2023年1月29日日曜日

試験結果による裏付けのない文献中の記載の引用発明適格性が争われた事例

 知財高裁令和5112日判決

令和3(行ケ)10157号 審決取消請求事件(1事件)

令和3(行ケ)10155号 審決取消請求事件(2事件)

 

1.概要

 本件は、被告が有する特許権に対する新規性進歩性要件違反を理由とする特許無効審判が請求不成立となり、審決の取り消しを求めた原告2社による審決取消訴訟の知財高裁判決である。知財高裁は、審決は適法であると判断し原告による請求を取り消した。

 争点となったのは、引用された論文甲A1の考察欄において、直接的な実験の裏づけなく記載された、「「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」 応答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、・・・(略)・・・「オン時間」を増加させることができる可能性がある。」という部分が、本件発明の用途(用法)を開示・示唆するといえるかどうか。いわゆる「一行記載」の引用発明適格性が争われた。

 知財高裁は、「これを裏付ける試験結果等に基づいてされた実証的な記載であるということはできない」から、本件発明の用途(用法)を開示又は示唆するものではないと結論づけた。

 

2.本件発明

「【請求項1

 (E)-8-(34-ジメトキシスチリル)-13-ジエチル-7-メチル キサンチンを含有する薬剤であって、

 前記薬剤は、パーキンソン病のヒト患者であって、L-ドーパ療法において、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者を対象とし、

 前記薬剤は、前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために前記患者に投与され、

 前記薬剤は、前記L-ドーパ療法においてL-ドーパと併用して前記対象に投与される、

ことを特徴とする薬剤。」

 

3.審決の理由の要旨

(2) 原告らの主張に係る無効理由1(新規性欠如)について

ア 甲A1(Experimental Neurology162321~327(2000))に記載された発明の認定

 甲A1には、次の発明(以下「甲A1発明」という。)が記載されている。

 KW-6002を含有する薬剤であって、MPTP処置コモンマーモセットに対して、閾値投与量のL-ドーパ(2.5mg/kg)及びカルビドパ(12.5m g/kg)が投与される90分前又は24時間前に、KW-6002(10.0mg/kg)が組合せ経口投与される、自発運動活性と運動障害を改善する薬剤。

イ 本件発明と甲A1発明との対比

 本件発明と甲A1発明は、次の一致点で一致し、相違点で相違する。

<一致点>

 (E)-8-(34-ジメトキシスチリル)-13-ジエチル-7-メチルキサンチンを含有する薬剤であって、

 前記薬剤は、パーキンソン病動物を対象とし、

 前記薬剤は、L-ドーパと併用して前記対象に投与される、薬剤。

<相違点>

 本件発明は、「ヒト患者であって、L-ドーパ療法において、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者」を対象とし、「前記薬剤は、前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために前記患者に投与され」、「前記L-ドーパ療法」において投与される「薬剤」であるのに対し、甲A1発明は、「MPTP処置コモンマーモセット」を対象とする「自発運動活性と運動障害を改善する薬剤」である点

 

(3) 原告らの主張に係る無効理由2(進歩性欠如)について

ア 相違点について

(A1からの容易想到について

 A1には、「ウェアリング-オフ及びオン-オフ応答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、ジスキネジアを長引かせることなしにオン時間を増加させることができる可能性がある」との記載がある。しかし、該記載は、甲A1記載の試験結果から導き出されたものといえない。また、甲A1には、図4で表される試験はもちろん、上記記載を除いて、「ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させる」ことに関して記載された箇所はない。

 ・・・・(略)・・・

 そうすると、L-ドーパの長期投与においてウェアリング・オフ現象又はオン・オフ変動を示す状態のパーキンソン病ヒト患者又はそれに対応するモデル動物にKW-6002を投与する試験を行い、ウェアリング・オフ現象又はオン・オフ変動 における効果を確認してみることなく、甲A1に記載された試験結果から、KW- 6002が、L-ドーパ療法によりウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階のパーキンソン病のヒト患者において、オフ時間を減少する薬剤として使用できることを、当業者が容易に想到し得たということはできない

 また、L-ドーパとの併用により自発運動活性や運動障害に対して24時間程度の増大作用を有する薬剤であれば、「ウェアリング・オフ現象および/またはオン ・オフ変動」のオフ時間を減少させる、との技術常識が本件優先日当時に存在していたことは、提出されたいずれの証拠をみても理解できない。

 

4.裁判所の判断のポイント

(3) A1に記載された発明の認定

ア 前記(1)のとおりの甲A1の記載内容に加え、前記(2)において検討したところも併せ考慮すると、甲A1には、本件審決が認定したとおり、次の発明(A1 発明)が記載されているものと認められる。

 KW-6002を含有する薬剤であって、MPTP処置コモンマーモセットに 対して、閾値投与量のL-ドーパ(2.5mg/kg)及びカルビドパ(12.5m g/kg)が投与される90分前又は24時間前に、KW-6002(10.0m g/kg)が組合せ経口投与される、自発運動活性と運動障害を改善する薬剤。

イ この点に関し、原告は、1A1が問題としているパーキンソン病の 「応答変動」はウェアリング・オフ現象等を指すところ、2A1は、そのような「応答変動」に対する治療方法として、すなわち、ウェアリング・オフ現象等のオフ時間を短縮するために非ドーパミン作動性の薬剤を見いだすことを目的とし、そのような目的を達成するため、甲A1においては、MPTP処置コモンマーモセットを用いてKW-6002の単独投与、L-ドーパとKW-6002との併用等による抗パーキンソン効果の測定を行い、そのいずれにおいても有意な改善が見られたとの結果を受け、本件記載がされたのであるから、A1には、「L-ドーパとの組合せで、「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、ジスキネジアを長引かせることなしに「オン時間」を増加させることができる可能性がある薬剤。」(A1発明’)が記載されていると主張する。

 しかしながら、甲A1の記載(前記(1))によると、甲A1には、「応答変動」に関しては、「応答変動」を経験する患者の場合は一般的にジスキネジアの出現を伴うことから、パーキンソン病を治療するための代替手段として、基底核の神経経路上の非ドーパミン作動性の標的に注目が集まっていることが記載されているものと認めるのが相当であるし、また、MPTP処置コモンマーモセットを用いてKW-6002の単独投与の効果を調べた試験(1試験)においても、MPTP処置 コモンマーモセットを用いてKW-6002及びL-ドーパの併用の効果を調べた試験(4試験)においても、MPTP処置コモンマーモセットは、長期間にわたってL-ドーパ療法を受けた動物ではなく、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った動物でもない。さらに、図4試験は、L-ドーパ の作用の増強の有無及び程度について調べる試験であり、L-ドーパの作用の持続時間の長短を調べる試験ではない(・・・(略)・・・)。そうすると、甲A1は、パーキンソン病のウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時 間を減少させるための治療方法を見いだすために執筆された学術論文であるということはできないし、本件記載のうち「「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」 応答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、...「オン時間」を増加させることができる可能性がある。」との部分は、これを裏付ける試験結果等に基づいてされた実証的な記載であるということはできない。

 以上のとおりであるから、原告の上記主張を採用することはできない。」