令和2年11月5日判決言渡
令和元年(行ケ)第10132号審決取消請求事件
1.概要
本事例は無効審判の審決(特許維持)の取り消しを求めた審決取消訴訟で審決は適法であると判断し原告(無効審判請求人)の請求を棄却した知財高裁判決である。
特許発明が、パリ優先権の基礎出願から記載されている構成Aと、優先権主張を伴う後の出願で初めて記載された構成Cとを含む構成A+Cという発明(構成Aと構成Cとは独立した発明の構成部分となり得るもの)であり、基礎出願よりも後かつ後の出願よりも前に発明Bが公知となった場合の、優先権の遡及効の範囲が争われた。
原告は、構成A+Cからなる特許発明の全体は優先日の利益は受けられず、発明Bが先行技術となり新規性進歩性は否定されると主張した。
しかし知財高裁は、構成A+Cからなる特許発明のうち構成Aについては優先日の利益が受けられ、遡及効の無い構成Cが、発明Bに対し新規性、進歩性を有するかどうかを判断すべきであると判示した。すなわち1発明の中で優先権が認められる範囲は構成要件ごとに判断すべきであるとする「部分優先」の立場を示した。
2.本件発明
「【請求項1】
一連のリンクからなるアイテムを作成するための装置であって,
前記リンクはブルニアンリンクであり,前記アイテムはブルニアンリンクアイテムであり,
ベースと,
ベース上にサポートされた複数のピンと,を備え,
前記複数のピンの各々は,リンクを望ましい向きに保持するための上部部分と,当該複数のピンの各々の,ピンの列の方向の前面側の開口部とを有し,複数のピンは,複数の列に配置され,相互に離間され,且つ,前記 ベースから上方に伸びている
装置。
【請求項6】
一連のリンクからなるアイテムを作成するためのキットであって,
前記リンクはブルニアンリンクであり,前記アイテムはブルニアンリンクアイテムであり,
リンクを望ましい向きに保持するための上部部分と,複数のピンの各々の,ピンの列の方向の前面側の開口部を含み,ベースによりお互いに対してサポートされた複数のピンを備え,
前記複数のピンは,複数の列に配置され,相互に離間され,且つ,前記べースから上方に伸びている,
キット。」
3.裁判所の判断のポイント
「1 取消事由1(無効理由1:優先権主張の効果不奏功)について
(1) 原告は,本件発明は,本件米国仮出願に記載された発明とは異なる発明であるから,パリ優先権の主張は認められないと主張するので,以下,判断する。
(2) この点に関する原告の主張を正確に記載すると,本件発明は,①ピンが複数の溝を有する構成を含むこと,②ピンバーとベースが一体成型になっている構成を含むこと,③ピンバーをベースの溝ではなく,ベース上の凸部に嵌め込む方式の構成を含むこと,④ピンに,溝ではなく,ピンを貫く間隙を有する構成を含むこと,の4点において,本件米国仮出願にはない構成を含むからパリ優先権が否定され,その結果,甲1動画との関係で新規性,進歩 性を欠き,無効であるというものである。
しかしながら,本件発明が,その請求項の文言に照らし,原告が新たな構成であると主張する①ないし④の点を含まない構成,すなわち,本件米国仮出願の明細書に記載された実施例どおりの構成を含むことは明らかであるところ(この点は,原告も否定していないものと考えられる。),この構成は,1まとまりの完成した発明を構成しているのであって,①ないし④の構成が補充されて初めて発明として完成したものになるわけではない。このような場合,パリ条約4条Fによれば,パリ優先権を主張して行った特許出願が優先権の基礎となる出願に含まれていなかった構成部分を含むことを理由として,当該優先権を否認し,又は当該特許出願について拒絶の処分をすることはできず,ただ,基礎となる出願に含まれていなかった構成部分についてパリ優先権が否定されるのにとどまるのであるから,当該特許出願に係る特許を無効とするためには,単に,その特許が,パリ優先権の基礎となる出願に含まれていなかった構成部分を含むことが認められるだけでは足りず,当該構成部分が,引用発明に照らし新規性又は進歩性を欠くことが認められる必要があるというべきである。このように解することがパリ条約4条Fの文言に沿うばかりではなく,このように解しないと,例えば,特許権者がAという構成の発明について外国出願をし,その後,その構成を含む発明Bが公知となった後に,わが国において,パリ優先権を主張し,構成Aと,前記外国 出願には含まれないが,発明Bに対して新規性,進歩性が認められる構成Cを合わせた構成A+Cという発明について特許出願をした場合,当該発明は,構成Aの部分は,発明Bよりも外国出願が先行しており,優先権も主張されており,かつ,構成Cは,発明Bに対し新規性,進歩性が認められるにも関わらず,前記外国出願に含まれない構成Cを含んでいることのみを理由として構成Aについての優先権までが否定され,特許出願が拒絶されるという結論にならざるを得ないが,そのような結論は,パリ条約4条Fが到底容認するものではないと考えられるからである。なお,①ないし④も,それぞれ独立した発明の構成部分となり得るものであるから,引用発明に対する新規性,進歩性は,それぞれの構成について,別個に問題とする必要がある。
この観点から検討すると,甲1によれば,甲1動画に係るツールは,前記③の構成を有していることが認められる。そして,本件発明の請求項は,「ベース上にサポートされた複数のピン」と定めているのみであって,前記③の構成を含むことは明らかであるから,この点において,本件発明は,甲1動画との関係で新規性を欠くものといわなければならない。したがって,パ リ優先権が認められるかどうかを判断するため,さらに,構成③が,本件米 国仮出願に含まれない構成であるかどうかを判断する必要がある。これに対し,甲1動画に係るツールは,前記①,②,④の構成を含むものとは認められないから,新規性が問題となる余地はなく,また,これらの構成が,甲1動画に係る発明に対して進歩性を欠くことを認めるに足りる主張立証はない。そうであるとすると,これらの構成が,本件米国仮出願に含まれない構成であるかどうかを判断するまでもなく,原告の主張は失当というべきである。
(3) そこでさらに,構成③が,本件米国仮出願に含まれない構成であるかどうかについて判断するに,たしかに,米国仮出願書類には,ベースに設けた 溝にピンバーを嵌め込む態様しか記載されていないが,これは実施例の記載にすぎないし,米国仮出願書類全体を検討しても,ベースにピンバーを固定する態様を,この実施例に係る構成に限定する旨が記載されていると理解することはできない。そして,ベースに凹部を設け,その凹部にピンバーを嵌め込む態様の構成(米国仮出願書類の実施例の記載)と,ベースに凸部を設け,この凸部にピンバーを嵌め込む態様の構成(③の構成)とは,まさに裏腹の関係にあるものであって,一方を想起すれば他方も当然に想起するのが技術常識であるといえるから,たとえ明示的な記載がないとしても,ベースに凹部を設ける構成が記載されている以上,ベースに凸部を設ける構成も,その記載の想定の内に含まれているというべきである。
そうすると,③に係る構成が,本件米国仮出願に含まれない構成であるとはいえないから,この点に関する原告の主張も失当ということになる。
(4) 以上によれば,本件発明は,甲1動画との関係で新規性,進歩性欠如の 無効事由を有するものとは認められないとした本件審決の判断は,結論において誤りはない。よって,取消事由1は理由がない。」