2023年1月14日土曜日

医薬組成物の用途の新規性が争われた事例

知財高裁令和4年12月13日判決言渡  

令和3年(行ケ)第10066号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例は、無効審判の特許権無効の審決に対し特許権者である原告が取り消しを求めた審決取消訴訟において請求が棄却された知財高裁判決である。

 有効成分としてエルデカルシトールを含む医薬組成物の用途に関して、本件訂正発明1の「非外傷性である前腕部骨折を抑制するため」という用途が、甲1発明での「骨粗鬆症治療薬」という用途と同一であるか否かが争われた。

 知財高裁は、「エルデカルシトールの用途が『非外傷性である前腕部骨折を抑制するため』と特定されることにより、当業者が、エルデカルシトールについて未知の作用・効果が発現するとか、骨粗鬆症治療薬として投与されたエルデカルシトールによって処置される病態とは異なる病態を処置し得るなどと認識するものではない」として、用途の相違は実質的な相違点ではなく、本件訂正発明1は甲1発明に対し新規性がないと判断した。

 

2.本件訂正発明1(請求項1)

「エルデカルシトールを含んでなる非外傷性である前腕部骨折を抑制するための医薬組成物。」

 

3.審決が認定した本件訂正発明1と甲1発明(主引用発明)との一致点及び相違点:

一致点

「エルデカルシトールを含んでなる医薬組成物。」

相違点1

「医薬組成物について、本件訂正発明1では、『非外傷性である前腕部骨折を抑制するため』のものであると特定されているのに対して、甲1発明では、『骨粗鬆症治療薬』であると特定されている点。」

 

4.裁判所の判断のポイント

「(4)本件訂正発明1の新規性の有無(相違点1が実質的な相違点であるか否か)について

ア 相違点1についての検討

(ア)原告は、本件各訂正発明につき、前腕部骨折の抑制が特に求められる患者群において予測されていなかった顕著な効果を奏するものであり、エルデカルシトールの新たな属性を発見し、それに基づく新たな用途への使用に適することを見出した医薬用途発明であるから、相違点1に係る本件各訂正発明の用途(「非外傷性である前腕部骨折を抑制するための」)は甲1発明の「骨粗鬆症治療薬」の用途とは区別される旨主張する。

(イ)そこで検討するに、公知の物は、原則として、特許法29条1項各号により新規性を欠くこととなるが、当該物について未知の属性を発見し、その属性により、その物が新たな用途への使用に適することを見出した発明であるといえる場合には、当該発明は、当該用途の存在によって公知の物とは区別され、用途発明としての新規性が認められるものと解される。

 そして、前記1(3)のとおり、本件各訂正発明の医薬組成物は、高齢者や骨粗鬆症患者等の骨がもろくなっている者が転倒等した際に、前腕部である橈骨又は尺骨に軽微な外力がかかって生じる骨折のリスク、すなわち前腕部における非外傷性骨折のリスクに着目して、その用途が「非外傷性である前腕部骨折を抑制するため」と特定されている(相違点1)ものである。

(ウ)しかしながら、前記(3)イの技術常識によれば、当業者は、甲1発明の「骨粗鬆症治療薬」につき、椎体、前腕部、大腿部及び上腕部を含む全身の骨について骨量の減少及び骨の微細構造の劣化による骨強度の低下が生じている患者に対し、各部位における骨折リスクを減少させるために投与される薬剤であると認識するものといえる。また、前記(3)ア、エ及びオの各技術常識によれば、当業者は、エルデカルシトールの効果は海綿骨及び皮質骨のいずれに対しても及ぶと期待するものであり、海綿骨及び皮質骨からなる前腕部の骨に対してもその効果が及ぶと認識するものといえる。さらに、前記(3)イ及びウの技術常識によれば、当業者は、骨粗鬆症においては身体のいずれの部位も外力によって骨折が生じるものであり、また、前腕部における骨折リスクは、骨強度が低下することによって増加する点において、骨粗鬆症において骨折しやすい他の部位における骨折リスクと共通するものであると認識するものといえる。

 以上の事情を考慮すると、当業者は、骨粗鬆症患者における前腕部の骨の病態及びこれに起因する骨折リスクについて、他の部位の骨の病態及び骨折リスクと異なると認識するものではなく、また、甲1発明の「骨粗鬆症治療薬」としてのエルデカルシトールを投与する目的及びその効果についても、前腕部と他の部位とで異なると認識するものではないというべきである。

(エ)さらに、本件優先日前に公開された甲12の文献には、エルデカルシトールがアルファカルシドールよりも優位に椎体骨折の発生を抑制することが第III相臨床試験において確認されたことが記載されていることに加え、前記(3)エ及びオの技術常識によれば、エルデカルシトールによる前腕部を含む全身の骨折リスクの減少作用は、経口投与されて体内に吸収されたエルデカルシトールが、骨に対して直接的又は間接的に何らかの作用を及ぼすことによって達成されるものであるといえるところ、本件明細書等には、骨折リスクを減少させようとする部位が前腕部である場合と他の部位である場合とで、エルデカルシトールが及ぼす作用に相違があることを示す記載は存しない。そして、前記(3)ウ及びオの技術常識を考慮しても、本件明細書等の記載から、エルデカルシトールの作用に関して上記の相違があると把握することはできない。

 そうすると、当業者は、前腕部の骨折リスクを減少させるために投与する場合と骨粗鬆症患者に投与する場合とで、エルデカルシトールの作用が相違すると認識するものではないというべきである。

(オ)以上によれば、エルデカルシトールの用途が「非外傷性である前腕部骨折を抑制するため」と特定されることにより、当業者が、エルデカルシトールについて未知の作用・効果が発現するとか、骨粗鬆症治療薬として投与されたエルデカルシトールによって処置される病態とは異なる病態を処置し得るなどと認識するものではないというべきである。

 そうすると、本件各訂正発明については、公知の物であるエルデカルシトールの未知の属性を発見し、その属性により、エルデカルシトールが新たな用途への使用に適することを見出した用途発明であると認めることはできないから、相違点1に係る用途は甲1発明の「骨粗鬆症治療薬」の用途と区別されるものではない。

(カ)したがって、相違点1は実質的な相違点ではない