2021年1月3日日曜日

サポート要件の判断手法

知財高裁令和2年12月1日判決

令和2年(ネ)第10039号 特許権侵害差止等請求控訴事件


(原審 東京地方裁判所平成30年(ワ)第5506号)



1. 概要


 本事例は、特許権侵害訴訟の控訴事件の知財高裁判決である。原審では、原告(控訴人)の請求項1に係る特許は特許法36条6項1号(サポート要件)を充足せず無効にされるべきと判断された。控訴人はこれを不服として控訴した。知財高裁は原審の判断を支持し、控訴を棄却した。

 本事例では、サポート要件の判断手法として、「サポート要件を充足するには,明細書に接した当業者が,特許請求された発明が明細書に記載されていると合理的に認識できれば足り,また,課題の解決についても,当業者において,技術常識も踏まえて課題が解決できるであろうとの合理的な期待が得られる程度の記載があれば足りるのであって,厳密な科学的な証明に達する程度の記載までは不要であると解される。」と判示した。この判断手法は、令和2年7月2日の知財高裁判決(平成30年(行ケ)第10158号審決取消請求事件、平成30年(行ケ)第10113号審決取消請求事件)に沿ったものである。

 審決取消訴訟である令和2年7月2日の上記判決のサポート要件の判断手法が、特許権侵害訴訟である本事例においても採用されていることに着目し、本事例を紹介する。

 また、明細書の課題の記載が、サポート要件の判断に大きな影響を与えることを理解するうえでの参考になる事例でもある。

2. 請求項1記載の発明


 請求項1を構成要件に分説すると,次のとおりとなる。


A 車両に取り付けられた際に,車両から約70mm以下の高さで突出するアンテナケースと,


B 該アンテナケース内に収納されるアンテナ部


C からなるアンテナ装置であって,


D 前記アンテナ部は,面状であり,上縁が前記アンテナケースの内部空間の形状に合わせた形状であるアンテナ素子と,該アンテナ素子により受信されたFM放送及びAM放送の信号を増幅するアンプを有するアンプ基 板とからなり,


E 前記アンテナ素子の給電点が前記アンプの入力に高さ方向において前記アンテナ素子と前記アンプ基板との間に位置するアンテナコイルを介して接続され,


F 前記アンテナ素子と前記アンテナコイルとが接続されることによりFM波帯で共振し,


G 前記アンテナ素子を用いてAM波帯を受信し,


H 前記アンテナコイルを介して接続される前記アンプによってFM放送及びAM放送の信号を増幅する


I ことを特徴とするアンテナ装置。




3. 裁判所の判断のポイント

1 事案に鑑み,まず,争点5-1(無効理由1(請求項1に記載された発明が,アンテナ素子に加えて別のアンテナを組み込むことや,それらの間の間隔をどの程度開けるのかについて特定していないことに関してのサポート要件違反)の有無)について判断する。


(1) サポート要件の判断手法


 特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。

 そして,サポート要件を充足するには,明細書に接した当業者が,特許請求された発明が明細書に記載されていると合理的に認識できれば足り,また,課題の解決についても,当業者において,技術常識も踏まえて課題が解決できるであろうとの合理的な期待が得られる程度の記載があれば足りるのであって,厳密な科学的な証明に達する程度の記載までは不要であると解される。なぜなら,まず,サポート要件は,発明の公開の代償として独占権を与えるという特許制度の本質に由来するものであるから,明細書に接した当業者が当該発明の追試や分析をすることによって更なる技術の発展に資することができれば,サポート要件を課したことの目的は一応達せられるからであり,また,明細書が,先願主義の下での時間的制約の中で作成されるものであることも考慮すれば,その記載内容が,科学論文において要求されるほどの厳密さをもって論証されることまで要求するのは相当ではないからである。

(2) 発明の詳細な説明に記載された発明

ア 課題 

(ア)発明の詳細な説明の記載


本件明細書の発明の詳細な説明には,背景技術,発明が解決しようとする課題について,次のような記載がある。


(略)

(イ)発明の詳細な説明に記載された発明の課題


 前記(ア)の発明の詳細な説明の記載によれば,背景技術の課題は,アンテナを小型化するために単純に既存のロッドアンテナを短縮すると性能が大きく劣化して実用化が困難になり,さらに,アンテナを70mm以下の低姿勢とすると放射抵抗Rrad が小さくなってしまうことから,アンテナそのものの導体損失の影響により放射効率が低下しやすくなって,さらなる感度劣化の原因になるということであったが(【0004】),出願人は,特願2006-315297において,70mm以下の低姿勢としても感度劣化を極力抑制することのできる車両に取り付けられるアンテナ装置を提案することにより,そのような課題を解決したこと(【0005】)が記載されていると認められる。そして,そのような背景技術の課題が解決されても,さらに,車両には多種多様な用途に応じたアンテナが搭載されていることがあり,車両に搭載するアンテナの数が増大すると車両の美観が損なわれるとともに取り付けるための作業時間も増大するため,アンテナ装置に複数のアンテナを組み込むことが考えられるが(【0005】),限られた空間しか有していないアンテナケースを備えるアンテナ装置に,既設の立設されたアンテナ素子に加えてさらに平面アンテナユニットを組み込むと相互に他のアンテナの影響を受けて良好な電気的特性を得ることができないという課題が示されており(【0008】),限られた空間しか有していないアンテナケースを備えるアンテナ装置に既設の立設されたアンテナ素子に加えてさらに平面アンテナユニットを組み込んでも良好な電気的特性を得ることができるアンテナ装置を提供するという,上記課題に対応した,発明の詳細な説明に記載された発明の目的が記載されているものと認められる。



イ 発明の詳細な説明に記載された発明


(ア) 発明の詳細な説明の記載
 本件明細書の発明の詳細な説明には,課題を解決するための手段について,次のような記載がある。
(略)


(イ) 発明の詳細な説明に記載された実施例

 前記(ア)の発明の詳細な説明の記載によれば,発明の詳細な説明に記載された実施例(第1実施例,第2実施例)は,いずれもアンテナ素子の下に平面アンテナユニットを配置し,アンテナ素子の下縁と平面アンテナユニットの上面の間隔を約0.25λ以上としたものであり,それにより,アンテナ素子と平面アンテナユニットについて,相互に影響を及ぼすことが低減され,それぞれ単独で存在する場合の各アンテナと同等の電気的特性を示すことを具体的に示すものである。発明の詳細な説明には,第1実施例のアンテナ装置を用いた実験結果が記載されているところ(【0018】~【0026】,図7~図12,図15~図19),これらは,アンテナ素子と平面アンテナユニットの相互干渉がアンテナの電気的特性に及ぼす影響を検証したものであると認められ,実施例が,発明の詳細な説明に記載された発明の課題を解決するという効果を生ずるかどうかを確かめるものと認められる。

 そうすると,発明の詳細な説明に記載された実施例は,前記認定の発明の詳細な説明に記載された発明(前記イ(イ))の実施の形態を具体的に示し,その発明の課題(前記ア(イ))を解決するという効果を生ずることを示すものであると認められる。


(3) 請求項1に記載された発明は,発明の詳細な説明に記載された発明か

ア 請求項1に記載された発明は,前記第2,3(2)のとおりであり,①アンテナ素子に加えて別のアンテナである平面アンテナユニットを組み込むことは構成要件とされてはおらず,また,②仮にアンテナ素子に加えて平面アンテナユニットを組み込んだ場合に,アンテナ素子の下縁と平面アンテナユニットの上面との間隔が約0.25λ以上であることも構成要件とされていない。そのため,請求項1に記載された発明は,アンテナ素子に加えて平面アンテナユニットを組み込み,アンテナ素子の下縁と平面アンテナユニットの上面との間隔を約0.25λ以上とするアンテナ装置以外にも,そもそもアンテナ素子以外に平面アンテナユニットが組み込まれていないアンテナ装置の発明を含み,また,②アンテナ素子に加えて平面アンテナユニットが組み込まれてはいるものの,アンテナ素子の下縁と平面アンテナユニットの上面との間隔が約0.25λ未満であるアンテナ装置の発明を含むものである。

イ これに対し,発明の詳細な説明に記載された発明は,前記(2)イ(イ)のとおりであり,アンテナ素子と,アンテナ素子の直下であって,前記アンテナ素子の面とほぼ直交するよう配置されている平面アンテナユニットとを備えるアンテナにおいて,平面アンテナユニットの上面とアンテナ素子の下端との間隔を約0.25λ以上とするものであると認められる。

ウ そうすると,請求項1に記載された発明のうち,①アンテナ素子以外に平面アンテナユニットが組み込まれていないアンテナ装置の発明,及び②アンテナ素子に加えて平面アンテナユニットが組み込まれてはいるものの,アンテナ素子の下縁と平面アンテナユニットの上面との間隔が約0.25λ未満であるアンテナ装置の発明は,発明の詳細な説明に記載された発明ではない。したがって,請求項1に記載された発明は,発明の詳細な説明に記載された発明以外の発明を含むものであり,発明の詳細な説明に記載された発明であるとは認められない。


(4) 請求項1に記載された発明は,発明の詳細な説明の記載若しくは示唆又は出願時の技術常識に照らし,当業者が課題を解決できると認識できる範囲のものであるか 
 発明の詳細な説明に記載された発明の課題は,限られた空間しか有していないアンテナケースを備えるアンテナ装置に既設の立設されたアンテナ素子に加えてさらに平面アンテナユニットを組み込むと相互に他のアンテナの影響を受けて良好な電気的特性を得ることができないという課題であり(前記(2)ア(イ)),このような課題を当業者が認識するためには,限られた空間しか有しないアンテナ装置において,既設の立設されたアンテナ素子に加えて新たに平面アンテナユニットを組み込むことが前提となる。しかし,請求項1に記載された発明は,そもそもアンテナ素子以外に平面アンテナユニットが組み込まれていないアンテナ装置の発明を含み(前記(3)ア),そのような構成の発明の課題は,発明の詳細な説明には記載されていない。そのため,請求項1に記載された発明は,当業者が発明の詳細な説明の記載によって課題を認識できない発明を含むものであり,当業者が課題を解決できると認識できる範囲を超えたものである。


 また,請求項1に記載された発明は,アンテナ素子に加えて平面アンテナユニットが組み込まれてはいるものの,アンテナ素子の下縁と平面アンテナユニットの上面との間隔が約0.25λ未満であるアンテナ装置の発明を含むが(前記(3)ア),発明の詳細な説明には,課題を解決する方法として,平面アンテナユニットの上面とアンテナ素子の下端との間隔を約0.25λ以上とすることが記載されており,アンテナ素子の下縁と平面アンテナユニットの上面との間隔を約0.25λ未満とするならば,発明の詳細な説明に記載された課題を解決することはできない。そのため,請求項1に記載された発明は,この点においても当業者が発明の詳細な説明に記載された解決手段によって課題を解決できると認識できない発明を含むものであり,当業者が課題を解決できると認識できる範囲を超えたものである。

 
 その他,請求項1に記載された発明が,発明の詳細な説明の記載若しくは示唆又は出願時の技術常識に照らし,当業者が課題を解決できると認識できる範囲のものであることを認めるに足りる証拠はない。


 したがって,請求項1に記載された発明は,発明の詳細な説明の記載若しくは示唆又は出願時の技術常識に照らし,当業者が課題を解決できると認識できる範囲のものであるとは認められない。