2021年2月28日日曜日

数値限定発明の進歩性欠如を指摘する異議決定が取り消された事例

知財高裁令和328日判決
令和2(行ケ)10001号 特許取消決定取消請求事件
 
1.概要
 本事例は、数値限定を特徴として含む特許発明に対する特許異議申立において、進歩性欠如を指摘する異議決定がなされ、特許権者が異議決定の取り消しを求めて提訴した審決等取消訴訟判決である。知財高裁は進歩性欠如の判断は適切ではないと判断し、異議決定を取り消した。
 一見すると平易な構成であっても、本件発明と引用発明との技術分野、解決課題が相違する場合は、数値限定に係る本件発明の構成に至る動機付けがあったとは言えない場合があり、進歩性は肯定される場合がある。
 
2.本件発明1
(メタ)アクリル酸エステル共重合体であって,
 (A-a)(メタ)アクリル酸エステル,
 (A-b)カルボキシル基および炭素-炭素二重結合を有する重合性化合物,
 (A-c)グリシジル基および炭素-炭素二重結合を有する重合性化合物,及び
 (A-d)水酸基含有(メタ)アクリル酸エステル
を構成モノマーとして含み,
 (メタ)アクリル酸エステル共重合体(A)を構成するモノマーの全量を100質量%としたとき,上記(A-b)の配合量b(質量%)と上記(A-c)の配合量c(質量%)とが,下記式:
10≦b+40c≦26 (但し,4≦b≦140.05≦c≦0.45)
を満たし,
 化粧シートの粘着剤層に用いる粘着剤組成物用であることを特徴とする,(メタ)アクリル酸エステル共重合体。
(以下,上記(A-a)ないし(A-d)の各構成モノマーを,順に「a成分」ないし「d成分」ということがある。)
 
3.引用例1発明について
(引用例1発明
 2-エチルヘキシルアクリレート399重量部,n-ブチルアクリレート105重量部,エチルアクリレート140重量部,アクリル酸47.5重量部,グリシジルメタクリレート3.5重量部を重合した(メタ)アクリル酸エステル共重合体
(本件発明と引用例1発明との一致点及び相違点
 (一致点)
(メタ)アクリル酸エステル共重合体であって,
(A-a)(メタ)アクリル酸エステル,
(A-b)カルボキシル基および炭素-炭素二重結合を有する重合性化合物,
(A-c)グリシジル基および炭素-炭素二重結合を有する重合性化合物
を構成モノマーとして含み,
(メタ)アクリル酸エステル共重合体(A)を構成するモノマーの全量を100質量%としたとき,上記(A-b)の配合量b(質量%)が,4≦b≦14を満たす(メタ)アクリル酸エステル共重合体。」である点
 (相違点1)
 本件発明は,共重合体が「(A-d)水酸基含有(メタ)アクリル酸エステル」を構成モノマーとして含むのに対し,引用例1発明の共重合体は当該モノマーを含まない点
 (相違点2)
 本件発明は,「(メタ)アクリル酸エステル共重合体(A)を構成するモノマーの全量を100質量%としたとき,上記(A-b)の配合量b(質量%)と上記(A-c)の配合量c(質量%)とが,下記式:10b+40c≦26(但し0.05≦c≦0.45)」であるのに対し,
 引用例1発明の共重合体は当該c0.5(3.5/(399+105 +140+47.5+3.5)×100)b+40c26.8である点
 (相違点3)(一応の相違点)
 本件発明の共重合体は「化粧シートの粘着剤層に用いる粘着剤組成物用である」のに対し,引用例1発明の共重合体は当該用途に用いることが記載されていない点
 
4.異議決定の概要(進歩性欠如により本件特許発明1取消)
ア 相違点124及び6について
 7文献ないし甲9文献の記載からすれば,各引用例において本件発明と同種のモノマーを選択し,その配合量等を適宜設定して本件発明と同程度の範囲に定めることは,当業者であれば容易になし得ることである。
イ 相違点35及び7について
 本件発明における「化粧シートの粘着剤層に用いる粘着剤組成物用である」との用途限定は,化合物の有用性を示しているにすぎず,各引用例との化学構造上の相違をもたらすものとは認められないから,相違点357は,実質的な相違点ではない。
 ウ 本件発明の効果について
 本件明細書の記載から読み取れる本件発明の共重合体の効果は,「粘着性を有する」程度のものであり(特定の組成物になったときに初めて奏する効果は,共重合体の効果ではない。),引用例1発明ないし引用例3発明に比して格別の効果が認められるものではない。
 
5.裁判所の判断のポイント
(3) 相違点2の容易想到性
ア 検討
(相違点2は,(メタ)アクリル酸エステル共重合体を構成するモノマーの全量を100質量%としたときのb成分の配合量b及びc成分の配合量cの値が,本件発明は「10≦b+40c≦26(但し0.05≦c≦0.45)」であるのに対し,引用例1発明の共重合体においてはc0.5b+40c26.8であるというものである。
 そこで,引用例1発明における上記b及びcの値を変更し,本件発明における数値範囲内に調整することを,当業者が容易に想到し得たか否か否かについて検討する。
(まず,上記(2)()のとおり,本件発明と引用例1発明とでは技術分野や発明が解決しようとする課題が必ずしも一致するものではないというべきである。
(また,上記(1)()fのとおり,引用例1発明の実施例には,引用例1発明における第3成分を,N-メチロールアクリルアミドからアクリルアミドに量比を変えることなく置き換えた場合に,ピール(g/2cm)が「1025FA」から「675AF」になり(なお,「ピール」とは,剥離に要する力をいう(7)),凝集力が「ずれ0.6mm」か ら「ずれ16mm」になった例が示されている(-8の実施例67)
 このことからすれば,架橋性官能基であるエポキシ基,水酸基,アミド基及びN-メチロールアミド基は,その種類に応じて異なる粘着力や凝集力を示すものと考えられるから,各モノマーは,粘着力や凝集力の点で等価であるとはいえないというべきである・・・(略)。
 そうすると,当業者において,各モノマーを同量の別のモノマーに置き換えたり,水酸基を有するモノマー(d成分)を導入した分だけグリシジルメタクリレート(c成分)の配合量を減少させて第3成分全体の配合量を維持したりすることが,自然なことであるとか,容易なことであるなどということはできない。
(さらに,上記(1)()によれば,引用例1発明においては,第3成分(グリシジルメタクリレートはこれに当たる。)を第1成分及び第2成分の合計量100重量部に対して0.5~15重量部とするとされているから,第1成分ないし第3成分の合計量を100質量%としたときの第3成分の配合量は,0.5~13.0質量%となる(0.5/(100+0.5)×100~15/(100+15)×100)
 そうすると,引用例1発明において,グリシジルメタクリレートの配合量を本件発明における数値範囲内である0.45質量%以下とするためには,第3成分の配合量の下限値とされている値である0.5質量%を下回る量まで減少させる必要があるところ,甲7文献の記載をみても,このような調整を行うべき技術的理由を見いだすことはできない。
(以上のとおり,本件発明と引用例1発明とでは技術分野や発明が解決しようとする課題が必ずしも一致するものではないこと,各モノマーは粘着力や凝集力の点で等価ではなく,当業者が各モノマーを置き換えたり配合量を維持したりすることは自然又は容易なことではないこと,当業者がグリシジルメタクリレートの配合量を第3成分の配合量の下限値未満に減少させる技術的理由は見いだされないことからすれば,甲7文献に接した当業者において,相違点2に係る本件発明の構成に至る動機付けがあったということはできない。
 したがって,引用例1発明におけるb成分の配合量b及びc成分の配合量cの値を変更し,本件発明における数値範囲内に調整することを,本件出願時における当業者が容易に想到し得たということはできない。
イ 被告の主張について
(被告は,乙6文献ないし乙8文献に記載された各発明の内容を根拠として,粘着剤の技術分野においては,b成分及びc成分を含む(メタ)アクリル酸エステル共重合体について,本件発明における数値範囲を満足しながらc成分の配合量c0.45以下,例えば0.251~0.4質量%とすることは,当業者が普通に行っていることである旨主張する。
 しかしながら,証拠(6ないし8)によれば,乙6文献に記載された発明は,プラスチックフィルム,紙,布等の基材上に設けられる柔軟 性層の表面粘着化処理法に関する発明であること,乙7文献に記載された発明は,耐熱性の再剥離可能なマスキングテープ,シート,ラベル等用の粘着剤の発明であること,乙8文献に記載された発明は,エマルジョン系感圧性接着剤の発明であることが認められるところ,これらの発明と引用例1発明とでは,技術分野や粘着剤又は接着剤に求められる性質及び性能が必ずしも一致するものではないから,これらの発明で採用された数値が,当然に引用例1発明に適用されるものではないというべきである。
 また,証拠(6ないし8)によれば,乙6文献ないし乙8文献に記載された各発明においては,本件発明における「10≦b+40c≦26(但し,4≦b≦140.05≦c≦0.45)」の数値範囲を満たす(メタ)アクリル酸エステル共重合体が1つの合成例として記載されているものの,この数値範囲を満たさない合成例も存在するのであるから,bcの数値を上記の数値範囲に合致するように定めることが,当然に行われる事柄であるということもできない。
 そうすると,6文献ないし乙8文献において,本件発明における数値範囲を満たす(メタ)アクリル酸エステル共重合体の合成例が存在するからといって,引用例1発明に関しても,同様の配合量の調整が当業者において普通に行われるものであるとか,容易に想到することができるなどと直ちにいうことはできない。そして,上記アで検討したところに照らすと,引用例1発明について,本件発明における数値範囲を満足しながらc成分の配合量c0.45以下とすることが自然又は容易なことであるとはいえない。
したがって,被告の上記主張は,理由がない。」

2021年2月7日日曜日

サポート要件の判断手法(続き)

知財高裁令和272日判決言渡

平成30(行ケ)10158号審決取消請求事件(A事件)

平成30(行ケ)10113号 審決取消請求事件(B事件)

 

1. 概要

 本事例は特許無効審判審決(サポート要件欠如のため請求項17等を無効とする判断を含む)の取り消しを求めた審決取消訴訟の知財高裁判決である。知財高裁は、請求項17等はサポート要件を充足すると判断し審決を取り消した。

 「サポート要件を充足するには,明細書に接した当業者が,特許請求された発明が明細書に記載されていると合理的に認識できれば足り,また,課題の解決についても,当業者において,技術常識も踏まえて課題が解決できるであろうとの合理的な期待が得られる程度の記載があれば足りる」「厳密な科学的な証明に達する程度の記載までは不要であると解される。」との判断基準を示した最初の事例。

 また、特許権者が提出した専門家による鑑定書にも言及されている。

 

2. 本件特許発明

 本件特許の請求項17には次の発明が記載されている。

【請求項17】凍結乾燥粉末の形態のD-マンニトールN-(2-ピラジン)カルボニル-L-フェニルアラニン-L-ロイシンボロネート(BME)。

 

D-マンニトールN-(2-ピラジン)カルボニル-L-フェニルアラニン-L-ロイシンボロネート」は,ボルテゾミブ(Bz)とD-マンニトールとのエステル化合物であり,以下「ボルテゾミブマンニトールエステル」又は「BME」と称する。

 

 請求項21には、ボルテゾミブ(Bz)から凍結乾燥粉末の形態のBMEを製造する方法として次の方法が記載されている。

(a)(i)水,(ii)ボルテゾミブ,及び(iii)D-マンニトールを含む混合物を調製すること;及び

(b)混合物を凍結乾燥すること;

を含む,凍結乾燥粉末の形態のBMEの調製方法。

 

3. 請求項17のサポート要件に関する審決の判断

ア本件化合物発明について

()本件明細書の記載によれば,本件化合物発明の課題は,製剤化したときに安定な医薬となり得て,また,水性媒体への溶解でボロン酸化合物を容易に遊離する(再構成性に優れた)組成物となり得る「凍結乾燥粉末形態のBME」を提供することである。

()薬剤の安定性の向上や良好な再構成性を期待して凍結乾燥を行う際,凍結乾燥の前後で薬剤自体の化学構造は変化しない(させない)というのが技術常識である。したがって,当業者は,薬剤であるボルテゾミブをマンニトールと共に凍結乾燥して得られた凍結乾燥品中には,化学構造が変化していないボルテゾミブが含まれ,凍結乾燥の結果としてボルテゾミブの安定性の向上や良好な再構成性がもたらされると期待する。

()特許権者は,本件明細書の「発明の詳細な説明」の記載によれば,ボルテゾミブをマンニトールと共に凍結乾燥して得られた凍結乾燥品にはBMEが含まれていること【0086】,この凍結乾燥品は18か月にわたり安定であったこと【0096】,この凍結乾燥品は容易に水に溶解し,その水溶液にはボルテゾミブが含まれていること【0088】,この水溶液はボルテゾミブに特有のプロテアソーム阻害活性を示すこと【0090】を理解するから,安定性及び再構成性を備えた製剤としての凍結乾燥粉末の提供という発明の課題(上記())が本件化合物発明によって解決されていることが,本件明細書の「発明の詳細な説明」に記載されているといえる旨主張する。

 しかしながら,上記()の技術常識及び当業者の期待を踏まえると,【0086】の記載は,凍結乾燥品にBMEが含まれていることを示すだけで,それ以外に,エステル化しない状態のボルテゾミブが相当量含まれる可能性を排除しない。そして,凍結乾燥品が示した安定性【0096】及び溶解性【0088】はボルテゾミブを凍結乾燥したことの効果にすぎないとの理解,水溶液中に検出されたボルテゾミブ【0088】は凍結乾燥の過程でエステル化しなかったボルテゾミブに由来したものであるとの理解,又は,水溶液が示したプロテアソーム阻害活性【0090】は凍結乾燥の過程でエステル化しなかったボルテゾミブによるものだという理解,も十分に成り立ちうる。なぜなら,本件明細書の記載においては,凍結乾燥品中のBMEを単離して定量しているわけではなく【0086】,単離したBMEを対象としてその安定性及び再構成性を検証しているわけでもない【008800900096】からである。

 そうすると,本件化合物発明(凍結乾燥粉末の形態のBME)は,発明の課題を解決できると当業者が発明の詳細な説明の記載から認識できる範囲のものではない。したがって,特許権者の上記主張は採用できない。

 よって,本件化合物発明は,サポート要件を充足しない。

 

4. 裁判所の判断のポイント

1特許権者取消事由について

(1)サポート要件充足性の判断手法について

 特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。

 そして,サポート要件を充足するには,明細書に接した当業者が,特許請求された発明が明細書に記載されていると合理的に認識できれば足り,また,課題の解決についても,当業者において,技術常識も踏まえて課題が解決できるであろうとの合理的な期待が得られる程度の記載があれば足りるのであって,厳密な科学的な証明に達する程度の記載までは不要であると解される。なぜなら,サポート要件は,発明の公開の代償として特許権を与えるという特許制度の本質に由来するものであるから,明細書に接した当業者が当該発明の追試や分析をすることによって更なる技術の発展に資することができれば,サポート要件を課したことの目的は一応達せられるからであり,また,明細書が,先願主義の下での時間的制約もある中で作成されるものであることも考慮すれば,その記載内容が,科学論文において要求されるほどの厳密さをもって論証されることまで要求するのは相当ではないからである。

(2)本件化合物発明の課題について本件明細書の記載によれば,本件化合物発明が解決しようとする課題は,製剤化したときに安定な医薬となり得て,また,水性媒体への溶解でボロン酸化合物を容易に遊離する組成物となり得る本件化合物(凍結乾燥粉末の形態のBME)を提供することである。そして,この課題が解決されたといえるためには,凍結乾燥粉末の状態のBMEが相当量生成したこと,並びに当該BMEが保存安定性,溶解容易性及び加水分解容易性を有することが必要であると解されるから,これらの点が,上記(1)で説示したような意味において本件明細書に記載又は示唆されているといえるかについて検討することとする。なお,ここでいう「相当量」とは,医薬として上記課題の解決手段になり得る程度の量,という意味である。

(3)凍結乾燥粉末の状態のBMEが相当量生成したことについて

ア本件明細書の【0084】には,実施例1として,ボルテゾミブとD-マンニトールとの凍結乾燥製剤の調製方法が開示されている。そして,本件出願日当時の技術常識に照らすと,当該調製方法のように,tert-ブタノールの比率が高く(相対的に水の比率が低く),過剰のマンニトールを含む混合溶液中で,周辺温度より高い温度で攪拌するという条件の下では,ボルテゾミブとマンニトールとのエステル化反応が進行し,相当量のBMEが生成すると理解し得る。

 また,本件明細書の【0086】には,【0084】記載の方法によって調製された実施例1FD製剤は,FAB質量分析により,BMEの形成を示すm/z=531の強いシグナルを示したこと,このシグナルはボルテゾミブとグリセロール(分析時のマトリックス)付加物のシグナルであるm/z=441とは異なっており,しかも,m/z=531のシグナルの強度は,m/z=441のシグナルと区別されるほど大きいことが開示されている。これらの事項からすれば,実施例1FD製剤は,相当量のBMEを含むといえる。

 したがって,本件明細書には,凍結乾燥粉末の状態のBMEが相当量生成したことが記載されていると認められる。

イ請求人高田の主張について請求人高田は,FAB質量分析においては,ピークの大小をもって試料に含まれる物質の存在量の大小を評価できないのであるから,実施例1の記載から凍結乾燥製剤に相当量のBMEが含まれていることを認識できない旨主張する。

 しかしながら,上記(1)に説示したとおり,サポート要件を充足するために厳密な科学的な証明までは不要と解されるところ,上記アの凍結乾燥製剤の調製方法に関する知見(相当量のBMEが生成されていると考えられるとする甲95(丙教授の鑑定意見書)及び甲96(丁教授の意見書)の記載を含む。)や,FAB質量分析により,m/z=531の強いシグナルが確認されていることに照らせば,当業者は,本件化合物発明の対象物質(凍結乾燥粉末の状態のBME)が相当量生成したと合理的に認識し得るというべきである。

 したがって,請求人高田の上記主張は,上記アの判断を左右しない。

(4)保存安定性について

ア本件明細書の【0094~0096】には,固体や液体のボルテゾミブは,2~8°Cの低温で保存しても,3~6ヶ月超,6ヶ月超は安定ではなかったのに対して,実施例1FD製剤(上記(3)のとおり相当量のBMEを含む。)は,5°C,周辺温度,37°C50°Cで,いずれの温度でも,約18ヶ月間にわたって,薬物の喪失は無く,分解産物も産生しなかったとの試験結果が開示されている。この記載によれば,本件明細書には,本件化合物が,ボルテゾミブに比較して優れた保存安定性を有していることを当業者が認識し得る程度に記載されているといえる。

イ請求人高田の主張について

 請求人高田は,本件明細書の【0094~0096】に記載された保存安定性の向上は,マンニトールを賦形剤として用いた凍結乾燥という周知技術の適用により奏されたものと認識することが自然である旨主張する。

 この点,確かに,実施例1FD製剤において,調製に供したボルテゾミブの全量がBMEとなっているとは限らず,マンニトールを賦形剤として凍結乾燥されたボルテゾミブも含まれていると考えられるから,この凍結乾燥されたボルテゾミブの存在が,保存安定性の向上に寄与していることも考えられるところである。しかしながら,相当量のBMEを含む製剤が保存安定性を示している以上,BMEも保存安定性の向上に寄与していると考えるのが当業者の認識であるといえるし,これに反して,凍結乾燥されたボルテゾミブのみが保存安定性の向上に寄与していると認めるべき事情も見当たらない。

 そうすると,サポート要件の充足のために必要とされる当業者の認識が上記(1)のようなもので足りる以上,請求人高田の上記主張は,上記アの判断を左右しない。

 

(7)まとめ

 上記(3)~(6)に検討したところによれば,本件化合物発明の特許請求の範囲の記載は,サポート要件を満たすものというべきであり,これを否定した審決の判断は誤りである。