2021年1月10日日曜日

後発的に提出された、明細書中の一行記載を裏付ける実験結果がサポート要件充足性判断の証拠として考慮されなかった事例

知財高裁 令和21215日判決言渡

令和元年(行ケ)10136 審決取消請求事件

1. 概要

 本事例は、特許権無効審判(サポート要件違反、実施可能要件違反で特許無効)に対する審決取消訴訟の知財高裁判決である。知財高裁は審決は適法であるとして原告(特許権者)の請求を棄却した。

 対象となる特許発明は「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する」という要件(24ヶ月要件)を含む。一方、明細書には、室温24ケ月を越える期間、保存安定的であるという文言(いわゆる一行記載)は記載されているが、具体的な実験データは記載されていない。

 原告(特許権者)は、特許出願よりも前に作成された、24ヶ月以上の保存安定性を示す実験結果(甲3633)を提出し、24ヶ月要件は裏付けられていることの証拠とした。

 知財高裁は「本件明細書と技術常識によっては24ケ月要件を備えた製剤が記載されていると認識することができないにもかかわらず,本件出願後に実験データ(3633)を提出して明細書の上記不備を補うことは許されないというべきである」と判示し、サポート要件違反の審決を支持した。


2. 本件発明1

a)0.01~0.2mg/mlパロノセトロン又はその薬学的に許容される塩;

b)薬学的に許容される担体を含む,嘔吐を抑制又は減少させるための,少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液であって,

 当該薬学的に許容される担体はマンニトールを含む,前記溶液。


2. 審決(サポート要件、実施可能要件違反)の概要
1本件審決は,無効理由2(明確性要件非充足)は成り立たないが,無効理由1(ポート要件非充足)3(実施可能性要件非充足)は成り立つと判断して,本件訂正後の全請求項についての特許を無効とした。そして,無効理由13についての本件審決の説示は,本件訂正後の各請求項に共通の発明特定事項である24ケ月要件について,無効理由13が成り立つことをいうものである。

 そこで,以下,24ケ月要件のサポート要件非充足及び実施可能性要件非充足についての本件審決の理由の概要を示す。

2 無効理由1(ポート要件非充足)について
(1)
本件特許の明細書(以下「本件明細書」という。)には,24ケ月要件に直接関係する記載として,次の記載がある(判決注:下線は本判決が付した。)。

「【0017

発明の要約

 発明者は,パロノセトロンを用いる嘔吐の治療及び抑制のための驚くべき効果的かつ多用途の製剤を支持する一連の発見をした。これらの製剤は,室温で24ケ月を越える期間,保存安定的であり,従って冷蔵することなく保存することができ,及び非-無菌な最終殺菌処理を用いて製造され得る。」

「【0037

 更に実施態様は,パロノセトロン製剤が簡便に保存又は製造される改良法に関する。特に,本発明者らは,本発明の製剤が室温で長期間製品を保存できる,ことを発見した。従って,更に別の実施態様では,本発明は,以下を含むパロノセトロン又はその薬学的に許容される塩の溶液をその中に含む1個又はそれ以上の容器を保存する方法を提供する:a)当該1個又はそれ以上の容器を含む部屋を提供すること;b)1015又は20°Cより高い部屋の温度を維持すること;c)当該部屋1ケ月,3ケ月,6ケ月,1年,18ケ月,24ケ月又はそれ以上(しかし,好ましくは36ケ月を越えない),当該容器を保存すること,ここで,(i)パロノセトロン又はその薬学的塩は約0.01mg/mL~5.0mg/mLの濃度で存在する,(ii)本溶液のpHは約4.0~6.0であり,(iii)本溶液は約0.01~5.0mg/mlパロノセトロン又はその薬学的に許容される塩,約10~100ミリモルのクエン酸緩衝液及び約0.005~1.0mg/mlEDTAを含み,(iv)本溶液はキレート剤を含み,又は(v)本溶液は約10~100ミリモルのクエン酸緩衝液を含む。」

 しかし,いずれの記載もパロノセトロン製剤を安定に保存できる期間を文言上記載したにとどまるものであって,パロノセトロン製剤を安定に保存できる期間を当業者が理解できるような裏付けなどと共に具体的に示す記載ではなく,これらの記載をもって,24ケ月要件を発明特定事項とする本件各発明が,実質的に明細書に記載されているということはできない。

・・・(略)・・・

(7) 以上によれば,24ケ月要件を発明特定事項とする本件各発明は,pH,マンニトール,キレート剤についての特定の有無に関わらず,実質的に明細書に記載したものではない。」


3. 原告(特許権者)の追加実験結果に基づく意見

「出願時の技術常識(特に,実験,分析)に照らして,上記bの手段により上記aの課題が解決されると当業者が認識できることは,甲36において同旨の実験結果が得られていることによっても裏付けられる。

 36は,医薬品の承認申請のために原告が米国FDAに提出した書面であり,その提出日は,原出願より前の2002(平成14)926である。同書面に記載された実験結果は,本件明細書の段落【0017】及び【0037】の記載と符合するものであるから,これらの段落において数値により表現された貯蔵安定性の程度は,原告(発明者・出願人)の予測や期待を表現したものではなく,出願に先立って実験により得られたものである。同旨の実験結果は,原告補助参加人が平成18年から平成26年にかけて行った実験においても得られている(33)

 なお,甲3633の実験結果は,A)実験方法・条件が明細書記載のものと実質的に同じであること,B)得られた結果が明細書記載の内容と実質的に同じであること,C)実験の手法が原出願当時の技術常識の範囲内にあること,D)貯蔵安定性の測定の実験手法は極めて簡単であること,に照らすと,明細書に開示された内容の範囲内にあり,明細書の記載を裏付けるものであって,明細書の記載内容を記載外で補足するものではないから,サポート要件充足性を立証するために許容される証拠である。


4. 裁判所の判断のポイント

「上記(1)()()のとおり,本件明細書においては,パロノセトロン又はその塩を含む溶液は,pH/又は賦形剤濃度の調整並びにマンニトール及びキレート剤の適切な濃度での添加によって,安定性が向上することが記載され,実施例1~3において,製剤が最も安定するpHの値,クエン酸緩衝液及EDTAの好適な濃度範囲,マンニトールの最適レベルが示され,実施例45に代表的な医薬製剤が示されているが,実施例45においては,実際に安定性試験が行われていないため,そこに記載された医薬製剤が少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有することが記載されているとはいえない。また,その他の箇所をみても,安定化に資する要素は挙げられてはいるものの,それらが24ケ月の貯蔵安定性を実現するものであることについての直接的な言及はないし,どのような要素があればどの程度の貯蔵安定性を実現することができるのかを推論する根拠となるような具体的な指摘もなく,結局,具体的な裏付けをもって,具体的な医薬製剤が少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有することが記載されているとはいえない。

 なお,上記(1)()のとおり,本件明細書の一連の実施例は,薬剤の安定化のための合理的な条件を見出すための要因を探求するものであって,特に,実施例1~3は,個々の要因を探求するプレフォーミュレーション(予備処方設計,前処方化)に該当し,実施例45の代表的な医薬製剤は処方化研究(製剤設計)に該当するといえるとしても,上記のとおり,本件明細書には,pH,賦形剤,マンニトール及びキレート剤の濃度を調整することで,安定性向上に関し,どのような作用・機序があるのか,どの程度の安定性の向上,安定性への貢献が見込めるのかが記載されていないため,実施例45の医薬製剤が少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有することが記載されているとはいえないし,その他の箇所をみても,合理的な説明をもって,具体的な医薬製剤が少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有することが記載されているとはいえない。

 そうすると,本件明細書には,24ケ月要件を備えたパロノセトロン製剤が記載されているとはいえないし,本件出願時の技術常識に照らしても,当業者が,本件各発明につき,医薬安定性が向上し,24ケ月以上の保存を可能にするパロノセトロン製剤とその製剤を安定化する許容される濃度範囲を提供するという本件各発明の課題(上記(1))を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえない。

・・・(略)・・・

(4) 原告の主張について

上記第41(1)(2)の主張について上記(3)のとおり,本件明細書には,pH,賦形剤,マンニトール及びキレート剤の濃度を調整することで,安定性向上に関し,どのような作用・機序があるのか,どの程度の安定性の向上,安定性への貢献が見込めるのかが記載されていないため,本件出願時の技術常識を踏まえても,実施例45の医薬製剤24ケ月要件を備えたものであることが記載されているとはいえないし,その他の箇所をみても,具体的な医薬製剤が少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有することを,具体的な根拠に基づいて合理的に説明しているとはいえない。そして,24ケ月という期間に直接言及する【0017】【0037】の記載も,上記(1)()のとおり,当該製剤ないし容器を24ケ月以上保存できることをいかなる方法で確認したか等についての具体的な言及を欠くから,これらの段落の記載をもって,24ケ月要件が本件明細書に実質的に記載されているということもできない。

 したがって,原告の上記第41(1)(2)の主張は採用することができない。

上記第41(3)の主張について
(
) ポート要件適合性は,明細書に記載された事項と出願時の技術常識に基づいて認定されるべきであるから,上記(3)のとおり,本件明細書と技術常識によっては24ケ月要件を備えた製剤が記載されていると認識することができないにもかかわらず,本件出願後に実験データ(3633)を提出して明細書の上記不備を補うことは許されないというべきである。

() また,原告は,甲3633は,本件明細書の段落【0017】【0037】を補うものにすぎないから,新たな実験結果ではないという趣旨の主張をするが,本件明細書には,【0017】【0037】に記載された24ケ月の貯蔵安定性につき,いかなる方法及び条件の下での試験によってその貯蔵安定性を確認したのかが一切記載されていないため,甲3633の試験が本件明細書と同一の方法及び条件によるものか否かは不明であり,原告の主張は失当である。

 この点につき,原告は,A)実験方法・条件が本件明細書記載のものと実質的に同じであること,B)得られた結果が本件明細書記載の内容と実質的に同じであること,C)実験の手法が原出願当時の技術常識の範囲内にあること,D)貯蔵安定性の測定の実験手法は極めて簡単であることを主張するが,上記のとおり,本件明細書には,24ケ月の貯蔵安定性につき,いかなる方法及び条件の下での試験によってその貯蔵安定性を確認したのかが一切記載されていない以上,甲3633の実験方法・条件,得られた結果が明細書記載の内容と実質的に同じであるとはいえない。また,結果が同じであるからといって実験方法・条件が同一であるとは限らないし,貯蔵安定性を測定するための実験方法が一つに定まるというのであればともかく(そのような事情を認めるに足りる証拠はない。),そうではない以上,たとえ実験の手法が技術常識の範囲内のものであり,また,実験手法が簡単なものであったとしても,そのことによって,本件明細書に記載された実験の方法・条件と,甲3633の実験の方法・条件が同一であることが保障されるものではない。

() したがって,原告の上記第41(3)の主張は採用することができない。」

2021年1月3日日曜日

サポート要件の判断手法

知財高裁令和2年12月1日判決

令和2年(ネ)第10039号 特許権侵害差止等請求控訴事件


(原審 東京地方裁判所平成30年(ワ)第5506号)



1. 概要


 本事例は、特許権侵害訴訟の控訴事件の知財高裁判決である。原審では、原告(控訴人)の請求項1に係る特許は特許法36条6項1号(サポート要件)を充足せず無効にされるべきと判断された。控訴人はこれを不服として控訴した。知財高裁は原審の判断を支持し、控訴を棄却した。

 本事例では、サポート要件の判断手法として、「サポート要件を充足するには,明細書に接した当業者が,特許請求された発明が明細書に記載されていると合理的に認識できれば足り,また,課題の解決についても,当業者において,技術常識も踏まえて課題が解決できるであろうとの合理的な期待が得られる程度の記載があれば足りるのであって,厳密な科学的な証明に達する程度の記載までは不要であると解される。」と判示した。この判断手法は、令和2年7月2日の知財高裁判決(平成30年(行ケ)第10158号審決取消請求事件、平成30年(行ケ)第10113号審決取消請求事件)に沿ったものである。

 審決取消訴訟である令和2年7月2日の上記判決のサポート要件の判断手法が、特許権侵害訴訟である本事例においても採用されていることに着目し、本事例を紹介する。

 また、明細書の課題の記載が、サポート要件の判断に大きな影響を与えることを理解するうえでの参考になる事例でもある。

2. 請求項1記載の発明


 請求項1を構成要件に分説すると,次のとおりとなる。


A 車両に取り付けられた際に,車両から約70mm以下の高さで突出するアンテナケースと,


B 該アンテナケース内に収納されるアンテナ部


C からなるアンテナ装置であって,


D 前記アンテナ部は,面状であり,上縁が前記アンテナケースの内部空間の形状に合わせた形状であるアンテナ素子と,該アンテナ素子により受信されたFM放送及びAM放送の信号を増幅するアンプを有するアンプ基 板とからなり,


E 前記アンテナ素子の給電点が前記アンプの入力に高さ方向において前記アンテナ素子と前記アンプ基板との間に位置するアンテナコイルを介して接続され,


F 前記アンテナ素子と前記アンテナコイルとが接続されることによりFM波帯で共振し,


G 前記アンテナ素子を用いてAM波帯を受信し,


H 前記アンテナコイルを介して接続される前記アンプによってFM放送及びAM放送の信号を増幅する


I ことを特徴とするアンテナ装置。




3. 裁判所の判断のポイント

1 事案に鑑み,まず,争点5-1(無効理由1(請求項1に記載された発明が,アンテナ素子に加えて別のアンテナを組み込むことや,それらの間の間隔をどの程度開けるのかについて特定していないことに関してのサポート要件違反)の有無)について判断する。


(1) サポート要件の判断手法


 特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。

 そして,サポート要件を充足するには,明細書に接した当業者が,特許請求された発明が明細書に記載されていると合理的に認識できれば足り,また,課題の解決についても,当業者において,技術常識も踏まえて課題が解決できるであろうとの合理的な期待が得られる程度の記載があれば足りるのであって,厳密な科学的な証明に達する程度の記載までは不要であると解される。なぜなら,まず,サポート要件は,発明の公開の代償として独占権を与えるという特許制度の本質に由来するものであるから,明細書に接した当業者が当該発明の追試や分析をすることによって更なる技術の発展に資することができれば,サポート要件を課したことの目的は一応達せられるからであり,また,明細書が,先願主義の下での時間的制約の中で作成されるものであることも考慮すれば,その記載内容が,科学論文において要求されるほどの厳密さをもって論証されることまで要求するのは相当ではないからである。

(2) 発明の詳細な説明に記載された発明

ア 課題 

(ア)発明の詳細な説明の記載


本件明細書の発明の詳細な説明には,背景技術,発明が解決しようとする課題について,次のような記載がある。


(略)

(イ)発明の詳細な説明に記載された発明の課題


 前記(ア)の発明の詳細な説明の記載によれば,背景技術の課題は,アンテナを小型化するために単純に既存のロッドアンテナを短縮すると性能が大きく劣化して実用化が困難になり,さらに,アンテナを70mm以下の低姿勢とすると放射抵抗Rrad が小さくなってしまうことから,アンテナそのものの導体損失の影響により放射効率が低下しやすくなって,さらなる感度劣化の原因になるということであったが(【0004】),出願人は,特願2006-315297において,70mm以下の低姿勢としても感度劣化を極力抑制することのできる車両に取り付けられるアンテナ装置を提案することにより,そのような課題を解決したこと(【0005】)が記載されていると認められる。そして,そのような背景技術の課題が解決されても,さらに,車両には多種多様な用途に応じたアンテナが搭載されていることがあり,車両に搭載するアンテナの数が増大すると車両の美観が損なわれるとともに取り付けるための作業時間も増大するため,アンテナ装置に複数のアンテナを組み込むことが考えられるが(【0005】),限られた空間しか有していないアンテナケースを備えるアンテナ装置に,既設の立設されたアンテナ素子に加えてさらに平面アンテナユニットを組み込むと相互に他のアンテナの影響を受けて良好な電気的特性を得ることができないという課題が示されており(【0008】),限られた空間しか有していないアンテナケースを備えるアンテナ装置に既設の立設されたアンテナ素子に加えてさらに平面アンテナユニットを組み込んでも良好な電気的特性を得ることができるアンテナ装置を提供するという,上記課題に対応した,発明の詳細な説明に記載された発明の目的が記載されているものと認められる。



イ 発明の詳細な説明に記載された発明


(ア) 発明の詳細な説明の記載
 本件明細書の発明の詳細な説明には,課題を解決するための手段について,次のような記載がある。
(略)


(イ) 発明の詳細な説明に記載された実施例

 前記(ア)の発明の詳細な説明の記載によれば,発明の詳細な説明に記載された実施例(第1実施例,第2実施例)は,いずれもアンテナ素子の下に平面アンテナユニットを配置し,アンテナ素子の下縁と平面アンテナユニットの上面の間隔を約0.25λ以上としたものであり,それにより,アンテナ素子と平面アンテナユニットについて,相互に影響を及ぼすことが低減され,それぞれ単独で存在する場合の各アンテナと同等の電気的特性を示すことを具体的に示すものである。発明の詳細な説明には,第1実施例のアンテナ装置を用いた実験結果が記載されているところ(【0018】~【0026】,図7~図12,図15~図19),これらは,アンテナ素子と平面アンテナユニットの相互干渉がアンテナの電気的特性に及ぼす影響を検証したものであると認められ,実施例が,発明の詳細な説明に記載された発明の課題を解決するという効果を生ずるかどうかを確かめるものと認められる。

 そうすると,発明の詳細な説明に記載された実施例は,前記認定の発明の詳細な説明に記載された発明(前記イ(イ))の実施の形態を具体的に示し,その発明の課題(前記ア(イ))を解決するという効果を生ずることを示すものであると認められる。


(3) 請求項1に記載された発明は,発明の詳細な説明に記載された発明か

ア 請求項1に記載された発明は,前記第2,3(2)のとおりであり,①アンテナ素子に加えて別のアンテナである平面アンテナユニットを組み込むことは構成要件とされてはおらず,また,②仮にアンテナ素子に加えて平面アンテナユニットを組み込んだ場合に,アンテナ素子の下縁と平面アンテナユニットの上面との間隔が約0.25λ以上であることも構成要件とされていない。そのため,請求項1に記載された発明は,アンテナ素子に加えて平面アンテナユニットを組み込み,アンテナ素子の下縁と平面アンテナユニットの上面との間隔を約0.25λ以上とするアンテナ装置以外にも,そもそもアンテナ素子以外に平面アンテナユニットが組み込まれていないアンテナ装置の発明を含み,また,②アンテナ素子に加えて平面アンテナユニットが組み込まれてはいるものの,アンテナ素子の下縁と平面アンテナユニットの上面との間隔が約0.25λ未満であるアンテナ装置の発明を含むものである。

イ これに対し,発明の詳細な説明に記載された発明は,前記(2)イ(イ)のとおりであり,アンテナ素子と,アンテナ素子の直下であって,前記アンテナ素子の面とほぼ直交するよう配置されている平面アンテナユニットとを備えるアンテナにおいて,平面アンテナユニットの上面とアンテナ素子の下端との間隔を約0.25λ以上とするものであると認められる。

ウ そうすると,請求項1に記載された発明のうち,①アンテナ素子以外に平面アンテナユニットが組み込まれていないアンテナ装置の発明,及び②アンテナ素子に加えて平面アンテナユニットが組み込まれてはいるものの,アンテナ素子の下縁と平面アンテナユニットの上面との間隔が約0.25λ未満であるアンテナ装置の発明は,発明の詳細な説明に記載された発明ではない。したがって,請求項1に記載された発明は,発明の詳細な説明に記載された発明以外の発明を含むものであり,発明の詳細な説明に記載された発明であるとは認められない。


(4) 請求項1に記載された発明は,発明の詳細な説明の記載若しくは示唆又は出願時の技術常識に照らし,当業者が課題を解決できると認識できる範囲のものであるか 
 発明の詳細な説明に記載された発明の課題は,限られた空間しか有していないアンテナケースを備えるアンテナ装置に既設の立設されたアンテナ素子に加えてさらに平面アンテナユニットを組み込むと相互に他のアンテナの影響を受けて良好な電気的特性を得ることができないという課題であり(前記(2)ア(イ)),このような課題を当業者が認識するためには,限られた空間しか有しないアンテナ装置において,既設の立設されたアンテナ素子に加えて新たに平面アンテナユニットを組み込むことが前提となる。しかし,請求項1に記載された発明は,そもそもアンテナ素子以外に平面アンテナユニットが組み込まれていないアンテナ装置の発明を含み(前記(3)ア),そのような構成の発明の課題は,発明の詳細な説明には記載されていない。そのため,請求項1に記載された発明は,当業者が発明の詳細な説明の記載によって課題を認識できない発明を含むものであり,当業者が課題を解決できると認識できる範囲を超えたものである。


 また,請求項1に記載された発明は,アンテナ素子に加えて平面アンテナユニットが組み込まれてはいるものの,アンテナ素子の下縁と平面アンテナユニットの上面との間隔が約0.25λ未満であるアンテナ装置の発明を含むが(前記(3)ア),発明の詳細な説明には,課題を解決する方法として,平面アンテナユニットの上面とアンテナ素子の下端との間隔を約0.25λ以上とすることが記載されており,アンテナ素子の下縁と平面アンテナユニットの上面との間隔を約0.25λ未満とするならば,発明の詳細な説明に記載された課題を解決することはできない。そのため,請求項1に記載された発明は,この点においても当業者が発明の詳細な説明に記載された解決手段によって課題を解決できると認識できない発明を含むものであり,当業者が課題を解決できると認識できる範囲を超えたものである。

 
 その他,請求項1に記載された発明が,発明の詳細な説明の記載若しくは示唆又は出願時の技術常識に照らし,当業者が課題を解決できると認識できる範囲のものであることを認めるに足りる証拠はない。


 したがって,請求項1に記載された発明は,発明の詳細な説明の記載若しくは示唆又は出願時の技術常識に照らし,当業者が課題を解決できると認識できる範囲のものであるとは認められない。