2022年1月15日土曜日

特許性判断での発明の要旨認定について争われた事例

知財高裁令和3年12月15日判決

令和2年(行ケ)第10089号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本判決は、被告が有する特許権に対する無効審判での、本件発明の要旨を限定的に狭く解釈し引用発明に対する新規性進歩性を肯定した審決の取り消しを求めた審決取消訴訟の知財高裁判決である。

 審決では、本件発明1における「シートシェル」及び「側面衝突保護部」という用語の意義について、特許請求の範囲内の記載及び図面も考慮して限定的に解釈し、引用発明に対する新規性を肯定した。

 一方、知財高裁は、「発明の要旨認定は,特許請求の範囲の記載に基づいて行うべきであり,発明が属する技術分野における優先日前の技術常識を考慮した通常の意味内容により特許請求の範囲の記載を解釈するのが相当である」と判示し、審決の限定的解釈が違法であると判断した。

 知財高裁はまた、請求項中の機能的に限定された特徴についても、「発明の要旨認定は,特許請求の範囲の記載に基づいて行われるべきであり,それは,特許請求の範囲の記載の中に作用又は機能を用いて物を特定しようとする記載がある場合であっても同様である。」と判断した。

 

2.請求項1に記載の発明(本件発明1)

 車両のシートに取り付けるための,子供又は乳児用のチャイルドセーフティシートであって,(1A)

 子供又は乳児を支持する支持部と,(1B)

 前記支持部のための構造要素としてのシートシェルと,(1C)

 前記シートシェルの外側で前記シートシェルに取り付けられるcと,(1D)

を有し,

 前記支持部は前記シートシェルの内側にあり,(1E)

 前記側面衝突保護部は,前記シートシェルの前記外側から突出する方向に

 前記チャイルドセーフティシートの所定の幅の中に位置する休止位置から,前記チャイルドセーフティシートの前記所定の幅の外に位置する機能位置に,及び前記機能位置から前記休止位置に移動可能であり,(1F)

 前記側面衝突保護部は,前記チャイルドセーフティシートが前記車両の前記シートに取付けられた状態において,前記車両の側部から前記チャイルドセーフティシートに伝わる横からの力が前記シートシェルに導かれるように,配置される,(1G)

チャイルドセーフティシート。(1H)

 

3.裁判所の判断(抜粋)

「ア 本件発明の認定

(シートシェルの意義について

a 要旨認定の手法

 発明の要旨認定は,特許請求の範囲の記載に基づいて行うべきであり,発明が属する技術分野における優先日前の技術常識を考慮した通常の意味内容により特許請求の範囲の記載を解釈するのが相当である。

 もっとも,特許請求の範囲の記載の意味内容が,明細書又は図面において,通常の意味内容とは異なるものとして定義又は説明されていれば,通常の意味内容とは異なるものとして解される余地はあるものの,そのような定義又は説明がない場合には,上記のとおり解釈するのが相当である。

・・・・(略)・・・・

d 本件発明1の「シートシェル」及び「支持部」の意味

 本件発明1の「シートシェル」は,構成要件1C(前記b(a))において,「支持部のための構造要素」であることが規定され,また,構成要件1D(前記b⒝)において,「外側で側面衝突保護部が取り付けられる」こと,すなわち,側面を備えることが規定されているから,シートシェルに係る技術常識の(a),⒝(前記c(a),⒝)を踏まえると,本件発明1の「シートシェル」は,「座部,背もたれと側面を備え,子供を載置する側を包み込むような形状である剛性のある素材から成るチャイルドセーフティシートの基本構造体」と解される。

 また,本件発明1の「支持部」は,構成要件1B(前記b(a))において,「子供又は乳児を支持する」ものであることが規定され,構成要件1E(前記b⒞)において,「前記支持部が前記シートシェルの内側にある」という位置関係が規定されていることから,シートシェルに係る技術常識の⒞(前記c⒞)を踏まえると,本件発明1の「支持部」は,子供を支える柔軟性のある素材からなり,シートシェルの子供が座る側(内側)に載置又は子供が座る側からシートシェルの外側にわたって被せるように配置されるものであると解される。

 なお,本件発明では,支持部材が,シートシェルの内側のみにあるとか,シートシェルの側面や背面を覆っていないという特定はないし,支持部材がシートシェルと別の骨格構造体を備えるとの特定はなく,また,本件明細書の段落【0031】にもそのような記載はない。

 本件明細書において,「シートシェル」という用語は,段落【0007】~【0012】,【0014】,【0016】,【0019】,【0020】,【0022】,【0031】,【0035】,【0040】,【0042】,【0044】及び【0047】に記載されており,また,「支持部」という用語は,段落【0031】にのみ記載されている。しかし,「シートシェル」又は「支持部」という用語を通常とは異なる意味内容とする定義又は説明に相当する記載は,本件明細書等には見出すことができないから,請求項1(本件発明1)の「シートシェル」及び「支持部」という用語は,上記のとおり,本件発明が属する技術分野における優先日前の技術常識を考慮した通常の意味内容により解すべきである。

・・・・(略)・・・・

f 本件審決の解釈の適否

(a) 本件審決の説示

 本件審決は,シートシェルについて次のように説示する。

(i) 「ア.本件発明1の『シートシェル』で特定される事項」において「本件発明1の『シートシェル』は,・・・『支持部』とは別個の部材であると解するのが相当である。そうすると,『シートシェル』の定義は,『シート』の『シェル』であって,『子供又は乳児を支持する支持部』とは別個の部材であって,『前記支持部は前記シートシェルの内側にあ』るから,支持部が内側にある『支持部のための構造要素』である『シェル』ということができる。」とする(本件審決第5,2⑴(1-2)ア〔本件審決49頁9~17行目〕)。

(ii) 前記(i)の「『シートシェル』の定義からみて,甲1発明1の

『側方支持部6を備えた背もたれ5,座部4,ヘッドレスト10』は子供を支持する部材であるから本件発明1の『支持部』に相当するものであり」とする(本件審決第5,2⑴(1

-2)イ〔本件審決49頁19~21行目〕)。

(iii) 「シートシェルが,従来技術とは異なり,子供を支持する支持部材とは別な部材であることは,以下の明細書の記載からも明白である。」(本件審決第5,2⑴(1-2)オ()〔本件審決53頁20~21行目〕)として,本件明細書の段落【0008】及び【0019】を挙げる。

⒝ 本件審決の解釈

 前記(a)の本件審決の説示を総合すると,本件審決は,本件発明の「支持部」が,シートシェルに係る技術常識の(a)ないし⒞(前記c(a)ないし⒞)により理解される「シートシェル」及び「子供を支える柔軟性のある素材」に相当し,本件発明の「シートシェル」は,「支持部」を内側に配置する,従来技術(技術常識)における「シートシェル」及び「子供を支える柔軟性のある素材」とは別異の,それらに更に追加される構造要素と解釈しているものと認められる。

⒞ 本件審決の解釈の適否

 本件審決は,本件発明の「シートシェルが,従来技術とは異なり,子供を支持する支持部材とは別な部材である」と解する根拠として,本件明細書の段落【0008】や【0019】を引用するが(前記(a) (iii)),これらの段落は,「側面衝突保護部」の配置とその作用又は効果についての説明にとどまるものであって,「シートシェル」が従来技術とは別異なものであるとの記載はないし,支持部については何らの記載もないことからすると,上記段落が本件審決の上記解釈を裏付けるものとはいえない。そして,本件発明の特許請求の範囲の記載や本件明細書の発明の詳細な説明の記載において,前記⒝の本件審決の解釈を採用すべき根拠を見出すことはできない。したがって,前記⒝の本件審決の解釈を採用することはできない。

⒟ 被告の主張の検討

 被告は,本件発明の「シートシェル」の解釈について,「背部側から支持部を構造的に保持するシェル(外殻)的構造要素である」,「支持部とは別個のシェル形状の一構成要素であり,子供を前部側で支持する支持部の背部側を外側から構造的に保持する,支持部のためのシェル(外殻)的構造要素であって,車両の側部から伝わる横からの力がシートシェルに導かれるように側面衝突保護部を配置したシェルである」,「シートシェルは,シートシェルの内側にある支持部の背部側を外側から構造的に保持し,かつ側面衝突保護部を取り付けるのに必要とされる程度に剛性(段落【0022】)を備えるシェル形状部材である」,「シートシェルはその背部側が露出しており,シェルの名のとおり曲面形状である」などと主張する(前記第3,1⑴ア〔被告の主張〕)。確かに,本件図面の図2,5及び6に,シートの背部に曲面形状の構造が示されているようにも見え,実施例において,それがシートシェルに該当するとされている。しかし,本件明細書には,本件発明のシートシェルを,被告が主張するような外殻的構造の意味に限定して解釈すべき根拠となるような記載はなく,シートシェルという用語の解釈に当たって,本件発明が属する技術分野における優先日前の技術常識を考慮した通常の意味内容とは異なるように解釈すべきことを裏付ける根拠もないから,被告の上記主張は採用することができない。」

・・・・(略)・・・・

「被告は,請求項1(本件発明1)の「側面衝突保護部は,・・・横からの力が前記シートシェルに導かれるように,配置される」(構成要件1G)という文言は,機能的限定であるから,本件明細書に記載された具体的構成に基づいて限定的に解釈し,「側面衝突保護部が,チャイルドセーフティシートの座部領域より上方であって,チャイルドセーフティシートの背部に配置される」ことによって,「横からの力が,支持部(子供)には導かれず,シートシェルにのみ導かれる」ことを意味するものと解釈すべきであると主張する(前記第3,1⑴イ〔被告の主張〕)。

 しかし,発明の要旨認定は,特許請求の範囲の記載に基づいて行われるべきであり,それは,特許請求の範囲の記載の中に作用又は機能を用いて物を特定しようとする記載がある場合であっても同様である。

 本件発明1の「前記側面衝突保護部は,前記チャイルドセーフティシートが前記車両の前記シートに取付けられた状態において,前記車両の側部から前記チャイルドセーフティシートに伝わる横からの力が前記シートシェルに導かれるように,配置される」(構成要件1G)という構成には,「車両の側部からチャイルドセーフティシートに伝わる横からの力がシートシェルに導かれる」ということしか記載されておらず,「横からの力が,支持部(子供)には導かれず,シートシェルにのみ導かれる」とは記載されていないから,被告主張のような限定的な解釈をとることはできない。請求項6(本件発明6)には,側面衝突保護部の側部要素がチャイルドセーフティシートの座部領域より上に配置されるチャイルドセーフティシートが記載され,請求項7(本件発明7)には,側部要素がチャイルドセーフティシートの背部に配置されるチャイルドセーフティシートが記載されており,また,本件明細書の段落【0008】及び【0019】には,衝突による横からの力が子供の体に直接伝わらず,子供の体を迂回してシートシェルに導かれるように取り付けられる側面衝突保護部材に関する記載があるが,請求項1(本件発明1)の文言を,従属請求項である請求項6及び7の記載並びに本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0008】及び【0019】の記載によって限定して解釈する理由はないから,被告の上記主張は採用することができない。