知財高裁令和5年10月5日判決
令和4年(行ケ)第10125号 審決取消請求事件
1.概要
本件は、特許権者である原告が有する特許発明についての特許を無効とした審決の取消訴訟であり、争点は、特許法134条の2において準用する同法126条5項に規定する訂正要件違反の有無である。
特許権者である原告は、特許無効審判を請求され、甲4発明による新規性・進歩性欠如の無効理由がある旨の審決の予告を受けた後、以下の訂正を行なった。
訂正の内容は、
訂正前の請求項1
「HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbと、を含む組成物。」を、
訂正後の請求項1(下線部を追加)
「HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbと、を含む組成物(HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物を除く)。」
に、いわゆる「除くクレーム」へ訂正するものである。
審決では、「除く」対象が、訂正前の本件発明に含まれていないことから、本件訂正は新規事項の追加に該当し適法でないと判断した。
さらに被告は、本件訂正は、除くクレームによって「特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正」になっていないから認められないと主張した。
知財高裁は、訂正は適法であると判断し、審決を取消した。
知財高裁は、被告の上記主張に関して「特許法134条の2第1項に基づき特許請求の範囲を訂正するときは、願書に添付した明細書、特許請求の範囲または図面に記載した事項の範囲内でしなければならず、実質上、特許請求の範囲を拡張し、変更するものであってはならないとされている(同条9項、同法126条5項及び6項)が、それ以上に先願発明と同一である部分のみを除外することや、当該特許出願前に公知であった先行技術と同一である部分のみを除外することは要件とされていない。」と判示した。
なお、(訂正でなく)補正の新規事項追加に関する審査基準(第IV部第2章3.3.1(4))では、次のように記載されている。
「補正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで、補正により当初明細書等に記載した事項を除外する「除くクレーム」は、除外した後の「除くクレーム」が新たな技術的事項を導入するものではない場合には、許される。
以下の(i)及び(ii)の「除くクレーム」とする補正は、新たな技術的事項を導入するものではないので、補正は許される。
(i) 請求項に係る発明が引用発明と重なるために新規性等(第29条第1項第3号、第29条の2又は第39条)が否定されるおそれがある場合に、その重なりのみを除く補正
(ii) 請求項に係る発明が、「ヒト」を包含しているために、第29条第1項柱書の要件を満たさない、又は第32条に規定する不特許事由に該当する場合において、「ヒト」のみを除く補正」
上記(i)(ii)は「除くクレーム」として適法な補正の「例」であり、これらに限られることを示したものではないと考えられるが、現実には、上記(i)(ii)以外の補正(例えば、引用発明と重複する部分よりも広い範囲を除外する補正)は除くクレームとして許容されず新規事項を追加するとして拒絶理由が通知される場合がある。
2.審決の判断(訂正は新規事項追加)
本件訂正のような、いわゆる「除くクレーム」に数値範囲の限定を伴う訂正が新規事項を追加しないものであるというためには、「除く」対象が存在すること、すなわち、訂正前の請求項1に係る発明・・・において、「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物」が含まれているといえるか、または、「除く対象」が存在しないとしても、訂正後の請求項1に係る発明・・・には、「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれることが明示されることになるから、本件発明1に「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれているといえる必要があると解される。
しかしながら、訂正前の請求項1には、HCFC-225cbについての規定はなく、請求項1を引用する請求項2~7においても、HCFC-225cbについての規定はないし、本件明細書等にも、HCFC-225cbについての記載を見いだすことはできず、本件発明1に「HCFC-225cb」が含まれているかどうかは判然としない。さらに、本件明細書等に記載されたいずれかの反応生成物にHCFC-225cbが含有されるものであるという技術常識も存在しない。
ましてや、本件明細書等には、HCFC-225cbについての記載がないのであるから、その含有量については不明としかいうほかない。すなわち、本件発明1が「HCFC-225cb」を含むことは想定されていないというべきである。
そうすると、本件発明1に「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物」が含まれているということはできないし、本件発明1に「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれているということもできない。
ウ 以上のとおり、訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項との関係において新たな技術的事項を導入するものであって、新規事項を追加するものに該当し、特許法134条の2第9項において準用する同法126条5項の規定に違反する。
3.裁判所の判断のポイント(訂正は新規事項を追加せず適法)
「エ 本件審決は、いわゆる「除くクレーム」に数値範囲の限定を伴う訂正が新規事項を追加しないものであるというためには、「除く」対象が存在すること、すなわち、本件発明1において、「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物」が含まれているといえるか、または、「除く」対象が存在しないとしても、本件訂正発明1に「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれることが明示されることになるから、本件発明1に「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれているといえる必要があると解した上、本件では、本件発明1に「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物」が含まれているということはできないし、本件発明1に「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれているということもできないから、本件訂正は新たな技術的事項を導入するものであると判断した。
そこで検討するに、前記イの通り、本件明細書等にはHCFC-225cbに係る記載は全くないものの、前記ア(ア)のとおり、本件発明1に係る特許請求の範囲の記載は、その文言上、HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbを含む限り、それ以外のいかなる物質をも含み得る組成物を意味するものと解されるものである。そして、本件訂正により、「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物を除く」と特定されたことをもって、本件訂正発明1には、HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物が含まれないことが明示されたということはできるものの、本件訂正発明1が、HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物であることが明示されたということはできない。
オしたがって、本件訂正は、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものというべきである。
(5)被告は、本件訂正は、甲4発明と同一である部分を除外する訂正とはいえず、除くクレームによって「特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正」になっていないから認められないと主張する。
しかしながら、特許法134条の2第1項に基づき特許請求の範囲を訂正するときは、願書に添付した明細書、特許請求の範囲または図面に記載した事項の範囲内でしなければならず、実質上、特許請求の範囲を拡張し、変更するものであってはならないとされている(同条9項、同法126条5項及び6項)が、それ以上に先願発明と同一である部分のみを除外することや、当該特許出願前に公知であった先行技術と同一である部分のみを除外することは要件とされていない。そして、訂正が、「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」行われた場合、すなわち、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該訂正によって第三者に不測の損害をおよぼすとは考え難いから、同項に規定する訂正要件の解釈として、被告が主張するような要件を加重することは相当ではないというべきである。
また、被告は、除くクレームの形式で自由に訂正発明の内容を規定することは許されない旨主張しているところ、・・・・本件訂正は、甲4に記載された発明と実質的に同一であると評価される蓋然性がある部分を除外しようとするものといえるから、本件訂正は先行技術である甲4に記載された発明とは無関係に、自由に訂正発明の内容を規定するものとはいえない。
(6)そして、本件審決は、本件訂正が新たな技術的事項を導入するものであることを理由に訂正を認めず、本件発明に係る本件特許を無効としたものであるが、本件訂正が新たな技術的事項を導入するものであるとはいえないことは前記したとおりである。そうすると、本件審決は同法134条の2第9項において準用する同法126条5項の訂正要件の解釈を誤ったものとして、取消しを免れない。」