2021年7月11日日曜日

本件発明の課題が引用文献に記載されていないことを考慮して進歩性が肯定された事例


知財高裁令和3年3月30日判決

令和2年(行ケ)第10043号 特許取消決定取消請求事件

 

1.概要

 本事例は、進歩性欠如により特許を取り消した特許異議決定の取り消しを特許権者が求めた特許取消決定取消請求事件において、決定を取り消した知財高裁判決である。

 本件発明1は下記の通りである。本件発明1では「120℃で1.5時間加熱後の残存モノマー及び水分を含む揮発分の揮発による加熱減量が1.5%以下」であるのに対して,主引用発明である引用発明c-1では当該「加熱減量」につき特定されていない点が、「相違点c1」と認定された。

 異議決定では、相違点c1に係る特徴は、容易に相当しうると判断された。一方、知財高裁は、本件発明1の課題は、引用文献には現れていないため、課題解決手段として相違点c1に係る特徴を採用することは容易でないこと、本件発明1の課題が「一般的な共通課題」であると特許庁は主張するが根拠がないことなどを判示した。

 

2.請求項1(本件発明1) 

 メチルメタクリレート,エチルメタクリレート,プロピルメタクリレート,n-ブチルメタクリレート,イソブチルメタクリレート,及びt-ブチルメタクリレートよりなる群から選択される少なくとも一種を含むアクリル系モノマー(アクリル酸及びメタクリル酸を除く)を含む原料モノマーの重合体であるアクリル系樹脂(粘着剤を除く)を含み,120℃で1.5時間加熱後の残存モノマー及び水分を含む揮発分の揮発による加熱減量が1.5%以下であり,体積平均粒径の2倍以上の粒径を有する大径粒子の含有量が1.0体積%以下であり,体積平均粒径が3~50 μmであり,分級されたものであって,バインダー樹脂及び粘度を調整するための溶媒(水を除く)と共に樹脂組成物を構成し,上記樹脂組成物から形成される塗膜表面に凹凸を形成することを特徴とする架橋アクリル系樹脂粒子。

 

3.裁判所の判断のポイント(抜粋)

(1) 「加熱減量」について 

ア 前記1のとおり,本件発明1は,「120℃で1.5時間加熱後の残存モノマー及び水分を含む揮発分の揮発による加熱減量が1.5%以下であり,」というものである。

 本件発明は,粒子中の揮発分は,塗工用樹脂,溶剤との馴染みを悪化させ,凝集の発生や,塗膜乾燥時の揮発を生じ,表面ムラなどを生じさせ,その結果,塗膜表面の傷付き性の低下が生じるため,上記のとおり,加熱減量を減ずるという構成を採用することで,課題解決を図ったものであることが認められる(前記1(2)イ,エ)。

イ この点について,被告は,本件発明の加熱減量の上限値である1.5%は臨界的意義を有しないと主張する。

 しかし,本件明細書の【表1】によると,本件発明1の加熱減量の上限値1.5%を超える比較例1(加熱減量1.8%),比較例2(加熱減量2.2%),比較例4(加熱減量1.56%)は,いずれも塗膜の表面性の評価が「C」となっているから,加熱減量の上限値1.5%は,本件発明の臨界的意義を有していると認められる。この点に関する被告の主張は採用することはできない。

(2) 残存モノマーの低減に関し,本件優先日以前の文献には,以下の記載があることが認められる。

ア 甲1-1について 

 甲1―1に記載された発明は,粒子の大きさが1~100μmの範囲内にある重合体粒子は,スペーサー,滑り性付与剤,トナー,塗料のつや出し剤,機能性担体等として使用するに適しているので,この方面で広く要望されているが,粒子の大きさが通常1μm以下の微細なものとなってしまい,1μm以上の大きさの粒子を作ることが困難であったり,粒子の大きさがよく揃うまでには至らないため(段落【0002】~【0008】),粒径が4~100μmの大きさの範囲内であってかつ所望の狭い領域内に局限された粒子を得るためのものであり(段落【0008】),そのために,界面活性剤の使用量を少なくし,一次懸濁液に加える圧力を加減して単位体粒子の合着程度を加減し,これによって粒子の大きさを所望の狭い領域内に分布させることを特徴とする大きさの揃った微細な重合体粒子を製造し(段落【0009】),重合後は,濾過,遠心分離等によって重合粒子体を水性媒体から分離し,水洗又は溶剤で洗浄後,乾燥して粉体として使用する(段落【0019】)ものである。

イ 甲1-3について 

 甲1―3に記載された発明は,合成樹脂粒子は,モノマーを水系分散媒体中にて懸濁重合することによって製造されているが,得られる合成樹脂粒子には,通常,1重量%以上の未反応の残存モノマーが含有されている(段落【0003】)ところ,この残存モノマーが原因となって合成樹脂粒子が着色して物性が低下したり,合成樹脂粒子を化粧品用途や食品包装材料に用いた場合には,化粧品や食品に臭気が写ることがあるといった問題があった(段落【0004】)ため,合成樹脂粒子の製造過程において,2度にわたる乾燥過程を経て,合成樹脂粒子の凝集を防止しながら,残存モノマーを水分と共に効率よく除去することができるようにしたもの(段落【0009】~【0012】)である。

ウ 甲2-4について 

 甲2-4に記載された発明は,アクリル系重合体において,製造された(メタ)アクリル系架橋微粒子は不純物を含んでおり,食品用途以外のフィルムのアンチブロッキング剤等,各種添加剤として好適に用いることができるものの,食品梱包資材のアンチブロッキング剤として使用することはできず,また,残存する(メタ)アクリル系単量体の量が多く,かつ,耐熱性に劣るため,食品梱包資材の安置ブロッキング剤として使用することができないなどの課題があるため(段落【0004】),(メタ)アクリル系単量体を含む単量体組成物を重合開始剤を用いて重合させた後,得られた重合物を80~95℃の範囲内の温度で,1.5時間以上熟成させることを特徴としており,未反応の(メタ)アクリル系単量体の量を従来よりも少なく,かつ,耐熱性を備えている(メタ)アクリル系架橋微粒子を製造するものである(段落【0006】~【0010】)。

(3) 引用発明c-1は,粒子径分布が好適範囲に管理されていても,平均粒子径から大きく逸脱する粗大粒子が存在する場合には,表示品位の低下や,光学フィルムに欠点が生じる(段落[0005])ため,好適な粒子径を逸脱する粗大な粒子の含有量が低レベルに低減された微粒子,及び,このような微粒子の製造方法,並びにこの微粒子を含む樹脂組成物を提供するものであり(段落[0006]),湿式分級と乾式分級とを組み合わせた方法により処理することで,粒径の好適範囲から逸脱する粗大粒子や微小粒子を一層効率よく低減するものである(段落〔0009〕)。

 本件発明は,前記(1)アのとおり,架橋アクリル酸系樹脂粒子の揮発分が塗膜表面にムラなどを生じさせる結果,塗膜表面の傷付き性能の低下が生じてしまうことを解決することを課題としているところ,甲2-3には,このような本件発明の課題は現れていない。

 また,前記(2)によると,合成樹脂粒子の製造については,水分量を低減させ,残存モノマーを低減させることにより,その品質を向上させることが知られていたことは認められるが,前記(2)の各証拠から,本件発明のように,粒子中の揮発分が表面ムラの発生や,塗膜表面の傷付き性低下などを生じさせていたこと(本件明細書の段落【0005】)という課題や,この課題を解決するために,加熱減量を減ずるという構成を採用することが,本件優先日当時,当業者に知られていたと認めることはできないし,まして,本件発明の「加熱減量の上限値1.5%」が当業者に知られていたと認めることはできない。

 そして,他に,上記の点について動機付けとなる証拠が存するとは認められないから,甲2-3によって,相違点c-1を容易に想到することができたと認めることはできず,本件発明1は,当業者が容易に発明をすることができたものではない。

 被告は,合成樹脂粒子の技術分野において,粒子の残存モノマー,水分などの揮発分が存在することに起因して,何らかの問題が発生する場合に,当該揮発分の量を一定量以下に低減化させることは,一般的な共通課題であるから,本件発明1は,引用発明c-1から容易想到であると主張するが,被告の上記主張を採用することができる証拠がないことは,既に説示したところから明らかである。

(4) 以上によると,本件発明1が,当業者が容易に発明をすることができたものであるとする本件決定の判断に誤りがある。

 そして,本件発明1は,当業者が容易に発明をすることができたものでないから,本件発明4,8も,当業者が容易に発明をすることができたものではないし,さらに,本件発明9及び本件発明10も,当業者が容易に発明をすることができたものではない。」