2021年7月18日日曜日

特許権侵害訴訟における請求項の文言解釈に、発明の解決課題に関する明細書の記載を参酌すべきと判断された事

知財高裁令和3年6月28日判決 令和2年(ネ)第10044号 特許権侵害損害賠償請求控訴事件 
 1.概要
  本事例は、一審原告が有する特許権を、一審被告が実施する被告給油装置が侵害すると判断した特許権侵害訴訟の一審東京地裁判決に対する控訴審の知財高裁判決である。知財高裁は、侵害は成立しないと判断し一審被告敗訴部分を取り消した。
  争点は、被告給油装置の構成要件1aにおける「電子マネー媒体」が、本件発明1の構成要件1Aにおける「記憶媒体」に該当するか否かである。東京地裁は該当すると判断し、知財高裁は該当しないと判断した。
  知財高裁は、「発明とは課題解決の手段としての技術的思想なのであるから,発明の構成として特許請求の範囲に記載された文言の意義を解釈するに当たっては,発明の解決すべき課題及び発明の奏する作用効果に関する明細書の記載を参酌し,当該構成によって当該作用効果を奏し当該課題を解決し得るとされているものは何かという観点から検討すべきである。」と指摘した。

 2.本件発明 
一審原告の有する特許権に係る本件発明1を分説すると以下の通りである。 
(本件発明1)
 1A 記憶媒体に記憶された金額データを読み書きする記憶媒体読み書き手段と, 
 1B 前記流体の供給量を計測する流量計測手段と, 
 1C1 前記流体の供給開始前に前記記憶媒体読み書き手段により読み取った記憶媒体の金額データが示す金額以下の金額を入金データとして取 り込むと共に,
 1C2 前記金額データから当該入金データの金額を差し引いた金額を新たな金額データとして前記記憶媒体に書き込ませる入金データ処理手段 と,
 1D 該入金データ処理手段により取り込まれた入金データの金額データに相当する流量を供給可能とする供給許可手段と, 
 1E 前記流量計測手段により計測された流量値から請求すべき料金を演 算する演算手段と,
 1F1 前記流量計測手段により計測された流量値に相当する金額を前記 演算手段により演算させ,
 1F2 当該演算された料金を前記入金データの金額より差し引き,
 1F3 残った差額データの金額を前記記憶媒体の金額データに加算し,
 1F4 当該加算後の金額データを前記記憶媒体に書き込む料金精算手段 と,
 1G を備えたことを特徴とする流体供給装置。 

 3.被告給油装置 
一審被告の実施する給油装置(被告給油装置)の構成を、本件発明1の構成要件に即して分説すると以下の通りである。
 1a 電子マネー媒体に記憶された金額データを読み書きするリーダーと, 
 1b ガソリンや軽油といった油の供給量を計測する給油量計測手段と,
 1c1 油の供給開始前に前記リーダーによって読み取った電子マネー媒体の金額データが示す金額以下の金額であって,顧客が指定した金額を 入金データとして取り込むとともに, 
 1c2 前記金額データから当該入金データの金額を差し引いた金額を新たな金額データとして前記電子マネー媒体に書き込ませる入金データ処 理手段と,
 1d 該入金データ処理手段により取り込まれた入金データの金額データ に相当する油量の油を供給可能とする供給許可手段と 
 1e 上記油量に達しない段階で給油を終了した場合に,返金のための金額を演算する演算手段と,
 1f 上記の場合に,上記演算に基づいて算定された返金額を前記電子マ ネー媒体に書き込ませる料金精算手段と,
 1g を備えたことを特徴とする給油装置 

 4.裁判所の判断のポイント抜粋
 「イ 非接触式ICカードの「記憶媒体」該当性 
 本件明細書において,本件発明の「記憶媒体」の具体的態様としては,磁気プリペイドカード(【0033】)のほか,「金額データを記憶するためのICメモリが内蔵された電子マネーカード」(【0070】)や「カード以外の形態のもの,例えば,ディスク状のものやテープ状のものや板状のもの」(【0071】)も開示されている。このように,本件発明の「記憶媒体」は必ずしも磁気プリペイドカードには限定されない。
  しかしながら,本件発明の技術的意義が上記1のとおりであることに照らして,「媒体預かり」と「後引落し」との組合せによる決済を想定できる記憶媒体でなければ,本件3課題が生じることはなく,したがって,本件発明の構成によって課題を解決するという効果が発揮されたことにならないから,上記の組合せによる決済を想定できない記憶媒体は,本件発明の「記憶媒体」には当たらない。
  かかる見地にたって検討するに,被告給油装置で用いられる電子マネー媒体は非接触式ICカードであるから,その性質上,これを用いた決済等に当たっては,顧客がこれを必要に応じて瞬間的にR/Wにかざすことがあるだけで,基本的には常に顧客によって保持されることが予定されているといえる。そのため,電子マネー媒体に対応したセルフ式GSの給油装置を開発するに当たって,物としての電子マネー媒体を給油装置が「預かる」構成は想定し難く,電子マネー媒体に対応する給油装置を開発しようとする当業者が本件従来技術を採用することは,それが「媒体預かり」を必須の構成とする以上,不可能である。 
 そうすると,被告給油装置において用いられている電子マネー媒体は,本件発明が解決の対象としている本件3課題を有するものではなく,したがって,本件発明による解決手段の対象ともならないのであるから,本件発明にいう「記憶媒体」には当たらないというべきである。むしろ,電子マネー媒体を用いる被告給油装置は,現金決済を行う給油装置において,顧客が所持金の中から一定額の現金を窓口の係員に手渡すか又は給油装置の現金受入口に投入し,その金額の範囲内で給油を行い,残額(釣銭)があればそれを受け取る,という決済手順(これは乙4公報の【0002】に従来技術として紹介されており,周知技術であったといえる。)をベースにした上,これに電子マネー媒体の特質に応じた変更を加えた決済手順としたものにすぎず,本件発明の技術的思想とは無関係に成立した技術であるというべきである。
 一審被告の非侵害論主張⑤は,このことを,被告給油装置の電子マネー媒体は本件発明の「記憶媒体」に含まれないという 形で論じるものと解され,理由がある。

 ウ 一審原告の主張について
 (ア)一審原告は,本件発明の「記憶媒体」は,構成要件1C及び1Fの動作に適した「記憶媒体」であれば足りる旨主張する。
  しかしながら,発明とは課題解決の手段としての技術的思想なのであるから,発明の構成として特許請求の範囲に記載された文言の意義を解釈するに当たっては,発明の解決すべき課題及び発明の奏する作用効果に関する明細書の記載を参酌し,当該構成によって当該作用効果を奏し当該課題を解決し得るとされているものは何かという観点から検討すべきである。しかるに,一審原告の上記主張は,かかる観点からの検討をせず,形式的な文言をとらえるにすぎないものであって,失当である。 
 したがって,一審原告の上記主張は採用することができない。」