明するに,例えば,本願発明の最多含有成分であるNb2O5についてみると,当業者であれば,実施例中最多の含有量(53.61%)を有する実施例50において,TiO2/(ZrO2+Nb2O5)を0.2以下とする条件を維持しながら,必須成分であるTiO2(6.48%),ZrO2(1.85%)又は任意成分であるNa2O(9.26%)から適宜置換することによって,本願物性要件を満たしつつ,Nb2O5を増やす調整を行うことも可能であることを理解するものと考えられ,同様に,実施例中Nb2O5の含有量が最少(43.71%)である実施例24において,TiO2/(ZrO2+Nb2O5)を0.2以下とする条件を維持しながら,もう1つの主成分であるSiO2(24.76%),必須成分であるZrO2(10.48%)又は任意成分であるLi2O(4.76%)への置換により,本願物性要件を満たしつつ,Nb2O5を減らす調整を行うことも可能であることを理解するものと考えられる(以上のことは,本願組成要件に係るNb2O5以外の成分についても,同様にいえることであり,この点については,原告の前記第3の2⑵記載の主張が参考となる。)。
 してみると,本願明細書の実施例に係る組成物の組成が,本願組成要件に規定された各成分の含有比率,「TiO2/(ZrO2+Nb2O5)の値」及び「SiO2,B2O3,TiO2,ZrO2,Nb2O5,WO3,ZnO,SrO,Li2O,Na2Oの合計含有量」の各数値範囲の一部のものにすぎないとしても,本願明細書の発明の詳細な説明の記載及び本願出願時における光学ガラス分野の技術常識に鑑みれば,当業者は,本願組成要件に規定された各数値範囲のうち,実施例として具体的に示された組成物に係る数値範囲を超える組成を有するものであっても,高い蓋然性をもって本願物性要件を満たす光学ガラスを得ることができることを認識し得るというべきであり,更に,そのように認識し得る範囲が,本願組成要件に規定された各成分の各数値範囲の全体(上限値や下限値)にまで及ぶものといえるか否かについては,成分ごとに,その効果や特性を踏まえた具体的な検討を行うことによって判断される必要があるものといえる。
・・・
⑶ 小括
 以上のとおり,本願につき,サポート要件に適合しないものとした本件審決の判断は誤りであり,この点については,上記(2)で述べた趣旨に沿って,改めて特許庁における審理・判断(必要な拒絶理由通知を行うことを含む。)がされるべきものといえるから,原告主張の取消事由2は理由がある。
3 取消事由3(実施可能要件についての判断の誤り)について
 本件審決は,本願明細書に,本願組成要件のごく一部の範囲の実施例が記載され,各成分のはたらきが個別に記載されていたとしても,実施例から離れた広範な本願組成要件の数値範囲において,限定された本願物性要件を満たす光学ガラスの具体的な各成分の含有量を決定することは,当業者に過度の試行錯誤を要求するものといえるから,本願の発明の詳細な説明の記載は,本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえず,本願は実施可能要件に適合しない旨判断する。
 しかしながら,本願明細書の実施例に係る組成物の組成が,本願組成要件に規定された各成分の含有比率,「TiO2/(ZrO2+Nb2O5)の値」及び「SiO2,B2O3,TiO2,ZrO2,Nb2O5,WO3,ZnO,SrO,Li2O,Na2Oの合計含有量」の各数値範囲の一部のものにすぎないとしても,前記2(2)で述べたとおりの本願明細書の発明の詳細な説明の記載及び本願出願時における光学ガラス分野の技術常識からすれば,光学ガラス分野の当業者であれば,本願明細書の実施例に示された組成物を基本にして,特定の成分の含有量をある程度変化させた場合であっても,これに応じて他の成分を適宜増減させることにより,当該特定の成分の増減による物性の変化を調整して,もとの組成物と同様に本願物性要件を満たす光学ガラスを得ることも可能であることを理解するものであり,特に,本願物性要件を満たす光学ガラスを得るのに重要な「Nb2O5成分を40%超65%以下の範囲で含有し,かつ,TiO2/(ZrO2+Nb2O5)を0.2以下とする」との条件を維持しながら,光学ガラスの製造において通常行われる試行錯誤の範囲内で上記のような成分調整を行うことにより,本願物性要件を満たす光学ガラスを得ることが可能であることを理解するものといえる。そして,そのようにして本願物性要件を満たす光学ガラスを得ることができると考えられる各成分の数値範囲が,本願組成要件に規定された各成分の各数値範囲の全体に及ぶものといえるか否かについては,成分ごとに,その効果や特性を踏まえた具体的な検討を行うことによって判断される必要があるものといえる。
 これに対し,本件審決の判断は,本願組成要件に規定された各成分の含有比率,「TiO2/(ZrO2+Nb2O5)の値」及び「SiO2,B2O3,TiO2,ZrO2,Nb2O5,WO3,ZnO,SrO,Li2O,Na2Oの合計含有量」の各数値範囲のうち,当業者が過度な試行錯誤を要することなく本願物性要件を満たす光学ガラスを得ることができる範囲を,実施例として具体的に示されたガラス組成の各数値範囲に限定するものにほかならないところ,上記で述べたところからすれば,このような判断は誤りというべきである。本件審決は,上記のとおり,本願の実施可能要件充足性を判断するに当たって必要とされる,本願物性要件を満たす光学ガラスを得ることができると考えられる各成分の数値範囲が本願組成要件に規定された各成分における数値範囲の全体に及ぶものといえるか否かについての具体的な検討を行うことなく,実施例として示された各数値範囲が本願組成要件に規定された各数値範囲の一部にとどまることをもって,直ちに本願の実施可能要件充足性を否定したものであるから,そのような判断は誤りといわざるを得ず,また,その誤りは審決の結論に影響を及ぼすものといえる。

 以上のとおり,本願につき,実施可能要件に適合しないものとした本件審決の判断は誤りであり,この点については,上記で述べた趣旨に沿って,改めて特許庁における審理・判断(必要な拒絶理由通知を行うことを含む。)がされるべきものといえるから,原告主張の取消事由3は理由がある。」

2017年11月12日日曜日

装置クレームの明確性が争われた事例

知財高裁平成29年9月21日判決
平成28年(行ケ)第10236号 審決取消請求事件

1.概要
 被告が有する特許5306571号に対し、原告は、明確性要件違反等を理由として無効審判を請求した。特許庁は平成28年10月3日に、請求は成り立たない(特許有効)の審決をした。被告は、審決の取り消しを求めて知財高裁に出訴した。知財高裁は、本件特許は請求項の記載が明確でないと判断し、審決を取り消した。
 本件発明は下記の通り、「無洗米の製造装置」であるにもかかわらず、その請求項には、装置の構造が具体的に記載されておらず、主に、達成しようとする目的が記載されたものであった。請求項は一見して不明確に思われるが、特許庁は権利を付与し、無効審判においても、一旦は明確性要件違反無しと判断されており、興味深い。

2.本件発明1(請求項1)
「 外から順に,表皮(1),果皮(2),種皮(3),糊粉細胞層(4)と,澱粉を含まず食味上もよくない黄茶色の物質の層により表層部が構成され,該表層部の内側は,前記糊粉細胞層(4)に接して,一段深層に位置する薄黄色の一層の亜糊粉細胞層(5)と,該亜糊粉細胞層(5)の更に深層の,純白色の澱粉細胞層(6)により構成された玄米粒において,前記玄米粒を構成する糊粉細胞層(4)と亜糊粉細胞層(5)と澱粉細胞層(6)の中で,搗精により糊粉細胞層(4)までを除去し,該糊粉細胞層(4)と澱粉細胞層(6)の間に位置する亜糊粉細胞層(5)を外面に残して,該一層の,マルトオリゴ糖に生化学変化させる酵素や食物繊維や蛋白質を含有する亜糊粉細胞層(5)を米粒の表面に露出させ,前記精白米には,全米粒の内,『舌触りの良くない胚芽(7)の表層部や突出部を削り取り,残された基底部である胚盤(9)』,または『胚芽(7)の表面部を削りとられた胚芽(8)』が残った米粒の合計数が,全体の50%以上を占めるように搗精され,前記搗精により亜糊粉細胞層(5)を表面に露出させた白米を,該亜糊粉細胞層(5)が表面に現れた時の白度37前後に仕上げ,更に糊粉細胞層(4)の細胞壁(4’)が破られ,その中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で白米の表面に付着する『肌ヌカ』を,無洗米機により分離除去する無洗米処理を行うことを特徴とする旨み成分と栄養成分を保持した無洗米の製造装置であって,
 全精白行程の終末寄りから少なくとも3分の2以上の行程に摩擦式精米機を用い,前記摩擦式精米機の精白除糠網筒の内面をほぼ滑面状となし,且つ精白ロールの回転数を毎分900回以上の高速回転とすること,及び,無洗米機を備えたことを特徴とする旨み成分と栄養成分を保持した無洗米の製造装置。」

3.審決の判断(明確性要件違反なし。特許有効)
「本件特許請求の範囲請求項1及び2の記載は,請求人が主張した記載によっては明確性要件を満たしていないとはいえない。
ア 請求項1及び2の「食味上もよくない黄茶色の物質の層」という記載は,「外から順に,表皮(1),果皮(2),種皮(3),糊粉細胞層(4)と」「構成された」「表層部」についての玄米一般に係る記載といえるから,当該記載により本件発明が不明確になるものではない。
イ 同「亜糊粉細胞層(5)を外面に残して,該一層の,マルトオリゴ糖に生化学変化させる酵素や食物繊維や蛋白質を含有する亜糊粉細胞層(5)を米粒の表面に露出させ,」という記載は,記載内容自体が明確でないとはいえず,本件発明が不明確になるものではない。なお,仮に実現の可能性が低いとしても,発明が不明確であることにはならない。
ウ 同「前記精白米には,全米粒の内,『舌触りの良くない胚芽(7)の表層部や突出部を削り取り,残された基底部である胚盤(9)』,または『胚芽(7)の表面部を削りとられた胚芽(8)』が残った米粒の合計数が,全体の50%以上を占めるように搗精され,」という記載は,1粒の米粒に係る記載ではなく,複数の米粒の半数以上のものについての記載と解されるのであって,その記載内容自体が明確でないとまではいえない。
エ 請求項1の「前記摩擦式精米機の精白除糠網筒の内面をほぼ滑面状となし,」という記載は,特に「ほぼ滑面状」という範囲を曖昧にし得る表現があるものの,例えば,本件明細書の「従来の摩擦式精米機では,能率を向上させるために,精白除糠網筒の内面にイボ状,または線状等の突起を設け,糠層を一度に分厚く剥離していたのをなくし,糠層を表面から少しずつ剥離させるために,同網筒の内面を滑面にする」(【0029】)との記載,「若干微細な凹凸があるものの,従来のものにくらべ,はるかに凸部が低くなっている」(【0031】)との記載,「精白除糠網の内面がほぼ滑面状となっているから,・・・それらの作用により精白時に,米粒を薄く表面より少しずつ薄皮を剥がす如く剥離させるから,従来の如く,一度に分厚く糠層が削ぎ落とされるために生じる,ムラ剥離されることはない」(【0033】)という記載,及び,本件出願時の技術常識を考慮すると,「従来のものにくらべ,はるかに凸部が低くなってい」て「精白時に,米粒を薄く表面より少しずつ薄皮を剥がす如く剥離させる」ことができる精白除糠網筒の内面であることが理解でき,本件発明1が不明確になるものではない。
オ 同「精白ロールの回転数を毎分900回以上の高速回転とする」という記載は,回転数の下限だけを示すような数値範囲限定であって範囲を曖昧にし得る表現があるものの,例えば,本件明細書の「更にこれも常識に逆行して非効率的ではあるが,同精米機の回転数を早めるのである」(【0029】)との記載及び本件出願時の技術常識を考慮すると,本件発明1においては回転数の上限値が問題となるのではなく,毎分900回転という下限値未満とならないようにすることに技術的意義を有することが理解でき,本件発明1が不明確になるものではない。
カ 請求項1及び2の「無洗米機を備えた」という記載は,記載内容自体が明確でないとはいえず,本件発明が不明確になるものではない。」

4.裁判所の判断(明確性要件違反、審決取消)
「(1) 特許法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載に関し,特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。この趣旨は,特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には,特許の付与された発明の技術的範囲が不明確となり,第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得るため,そのような不都合な結果を防止することにある。そして,特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載のみならず,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願時における技術常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
(2)ア 請求項1及び2の「外から順に,表皮(1),果皮(2),種皮(3),糊粉細胞層(4)と,澱粉を含まず食味上もよくない黄茶色の物質の層により表層部が構成され,該表層部の内側は,前記糊粉細胞層(4)に接して,一段深層に位置する薄黄色の一層の亜糊粉細胞層(5)と,該亜糊粉細胞層(5)の更に深層の,純白色の澱粉細胞層(6)により構成された玄米粒において,」の部分(以下「記載事項A」という。)について
 記載事項Aは,本件発明の無洗米の製造装置における処理対象である玄米粒の構成について,その表層部から深層部に至る各部分の名称を順に列挙するものであり,上記無洗米の製造装置の構造又は特性に直接関連するものではない。
イ 請求項1及び2の「前記玄米粒を構成する糊粉細胞層(4)と亜糊粉細胞層(5)と澱粉細胞層(6)の中で,搗精により糊粉細胞層(4)までを除去し,該糊粉細胞層(4)と澱粉細胞層(6)の間に位置する亜糊粉細胞層(5)を外面に残して,該一層の,マルトオリゴ糖に生化学変化させる酵素や食物繊維や蛋白質を含有する亜糊粉細胞層(5)を米粒の表面に露出させ,前記精白米には,全米粒の内,『舌触りの良くない胚芽(7)の表層部や突出部を削り取り,残された基底部である胚盤(9)』,または『胚芽(7)の表面部を削りとられた胚芽(8)』が残った米粒の合計数が,全体の50%以上を占めるように搗精され,前記搗精により亜糊粉細胞層(5)を表面に露出させた白米を,該亜糊粉細胞層(5)が表面に現れた時の白度37前後に仕上げ,」の部分(以下「記載事項B」という。)について
 記載事項Bは,本件発明の無洗米の製造装置を用いた精米方法又は上記無洗米の製造装置により得られる精白米の性状を表したものであり,上記無洗米の製造装置の構造又は特性を直接特定する記載ではない。
ウ 請求項1及び2の「更に糊粉細胞層(4)の細胞壁(4’)が破られ,その中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で白米の表面に付着する『肌ヌカ』を,無洗米機により分離除去する無洗米処理を行うことを特徴とする」の部分(以下「記載事項C」という。)について
 記載事項C は,白米の表面に付着する「肌ヌカ」を無洗米機により分離除去する無洗米化処理を行うことを記載したものであり,本件発明の無洗米の製造装置が無洗米機をその構成の一部としていることを表しているが,それ以上に,上記無洗米の製造装置の構造又は特定を直接特定する記載ではない。
エ 請求項1及び2の「旨み成分と栄養成分を保持した無洗米の製造装置であって,」の部分(以下「記載事項D」という。)について
 記載事項Dの「無洗米の製造装置であって」という部分は,本件発明が無洗米の製造のための装置の発明であることを示す記載であり,発明のカテゴリーを示して,その技術的範囲を定めるものと解される。
 記載事項Dの「旨み成分と栄養成分を保持した」という部分は,本件発明の無洗米の製造装置で製造される無洗米の特性を示したものであり,前記無洗米の製造装置の構造又は特性を直接特定する記載ではない。
オ 請求項1の「全精白行程の終末寄りから少なくとも3分の2以上の行程に摩擦式精米機を用い,」の部分(以下「記載事項E」という。)について
 記載事項Eは,それのみでは,これが精米工程,すなわち,方法を表すものなのか,請求項1の無洗米の製造装置に少なくとも摩擦式精米機が含まれているという構造を示すものなのか,必ずしも判然としない。
 しかしながら,本件明細書には,実施例として,第1精米機,第2精米機,第3精米機を構成に含み,これらはいずれも噴風摩擦式精米機であるが,第1精米機のみは研削式にする場合もあるという無洗米の製造装置が記載されており(【0030】),玄米は,第1精米機において中途精白米に仕上げられ,第2精米機において,更に精白度を高めた中途精白米に仕上げられ,第3精米機において,最適の白度に仕上げられる(【0032】)のであって,本件発明の精米装置では,「全行程,もしくは終末寄りの工程が噴風摩擦式精米機によって構成され,それが少なくとも全精米工程の少なくとも3分の2以上を占めている。」(【0037】)旨が記載されている。
 これらの記載を斟酌すると,記載事項Eは,本件発明1に係る無洗米の製造装置の構成につき,摩擦式精米機が全精白工程の少なくとも3分の2以上の工程を占めるように構成されたとの特定をしていると解することができるから,上記無洗米の製造装置の構造を示すものということができる。
カ 請求項1の「前記摩擦式精米機の精白除糠網筒の内面をほぼ滑面状となし,」の部分(以下「記載事項F」という。)について
 記載事項Fには,「精白除糠網筒の内面」を「ほぼ滑面状とな」すという動詞を用いた記載が含まれているが,「ほぼ滑面状」とされるのは「精白除糠網筒の内面」であり,本件明細書には,本件発明1の無洗米の製造装置が完成した状態において,「精白除糠網筒の内面」が「滑面」(【0029】),「ほとんど,滑面状」(【0033】),又は「ほぼ滑面状」(【0037】)である旨が記載されており,従来の摩擦式精米機の「精白除糠網筒の内面」には「突起」が設けられていたが,本件発明1の無洗米の製造装置では,これを「滑面」にする旨(【0029】)の記載がある一方,精白除糠網筒の製造方法の記載はないから,記載事項F は,「精白除糠網筒の内面」が「ほぼ滑面状」である「精白除糠網筒」をその構成に含むことを,精白除糠網筒の内面の状態を示すことにより,特定したものと解される。したがって,上記無洗米の製造装置の構造を示すものということができる。
キ 請求項1の「且つ精白ロールの回転数を毎分900回以上の高速回転とすること,」の部分(以下「記載事項G」という。)について
 記載事項Gは,本件発明1に係る無洗米の製造装置を構成する精米機が,「精白ロール」を有するという,前記装置の構成を特定する記載と,その運転条件である回転数に関する記載を含むものであり,後者は,本件明細書の「それらの噴風摩擦式精米機の回転数も毎分900回転以上の高速回転で運転される」(【0031】),「本装置は毎分900回の高速回転をさせている」(【0033】)との記載に照らすと,本件発明1に係る無洗米の製造装置の構成につき,上記回転数以上で運転するものと特定していると解することができるから,上記無洗米の製造装置の構造又は特性を特定するものということができる。
ク 請求項1及び2の「及び,無洗米機を備えたことを特徴とする」の部分(以下「記載事項H」という。)について
 記載事項Hは,本件発明に係る無洗米の製造装置の構成には,無洗米機が含まれることを特定している。
 本件明細書には,実施例の説明として,無洗米機は,公知の無洗米機(【0031】,【0036】)と記載されているのみであって,当該無洗米機の構造又は特性についての記載は見当たらないが,「公知の無洗米機」であるという意味では特定されているということができる。
ケ 請求項1及び2の「旨み成分と栄養成分を保持した無洗米の製造装置。」の部分(以下「記載事項I」という。)について
 記載事項Iは,記載事項Dと同内容であり,前記エのとおりである。
(3) 以上の記載事項A~Iについての検討を総合すると,本件発明1の無洗米の製造装置は,少なくとも,摩擦式精米機(記載事項F)と無洗米機(記載事項C)をその構成の一部とするものであり,その摩擦式精米機は,全精白構成の終末寄りから少なくとも3分の2以上の工程に用いられているものである(記載事項E)上,精白除糠網筒(記載事項F)と精白ロール(記載事項G)をその構成の一部とするものであり,その精白除糠網筒の内面は,ほぼ滑面状であって(記載事項F),精白ロールの回転数は毎分900回以上の高速回転とするものである(記載事項G)と認められる。
 したがって,上記の無洗米の製造装置の構造又は特性は,記載事項A~Iから理解することができる。
 しかしながら,請求項1の無洗米の製造装置の特定は,上記の装置の構造又は特性にとどまるものではなく,精米機により,亜糊粉細胞層を米粒表面に露出させ,米粒の50%以上について胚盤又は表面部を削り取られた胚芽を残し,白度37前後に仕上がるように搗精し(記載事項B),白米の表面に付着する肌ヌカを無洗米機により分離除去する無洗米処理を行う(記載事項C)ものであり,旨味成分と栄養成分を保持した無洗米を製造するもの(記載事項D,I)である。
 このうち,亜糊粉細胞層を米粒表面に露出させ,米粒の50%以上について胚盤又は表面部を削り取られた胚芽を残し,白度37前後に仕上がるように搗精する(記載事項B)ことについては,本件明細書の発明の詳細な説明において,本件発明に係る無洗米の製造装置のミニチュア機で,白度37前後の各白度に搗精した精米を,洗米するか,公知の無洗米機によって通常の無洗化処理を行い,炊飯器によって炊飯し,その黄色度を黄色度計で計り,黄色度11~18の内の好みの供試米の白度に合わせて搗精を終わらせる時を調整して,本格搗精をすることにより行うこと(【0035】),このようにして仕上がった精白米は,亜糊粉細胞層が米粒表面をほとんど覆っていて,かつ,全米粒のうち,表面が除去された胚芽と胚盤が残った米粒の合計数が,少なくとも50%以上を占めていること(【0036】)が記載されており,結局のところ,ミニチュア機で実際に搗精を行うことにより,本格搗精を終わらせる時を調整することにより実現されるものであることが記載されている。
 したがって,本件明細書には,本件発明1の無洗米の製造装置につき,その特定の構造又は特性のみによって,玄米を前記のような精白米に精米することができることは記載されておらず,その運転条件を調整することにより,そのような精米ができるものとされている。そして,その運転条件は,本件明細書において,毎分900回以上の高速回転で精白ロールを回転させること以外の特定はなく,実際に上記のような精米ができる精白ロールの回転数や,精米機に供給される玄米の供給速度,精米機の運転時間などの運転条件の特定はなく,本件出願時の技術常識からして,これが明らかであると認めることもできない。
 ところで,本件明細書の発明の詳細な説明において,亜糊粉細胞層(5)については,「糊粉細胞層4に接して,糊粉細胞層4より一段深層に位置して僅かに薄黄色をした」,「厚みも薄く1層しかない」ものであり(【0015】),「亜糊粉細胞5は・・・整然と目立って並んでいる個所は少なく,ほとんどは顕微鏡でも確認しにくいほど糊粉細胞層4に複雑に貼り付いた微細な細胞であり,それも平均厚さが約5ミクロン程度の極薄のものである」(【0018】)と記載され,胚芽(8)及び胚盤(9)については,「胚芽7の表面部を除去された」ものが胚芽(8)であり,それを更に削り取ると胚盤(9)になる(【0023】)と記載されている。しかるところ,本件明細書の発明の詳細な説明には,米粒に亜糊粉細胞層(5)と胚芽(8)及び胚盤(9)を残し,それより外側の部分を除去することをもって,米粒に「旨み成分と栄養成分を保持」させることができる旨が記載されており(【0017】~【0023】),玄米をこのような精白米に精米する方法については,「従来から,飯米用の精米手段は摩擦式精米機にて行うことが常識とされている」が,その搗精方法では,必然的に,米粒から亜糊粉細胞層(5)や胚芽(8)及び胚盤(9)も除去されてしまうこと(【0024】,【0025】)が記載されている。また,本件明細書の発明の詳細な説明には,「摩擦式精米機では米粒に高圧がかかり,胚芽は根こそぎ脱落する」から,胚芽を残存させるには,研削式精米機による精米が不可欠とされていた(【0029】)ところ,研削式精米機により精米すると,むらが生じ,高白度になると,亜糊粉細胞層(5)の内側の澱粉細胞層(6)も削ぎ落とされている個所もあれば,糊粉細胞層(4)だけでなく,それより表層の糠層が残ったままの部分もあるという状態になること(【0027】)が記載されている。
 そうすると,精米機により,亜糊粉細胞層を米粒表面に露出させ,米粒の50%以上において胚盤又は表面を削り取られた胚芽を残し,白度37前後に仕上がるように搗精することは,従来の技術では容易ではなかったことがうかがわれ,上記のとおり,本件明細書に具体的な記載がない場合に,これを実現することが当業者にとって明らかであると認めることはできない。

 本件発明1は,無洗米の製造装置の発明であるが,このような物の発明にあっては,特許請求の範囲において,当該物の構造又は特性を明記して,直接物を特定することが原則であるところ(最高裁判所平成27年6月5日第二小法廷判決・民集69巻4号904頁参照),上記のとおり,本件発明1は,物の構造又は特性から当該物を特定することができず,本件明細書の記載や技術常識を考慮しても,当該物を特定することができないから,特許を受けようとする発明が明確であるということはできない。」

2013年12月3日火曜日

請求項中の符号は発明を限定しないと判断された事例


東京地裁平成25年10月31日判決

平成24年(ワ)第3817号 特許権侵害行為差止請求事件

 

1.概要

 本件は、特許権侵害訴訟の第一審判決である。

 東京地裁は被告製品が原告特許権を侵害すると判断し、原告による差止請求等を認めた。

 原告特許権の請求項1では「金属粉収集機構(12H,16,19A,19B)」という構成が記載されている。

 東京地裁は、金属粉収集機構は符号12H,16,19A,19Bで示される実施形態には限定されず、明細書に記載されている他の実施形態も含むと解釈し、被告製品が「金属粉収集機構(12H,16,19A,19B)」を充足すると判断した。

 

2.裁判所の判断のポイント

「特許請求の範囲の括弧内に符号を記載することに関しては,特許法施行規則24条の4及び様式29の2の〔備考〕14のロに「請求項の記載の内容を理解するために必要があるときは,当該願書に添付した図面において使用した符号を括弧をして用いる。」と規定されているところであり,これによれば,特許請求の範囲中に括弧をして符号が用いられた場合には,特段の事情のない限り,記載内容を理解するための補助的機能を有するにとどまり,符号によって特許請求の範囲に記載された内容を限定する機能は有しないものと解される。

 この点に関し,被告は,本件出願人は,本件補正書に係る補正によってこれらの符号により特定される実施形態以外の構成を意識的に除外したから,「金属粉収集機構(12H,16,19A,19B)」は,これらの実施形態の構成に限られ,蛇腹状のカバーの内面の凹部は構成要件Eにいう「金属粉収集機構」に当たらない旨主張する。

 しかし,これらの符号は本件補正書に係る補正の前から明細書及び図- 22 - 面中で使用されていたものであり(乙1),前記(1)イ記載の本件特許の出願経過に照らし,本件出願人が拒絶理由の回避のために特定の構成を除外する意図でこれらの符号を付したとは認め難い。そうすると,本件において上記特段の事情があると認めることはできないから,符号「(12H,16,19A,19B)」の記載は,特許請求の範囲に記載された内容をこれらの符号により特定される実施形態の構成に限定するものではないと解すべきである。」

 

2013年7月23日火曜日

機能的クレームに関する実施可能要件充足性が争われた事例


知財高裁平成25年7月8日判決

平成24年(行ケ)第10294号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例は、無効審判審決(特許は有効)に対する審決取消訴訟において、審決に取り消理由はないと判断された事例である。争点のひとつは実施可能要件充足性である。

 本件特許1は電子部品の樹脂封止成形方法であり、「樹脂封止成形装置に既に備えられた上記モールディングユニットに対して他のモールディングユニットを着脱自在の状態で装設することにより,該モールディングユニットの数を任意に増減調整する工程」を特徴のひとつとしている。ここで「着脱自在」を実現するための手段として、明細書図面中では「係合手段38」が開示されている。しかし、位置決め手段,固定手段,解除手段及び付帯設備等の具体的な開示はない。

 このような場合に「着脱自在」という構成を実施できるように明細書が記載されているかどうかが争われた。裁判所は「一般の機械分野においては,部品同士又はユニット同士を着脱自在とする構成については,従来から様々な手段が知られているから,当業者であれば,本件明細書に位置決め手段,固定手段,解除手段及び付帯設備等の具体的な開示がなくても,従来から知られている手段を採用することで,モールディングユニットと他のモールディングユニットを着脱自在に装設できるものと認められる。」と判断した。

 機能的表現に関しては、本件のような実施可能要件充足性の判断と、特許権侵害訴訟における権利範囲の解釈とが一致するとは限らない点には注意が必要である。たとえば本ブログでも紹介した「知財高裁平成25年6月6日判決、平成24年(ネ)第10094号 特許権侵害差止等請求控訴事件」では、「スライド可能に係合」させ「分離不能に保持」という機能的クレームの権利範囲を解釈するにあたり、一般的な機械分野での慣用技術の範囲にまで無条件に権利範囲が及ぶわけではないと判断されている。

 

2.本件特許1(被告特許請求項1)

 固定型と可動型とを対向配置した金型と,該金型に配設した樹脂材料供給用のポットと,該ポットに嵌装した樹脂加圧用のプランジャと,上記金型の型面に配設したキャビティと,該キャビティと上記ポットとの間に配設した樹脂通路とを有するモールディングユニットを用いてリードフレーム上に装着した電子部品を樹脂材料にて封止成形する電子部品の樹脂封止成形方法であって,

 樹脂封止成形装置に既に備えられた上記モールディングユニットに対して他のモールディングユニットを着脱自在の状態で装設することにより,該モールディングユニットの数を任意に増減調整する工程と,

 上記各モールディングユニットに電子部品を装着した樹脂封止前リードフレーム及び樹脂タブレットを供給する工程と,

上記各モールディングユニットを用いて,上記電子部品の樹脂封止成形を行う工程と,

樹脂封止された電子部品を上記各モールディングユニットから外部へ取出す工程とを備えたことを特徴とする電子部品の樹脂封止成形方法。

 

3.特許明細書段落0035の開示

「また、図1に示した最少構成単位の組合せから成る電子部品の樹脂封止成形装置におけるモールディングユニット5と、これに連結され或は取り外される他のモールディングユニット5との間には、両者の連結及び位置決めを簡易に且つ確実に行うための係合手段38が夫々設けられている。該係合手段38は、例えば、図3及び図7に示すように、モールディングユニット5のボトムベース39に形成した凹凸状の嵌合部等から構成すればよい。」

 

4.裁判所の判断のポイント

「4 取消事由3(実施可能要件に関する認定判断の誤り)について

(1) 「着脱自在」に関する実施可能要件違反について

 原告は,増減調整作業を簡単かつ迅速に実現するためには,その他の技術的手段として,位置決め手段,固定手段,解除手段及び付帯設備等が開示されていなければならないが,本件明細書には,これらの各手段については何ら開示されていないし,本件発明は半導体樹脂封止成形装置に関するものであるところ,半導体樹脂封止成形装置のサイズ及び重量ともに極めて大きく,モールディングユニットとモールディングユニットとの着脱作業を簡易かつ即座に行うことは全く容易ではないという事情の下で,本件発明はモールディングユニット相互の着脱を簡易かつ即座に行うことを可能にしたことを本質的要素とするものであるから,本件特許明細書中には,モールディングユニット相互の簡易かつ即座な着脱を実現するための技術的手段が詳細かつ具体的に開示されていなければならないのに,本件特許明細書に開示があるのは僅かに抽象的な「係合手段38」の記載及び図示のみであり,このような貧弱な記載及び図示のみでは,当業者が「着脱『自在』」との特許発明を実施することができるとは到底いえず,実施可能要件を充足しているとはいえないなどと主張する。

 しかし,本件明細書の【0035】には,モールディングユニットを着脱自在とするための手段として,「モールディングユニット5と,これに連結され或いは取り外されるモールディングユニット5」の「連結及び位置決めを簡易に且つ確実に行うための係合手段38」が例示されている。そして,一般の機械分野においては,部品同士又はユニット同士を着脱自在とする構成については,従来から様々な手段が知られているから,当業者であれば,本件明細書に位置決め手段,固定手段,解除手段及び付帯設備等の具体的な開示がなくても,従来から知られている手段を採用することで,モールディングユニットと他のモールディングユニットを着脱自在に装設できるものと認められる。

 したがって,原告の上記主張を採用することはできない。」

2013年7月1日月曜日

特許権侵害訴訟における機能的クレームの解釈と、機能的クレームに対する均等論適用の余地について争われた事例


特許権侵害訴訟における機能的クレームの解釈と、機能的クレームに対する均等論適用の余地について争われた事例

 

知財高裁平成25年6月6日判決言渡

平成24年(ネ)第10094号 特許権侵害差止等請求控訴事件

原審・大阪地方裁判所平成23年(ワ)第10341号

 

1.概要

 本事例は、特許権侵害訴訟の第二審判決である。第一審では、特許権者である原告が被告に、被告製品の生産の差し止めなどを求めたが請求は棄却された。第二審において特許権者である控訴人は原判決の取消等を求めたが控訴は棄却された。

 控訴人が有する本件特許発明1等には「スライド可能に係合」、「分離不能に保持」という構成要件がある。この構成要件が「機能的」表現として解釈すべきかが争われ、知財高裁は「機能的」表現として解釈すべきと判断し、その結果被告製品はこれらの構成要件を満足しないと結論付けた。原告は、被告製品の対応する構成は技術分野にかかわりなく適用可能な慣用技術だと主張したが、知財高裁は「技術分野を問わず汎用される慣用技術であるとしても,控訴人が慣用技術の根拠として引用する上記各書証に開示された技術等は,発明が解決しようとする課題,発明の目的,課題を解決するための手段,基本構成及び使用態様等が,いずれも本件各特許発明とは異なるものであって,本件明細書には当該慣用技術を採用する動機付けが何ら開示も示唆もされておらず,上記各書証にも,本件各特許発明の技術的課題について何らの開示も示唆もされていないのであるから,本件各特許発明に当該技術を適用して被告各製品の構成を採用する動機付けがない」と判断した

 また、機能的クレームと解釈された構成要件に均等論適用の余地があるか否かも争われた。被控訴人(第一審被告)は均等論適用の余地はないと主張したが、知財高裁は、均等論適用の余地はあると判断した。ただし、均等論適用の要件を満たさないという理由で被告製品は控訴人特許権の技術的範囲に属さないと結論付けている。

 

2.本件特許発明1(下線部が機能的クレームと解釈すべきか争われた)

 「パソコン等の器具の本体ケーシングに開設された盗難防止用のスリットに挿入される盗難防止用連結具であって,主プレートと補助プレートとを,スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合し且つ両プレートは分離不能に保持され,主プレートは,ベース板と,該ベース板の先端に突設した差込片と,該差込片の先端に側方へ向けて突設された抜止め片とを具え,補助プレートは,主プレートに対して,前記主プレートの差込片の突出設方向に沿ってスライド可能に係合したスライド板と,該スライド板を差込片の突出方向にスライドさせたときに,差込片と重なり,逆向きにスライドさせたときに,差込片との重なりが外れるように突設された回止め片とを具え,主プレートと補助プレートには,補助プレートを前進スライドさせ,差込片と回止め片とを重ねた状態で,互いに対応一致する位置に係止部が形成されていることを特徴とするパソコン等の器具の盗難防止用連結具。」

 

3.裁判所の判断のポイント

3.1.「スライド可能に係合」、「分離不能に保持」の解釈について

「本件各特許発明の「スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合し且つ両プレートは分離不能に保持され」とのクレームのうち,「スライド可能に係合」及び「分離不能に保持」との機能的・抽象的な記載では,係合手段及び保持手段について,本件各特許発明の目的及び効果を達成するために必要な具体的な構成を明らかにするものということはできない。このように,特許請求の範囲に記載された構成が機能的,抽象的な表現で記載されている場合において,当該機能ないし作用効果を果たし得る構成であればすべてその技術的範囲に含まれると解すると,明細書に開示されていない技術思想に属する構成までもが発明の技術的範囲に含まれることになりかねない。しかし,それでは当業者が特許請求の範囲及び明細書の記載から理解できる範囲を超えて,特許の技術的範囲を拡張することとなり,発明の公開の代償として特許権を付与するという特許制度の目的にも反することとなる。したがって,特許請求の範囲が上記のような表現で記載されている場合には,その記載のみによって発明の技術的範囲を明らかにすることはできず,上記記載に加えて明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌し,そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきである。ただし,このことは,発明の技術的範囲を明細書に記載された具体的な実施例に限定するものではなく,実施例としては記載されていなくても,明細書に開示された発明に関する記述の内容から当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が実施し得る構成であれば,その技術的範囲に含まれるというべきである。

 これを本件についてみると,「スライド可能に係合」とのクレームについて本件明細書で開示されている構成は,従来技術及び実施例のいずれにおいても,差込片をスリットへ挿入する方向(ないし差込片の突出方向)に向かって,直線的に互いに前後移動(スライド)する構成のみであり,また,「スライド可能に係合」し,かつ「分離不能に保持」とのクレームについて本件明細書で開示されている構成は,一方のプレートにスライド方向に延びた長孔を開設し,他方のプレートにピンを固定し,当該ピンが当該長孔にスライド可能に嵌められる構成しかなく,それ以外の構成について具体的な開示はないし,これを具体的に示唆する表現もない。したがって,本件各特許発明の「スライド可能に係合」及び「分離不能に保持」とのクレームについては,上記のとおり,本件明細書に開示された構成及び本件明細書の発明の詳細な説明の記載から当業者が実施し得る構成に限定して解釈するのが相当である。

 これに対し,「スライド可能に係合」し,かつ「分離不能に保持」とのクレームに対応する被告各製品の構成は,前記(1)ウのとおり,主プレートと補助部材とを一つのピンによって一端を枢結し,上記ピンを中心に,円を描くように回動する方向でスライド可能とする構成であって,これが本件明細書に開示された構成と異なることは明らかであって,本件明細書の発明の詳細な説明に開示された主プレートと補助プレートの「スライド可能に係合」し,かつ「分離不能に保持」を実現する構成とは,その構造が全く異なるものであって,当業者が本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて容易に実施し得る構成であるということはできない。

 この点,控訴人は,複数の部材をピン等で枢結し,「スライド可能に係合」させ,「分離不能に保持」する構成を実現し,かつ,当該枢結点を中心に回転させた場合に,枢結点から離れた点においては,回転角度が小さい範囲では略直線の軌道を描くことを利用した構成は,技術分野を問わず汎用される慣用技術であり,かかる慣用技術を踏まえれば,被告各製品の構成は,本件明細書に当業者が容易に実施し得る程度に開示されている旨主張し,同主張に沿う書証として,甲14ないし18,20,22ないし29,30の1及び2,甲34ないし39,43及び44を引用する。

 しかしながら,上記各書証の技術等の開示事項は,いずれも盗難防止用連結具という技術分野に関する発明である本件各特許発明とは技術分野及び技術的課題が異なるものである上,仮に複数の部材をピン等で枢結し,「スライド可能に係合」させ,「分離不能に保持」するとの技術が技術分野を問わず汎用される慣用技術であるとしても,控訴人が慣用技術の根拠として引用する上記各書証に開示された技術等は,発明が解決しようとする課題,発明の目的,課題を解決するための手段,基本構成及び使用態様等が,いずれも本件各特許発明とは異なるものであって,本件明細書には当該慣用技術を採用する動機付けが何ら開示も示唆もされておらず,上記各書証にも,本件各特許発明の技術的課題について何らの開示も示唆もされていないのであるから,本件各特許発明に当該技術を適用して被告各製品の構成を採用する動機付けがないというべきである。」

 

3.2.機能的な構成要件について均等論適用の余地があるか否かについて

「被控訴人は,機能的クレームである本件各特許発明の技術的範囲に被告各製品が文言上属さないとされた以上,均等論を適用する余地はない旨主張する。

 しかしながら,文言上,特許請求の範囲に記載された発明と異なる構成を被告各製品が有しているとしても,一定の要件を充たす場合には例外的にこれと均等と評価されるものとして侵害を認める考え方が均等論であり,この理は,クレームが機能的に記載された構成であるか否かによって変わるものではないから,機能的クレームについてのみ,文言侵害が否定されたからといって,均等論の適用が当然に否定されるべき理由はない。したがって,被控訴人の上記主張は,採用することができない。」

2013年1月14日月曜日

特性により材料が特定されている場合の実施可能要件充足性が争われた事例


知財高裁平成24年12月20日判決

平成24年(行ケ)第10133号 審決取消請求事件

 

1.概要

 「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する合成樹脂」が構成要件のひとつである発明がクレームされている特許権の実施可能要件充足性が争われた。

 無効審判審決、知財高裁判決ともに実施可能要件は満たされると判断された。

 

2.請求項1記載の本件発明

「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する合成樹脂により形成した細いテープ状部材に,

 粘着剤を塗着することにより構成した,

ことを特徴とする二重瞼形成用テープ。」

 

3.審決の判断

「請求人(原告)の主張は,要するに,当業者が過度の試行錯誤をすることなしに,「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する合成樹脂」を選定することができるか否かであり,その点が実施可能要件として重要であるところ,被請求人(被告)は,このような合成樹脂として3M社の#1522の基材を用いて実際に本件発明を実施している。3M社の#1522は,出願時においてカタログにも掲載されている汎用的なものであり(当事者間で争いがない。),誰でも容易に入手可能なものであるから,当業者は,過度の試行錯誤をすることなしに,「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する合成樹脂」を選択して実施することができる。したがって,特許法36条4項違反を理由として本件特許を無効とすることはできない。」

 

4.原告(無効審判請求人)の裁判での主張

「本件発明1における「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する」という性質は,合成樹脂固有の性質である。被告は,「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する」という性質は,本件発明1において格別な意義を有すると主張するが,そうであれば,本件明細書の発明の詳細な説明にその格別な意義について記載する必要がある。しかるに,本件明細書の発明の詳細な説明はその記載を欠くので,特許法36条4項に違反する。審決の判断は,原告の主張を十分に理解しておらず,誤りである。

 すなわち,そもそも合成樹脂は,ばねのような弾性的性質と粘性的性質を合わせ持つ粘弾性体であって,荷重をかけると弾性変形が始まって伸び(弾性的性質),その後,遅れて粘性部分が負荷時間とともに伸び(粘性的性質・クリープ現象),その後,除重すると,ばね部が短時間で弾性回復し,粘性部は徐々に回復する(甲41)。言い換えれば,合成樹脂は,固有の性質として,引張方向に荷重すると同方向に伸びるように変形し,除重すると元の状態に縮む特性を有するのである。

 被告は,合成樹脂が延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有することを指摘する拒絶理由通知(甲42)に対し,「『延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有するポリエチレン等の合成樹脂』とは,ポリエチレン全てがそのような性質を有することを意味しているのではなく,ポリエチレンの中でもそのような性質を有するものを意味しています。」との意見を述べた(甲1)。しかし,被告のいう「延伸可能で延伸後にも弾性的な伸縮性を有するポリエチレン等の合成樹脂」がどのようなものであるのか,明細書には何ら言及がない。」

 

5.裁判所の判断のポイント

「上記記載によれば,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1の二重瞼形成用テープにより二重瞼を形成する方法について,二重瞼形成用テープを構成するテープ状部材の両端を把持して弾性的に延びた状態になるように引っ張り,その状態でテープ状部材を瞼に押し当てて貼り付け,両端の把持部を離すことにより,引っ張った状態にあるテープ状部材が弾性的に縮み,このようにして弾性的に縮んだテープ状部材がこれを貼り付けた瞼に食い込む状態になって二重瞼のひだが形成されること,二重瞼形成用テープを構成するテープ状部材について,「両端を持って引っ張ったときに伸長し,しかも,弾性的に復帰しようとする収縮力が作用するもの」であることが必要があること,そのようなテープ状部材の材質として,特に,「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有するポリエチレン等の合成樹脂」が望ましいことが記載されているものと認められる。

 そして,被告は,3M社製の合成樹脂テープである#1522を用いて本件発明1の実施品を製造しており,同テープの材料である合成樹脂は,「延伸後にも弾性的な伸縮性」を有し,同テープは,本願の出願当時既に広く市販され容易に入手可能なものである(弁論の全趣旨)。また,「延伸後にも弾性的な伸縮性」を有する合成樹脂をそうでない合成樹脂から区別するために特別な装置や手順を必要とする等の事情は見当たらない。

 そうすると,上記(1)の記載に接した当業者は,格別の試行錯誤をすることなく,本件発明1の「テープ状部材」の材料として「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する合成樹脂」を選択することができたものと認められる。

 したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が本件発明1を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであると認められる。

(3) 原告の主張について

ア 原告は,「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する」という性質は,合成樹脂固有の性質であり,この性質が本件発明1において格別な意義を有するというのであれば,本件明細書の発明の詳細な説明はその記載を欠くと主張する。

 しかし,製造時に高延伸させられた合成樹脂の中には,それ以上にほとんど延伸させることができないものや,延伸させることができたとしても,瞼に貼り付けても瞼へのくい込みによってひだが形成されるほどの弾性的な伸縮性を有さないものがあり得ることは,技術常識であり,「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する」という性質が合成樹脂固有の性質であるということはできない。

 したがって,原告の上記主張は理由がない。

・・・

ウ 原告は,「延伸後の長さ」や「延伸後にも弾性的な伸縮性の程度」について本件明細書において明確に述べられていない旨主張する。

 しかし,【0008】には,「延伸後の長さ」や「延伸後にも弾性的な伸縮性の程度」について,テープ状部材の両端を把持して引っ張った状態でテープ状部材を瞼に貼り付け,そのまま両端の把持部を離した際に,引っ張った状態にあるテープ状部材が弾性的に縮み,これが貼り付けた瞼にくい込む状態となることが可能である程度の「延伸後の長さ」や「延伸後にも弾性的な伸縮性の程度」であればよいことが記載されているということができ,当業者が本件発明1を実施することができる程度の技術的事項が明確かつ十分に記載されているものと認められる。

 したがって,原告の上記主張は理由がない。」