2021年4月18日日曜日

進歩性の判断において、技術分野の共通性のみを根拠に複数の引用発明を組み合わる動機付けとすることは適切ではない判示した事例

知財高裁令和3年3月11日判決
令和2年(行ケ)第10075号 特許取消決定取消請求事件 

1.概要
  本事例は、特許発明を、進歩性欠如を理由に取り消した異議の決定に対し、特許権者である原告が取消を求めた審決等取消訴訟の知財高裁判決である。知財高裁は原告の主張する取消理由の一部を認め、異議の決定の取消を取り消した。
  異議の決定では、特定の熱収縮ポリエステル系フイルムを含む環状フィルムで包装した包装体に関する本件発明2の進歩性が否定されている。甲1に熱収縮フイルムを含む環状フィルムで包装した包装体が記載されており、甲1にはまた、熱収縮フィルムとしてポリエステル系フィルムが記載されている。一方、甲3に、本件発明2と同じ定の熱収縮ポリエステル系フイルムは記載されている。異議の決定では、「甲1の段落【0010】には,熱収縮性フィルムにポリエステルが挙げられているから,甲1発明において,熱収縮性フィルムとして,具体的に,甲3に記載された熱収縮性フィルムを用いることは,当業者が容易に想到し得たことである。」と判断した。
  一方、知財高裁は、「被告は,甲1発明と甲3記載事項は,熱収縮という作用,機能が共通する旨主張するが,熱収縮は,通常,弁当包装体が持つ基本的な作用,機能の一つにすぎないことを考慮すると,被告の上記主張は,実質的に技術分野の共通性のみを根拠として動機付けがあるとしているに等しく,動機付けの根拠としては不十分である。」と判断し、甲1発明と甲3発明との課題及び課題解決手段の違いを考慮する、2つの引用発明を組み合わせる動機は存在しないと判示した。 
 
2.本件発明2(本件請求項2に係る発明)
上面開口部を有する容器本体と上記上面開口部を閉塞する蓋体とを備えた蓋付容器を,非熱収縮性フィルムと熱収縮性ポリエステル系フィルムとからなる環状フィルムで包装した包装体であって, 
 上記非熱収縮性フィルムは,ポリエステル系フィルムにヒートシール層を積層したものであり,厚さが8μm以上30μm以下であり,150℃の熱風中で30分間熱収縮させたときの長手方向の収縮率が5%以下,幅方向の収縮率が4%以下であり, 
 上記非熱収縮性フィルムは,上記蓋付容器の上面に対応する位置に設けられており,
  上記熱収縮性ポリエステル系フィルムは,ポリエステルの全構成ユニットを100モル%として,エチレンテレフタレートユニットを50モル%以上含み,エチレングリコール以外の多価アルコール由来のユニットとテレフタル酸以外の多価カルボン酸由来のユニットとの合計が10モル%以上であり,非晶質成分となりうるモノマーとして,ネオペンチルグリコール及び/又は1,4-シクロヘキサンジメタノールが含まれたポリエステル系樹脂からなり,90℃の温水中で10秒間熱収縮させたときの長手方向の熱収縮率が10%以上60%以下であり,幅方向の収縮率が30%未満であり, 
 上記熱収縮性ポリエステル系フィルムは,上記蓋付容器の下面に対応する位置に設けられており,  上記熱収縮性ポリエステル系フィルムの両端部と上記非熱収縮性フィルムの両端部とが蓋付容器の両側面で接続されて上記環状フィルムとなっている 
 ことを特徴とする包装体。」 

 3.異議の決定の要旨 
「(1) 本件発明2について
 ア 甲1(特開2001-10663号公報)には,以下の発明(以下,「甲1発明」という。)が記載されている。 
「シート成形された浅い箱状のプラスチック容器に蓋を被せた弁当に,チューブ(20)を被せた弁当包装体であって, 
 チューブ(20)は,非熱収縮性フィルム(21)と熱収縮性フィルム(22)とを,互いの端縁部(211,212)(221,222)同士を接着代として上下に重ね,熱接着することにより筒形状に成形され,
  熱収縮性フィルムは熱収縮率は50%(at.90℃熱水×10秒)であり,
  チューブ(20)を,熱収縮性フィルム(22)が弁当容器の下面側に位置する向きに被せた, 弁当包装体。」 
イ 本件発明2と甲1発明を対比すると,一致点及び相違点は次のとおりとなる。
 <一致点> 「上面開口部を有する容器本体と上記上面開口部を閉塞する蓋体とを備えた蓋付容器を,非熱収縮性フィルムと熱収縮性フィルムとからなる環状フィルムで包装した包装体であって, 
 上記非熱収縮性フィルムは,上記蓋付容器の上面に対応する位置に設けられており,
  上記熱収縮性フィルムは,上記蓋付容器の下面に対応する位置に設けられており,
  上記熱収縮性フィルムの両端部と上記非熱収縮性フィルムの両端部とが接続されて上記環状フィルムとなっている 包装体。」 
<相違点1> 
 (略)
 <相違点2>
  熱収縮性フィルムについて,本件発明2は,「熱収縮性ポリエステル系フィルム」であって,「ポリエステルの全構成ユニットを100モル%として,エチレンテレフタレートユニットを50モル%以上含み,エチレングリコール以外の多価アルコール由来のユニットとテレフタル酸以外の多価カルボン酸由来のユニットとの合計が10モル%以上であり,非晶質成分となりうるモノマーとして,ネオペンチルグリコール及び/又は1,4-シクロヘキサンジメタノールが含まれたポリエステル系樹脂からなり,90℃の温水中で10秒間熱収縮させたときの長手方向の熱収縮率が10%以上60%以下であり,幅方向の収縮率が30%未満であ」るのに対して,甲1発明は,熱収縮率は50%(at.90℃熱水×10秒)ではあるものの,そのように具体的に特定されていない点。
 <相違点3> 
 (略
 相違点2に関する異議決定の判断 
 甲1には,「熱収縮性フィルムの熱収縮率は通常約30~70%である。なお,二軸延伸フィルムであっても,主な収縮が一方向(面内の直角2方向における一方の熱収縮率が約30~70%,他方が約15%以下)であれば,上記一軸延伸フィルムと同じように使用することができる。」(段落【0010】)と記載されており,「熱収縮率は50%(at.90℃熱水×10秒)であ」る甲1発明の「熱収縮性フィルム」は,本件発明2と同様に,「90℃の温水中で10秒間熱収縮させたときの長手方向の収縮率が10%以上60%以下であり,幅方向の収縮率が30%未満であ」るといえる。 
 また,甲3(特開2009-143605号公報)の段落【0039】には,「熱収縮性ポリエステル系フィルムに用いるポリエステルは,全ポリステル樹脂中におけるエチレングリコール以外のグリコール成分,もしくはテレフタル酸以外のジカルボン酸成分の含有量が15モル%以上であることが好ましく,17モル%以上であるとより好ましく,20モル%以上であると特に好ましい。ここで,共重合成分としてグリコール成分,もしくはジカルボン酸成分となりうる主成分は,たとえば,ネオペンチルグリコール,1,4-シクロヘキサンジオールやイソフタル酸を挙げることができ,必要に応じてそれらを混合することも可能である。なお,共重合成分(エチレングリコール以外のグリコール成分,もしくはテレフタル酸以外のジカルボン酸成分)の含有量が,40モル%を超えると,フィルムの耐溶剤性が低下して,印刷工程でインキの溶媒(酢酸エチル等)によってフィルムの白化が起きたり,フィルムの耐破れ性が低下したりするため好ましくない。また,共重合成分の含有量は,37モル%以下であるとより好ましく,35モル%以下であると特に好ましい。」と記載されており,実施例(甲3の段落【0105】~【0112】)の記載も参酌すると,当該熱収縮性ポリエステル系フィルムは熱収縮フィルムとして用いられるものであるから,甲3には,「包装袋において,熱収縮性フィルムとして,熱収縮性ポリエステル系フィルムであって,ポリエステルの全構成ユニットを100モル%として,エチレンテレフタレートユニットを60モル%以上含み,エチレングリコール以外の多価アルコール由来のユニットとテレフタル酸以外の多価カルボン酸由来のユニットとの合計が15モル%以上であり,非晶質成分となりうるモノマーとして,ネオペンチルグリコール及び/又は1,4-シクロヘキサンジメタノールが含まれたポリエステル系樹脂を用いること」が記載されている(以下,「甲3記載事項」という。)といえる。
  そして,甲1の段落【0010】には,熱収縮性フィルムにポリエステルが挙げられているから,甲1発明において,熱収縮性フィルムとして,具体的に,甲3に記載された熱収縮性フィルムを用いることは,当業者が容易に想到し得たことである。

 4.裁判所の判断からの抜粋
 「4.取消理由3(相違点2の容易想到性の判断の誤り)について 
(略)
 (3)ア 甲1発明及び甲3記載事項は,共に,弁当包装体という技術分野に属するものであると認められる(甲1の段落【0001】,甲3の段落【0017】)。 
 しかし,甲1発明は,熱収縮性チューブを使用した弁当包装体について,煩雑な加熱収縮の制御を実行することなく,包装時の容器の変形やチューブの歪みを防ぎ,また,店頭で,電子レンジによる再加熱をした際にも弁当容器の変形が生じることを防ぐことを課題とするものである(甲1の段落【0003】,【0004】)のに対し,甲3に記載された発明は,ラベルを構成する熱収縮性フィルムについて,主収縮方向である長手方向への収縮性が良好で,主収縮方向と直交する幅方向における機械的強度が高いのみならず,フィルムロールから直接ボトルの周囲に胴巻きした後に熱収縮させた際の収縮仕上がり性が良好で,後加工時の作業性の良好なものとするとともに,引き裂き具合をよくすることを課題とするもの(甲3の段落【0007】,【0008】)である。
  そして,上記課題を解決するために,甲1発明は,非熱収縮性フィルム(21)と熱収縮性フィルム(22)とでチューブ(20)を形成し,熱収縮性フィルム(22)の周方向幅はチューブ全周長の1/2以下である筒状体であり,熱収縮性フィルム(22)の熱収縮により,弁当容器の外周長さにほぼ等しいチューブ周長に収縮して弁当容器に締着されてなるものとしたのに対し,甲3に記載された発明の熱収縮性フィルムは,甲3の特許請求の範囲記載のとおり,各数値を特定したものである。
 これらのことからすると,甲1発明と甲3に記載された発明は,課題においてもその解決手段においても共通性は乏しいから,甲3記載事項を甲1発明に適用することが動機付けられているとは認められない。
これに対し,被告は,甲1発明と甲3記載事項は,熱収縮という作用,機能が共通する旨主張するが,熱収縮は,通常,弁当包装体が持つ基本的な作用,機能の一つにすぎないことを考慮すると,被告の上記主張は,実質的に技術分野の共通性のみを根拠として動機付けがあるとしているに等しく,動機付けの根拠としては不十分である。
  また,被告は,甲1発明と甲3記載事項とでは,ポリエステルフィルムを用いている点が共通する旨主張するが,包装体用の熱収縮性フィルムを,ポリエステルとすることは,本件特許の出願前の周知技術(甲1の段落【0010】,甲3の【請求項7】,段落【0003】,甲6〔特開2008-280371号公報〕の段落【0001】)であると認められ,ポリエステルは極めて多くの種類があること(乙5)からすると,材料としてポリエステルという共通性があるというだけでは,甲1発明において,熱収縮性フィルムとして,甲3記載事項で示される熱収縮性フィルムを適用することに動機付けがあるということはできない。 
ウ 以上によると,甲1発明において,熱収縮性フィルムとして,甲3記載事項で示される熱収縮性フィルムを適用する動機付けがあると認めることはできない。 
 したがって,甲1発明及び甲3記載事項に基づいて,相違点2に係る本件発明2の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。(4) 以上によると,本件発明2は,当業者が容易に発明をすることができたものではないから,取消事由3は理由がある。」