2013年12月3日火曜日

請求項中の符号は発明を限定しないと判断された事例


東京地裁平成25年10月31日判決

平成24年(ワ)第3817号 特許権侵害行為差止請求事件

 

1.概要

 本件は、特許権侵害訴訟の第一審判決である。

 東京地裁は被告製品が原告特許権を侵害すると判断し、原告による差止請求等を認めた。

 原告特許権の請求項1では「金属粉収集機構(12H,16,19A,19B)」という構成が記載されている。

 東京地裁は、金属粉収集機構は符号12H,16,19A,19Bで示される実施形態には限定されず、明細書に記載されている他の実施形態も含むと解釈し、被告製品が「金属粉収集機構(12H,16,19A,19B)」を充足すると判断した。

 

2.裁判所の判断のポイント

特許請求の範囲の括弧内に符号を記載することに関しては,特許法施行規則24条の4及び様式29の2の〔備考〕14のロに「請求項の記載の内容を理解するために必要があるときは,当該願書に添付した図面において使用した符号を括弧をして用いる。」と規定されているところであり,これによれば,特許請求の範囲中に括弧をして符号が用いられた場合には,特段の事情のない限り,記載内容を理解するための補助的機能を有するにとどまり,符号によって特許請求の範囲に記載された内容を限定する機能は有しないものと解される。

 この点に関し,被告は,本件出願人は,本件補正書に係る補正によってこれらの符号により特定される実施形態以外の構成を意識的に除外したから,「金属粉収集機構(12H,16,19A,19B)」は,これらの実施形態の構成に限られ,蛇腹状のカバーの内面の凹部は構成要件Eにいう「金属粉収集機構」に当たらない旨主張する。

 しかし,これらの符号は本件補正書に係る補正の前から明細書及び図- 22 - 面中で使用されていたものであり(乙1),前記(1)イ記載の本件特許の出願経過に照らし,本件出願人が拒絶理由の回避のために特定の構成を除外する意図でこれらの符号を付したとは認め難い。そうすると,本件において上記特段の事情があると認めることはできないから,符号「(12H,16,19A,19B)」の記載は,特許請求の範囲に記載された内容をこれらの符号により特定される実施形態の構成に限定するものではないと解すべきである。」

 

2013年11月25日月曜日

先行特許文献における図面から寸法値を導くことができるか否かが争われた事例


知財高裁平成25年10月30日判決

平成25年(行ケ)第10015号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本件は、特許出願の進歩性欠如を指摘する拒絶審決取消訴訟の判決である。

 審決では、引用文献(特許文献)には「鋼製素線2で構成された各ロープ53の鋼製素線2を撚り合わせた部分の直径が約5.0mmないし10mmである」という寸法に係る構成が開示されていると認定した。この認定は、引用文献における図面のみを根拠としていた。

 裁判所は、特許出願の願書に添付される図面は概略を示したものであり、性格な寸法を表すわけではないため、審決の上記認定は誤りであると判断した。

 

2.裁判所の判断のポイント

「審決は,鋼製素線2で構成された各ロープ53の鋼製素線2を撚り合わせた部分の直径(以下「コア直径」という)が約5.0mmないし10mmであると認定しているが,この認定は,引用文献の第1図に示された素線2の直径とコア直径との図示比率のみを根拠とするものである。

 ところで,一般に,特許出願の願書に添付される図面は,明細書を補完し,特許を受けようとする発明に係る技術内容を当業者に理解させるための説明図であるから,当該発明の技術内容を理解するために必要な程度の正確さを備えていれば足り,当該図面に表示された寸法については,必ずしも厳密な正確さが要求されるものではない。

 そこで,引用発明の技術内容についてみると,引用発明は,樹脂材料で素線を被覆すると共に,ロープ外周を樹脂材料で被覆したワイヤロープに関する発明であり,従来,エレベータシステムの小型・軽量化を図るためには,シーブを小径化する必要があるところ,小径のシーブを用いた場合,シーブに巻き掛けられたワイヤロープの曲げ半径が減少し,シーブとの接触圧力が高くなって,ワイヤロープの寿命や強度が低下するといった問題があったことから,このような問題を解決するために,引用発明は,ワイヤロープの構造を改良し,複数の素線を撚り合わせたストランドを複数本撚り合わせることによって構成されたワイヤロープにおいて,素線及びワイヤロープ外周の双方を樹脂材料で被覆するものであって,素線の被覆によって,シーブ通過時における素線相互の滑りによる摩耗を抑制でき,また,ワイヤロープの被覆によって,シーブとの接触面積の増加および接触圧の低下を図ることができ,その結果として,シーブ溝との接触によるワイヤロープの摩耗を抑制できるというものである(甲1・明細書1頁5行目から8行目,同頁25行目から27行目,2頁10行目から13行目,同頁22行目から3頁9行目)。

 上記によれば,引用発明は,素線及びワイヤロープ外周の双方を樹脂材料で被覆するという,ワイヤロープの構造自体に特徴があるものといえる。

 そして,引用文献の第1図については,「図面の簡単な説明」の項に「第1図は,本発明のロープの第1実施例の断面概略図であり」(甲1・明細書3頁12行目)と記載され,「発明を実施するための最良の形態」の項に「第1図を参照すると,荷重支持部材であるワイヤロープ1は,鋼製の素線2を撚り合わせてストランド3を構成し,さらに,ストランド3を撚り合わせて構成される。各素線2は,素線被覆4が施され,ロープ1全体は,中間被覆材6で覆われ,さらに最外層はロープ被覆5が施される。」(同4頁12行目から15行目)と記載されている。

 以上によれば,引用文献の第1図は,引用発明の構成を示す概略図として記載されたものであることが明らかであり,このような図面の性質上,各部材の寸法ないし図示比率については厳密な正確さをもって図示されているものとは認められない。

 したがって,第1図に示された素線2の直径とコア直径との図示比率を根拠として,コア直径が約5.0mmないし10mmであるとする審決の認定は誤りである。同様の理由により,第1図に示された素線2の直径とロープ被覆5との図示比率を根拠として,ロープ被覆5の厚さが約0.56mmであるとする審決の認定も誤りである。

引用文献における「理論的な願望」が「記載された発明」と言えるかどうかが争われた事例


知財高裁平成25年10月31日判決

平成24年(行ケ)第10314号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本件は原告が有する特許権に対する無効審判審決において該特許権が無効であると判断されたことを不服として審決取消を求める審決取消訴訟であって、原告の主張が認められ無効審決が取り消された事例である。

 本件特許発明1は以下の通りである。

「【請求項1】

 発光層を有する,エレクトロルミネッセンスを生ずることができる有機発光デバイスであって,

 前記発光層は,電荷キャリアーホスト材料と,前記電荷キャリアーホスト材料のドーパントとして用いられる燐光材料とからなり,

 前記有機発光デバイスに電圧を印加すると,前記電荷キャリアーホスト材料の非放射性励起子三重項状態のエネルギーが前記燐光材料の三重項分子励起状態に移行することができ,且つ前記燐光材料の前記三重項分子励起状態から燐光放射線を室温において発光する有機発光デバイス。」

 

 本発明の特徴のひとつは「三重項分子励起状態から燐光放射線を室温において発光する」という特性を有する燐光材料を使用することにある。

 一方、引用例1には,有機電界発光素子の発光層に常温でリン光発光する色素を第2の有機色素として使用した場合,発光効率が高く,しかも第2の有機色素からの発光波長特性が得られる、と開示されている。

 審決では引用例1における「第2の有機色素」が「常温でリン光を発光する有機電界発光素子」であり、この点を本発明との一致点と判断した。

 原告(特許権者)は、『(引用例1では)「第1の有機色素の励起三重項状態から励起エネルギーを受け取って励起状態となり,かつ常温で蛍光又はリン光を発光する性質」を有する第2の有機色素に該当するリン光材料が果たして現実に存在するのか,それは具体的にどのような物質なのかという点については一切触れられていない。そうすると,上記記載は,かかる性質を有する第2の有機色素に該当するリン光材料(があれば,それ)を第2の有機色素に選択することで,第1の有機色素の三重項励起状態のエネルギーを効率的に利用できるという理論的な願望を述べたものにすぎない。』と主張し、引用例1には「常温でリン光を発光する有機電界発光素子」は開示されているとは言えず、審決の前提は異なると主張した。

 裁判所はある発明が刊行物に開示されていると認められるためには「当該刊行物に接した当業者が,思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく,特許出願時の技術常識に基づいてその技術的思想を実施し得る程度に,当該発明の技術事項が開示されていることを要する」と判示し、本件では引用例1に「常温でリン光を発光する有機電界発光素子」は開示されているとは言えないと判断した。

 

2.裁判所の判断のポイント

「ところで,特許法29条2項適用の前提となる同条1項3号は,「特許出願前に…頒布された刊行物に記載された発明」については特許を受けることができないと規定するところ,上記「刊行物」に「物の発明」が記載されているというためには,同刊行物に当該物の発明の構成が開示されていることを要することはいうまでもないが,発明が技術的思想の創作であること(同法2条1項参照)に鑑みれば,当該刊行物に接した当業者が,思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく,特許出願時の技術常識に基づいてその技術的思想を実施し得る程度に,当該発明の技術事項が開示されていることを要するものというべきである。

「本件発明1に係る取消事由1についての判断

(1) 前記1のとおり,本件審決が認定する引用発明が,引用例1に記載された発明といえるためには,引用例1に接した当業者が,思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく,本件優先権主張日(平成9年10月9日)当時の技術常識に基づいて,「常温でリン光を発光する有機電界発光素子」を見いだすことができる程度に,引用例1にその技術事項が開示されているといえなければならない。

(2) ・・・そして,確かに引用例1には,有機電界発光素子の発光層に常温でリン光発光する色素を第2の有機色素として使用した場合,発光効率が高く,しかも第2の有機色素からの発光波長特性が得られるという技術的思想が記載されているということはできるものの,引用例1には,「常温でもリン光が観測される有機色素があり,これを第2の有機色素として用いることにより,第1の有機色素の励起三重項状態のエネルギーを効率よく利用することができる。このような有機色素としては,カルボニル基を有するもの,水素が重水素に置換されているもの,ハロゲンなどの重元素を含むものなどがある。これらの置換基はいずれもリン光発光速度を速め,非発光速度を低下させる作用を有する。」という程度の記載しかなく,「常温でリン光を発光する有機電界発光素子」に該当する化学物質の具体的構成等,上記技術的思想を実施し得るに足りる技術事項について何らかの説明をしているものでもない。

(3) また,本件優先権主張日当時,有機ELデバイスにおいて,いかなる化学物質が,常温でもリン光が観測される有機色素として第2の有機色素に選択され,この第2の有機色素が,第1の有機色素の非放射性の励起三重項状態からエネルギーを受け取り,励起三重項状態に励起して,この励起三重項状態から基底状態に遷移する際に室温でリン光を発光するのかが,当業者の技術常識として解明されていたと認めるに足りる証拠もない。

 そして,被告が本件優先権主張日当時において「常温でリン光を発光する有機電界発光素子」が知られていたことの根拠として挙げる各文献(甲12ないし17,20,21,23,27,29,44,乙15,27)の記載内容は,前記3のとおりであるから,上記各文献によっても,本件優先権主張日当時,常温でリン光を発光する有機電界発光素子が当業者の技術常識として解明されていたと認めるには足りない。

・・・

(4) そうすると,引用例1に接した当業者が,思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく,本件優先権主張日当時の技術常識に基づいて,「常温でリン光を発光する有機電界発光素子」を見いだすことができる程度に,引用例1にその技術事項が開示されているということはできない。」

2013年10月30日水曜日

医薬発明が引用文献に開示されていると言えるか否かについての判断基準


知財高裁平成25年10月16日判決

平成24年(行ケ)第10419号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例は、医薬用途発明に係る特許権の無効審判において、請求棄却(被告の特許権は有効)の審決の取消を求めた審決取消訴訟の高裁判決である。知財高裁は審決を取り消す判断を下した。

 被告(特許権者)は、進歩性欠如の引例となっている甲1文献には医薬用途発明が開示されているとはいえない、と主張した。裁判所は甲1文献は先行技術文献としては十分な開示があると判断した。引用文献に記載された発明か否かの判断に際し参考になる判示事項として紹介したい。

 

2.裁判所の判断のポイント

「甲1文献について

 被告は,甲1文献に記載されているのは,症状改善の検討を目的とした「17名の虚血性心疾患による慢性心不全患者」という極めて少数例に関する試験であり,そのうち5名については試験が途中で中止されていること,甲1文献の試験では,プラセボを投与した患者との比較はされていないこと,甲1文献は,カルベジロールが他のβ遮断薬と同様にアップレギュレーションを起こすという誤りを包含していること,したがって,甲1文献の信憑性は低く,心不全専門医も同様の認識をしていることを指摘した上,甲1文献は,カルベジロールの効果を裏付ける文献としての意義が極めて低く,また,甲1文献は,カルベジロールを虚血性のうっ血性心不全の治療に使用するという発明を,完成した用途発明として開示したものとはいえないと主張する。

 しかし,ある文献に医薬発明が開示されているといえるためには,当該文献に記載された薬理試験が,医薬の有効成分である化学物質が問題となっている医薬用途を有することが合理的に推論できる試験であれば足り,医薬の承認の際に求められるような無作為化された大規模臨床試験である必要はない。

 このような観点から甲1文献をみると,甲1文献は,各患者の各種血行動態パラメータについて,試験開始時の基礎値と8週間経過後の値を比較し,「多くの血行動態パラメータでは,著しい改善が認められる。」と評価し,また,表1,表2及び図2には,各種血行動態パラメータやその変化の数値が示されているところ,これらの数値が誤りであることを認めるに足りる証拠はない。そうすると,甲1文献記載の試験は,カルベジロールが虚血性のうっ血性心不全の治療に使用されることが合理的に推論できるものであるといえるから,甲1文献は,カルベジロールを虚血性のうっ血性心不全の治療に使用するという発明を完成した用途発明として開示したものということができ,また,甲1文献は,カルベジロールの効果を裏付ける文献としての意義を有しているものといえる。

 ・・・・その他,甲1文献の記載の信憑性が低いことを認めるに足りる証拠はないから,被告の上記主張は理由がない。」

2013年10月20日日曜日

併用投与に特徴のある医薬発明のクレーム形式に関する考察


知財高裁平成25年10月10日判決

平成25年(行ケ)第10014号 審決取消請求事件


1.概要

 本事例は拒絶審決を不服とする審決取消訴訟の高裁判決である。

 本願発明は

「放射線照射によりガン局所に炎症を生起させた状態でeMIPを投与することを特徴とするeMIPを有効成分とするガン治療剤。」

である。

 本願発明は、放射線照射と、eMIPという成分の投与とを併用することにより、放射線照射による腫瘍抑制作用を増強させガンを治療するという発明を、「剤」形式クレームで表現したものである。

 審決及び判決では、放射線照射とeMIPと類似する成分の投与との併用について開示する文献と、eMIP自体がガン治療用途に公知であることを示す文献との組み合わせにより本願発明は進歩性を有さないと判断された。また判決では、放射線照射とeMIP投与との併用による効果が格別顕著な効果でない、という点も進歩性を否定する事情として考慮された。


2.考察(複数成分併用医薬への応用)

 この事例では、「放射線照射によりガン局所に炎症を生起させた状態でeMIPを投与することを特徴とするeMIPを有効成分とするガン治療剤。」という表現により、放射線照射とeMIP投与とを「併用」することが発明の特徴点として考慮され、進歩性の有無が判断された。結果的には進歩性が否定されたが、少なくとも、eMIP自体がガン治療用途に公知であることを示す文献に対して本願発明が新規性を有することは審決及び判決で認められており、「併用」による効果が顕著であれば進歩性が肯定される可能性もあったわけである。

 医薬発明の審査基準によれば、「用法又は用量が特定された特定の疾患への適用」に特徴を有する発明は、有効成分と対象疾患が公知であっても、用法又は用量の特徴が新規であれば新規性が肯定される場合があるとされている。審決及び判決の判断はこの基準に沿った判断だと考えられる。

 審査基準が「用法又は用量」の特徴として典型的に想定しているのは、1つの有効成分の用法や用量に特徴を持たせる形態であるが、本事例からみて、eMIP投与を放射線照射と「併用」することを「用法又は用量」の特徴として権利請求することも可能なようである。


 この事例と同じ発想でゆけば、ガン治療薬として公知の成分Aと成分Bとを併用して投与したとき顕著な相乗効果を奏するような場合に、「成分Bと組み合わせて投与すること」が、「成分Aを含有するガン治療剤」の「用法」の特徴として認められてよいことになる。

 具体的には以下のようなクレーム形式で新規性が認められ、「併用」の効果が顕著で予想外であれば進歩性も認められる可能性がある:

 「成分Bが投与されている状態の患者に成分Aを投与することを特徴とする、成分Aを含有するガン治療剤」


 医薬発明の審査基準によれば、二種の成分を併用する医薬の場合は、「~治療用配合剤」、「組み合わせたことを特徴とする~治療薬」などのクレーム形式で記載することが想定されている。この基準に従えば、「成分Aと成分Bとを組み合わせたことを特徴とするガン治療薬」というクレーム形式になる。

 しかしながら、「ピオグリタゾン事件」(大阪地裁平成23年(ワ)第7576号,同第7578号/東京地裁平成23年(ワ)第19435号,同第19436号)の判決によれば、「成分Aと成分Bとを組み合わせたことを特徴とするガン治療薬」というクレーム形式の特許権の場合、成分Aと成分Bとを組み合わせたものを製造販売する行為を業として行っている者に対してのみ権利行使ができる。成分Bと併用することを念頭に置いた販売活動を行っているとしても、「成分Aを含有するガン治療剤」しか実施していない者に対しては権利行使ができないのである。

 ところが上記のように、「成分Bが投与されている状態の患者に成分Aを投与することを特徴とする、成分Aを含有するガン治療剤」等のクレーム形式であれば、成分Bと併用することを念頭に置いて「成分Aを含有するガン治療剤」を業として実施している者に対しても権利行使ができる可能性がある。(ただし私自信試したことがないので、チャレンジした方には結果をお教えいただけるとありがたいです)

2013年10月7日月曜日

クレーム中の「及び/又は」の明確性が争われた事例


知財高裁平成25年9月26日判決言渡

平成24年(行ケ)第10451号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本件は無効審判において権利を維持する審決に対する審決取消請求事件であり、審決が維持された事例である。「及び/又は」はクレーム中で多用されるが、明確性の問題が生じる場合もある、ということを学ぶ上で大変示唆に富む事例である。

 本件発明1は「ナトリウム(Na)を5~50ppm及び/又はカリウム(K)を5~100ppm含有する」という構成要件を含む。この「及び/又は」が不明確であるか否かが争われた。この構成要件は、「ナトリウム(Na)を5~50ppm及びカリウム(K)を5~100ppm含有する」、「ナトリウム(Na)を5~50ppm含有する」、または、「カリウム(K)を5~100ppm含有する」の3つの場合を包含する。の場合に、カリウムの含量が限定されないということであれば、カリウムがたとえば500ppmのように多量の場合も包含されるため、の構成要件(カリウムは5~100ppmである)と矛盾する。同様に、の場合も、ナトリウムの含量が限定されないとすれば問題がある。

 審決、判決ともに明確であると判断したが、解釈の仕方が全く異なる。

 一般的に、クレーム中(及び/又はを使わず)に「ナトリウム(Na)を5~50ppm含有する」とだけ記載されていれば、クレームに記載されていないカリウムについては、本発明の目的に反しない範囲で含まれていてもいいし、含まれていなくてもいい、と理解すべきであろう。審決及び被告(特許権者)の認識は、おそらくこのような理解に沿っている。

 一方、判決では、「ナトリウム(Na)を5~50ppm含有する」の場合はカリウムは含まれず、または、「カリウム(K)を5~100ppm含有する」の場合はナトリウムは含まれない、と解釈するのが本件の場合妥当であると判断した。このように解釈すれば確かに権利範囲は明確である。ただし、の場合にカリウムが5ppm未満含まれる場合や、の場合にナトリウムが5ppm未満含まれる場合は権利範囲に包含されないという問題がある。

 結果論で言えば、本件のような論争を回避するには、「ナトリウム(Na)を5~50ppm含有する」のみをクレームに記載した出願と、「カリウム(K)を5~100ppm含有する」のみをクレームに記載した出願とを別の出願とするしかないのではないか。

 

2.本件発明1(請求項1)

「ポリビニルアセタール樹脂100重量部と,トリエチレングリコールモノ2-エチルヘキサノエートを0.1~5.0重量%含有するトリエチレングリコールジ2-エチルヘキサノエート20~60重量部とを主成分とする合わせガラス用中間膜であって,ナトリウム(Na)を5~50ppm及び/又はカリウム(K)を5~100ppm含有することを特徴とする合わせガラス用中間膜。」

 

3.原告(無効審判請求人)が主張する明確性要件違反の無効理由

 「の場合、の場合は、通常、それぞれ、カリウム、ナトリウムの含有量には制限がないという意味に理解されるが、そうするとの「ナトリウム(Na)を5~50ppm及びカリウム(K)を5~100ppm含有する」という記載が無意味になり、且つ、矛盾を生じてしまう。よって、請求項1は不明確である。

 

4.審決の要点(不明確ではなく、権利は有効)

 の場合には,ナトリウム以外の成分の含有量について何ら限定するものではないから,「カリウムを含有しない」との限定を付す必要はなく,同様に,の場合には,カリウム以外の成分の含有量について何ら限定するものではないから,「ナトリウムを含有しない」との限定を付す必要もないことは当然のことである。

 

5.被告(特許権者)の主張

 の場合又はの場合に,各々5ppm未満の微量のカリウム又はナトリウムも含有されることは排除されず問題とならないが(むしろ下限値付近では帯電性の向上に貢献する。),の場合にカリウムが100ppmを超えて,又はの場合にナトリウムが50ppmを超えて無制限に含有されるとなると耐湿性の低下が認められることから,特許請求の範囲に記載がなくとも,その含有量にはおのずと上限があることは明らかであり,第三者に不測の不利益をもたらすものではない。

 

6.裁判所の判断のポイント

「本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)には,「ナトリウム(Na)を5~50ppm及び/又はカリウム(K)を5~100ppm含有する」との記載がある。JISの「規格票の様式及び作成方法 JIS 8301」(甲4)によれば,「及び/又は」の用語が「並列する二つの語句を併合したもの及びいずれか一方の3通りを一括して示す場合」に用いられることが認められる。そうすると,この文言は,ポリビニルアセタール樹脂100重量部と,トリエチレングリコールモノ2-エチルヘキサノエートを0.1~5.0重量%含有するトリエチレングリコールジ2-エチルヘキサノエート20~60重量部とを主成分とする合わせガラス用中間膜において,「ナトリウム(Na)を5~50ppm及びカリウム(K)を5~100ppm含有する」場合(の場合),「ナトリウム(Na)を5~50ppm含有する」場合(の場合),「カリウム(K)を5~100ppm含有する」場合(の場合)の三つの場合が本件発明1に

該当することを表現したものと理解できる。

 そして,の「ナトリウム(Na)を5~50ppm及びカリウム(K)を5~100ppm含有する」場合とは,「ナトリウム(Na)」及び「カリウム(K)」の両者を含有し,当該「ナトリウム(Na)」の含有量が「5~50ppm」の数値範囲にあり,かつ,当該「カリウム(K)」の含有量が「5~100ppm」の数値範囲にある場合を示していることを勘案すれば,の「ナトリウム(Na)を5~50ppm含有する」場合とは,カリウムを含まない場合を,の「カリウム(K)を5~100ppm含有する」場合とはナトリウムを含まない場合を示すものと解するのが,請求項1の文理上自然な解釈であるといえる。

 このような解釈は,本件明細書の発明の詳細な説明中の「発明1の合わせガラス用中間膜には,ナトリウム(Na)を5~50ppm及び/又はカリウム(K)を5~100ppm含有することが必要である。Na及び/又はKの含有量が5ppm未満では,得られる中間膜の帯電防止効果が不十分であり,Naの含有量が50ppm及び/又はKの含有量が100ppmを超えると,得られる中間膜の耐湿性や接着力が低下する。」(段落【0020】),「また,接着力調整剤としてアルカリ金属塩を使用する場合には,中間膜中でのNa及び/又はKの含有量が前記した発明1の範囲を保つことに留意する必要がある。」(段落【0027】)との記載にも合致する。

 以上によれば,の場合は「ナトリウム(Na)」及び「カリウム(K)」の両者を含有する場合におけるそれぞれの含有量を規定したものであり,の場合及びの場合は,それぞれ「ナトリウム(Na)」又は「カリウム(K)」のいずれか一方のみを含有し,他方を含有しない場合におけるその含有量を規定したものと理解できる。

 そうすると,「ナトリウム(Na)を5~50ppm及び/又はカリウム(K)を5~100ppm含有する」との記載を含む本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)の記載から本件発明1の技術的範囲を明確に把握できるといえるから,請求項1は明確性要件に適合するというべきである。

 同様に,請求項1を引用する請求項2も,明確性要件に適合するというべきである。

この点に関し,本件審決は,請求項1の「ナトリウム(Na)を5~50ppm及び/又はカリウム(K)を5~100ppm含有する」との記載は,ないしの各場合の3通りの事項を示したものであり,「ナトリウム(Na)を5~50ppm及び/又はカリウム(K)を5~100ppm含有する」により特定する本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)の記載は,その技術的範囲が明確であり,明確性要件に適合するとした上で,「ナトリウム(Na)を5~50ppm含有する」場合(の場合)には,ナトリウム以外の成分の含有量について何ら限定するものではないから,「カリウムを含有しない」との限定を付す必要はなく,同様に,「カリウム(K)を5~100ppm含有する」場合(の場合)には,カリウム以外の成分の含有量について何ら限定するものではないから,「ナトリウムを含有しない」との限定を付す必要もないことは当然のことであると判断している。

・・・・

 そこで検討するに,本件審決の上記判断のうち,の場合に「ナトリウム以外の成分の含有量について何ら限定するものではないから,「カリウムを含有しない」との限定を付す必要はな」いとの部分は,特許請求の範囲に「カリウムを含有しない」との文言を付す必要がないことを単に述べたものであるのか,これにとどまらず,「ナトリウム以外の成分」に該当する「カリウム」の含有量に限定(制限)がないことをも述べたものであるのか,その趣旨が不明確であって,適切な説示であるとはいえず,仮に「カリウム」の含有量に限定(制限)がないことをも述べたものであるとすれば,前記アの認定に照らし,その点の判断は誤りであるといわざるを得ない。また,同様に,本件審決の上記判断のうち,の場合に「カリウム以外の成分の含有量について何ら限定するものではないから,「ナトリウムを含有しない」との限定を付す必要もない」との部分も,その趣旨が不明確であって,適切な説示であるとはいえず,仮に「ナトリウム」の含有量に限定(制限)がないことをも述べたものであるとすれば,前記アの認定に照らし,その点の判断は誤りであるといわざるを得ない。

 しかしながら,・・・本件審決の判断は,結論において誤りはなく,本件審決の説示における上記不適切な点等は審決を取り消すべき瑕疵に当たらない。・・・

なお,被告は,本件発明1におけるの場合及びの場合について,本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)の記載に加えて,本件明細書の記載及び本件出願時の当業者の技術常識を基礎とすれば,各々5ppm未満の微量のカリウム又はナトリウムも含有されることは排除されない旨主張するが,前記ア認定のとおり,の場合及びの場合は,それぞれ「ナトリウム(Na)」又は「カリウム(K)」のいずれか一方のみを含有し,他方を含有しない場合におけるその含有量を規定したものといえるから,上記主張は,採用することができない。

多数の文献を組み合わせて進歩性を否定することの適法性


知財高裁平成25年9月30日判決

平成25年(行ケ)第10013号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本件は、進歩性欠如を理由とする拒絶審決に対する審決取消訴訟において、審決が維持された事例である。

 本願請求項1に記載の発明は、「厚労省認定の発毛有効成分 イソプロピルメチルフェノール,酢酸トコフェロール,D-パントテニルアルコール,メントールと付随する成分 ボタンエキス,ニンジンエキス,センブリエキス,アデノシン3リン酸2Na,グリシン,セリン,メチオニン,ヒキオコシエキス-1,シナノキエキス,オウゴンエキス,ダイズエキス,アルニカエキス,オドリコソウエキス,オランダカラシエキス,ゴボウエキス,セイヨウキズタエキス,ニンニクエキス,マツエキス,ローズマリーエキス,ローマカミツレエキス,エタノール,水,BG,POPジグリセリルエーテル,POE水添ヒマシ油を配合した事を特徴とする薬用育毛剤。」というものである。

 本願発明の育毛剤には多数の成分が含まれる。審決では進歩性を否定するために引用文献が9件と、周知技術を示す周知文献が3件引用された。

 欧州、米国、中国等の諸外国では「引用文献を多数組み合わせて初めて完成できる発明は進歩性がある」という認識が一般的であるのに対して、日本では正反対に「引用文献が多数あるということは進歩性がない」という意識の人が多いように思う。審査官が「これでもか」という勢いで多数の文献を引用してくることは日本以外では余り経験がない。

 多数の文献を引用すること自体は問題ない、というのが少なくとも日本の特許庁、裁判所の立場であり、本事例においても拒絶審決に違法性はないと裁判所は判断している。

 

2.裁判所の判断のポイント

「原告は,審決は,9個の引用例及び3個の周知文献を組み合わせて,本願発明は容易想到であるとしたが,そのように多数の引用例等の組合せによってようやく想到できる発明を容易想到であるとすることは誤りであると主張する。

 しかし,本件においては,相違点における各成分の多くは育毛剤に配合される成分であることが複数の文献に記載されており,これらの成分は育毛剤に配合される成分として周知であること,育毛剤においては,同種の作用を有する複数の成分や異なる作用を有する成分等を複合的に使用することが周知であることを立証するために,引用例1ないし8及び周知文献AないしCが用いられていることに照らすならば,引用例等として多数の文献が用いられていることをもって,容易想到ではないということはできない。

 

2013年9月22日日曜日

トレーニング方法発明が産業上利用可能性を満たすと判断された事例


知財高裁平成25年8月28日判決

平成24年(行ケ)第10400号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例は、特許無効審判における権利有効との審決に対する審決取消訴訟において、審決が維持された事例である。

 原告は、下記の「トレーニング方法」の特許権が治療方法に該当し産業上利用できる発明とはいえないと主張した。しかし裁判所はこの主張を認めず、原告の請求を棄却した。

 判断のポイントは、本件明細書中に請求項記載のトレーニング方法が医療方法として利用できるとは記載されていない、という点だと考えられる。

 

2.本件特許請求項1

「筋肉に締めつけ力を付与するための緊締具を筋肉の所定部位に巻付け,その緊締具の周の長さを減少させ,筋肉に負荷を与えることにより筋肉に疲労を生じさせ,もって筋肉を増大させる筋肉トレーニング方法であって,筋肉に疲労を生じさせるために筋肉に与える負荷が,筋肉に流れる血流を止めることなく阻害するものである筋力トレーニング方法。」

 

3.裁判所の判断のポイント

取消事由2(本件発明の,特許法1条及び29条1項柱書所定の「産業の発達に寄与する」,「産業上利用することができる」との要件充足性を肯定した判断の誤り)に対して

(1) 産業上利用可能性について

 本件発明は,特定的に増強しようとする目的の筋肉部位への血行を緊締具により適度に阻害してやることにより,疲労を効率的に発生させて,目的筋肉をより特定的に増強できるとともに関節や筋肉の損傷がより少なくて済み,さらにトレーニング期間を短縮できる筋力トレーニング方法を提供するというものであって,本件発明は,いわゆるフィットネス,スポーツジム等の筋力トレーニングに関連する産業において利用できる技術を開示しているといえる。そして,本件明細書中には,本件発明を医療方法として用いることができることについては何ら言及されていないことを考慮すれば,本件発明が,「産業上利用することができる発明」(特許法29条1項柱書)であることを否定する理由はない。

(2) 医療行為方法について

 原告は,被告が本件発明を背景にして医療行為を行っている等と縷々主張する。本件発明が,筋力の減退を伴う各種疾病の治療方法として用いられており(甲17,29等),被告やその関係者が本件発明を治療方法あるいは医業類似行為にも用いることが可能であることを積極的に喧伝していたこと(甲63,67,68等)が認められる。しかし,本件発明が治療方法あるいは医業類似行為に用いることが可能であったとしても,本件発明が「産業上利用することができる発明」(特許法29条1項柱書)であることを否定する根拠にはならない。

 この点に係る原告の主張は採用できない。」

「除くクレーム」により特許法29条の2違反の拒絶を解消し得るか争われた事例


知財高裁平成25年9月19日判決

平成24年(行ケ)第10433号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本件は、特許出願に対する拒絶審決を不服とする審決取消訴訟において、拒絶審決が取り消された事例である。拒絶審決において示された拒絶理由は、本願発明が、本願出願前に出願され、出願後に公開された他人の特許出願に記載された発明であるから特許法29条の2のいわるゆ拡大先願の規定により特許が受けられない、というものである。

 先願に記載された数値を除外する「除くクレーム」によって新規性欠如が克服できるか否かを考える上で、大変参考になる事例である。

 本願発明(請求項1に記載の発明)

 「体積抵抗率が50μΩ・mm以下で,かつ引張り試験における0.2%耐力値が90MPa以下(ただし,49MPa以下を除く)であることを特徴とする太陽電池用平角導体。」

 先願基礎発明(先願の優先権基礎明細書に記載の発明)

 「体積抵抗率が2.3μΩ・cm以下で,かつ耐力が19.6~49MPaである太陽電池用芯材。」

 

 本願発明における「ただし,49MPa以下を除く」という「除くクレーム」の限定は、上記 先願基礎発明に基づく29条の2違反の拒絶理由が示された後に補正により追加されたものである。出願時の規定では「引張り試験における0.2%耐力値が90MPa以下である」という規定がされていた。

 

 被告(特許庁長官)は、本願発明と先願基礎発明との一致点として「体積抵抗率が50μΩ・mm以下で,かつ引張り試験における0.2%耐力値が90MPa以下である太陽電池用平角導体」である点を認定し、「本願発明は,引張り試験における0.2%耐力値について,「(ただし,49MPa以下を除く)」とされている点」を相違点として認定した。そして、本願明細書には、「本願発明の耐力に係る数値範囲から49MPa以下を除くことに格別の技術的意義を見いだすことはできないから,当該事項について設計的事項を定めた以上のものということはできない」ということ等を理由に、本願発明と先願基礎発明とは実質的に同一であり、本願発明は29条の2の要件を満たさないと判断した。

 一方、裁判所は、「引張り試験における0.2%耐力値が90MPa以下である」という点を一致点として認定することはできず、一致点として認定できるのは「体積抵抗率が50μΩ・mm以下である太陽電池用平角導体」のみであると判断した。そして、先願基礎発明において引張り試験における0.2%耐力値が「19.6~49MPa」を選択することの技術的意義と、本願発明において「90MPa以下(ただし,49MPa以下を除く)」を選択することの技術的意義を考慮して、両発明は実質的に同一ではないと結論付けた。

 おそらく特許庁は、後願である本願発明において元々は「90MPa以下」であれば全て権利範囲であると主張されており、後から「ただし,49MPa以下を除く」が加わったのであるから、本願発明の課題解決手段としては先願基礎発明の数値範囲(19.6~49MPa)と実質的な差異はないと判断したものである。「後願」を中心に考えれば、特許庁の理屈も分からなくはない。

 一方、裁判所は、先願基礎発明としては、「19.6~49MPa」のみが開示されていることから、「先願」を中心に考えて、「90MPa以下(ただし,49MPa以下を除く)」という数値範囲を採用することは自明な設計事項だとは言えないと判断したものと思われる。

 

2.裁判所の判断のポイント

(1) 本願発明について

 前記1によると,本願発明は,従来,太陽電池を構成する部材であるシリコン結晶ウェハを薄板化することに伴って生じる,シリコンセルや接続用リード線が反ったり破損したりすることを防止することを目的とするものである。本願発明は,太陽電池用平角導体の体積抵抗率を50μΩ・mm以下とすることにより,太陽電池としての発電効率を良好に維持し,高導電性を有する接続用リード線を提供できるのみならず,引張り試験における0.2%耐力値を90MPa以下(ただし,49MPa以下を除く)とすることによって,はんだ接続後の導体の熱収縮によって生じるセルを反らせる力を,平角導体を塑性変形させることで低減し,セルの反りを減少させることができるという効果を奏するものである。

(2) 先願基礎発明について

 前記2によると,先願基礎発明は,従来,はんだ付けの際に半導体基板に生じる熱応力を軽減し,半導体基板の薄肉化によるクラックの発生を防止するために,半導体材料と熱膨張差の小さい導電性材料からなるクラッド材を用いると,体積抵抗率が比較的高い合金材によって中間層が形成されるため,電気抵抗が高くなり,太陽電池の発電効率が低下するという問題を解決課題とするものである。先願基礎発明は,芯材の体積抵抗率を2.3μΩ・cm(23μΩ・mm)以下とすることにより,優れた導電性及び発電効率を得ることができるとともに,耐力を19.6ないし49MPaとすることによって,過度に変形することがなく,取扱い性が良好であり,半導体基板にはんだ付けする際に凝固過程で生じた熱応力により自ら塑性変形して熱応力を軽減解消することができるので,半導体基板にクラックが生じ難いという効果を奏するものである。

耐力に係る数値範囲について

前記(1)及び(2)によれば,本願発明と先願基礎発明とは,体積抵抗率が23μΩ・mm以下である太陽電池用平角導体である点で一致する(その点で,体積抵抗率が50μΩ・mm以下で,かつ引張り試験における0.2%耐力値が90MPa以下で一致するとする本件審決の認定は相当ではない。)にすぎず,引張り試験における0.2%耐力値については,本願発明は90MPa以下で,かつ49MPa以下を除いているため,先願基礎発明の耐力に係る数値範囲(19.6~49MPa)を排除している。

 したがって,本願発明と先願基礎発明とは,耐力に係る数値範囲について重複部分すら存在せず,全く異なるものである。

先願基礎発明は,耐力に係る数値範囲を19.6ないし49MPaとするものであるが,先願基礎明細書(甲10)には,太陽電池用平角導体の0.2%耐力値を,本願発明のように,90MPa以下(ただし,49MPa以下を除く)とすることを示唆する記載はない。また,半導体基板に発生するクラックが,半導体基板の厚さにも依存するものであるとしても,耐力に係る数値範囲を本願発明のとおりとすることについて,本件出願当時に周知技術又は慣用技術であると認めるに足りる証拠はないから,先願基礎発明において,本願発明と同様の0.2%耐力値を採用することが,周知技術又は慣用技術の単なる適用であり,中間層の構成や半導体基板の厚さ等に応じて適宜決定されるべき設計事項であるということはできない。

 したがって,本願発明と先願基礎発明との相違点に係る構成(耐力に係る数値範囲の相違)が,課題解決のための具体化手段における微差であるということはできない。

本願発明は,前記(1)のとおり,耐力に係る数値範囲を90MPa以下(ただし,49MPa以下を除く)とすることによって,はんだ接続後の導体の熱収縮によって生じるセルを反らせる力を平角導体を塑性変形させることで低減させて,セルの反りを減少させるものである。

 これに対し,先願基礎発明は,前記(2)のとおり,耐力に係る数値範囲を19.6ないし49MPaとすることによって,半導体基板にはんだ付けする際に凝固過程で生じた熱応力により自ら塑性変形して熱応力を軽減解消させて,半導体基板にクラックが発生するのを防止するというものである。

 そうすると,両発明は,はんだ接続後の熱収縮を,平角導体(芯材)を塑性変形させることで低減させる点で共通しているものの,本願発明は,セルの反りを減少させることに着目して耐力に係る数値範囲を決定しており,他方,先願基礎発明は,半導体基板に発生するクラックを防止することに着目して耐力に係る数値範囲を決定しているのであって,両発明の課題が同一であるということはできない。

被告の主張について

 被告は,本願発明及び先願基礎発明は,いずれもシリコン結晶ウェハを薄板化した際に生じる問題を解決するために,平角導体(芯材)を塑性変形させることによって,はんだ付けする際の熱応力を低減させる点において,共通の技術的思想に基づく発明であるところ,本願発明の耐力に係る数値範囲から49MPa以下を除くことに格別の技術的意義を見いだすことはできないから,当該事項について設計的事項を定めた以上のものということはできず,先願基礎発明の耐力に係る数値範囲も,設計上適宜に定められたものにすぎないから,当該数値範囲に限られるものではなく,本願発明及び先願基礎発明における耐力に係る数値範囲の特定についての相違は,発明の実施に際し,適宜定められる設計的事項の相違にとどまるものであって,発明として格別差異を生じさせるものではないと主張する。

 しかしながら,前記のとおり,本願発明はセルの反りを減少させることに,先願基礎発明はクラックを防止することに,それぞれ着目して,耐力に係る数値範囲を決定しているのであるから,両発明の課題は異なり,共通の技術的思想に基づくものとはいえないから,被告の主張は,その前提自体を欠くものである。

 また,前記のとおり,本願発明の耐力に係る数値範囲から49MPa以下を除くことが,設計上適宜に定められたものにすぎないということはできず,先願基礎発明の耐力に係る数値範囲についても,同様に,設計上適宜に定められたものにすぎないということはできない。

 したがって,被告の上記主張は,採用することができない。」

2013年9月15日日曜日

用途限定的な特徴を含む方法発明の権利範囲が侵害訴訟において広く解釈された事例


大阪地裁平成25年8月27日判決

平成23年()第6878号 特許権侵害差止等請求事件

 

1.概要

 本事例は、特許権侵害訴訟の第一審判決である。被告が実施している被告製品1を製造する方法が、原告が有する特許権を直接及び間接に侵害すると判断された。

 この事例では大変興味深く示唆に富む以下の争点が争われた。

 

 本件特許発明1

 本件特許発明1は次の構成要件に分説することができる。

 A1 石灰を含有する白色成分,無機の着色顔料,結合剤及び水を含有する着色漆喰組成物の着色安定化方法であって,

 B1 当該着色漆喰組成物が水酸基を有するノニオン系の親水性高分子化合物を含有し,

 C1 上記白色成分として石灰と無機の白色顔料を組み合わせて用いる

 D1 ことを特徴とする方法。

 

 本件特許発明2-1

 本件特許発明2-1は次の構成要件に分説することができる。

 A2 石灰,結合剤及び水を含有する着色漆喰組成物によって形成される着色漆喰塗膜の色飛びまたは色飛びによる白色化を抑制する方法であって,

 B2 上記漆喰組成物の着色に白色顔料と着色顔料として酸化金属またはカーボンブラックを組み合わせて用いる方法。

 

 本件特許発明2-2

 C2 白色顔料が酸化チタンである,

 D2 請求項1記載の方法。

 

 争点1-1:本件特許発明1は「着色漆喰組成物の着色安定化方法」である。着色安定化という効果を狙って、白色成分とっして無機の白色顔料(酸化チタン等)を配合することを特徴とする。一方、被告は「着色漆喰組成物」である被告製品1を製造しているが、「着色安定化」という効果を狙っているわけではない。被告製品1において酸化チタンが配合される理由は、光触媒機能を得るためである。このような場合に、被告が「着色安定化方法」を実施していると言えるかが争われた。

 裁判所は、被告の行為は「着色安定化方法」の実施に当たると判断した。「着色漆喰組成物の組成が上記各構成要件を客観的に充足するよう調整,調合すれば,着色安定化方法を使用したというべきであり,酸化チタンを配合する目的が光触媒機能を得ることにあったとしても,この結論を左右するものではない。」

 

 争点1-2:「着色漆喰組成物の着色安定化方法」である本件特許発明1が、特許法第2条第3項における「物を生産する方法の発明」に該当するか否かが争われた。

 裁判所は「単純方法の発明と解するのが相当」だと判断した。

 

 争点1-3:被告製品1は、本件特許発明2-1及び2-2の方法を実施するために必要な物である。ただし、被告は、被告製品1の「酸化チタン」を配合する目的は光触媒機能を利用するためであり、「着色漆喰塗膜の色飛びまたは色飛びによる白色化を抑制する方法」は実施していない。このような場合に、被告製品1が特許法105条5項(間接侵害の規定)における「その方法に用いる物」及び「その発明による課題の解決に不可欠なもの」に該当するか否かが争われた。

 裁判所は、「その方法に用いる物」及び「その発明による課題の解決に不可欠なもの」に該当するか否かの判断においては、「着色漆喰塗膜の色飛びまたは色飛びによる白色化を抑制する方法」という方法の構成要件は無関係であり、被告製品1の物としての構成のみを判断材料として、「その方法に用いる物」及び「その発明による課題の解決に不可欠なもの」に該当すると判断した。

 

2.裁判所の判断のポイント

「1 争点1-1(本件特許発明1の技術的範囲への属否)について

(1) 充足性に関する争点

 被告が製造していた被告製品1が,別紙被告製品目録の構成欄記載の構成を備えていること,すなわち,「白色顔料として酸化チタン,着色顔料として酸化金属またはカーボンブラック,石灰,アクリル樹脂エマルション,メチルセルロース及び水を含有する着色漆喰組成物」であること,そのため,「石灰を含有する白色成分,着色顔料である酸化金属またはカーボンブラック,アクリル樹脂エマルション及び水を含有する着色漆喰組成物」たる被告製品1の製造において,「当該着色漆喰組成物がメチルセルロースを含有し,上記白色成分として石灰と酸化チタンを組み合わせて用いる方法」を使用していたことは争いがない。

 そして,被告製品1の「酸化チタン」,「酸化金属またはカーボンブラック」,「石灰」,「アクリル樹脂エマルション」,「メチルセルロース」及び「水」が,それぞれ本件特許発明1の「無機の白色顔料」,「無機の着色顔料」,「石灰」,「結合剤」,「水酸基を有するノニオン系の親水性高分子化合物」及び「水」に相当することも争いがないため,被告は,「石灰を含有する白色成分,無機の着色顔料,結合剤及び水を含有する着色漆喰組成物」(構成要件A1)である被告製品1の製造において,「当該着色漆喰組成物が水酸基を有するノニオン系の親水性高分子化合物を含有し,」(構成要件B1)「上記白色成分として石灰と無機の白色顔料を組み合わせて用い」(構成要件C1)ていたといえる。

 ・・・被告は「着色漆喰組成物の着色安定化方法」(構成要件A1)を使用していないとして,同構成要件の充足性を争う旨の主張を提出した。・・・本件特許発明1の属否論に関しては,被告の前記主張が唯一の争点となる。

(2) 「着色漆喰組成物の着色安定化方法」(構成要件A1)の解釈

 本件特許発明1の構成要件A1には,「着色漆喰組成物の着色安定化方法」との記載はあるものの,その手順等が経時的に記載されているわけではない。

 しかし,「着色安定化方法」との文言の後には,「であって,」と繋がれた上で,「当該着色漆喰組成物が水酸基を有するノニオン系の親水性高分子化合物を含有し,」(構成要件B1)「上記白色成分として石灰と無機の白色顔料を組み合わせて用いる」(構成要件C1)「ことを特徴とする方法。」(構成要件D1)と説明されており,これら記載の全体に照らせば,本件特許発明1の「着色漆喰組成物の着色安定化方法」とは,当該着色漆喰組成物に構成要件B1記載の物質を含有させ,かつ,その「白色成分」を構成要件C1で特定されている物質の組み合わせとする方法を意味すると解するのが自然である。

 しかも,本件明細書1において,本件特許発明1が解決しようとする課題の項に,従来の漆喰の現場調合の問題または漆喰の着色の問題を解決することを目的とし,具体的には,予め水や着色剤を配合して調整した漆喰塗材又は漆喰塗料を安定して供給するための方法を提供する旨記載されていることからしても,構成要件A1の内容である「石灰を含有する白色成分,無機の着色顔料,結合剤及び水を含有する着色漆喰組成物」について,「当該着色漆喰組成物が水酸基を有するノニオン系の親水性高分子化合物を含有し」(構成要件B1),「上記白色成分として石灰と無機の白色顔料を組み合わせ」(構成要件C1)るよう調整,調合する方法が,「着色漆喰組成物の着色安定化方法」として示されていると解される。

 したがって,構成要件A1を充足する着色漆喰組成物について,構成要件B1記載の物質を含有させ,かつ,構成要件A1中の「白色成分」を構成要件C1で特定されている物質の組み合わせとすることが,本件特許発明1の「着色漆喰組成物の着色安定化方法」に当たることになる。

(3) 「着色漆喰組成物の着色安定化方法」(構成要件A1)の充足性

 前記(1)記載のとおり,被告は,「石灰を含有する白色成分,無機の着色顔料,結合剤及び水を含有する着色漆喰組成物」(構成要件A1)である被告製品1の製造において,「当該着色漆喰組成物が水酸基を有するノニオン系の親水性高分子化合物を含有し,」(構成要件B1)上記白色成分として石灰と無機の白色顔料を組み合わせて用い」(構成要件C1)ていたのであり,まさに構成要件B1及び構成要件C1で特定されている「着色漆喰組成物の着色安定化方法」(構成要件A1)を使用していたものといえる。

 被告は,被告製品1で酸化チタンを配合するのは,光触媒機能を得るためであって着色を安定させるためではないとして,前記構成要件A1の非充足を主張するが,着色漆喰組成物の着色安定化方法について上述のように解する以上,着色漆喰組成物の組成が上記各構成要件を客観的に充足するよう調整,調合すれば,着色安定化方法を使用したというべきであり,酸化チタンを配合する目的が光触媒機能を得ることにあったとしても,この結論を左右するものではない。

(4) 小括

 以上より,被告が被告製品1の製造において,本件特許発明1の構成要件AからCまでを充足する方法を使用していたといえ,そのため当該方法が,構成要件Dを充足することも明らかである。

 したがって,被告が被告製品1の製造において使用していた方法は,本件特許発明1の各構成要件を充足し,その技術的範囲に属するものといえる(原告が,被告の使用した方法を被告方法1,すなわち,別紙被告方法目録1記載のとおりに特定したことも相当である。)。

 

2 争点1-2(本件特許権1に基づく被告製品1の製造販売等差止め及び廃棄請求の可否)について

 原告は,本件特許発明1は物を生産する方法の発明であり,被告製品1はその方法によって生産した物に当たるとして,その方法により物を生産することの差止めに加え,被告製品1の販売等の差止め及びその廃棄を請求している(請求の趣旨1の(1) 及び(2) )。

 原告の主張は,本件特許発明1が,着色安定化された着色漆喰組成物を生産する方法であることを前提とするものであるが,特許法は,単純な方法の発明と物を生産する方法の発明とで権利を行使し得る範囲に差を設けており(同法2条3項,100条2項),そのいずれであるかの区別は明確でなければならない。

 本件特許発明1は,その特許請求の範囲の記載において,「着色漆喰組成物を生産する特定の方法」など,物を生産する方法であることを示す表現にはなっていない。また,本件明細書1の記載を参照しても,着色安定化方法によって,色飛び,色むらのない着色漆喰塗膜を形成することができるとされており,これによると,本件特許発明1の方法により生産した物とは,最終的に形成された漆喰塗膜であると解する余地があるのであり,着色漆喰組成物を生産する方法の発明であることが明確に示されているとはいえない。

 以上によれば,本件特許発明1については,物を生産する方法の発明ではなく,単純方法の発明と解するのが相当であるから,本件特許権1の侵害を理由に,被告製品1の製造販売等を差し止めたり,その廃棄を求めたりすることはできず,予備的請求である,被告方法1の使用の差止めを求めることができるにとどまる。

・・・・

争点1-3(本件特許権2の間接侵害(特許法101条5号))について

 原告は,被告製品1の製造販売等が,方法の発明に係る本件特許権2の間接侵害(特許法105条5号)に当たる旨主張するので,以下検討する。

(1) 「その方法に用いる物」及び「その発明による課題の解決に不可欠なもの」

 本件特許発明2-1は,「石灰,結合剤及び水を含有する着色漆喰組成物」を前提に,これ「によって形成される着色漆喰塗膜の色飛びまたは色飛びによる白色化を抑制する」という作用効果を有する方法(構成要件A)を示すものであるが,その方法そのものは,「上記漆喰組成物の着色に白色顔料と着色顔料として酸化金属またはカーボンブラックを組み合わせて用いる」(構成要件B2)と特定されている。このような文言からすれば,「石灰,結合剤及び水を含有する着色漆喰組成物」で,その「漆喰組成物の着色に白色顔料と着色顔料として酸化金属またはカーボンブラックを組み合わせて」いる物は,上記作用効果を有する方法発明である本件特許発明2-1との関係において,「その方法の使用に用いる物」であると共に「その発明による課題の解決に不可欠なもの」(特許法101条5号)であり,また,その「白色顔料」が「酸化チタン」(構成要件C2)であれば,本件特許発明2-2との関係においてもこれらに該当することになる。

 そして,被告製品1は,「白色顔料として酸化チタン,着色顔料として酸化金属又はカーボンブラック,石灰,アクリル樹脂エマルション,メチルセルロース及び水を含有する着色漆喰組成物」であること,被告製品1が含有する「白色顔料として酸化チタン」,「着色顔料として酸化金属またはカーボンブラック」,「石灰」,「アクリル樹脂エマルション」及び「水」が,それぞれ本件特許発明2-1及び同2-2の「白色顔料(酸化チタン)」,「着色顔料として酸化金属またはカーボンブラック」,「石灰」,「結合剤」及び「水」に相当することは,当事者間に争いがない。

 よって,被告製品1は,本件特許発明2-1及び同2-2のいずれの関係においても,「その方法の使用に用いる物」及び「その発明による課題の解決に不可欠なもの」に該当する。

 なお,被告は,被告製品1に酸化チタンを配合するのは,光触媒機能を利用するためであり,「着色漆喰塗膜の色飛びまたは色飛びによる白色化を抑制する方法」(構成要件A2)は使用していない旨主張するが,原告は,被告が本件特許発明2の方法を使用したと主張しているのではなく,同方法に使用する被告製品1の製造販売等が本件特許権2の間接侵害を構成すると主張しているのであり,被告の上記主張は失当である。

(2) 「その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられることを知りながら」

 被告は,平成23年1月17日,原告から,本件特許発明2が特許発明であること,被告製品1が本件特許発明2の実施に用いられるものであることを記載した照会書と題する書面を受領した(甲6の1・2)のであるから,同日以降の被告製品1の製造販売等については,「その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられることを知りながら」(特許法101条5号)のものであったといえる。

(3) 小括

 以上より,平成23年1月17日以降の被告による被告製品1の製造販売等は,本件特許発明2-1及び同2-2との関係において,特許法101条5号の規定する各要件を充足するものであり,本件特許権2の間接侵害を構成するものといえる。」