2022年11月13日日曜日

特許請求の範囲に記載されていない発明の「当然の前提」を考慮してサポート要件は満たされると判断した事例

知財高裁令和41031日判決
令和3(行ケ)10085号 審決取消請求事件
 
1.概要
 本事例は、無効審判の無効審決(進歩性欠如、サポート要件違反の無効理由)が、審決取消訴訟において取り消された事例である。
 本件発明1は、少なくとも「多数の反射素子と保持体層からなる反射素子層」、および、「反射素子層の上層に設置された表面保護層」からなる再帰反射シートにおいて、「保持体層と表面保護層の間に印刷層が保持体層と表面保護層に接して設置」されていることなどを特徴とする発明である。
 図面等によると、反射素子層と表面保護層との間の一部に印刷層が挟み込まれており、印刷層が配置されていない位置では、反射素子層と表面保護層とは密着した構造となっている。しかし請求項の文言上は、反射素子層と表面保護層とが密着していることは明示の規定がない。反射素子層と表面保護層とが密着していない場合は、反射素子層と表面保護層との間に水が入り込み劣化する(耐候性が劣る)可能性がある。
 審決では「本件発明には、本件明細書の耐候性試験において「異常無し」と評価することができない態様が含まれる」として、本件発明はサポート要件を満たさないと判断した。
 一方、知財高裁は、背景技術の記載等を考慮した上で、「本件発明の「特許請求の範囲」につき、保持体層と表面保護層とが接しているか否かを特定する記載がないから、保持体層と表面保護層が密着性が保たれている幅で接着している構成を欠くものと解するのは不当であり、むしろ、密着性があることは当然の前提とされているものと解すべきである」と判断し、サポート要件は満たされると結論づけた。
 
2.本件発明1
「少なくとも多数の反射素子と保持体層からなる反射素子層、および、反射素子層の上層に設置された表面保護層からなる再帰反射シートにおいて、反射素子層にポリカーボネート樹脂を用い、表面保護層に(メタ)アクリル樹脂を用い、保持体層と表面保護層の間に印刷層が保持体層と表面保護層に接して設置されており、該印刷層の印刷領域が独立した領域をなして繰り返しのパターンで設置されており、連続層を形成せず、該独立印刷領域の面積が0.15mm~30mmであり、該印刷層は、白色の無機顔料として酸化チタンを含有することを特徴とする印刷された再帰反射シート。」
 
3.審決の判断(サポート要件違反について)
「本件発明の課題は、「耐候性及び耐水性に優れ、かつ、色相の改善された再帰反射シート」を得ることにある(【0004】、【0008】、【0012】、【0014】、【0015】)。
 ところが、本件発明の「特許請求の範囲」には、「保持体層」、「表面保護層」及び「印刷層」の積層構造について、「保持体層と表面保護層との間に印刷層が保持体層と表面保護層に接して設置されており」とのみ記載され、「保持体層」と「表面保護層」とが接しているか否かを特定する記載はないから、本件発明は、「保持体層」と「表面保護層」が密着性が保たれている幅で接着している構成を欠くものであり、本件発明には、本件明細書の耐候性試験(【0054】)において「異常無し」と評価することができない態様が含まれている。
 したがって、本件発明は、発明の詳細な説明に記載されたものであるということはできないから、本件特許の特許請求の範囲の記載は、特許法36条6項1号に規定する要件を満たさない。」
 
4.裁判所の判断のポイント
「取消事由3(サポート要件違反の判断の誤り)について
  特許法36条6項1号は、特許請求の範囲の記載に際し、発明の詳細な説明に記載した発明の範囲を超えて記載してはならない旨を規定したものであり、その趣旨は、発明の詳細な説明に記載していない発明について特許請求の範囲に記載することになれば、公開されていない発明について独占的、排他的な権利を請求することになって妥当でないため、これを防止することにあるものと解される。
  そうすると、特許請求の範囲の記載が同号所定の要件(サポート要件)に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであると解するのが相当である。
  本件明細書の発明の詳細な説明には、・・・(略)・・・との記載がある。
  これらの記載を総合すると、本件発明は、三角錐型キューブコーナー再帰反射シートや蒸着型三角錐型キューブコーナー再帰反射シート等で色相を改善するために印刷層を設けた場合における耐候性や耐水性に劣るという従来技術における欠点を非常に簡単で安価な方法で解決し、色相の改善された再帰反射シートを提供するものであると認められる。
  そこで、本件発明が、特許請求の範囲に記載された発明が発明の詳細な説明に記載された発明であり、上記詳細な説明の記載又は本件出願時の技術常識に照らして、当業者が前記のような本件発明の課題を解決するものと認識できる範囲のものであるといえるかについて、検討する。
 
ア 本件明細書の発明の詳細な説明には、「発明を実施するための最良の形態」として、・・(略)・・との記載がある。
  上記で摘示した本件明細書の発明の詳細な説明からすると、本件発明は、発明の詳細な説明に記載された発明であるといえる。
イ そして、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明の実施例として、実施例1( 厚さ70μmのアクリル樹脂フィルム(三菱レーヨン株式会社製「サンデュレンLHB」)に印刷インキを用いて、直径2mmの円形状の印刷パターンでピッチが4mmの図4に示すような千鳥状にグラビア印刷を行った図1(後掲)で示される三角錐型キューブコーナー型再帰反射シート(印刷厚みは約2μm)。【0057】ないし【0067】)、実施例2(実施例1の条件の下で作成された蒸着型三角錐型キューブコーナー再帰反射シート。【0068】、【0069】)、実施例3( 実施例1で作成した印刷インキを用いて、直径1mmの円形状の印刷パターンでピッチが3mmの図4(後掲)に示されたような千鳥状にグラビア印刷をポリカーボネート面に行い、実施例1と同じ条件で圧縮成形し、密封封入構造と粘着剤層を設置した蒸着型三角錐型キューブコーナー再帰反射シート(印刷厚みは約2μm)。【0070】ないし【0074】)と、比較例1(印刷の図柄を図6(後掲)の模様とした以外は実施例1に同じ。)、比較例2(印刷の図柄を図6の模様とした以外は実施例2に同じ。)とを対比した実験結果が開示されている(表1(後掲))。
・・・(図表略)・・・
 実施例1ないし3は、図1で示される積層構造も踏まえると、「反射素子と保持体層からなる反射素子層」と、「反射素子層の上層に設置された表面保護層から」なり、保持体層と表面保護層の間に印刷層が設置されており」、また、図4は(図6と異なり)千鳥状に印刷領域が配置されているから、「印刷領域が独立した領域をなして繰り返しのパターンで設置されて」、「連続層は形成」しないものであり、独立印刷領域の面積が実施例1、2は1m㎡、実施例3は0.25m㎡であり、印刷層は、酸化チタン等の顔料で印刷(【0061】)された、厚さ2μmの再帰反射シートであるところ、これらは再帰反射性及び耐候性試験後の外観に異常はなかったのに対し、比較例(独立した印刷領域を設けない図6の模様)では印刷部のフクレが生じたことが開示されている。
 前記アで摘示した本件明細書の各段落の記載と上記比較実験の結果を踏まえると、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明の発明特定事項を備える再帰反射シートは、前記 で認定した本件発明の課題を解決することができるものと認識できる範囲のものであるといえる。 
ウ 本件審決は、本件発明の「特許請求の範囲」には、「保持体層」、「表面保護層」及び「印刷層」の積層構造について、「保持体層と表面保護層との間に印刷層が保持体層と表面保護層に接して設置されており」とのみ記載され、「保持体層」と「表面保護層」とが接しているか否かを特定する記載はないことを理由として、本件発明は、「保持体層」と「表面保護層」が密着性が保たれている幅で接着している構成を欠くものが含まれている旨判断する。
 しかし、本件発明は、道路標識、工事標識等の標識類、自動車やオートバイ等の車両のナンバープレート等に使用される再帰反射シートに関するものであり(【0002】)、屋外での使用が当然想定されているといえ、また、再帰反射シートにおいて一定の耐候性が要求されること自体は技術常識であるといえる。そして、本件明細書では、従来技術の再帰反射シートは、色相を改善するために再帰反射シートの一部に連続した印刷層を設ける試みもされているが、印刷層は、表面保護層と密着性がやや劣り、耐候性試験においてフクレが生じたり、吸水しやすいという欠点があった(【0008】、【0009】、【0012】)と記載されている。このような事情に照らせば、本件発明の「特許請求の範囲」につき、保持体層と表面保護層とが接しているか否かを特定する記載がないから、保持体層と表面保護層が密着性が保たれている幅で接着している構成を欠くものと解するのは不当であり、むしろ、密着性があることは当然の前提とされているものと解すべきである(「表面保護層」及び「保持体層」との用語自体及びその性質に照らしても、この両者を敢えて密着性が保たれない幅で接着することは想定し難い。)。
 また、被告は、前記第3の13 のとおり、本件審決は、「保持体層」と「表面保護層」とが接着していることが特定されていない点だけでなく、本件発明1の「独立印刷領域」がない部分の「保持体層」と「表面保護層」とが密着性が保たれるような幅で接着しているとはいえない点を問題にしており、上記構成を欠いた「再帰反射シート」が本件明細書の【0054】に記載された耐候性試験において「異常無し」との評価を得るに至らない態様が含まれる以上は、サポート要件違反が認められる旨主張する。
 しかし、本件発明においては、前述のとおり、「表面保護層」と「保持体層」とが密着性があることは当然の前提とされているものであるから、被告の主張は、その前提を誤るものというべきであり、採用し得ない。
 したがって、本件発明がサポート要件を満たさない旨の本件審決の判断は、判断の前提を誤解するものであり、誤りである。」