2021年6月6日日曜日

特許権侵害訴訟において、分割出願における原出願明細書に対する新規事項の追加の有無が争点となった事例

 知財高裁令和3年3月8日判決

令和2年(ネ)第10035号 特許権侵害差止等請求控訴事件(原審 東京地方裁判所平成29年(ワ)第32839号)

 

1.概要

 本事例は、特許権侵害訴訟の東京地裁原審(被告製品が、原告特許権の技術的範囲に属すると判断)の取り消しを、原審被告である控訴人が求めた控訴事件の知財高裁判決である。知財高裁は、本件控訴を棄却した。

 原審原告である被控訴人が有する特許権は、分割出願によるものである。以下の3点が、分割要件違反かどうかが争点となった。

(1)親出願(原出願)の明細書(当初明細書)での「ハンドル10は細い棒状に形成されている」が,分割出願の本件明細書では「美容器において,ハンドル本体は棒状であって」と変更されており「細い」が削除されている

(2)親出願の明細書では「上記ハンドルは,上記第1端部から上記第2端部にかけて直線状に形成されていることが好ましい。」と記載されており、ハンドルが直線状である具体例のみが記載されているのに対して、特許権者は、分割出願に係る特許権の「ハンドル」は、被告製品の「湾曲したハンドル」を包含すると主張している。

(3)親出願の明細書では「ハンドル10は,その一部(中央部)を凹状にくり抜いて形成された凹部15」と記載されていたものが,本件明細書では「ハンドル本体には凹部が形成され」と記載され,凹部を形成する位置として「中央部」という特定のない記載となった。

 知財高裁は、いずれの点も分割要件違反ではないと判断した。特に(1)に関して、「本件特許の技術的思想(課題解決原理)は・・・原出願時と変わりがなく,新たな技術的思想(課題解決原理)が追加されたことはない」と判示した。

 

2.「分割要件」に関する裁判所の判断のポイント

(当初明細書の記載

 当初明細書(乙163)(=原出願明細書)には,以下の記載がある。

「【0023】

 上記ハンドルは,上記第1端部から上記第2端部にかけて直線状に形成されていることが好ましい。」

「【0049】

 また,本例では,ハンドル10は細い棒状に形成されていることから,例えばハンドル10を中心線L0に沿って上下又は左右に分割して,ハンドル10の内部に各部材を収納する構成とした場合には,ハンドル10の成形精度や強度が低下したり,各部材がハンドル10の内部を密閉する作業に手間がかかって美容器1の組み立て作業性が低下したりするおそれがある。しかし,本例では,図4に示すように,ハンドル10は,その一部(中央部)を凹状にくり抜いて形成された凹部15内に各部材を配設するとともに,ハンドルカバー14によって当該凹部15を覆うことにより各部材を収納する構成を採用している。これにより,ハンドル10の中心線L0に沿って上下又は左右に分割した場合に比べて,ハンドル10の成形精度や強度を高く維持することができるとともに,ハンドルカバー14によって凹部15の内部を容易に密閉できることから美容器1の組み立て作業性が向上する。」

(新たな技術的事項の追加の有無

a ハンドルの形状

(a) 当初明細書(乙163)には,前記()のとおり,【0049】に「ハンドル10は細い棒状に形成されている」と記載されているが,本件明細書には,【0007】に「美容器において,ハンドル本体は棒状であって」と記載され,「細い」という語が削除された。

 しかし,「棒」という語は,「手に持てるほどの細長い木・竹・金属などの称。」(広辞苑第7版)を意味し,そもそも「細い」という意味が含まれている。他方,当初明細書(乙163)の全体を見ても,原出願のハンドルが特別に細いものとは認められず,手で握る程度の細さのものと理解できるから,当初明細書の上記の「細い」という語に格別な技術的意味があるとは認められないから,当初明細書の「細い棒状」と本件明細書の「棒状」とは,実質的に同じものとして理解すべきものと認められる。そして,当初明細書の【0049】には,「例えばハンドル10を中心線L0に沿って上下又は左右に分割して,ハンドル10の内部に各部材を収納する構成とした場合には,ハンドル10の成形精度や強度が低下したり,各部材がハンドル10の内部を密閉する作業に手間がかかって美容器1の組み立て作業性が低下したりするおそれがある。」という技術的課題を解決するという技術的思想(課題解決原理)が記載されているところ,本件特許の技術的思想(課題解決原理)は前記2⑴()のとおりであり,原出願時と変わりがなく,新たな技術的思想(課題解決原理)が追加されたことはない。したがって,本件発明の構成について,「細い」という特定のない「棒状のハンドル」とすることによっては,新たな技術的事項が導入されたとはいえない。

(b) そして,当初明細書(乙163)には,実施例としてハンドルが直線状の美容器が示されているが,ハンドルの形状を直線状に限るとする記載はなく,【0049】にも,ハンドルの形状については細い棒状であること以外に何ら言及されておらず,かえって「上記ハンドルは,上記第1端部から上記第2端部にかけて直線状に形成されていることが好ましい。これにより,目元や口元などの顔に使用する際に,肌面に対してローラが当接する角度の調整がしやすいため,操作性が向上する。また,ハンドルの握りやすさを維持しつつ,美容器全体をコンパクトに形成することができため(判決注:「できるため」の誤記と解される。),旅行などで持ち運ぶのに適している。」(【0023】)と記載されており,ハンドルが直線状であることが好ましいと記載されていることからすると,ハンドルは直線状のものに限定されておらず,湾曲したものを排除するものではなかったと認められる。そのため,本件発明において,ハンドルは直線状のものに限られず,湾曲した形状であるものも含むとしても,そのことによって新たな技術的事項が導入されたことにはならない。

b 凹部

 さらに,凹部がハンドルの中央部に形成されることに関して,当初明細書(乙163)には,【0049】に「ハンドル10は,その一部(中央部)を凹状にくり抜いて形成された凹部15」と記載されていたものが,本件明細書では,【0007】に「ハンドル本体には凹部が形成され」と記載され,凹部を形成する位置として「中央部」という特定のない記載となった。しかし,上記のとおり,【0049】では,「中央部」は括弧書きとして記載されているから,凹部を設ける位置の一例を単に示したものと認められ,【0049】において凹部に関して記載された内容は,凹部の位置を問わず妥当するものと認められる。したがって,本件発明において凹部を設ける位置が「中央部」に特定されていないことによって新たな技術的事項が導入されたとは認められない。

(控訴人の主張の検討

控訴人は,本件発明が,被告各製品のような「円弧状に湾曲したハンドル本体」からなるものまで含むとすれば,当初明細書等に記載がなかった「円弧状に湾曲したハンドル本体」が分割出願により本件発明に新たに導入されたことになると主張するが(前記第2の5⑶ウ()(b)),前記()(b)のとおり,本件発明において,ハンドルは直線状のものに限られず,直線状のもののほか,湾曲した形状であるものも含むとしても,そのことによって新たな技術的事項が導入されたことにはならないから,控訴人の上記主張は採用することができない。

 また,控訴人は,本件発明の凹部がハンドルの中央部に限られないとすれば,当初明細書等に記載がなかった凹部(ハンドルの中央部以外の部分に設けられた凹部)が分割出願により本件発明に新たに導入されたことになると主張するが(前記第2の5⑶ウ()(c)),前記()bのとおり,本件発明において凹部を設ける位置が「中央部」に特定されていないことによって新たな技術的事項が導入されたとは認められないから,控訴人の上記主張は採用することができない。

(分割要件の充足性

 そうすると,本件明細書に記載された事項は,原出願の出願当初の明細書等に記載された事項の範囲内であるものと認められ,本件特許の出願は分割出願の要件を充足するものであると認められる。」