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2025年4月29日火曜日

美容手術に用いる組成物に関する特許権に基づく侵害訴訟の知財高裁大合議判決

知財高裁令和7年3月19日判決

令和5年(ネ)第10040号 損害賠償請求控訴事件

(原審・東京地方裁判所令和4年(ワ)第5905号


1.概要
 本件は特許権者である控訴人が請求した特許権侵害訴訟の知財高裁の大合議判決である。
 本件発明は、下記の通り、自己由来の血漿、塩基性線維芽細胞増殖因子(b-FGF)及び脂肪乳剤の3つの成分を含む「豊胸用組成物」に関する発明である。
 被控訴人(第一審被告)は、豊胸手術等の美容医療サービスを提供していた医師である。

 主な争点
 争点12:被控訴人が豊胸手術を行う際に3成分を含む本件特許の組成物を生産したか?
 争点1-3:(3成分を同時に混合していないとしても)3成分を別々に被施術者に投与して体内で混ざり合うことも特許発明の組成物の「生産」に該当するか?
 争点2-1:本件発明に係る特許は、実質的には「豊胸手術のための方法の発明」であり産業上の利用可能性の要件に違反するか?
 争点3-2:本件特許権の効力が、調剤行為の免責規定(特許法69条3項)により、被控訴人の行為に及ばないといえるか?

 東京地裁判決は被告は手術に際し3成分を「同時に含む薬剤」を調合して製造していたとは認められず、被告(被請求人)による特許権侵害はないと判断した。

 知財高裁は上記各争点について以下のように判断して、被請求人による特許権侵害を認め地裁判決を取り消した。
 争点12:被控訴人は3成分を含む本件特許の組成物を生産した。
 争点1-3:判断せず(興味深い論点であったため、判断されなかったことは少し残念)
 争点2-1:本件発明に係る特許は「物の発明」であり産業上の利用可能性の要件には違反しない。
 争点3-2:「病気」の治療に用いる医薬の発明ではないため調剤行為の免責規定は適用されない。

2. 本件発明
本件特許権の特許請求の範囲の請求項1、請求項4の記載は、以下のとおりである(以下、請求項4に記載された発明を「本件発明」という)
ア 請求項1
 自己由来の血漿、塩基性線維芽細胞増殖因子(b-FGF)及び脂肪乳剤を含有してなることを特徴とする皮下組織増加促進用組成物。
イ 請求項4
 豊胸のために使用する請求項1~3のいずれかに記載の皮下組織増加促進用組成物からなることを特徴とする豊胸用組成物。

3.争点
3.1.争点1 構成要件充足性に関する争点
 争点1-2
 被控訴人が、本件手術に用いる薬剤として、被施術者に投与する前に、血漿、トラフェルミン(=塩基性線維芽細胞増殖因子(b-FGF))及びイントラリポス(=脂肪乳剤)という三成分を混合した一の薬剤 (組成物)を製造したか?

 争点1-3
 被控訴人は、本件手術の態様として、血漿及びトラフェルミン(=塩基性線維芽細胞増殖因子)を含む「A剤」と、イントラリポス(=脂肪乳剤)を含む「B剤」とを別々に被施術者に投与していたと主張する。仮に本件手術がこのような態様であったと認められるとしても、被施術者の体内で「A剤」と「B剤」とが混ざり合うから、③被控訴人が「A剤」と「B剤」とを別々に被施術者に投与することが、本件発明に係る組成物の「生産」に当たるか?

3.2.争点2 特許有効性に関する争点
 争点2-1
 本件発明に係る特許は、産業上の利用可能性の要件(法29条1項柱書き)に違反した無効理由があるか?
 本件発明は「豊胸用組成物」という「物の発明」として特許されている。しかし、被控訴人は、当該組成物について、その製造のために被施術者の体内(人体)から血液を採取する必要がある上、これをそのまま被施術者の皮下(人体)に投与することが前提となっているから、本件発明は、「物の発明」の形でありながら、実質的には「豊胸手術のための方法の発明」であり、現に、被控訴人が行う医療行為である本件手術が実質的に特許権行使の対象になっていると主張した。

3.3.争点3 特許権の効力が及ばない範囲に関する争点
 争点3-2
 本件特許権の効力が、調剤行為の免責規定(法69条3項)により、被控訴人の行為に及ばないといえるか?
 参考:特許法第69条第3項
 「二以上の医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物をいう。以下この項において同じ。)を混合することにより製造されるべき医薬の発明又は二以上の医薬を混合して医薬を製造する方法の発明に係る特許権の効力は、医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する行為及び医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する医薬には、及ばない。」

4.裁判所の判断のポイント
4.1.争点1-2(被請求人は3成分を含む組成物を生産したか?)についての判断
「被控訴人は、被施術者から採取した血液から血漿を製造し、これにフィブラストスプレー、イントラリポスを含む、薬剤ノートに記載された各成分を全て混合させた薬剤を製造したと合理的に推認できるところ、被控訴人による主張等を考慮しても、同推認を覆すには至らない。
 したがって、被控訴人は、モニターとして募集していた者を対象としていた期間及び一般募集をした者を対象としていた期間を通じて、上記三成分を含む組成物を製造したと認められるところ、同組成物は、豊胸手術である本件手術に用いるために製造されたものであるから、被控訴人は、本件発明の技術的範囲に属する組成物を生産したと認められる。」

4.2.争点1-3(被施術者の体内で3成分が混じり合うことで組成物を「生産」したと言えるか?)についての判断
 判断は示されなかった(争点1-2の判断で足りるため)

4.3.争点2-1(医療行為に該当し無効か?)についての判断
「(2) 法29条1項柱書きは、「産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。」とするのみで、本件発明のような豊胸のために使用する組成物を含め、人体に投与する物につき、 特許の対象から除外する旨を明示的に規定してはいない。
 また、昭和50年法律第46号による改正前の法は、「医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物をいう。以下同じ。)又は二以上の医薬を混合して一の医薬を製造する方法の発明」を、特許を受けることができない発明としていたが(同改正前の法32条2号)、同改正においてこの規定は削除され、人体に投与することが予定されている医薬の発明であっても特許を受け得ることが明確にされたというべきである。

 したがって、人体に投与することが予定されていることをもっては、当該「物の発明」が実質的に医療行為を対象とした「方法の発明」であって、「産業上利用することができる発明」に当たらないと解釈することは困難である。

(3) 次に、本件発明の「自己由来の血漿」は、被施術者から採血をして得て、最終的には被施術者に投与することが予定されているが、人間から採取したものを原材料として医薬品等を製造する行為は、必ずしも医師によって行われるものとは限らず、採血、組成物の製造及び被施術者への投与が、常に一連一体とみるべき不可分な行為であるとはいえない。むしろ、再生医療や遺伝子治療等の先端医療技術が飛躍的に進歩しつつある近年の状況も踏まえると、人間から採取したものを原材料として医薬品等を製造するなどの技術の発展には、医師のみならず、製薬産業その他の産業における研究開発が寄与するところが大きく、人の生命・健康の維持、回復に利用され得るものでもあるから、技術の発展を促進するために特許による保護を認める必要性が認められる。

 そうすると、人間から採取したものを原材料として、最終的にそれがその人間の体内に戻されることが予定されている物の発明について、そのことをもって、これを実質的に「方法の発明」に当たるとか、一連の行為としてみると医療行為であるから「産業上利用することができる発明」に当たらないなどということはできない。

(4) 以上によると、本件発明が「産業上利用することができる発明」に当たらないとする被控訴人の主張を採用することはできず、本件発明に係る特許は、法29条1項柱書きの規定に違反してされたものということはできない。したがって、同無効理由の存在により本件特許権を行使することができないとする被控訴人の抗弁には理由がない。」


4.4.争点3-2(調剤行為の免責規定(法69条3項)に該当するか?)についての判断
「(1) 被控訴人は、本件特許権の効力は、法69条3項の規定により、被控訴人の行為に及ばないと主張する。

(2) 法69条3項は、「二以上の医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物をいう。以下この項において同じ。)を混合することにより製造されるべき医薬の発明」を対象とするところ、本件発明に係る組成物は、特許請求の範囲の記載からも明らかなとおり「豊胸のために使用する」ものであって、その豊胸の目的は、本件明細書等の段落【0003】に「女性にとって、容姿の美容の目的で、豊かな乳房を保つことの要望が大きく、そのための豊胸手術は、古くから種々行われてきた。」と記載されているように、主として審美にあるとされている。このような本件明細書等の記載のほか、現在の社会通念に照らしてみても、本件発明に係る組成物は、人の病気の診断、治療、処置又は予防のいずれかを目的とする物と認めることはできない。

(3) これに対し、被控訴人は、本件発明は美容医療に関するところ、美容医療は、身体的特徴の再建、修復又は形成による心身の健康や自尊心の改善に寄与する分野であり、治療並びに身体の構造又は機能に影響を及ぼすものであるとして、本件発明が法69条3項の「二以上の医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物をいう。以下この項において同じ。)を混合することにより製造されるべき医薬についての発明」に当たると主張する。

 しかし、一般に「病気」とは、「生物の全身または一部分に生理状態の異常を来し、正常の機能が営めず、また諸種の苦痛を訴える現象」(甲25:広辞苑(第7版))、「生体がその形態や生理・精神機能に障害を起こし、苦痛や不快感を伴い、健康な日常生活を営めない状態」(甲26:大辞泉(第1版・増補・新装版))という意味を有する語であって、上記のとおり主として審美を目的とする豊胸手術を要する状態を、そのような一般的な意味における「病気」ということは困難であるし、豊胸用組成物を「人の病気の…治療、処置又は予防のため使用する物」ということも困難である。

 また、法69条3項は、昭和50年法律第46号による法改正により、特許を受けることができないとされていた「医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物をいう。以下同じ)又は二以上の医薬を混合して一の医薬を製造する方法の発明」に関する規定(同改正前の法32条2号)が削除されたことに伴い創設された規定であるところ、その趣旨は、そのような「医薬」の調剤は、医師が、多数の種類の医薬の中から人の病気の治療等のために最も適切な薬効を期待できる医薬を選択し、処方せんを介して薬剤師等に指示して行われるものであり、医療行為の円滑な実施という公益の実現という観点から、当該医師の選択が特許権により妨げられないよう図ることにあると解される。しかるところ、少なくとも本件発明に係る豊胸手術に用いる薬剤の選択については、このような公益を直ちに認めることはできず、上記のとおり一般的な「病気」の語義を離れて、特許権の行使から特にこれを保護すべき実質的理由は見当たらないというべきである。

(4) したがって、本件発明は、「二以上の医薬を混合することにより製造されるべき医薬の発明」には当たらないから、被控訴人の行為が「処方せんにより調剤する行為」に当たるかについて検討するまでもなく、法69条3項の規定により本件特許権の効力が及ばないとする被控訴人の抗弁には理由がない。」








2025年3月9日日曜日

特許権侵害訴訟において数値限定発明の構成要件充足性と均等侵害が争われた事例(知財高裁控訴審)

知財高裁令和7年3月4日判決
令和6年(ネ)第10026号 特許権侵害行為差止等請求控訴事件
(原審・大阪地方裁判所令和4年(ワ)第9521号
 
1.概要
 本判決は、特許権侵害訴訟の控訴審の知財高裁判決である。
 控訴人(原審原告)が有する本件特許の請求項1に係る発明(本件発明1)は熱可塑性樹脂組成物に関するものであり、「ヒドロキシフェニルトリアジン骨格を有する、分子量が700以上の紫外線吸収剤」を構成要件として含む(構成1B)。
 一方、被控訴人(原審被告)による被告製品は、分子式C4257で表される化合物を紫外線吸収剤(判決文中では「UVA」と略称される)として含む。被告製品中のUVAの分子量は699.91848である。このため、構成1Bの「700以上」の充足性、及び、均等侵害の成立について争点となった。
 大阪地裁での原審では、文言侵害について、「当業者において、UVAの分子量を、算出された分子量を丸めて整数値とすることが技術常識であると認めることもできない」ことなどを理由に、被告製品は構成1Bを充足しないと判断した。また、均等侵害については、「数値をもって技術的範囲を限定し(数値限定発明)、その数値に設定することに意義がある発明は、その数値の範囲内の技術に限定することで、その発明に対して特許が付与されたと考えられるから、特段の事情のない限り、その数値による技術的範囲の限定は特許発明の本質的部分に当たると解すべきである」と判示し、均等の第1要件を満たさないとして均等侵害の成立を否定した。地裁判決については当ブログの2024年3月17日記事参照(https://benrishie.blogspot.com/2024/03/blog-post.html)。
 知財高裁は、文言侵害について、「本件で問題となっている(紫外線吸収剤の分子量)「700以上」という数値範囲は、権利者(出願人)が、権利範囲を画定するために自ら定めたものであり、特許発明の技術的範囲(独占の範囲)に属するものと属さないものを、一線をもって区分する線引きにほかならない。そうである以上、上記数値範囲の下限である「700」は、切り下げられた小数点以下の端数も、切り上げられた小数点以下の端数も持たない、本来的な意味での整数値と解釈するのが相当である。」として、被告製品は構成1Bを充足しないとの結論を維持した。また、均等侵害については、地裁判決と異なり、「上記分子量の相違は、本件各発明の本質的部分に関するものとはいえないと解される」として、均等の第1要件は満たすと判断した一方で、「下限値「700」をわずかでも下回る分子量のものについては、技術的範囲から除外することを客観的、外形的に承認したと認めるのが相当」であるとして、均等の第5要件を満たさないため、均等侵害の不成立の結論を維持した。
 
2.裁判所の判断のポイント
「第 8 争点1-1(構成要件1B、6Bの充足性)について
 8-1 控訴人は、構成要件1B、6Bの「分子量が700以上」の「700」は小数第1位の数字を四捨五入した数値と理解されるから、上記構成は「699.5以上」と解釈すべき旨主張しており、その当否が問題となる。
・・・(略)・・・
 8-3(2) 以上を踏まえて検討するに、上記の技術常識が存在するからといって、特許請求の範囲に数値限定が発明特定事項として記載されている場合における当該数値の意義(クレーム解釈)に、当該技術常識がそのまま妥当するものではない。
 すなわち、特許請求の範囲は、特許発明の技術的範囲を画するものであり(特許法70条1項)、第三者の予測可能性を保障する「権利の公示書」としての役割が求められるものである。したがって、その解釈は、特許法固有の観点を抜きに行うことはできない。
 このような観点から考えるに、本件で問題となっている(紫外線吸収剤の分子量)「700以上」という数値範囲は、権利者(出願人)が、権利範囲を画定するために自ら定めたものであり、特許発明の技術的範囲(独占の範囲)に属するものと属さないものを、一線をもって区分する線引きにほかならない。そうである以上、上記数値範囲の下限である「700」は、切り下げられた小数点以下の端数も、切り上げられた小数点以下の端数も持たない、本来的な意味での整数値と解釈するのが相当である。
 数値範囲にこれと異なる趣旨、役割を持たせたいのであれば、特許請求の範囲又は明細書に、分子量の計算方法や小数点以下の数値の処理等を説明しておくべきである。本件明細書等にそのような記載がないことは前述のとおりであり、以上によれば、「分子量が700以上」という構成要件は、分子量が700をたとえ0.00001でも下回れば、これを充足しない(その技術的範囲に属さない)ものと解すべきことになる。
 なお、技術文献等で分子量が整数値で示されている場合の一般的な意味についての技術常識は上記第 8-3(1))のとおりであるとしても、それは技術的範囲の解釈(クレーム解釈)という法律問題とは次元の異なる問題である。また、上記第 8-3(1))のとおり、桁数の異なる数値を比較することは一般に適切でないと考えられているとしても、特許請求の範囲における数値限定の意義は単純に2つの数値を比較する場面とは異なるから、この点も、上記の認定判断を左右しない。
 8-4 小括
 以上のとおり、控訴人の主張するクレーム解釈(「分子量が700以上」の「700」は小数第1位を四捨五入した数値と理解されるから、上記構成は「699.5以上」と解釈すべき旨の主張)は採用できない。被控訴人UVAは、その分子量が700には満たない699.91848であるから、被控訴人製品は構成要件1Bを、被控訴人方法は構成要件6Bを充足しない。
 
 9 争点1-2(均等侵害の成否)について
 9-1 均等論の第1要件(非本質的部分)について
 被控訴人UVAの分子量は699.91848であり、本件各発明の構成要件1B、6Bの「分子量が700以上」という数値範囲に含まれない。しかし、上記数値範囲は、臨界的意義を有するものではなく、本来、本件各発明の作用効果との関係で技術的意義を有する分子量は、ピンポイントの700ではなく、かなり広い幅にまたがる数字と考えられるところ、いわば「切りのよい数字」として「700以上」という数値限定を採用したものと理解される(上記第 7-3)。そして、紫外線吸収剤としての性質が分子量699.91848の場合と700の場合とで実質的に異なるとは考え難いものと認められる(前記第 8-3(1))。
 そうすると、上記分子量の相違は、本件各発明の本質的部分に関するものとはいえないと解される。本件で、均等論の第1要件は充足する。
 9-2 均等論の第5要件(意識的除外等の特段の事情)について
 9-2(1) 均等論の第5要件とは、「対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情がないこと」であり(最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁)、被疑侵害者側が主張立証責任を負う。
 9-2(2) そこで検討するに、まず、特許請求の範囲の記載は、特許発明の技術的範囲を画する機能を有するものであり(特許法70条1項)、第三者に対しては「権利の公示書」としての役割を果たすことが求められるものである。構成要件1B、6Bの「分子量700以上」との記載は、一般的な技術文献の記載ではなく、上記のような役割を担う特許請求の範囲の記載であることが本件の大前提となる。
 そして、証拠(甲8、9)によれば、化合物の分子量は、その分子を構成する原子の原子量の和に等しく、原子量の選定については歴史的変遷があるものの、小数第4位又は第5位の数字で示される原子量表記載の数値によることになるから、そのような小数点以下の数値を有する数値として算出されるということは、本件特許の出願日当時の技術常識であったと認められる。それにもかかわらず、控訴人は、本件特許の特許請求の範囲の請求項1、6の「分子量が700以上の紫外線吸収剤」との構成の数値範囲について、「700以上」という整数値をあえて使用している。
 本件において、分子量700という数値に臨界的意義も認められないから、当該数値は控訴人がいわば任意に選択して定めたものといえる。また、控訴人としては、その数値範囲を「699.5以上」とすることや、分子量の小数点以下の数値の取扱いについて定めることも容易にできたと解されるにもかかわらず、あえてそのような手当もしていない。これは、小数点以下の数値は、技術的に意味のある数字でないという理解に加え、法的にも特段の含意がない(特別な意味を持たせない)ことを前提とするものと解するべきである。
 そうすると、控訴人が特許請求の範囲において分子量を「700以上」とする数値範囲を定めたということは、「700以上」か「700未満」かという線引きをもって特許発明の技術的範囲を画し、下限値「700」をわずかでも下回る分子量のものについては、技術的範囲から除外することを客観的、外形的に承認したと認めるのが相当である。
 9-2(3) 控訴人は、平成29年最高裁判決は、意識的除外と評価できる場合を、特許請求の範囲の構成に代替し得る技術を明細書に記載し、客観的、外形的に表示した場合に限定しており、出願人の主観的認識だけを問題としていない旨主張する。しかし、同最判は、いわゆる出願時同効材に関する判断を示したものであって、本件に適切でない上、上記第 9-2(2)の判断は、特許請求の範囲の記載の公示機能を重視する同最判の趣旨に何ら反するものとはいえない。
 9-2(4) 以上のとおり、紫外線吸収剤の分子量が699.91848(本来的には700未満であり、小数第1位を四捨五入することによって初めて「700以上」に含まれることになる数値)の被控訴人UVAを使用する被控訴人製品及び被控訴人方法は、本件特許の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるというべきである。したがって、本件においては、均等論の第5要件を充足せず、控訴人主張の均等侵害は成立しない。」

2024年10月27日日曜日

均等要件の発明の本質的部分は明細書に記載のない従来技術も考慮して客観的に認定すべきと判示した事例

 東京地裁令和6年10月18日判決
令和4年(ワ)第70058号特許権侵害差止等請求事件
 
1.概要
 本件は、特許権(発明の名称「グラップルバケット装置」)を有する原告が、被告に対し、被告が製造、販売等をする被告製品がいずれも本件特許に係る発明の技術敵範囲に属し特許権を侵害すると主張して被告製品の差止め等を求めた特許権侵害訴訟の地裁判決である。
 文言侵害及び均等侵害が争われたが、裁判所はどちらも成り立たないと判断した。
 均等侵害成立の5要件の1つは、特許発明の構成要件中に被告製品と異なる部分がある場合でもその相違点が「特許発明の本質的部分でない」ことである。ここで「特許発明の本質的部分」の認定のためには、「従来技術に見られない特有の技術的思想」を認定する必要があり、何を従来技術とするか、本発明が解決する従来技術の課題が何であるかが問題となる。
 裁判所は、明細書に記載されていない従来技術も参酌して「従来技術に見られない特有の技術的思想」を認定すべきであると判断した。
「明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが、出願時の従来技術に照らして客観的に見て不十分な場合には、明細書に記載されていない従来技術も参酌して、当該特許発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が認定されるべきである。そのような場合には、特許発明の本質的部分は、特許請求の範囲及び明細書の記載のみから認定される場合に比べ、より特許請求の範囲の記載に近接したものとなり、均等が認められる範囲がより狭いものとなると解される。」
 
2.本件発明
 本件発明は次の通りの構成要件に分説することができる。
A 上下方向に回動する建設機械のアームの先端部に、上下方向に回動可能に、かつアームの延長方向の軸心にたいして回動可能にして設けたバケットと、このバケットの両側壁に隣接して位置し、両側壁の開口面との間で木材等の被グラップル材をグラップルできるグラップル部材を、バケットの開口基端部に、バケットの開口部を閉じる方向に回動可能に枢支してなるグラップル装置と、を設けたグラップルバケット装置において、
B バケットの一方の側壁部に、上記バケットの両側壁の開口面とグラップル部材との間でグラップルした被グラップル材を切断する切断装置を設け、
C この切断装置は、バケットの側壁の外側あるいは内側の一方側に位置してバケットの開口縁から離れた位置からバケットの側壁に沿う位置にわたって側壁に沿う方向に回動し、かつバケットの開口縁側に対向する側の側縁に切刃を有してバケットの開口基端部に枢支された切断刃と、上記切断刃の回動基部に連結して上記切断刃を回動させる油圧シリンダとからなり、
D1 切断刃の切刃を、切断刃の回動中心と油圧シリンダの連結点を結ぶ線に対して切断刃の切断方向側にずれた位置に設けるとともに、
D2 この切刃の切断方向への回動方向に対して後方へ円弧状に反らせた
E ことを特徴とするグラップルバケット装置。
 
3.裁判所の判断のポイント
「争点1-2(均等侵害の成否)について
(1)判断基準
ア 特許請求の範囲に記載された構成中に相手方が製造等をする製品又は用いる方法(以下「対象製品等」という。)と異なる部分が存する場合であっても、①同部分が特許発明の本質的部分ではなく、②同部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、③上記のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、④対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから同出願時に容易に推考できたものではなく、かつ、⑤対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは、同対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成6年(オ)第1083号同10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。
イ また、前記ア①の要件(第1要件)における特許発明における本質的部分とは、当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すべきであり、特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて、特許発明の課題及び解決手段とその効果を把握した上で、特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定されるべきである。すなわち、特許発明の本質的部分は、特許請求の範囲及び明細書の記載、特に明細書記載の従来技術との比較から認定されるべきであり、そして、従来技術と比較して特許発明の貢献の程度が大きいと評価される場合には、特許請求の範囲の記載の一部について、これを上位概念化したものとして認定されるが、従来技術と比較して特許発明の貢献の程度がそれ程大きくないと評価される場合には、特許請求の範囲の記載とほぼ同義のものとして認定されると解される。
 ただし、明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが、出願時の従来技術に照らして客観的に見て不十分な場合には、明細書に記載されていない従来技術も参酌して、当該特許発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が認定されるべきである。そのような場合には、特許発明の本質的部分は、特許請求の範囲及び明細書の記載のみから認定される場合に比べ、より特許請求の範囲の記載に近接したものとなり、均等が認められる範囲がより狭いものとなると解される。
(2)第1要件について
ア 前記(1)の判断基準に基づいて、本件発明の本質的部分について検討する。
(ア)本件明細書には、特開平11-36355号公報にて知られる従来のグラップルバケット装置では、グラップルした木材が長尺である場合、これをグラップルした状態での搬送中に、この木材が林道脇の木立に接触して搬送不能になってしまうことがあるため、所定以上の長さを有する木材をチェーンソー等の切断装置を用いて作業員が所定の長さに切断しなければならず、作業員の負担になっていたほか、立木の伐採作業を行うことができなかったとの課題があったとの記載がある(【0002】ないし【0018】)。そして、本件明細書において、本件発明は、上下方向に回動する建設機械のアームの先端部に、上下方向に回動可能に、かつアームの延長方向の軸心に対して回動可能にして設けたバケットと、このバケットの両側壁に隣接して位置し、両側壁の開口面との間で木材等の被グラップル材をグラップルできるグラップル部材を、バケットの開口基端部に、バケットの開口部を閉じる方向に回動可能に枢支してなるグラップル装置と、を設けたグラップルバケット装置において、バケットの一方の側壁部に、上記バケットの両側壁の開口面とグラップル部材との間でグラップルした被グラップル材を切断する切断装置を設け、この切断装置は、バケットの側壁の外側あるいは内側の一方側に位置してバケットの開口縁から離れた位置からバケットの側壁に沿う位置にわたって側壁に沿う方向に回動し、かつバケットの開口縁側に対向する側の側縁に切刃を有してバケットの開口基端部に枢支された切断刃と、上記切断刃の回動基部に連結して上記切断刃を回動させる油圧シリンダとからなり、切断刃の切刃を、切断刃の回動中心と油圧シリンダの連結点を結ぶ線に対して切断刃の切断方向側にずれた位置に設けるとともに、この切刃の切断方向への回動方向に対して後方へ円弧状に反らせたとの構成を採用することにより(【0020】)、グラップル装置でグラップルした木材等の被グラップル材をグラップルした状態で切断することができるようにし、作業員の負担を軽減すると共に、グラップル装置でグラップルした被グラップル材を搬送する前に、これが長尺の場合にはグラップルした状態であらかじめ切断することにより、被グラップル材が他の物に接触する等のトラブルが生じることなく搬送できるようにして(【0019】)、従来技術が有していた課題を解決するもの(【0024】ないし【0026】)とされている。
(イ)その一方で、本件出願の日の前である平成20年6月12日に公開された甲27文献の記載によれば、同文献には、「走行機構の上に水平方向へ回動し得る旋回体が搭載され、該旋回体から延びる起伏可能なブーム機構を備え、該ブーム機構の先端に作業装置が装着されたショベル型掘削機の構造を有し、前記作業装置は、前記ブーム機構先端部の軸線回りに回転可能に支持された可動体と、該可動体を前記軸線回りに回転させるための軸転駆動部と、前記可動体を前記ブーム機構に対し前記起伏面に沿って回動させるための縦振り駆動部と、前記可動体を前記起伏面に垂直で且つ前記ブーム機構先端部の軸線を含む面に沿って回動させるための横振り駆動部と、前記可動体に支持された開閉駆動可能な把持部と、該把持部の開閉動に沿う面に対向して配置され、該面に沿う方向に揺動駆動される切断装置とを備えていることを特徴とする枝切り走行装置」(請求項1及び【0008】)及び「前記可動体が、パワーショベル又はバックホーのバケットを備え、前記把持部は該バケットの開口縁における一方の側部に設けられ、前記切断装置は前記バケットの開口縁における他方の側部に設けられていることを特徴とする」枝切り走行装置(請求項3及び【0010】)が開示されていることが認められ、さらに、切断装置の具体例として、チェーンソー及びナイフ状カッター(【0026】ないし【0031】、【図5】及び【図6】。両図面については別紙甲27文献図面目録参照)が開示されていることも認められる。
(ウ)前記(イ)によれば、本件特許の出願時において、グラップルバケット装置において、グラップルした木材が長尺である場合、所定以上の長さを有する木材をチェーンソー等の切断装置を用いて作業員が所定の長さに切断しなければならないとの課題については、甲27文献において開示された従来技術によって解決することが可能であったから、本件明細書において従来技術が解決できなかった課題として記載されているところは、出願時の従来技術に照らして客観的に不十分であると認められる。
 そうすると、本件発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分を認定するに当たり、甲27文献に記載されている技術的事項も参酌することが許されるというべきである。
(エ)前記(ウ)において検討したところによれば、本件特許の出願前に、甲27文献において、一方の側部に把持部、他方の側部に切断装置が装着されているバケットを備えた枝切り走行装置が開示されていたと認められるから、本件発明と従来技術との相違は、当該切断装置の構成に係る部分にすぎず、グラップルした被グラップル材を切断できるようにしたグラップルバケット装置であること自体ではないと認められる。そうすると、従来技術と比較して本件発明の貢献の程度が大きいと評価することはできないから、本件発明の本質的部分については、これを上位概念化したものとして認定することはできず、特許請求の範囲の記載とほぼ同義のものとして認定されるというべきである。
 したがって、前記(ア)及び(イ)に照らし、本件発明における従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分は、グラップル装置に設けられた切断装置について、バケットの側壁の外側あるいは内側の一方側に位置してバケットの開口縁から離れた位置からバケットの側壁に沿う位置にわたって側壁に沿う方向に回動し、かつバケットの開口縁側に対向する側の側縁に切刃を有してバケットの開口基端部に枢支された切断刃と、上記切断刃の回動基部に連結して上記切断刃を回動させる油圧シリンダとからなり、切断刃の切刃を、切断刃の回動中心と油圧シリンダの連結点を結ぶ線に対して切断刃の切断方向側にずれた位置に設けるとともに、この切刃の切断方向への回動方向に対して後方へ円弧状に反らせたとの構成、すなわち構成要件C及びDに係る構成を採用することによって、回動中心から遠い部分でも、刃先が対象物に当たる傾き角度θの値を大きく保つことで、引き切り作用を保ちスムーズな切断効果を発揮できるようにしたことと認めるのが相当である。
イ 前記2のとおり、被告製品は構成要件D2を充足するとは認められないところ、前記アのとおり、本件発明の構成要件C及びDに係る構成を採用することによって、回動中心から遠い部分でも、刃先が対象物に当たる傾き角度θの値を大きく保つことで、引き切り作用を保ちスムーズな切断効果を発揮できるようにしたことが本件発明の本質的部分であるから、被告製品が本件発明の本質的部分を備えているとは認められず、本件発明と被告製品とが異なる部分が本件発明の本質的部分ではないとはいえない。
 したがって、被告製品は第1要件を充足しない。」

2024年9月23日月曜日

特許権侵害訴訟において、糸の「径」についての構成要件の充足が立証できないと判断された事例

大阪地裁令和6822日判決
令和4()9112(甲事件)・令和4()11173(乙事件)
 
1.概要
 本事例は、原告が有する微細粉粒体のもれ防止用シール材に関する特許権に基づく特許権侵害訴訟の地裁判決である。
 下記2に示すように、本件訂正発明1の構成要件1C(カットパイル織物は、地糸の経糸または緯糸の径がパイル糸の径よりも細くされており、経糸と緯糸の径が同じ、もしくは経糸と緯糸が異なる径を用いてパイル織りされた織物であり、)は、経糸、緯糸、パイル糸の「径」についての特徴である。一方で、明細書の発明の詳細な説明には、経糸、緯糸、パイル糸の「径」の定義は記載されておらず、それを認識する方法が記載されていない。
 被告が実施する被告製品が、構成要件1Cを充足するか否かが争点となった。
 原告は、被告製品が、構成要件1Cを充足することの証拠として、糸の「断面積」を測定した測定結果を提出した。
 裁判所は、「被告製品について構成要件1Cの充足が立証されたということはでき」ないとして、原告の請求を棄却した。
 
2.本件訂正発明の構成要件
 原告が有する特許権の訂正後の請求項1の発明(本件訂正発明1)は以下のとおり。下線は強調のため加えた。
 
1A: 微細粉粒体を担持する回転体の外周面にパイルを摺接させながら軸線方向へのもれを防ぐ、画像形成装置における微細粉粒体のもれ防止用シール材であって、
1B: 多数の微細長繊維を束ねて構成されるパイル糸が基布の表面に切断された状態で立設されるカットパイル織物を主体とし、
1C: カットパイル織物は、地糸の経糸または緯糸の径がパイル糸の径よりも細くされており、経糸と緯糸の径が同じ、もしくは経糸と緯糸が異なる径を用いてパイル織りされた織物であり、
1D: パイル糸は、基布の製織方向の少なくとも一方に平行な方向に沿うように配列され、該基布の表面に対して、該配列の方向から予め定める角度θだけ開く方向に傾斜する斜毛状態で、パイル糸を構成する多数の微細長繊維が分離してパイルが形成され、かつパイル間のピッチが狭められるように毛羽立たされており、
1E: 使用状態では、回転体の回転方向に対し、該配列の方向が該予め定める角度θよりも大きな角度φをなすように、該配列の方向を該回転方向に 対して傾斜させることを特徴とする
1F: 画像形成装置における微細粉粒体のもれ防止用シール材。
 
3.裁判所の判断のポイント
争点1(被告製品が、構成要件1Cの構成(地糸の経糸または緯糸の径がパイル糸の径よりも細くされており)を備えるか)について
(1) 本件明細書の記載
 本件明細書の発明の詳細な説明のうち、【課題を解決するための手段】(0008】から【0023】まで)には、経糸、緯糸、パイル糸の「径」を認識する方法及び経糸又は緯糸の径がパイル糸の径よりも細くされることについての技術的意義に関する記述はない。
・・・(略)・・・
 【0050()には、「たとえば、径が数D(デニール)程度の複数種類の単繊維」との記載が、【0052】には、「たとえば、300D(デニール)程度の複合繊維糸30をパイル糸4として・・」との記載がそれぞれある。
(2) 技術常識
ア 上記本件明細書の記載からは、経糸、緯糸、パイル糸の「径」を認識する方法は見当たらず、また、経糸又は緯糸の径がパイル糸の径よりも細くされることについての技術的意義に関する記述はない以上、そこから上記の「径」を認識する方法を推測することもできない・・・(略)・・・から、これらは当業者の理解する技術常識によって決すべきこととなる。
イ この点、繊維の形態的な太さは、一般的にその断面が不規則な形状を示しているので、正確な計測は困難であり、したがって、一定の長さ当たりの重量で繊維の太さが示されているとされ、また断面の形状にあっては、天然繊維の形状は、それぞれ特有の形をしており、化学繊維は、その形状も人為的に自由につくることができ、断面は主として紡績方法によって決まり、円形・だ円形その他複雑なものもある、とされている(4。三訂版「繊維」(昭和61年刊行))
 また、繊維における細さ(繊度)にはいろいろの表し方があり、メートル法の番手(1グラムの糸が何メートルの長さを持つかを示すもの。番手が大きいほど糸は細い。)や、デニール、テックス(いずれも一定長の糸の重量)が用いられ、デニールと繊維ごとの比重を用いて断面積を算出する方法もある(5。「繊維の科学」(昭和53年刊行))。撚りの強さによっても見た目の太さが変わる(6。令和2年当時のウェブサイト。)。本件明細書においても、パイル糸の繊度に関し、デニールが用いられている部分がある。
ウ ところで、「径」の字義は、「1さしわたし。直径。2みち。小道。近道。」というものである(7(広辞林第六版)。また、広辞苑第七版においては、「まっすぐ結ぶ道。さしわたし。」とされており、「差渡し(さしわたし)」の字義は、「1さしわたすこと。一方から他方へかけ渡すこと。また、その長さ。2直径。わたり。けい。」とされている。これらを踏まえると、「径」とは「直径」を意味するものと解される。「直径」の字義は、「円または球の中心を通って円周または球面上に両端をもつ線分。また、その長さ。さしわたし。」というものであるから(広辞苑第七版)、「直径」が認識されるためには、平面においては円又はそれに近い形状のものが想定されていると解される。
 他方、前記のとおり、糸は繊維の集合体であって、繊維の断面は一般的に不規則な形状を示すものであるから、少なくとも、「径」の大小の比較に、「断面積」(空隙を除外するかどうかを問わない)を用いることはできないものと解される。この点、原告は、糸の太さを断面積で表すことが当業者にとって一般的な手法となっていたとしてその旨の証拠(25から27まで)を提出するが、それらは口輪筋線維、等方性黒鉛材料の気孔、血管について画像解析により断面積を測定した例にすぎず、技術分野が全く異なるもので、原告主張の事実は認めるに足りない。
(3) 構成要件1Cの充足の検討
ア 原告は、各糸の径は糸の断面積を測定することにより比較判断することが可能であり、かつこれを製品状態で測定すべきものとした上で、かかる測定方法を採用した測定結果を証拠(1912)として提出する。
 この測定は、被告製品のシール材に対し、接着剤を滴下して浸み込ませ、乾燥後、養生テープで固定し、パイル糸の配列方向に対し垂直となるように、シール材に金尺を当てて、カット治具である剃刀刃を沿わせて一回のスライスにより切断し、断面画像を撮像した上、該画像を解析して、緯糸とパイル糸の断面積を求めるというものである。
イ しかし、本件訂正発明1の構成要件1Cは、糸の「径」の大小をその要素としており、糸の太さの比較に断面積を用いることは文言の一義的な意味に反し、また前述の当業者の技術常識にも合致しないものである。
 また、具体的な測定手段をみても、上記測定は、被告製品を加工、破壊した上で測定するものであって、原告が自らいう「製品状態での測定」とも前提を異にするものである(そもそも、製品状態では糸に様々な方向から様々な力が作用し、一定の「断面積」を得ることは困難であると考えられ、「製品状態での測定」という前提自体、本件明細書や当業者の技術常識から導き得るのかについて疑問なしとしない。)。加えて、上記切断方法は、繊維の方向に垂直に正確に切断されることが保証されるものともいえず、切断角度、切断箇所の違いによる断面積の変化が何ら考慮されていないと見受けられ、測の条件統制にも疑義がある。画像解析についても、糸(及びこれを構成する繊維)の外郭のとらえ方や、空隙の有無等によって「断面積」が異なり得ることが見て取れる。
 これらのことからすると、甲19号証の12に示された測定手段は、画像の作成過程、画像解析の双方において、測定の正確性、合理性が担保されたものとはいえないというべきである。
 また、画像解析の結果報告される糸の断面(空隙を含む外郭)は、不定形で円又はそれに近い形状を備えておらず、かかる画像から、「径」(といえるもの)を認識することも困難である。
ウ そうすると、甲19号証の12によって、被告製品について構成要件1Cの充足が立証されたということはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(4) 小括
 以上によると、被告製品が構成要件1Cの構成を備えるとの原告の主張は、理由がない。」

2024年6月30日日曜日

パラメーター発明の特許権に対し先使用権の抗弁が成立する範囲について争われた事例

知財高裁令和6425日判決
令和3()10086特許権侵害差止等請求控訴事件
(原審・大阪地方裁判所平成29()1390)
 
1.概要
 本事例は、特許権侵害行為差止請求事件の控訴審の知財高裁判決である。
 本件特許権1〜7の特許権者である控訴人(一審原告)は、被控訴人(一審被告)が製造する複数の製品が本件特許権1等の技術的範囲に属するとして差し止めを請求した。被控訴人は、本件特許権の優先日よりも前から403W製品を実施しており、侵害被疑物品の実施は403W製品に基づく先使用権による通常実施権の及ぶ範囲であると抗弁した。知財高裁は、先使用権の成立を認め、控訴を棄却した。
 本件各発明1(本件特許1の請求項131416及び17の総称)は、光拡散部を有する長尺状の筐体と、前記筐体の長尺方向に沿って前記筐体内に配置された複数の発光素子とを備えたランプであって、前記複数の発光素子の各々の光が前記ランプの最外郭を透過したときに得られる輝度分布の半値幅をy(mm)とし、隣り合う前記発光素子の発光中心間隔をx(mm)とすると、y/x1.09の関係を満たすランプに関する、いわゆるパラメーター発明である。
 被控訴人が本件特許の優先日よりも前に実施していた403W製品ではy/x値は1.27~1.40であった。先使用権が成立するのは1.27~1.40に限られるのか否かが争点となった。知財高裁は、「先使用権制度の趣旨が、主として特許権者と先使用権者との公平を図ることにあり、特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式以外に変更することを一切認めないのは、先使用権者にとって酷であって相当ではなく、先使用権者が自己のものとして支配していた発明の範囲において先使用権を認めることが同条の文理にも沿う」、「被控訴人403W発明に具現された発明と同一性を失わない範囲は、1.1~1.7又は1.7を超える範囲と認定できるから、1.1~1.7又は1.7を超える範囲は、先使用権者である被控訴人が自己のものとして支配していた範囲と認められる。」として、先使用権の成立する範囲を広く認定した。
 
2.裁判所の判断のポイント
2.1.本件各発明1(本件特許1の請求項131416及び17)について
(2) ・・・本件各発明1は、次のようなものと認められる。
ア 技術分野
 本件各発明1は、発光ダイオード(LED)を用いた直管形のLEDランプ及びこれを備えた照明装置に関する(0001)
イ 発明が解決しようとする課題
 LEDランプでは、LEDモジュールが筐体内に収納され、当該LEDモジュールは、一定間隔で並べられた複数のLED(LED素子やベアチップ)を有するところ、従来、LEDの並び方向に沿って発光輝度の高い領域(LEDが実装された部分)と発光輝度の低い領域(LEDが実装されていない部分)とが繰り返して現れ、筐体を透過するLEDの光に輝度差が生じるので、ユーザに光の粒々感を与えるという問題があり、特に、直管形LEDランプでは、ユーザは一層粒々感を感じる傾向にある(0006】、【0007)
 この課題に対して、ランプの光拡散性を高めれば粒々感を解消することは自明であるが、その副作用として光束が低下してしまい、ランプ照度が低下してしまう。そのため、光束低下を最小限に抑えた上で粒々感を抑制することが重要となるが、従来、(1)粒々感の定義があいまいで数値化されておらず、ランプ設計にフィードバックすることが非常に困難であったこと、(2)粒々感に影響を与えるランプの構造として、光源素子の間隔や筐体(チューブ)の素材、あるいは光源素子から筐体までの距離等が多種多様であること、すなわち、粒々感に影響を及ぼし得るパラメータが非常に多い中で、光束低下を必要最小限に抑えて粒々感を抑制することが極めて困難であった(0023】、【0024)
ウ 課題を解決する手段(本件各発明1)
 本件各発明1は、光拡散部を有する長尺状の筐体と、前記筐体の長尺方向に沿って前記筐体内に配置された複数の発光素子とを備えたランプであって、前記複数の発光素子の各々の光が前記ランプの最外郭を透過したときに得られる輝度分布の半値幅をy(mm)とし、隣り合う前記発光素子の発光中心間隔をx(mm)とすると、yxが所定の関係を満たすものであり(0009)光束低下を最小限に抑えて効果的に粒々感を抑制することのできる画一的な領域を見いだすとともに、その領域を数値化することに成功したもの、すなわち、ランプ最外郭から発せられる光源一つの輝度分布をパラメータとして採用することで、輝度均斉度との関係で粒々感を定量化することができるという知見、具体的には、輝度均斉度を85%以上とすることにより、粒々感がほとんど感じられなくなること、実験結果(7A)から、LED1個の輝度分布における半値幅y(mm)(6A)と、隣り合うLEDの発光中心間隔x(mm)(6B)と、一列に並べられたLEDの輝度均斉度とには、相関関係があり、拡散部材の材料がガラス及びポリカーボネートのいずれであっても、y=αx(85%の輝度均斉度はy=1.09x90%の輝度均 斉度はy=1.21x95%の輝度均斉度はy=1.49x)として直線近似で きる(7B)こと、各直線における相関係数R2から輝度分布の半値幅yLEDの発光中心間隔xと輝度均斉度とには高い相関関係があること、という知見を得てできたもので(0025】【0082】【0083】【0086~0088】【0090)光拡散部を有する長尺状の筐体と、前記筐体の長尺方向に沿って前記筐体内に配置された複数の発光素子とを備えたランプであって、前記複数の発光素子の各々の光が前記ランプの最外郭を透過したときに得られる輝度分布の半値幅をy(mm)とし、隣り合う前記発光素子の発光中心間隔をx(mm)とすると、y≧1.09xの関係を満たすランプ(0009)である。
エ 本件各発明1の効果
 本件各発明1によると、ユーザが感じられないまでに粒々感を抑制することのできるランプ及び照明装置を実現することができる(0021)
(3) 本件各発明1に係るパラメータの技術的範囲
・・・・
イ 本件各発明1に係るパラメータの要旨
 本件各発明1は、「ランプ」又は「照明装置」に係る発明であって、「物」の発明である。そして、「物」の発明である本件各発明1において、近似式y=αxからなる本件に係るパラメータにおいて、αがとり得る値の範囲を特定するものである。
・・・
ウ 直線近似式の意義と輝度均斉度の精度
・・・・
 このように、本件パラメータは、その特定されるy/x値を満たす場合であっても、輝度均斉度の目標値に近い値を達成できる(目標値を下回ることもあれば、上回ることもある)ということを意味するにすぎない。より具体的には、本件明細書1(0087)から、
1.09≦y/x≦1.21の数値範囲において85%から90%程度の輝度均斉度が、
1.21≦y/x≦1.49の数値範囲において90%から95%程度の輝度均斉度が、
1.49≦y/xの数値範囲において95%程度の輝度均斉度がおおよそ得られることが期待できるものである。そもそも各輝度均斉度の目標値についても、この目標値の前後において、「粒々感」に係る光学的な効果が大きく変化するような臨界的な意義を持つものでもなく、本件パラメータによって、目標とする輝度均斉度がおおよそ得られることが期待できれば十分であると理解できる。」
 
2.2.先使用権について
(3) 先使用権の範囲
ア 特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし、又は特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して、特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者は、その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において、その特許出願に係る特許権について通常実施権を有する(特許法79)
 上記のとおり、先使用権者は、「その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において」特許権につき通常実施権を有するものとされるが、ここにいう「実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内」とは、特許発明の特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に日本国内において実施又は準備していた実施形式だけでなく、これに具現されている技術的思想、すなわち発明の範囲をいうものであり、したがって、先使用権の効力は、特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式だけでなく、これに具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式にも及ぶものと解するのが相当である(最高裁昭和61()454号同年103日第二小法廷判決・民集4061068頁参照)
 そして、先使用権制度の趣旨が、主として特許権者と先使用権者との公平を図る ことにあり、特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式以外に変更することを一切認めないのは、先使用権者にとって酷であって相当ではなく、先使用権者が自己のものとして支配していた発明の範囲において先使用権を認めることが同条の文理にも沿うと考えられること(前記最高裁判決参照)からすると、実施形式において具現された発明を認定するに当たっては、当該発明の具体的な技術内容だけでなく、当該発明に至った具体的な経過等を踏まえつつ、当該技術分野における本件特許発明の特許出願当時(優先権主張日当時)の技術水準や技術常識を踏まえて、判断するのが相当である。
イ 被控訴人403W製品に具現されている発明
(証拠(388)によると、被控訴人403W製品は、試料No.1No.2について、LED99個のうち左から18~35番目、及び、38~50番目までのLED31個についてy/x値を計測したところ、試料No.1については、最小値1.272、最大値1.363、平均値1.2711.370であり、試料No.2については、最小値1.326、最大値1.381、平均値1.3041.387であったことが認められる。また、被控訴人403W製品全24本について、左から25番目と50番目のLED2個についてy/x値を計測したところ、左から25番目のLEDについては、最小値1.303、最大値1.388、平均値1.2811.397であり、左から50番目のLEDについては、最小値1.297、最大値1.381、平均値1.2721.403であったことが認められる。
 ここで、工業製品にあっては、同一生産工程で生産されても、その品質はさまざまな原因によってばらつきが存在するものであり、照明器具においても同様のことがいえると解されるところ、上記のとおり、被控訴人403W製品においても、それぞれ数値範囲にばらつきが生じているものと理解できる。また、品質管理の手法としては、製品の検査結果を要求される品質標準と比較して、この差(製造誤差)を標準偏差の3(3σ)の範囲に収めることが一般的に採用される手法の一つであると理解できる(388、弁論の全趣旨)。これらを踏まえると、被控訴人403W製品のy/x値は、実測値で1.27~1.38程度、一般的な製造誤差を考慮した場合であるは、403W製品に要求される品質標準は不明であるものの、一般的な管理手法に照らせば、実測された平均値がそれに該当するといえ、被控訴人403W製品のy/x値は、おおむね1.27~1.40程度であったと認めることができる。
(また、先使用権に係る実施品である403W製品は、本件優先日1前において公然実施されていた402W製品とシリーズ品を構成する(35)から、被控訴人402W製品と極めて関連性が高い公然実施品である。
 そして、403W製品は、402W製品と共通のカバー部材を採用しつつ(315)402W製品と比べると、LEDの個数を減らしつつも「粒々感の解消」を図った超エコノミータイプとの位置づけであった(297)。すなわち、403W製品は、402W製品との比較でいえば、y(半値幅)を固定して、x(LEDチップの配列ピッチ)を工夫しつつ、本件各発明1と同様の課題である粒々感を抑えている(所定の輝度均斉度を得ている)ものと理解できる(35)
 ここで、証拠(317)によると、・・・402W製品のy/x値は1.7程度であり、その余の402W製品のy/x値は更に大きいこと(77では1.89)が認められる。
・・・
 以上のことを踏まえると、403W製品に具現化された発明であるy/x値が1.4を超える部分から1.7又は1.7を超える範囲は、被控訴人においてx値を適宜調整することで実現していた範囲であって自己のものとして支配していた範囲であるといえる。
(さらに、本件各発明1の課題であるLED照明の粒々感を抑えることは、LED照明の当業者において本件優先権主張日前から知られた課題であり、当業者はこのような課題につき、本件パラメータを用いずに、試行錯誤を通じて、粒々感のない照明器具を製造していたものといえる。そのような技術状況からすると、「物」の発明の特定事項として数式が用いられている場合には、出願(優先権主張日)前において実施していた製品又は実施の準備をしている製品が、後に出願され権利化された発明の特定する数式によって画定される技術的範囲内に包含されることがあり得るところであり、被控訴人が本件パラメータを認識していなかったことをもって、先使用権の成立を否定すべきではない。
 そこで、本件優先日1当時の技術水準や技術常識等についてみると、前記認定のとおり、輝度均斉度が85%程度を上回ることで粒々感に対処できることが周知技術(402、甲31)であったこと、y/x値が1.208~1.278程度の・・・製品2が、本件優先日1前に公然実施されていたこと、403W製品は、402W製品と比較して、LEDの個数を減らす設計によるものであって、本件各発明1と同様の課題である粒々感を抑えることができる範囲内でx値を402W製品より大きくし、y/x値を輝度均斉度が85%程度となる1.1程度まで小さくすることは、402W製品を起点とした403W製品の設計に至る間の延長線上にあるといえる。以上のことからすると、y/x値が1.27~1.1を満たす製品を設計することは、403W製品によって具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式というべきである。
(まとめ
 以上のとおり、被控訴人403W製品に具現されたy/x値との同一の範囲は、1.27~1.40と認定でき、また、被控訴人403W発明に具現された発明と同一性を失わない範囲は、1.1~1.7又は1.7を超える範囲と認定できるから、1.1~1.7又は1.7を超える範囲は、先使用権者である被控訴人が自己のものとして支配していた範囲と認められる。

2024年3月17日日曜日

特許権侵害訴訟において数値限定発明の構成要件充足性と均等侵害が争われた事例(大阪地裁第一審)

大阪地裁令和6226日判決
令和4()9521号 特許権侵害差止等請求事件
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/802/092802_hanrei.pdf
 
1.概要
 本事例は、原告が有する本件特許権に基づく被告に対する侵害訴訟において、被告製品は本件特許発明の構成を充足せず侵害は成立しないと判断された大阪地裁判決である。
 原告が有する本件特許の請求項1に係る発明(本件発明1)は熱可塑性樹脂組成物に関するものであり、「ヒドロキシフェニルトリアジン骨格を有する、分子量が700以上の紫外線吸収剤」を構成要件として含む(構成1B)。
 一方、本件特許権に基づく侵害訴訟において侵害が争われた被告製品は、分子式C42H57N3O6で表される化合物を紫外線吸収剤(判決文中では「UVA」と略称される)として含む。被告製品中の分子式C42H57N3O6で表される化合物の分子量は699.91848となり、構成1Bの「700以上」の充足性、及び、均等侵害の成立について争点となった。
 裁判所は、「当業者において、UVAの分子量を、算出された分子量を丸めて整数値とすることが技術常識であると認めることもできない」ことなどを理由に、被告製品は構成1Bを充足しないと判断した。
 また、均等侵害については、「数値をもって技術的範囲を限定し(数値限定発明)、その数値に設定することに意義がある発明は、その数値の範囲内の技術に限定することで、その発明に対して特許が付与されたと考えられるから、特段の事情のない限り、その数値による技術的範囲の限定は特許発明の本質的部分に当たると解すべきである」と判示し、均等の第1要件を満たさないとして均等侵害の成立を否定した。
 
2.裁判所の判断のポイント
争点1(被告製品及び被告方法が「分子量が700以上の紫外線吸収剤」を使用したものとして、構成要件1B、同6Bを各充足するか)について
(1) 本件明細書等の記載
 本件明細書には、別紙「特許明細書(抜粋)」の記載がある。
 特許請求の範囲及び本件明細書には、UVAの分子量がいずれも整数値で記載されているが、分子量の計算方法や整数値(小数点以下1位を四捨五入)とする根拠について明らかにされていない。したがって、UVAの分子量等については、当業者の技術常識をもって解釈することとなる。
(2) 当業者の被告UVAの分子量の認識について
 証拠(89)によると、分子量等の意義は次のとおりと認められ、これによる分子式C42H57N3O6で表される化合物の分子量はエのとおりとなる。
ア 分子量
 分子量は、一定の基準によって定めた化学物質(単体又は化合物)の分子の相対的質量をいい、その基準は原子量の場合に準ずる。ある化学物質の分子量は、その分子を構成する原子の原子量の和に等しい。例えば、酸素(単体)ではO2=31.9988となる。
イ 原子量
 原子量は、一定の基準によって定めた元素の原子の質量をいい、原子の質量は核種によって異なるが、大部分の元素について同位体の存在比は一定なので、各元素ごとに平均としての原子量を考えることができる。その基準の選定については歴史的変遷があり、1962年以降は質量数12の炭素の同位体12Cの原子量を12とする新基準に統一された。
 現在では、質量分析器によって各元素の同位体の質量と存在比とを測定して原子量を求める。
 1919IUPACが組織され、その下部組織としての国際原子量委員会で討議した国際原子量が同委員会より発表されるようになった。日本ではその値が隔年の日本化学会会誌化学と工業に発表される。
 IUPAC原子量表(1995)をもとに、作成された日本版のものの原 子量は次のとおりである。なお、多くの元素の原子量は一定ではなく、物質 の起源や処理の仕方に依存し、原子量とその不確かさ(括弧内の数字で表され、有効数字の最後の桁に対応する)は、地球上に天然に存在する元素について適用されると注記されている。
   炭素 12.0107(8)
   窒素 14.00674(7)
   水素  1.00794(7)
   酸素 15.9994(3)
ウ 原子量表(2003)「化学と工業」Vol.57(2004)日本化学会によるものでは、原子量は次のとおりとされている(8)。数値の意義等は前記イと同様である。
   炭素 12.0107(8)
   窒素 14.0067(2)
   水素  1.00794(7)
   酸素 15.9994(3)
エ 以上によると、当業者において、ある物質の分子量は、その構成する原子の原子量表記載の数値の和として認識されるから、不確からしさを考慮しない場合、本件優先日当時に近い原子量の数値につき前記(2)ウを採用した、分子式C42H57N3O6で表される化合物の分子量は、699.91848となる(不確からしさを考慮すると、小数点以下4位又は5位をJIS等に 示される方法により丸めることになると考えられる。)
(3) 分子量に関する原告の主張について
 前記(1)のとおり、本件各発明に用いられるUVAの分子量の計算において、その基礎となる原子量の数値や、算出された分子量を特定の桁(原告の主張でいう、原子量につき小数点以下2桁、あるいは算出された分子量を整数値)に丸めることは前提とされていないから、前記(2)の分子量の計算と異なる分子量の数値を採用すべき根拠は見出せない。原子量を小数点以下2桁に丸めて分 子量を計算し、更に分子量を整数に丸めるという計算方法は、誤差の原因となり技術常識にもそぐわないし、本件明細書の比較例におけるUVAの分子量の記載が原告主張の計算方法による結果と合致しないとの被告の指摘も考慮されるべきである。
 また、原告は、被告UVAと同じ分子式で表されるUVAについて、カタロ グや他の特許公報等において、その分子量が700と表記されることがあること(571ないし5)を指摘するものの、「699.9」とか、「699. 92」とかと表記される例もある(31ないし7)ことからすると、当業者において、UVAの分子量を、算出された分子量を丸めて整数値とすることが技術常識であると認めることもできない(原告自身、有効数字は整数値をとるか、小数点以下あるいは整数値でも10の位、100の位とするかは、分野や使用目的によってまちまちであることは自認している。)
(4) まとめ
 以上によると、被告UVAは、分子量が699.91848であって、構成要件1B及び同6Bの「分子量が700以上」であるUVAではないから、被告製品及び被告方法は、構成要件1B・同6Bを充足しない。
 争点1に関する原告の主張は、理由がない。
 
争点2(被告製品及び被告方法が本件各発明と均等なものとして侵害となるか)について
(1) 特許請求の範囲に記載された構成中に相手方が製造等をする製品又は用いる方法(以下「対象製品等」という。)と異なる部分が存する場合であっても、同部分が特許発明の本質的部分ではなく(1要件)、同部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用 効果を奏するものであって(2要件)、上記のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり(3要 件)、対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから同出願時に容易に推考できたものではなく(4要件)、かつ、対 象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除 外されたものに当たるなどの特段の事情もないとき(5要件)は、同対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技 術的範囲に属するものと解される(最高裁平成6()1083号同10 224日第三小法廷判決・民集521113頁参照)
(2) 1要件について
ア 本件各発明は、耐熱性透明材料として好適な熱可塑性樹脂組成物と、当該組成物からなる樹脂成形品ならびに樹脂成形品の具体的な一例である偏光子保護フィルム、樹脂成形品の製造方法に関する発明である(0001)。アクリル樹脂の透明度の低下を防止するためにUVAを添加する方法が公知であったが、成形時の発泡やUVAのブリードアウト、UVAの蒸散による紫外線吸収能の低下との問題につき、従来技術として、アクリル樹脂に組み合わせるUVAとして、トリアジン系化合物、ベンゾトリアゾール系化合物およびベンゾフェノン系化合物が用いられていた(0003】、【00 05】、【0006)。しかし、これらの従来技術として例示されたアクリル 樹脂(0006】記載の特許文献)には、いずれも分子量が700以上のUVAは開示されていなかった。
イ 本件各発明は、従来技術の化合物には、主鎖に環構造を有するアクリル樹脂との相溶性に課題があり、高温成形時の発泡やブリードアウトの発生の抑制が不十分であったことから、これらの課題を克服するため(0007】、 【0008)、樹脂組成物を構成要件1B記載の構成とし、その製造方法を構成要件6B記載の構成とし(0009】、【0010)、これにより110°C以上という高いTgに基づく優れた耐熱性や高温成形時における発泡及びブリードアウトの抑制、UVAの蒸散による問題発生の減少との効果を奏することとなった(0015)
ウ したがって、本件各発明の本質的部分は、ヒドロキシフェニルトリアジン骨格を有する、分子量が700以上のUVAが、主鎖に環構造を有する熱可 塑性アクリル樹脂と相溶性を有することを見出したことにより、110°C以上という高い優れた耐熱性や高温成形時における発泡及びブリードアウトの抑制、UVAの蒸散による問題発生の減少という効果を有する樹脂組成物を提供することを可能にした点にあると認められる。
エ 数値をもって技術的範囲を限定し(数値限定発明)、その数値に設定することに意義がある発明は、その数値の範囲内の技術に限定することで、その発明に対して特許が付与されたと考えられるから、特段の事情のない限り、その数値による技術的範囲の限定は特許発明の本質的部分に当たると解すべきである。
 上記検討によれば、分子量を「700以上」とすることには技術的意義があるといえるうえ、本件において、上記特段の事情は何らうかがえない。
オ そうすると、被告UVAの分子量が「700以上」ではないとの相違点は、本件各発明の本質的部分に係る差異であるというべきであるから、被告製品及び被告方法について、均等の第1要件が成立すると認めることはできず、均等侵害は成立しない。
カ 原告は、本件各発明におけるUVAの分子量である「700」に厳格な技術的意義はなく、本件各発明の本質的部分は、分子量が十分に大きいという 上位概念であると主張する。
 しかし、このような上位概念化は、前述の数値限定発明の技術的意義に関する考え方と相容れず権利範囲を不当に拡大するものである。また、本件証拠上、本件各発明におけるUVAの分子量が十分に大きいということが当業者にとって自明であるとも認められないし、分子量が十分に大きいことと、被告UVAの分子量との比較における本件各発明の数値の臨界的意義との関係は何ら明らかにされていない。
 したがって、原告の主張は採用の限りでない。」
 

2023年11月26日日曜日

用途が特定された物の特許発明に対する間接侵害が認容された事例

東京地裁令和5228日判決
令和2()19221号特許権侵害差止等請求事件
 
1.概要
 本事例は、原告が有する特許権に基づく特許権侵害訴訟の地裁判決である。
 本件発明1は、下記2の通り、
「複数個の、金属マグネシウム(Mg)単体を50重量%以上含有する粒子を、水を透過する網体で封入してなることを特徴とする洗濯用洗浄補助用品。」
という、用途が特定された物の発明であった。
 一方、被告の行為は、「金属マグネシウム粒子」の製造及び販売の申出であった。
 特許法101条第2号の非専用品間接侵害に該当するかが争点となった。
 東京地裁は、製品パッケージの記載や、インターネットショッピングサイトでの商品説明等の記載を考慮し、特許法101条第2号に該当すると判断し、原告による被告製品の差し止めを認容した。
 
2.本件発明1
(構成要件1A) 複数個の、金属マグネシウム(Mg)単体を50重量%以上含有する粒子を、水を透過する網体で封入してなる
(構成要件1B) ことを特徴とする洗濯用洗浄補助用品。
 
3.被告の行為
ア被告による被告製品の販売
 被告は、遅くとも令和元年729日から、金属マグネシウムの粒子の販売及び販売の申出を開始し、令和21月ないし3月頃から、業として、被告製品の販売及び販売の申出を開始したが、遅くとも口頭弁論終結時までには販売及び販売の申出が停止された。
 
イ被告製品の商品説明の表示
()被告製品の商品パッケージの記載
 被告製品の商品パッケージには、「BATH」、「WASH」及び「CLEAN」の記載がある。
()インターネットショッピングサイトAmazonにおける被告製品販売ページの記載
 インターネットショッピングサイトAmazonにおける被告製品販売ページ(以下「本件ウェブページ」という。)には、「DIY」及び「【洗濯に】高純度のマグネシウムペレットを水の中に入れると水道水が弱アルカリイオン水に変化します。この弱アルカリイオン水には臭い成分の分解や洗浄力があります。」、「部屋干しの生乾きの嫌な臭いに・雨の日の洗濯物の嫌な臭いに・タオルの生乾きの嫌な臭いに」などの記載がある。
 
4.裁判所の判断のポイント
「争点1(被告製品の製造、販売及び販売の申出による間接侵害の成否)について
(1)被告製品が本件各発明に係る物の生産に用いる物といえるかについて
・・・(略)・・・
 前記イのとおり、洗濯に用いるために洗濯ネットに被告製品に係る金属マグネシウムの粒子を封入して製造された物品は、本件各発明の技術的範囲に属するから、被告製品は、本件各発明に係る物の生産に用いる物であるといえる。
 
(2)「課題の解決に不可欠なもの」について
 本件明細書の記載によれば、本件各発明の課題は、洗濯後の繊維製品に残存する汚れ自体を、金属マグネシウム(Mg)単体の作用により減少させることによって、生乾き臭の発生を防止しようとするものであり(0006)、かかる課題を解決するために、金属マグネシウム(Mg)単体と水との反応により発生する水素が、界面活性剤による汚れを落とす作用を促進させることを見出し(0007)、構成要件1Aの「金属マグネシウム(Mg)単体を50重量%以上含有する粒子」を洗濯用洗浄補助用品として用いる構成を採用したものであると認められる。
 そして、被告製品は、前記(1)()のとおり、構成要件1Aを充足するものであり、本件ウェブページには、被告製品を洗濯に用いることで、金属マグネシウム(Mg)単体の作用により洗濯後の繊維製品に残存する汚れ自体を減少させ、生乾き臭の発生を防止することができることが示唆されているから、本件ウェブページの記載を前提とすると、被告製品は、本件各発明の課題の解決に不可欠なものに該当するというべきである。
 
(3)「日本国内において広く一般に流通しているもの」について
ア特許法1012号所定の「日本国内において広く一般に流通しているもの」とは、典型的には、ねじ、釘、電球、トランジスター等の、日本国内において広く普及している一般的な製品、すなわち、特注品ではなく、他の用途にも用いることができ、市場において一般に入手可能な状態にある規格品、普及品を意味するものと解するのが相当である。本件においては、前記(1)アのとおり、被告製品には、購入後に洗濯ネットに入れて洗濯用洗浄補助用品を手作りし、洗濯物と一緒に洗濯をする旨の使用方法が付されている。そして、本件明細書には、洗濯用洗浄補助用品として用いられる金属マグネシウムの粒子の組成は、金属マグネシウム(Mg)単体を実質的に100重量%含有するものがより好ましく(0020)、洗濯洗浄補助用品として用いられる金属マグネシウムの粒子の平均粒径は、4.0~6.0mmであることが最も好ましい(0022)と記載されているところ、前記(1)イのとおり、被告製品は、これらの点をいずれも満たしている。そうすると、被告製品を洗濯ネットに封入することにより、必ず本件各発明の構成要件を充足する洗濯用洗浄補助用品が完成するといえるから、被告製品は、本件各発明の実施にのみ用いる場合を含んでいると認められ、上記のような単なる規格品や普及品であるということはできない。以上によれば、被告製品は、「日本国内において広く一般に流通しているもの」に該当するとは認められない。
イこれに対し、被告は、被告製品に係る金属マグネシウムの粒子と同じ構成を備える金属マグネシウムの粒子が市場に多数流通しており、遅くとも口頭弁論終結時までには、日本国内において広く一般に流通しているものになったといえると主張する。
 しかし、「日本国内において広く一般に流通しているもの」の要件は、市場において一般に入手可能な状態にある規格品、普及品の生産、譲渡等まで間接侵害行為に含めることは取引の安定性の確保の観点から好ましくないため、間接侵害規定の対象外としたものであり、このような立法趣旨に照らすと、被告製品が市場において多数流通していたとしても、これのみをもって、「日本国内において広く一般に流通しているもの」に該当するということはできない。
 したがって、被告の主張は採用することができない。
 
(4)主観的要件について
 間接侵害の主観的要件を具備すべき時点は、差止請求の関係では、差止請求訴訟の事実審の口頭弁論終結時である。
 そして、前記前提事実(4)のとおり、原告製品は、令和21月頃までには、全国的に周知された商品となっていたこと、本件ウェブページには、被告製品の購入者によるレビューが記載されているところ、令和24月から同年7月にかけてレビューを記載した購入者45人のうち、20人の購入者が、被告製品をネットに封入して洗濯に使用した旨を記載しており、7人の購入者が「まぐちゃん」、「マグちゃん」、「洗濯マグちゃん」、「洗濯〇〇ちゃん」などと、洗濯用洗浄補助用品である原告製品の名称に言及したと解される記載をしていることを認めるに足る証拠(111)が提出されていることからすると、被告は、遅くとも口頭弁論終結時までには、被告製品に係る金属マグネシウムの粒子が、本件各発明が特許発明であること及び被告製品が本件各発明の実施に用いられることを知ったと認められる(当裁判所に顕著な事実)
 これに対し、被告は、被告製品については、構成要件1Aの「網体」には含まれない、布地の巾着袋等に被告製品を入れて洗濯機に投入して洗濯を行う使用方法などが想定されていたのであり、被告には被告製品が本件各発明の実施に用いられることの認識はない旨主張する。
 しかし、「網」は、被告が主張する意味のほかにも、「鳥獣や魚などをとるために、糸や針金を編んで造った道具。また、一般に、糸や針金を編んで造ったもの。」(広辞苑第7)の意味もあると認められること、本件明細書においては、「網体」の意義について、「本発明の洗濯用洗浄補助用品は、複数個の、マグネシウム粒子を、水を透過する網体で封入したものであるので、使用時には洗濯槽に入れやすく、使用後には洗濯槽から取り出しやすいものとなっている。」(0023)、「この網体の素材は、耐水性があるものであれば、各種天然繊維、合成繊維を用いることができるが、強度が高く、使用後の乾燥が容易で、洗濯時に着色傾向の小さいポリエステル繊維を用いることが好ましい。」(0024)、「この網体自体の織り方としては、水を透過するものであれば各種の織り方が採用できる。」(0025)と記載されているのみで、網目の細かさについては言及されていないことからすると、被告が主張する使用方法も、本件各発明を実施する態様による使用方法であることに変わりはないといえる。したがって、被告が、購入者が構成要件1Aの「網体」には含まれない、布地の巾着袋等に被告製品を入れて洗濯機に投入して洗濯を行う使用方法が想定されていたとしても、被告において被告製品が本件各発明の実施に用いられることの認識があったことを否定する事情とはならなない。
(5)小括
 したがって、被告が、業として、被告製品の販売又は販売の申出等をした行為(前記前提事実(5))について、本件特許権の特許法1012号の間接侵害が成立する。」

2023年10月15日日曜日

発明が解決しようとする課題が理解できないことを理由にサポート要件違反とされた事例

知財高裁令和5105日判決

令和4()10094号特許権侵害差止等請求控訴事件

(原審・東京地方裁判所令和3()29388)

 

1.概要

 本事例は、原告が有する特許権に基づく特許権侵害訴訟の第二審知財高裁判決である。第一審では東京高裁が、分割出願による本件特許が、原出願の明細書等に記載されたものではないため分割要件を満たさず、実際の出願日において新規性を有さないから、無効理由を有し、本件特許権を行使することができない、と判断した。

 知財高裁は、本件発明に係る特許請求の範囲の記載には、分割出願が適法であるか否かにかかわらず、サポート要件違反があることが認められるから、本件特許は特許法3661号違反により無効にされるべきものであり、本件特許権を行使することはできない、と判示した。

 本件特許に係る特許請求の範囲請求項1記載の発明(本件発明)は、次のとおりである。

 

HFO-1234yfと、HFC-143a、およびHFC-254eb、を含む組成物であって、HFC-143a0.2重量パーセント以下で、HFC-254eb1.9重量パーセント以下で含有する組成物。」

 

 冷媒であるHFO-1234yfが低地球温暖化係数(GWP)を有し、高GWP飽和HFC冷媒に替わる良い候補であることは公知である。

 本件明細書には、HFO-1234yfを調製する際に特定の追加の化合物が少量存在すること、本件発明の組成物に含まれる追加の化合物の一つとして約1重量パーセント未満のHFC-143aがあること、HFO-1234yfを調製する過程において生じる副生成物や、HFO-1234yf又はその原料に含まれる不純物が、追加の化合物に該当することが記載されている。

 しかしながら、本件明細書には、特定の追加の化合物が少量で存在することによる作用効果や、本件発明が解決しようとする課題が理解できるように記載されていない。

 

 知財高裁は、

HFO-1234yfを調製する際に追加の化合物が少量存在することにより、どのような技術的意義があるのか、いかなる作用効果があり、これによりどのような課題が解決されることになるのかといった点が記載されていなければ、本件発明が解決しようとした課題が記載されていることにはならない。

本件明細書に形式的に記載された「発明が解決しようとする課題」は、本件発明の課題の記載としては不十分であり、本件明細書には本件発明の課題が記載されていないというほかない。そうである以上、当業者が、本件明細書の記載により本件発明の課題を解決することができると認識することができるということもできない。」

と指摘しサポート要件を満たしていないと結論づけた。

 

2.裁判所の判断のポイント

1本件発明について

(1)本件明細書には、別紙「特許公報」のとおりの記載がある(2)

(2)本件発明の概要前記(1)の記載によると、本件発明は、熱伝達組成物等として有用な組成物の分野に関するものであり、新たな環境規制によって、冷蔵、空調及びヒートポンプ装置に用いる新たな組成物が必要とされてきたことを背景として、低地球温暖化係数の化合物が特に着目されているところ、1234yf等の新たな低地球温暖化係数の化合物を調製する際に、特定の追加の化合物が少量で存在することを見出したというものである・・・。

 

2争点2-2(サポート要件違反を無効理由とする無効の抗弁の成否)について

(1)特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決することができると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決することができると認識することができる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

(2)本件についてみると、本件明細書(以下、原出願当初明細書も同じ。)には、「発明が解決しようとする課題」として、「出願人は、1234yf等の新たな低地球温暖化係数の化合物を調製する際に、特定の追加の化合物が少量で存在することを見出した。」(0003)との記載がある。また、「本発明によれば、HFO-1234yfと、HFO-1234zeHFO-1243zfHCFC-243dbHCFC-244dbHFC-245cbHFC-245faHCFO-1233xfHCFO-1233zdHCFC-253fbHCFC-234abHCFC-243fa、エチレン、HFC-23CFC-13HFC-143aHFC-152aHFO-1243zfHFC-236faHCO-1130HCO-1130aHFO-1336HCFC-133aHCFC-254fbHCFC-1131HFC-1141HCFO-1242zfHCFO-1223xdHCFC-233abHCFC-226baおよびHFC-227caからなる群から選択される少なくとも1つの追加の化合物とを含む組成物が提供される。組成物は、少なくとも1つの追加の化合物の約1重量パーセント未満を含有する。」(0004)、「HFO-1234yfには、いくつかある用途の中で特に、冷蔵、熱伝達流体、エアロゾル噴霧剤、発泡膨張剤としての用途が示唆されてきた。また、HFO-1234yfは、V.C.Papadimitriouらにより、PhysicalChemistryChemicalPhysics20079巻、1-13頁に記録されているとおり、低地球温暖化係数(GWP)を有することも分かっており有利である。このように、HFO-1234yfは、高GWP飽和HFC冷媒に替わる良い候補である。」(0010)といった記載に、【0013】、【0016】、【0019】、【0022】、【0030】、【図1】の記載を総合すると、本件明細書には、HFO-1234yfが低地球温暖化係数(GWP)を有することが知られており、高GWP飽和HFC冷媒に替わる良い候補であること、HFO-1234yfを調製する際に特定の追加の化合物が少量存在すること、本件発明の組成物に含まれる追加の化合物の一つとして約1重量パーセント未満のHFC-143aがあること、HFO-1234yfを調製する過程において生じる副生成物や、HFO-1234yf又はその原料(HCFC-243dbHCFO-1233xfHCFC-244bb)に含まれる不純物が、追加の化合物に該当することが記載されているということができる。しかるところ、HFO-1234yfは、原出願日前において、既に低地球温暖化係数(GWP)を有する化合物として有用であることが知られていたことは、【0010】の記載自体からも明らかである。したがって、HFO-1234yfを調製する際に追加の化合物が少量存在することにより、どのような技術的意義があるのか、いかなる作用効果があり、これによりどのような課題が解決されることになるのかといった点が記載されていなければ、本件発明が解決しようとした課題が記載されていることにはならない。しかし、本件明細書には、これらの点について何ら記載がなく、その余の記載をみても、本件明細書には、本件発明が解決しようとした課題をうかがわせる部分はない。本件明細書には、「技術分野」として、「本開示内容は、熱伝達組成物、エアロゾル噴霧剤、発泡剤、ブロー剤、溶媒、クリーニング剤、キャリア流体、置換乾燥剤、バフ研磨剤、重合媒体、ポリオレフィンおよびポリウレタンの膨張剤、ガス状誘電体、消火剤および液体またはガス状形態にある消火剤として有用な組成物の分野に関する。特に、本開示内容は、2333-テトラフルオロプロペン(HFO-1234yfまたは1234yf)または23-ジクロロ-111-トリフルオロプロパン(HCFC-243dbまたは243db)2-クロロ-111-トリフルオロプロペン(HCFO-1233xfまたは1233xf)または2-クロロ-1112-テトラフルオロプロパン(HCFC-244bb)を含む組成物等の熱伝達組成物として有用な組成物に関する。」(0001)との記載があるが、同記載は、本件発明が属する技術分野の説明にすぎないから、この記載から本件発明が解決しようとする課題を理解することはできない。そうすると、本件明細書に形式的に記載された「発明が解決しようとする課題」は、本件発明の課題の記載としては不十分であり、本件明細書には本件発明の課題が記載されていないというほかない。そうである以上、当業者が、本件明細書の記載により本件発明の課題を解決することができると認識することができるということもできない。

(3)・・・(略)・・・

(4)以上のとおり、分割出願が有効であり、出願日が原出願日(平成215207)となると考えたとしても、本件発明に係る特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するということができないから、本件発明に係る特許は、無効審判請求により無効とされるべきものである(特許法12314号、3661)。」

 

2023年1月9日月曜日

特許発明の課題を、「発明が解決しようとする課題」の欄の文言だけでなく明細書に記載の発明の効果等を考慮して判断しサポート要件違反と判断した事例

知財高裁令和4929日判決

令和4()10029号 特許権に基づく損害賠償請求控訴事件

 (原審・東京地裁令和2()22071)

 

1.概要

 本事例は、特許権侵害訴訟の第1審にて原告が有する特許権がサポート要件違反と判断され請求棄却されたことを受け、原告が原判決の変更を求めて控訴した控訴審において、サポート要件違反の判断が維持され控訴が棄却された知財高裁判決である。

 第1審判決では、「発明が解決しようとする課題」の欄の段落0005、0006等の記載を考慮して、本件発明の課題は、「単にタンパク質を抽出できる液状化粧品を提供することと解することはできず,界面活性剤を使用していないか又は界面活性剤の使用量がごく少量であってもタンパク質を抽出できる液状化粧品を提供すること」であると認定された。そして本件特許発明の全体が、この課題を解決できることが理解できるように発明の詳細な説明に記載されていないからサポート要件違反と判断された。

 

 第1審判決に対する控訴時に、特許権者である控訴人(第1審原告)は、上記課題を記載した段落0005を削除するなどの訂正を行った。

 

 しかし知財高裁は、「本件訂正により、本件明細書の【0005】が削除されたとしても、【0065】に、本件発明の効果に関し、「本発明のタンパク質抽出剤は、界面活性剤等を含まなくとも、優れたタンパク質抽出効果を奏する。したがって、本発明のタンパク質抽出剤によれば、皮膚への負担を低減しつつ、所望の洗浄効果が得られる。」との記載があることに照らすと、・・(略)・・「界面活性剤を使用していないか又は界面活性剤の使用量がごく少量であってもタンパク質を抽出できる液状化粧品を提供すること」にあると認めるのが相当である。」として、明細書の全体を考慮すれば本件発明の課題は変わらないと判断し、サポート要件違反の判断を維持した。

 

 サポート要件等の特許性判断の前提となる発明の課題を、「発明が解決しようとする課題」の欄の文言だけで判断せず、発明の詳細な説明の前提も考慮して判断した判決として紹介する。

 

2.本件特許の請求項1(訂正後)

「水と、

  オクチルドデカノールと、

  水への溶解度より多い量のリモネン、スクアレン、及びスクアランからなる群から選ばれる1種類以上の炭化水素と、

  界面活性剤(但し、界面活性剤が全量に対して0~10体積%であるものを除く。)と、

を含む角栓除去用液状クレンジング剤。」

 

3.特許明細書の記載事項

「【発明が解決しようとする課題】

【0005】

  しかし、溶液中の対象物質を分離等するために使用されて来た従来の方法は、いずれも、界面活性剤の使用を前提としていた。他方、界面活性剤は、皮膚に負担をかけ、荒れ等を生じさせ得るため、界面活性剤を使用していないか、又は、界面活性剤の使用量が極少量である方法が求められていた。

【0006】

  本発明は、タンパク質を抽出できる液状化粧品を提供することを目的とする。」

 

「【0063】

3.本発明のタンパク質抽出剤の効果

・・・・

【0065】

  また、本発明のタンパク質抽出剤は、界面活性剤等を含まなくとも、優れたタンパク質抽出効果を奏する。したがって、本発明のタンパク質抽出剤によれば、皮膚への負担を低減しつつ、所望の洗浄効果が得られる。本発明のタンパク質抽出剤には、液状化粧品に配合される公知の添加剤(界面活性剤、防腐剤、保湿剤、香料、エンモリメント成分等)が含まれていてもよい。添加剤の種類や量は、本発明の目的を阻害しない範囲で適宜選択できる。」

 

 

4.東京地裁判決のポイント(サポート要件違反の前提となる課題に関して)

(2) 本件発明の課題

ア 【0006】には,本件発明の目的が「タンパク質を抽出できる液状化粧品を提供すること」と記載されているにとどまり,界面活性剤の含有の有無や含有量,界面活性剤がタンパク質の抽出に与える作用に関する記載はない。

 しかし,本件明細書において,【0006】は,【0005】とともに「発明が解決しようとする課題」についての記載と位置付けられるところ,【0005】には,「界面活性剤は,皮膚に負担をかけ,荒れ等を生じさせ得るため,界面活性剤を使用していないか,又は,界面活性剤の使用量が極少量である方法が求められていた。」との記載が存在する。そうすると,【0006】に記載された本件発明の目的は,【0005】に記載された従来技術の課題の解決を踏まえたものと解釈するのが合理的である。

・・・・

 以上によれば,本件発明の課題は,単にタンパク質を抽出できる液状化粧品を提供することと解することはできず,界面活性剤を使用していないか又は界面活性剤の使用量がごく少量であってもタンパク質を抽出できる液状化粧品を提供することであると認めるのが相当である。

 

5.本件訂正(訂正事項3)

 本件明細書の0005を削除する。

 

6.知財高裁判決のポイント(サポート要件違反に関して)

「当業者は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び技術常識から、本件発明の範囲に含まれる上記の好適な配合量の数値範囲全体にわたって、角栓除去作用(すなわち、タンパク質除去作用)があり、「界面活性剤を使用していないか又は界面活性剤の使用量がごく少量であってもタンパク質を抽出できる液状化粧品を提供する」という本件発明の課題(前記イ)を解決できることを認識することができるものと認めることはできない。

 以上によれば、本件発明は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されているものと認めることはできないから、本件発明の特許請求の範囲の記載(請求項1)は、サポート要件に適合するものと認められない。」

本件訂正により、本件明細書の【0005】が削除されたとしても、【0065】に、本件発明の効果に関し、「本発明のタンパク質抽出剤は、界面活性剤等を含まなくとも、優れたタンパク質抽出効果を奏する。したがって、本発明のタンパク質抽出剤によれば、皮膚への負担を低減しつつ、所望の洗浄効果が得られる。」との記載があることに照らすと、本件発明の課題は、単に「タンパク質を抽出できる液状化粧品を提供すること」にあると解することはできず、前記⑴イのとおり、「界面活性剤を使用していないか又は界面活性剤の使用量がごく少量であってもタンパク質を抽出できる液状化粧品を提供すること」にあると認めるのが相当である。」