ラベル 優先権の効果 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 優先権の効果 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2025年7月27日日曜日

パリ条約優先権の利益を享受できるか否かが争点となった事例

 知財高裁令和7年6月26日判決

令和5年(行ケ)第10147号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例は、無効審判の審決(請求棄却)の取り消しを求めた審決取消訴訟の知財高裁判決である。

 本件被告は、CRISPR/Cas9 システムを用いたDNA修飾方法に関する特許第6692856号の特許権者である。本件特許は3つのパリ条約優先権主張基礎出願があり、そのうち最早の米国特許出願が「第1優先基礎出願」である。第1優先基礎出願にかかる特許出願書類は「第1出願書類」と称される。

 無効審判では、請求人(取消訴訟原告)は、本件特許は、第1優先権基礎出願に基づく優先権主張の利益を享受することができず、このため本件特許は、甲1出願および甲2出願に記載された発明であり、特許法29条の2(拡大先願)により無効とされるべきであると主張した。

 無効審判および知財高裁判決では、ともに、本件特許は、第1優先権基礎出願に基づく優先権主張の利益を享受することができると判断され、請求が棄却された。

 知財高裁の主な判示事項:

「本件発明が、実質的に第1出願書類の全体に記載されていると認められるためには、当業者が第1出願書類の全体の記載及び本件優先日当時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤等を要さずに本件発明を実施することができたと認められる必要がある。」

「本件優先日時点で本件発明者らが実験に成功していなかったというだけで、第1出願書類における本件発明の開示が不十分になるわけではない。第1出願書類の記載に基づき、過度の試行錯誤を要するまでもなく、本件発明を実施することができると認められるのであれば、開示としては十分である。そもそも、生命科学の実験において、実験条件を変えながら最適な条件を見つけることは通常の試行錯誤の過程であると考えられる。原告が指摘するメールの内容等は、いずれも通常の試行錯誤の過程における仮想的な可能性や懸念について意見交換等しているものにすぎず、それだけでは、当業者において、過度の試行錯誤を要するような障壁があったことを認めることは困難である。」

「第1出願書類には、CRISPR/Cas9システムを真核細胞内の標的DNAに適用するという技術的思想が開示され、本件優先日当時の周知技術と組み合わせれば本件発明を実施することが可能な程度に具体的な記載がされていたと認められる以上、実施例の記載がなくても、なお、本件発明について本件優先日を出願日とする優先権の主張を認めることは妨げられないというべきである。」

 

2.本件特許の内容

 本件特許は請求項1~111を含む。このうち請求項1に係る発明は下記の通りである。

「【請求項1】

 標的DNAを修飾する方法であって、

 細胞内で該標的DNAを複合体と接触させることを含み、

 該複合体は、

(a)Cas9ポリペプチド並びに

(b)DNA標的化RNAであって、

(i)該標的DNA内の配列に対して相補的なヌクレオチド配列を含むDNA標的化セグメント;および

(ii)前記Cas9ポリペプチドと相互作用するタンパク質結合セグメントであって、該タンパク質結合セグメントは、ハイブリダイズして二本鎖RNA(dsRNA)を形成する、2つの相補的な一続きのヌクレオチドを含み、前記dsRNAは、tracrRNAおよびCRISPR  RNA(crRNA)の相補的ヌクレオチドを含む、該タンパク質結合セグメント

を含むDNA標的化RNA

を含む複合体であり、

 該細胞は、植物細胞、動物細胞または単細胞真核生物であり、

 該細胞は、インビボのヒト細胞ではなく、ヒト生殖細胞ではなく、およびヒト胚細胞で

はなく、

 該修飾は標的DNAの切断である、

 前記標的DNAを修飾する方法。」

 

3.裁判所の判断のポイント

「1 当裁判所は、本件審決に判断の誤りはなく、原告の請求は理由がないものと判断する。その理由は、次のとおりである。

2 争点1(本件発明の優先日)について

 本件特許は、パリ条約による優先権を主張しているところ、パリ条約4条A項は、いずれかの同盟国において正規に特許出願をした者に優先権を認めている。そして、同条H項は「優先権は、発明の構成部分で当該優先権の主張に係るものが最初の出願において請求の範囲内のものとして記載されていないことを理由としては、否認することができない。ただし、最初の出願に係る出願書類の全体により当該構成部分が明らかにされている場合に限る。」旨規定している。すなわち、本件発明について、第1優先基礎出願に基づくパリ条約による優先権の主張が認められるかどうかは、特許請求の範囲だけではなく、実質的にみて第1出願書類の明細書を含む出願書類全体に記載されていると認められる事項に基づき判断すべきものである。仮に本件発明が第1出願書類全体の記載に本件優先日当時の当業者の技術常識を組み合わせたとしても当業者において実施することができなかった発明であると認められる場合は、本件発明は、第1出願書類の全体に記載されていた事項であるとは認められず、パリ条約による優先権の主張の効果は認められないというべきである。したがって、本件発明が、実質的に第1出願書類の全体に記載されていると認められるためには、当業者が第1出願書類の全体の記載及び本件優先日当時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤等を要さずに本件発明を実施することができたと認められる必要がある。

そこで、以上を踏まえて、検討する。

2-1 本件発明について

⑴ 前記第2の3のとおり、本件発明に係る特許請求の範囲は、別紙「特許請求の範囲の記載」のとおりである。

⑵ 本件発明は、侵入する外来DNAを切断する原核生物の免疫システム(CRISPR/Cas9 システム)を利用し、DNA標的化RNA及び Cas9 ポリペプチドからなる複合体を真核生物細胞内の標的DNAに接触させることにより、標的DNAを切断する方法等の発明である。その概要は、別紙「本件発明の概要」記載のとおりである。本件明細書(甲33)には、「DNA標的化RNA」と「部位特異的修飾ポリペプチド」の複合体により標的DNAを切断することができること、使用する部位特異的修飾ポリペプチドが Cas9である場合、標的DNA内の部位特異的切断は、DNA標的化RNAと標的DNAの間の塩基対形成の相補性、および、標的DNA内のプロトスペーサー隣接モチーフ(PAM配列)の両方によって決定される位置で起きること、PAM配列は、Cas9 の種類によって異なること、部位特異的修飾ポリペプチドは、核に標的化するための核局在化シグナル(NLS)を含み得ること、部位特異的修飾ポリペプチドは、コドン最適化され得ること、実施例として、ヒト細胞の標的部位における二重鎖DNA切断が確認されたこと等が開示されている。

・・・(略)・・・

2-5 検討

(1)第1出願書類の開示内容

ア 前記2-2⑴のとおり、第1出願書類に開示された発明は、細胞及び生物全体の遺伝子操作のため特定のDNA配列を標的とするように設計・操作されたヌクレアーゼを用いる方法である従来技術に代えて、各新規な標的配列ごとに新規なタンパク質(ヌクレアーゼ)の設計を要することなく、標的DNAへのヌクレアーゼ活性の正確な標的化を可能にするという課題を解決する技術を提供するものである(前記2-2⑴ア、イ参照)。

 そして、課題解決手段として、「標的DNA」を、「DNA標的化RNA」及び「部位特異的修飾ポリペプチド」を含む複合体と接触させることにより、標的DNAを部位特異的に修飾するという技術が開示されている(CRISPR/Cas9 システム。前記2-2⑴ウ参照)。

 さらに、当該技術に関し、「標的DNA」が真核細胞の細胞内染色体であり得ること、「DNA標的化RNA」には2つのセグメントがあり、「DNA標的化セグメント」は、標的DNA内の配列に対し相補的なヌクレオチド配列を含み、ハイブリダイズして標的DNAと相互作用することで部位特異的修飾ポリペプチドを標的DNAに導くものであり、「タンパク質結合セグメント」は、ハイブリダイズして二本鎖RNAを形成する互いに相補的なヌクレオチドを含み、部位特異的修飾ポリペプチドと結合するものであること、「部位特異的修飾ポリペプチド」は、天然の各種細菌由来の Cas9 ポリペプチドアミノ酸配列であり、これが「DNA標的化RNA」の「タンパク質結合セグメント」と結合して複合体となり、「DNA標的化RNA」の「DNA標的化セグメント」の標的DNAとの前記ハイブリダイズにより、複合体が標的DNA内の特定の配列に導かれ、複合体の Cas9 ポリペプチドのヌクレアーゼ活性により、標的DNAを部位特異的に二重鎖切断することが開示されている(前記2-2⑴エ(ア)~(ウ)参照)。

 そして、実施例においては、実施例1では、3つの異なる標的DNA(A~C)に、DNA標的RNA(DNA標的化セグメントとタンパク質結合セグメントを含むもの)と部位特異的修飾ポリペプチド(S.pyogenes由来の Cas9 ポリペプチド)を緩衝液中で複合体としたものを添加したところ、標的DNAを部位特異的に切断することができたこと(図3)、実施例2では、共通の標的DNAに、由来の異なる Cas9 ポリペプチド及び共通のDNA標的化RNA(DNA標的化セグメントとタンパク質結合セグメントを含むもの)を添加したところ、いずれも標的DNAの切断が示されたこと(図5)が、それぞれ実験結果に基づいて記載されている(前記2-2⑴オ参照)。

 このように、第1出願書類には、標的DNAを部位特異的に修飾するCRISPR/Cas9 システム(DNA標的化RNAと部位特異的修飾ポリペプチドの複合体)の構成と各構成要素の構造や作用、標的DNAの切断(二本鎖切断)に至る機序・仕組みについて具体的に記載されている。また、実施例により、複合体を作成し標的DNAを切断することができることも具体的に示されている。

イ 他方、部位特異的DNAヌクレアーゼを操作するための主要な従来技術には「ZFN」「TALEN」があるところ、前記2-3⑴のとおり、これらの技術に関する研究では、本件優先日前に既にヒト細胞等の真核細胞のDNAを標的とする遺伝子操作が研究・実施されていた(乙87、89、91、94、96)。第1出願書類においても、遺伝子改変された細胞の使用態様として、疾患治療・遺伝子治療等の目的や、農業における遺伝子改変された生物の生産や生物学的研究等の目的のために使用されることが記載され、ヒトや哺乳類等に使用されることが述べられている(前記22⑴エ(オ))。

 また、第1出願書類では、CRISPR/Cas9(DNA標的化RNAと部位特異的修飾ポリペプチド)を細胞内に導入する方法として、これらをコードするヌクレオチドを含む任意の発現ベクターを、公知の方法(感染、リポフェクション、エレクトロポレーション等)で細胞に導入することができること、これらをRNAとして、周知の技術(マイクロインジェクション、エレクトロポレーション等)で細胞に導入することができること、Cas9ポリペプチドは、必要に応じて生成物の溶解性を増大させるポリペプチドドメインを融合させたり、浸透性ドメインに融合させたりして、細胞による取り込みを促進してもよいことなど、発現ベクターやRNA、ポリペプチド等を細胞に導入する周知の技術的手段を使用することができることが、それぞれ具体的に記載されている(前記2-2⑴エ(エ))。

 このように、第1出願書類においては、標的DNAを部位特異的に修飾するCRISPR/Cas9システム(DNA標的化RNAと部位特異的修飾ポリペプチドの複合体)について、これを細胞内に導入する方法等に関し従前からの周知の技術による方法を記載しているのみならず、CRISPR/Cas9システムの適用対象についても、従来技術の適用対象を踏まえ、真核細胞が言及され、想定されていたということができる。

ウ 以上のとおり、第1出願書類には、遺伝子操作に関する従来技術に代わり得る技術を提供するものとして、標的DNAを部位特異的に修飾するCRISPR/Cas9 システム(DNA標的化RNAと部位特異的修飾ポリペプチドの複合体)の技術が開示され、その構成や、複合体の作成・細胞内への導入の方法(真核細胞に対するものを含む。)、その標的DNAの切断の機序が具体的に記載されている。

 これらの記載によれば、第1出願書類には、CRISPR/Cas9システムを真核細胞内の標的DNAに適用するという技術的思想が開示され、本件優先日当時の周知技術と組み合わせれば実施することが可能な程度に本件発明の具体的な説明が記載されていたものと認めるのが相当である。

⑵ 原告の主張(PAM配列)について

ア 原告は、第1出願書類全体において、PAM配列に関する記載はなく、本件優先日時点で、文献においても、PAM配列が真核細胞内の標的DNA配列を切断するのに必要であることは、何ら記載されていないから、周知技術とはならないなどと主張する。

イ しかしながら、PAM配列に関しては、被告らが挙げる文献(乙 15、19、25)を含め、本件優先日時点で多くの文献によって言及されており、PAM配列が、細菌の免疫システムにおいて自己と非自己を区別するだけでなく、標的DNAの切断のプロセスに関係しており、標的DNAの切断のためには、標的DNAの配列の下流にPAM配列が存在することが必要であり、PAM配列が変異すると CRISPR/Cas システムによる標的DNAの切断に影響が出ることなどが開示されている(前記2-3⑵参照)。すなわち、細菌(原核生物)の CRISPR/Cas システムを利用したDNA切断にPAM配列が必要であることは、本件優先日当時、多くの文献に記載されており、当業者には周知であったということができる。

 さらに、文献によれば、Cas9 の種類によりPAM配列が異なることや、PAM配列の具体列が開示されている。タイプⅡCRISPR/Casシステムに属するS.thermophilus の CRISPR1、CRISPR3のPAM配列は、NNAGAAW 及びNGGNG、CRISPR-10のPAM配列は、NGGNGであり、Streptococcus pyogenes、S. agalactiae 及び Listeria monocytogenes の CRISPR-10 のPAM配列は、より短いモチーフである NGG であるとされる(前記2-3⑵ケ参照)。第1出願書類には、PAM配列について明示的に言及した部分はないものの、その実施例であるS.pyogenes のCas9 による切断緩衝液中の実験を説明するために掲載された図3C(実施例1)及び図5B(実施例2)の標的DNAの配列は、いずれも各図中の非標的鎖と記載された鎖(ターゲッターRNAのDNA標的化セグメントと相補鎖を形成している部分の非標的鎖)の3’側にNGGを含むものであり、前記文献上の知見に整合する構造が示されている。したがって、Cas9の種類によりPAM配列が異なることや、その具体的な配列も、本件優先日には明らかにされていた事項である。

 CRISPR/Cas9システムは、自然界に存在する部位特異的修飾ポリペプチド(Cas9)の属性を利用し、標的のDNAを切断する仕組みである。本件優先日当時、同仕組みを利用してDNAを切断する場合に原核細胞においてのみPAM配列が必要であり、真核細胞においては不要になると考えることが通常であったことを窺わせるような事情も見当たらない。そうすると、本件優先日当時、真核細胞において、CRISPR/Cas9システムを利用してDNAを切断する際も、標的DNA配列の下流にPAM配列が存在する必要があるということは、当業者にとって容易に予測し、確認することができた事項というべきである。

 なお、原告は、PAM配列の認識とCas9タンパク質による切断の関連性を導き出すことはできないなどと主張する。しかし、前記のとおり、本件優先日前の文献上PAM配列の存在が知られていたのみならず、PAM 配列の不存在又は変異が免疫効果(標的DNAの切断)を妨げるという関連性が知られていたのであるから、CRISPR/Cas9システムにおいて標的DNAの切断を成功させるためにPAM配列の存在が必要であることを当業者において推認することが困難であったとは認められない。

 また、原告は、本件における当業者は、CRISPR/Cas9システム自体を研究している者ではなく、同システムを遺伝子改変のための実験等に利用する分子生物学分野の一般的研究者、学生等を基準とすべきであることを前提として、本件優先日当時、PAM配列の知見が当業者の技術常識であったということはできないなどと主張する。

 しかしながら、CRISPR/Cas9システムを遺伝子改変のための実験等に利用しようとするのであれば、そのシステムの仕組みは重要な前提事項であるから、分子生物学分野の一般的研究者、学生等であっても、当該システムに関し既に公表され、一定期間を経過した文献を通じて得られる程度の知識は、通常の知識として有しているものと考えられる。このことは、本件優先日後、CRISPR/Casシステムを利用し、Cas9ヌクレアーゼによりヒト及びマウス細胞で遺伝子座の正確な切断をすることができたことを明らかにした論文(乙99の1及び2「CRISPR/Casを用いた多重ゲノム工学」2013年1月3日Web公開)の著者らが、その注22及び23において、それぞれ本件優先日前にPAM配列の存在について触れていた論文(乙24の1及び2,「ストレプトコッカス・サーモフィルスにおけるCRISPRコード耐性に対するファージ反応」(Journal of Bacteriology;Vol.190(4),1390,2007年12月7日)及び乙20,「短いモチーフ配列は原核生物のCRISPR防御系システムの標的を決定する 」(Microbiology;Vol.155(3),733,2009年3月))を引用していることからも窺うことができる。そして、PAM配列に関する前記の文献の数及びその内容の具体性に照らせば、原告の主張するような者を当業者と解したとしても、本件優先日前に明らかにされていたPAM配列に関する知見を当業者にとっての周知技術又は技術常識として考慮することは妨げられないというべきである。原告の主張は採用することができない。

ウ 以上によれば、本件優先日において、CRISPR/Cas9システムにおけるPAM配列の存在及びその役割は当業者の技術常識の範疇に属するものであったと認めるのが相当であり、原告の主張を採用することはできない。

⑶ 原告の主張(NLS、コドン最適化)について

ア 原告は、本件優先日時点で、NLS・コドン最適化は、周知技術ではなかったなどと主張する。

イ しかしながら、前記のとおり、本件優先日において、タンパク質を効率よく染色体が存在する核内へ輸送するために、核局在化シグナル(NLS)を付加する技術が利用されていたことが認められるから、NLSは周知慣用技術であったというべきである(前記2-3⑶)。

 また、前記のとおり、本件優先日において、外来遺伝子を宿主細胞内で効率よく発現させるために、宿主細胞に応じてコドンを最適化する技術が利用されていたことが認められるから、コドン最適化についても周知慣用技術であったというべきである(前記2-3⑶)。

 なお、そもそも、NLSを有さず、又はコドン最適化を実施しなくても、Cas9による標的DNAの切断(ゲノム編集)が可能であったことが認められるから、CRISPR/Cas9システムに必須の技術であったとはいい難い(前記2-3⑶)。

ウ よって、本件優先日の時点で、CRISPR/Cas9システムにおいて、NLS及びコドン最適化は、必須の技術ではなかったが、いずれも、多くの文献において実施が報告されており、CRISPR/Cas9システムにも応用可能な周知技術であったと認めるのが相当である。よって、原告の主張を採用することはできない。

⑷ 原告の主張(真核細胞への適用)について

ア 原告は、本件発明者らは、本件優先日において、真核細胞への適用について実験に成功しておらず、また、CRISPR/Cas9システムを真核細胞に適用する場合には、①RNAの分解(甲 49~51)、②構成及び複合体の形成と持続性(甲 48、49、52、53)、③毒性(甲 40、41、54)、④複雑な真核生物環境でのクロマチン結合DNAの作用の失敗(甲 38、48、49、

52、55、56、57、60)等の障壁があるから、過度の試行錯誤なく実施することができるものとはいえないなどと主張する。

イ しかしながら、本件優先日時点で本件発明者らが実験に成功していなかったというだけで、第1出願書類における本件発明の開示が不十分になるわけではない。第1出願書類の記載に基づき、過度の試行錯誤を要するまでもなく、本件発明を実施することができると認められるのであれば、開示としては十分である。そもそも、生命科学の実験において、実験条件を変えながら最適な条件を見つけることは通常の試行錯誤の過程であると考えられる。原告が指摘するメールの内容等は、いずれも通常の試行錯誤の過程における仮想的な可能性や懸念について意見交換等しているものにすぎず、それだけでは、当業者において、過度の試行錯誤を要するような障壁があったことを認めることは困難である。

 むしろ、本件発明者らが第1優先基礎出願に係るCRISPR/Cas9システムを刊行物(乙 12・2012 年 6 月 28 日)に発表した後、2012 年 10 月から2013 年1月までの短期間に、多くの研究者により、CRISPR/Cas9システムを真核細胞に適用しゲノム編集ができたことが報告されたことが認められる(前記2-4参照)。このことは、当業者において、第1出願書類の記載に基づき、過度の試行錯誤を要するまでもなく、本件発明を実施することができたことを示すものである。

ウ そうすると、CRISPR/Cas9システムの真核細胞への適用について、仮に、原告の指摘するような問題点があったとしても、過度の試行錯誤を要するものとはいえず、原告の主張を採用することはできない。

⑸ 原告の主張(実施例の要否)について

 原告は、本件発明は、ライフサイエンス分野の先駆的技術に係るものであって効果の予測が難しく、真核細胞への適用には種々の障壁等も存在するから、実施例のない第1出願書類の明細書の記載から、過度の試行錯誤を要することなくCRISPR/Cas9システムの真核細胞への適用をすることができるとはいえないなどと主張する。

 しかしながら、前記のとおり、第1出願書類には、CRISPR/Cas9システムを真核細胞内の標的DNAに適用するという技術的思想が開示され、本件優先日当時の周知技術と組み合わせれば本件発明を実施することが可能な程度に具体的な記載がされていたと認められる以上、実施例の記載がなくても、なお、本件発明について本件優先日を出願日とする優先権の主張を認めることは妨げられないというべきである。

 原告の主張を採用することはできない。

⑹ 以上によれば、本件発明は、第1出願書類全体の記載及び出願時の技術常識に基づき、実質的にみれば開示されていたというべきであり、本件特許に係る分割出願の対象となった国際特許出願がパリ条約4条C⑴の優先期間内にされたものであることは当裁判所に顕著であるから、本件発明は、パリ条約4条A⑴により第1優先基礎出願に基づく優先権主張の利益を享受することができるものと認められる。」

x

2024年4月15日月曜日

国内優先権主張の遡及効が争われた事例

 知財高裁令和6年3月26日判決
令和5年(行ケ)第10057号 審決取消請求事件
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/886/092886_hanrei.pdf
 
1.概要
 本事例は被告が有する特許権に対する原告による無効審判の審決(権利有効の判断)の取消を求めた審決取消訴訟の知財高裁判決である。
 特許権は2回の国内優先権主張を伴う。最初の基礎出願を優先権出願1とし、2回目の基礎出願を優先権出願2とする。優先権出願1と2との間に公知となった発明があるため、優先権出願1への遡及効が争点となった。
 本件発明は、害虫忌避組成物を噴射する噴射製品に関するものであり、害虫忌避成分として2つの物質(「EBAAP」及び「イカリジン」)のうち少なくとも1つを含むことが特定されている。優先権出願1にはEBAAPを用いた実験結果のみが記載されており、イカリジンを用いた実験結果は記載されていなかった。イカリジンを用いた実施例は、優先権出願2において追加された。
 知財高裁は、「優先権出願1の明細書等には、本件訂正発明1について、害虫忌避成分をイカリジンとする部分を含めて、その技術内容が、当該の技術分野における通常の知識を有する者(当業者)が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていると認められる」として、優先権出願1への遡及効を認める判断を示した。
 
2.訂正後の請求項1に係る発明(本件訂正発明1)
【請求項1】
 害虫忌避成分を含む害虫忌避組成物が充填され、前記害虫忌避組成物を噴射する噴口が形成された噴射製品(ただし、噴射剤を含む場合を除く)であり、
 前記害虫忌避組成物は、20°Cでの蒸気圧が2.5kPa以下であり、かつ、噴射後の揮発を抑制するための揮発抑制成分(ただし揮発抑制成分がグリセリンである場合を除く)を、害虫忌避組成物中、10質量%以上含み、
 前記害虫忌避成分は、3-(N-n-ブチル-N-アセチル)アミノプロピオン酸エチルエステル、1-メチルプロピル 2-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペ リジンカルボキシレートからなる群から選択される少なくとも1の成分であり、
 前記噴口から15cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物の50%平均粒子径r15と、前記噴口から30cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物の50%平均粒子径r30との粒子径比(r30/r15)が、0.6以上となるよう調整され、
 前記噴口から30cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物の50%平均粒子径r30が、50μm以上となるよう調整された、噴射製品。
 
略語について
「EBAAP」=3-(N-n-ブチル-N-アセチル)アミノプロピオン酸エチルエステル
「イカリジン」=1-メチルプロピル 2-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペリジンカルボキシレート
「50%平均粒子径r15」=「前記噴口から 15cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物の50%平均粒子径r15」
「50%平均粒子径r30」=「前記噴口から30cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物の50%平均粒子径r30」
「粒子径比(r30/r15)」=「前記噴口から15cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物の50%平均粒子径r15と、前記噴口から30cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物の50%平均粒子径r30との粒子径比(r30/r15)」
 
3.裁判所の判断のポイント
「原告は、本件訂正発明1の要旨となる技術的事項のうち害虫忌避成分を「イカリジン」とする部分に、優先権出願1を基礎とする優先権主張の効果は認められないと主張するため、以下検討する。
(1) 特許法41条1項の規定による優先権(国内優先権)の主張を伴う後の出願に係る発明のうち、その国内優先権の主張の基礎とされた先の出願の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲若しくは実用新案登録請求の範囲又は図面(以下、これらを合わせて「当初明細書等」という。)に記載された発明については、新規性(29条1項)、進歩性(29条2項)等の実体審査に係る規定の適用に当たり、当該後の出願が当該先の出願の時にされたものとみなされる(特許法41条2項)。
 そして、国内優先権主張の効果が認められるかどうかについては、後の出願の特 許請求の範囲の文言が、先の出願の当初明細書等に記載されたものといえる場合であっても、後の出願の明細書の発明の詳細な説明に、先の出願の当初明細書等に記載されていなかった技術的事項を記載することにより、後の出願の特許請求の範囲 に記載された発明の要旨となる技術的事項が、先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えることになる場合は、その超えた部分については優先権主張の効果は認められないと解するのが相当である。
・・・(略)・・・
(4) 本件訂正発明1(害虫忌避成分が「イカリジン」である場合を含む)の要旨となる技術的事項が、優先権出願1の明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えるものであるか
ア 上記(2)イで認定したとおり、優先権出願1の明細書等には、ディートに代わる害虫忌避成分として、3-(N-n-ブチル-N-アセチル)アミノプロピオン酸エチルエステル(EBAAP)、p-メンタン-3,8-ジオール、1-メチルプ ロピル 2-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペリジンカルボキシレート(イカリジン)に共通して、「使用者の鼻や喉等の粘膜を刺激しやすい害虫忌避成分が配合されているにもかかわらず、粘膜への刺激が低減された噴射製品および噴射方法を提供する」という課題を有し、前記(2)イ(ウ)に認定した1~3の特徴を有すること、すなわち、所定量の揮発抑制成分を添加するなどして、50%平均粒子径r30と粒子径比(r30/r15)がそれぞれ所定の値以上(粒子径比(r30/r15)が0.6以上、50%平均粒子径r30が50μm以上)となるよう調整することにより、上記課題を解決することが記載されている。
 また、前記1(2)ア~ウ及びオのとおり、本件訂正発明1に関する背景技術、課題、解決手段に加えて、発明の効果に関するメカニズムや各構成要件の技術的意義については、本件明細書の【0001】、【0002】、【0004】~【0007】、【0009】、【0012】~【0015】、【0023】及び【0024】等に記載されているが、ほぼ同一の記載が、前記(2)イ(ア)~(ウ)及び(オ)のとおり、優先権出願1の明細書の【0001】、【0002】、【0004】~【0008】、【0012】~ 【0015】、【0017】、【0018】、【0026】及び【0027】において記載されていたものといえる。
イ また、本件訂正発明1の発明特定事項は、いずれも優先権出願1の特許請求の範囲の請求項1又は2に記載されており、害虫忌避成分としてEBAAPと同様にイカリジンも明記されていたものといえる。
ウ 前記(2)イ(エ)及び(3)イ(イ)のとおり、優先権出願1の明細書等において、実施例として記載されているのは、害虫忌避成分としてEBAAPを含む噴射製品のみであり、害虫忌避成分としてイカリジンを含む噴射製品に係る実施例は、優先権出願2の明細書等(実施例5及び7)により追加されたものであるが、当該実施例は、本件訂正発明1の実施に係る具体例であるとともに、優先権出願1の特許請求の範囲の請求項1又は2に発明特定事項が記載されていた発明の実施に係る具体例を確認的に記載したものと理解できるから、優先権出願1の明細書等に記載された技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものとはいえない。
エ したがって、本件訂正発明1の要旨となる技術的事項は、イカリジンを含む部分も含めて優先権出願1の明細書等において記載された技術的事項の範囲を超えるものではないから、本件訂正発明1は、害虫忌避成分をイカリジンとする部分についても、優先権出願1に基づく国内優先権主張の効果が認められる。
 
・・・(略)・・・
 
 そして、前記のとおり、優先権出願1の明細書等には、本件訂正発明1に関する背景技術、課題、解決手段に加えて、発明の効果に関するメカニズムや各構成要件の技術的意義が記載されており、これらはEBAAP、p-メンタン-3,8-ジオール及びイカリジンに共通して適用されることも把握できるものといえる。すなわち、優先権出願1の明細書等には、本件訂正発明1について、害虫忌避成分をイカリジンとする部分を含めて、その技術内容が、当該の技術分野における通常の知識を有する者(当業者)が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていると認められる。
 これに対し、原告は、EBAAPとイカリジンとは物質として害虫忌避作用があるということのほかには類似性がないこと等により、イカリジンを害虫忌避成分とする場合にEBAAPと同様の結果となるかどうかは判断できず、優先権出願2の出願時にイカリジンに関する実施例を追加することで、初めて実験による技術上の裏付けがされ完成したものであることを主張する。
 この点、本件訂正発明1では、害虫忌避組成物の50%平均粒子径r30が、成分の揮発によって小さくなることを抑制するために、蒸気圧が小さい揮発抑制成分(2 0°Cでの蒸気圧が2.5kPa以下)を配合しているところ(本件明細書の【00 14】)、一般に、物質の揮発しやすさ(揮発性、揮発度ともいう。)は、その成分の蒸気圧によって決定されるものであり(甲64)、蒸気圧が小さいものは揮発しにくく、蒸気圧が大きいものは揮発しやすいものであるといえる。そこで、20°CにおけるEBAAPやイカリジンの蒸気圧についてみると、EBAAPが0.0001 5kPa(=0.15Pa、甲27)、イカリジンが0.000034kPa(=3. 4×10-4hPa、甲28)であるのに対し、揮発抑制成分の蒸気圧は、1,3-ブチレングリコールが0.008kPa(=0.08hPa、甲39)、プロピレン グリコールが0.0107kPa(=0.08mmHg、甲40)、水が2.3366kPa(甲3の1・2)であり、溶剤の蒸気圧は、無水エタノールが5.8kP a(甲65)であって、EBAAPとイカリジンの蒸気圧は、揮発抑制成分の蒸気圧や溶剤の蒸気圧に比べて極めて小さいものといえる。これらのことからすると、EBAAPとイカリジンはほとんど揮発しないという点では変わりがないから、両者の蒸気圧の違いは、粒子径比(r30/r15)や50%平均粒子径r30に対して与える影響を無視できるものといえる。そうすると、当業者は、EBAAPとイカリジンの蒸気圧を考慮すると、害虫忌避成分としてEBAAPとイカリジンのいずれを使用しても、害虫忌避成分の揮発による粒子径や粒子径比(r30/r15)への影響は変わらないものと理解できる。
 したがって、本件訂正発明1のうち害虫忌避成分をイカリジンとする部分は、少 なくとも優先権出願2におけるイカリジンに関する実施例を追加することで、初めて実験による技術上の裏付けがなされ完成したものであるとする原告の主張は採用できない。」

2022年4月2日土曜日

優先権主張の遡及効が争われた事例

知財高裁令和4年2月9日判決言渡

令和2年(ネ)第10059号 特許権侵害差止請求控訴事件

(原審・東京地裁平成30年(ワ)第18555号)

 

1.概要

 本事例は特許権侵害訴訟での知財高裁判決において、侵害不成立の東京地裁判決が棄却され、差し止めが認容された事例である。

 特許権者である控訴人(一審原告)が有する特許権に係る発明(本件訂正発明)は、「物を生産する方法」の発明である。本件特許は(国内)優先権主張を伴う特許出願を原出願とする分割出願であった。

 特許法104条は,物を生産する方法の発明について特許がされている場合において,その物が「特許出願前に日本国内において公然知られた物」でないときは,その物と同一の物は,その方法により生産したものと推定する旨規定する。本事例では、「特許出願前に日本国内において公然知られた物」の判断基準日を巡って、本件特許が優先権の利益を享受できるかどうかが争われ、優先権の遡及効を東京地裁は否定したのに対し知財高裁は肯定した。東京地裁は優先権基礎出願の文言の明示的記載のみを考慮して優先権の範囲を狭く判断したが、知財高裁は優先権基礎出願の文言に加えて技術常識等も考慮して優先権を広く判断した。

 

2.本件訂正発明

「A’ ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類にアルギニンを添加すること,及び,

B’-1 前記ダイゼイン類と前記アルギニンを含む発酵原料を

B’-2 オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物で発酵処理することを含む,

C’ オルニチン及びエクオールを含有する粉末状の発酵物の製造方法であって,

D’ 前記発酵処理により,前記発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオールを生成し,及び

E’ 前記発酵物が食品素材として用いられるものである,前記製造方法。」

 

3.優先権に関する争点

 本件原出願明細書(本件特許は分割出願である)の段落0093には「ダイゼイン類を含む発酵原料」について以下の記載がある。

「また,ダイゼイン類を含む発酵原料としては,ダイゼイン類を含む限り,特に制限されるものではないが,安全性の観点から,食品素材としても利用可能なものが好適である。ダイゼイン類を含む発酵原料としては,具体的には,大豆,大豆胚軸,大豆胚軸の抽出物,豆腐,油揚げ,豆乳,納豆,醤油,味噌,テンペ,レッドクローブ又はその抽出物,アルファルファ又はその抽出物等が挙げられる。これらの中でも,大豆胚軸は,ダイゼイン類を豊富に含んでいるので,ダイゼイン類を含む発酵原料として好ましい 。」

 すなわち、本件訂正発明における構成B’-1におけるダイゼイン類を含む発酵原料は、大豆胚軸を包含するがそれには限定されない概念である。

 

 一方、本件特許の優先権基礎出願(分割原出願の優先権基礎出願)では発酵原料として明示的に記載されているのは「大豆胚軸」だけであり、「大豆胚軸」以外のものを発酵原料とすることは明示的には記載されていない。

 そこで、本件訂正発明が優先権の利益を享受することができるのか否かが争われた。

 

4.東京地裁の判断

「本件発明の方法に係る発酵原料は,「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類」であって,本件明細書においても,様々なダイゼイン類が開示されているのに対し,優先権基礎出願の明細書(乙B1の1~3)を精査しても,これらに開示されている発酵原料は「大豆胚軸」のみであって,「大豆胚軸」以外のダイゼイン類は開示されていない。そうすると,本件発明のうち,発酵原料が大豆胚軸である発明については,上記「本件特許の特許出願」日は,優先日である2007年(平成19年)6月13日となる一方,発酵原料が大豆胚軸以外のダイゼイン類である発明については,上記「本件特許の特許出願」日は,親出願日である2008年(平成20年)6月13日となると解するのが相当である。」

 

5.知財高裁の判断

「前記(ア)(イ)のとおり,基礎出願に明示的に発酵原料として記載されているのは「大豆胚軸」だけであり,「大豆胚軸」以外のものを発酵原料とできることを明示する記載が追加されたのは,本件原出願以降である。

 しかし,基礎出願では,「ダイゼイン類」を資化してエクオールを産生する能力を有する微生物を使用するとされている上,基礎出願の実施例で使用されているラクトコッカス20-92株がそのような微生物の一例として記載されている(基礎出願Aの段落【0013】,【0014】,基礎出願Bの段落【0015】,【0016】,基礎出願Cの段落【0014】,【0015】)。また,基礎出願では,「・・・大豆胚軸の発酵において,発酵原料となる大豆胚軸には,必要に応じて,発酵効率の促進や発酵物の風味向上等を目的として,・・・栄養成分を添加してもよい。」と記載されており(基礎出願Aの段落【0018】,基礎出願Bの段落【0020】,基礎出願Cの段落【0019】),基礎出願において,「水」と「アルギニン」以外の栄養成分を添加することは排除されていない。さらに,基礎出願では,「また,使用する発酵原料(大豆胚軸含有物)には,更に,前記ダイゼイン類を含むイソフラボンを添加しておいてもよい。」と記載されており(基礎出願Aの段落【0020】,基礎出願Bの段落【0022】,基礎出願Cの段落【0021】),「ダイゼイン類」を含むイソフラボンを発酵原料とすることが想定されているということができる。

 そして,前記(ア)a,bのとおり,基礎出願A,Bに記載された実施例においては,「大豆胚軸」にアルギニンを添加してラクトコッカス20-92株で発酵処理することにより,「大豆胚軸」に含まれるダイジンが代謝されてエクオールが生成するとともに,同株によりアルギニンがオルニチンに変換されて,粉末状の発酵物が得られることが,具体的な実験結果と共に記載されている(基礎出願Aの段落【0103】~【0106】,基礎出願Bの段落【0074】~【0077】)。また,基礎出願には,「通常,大豆胚軸発酵物の乾燥重量当たり(大豆胚軸発酵物の乾燥重量を1gとした場合),エクオールが1~20mg,好ましくは2~12mg,更に好ましくは5~8mg含まれている。」「エクオール含有大豆胚軸発酵物に含まれるオルニチンの含有量として具体的には,エクオール含有大豆胚軸発酵物の乾燥重量1g当たりオルニチンが5~20mg,好ましくは8~15mg,更に好ましくは9~12mg 程度が例示される。」との記載があり(基礎出願Aの段落【0024】,【0032】,基礎出願Bの段落【0026】,【0034】,基礎出願Cの段落【0025】,【0033】),発酵物の乾燥重量1g当たり,1~20mgのエクオールが通常含まれている旨及び8~15mgのオルニチンが含まれることが好ましい旨の記載があり,これらの下限値が本件訂正発明において特定されているということができる。そして,基礎出願A及びBの発明により得られる発酵物が食品素材であることはそれぞれの請求項の記載から明らかである。

 ところで,証拠(乙B4(JOURNAL OF BIOSCIENCE AND BIOENGINEERING, Vol.102, No.3, 247-250. 2006),16(国際公開第2005/000042号))によると,本件優先日当時,ダイゼインからエクオールが産生されること,ラクトコッカス20-92株がダイゼイン配糖体(例えばダイジン),ダイゼイン,ジヒドロダイゼインを含むダイゼイン類を資化してエクオールを産生すること,ダイジンの場合は,資化されてダイゼインを遊離し,遊離したダイゼインが更に資化されてジヒドロダイゼインとなり,最終的にエクオールが産生されることは,技術常識となっていたと認められる。そうすると,当業者は,基礎出願において,実質的に代謝されるのが「大豆胚軸」中のダイジンなどの「ダイゼイン類」であることを認識していたと認められる。

 以上によると,基礎出願A,Bの上記記載に接した当業者は,上記本件優先日当時の技術常識とを考え併せ,「大豆胚軸」以外の「ダイゼイン類を含む原料」を発酵原料とした場合でも,ラクトコッカス20-92株のようなエクオール及びオルニチンの産生能力を有する微生物によって,発酵原料中の「ダイゼイン類」がアルギニンと共に代謝されるようにすることにより,発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオールを含有する,食品素材として用いられる粉末状の発酵物を生成することが可能であると認識することができたというべきであるから,本件訂正発明を基礎出願A,Bから読み取ることができるものと認められる。

 したがって,本件訂正発明は,少なくとも基礎出願A,Bに記載されていたか,記載されていたに等しい発明であると認められ,本件訂正発明は,基礎出願A,Bに基づく優先権主張の効果を享受できるというべきである。」

2021年3月28日日曜日

パリ優先権の「部分優先」の遡及効に関する重要判決

令和2年11月5日判決言渡

令和元年(行ケ)第10132号審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例は無効審判の審決(特許維持)の取り消しを求めた審決取消訴訟で審決は適法であると判断し原告(無効審判請求人)の請求を棄却した知財高裁判決である。

 特許発明が、パリ優先権の基礎出願から記載されている構成Aと、優先権主張を伴う後の出願で初めて記載された構成Cとを含む構成A+Cという発明(構成Aと構成Cとは独立した発明の構成部分となり得るもの)であり、基礎出願よりも後かつ後の出願よりも前に発明Bが公知となった場合の、優先権の遡及効の範囲が争われた。

 原告は、構成A+Cからなる特許発明の全体は優先日の利益は受けられず、発明Bが先行技術となり新規性進歩性は否定されると主張した。

 しかし知財高裁は、構成A+Cからなる特許発明のうち構成Aについては優先日の利益が受けられ、遡及効の無い構成Cが、発明Bに対し新規性、進歩性を有するかどうかを判断すべきであると判示した。すなわち1発明の中で優先権が認められる範囲は構成要件ごとに判断すべきであるとする「部分優先」の立場を示した。

 

2.本件発明

「【請求項1】

 一連のリンクからなるアイテムを作成するための装置であって,

 前記リンクはブルニアンリンクであり,前記アイテムはブルニアンリンクアイテムであり,

 ベースと,

 ベース上にサポートされた複数のピンと,を備え,

 前記複数のピンの各々は,リンクを望ましい向きに保持するための上部部分と,当該複数のピンの各々の,ピンの列の方向の前面側の開口部とを有し,複数のピンは,複数の列に配置され,相互に離間され,且つ,前記 ベースから上方に伸びている

装置。

【請求項6】

 一連のリンクからなるアイテムを作成するためのキットであって,

 前記リンクはブルニアンリンクであり,前記アイテムはブルニアンリンクアイテムであり,

 リンクを望ましい向きに保持するための上部部分と,複数のピンの各々の,ピンの列の方向の前面側の開口部を含み,ベースによりお互いに対してサポートされた複数のピンを備え,

 前記複数のピンは,複数の列に配置され,相互に離間され,且つ,前記べースから上方に伸びている,

キット。」

 

3.裁判所の判断のポイント

「1 取消事由1(無効理由1:優先権主張の効果不奏功)について

(1) 原告は,本件発明は,本件米国仮出願に記載された発明とは異なる発明であるから,パリ優先権の主張は認められないと主張するので,以下,判断する。

(2) この点に関する原告の主張を正確に記載すると,本件発明は,①ピンが複数の溝を有する構成を含むこと,②ピンバーとベースが一体成型になっている構成を含むこと,③ピンバーをベースの溝ではなく,ベース上の凸部に嵌め込む方式の構成を含むこと,④ピンに,溝ではなく,ピンを貫く間隙を有する構成を含むこと,の4点において,本件米国仮出願にはない構成を含むからパリ優先権が否定され,その結果,甲1動画との関係で新規性,進歩 性を欠き,無効であるというものである。

 しかしながら,本件発明が,その請求項の文言に照らし,原告が新たな構成であると主張する①ないし④の点を含まない構成,すなわち,本件米国仮出願の明細書に記載された実施例どおりの構成を含むことは明らかであるところ(この点は,原告も否定していないものと考えられる。),この構成は,1まとまりの完成した発明を構成しているのであって,①ないし④の構成が補充されて初めて発明として完成したものになるわけではない。このような場合,パリ条約4条Fによれば,パリ優先権を主張して行った特許出願が優先権の基礎となる出願に含まれていなかった構成部分を含むことを理由として,当該優先権を否認し,又は当該特許出願について拒絶の処分をすることはできず,ただ,基礎となる出願に含まれていなかった構成部分についてパリ優先権が否定されるのにとどまるのであるから,当該特許出願に係る特許を無効とするためには,単に,その特許が,パリ優先権の基礎となる出願に含まれていなかった構成部分を含むことが認められるだけでは足りず,当該構成部分が,引用発明に照らし新規性又は進歩性を欠くことが認められる必要があるというべきである。このように解することがパリ条約4条Fの文言に沿うばかりではなく,このように解しないと,例えば,特許権者がAという構成の発明について外国出願をし,その後,その構成を含む発明Bが公知となった後に,わが国において,パリ優先権を主張し,構成Aと,前記外国 出願には含まれないが,発明Bに対して新規性,進歩性が認められる構成Cを合わせた構成A+Cという発明について特許出願をした場合,当該発明は,構成Aの部分は,発明Bよりも外国出願が先行しており,優先権も主張されており,かつ,構成Cは,発明Bに対し新規性,進歩性が認められるにも関わらず,前記外国出願に含まれない構成Cを含んでいることのみを理由として構成Aについての優先権までが否定され,特許出願が拒絶されるという結論にならざるを得ないが,そのような結論は,パリ条約4条Fが到底容認するものではないと考えられるからである。なお,①ないし④も,それぞれ独立した発明の構成部分となり得るものであるから,引用発明に対する新規性,進歩性は,それぞれの構成について,別個に問題とする必要がある。

 この観点から検討すると,甲1によれば,甲1動画に係るツールは,前記③の構成を有していることが認められる。そして,本件発明の請求項は,「ベース上にサポートされた複数のピン」と定めているのみであって,前記③の構成を含むことは明らかであるから,この点において,本件発明は,甲1動画との関係で新規性を欠くものといわなければならない。したがって,パ リ優先権が認められるかどうかを判断するため,さらに,構成③が,本件米 国仮出願に含まれない構成であるかどうかを判断する必要がある。これに対し,甲1動画に係るツールは,前記①,②,④の構成を含むものとは認められないから,新規性が問題となる余地はなく,また,これらの構成が,甲1動画に係る発明に対して進歩性を欠くことを認めるに足りる主張立証はない。そうであるとすると,これらの構成が,本件米国仮出願に含まれない構成であるかどうかを判断するまでもなく,原告の主張は失当というべきである。

(3) そこでさらに,構成③が,本件米国仮出願に含まれない構成であるかどうかについて判断するに,たしかに,米国仮出願書類には,ベースに設けた 溝にピンバーを嵌め込む態様しか記載されていないが,これは実施例の記載にすぎないし,米国仮出願書類全体を検討しても,ベースにピンバーを固定する態様を,この実施例に係る構成に限定する旨が記載されていると理解することはできない。そして,ベースに凹部を設け,その凹部にピンバーを嵌め込む態様の構成(米国仮出願書類の実施例の記載)と,ベースに凸部を設け,この凸部にピンバーを嵌め込む態様の構成(③の構成)とは,まさに裏腹の関係にあるものであって,一方を想起すれば他方も当然に想起するのが技術常識であるといえるから,たとえ明示的な記載がないとしても,ベースに凹部を設ける構成が記載されている以上,ベースに凸部を設ける構成も,その記載の想定の内に含まれているというべきである。

 そうすると,③に係る構成が,本件米国仮出願に含まれない構成であるとはいえないから,この点に関する原告の主張も失当ということになる。

(4) 以上によれば,本件発明は,甲1動画との関係で新規性,進歩性欠如の 無効事由を有するものとは認められないとした本件審決の判断は,結論において誤りはない。よって,取消事由1は理由がない。」

2014年2月1日土曜日

優先権基礎出願明細書に開示はされているものの実際には製造されていない新規化合物について、優先権主張が認められなかった事例

東京高裁平成11年(行ケ)第207号 特許取消決定取消請求事件
 
1.概要

 本件は特許異議申し立ての取消決定に対する取消訴訟の判決である。

 優先権主張を伴う原告特許権の請求項には「化合物I」が記載されている。優先権基礎出願明細書には化合物IIから合成経路1を経て化合物Iを製造することができると記載されている。ただし、化合物IIは基礎出願時の新規物質であるにもかかわらずその製造方法と物性は開示されていない。また、化合物Iの物性等の、化合物Iを実際に確認したデータも開示されていない。

 取消決定では、原告特許権に係る化合物Iは優先権の利益を受けることができず現実の出願日で特許性が判断されるべきと判断された。そして、原告特許権は、現実の出願日よりも前の引用文献によって特許法29条の2の規定により取り消されるべきと判断された。

 

2.裁判所の判断のポイント

「1 化学物質につき特許が認められるためには、それが現実に提供されることが必要であり、単に化学構造式や製造方法を示して理論上の製造可能性を明らかにしただけでは足りず、化学物質が実際に確認できるものであることが必要であると解すべきである。なぜなら、化学構造式や製造方法を机上で作出することは容易であるが、そのことと、その化学物質を現実に製造できることとは、全く別の問題であって、机上で作出できても現実に製造できていないものは、未だ実施できない架空の物質にすぎないからである。そして、ある化学物質に係る特許出願の優先権主張の基礎となる出願に係る明細書に、その化学物質が記載されているか否かについても、同様の基準で判断されるべきことは明らかである。

2 甲第3号証によれば、基礎明細書には、「本発明化合物(判決注・化合物Iを指す。)はまた、以下の合成経路によっても合成することができる。」(10頁10行~12頁1行)として、合成経路1(ただし、(イ)~(リ)の符号は、判決において付したものである。)が記載されているものの、この合成経路1については、他に何らの説明もないことが認められる。また、合成経路1の出発物質である化合物IIが、本件優先日において文献未記載の新規化合物であることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、化合物Iを含め、合成経路1の(ロ)ないし(リ)の化合物は、いずれも文献未記載の新規化合物であることが認められる。

3 化合物IIについて

(1) 化合物IIは、本件優先日において文献未記載の新規化合物であるにもかかわらず、基礎明細書には、その製造方法はもとより、その物性等、これが現実に製造されたことを示す根拠も記載されていないから、実際に確認できるものではない。したがって、化合物IIが基礎明細書に記載されているということはできない。

・・・・

(4) 以上のとおり、化合物IIが、基礎明細書に記載されているということはできない。そうである以上、基礎明細書には、化合物IIを出発物質とする化合物Iは、その製造方法が記載されていないというべきである。しかも、基礎明細書には、化合物Iの物性等、これが現実に製造されたことを示す根拠も記載されていないのであるから、化合物Iは実際に確認できるものではない。したがって、化合物Iが基礎明細書に記載されていると認めることはできないのである。」

2012年3月4日日曜日

優先権の効果に関する審決の判断が覆された事例

知財高裁平成24年2月29日判決
平成23年(行ケ)第10127号 審決取消請求事件

1. 概要
 以下のような状況を仮定する:
基礎出願の開示事項:上位概念A
優先権主張した後の出願:
 請求項1発明=上位概念A
 請求項1に従属する請求項2発明=下位概念a

 この場合、請求項1発明は優先権の利益を享受することができ、請求項2発明は優先権の利益を享受することができない。
 請求項1発明は、その下位概念に請求項2発明を包含していることは事実であるが、そのような場合でも、請求項1発明は下位概念aを主要部に包含するため優先権の利益を受けられない、という判断は通常はなされない。ただし請求項記載の発明の要旨の認定が問題となる「人工乳首事件」平成14年(行ケ)539のようなケースは除く。

 今回の事例では、無効審判審決において、上位概念発明(本件発明1)は、その要旨に、優先権の効果が認められない下位概念発明(本件発明3)を包含していることを理由として、上位概念発明(本件発明1)に優先権の利益は認められないと判断された。審決のこの判断は「人工乳首事件」の考え方に近いと思われるが、この事例では、上位概念発明の発明の要旨の認定が問題となっているわけではない。
 裁判所は審決の判断は妥当ではなく、上位概念発明(本件発明1)は優先権の利益を享受することができると判断した。

2.出願の経緯
平成13年11月13日 特願2001-346977号(第1基礎出願)
平成13年12月18日 特願2001-383987号(第2基礎出願)
平成14年 4月 3日 特願2002-100851号(第3基礎出願)
平成14年10月10日 特願2002-296828号(上記3つの出願を基礎として、国内優先権主張出願)

3.本件発明の内容
【請求項1(本件発明1)】
「ハウジング(3)内に軸心回りに回転可能に挿入されると共に軸心方向の一端から他端へクランプ移動されるクランプロッド(5)であって,片持ちアーム(6)を固定する部分と,上記ハウジング(3)の一端側の第1端壁(3a)に緊密に嵌合支持されるようにロッド本体(5a)に設けた第1摺動部分(11)と,上記ハウジング(3)の筒孔(4)に挿入したピストン(15)を介して駆動される入力部(14)と,上記ハウジング(3)の他端側の第2端壁(3b)に緊密に嵌合支持されるように上記ロッド本体(5a)から他端方向へ一体に突出されると共に周方向へほぼ等間隔に並べた複数のガイド溝(26)を外周部に形成した第2摺動部分(12)とを,上記の軸心方向へ順に設けたクランプロッド(5)と,
 その第2摺動部分(12)に設けた複数のガイド溝(26)にそれぞれ嵌合するように上記ハウジング(3)に支持した複数の係合具(29)とを備え,
 上記の複数のガイド溝(26)は,それぞれ,上記の軸心方向の他端から一端へ連ねて設けた旋回溝(27)と直進溝(28)とを備え,上記の複数の旋回溝(27)を相互に平行状に配置すると共に上記の複数の直進溝(28)を相互に平行状に配置し,
 上記ピストン(15)の両端方向の外方に配置された上記の第1摺動部分(11)と第2摺動部分(12)との2箇所で上記クランプロッド(5)を上記ハウジング(3)に緊密に嵌合支持させて同上クランプロッド(5)が傾くのを防止するように構成した,ことを特徴とする旋回式クランプ。」

【請求項3(本件発明3)】
「請求項1または2の旋回式クランプにおいて,
前記の旋回溝(27)を螺旋状に形成し,その旋回溝(27)の傾斜角度(A)を10度から30度の範囲内に設定した,ことを特徴とする旋回式クランプ。」

4.審決の概要
4.1.本件発明3(請求項3)の優先権の有効性に関する審決での判断
 旋回溝(27)を螺旋状に形成し,その旋回溝(27)の傾斜角度(A)を10度から30度の範囲内に設定した、という数値を含む発明特定事項は、3つの基礎出願のいずれにも記載されていない。
 「優先権主張の効果は請求項毎であるところ、後の出願である特願2002-296828号に基づく本件特許の請求項3に記載された発明の要旨となる技術的事項が、優先権主張の基礎となる出願の当初明細書及び図面に記載された技術的事項の範囲を超えることになり、その超えた部分については優先権主張の効果が認められないのであるから、本件発明3に記載された構成部分の判断基準日、すなわち第29条の規定の適用についての基準日は、実際の出願日である平成14年10月10日である。」

4.2.本件発明1(請求項1)の優先権の有効性に関する審決での判断
「本件発明1は、後の出願の特許請求の範囲(本件の場合、本件発明1ないし4)に記載された発明の要旨となる技術事項(本件の場合、本件発明3、明細書段落【0005】の請求項3に係る部分、同段落【0020】、【0033】、【0036】に記載の技術事項)が、先の出願(本件の場合、優先1ないし優先3)の出願当初明細書及び図面に記載された技術事項の範囲を超えることになることは明らかであるから、その越えた部分については優先権主張の効果は認められない。すなわち、本件発明1及び2は、旋回溝の構成を有するものであり、本件特許の現実の出願日である平成14年10月10日付けの願書に添付された明細書によって、その角度を特定したことにより、前述のように新規事項を含むことになるから、特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された発明の要旨となる技術事項が、先の出願の当初明細書及び図面に記載された技術的事項の範囲を超えることになることは明らかである。
 よって、本件特許においても本件発明1は、先の出願の当初明細書及び図面に記載された技術的事項の範囲を超えることとなり、優先権主張の効果は認められない。
 したがって、本件発明1の、第29条の規定の適用についての基準日は、実際の出願日である平成14年10月10日である。」

5.裁判所の判断のポイント
5.1.本件発明3(請求項3)の優先権の有効性について
 本件発明3については優先権の利益を享受できないと判断し、審決の判断を支持した。
 「本件発明3についての特許法29条の規定の適用については,優先権主張の利益を享受できず,現実の出願日である平成14年10月10日を基準として発明の新規性を判断すべきである。」

5.2.本件発明1(請求項1)の優先権の有効性について
 本件発明1については優先権の利益を享受できると判断した。
「本件発明1では,クランプロッドのガイド溝につき,「周方向へほぼ等間隔に並べた複数の」との限定,「第2摺動部分(12)に設けた複数の」との限定や「上記の複数のガイド溝(26)は,それぞれ,上記の軸心方向の他端から一端へ連ねて設けた旋回溝(27)と直進溝(28)とを備え,上記の複数の旋回溝(27)を相互に平行状に配置すると共に上記の複数の直進溝(28)を相互に平行状に配置し,」との限定が付されているにすぎない。・・・
 そうすると,本件発明1、2では,ガイド溝の傾斜角度に関する特定はされていないから,上記傾斜角度に関する本件発明3の発明特定事項である「傾斜角度を10度から30度の範囲にした」との事項が第1ないし第3基礎出願に係る明細書(図面を含む。)で開示されていないからといって,本件発明1,2が上記事項を発明特定事項として含む形で特定されて出願され,特許登録されたことになるものではない。この理は,例えば請求項3(本件発明3)が特許請求の範囲の記載から削除された場合を想定すれば,より明らかである。したがって,本件発明1,2(請求項1,2)の特許請求の範囲の記載に照らせば,旧特許法41条1項にいう先の出願「の願書に最初に添付した明細書又は図面・・・に記載された発明に基づ」いて特許出願されたものといい得るから,本件発明1,2については原告が優先権主張の効果を享受できなくなるいわれはなく,特許法29条の規定の適用につき,最先の優先日(平成13年11月13日,第1基礎出願の出願日)を基準として差し支えない。」

2010年8月1日日曜日

最近読んだ雑誌記事5

高瀬彌平「記載不備解消型の国内優先権出願の優先権主張の効果は認められない」,パテント,Vol.63, 5月号(No.7), p.36-43 (2010)
(優先権制度は、第一出願の記載不備を解消するために利用する制度ではないことが述べられています。私も全く同意見です。人工乳首事件判決、レンズ付きフィルムユニット事件判決についても言及されています。)