知財高裁令和4年9月29日判決
令和4年(ネ)第10029号 特許権に基づく損害賠償請求控訴事件
(原審・東京地裁令和2年(ワ)第22071号)
1.概要
本事例は、特許権侵害訴訟の第1審にて原告が有する特許権がサポート要件違反と判断され請求棄却されたことを受け、原告が原判決の変更を求めて控訴した控訴審において、サポート要件違反の判断が維持され控訴が棄却された知財高裁判決である。
第1審判決では、「発明が解決しようとする課題」の欄の段落0005、0006等の記載を考慮して、本件発明の課題は、「単にタンパク質を抽出できる液状化粧品を提供することと解することはできず,界面活性剤を使用していないか又は界面活性剤の使用量がごく少量であってもタンパク質を抽出できる液状化粧品を提供すること」であると認定された。そして本件特許発明の全体が、この課題を解決できることが理解できるように発明の詳細な説明に記載されていないからサポート要件違反と判断された。
第1審判決に対する控訴時に、特許権者である控訴人(第1審原告)は、上記課題を記載した段落0005を削除するなどの訂正を行った。
しかし知財高裁は、「本件訂正により、本件明細書の【0005】が削除されたとしても、【0065】に、本件発明の効果に関し、「本発明のタンパク質抽出剤は、界面活性剤等を含まなくとも、優れたタンパク質抽出効果を奏する。したがって、本発明のタンパク質抽出剤によれば、皮膚への負担を低減しつつ、所望の洗浄効果が得られる。」との記載があることに照らすと、・・(略)・・「界面活性剤を使用していないか又は界面活性剤の使用量がごく少量であってもタンパク質を抽出できる液状化粧品を提供すること」にあると認めるのが相当である。」として、明細書の全体を考慮すれば本件発明の課題は変わらないと判断し、サポート要件違反の判断を維持した。
サポート要件等の特許性判断の前提となる発明の課題を、「発明が解決しようとする課題」の欄の文言だけで判断せず、発明の詳細な説明の前提も考慮して判断した判決として紹介する。
2.本件特許の請求項1(訂正後)
「水と、
オクチルドデカノールと、
水への溶解度より多い量のリモネン、スクアレン、及びスクアランからなる群から選ばれる1種類以上の炭化水素と、
界面活性剤(但し、界面活性剤が全量に対して0~10体積%であるものを除く。)と、
を含む角栓除去用液状クレンジング剤。」
3.特許明細書の記載事項
「【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、溶液中の対象物質を分離等するために使用されて来た従来の方法は、いずれも、界面活性剤の使用を前提としていた。他方、界面活性剤は、皮膚に負担をかけ、荒れ等を生じさせ得るため、界面活性剤を使用していないか、又は、界面活性剤の使用量が極少量である方法が求められていた。
【0006】
本発明は、タンパク質を抽出できる液状化粧品を提供することを目的とする。」
「【0063】
3.本発明のタンパク質抽出剤の効果
・・・・
【0065】
また、本発明のタンパク質抽出剤は、界面活性剤等を含まなくとも、優れたタンパク質抽出効果を奏する。したがって、本発明のタンパク質抽出剤によれば、皮膚への負担を低減しつつ、所望の洗浄効果が得られる。本発明のタンパク質抽出剤には、液状化粧品に配合される公知の添加剤(界面活性剤、防腐剤、保湿剤、香料、エンモリメント成分等)が含まれていてもよい。添加剤の種類や量は、本発明の目的を阻害しない範囲で適宜選択できる。」
4.東京地裁判決のポイント(サポート要件違反の前提となる課題に関して)
「(2) 本件発明の課題
ア 【0006】には,本件発明の目的が「タンパク質を抽出できる液状化粧品を提供すること」と記載されているにとどまり,界面活性剤の含有の有無や含有量,界面活性剤がタンパク質の抽出に与える作用に関する記載はない。
しかし,本件明細書において,【0006】は,【0005】とともに「発明が解決しようとする課題」についての記載と位置付けられるところ,【0005】には,「界面活性剤は,皮膚に負担をかけ,荒れ等を生じさせ得るため,界面活性剤を使用していないか,又は,界面活性剤の使用量が極少量である方法が求められていた。」との記載が存在する。そうすると,【0006】に記載された本件発明の目的は,【0005】に記載された従来技術の課題の解決を踏まえたものと解釈するのが合理的である。
・・・・
以上によれば,本件発明の課題は,単にタンパク質を抽出できる液状化粧品を提供することと解することはできず,界面活性剤を使用していないか又は界面活性剤の使用量がごく少量であってもタンパク質を抽出できる液状化粧品を提供することであると認めるのが相当である。」
5.本件訂正(訂正事項3)
本件明細書の0005を削除する。
6.知財高裁判決のポイント(サポート要件違反に関して)
「当業者は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び技術常識から、本件発明の範囲に含まれる上記の好適な配合量の数値範囲全体にわたって、角栓除去作用(すなわち、タンパク質除去作用)があり、「界面活性剤を使用していないか又は界面活性剤の使用量がごく少量であってもタンパク質を抽出できる液状化粧品を提供する」という本件発明の課題(前記イ)を解決できることを認識することができるものと認めることはできない。
以上によれば、本件発明は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されているものと認めることはできないから、本件発明の特許請求の範囲の記載(請求項1)は、サポート要件に適合するものと認められない。」
「本件訂正により、本件明細書の【0005】が削除されたとしても、【0065】に、本件発明の効果に関し、「本発明のタンパク質抽出剤は、界面活性剤等を含まなくとも、優れたタンパク質抽出効果を奏する。したがって、本発明のタンパク質抽出剤によれば、皮膚への負担を低減しつつ、所望の洗浄効果が得られる。」との記載があることに照らすと、本件発明の課題は、単に「タンパク質を抽出できる液状化粧品を提供すること」にあると解することはできず、前記⑴イのとおり、「界面活性剤を使用していないか又は界面活性剤の使用量がごく少量であってもタンパク質を抽出できる液状化粧品を提供すること」にあると認めるのが相当である。」