2011年9月4日日曜日

進歩性欠如の拒絶審決が取り消された事例

平成22年(行ケ)第10408号 審決取消請求事件

知財高裁平成23年8月25日判決

1.概要:

 本件は、特許庁審判体による拒絶審決(進歩性欠如)が知財高裁により取り消された事例である。

 特許庁審判体は、本願発明の「凸部材」と、引用発明の「溝」とが除去しようとする異物を引っ掛けて除去するという点で共通すること、引用発明2の「カッター」とが異物を捕捉するための構造,機能,捕捉後の異物の動きが共通すること、を理由として本願発明の進歩性を否定した。

 裁判所はこの審決を取り消した。審決は、明らかに「後知恵」的な拒絶審決であり取り消すとの判断は妥当なものと思われる。

2.本願発明の内容:

「水路中に設置されるものであって,流入側より吸い込まれる水を吐出させる羽根車を有するポンプにおいて,/前記羽根車に対向して前記ポンプのケーシング内部に設けられたライナーと,/このライナーの内周に設けられ水とともに吸い込まれ絡み付いた異物を捕捉して前記ポンプ内を通過させる異物捕捉体とからなり,/前記異物捕捉体は,前記羽根車の羽根の先端部に絡み付いた異物を引っ掛けるために,前記羽根車の外周縁部に対向して前記ライナーの内周の一部から前記羽根車方向に干渉しない長さに張り出して設けられた1以上の凸部材である/ことを特徴とするポンプ」

 審決の理由は,本願発明は,引用例1に記載された発明及び引用例2に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。

3.引用発明1と本願発明との一致点及び相違点:

ア 引用発明1:汚水中に設置されるものであって,流入側より吸い込まれる汚水を吐出させる羽根車を有する汚水ポンプにおいて,前記羽根車に対向して前記汚水ポンプのケーシング内部に設けられたケーシングライナーと,このケーシングライナーの内周に設けられ汚水とともに吸い込まれ前記羽根車の羽根先端とケーシングライナーとの間にかみ込んだ塊状固体を前記羽根先端によって押し込んで前記羽根車の吸込口から吐出口へ移動させる溝とからなる汚水ポンプ

イ 一致点:水路中に設置されるものであって,流入側より吸い込まれる水を吐出させる羽根車を有するポンプにおいて,前記羽根車に対向して前記ポンプのケーシング内部に設けられたライナーと,このライナーの内周に設けられ水とともに吸い込まれ絡み付いた異物を捕捉して前記ポンプ内を通過させる異物捕捉体とからなるポンプ

ウ 相違点:本願発明においては,「前記異物捕捉体は,前記羽根車の羽根の先端部に絡み付いた異物を引っ掛けるために,前記羽根車の外周縁部に対向して前記ライナーの内周の一部から前記羽根車方向に干渉しない長さに張り出して設けられた1以上の凸部材である」のに対して,引用発明においては,異物捕捉体は溝である点

4.審決のポイント

「引用例1には、「汚水中に含有した繊維類、土砂などの塊状の固体が羽根1a先端とケーシングライナー4との間に噛込んだ場合には第2図、第3図に示すごとく、塊状の羽根1a先端によつて溝6内に押し込まれ、」(上記ウ.参照)と記載されていることからも明らかなように、引用発明においては、羽根1a先端に絡み付いた塊状固体は、羽根1a先端によって溝6内に押し込まれるが、その際、塊状固体は溝6の側壁に引っ掛かることによって溝6内に押し込まれると考えられるので、この溝6は塊状固体を引っ掛ける機能を有していると認められる。

 ところで、引用例2には、「唯一夾雑物が引っ掛かるおそれのあるケーシング4と捩り羽根3の外縁との隙間部分には、カッター8が設けてあるので、隙間に入らんとする夾雑物は、捩り羽根3の回転によってカッター8に押し付けられて切断吸引され、流路が閉塞されることがない。」(上記ク.参照)と記載されている。この記載によれば、ケーシング5と捩り羽根3の外縁との隙間部分に夾雑物が引っ掛かるおそれがあるのであるから、ケーシング5の内面から捩り羽根3方向に張り出して設けられたカッター8には、それ以上に引っ掛かる可能性が高いことは明らかである。捩り羽根3に絡み付いた夾雑物は捩り羽根3と共に回転しながら静止している「カッター8に対して押し付けられて切断」されるのであるから、夾雑物がカッター8に押し付けられる瞬間においては、夾雑物はカッター8に引っ掛かった状態になることは明らかであり、引っ掛かるからこそ、切断されるものと考えられる。そうすると、カッター8は、捩り羽根3の外縁に絡み付いた夾雑物を引っ掛けるために設けられたものということができる。

 また、カッター8は、引用例2の上記コ.の図示内容や汚水ポンプの構造からみて、捩り羽根3の外縁に対向してケーシングの内周面の一部から捩り羽根3方向に干渉しない長さに張り出して設けられており、本願発明の「凸部材」に相当することも明らかである。

 そして、引用発明と引用例2に記載された発明とは、どちらも汚水ポンプに関する点で共通の技術分野に属するものであり、しかも、引用発明のケーシングライナー4に設けられた溝と引用例2記載のカッター8とは、どちらも羽根に絡み付いた異物を引っ掛けて除去する点で機能が共通する。

 そうすると、引用発明及び引用例2に接した当業者であれば、引用発明に引用例2に記載された発明を適用し、ケーシングライナー4に設けられた溝6に代えて引用例2記載のカッター8を採用し、相違点に係る本願発明のように構成することは、格別の創意を要することなく容易に想到できたことである。」

5.裁判所の判断のポイント

「イ そうすると,本願発明,引用発明1,引用発明2は,いずれもポンプの羽根に絡み付く異物を除去してポンプ内を通過させることをその技術内容とするものであるが,本願発明は,その手段として,ケーシングライナーの内周に凸部材を設けることにより,異物を引っ掛けて捕捉して羽根から取り除き,さらに異物を羽根と羽根の間を通過させてポンプ外に排出させる構成を有することをその技術的特徴とするものであるということができる。

 これに対し,引用発明1は,溝に異物を押し込んで捕捉し,溝内を通過させる構成を有するものであり,本願発明1とは,異物捕捉体の具体的構成及び捕捉後の異物の排出方法が異なるものである。

 さらに,引用発明2は,ケーシングライナーの内周にカッターを設けるものであり,当該カッターは突起形状を有するものの,あくまで異物を切断する目的で設けられた部材であって,異物を引っ掛けて捕捉することを目的として設けられた構成ではない。

ウ したがって,本願発明は,異物捕捉体として,引用発明1のように,異物を押し込んで排出する溝や,引用発明2のように,異物を切断して排出するカッターを設けることなく,凸部材を設けるだけで,異物を引っ掛けて捕捉し,羽根と羽根の間を通過させて排出する構成を有する点に,その技術的な特徴を有する発明であるというべきであって,引用発明1及び2とは,異なる技術思想を有するものということができる。

 また,引用発明1の「溝」に換えて,引用発明2のカッターから刃を除いた「凸部材」の構成を採用することは,動機付け欠くものというほかない。

 よって,相違点に係る構成は,当業者が容易に想到し得たものということはできない。

エ この点について,被告は,引用発明1において,塊状固体は異物捕捉体としての溝に引っ掛かって捕捉されるものである,本願発明の凸部材と引用発明2のカッターとは,異物を捕捉するための構造,機能,捕捉後の異物の動きが共通するから,引用発明2のカッターは,本願発明の凸部材に相当するなどと主張する。

 しかしながら,先に指摘したとおり,本願発明は,引用発明1のような「溝」を設けて異物を排出するのではなく,「凸部材」を設けることによって異物を捕捉し,羽根と羽根との間を通過させて異物を排出することをその技術内容とするものであるから,引用発明1の溝が異物を引っ掛けて捕捉するか否かは,上記結論を左右するものではない。

 また,引用発明2のカッターは,異物を引っ掛けて捕捉するためのものではなく,切断するために設けられた構成であるから,異物を切断する前段階において異物が刃に引っ掛った状態となるとしても,本願発明の凸部材とは明らかにその機能が異なるものである。

 したがって,被告の主張はいずれも採用できない。」

2011年8月28日日曜日

侵害訴訟において請求項の用語意義を発明の効果を考慮して解釈した事例

知財高裁平成23年8月9日判決

平成22年(ネ)第10086号 特許権侵害差止等請求控訴事件

1.概要

 侵害訴訟における技術的範囲の解釈は請求項の記載だけでなく発明の詳細な説明に記載された発明の効果等も参酌して行われる。

 本事例では裁判所は「前記ポリテトラフルオロエチレン微粒子の隙間間に光触媒粒子が保持されている」(構成要件C)という用語の意義を発明の詳細な説明も考慮して解釈し、被告物件が当該構成要件を満足しないと結論付けた。

2.特許請求の範囲の記載

 原告特許権に係る発明は以下のとおり分節できる:

A ガラス繊維織物のガラス繊維の周囲に

B ポリテトラフルオロエチレン微粒子が連通した隙間のある多孔質状

に付着されているとともに,

C 前記ポリテトラフルオロエチレン微粒子の隙間間に光触媒粒子が保

持されている

D ことを特徴とする空気浄化用シート。

3.裁判所の判断のポイント

「本件発明は,周辺の空気の浄化を目的とした空気浄化用シートに係る発明であり,PTFEは融点以上でも極めて高い溶融粘度を示し,細微な空孔を残しやすいという特質を利用して,PTFE微粒子同士を,光や周辺の空気がPTFE微粒子間の隙間を通って光触媒粒子に至るような連通した隙間を形成するように多孔質状に付着させ,この連通した隙間間に光触媒粒子を保持させることにより,光や周辺の空気がこの隙間間を通って光触媒に至り,効率的に周辺の空気の浄化が行われるという構成を採用したことに特徴を有する発明であると解することができる。

 以上によれば「前記ポリテトラフルオロエチレン微粒子の隙間間に光触媒粒子が保持されている」(構成要件C)は,PTFE微粒子同士が多孔質状に付着することによって形成され,光や空気を通すよう連通する隙間の間に,光触媒粒子が保持されていることを意味すると解すべきである。

「原告は,①SEMを用いて撮影した被告製品の写真(甲20の1の写真6(原判決別添8,9))の4がPTFE微粒子,5が隙間,9がTiO2粒子である,②高倍率SEM写真(甲82の図1(別紙3))におけるA がTiO2粒子,B がPTFE微粒子,C がFEPである,③SEM-EDX分析の結果を示す写真(甲81の図2(別紙2))の赤いドットはTiO2粒子に由来する酸素原子(O)であり,黒く見える部分(孔)の周囲から内部にかけて赤いドットが存在することを前提に,被告製品の最外層におけるPTFE微粒子が形成する隙間にTiO2粒子が保持されていることが確認できると主張する。また,原告は,SEM写真(甲20の1の写真6,8及び9)から,被告製品の最外層は連通した隙間のある多孔質状の層であると主張する。

 しかし,原告の上記主張は,以下のとおり失当である。

 すなわち,SEM写真(甲20の1の写真6(原判決別添8,9))において,4がPTFE微粒子であり,9がTiO2粒子であることを確認することはできず,また,高倍率SEM写真(甲82の図1(別紙3))において,A がTiO2粒子,B がPTFE微粒子であることを確認することはできない。したがって,これらの写真から,PTFE微粒子同士が連通した隙間を形成していることを確認すること21はできない。

 また,SEM-EDX分析の結果を示す写真(甲81の図2(別紙2))からも,PTFE微粒子同士が連通した隙間を形成していることを確認することはできず,仮に,同写真の赤いドットが全てTiO2粒子に由来するものであるとしても,これが上記の隙間間に保持されていることを確認することはできない。

 以上のとおり,上記各写真から,仮に被告製品には隙間が存在するとしても,PTFE微粒子同士が多孔質状に付着することによって形成された隙間であること,それが周辺の空気を通すような連通した隙間であること,PTFE微粒子が形成している連通した隙間に光触媒粒子が保持されていることを確認することはできない。

 したがって,被告製品は,構成要件Cを充足しない。」

「原告は,構成要件Cにおける「PTFE微粒子の隙間」は「PTFE微粒子とFEP等の混合物が形成する隙間」を含み,その場合,PTFE微粒子の量は問題とならないという前提で,被告製品の最外層は,PTFEとFEP等との混合物ではあるが,PTFEの本来の特徴である成形品中の微細な空孔(ボイド)が確認できると主張する。

 しかし,以下のとおり,PTFEとFEPの溶融粘度の相違等に照らすならば,原告の主張を前提として,被告製品が構成要件Cを充足すると判断することはできない。

 本件発明が構成要件Cを採用したのは,光触媒粒子を保持する連通した隙間を形成するために,PTFEには,素材として,融点以上でも極めて高い溶融粘度を示し,成形品中に微細な空孔(ボイド)を残しやすいという特質がある点に着目したからに他ならないと解される。

 すなわち,PTFEと異なり,FEPは融点が270℃と低く,また溶融粘度が(4×104~105)(380℃)ポアズと低く,融点を超えると芯を残さずに溶解する。前記「発明の詳細な説明」中に記載されているように,本件発明に係る空気浄化用シートの形成過程において,PTFE微粒子同士を結合させて付着させるために,PTFEの融点より高い350~450℃程度に焼成した際,FEPが混在している場合には,FEPが融解し,PTFE微粒子間の隙間に流入すると考えられる。そうすると,仮に,構成要件Cにおける「PTFE微粒子」が「PTFE微粒子とFEP等の混合物」である場合を排除しないと解釈したとしても,FEPが融解した後に,光や空気が通るように,PTFE微粒子同士の結合による連通した隙間が一定程度は残存することを要するのであって,そのためには,相当量のPTFEが存在することは必須であると解すべきである。

・・・・

 このSEM観察の結果を斟酌すると,TiO2の含有割合や焼成の方法等によって,粒子の結合状態等は変わりうるとは考えられるものの,相当量のPTFEが存在するといえるためには,少なくともFEPと同量かそれ以上のPTFEが存在することを要すると解するのが合理的である。

() 各種化学分析等の結果について

 上記の点を前提にすると,次のとおり,化学分析等によって,被告製品の最外層に相当量のPTFEが存在すると認めることはできない。

a DSC測定

 これらの測定結果に照らすと,サンプル中にPFTEは極少量しか存在しないと解される。上記の方法で採取したサンプルが,被告製品の最外層とその下のFEP層しか含んでおらず,PTFEは被告製品の最外層に含まれていると仮定し,さらに,FEP層のFEPによりPTFEの存在分率が希釈されるという点を考慮したとしても,上記陳述書(甲85)記載のDSC測定の結果から,被告製品の最外層に相当量のPTFEが含まれていると認めることはできない。

・・・・

 以上のとおり,被告製品は構成要件Cを充足しない。」

2011年8月7日日曜日

最近読んだ雑誌記事13

梅田幸秀,「特許拒絶査定不服審判運用上の問題点 -審判請求時の補正の補正却下について-」、パテント,Vol.64,No.10(別冊No.6)、第50-68頁、2011

拒絶査定不服審判請求時に行う補正と補正却下の関係について論じられている。

拒絶査定を受けた段階において、独立請求項と、当該独立請求項の構成要件の一部を限定する従属請求項が存在する場合に、独立請求項を削除し、従属請求項を独立請求項とする補正は、「請求項の削除」であると同時に、「特許請求の範囲の限定的限縮」であり、どちらとも解釈できる。ところが、「請求項の削除」であれば独立特許要件が不問であり、仮に新しい拒絶理由が存在したとしても補正却下はされず拒絶理由が通知される(応答時に補正が可能)のに対して、「特許請求の範囲の限定的限縮」であれば仮に新しい特許性否定事由が発見された場合には補正却下の対象であり、補正却下理由を解消するための補正の機会は保障されていないのであるから、「請求項の削除」か、「特許請求の範囲の限定的限縮」かは審判請求人にとっては重要な問題である。
本論文ではこの問題について裁判例からは必ずしも明らでないことや、審判請求時の補正が補正却下された場合に生じる問題点等について論じられている。

2011年7月31日日曜日

「その方法の使用にのみ用いる物」の実施による間接侵害が認定された事例

知財高裁平成23年6月23日判決

平成22年(ネ)第10089号 特許権侵害差止等請求控訴事件

1.概要

 被告方法1は、方法に関する本件発明1の構成要件を充足する。

 被告装置1は、被告方法1の使用に用いる装置である。

 被告装置1を、「ノズル部材」を1mmよりも深く下降させるように使用したとき、本件発明1の方法の構成要件である「外皮材を椀状に形成する」を満足する。

 被控訴人(一審被告)は、被告装置1の納品にあたり、「ノズル部材が1㎜以下に下降できない状態で納品した」と主張した。

 この場合に被告装置1が本件発明1の方法の使用に「のみ」用いる物といえるかどうかが争われた。

 知財高裁は被告装置1が本件発明1の方法の使用に「のみ」用いる物であると判断した。

2.裁判所の判断のポイント

(6) 間接侵害の成否

ア 以上のとおり,被告方法1は,本件発明1の構成要件を全て充足する。

イ 特許法101条4号について

 特許法101条4号は,その物自体を利用して特許発明に係る方法を実施する物についてこれを生産,譲渡等する行為を特許権侵害とみなすものであるところ,同号が,特許権を侵害するものとみなす行為の範囲を,「その方法の使用にのみ用いる物」を生産,譲渡等する行為のみに限定したのは,そのような性質を有する物であれば,それが生産,譲渡等される場合には侵害行為を誘発する蓋然性が極めて高いことから,特許権の効力の不当な拡張とならない範囲でその効力の実効性を確保するという趣旨に基づくものである。このような観点から考えれば,その方法の使用に「のみ」用いる物とは,当該物に経済的,商業的又は実用的な他の用途がないことが必要であると解するのが相当である。

 被告装置1は,前記のとおり本件発明1に係る方法を使用する物であるところ,ノズル部材が1㎜以下に下降できない状態で納品したという被控訴人の前記主張は,被告装置1においても,本件発明1を実施しない場合があるとの趣旨に善解することができる。

 しかしながら,同号の上記趣旨からすれば,特許発明に係る方法の使用に用いる物に,当該特許発明を実施しない使用方法自体が存する場合であっても,当該特許発明を実施しない機能のみを使用し続けながら,当該特許発明を実施する機能は全く使用しないという使用形態が,その物の経済的,商業的又は実用的な使用形態として認められない限り,その物を製造,販売等することによって侵害行為が誘発される蓋然性が極めて高いことに変わりはないというべきであるから,なお「その方法の使用にのみ用いる物」に当たると解するのが相当である。被告装置1において,ストッパーの位置を変更したり,ストッパーを取り外すことやノズル部材を交換することが不可能ではなく,かつノズル部材をより深く下降させた方が実用的であることは,前記のとおりである。そうすると,仮に被控訴人がノズル部材が1㎜以下に下降できない状態で納品していたとしても,例えば,ノズル部材が窪みを形成することがないよう下降しないようにストッパーを設け,そのストッパーの位置を変更したり,ストッパーを取り外すことやノズル部材を交換することが物理的にも不可能になっているなど,本件発明1を実施しない機能のみを使用し続けながら,本件発明1を実施する機能は全く使用しないという使用形態を,被告装置1の経済的,商業的又は実用的な使用形態として認めることはできない。したがって,被告装置1は,「その方法の使用にのみ用いる物」に当たるといわざるを得ない。

(7) 小括

 以上のとおり,被告装置1の製造,販売及び販売の申出をする行為は,本件特許権1を侵害するものとみなされる。 」

2011年7月24日日曜日

選択発明の新規性が争われた事例

平成22年(行ケ)第10324号 審決取消請求事件
知財高裁平成23年7月7日判決

1.概要
 本件では選択発明の新規性が争われた。本件発明では、所定の二種の単量体を組み合わせて共重合体を形成することが特定されているのに対して、引用発明1ではこの特定の組み合わせを取り得る選択肢として開示しているものの、具体的な例としては開示していない。

 審決(無効審判事件)では「新規性あり」と判断された。選択肢に含まれる組合せの数が多数であることも考慮された。

 これに対して裁判所は、特定の組み合せによる効果が明細書に開示されていないことなどを考慮して「新規性なし」と判断した。被告(特許権者)が審判段階で追加提出した、特定の組み合せによる効果を示す試験報告書は、効果が明細書に開示されていないことなどを理由に参酌することができないと判断した。

2.本件発明(請求項1記載の発明):
「表面に長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の1種又は2種以上と該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の1種又は2種以上とからなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子からなることを特徴とする液晶用スペーサー」

3.引用発明1:
「粒子表面を配向基板に対して付着性を有する付着層によって被覆した構成であって,該粒子表面と付着層とは共有結合によって結合されている液晶用スペーサーであって,前記粒子は重合体粒子であり,前記付着層として用いられる材料は,「メチルアクリレート,エチルアクリレート,n-ブチルアクリレート,iso-ブチルアクリレート,2-エチルヘキシルアクリレート,シクロヘキシルアクリレート,テトラヒドロフルフリルアクリレート,メチルメタクリレート,エチルメタクリレート,n-ブチルメタクリレート,iso-ブチルメタクリレート,2-エチルヘキシルメタクリレート,ステアリルメタクリレート,ラウリルメタクリレート,メチルビニルエーテル,エチルビニルエーテル,n-プロピルビニルエーテル,n-ブチルビニルエーテル,iso-ブチルビニルエーテル,スチレン,α-メチルスチレン,アクリロニトリル,メタクリロニトリル,酢酸ビニル,塩化ビニル,塩化ビニリデン,弗化ビニル,弗化ビニリデン,エチレン,プロピレン,イソプレン,クロロプレン,ブタジエン」に例示される重合可能な単量体の単独重合体または上記単量体の2種以上の共重合体であって熱可塑性を有するものであり,粒子表面に上記付着層を構成する重合体との共有結合は,グラフト重合法によって結合せしめたものである,液晶用スペーサー」

4.一致点・相違点
(イ) 一致点:表面に重合性ビニル単量体の2種以上からなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子からなる液晶用スペーサー
(ウ) 相違点:グラフト共重合体鎖が,本件発明では,「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の1種又は2種以上と該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の1種又は2種以上とからなる」のに対して,引用発明1では,2種以上からなる重合性ビニル単量体の組合せを特定しないものである点(以下「相違点1」という。)

5.審決の要点(新規性あると判断):
 審決では、本件発明は、引用発明1とは実質的に異なると判断された。
「引用例1には、例示された単量体の二種以上の共重合体として、特定の二種の組合せが記載されているわけではなく、当該段落の記載は、列挙されている単量体同士の組合せ(特に、「二種以上」とされていることを考慮すると、組合せはきわめて多数のものとなる。)のうち、「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」に該当するいくつかの特定の単量体と、「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体」に該当する他の単量体との組合せが、あり得る選択肢として含まれることを示すにとどまるものである。また、甲第1号証のその他の記載をみても・・・特定の二種(以上)の単量体の組合せを具体的に示す記載はない
・・・
 そして、上記のように、引用発明1において、付着層として用い得る単量体の二種以上の組合せがきわめて多数のものになることに照らせば多数の組合せの中に「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」と「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体」との組合せが含まれるとしても、このことをもって、甲第1号証に、「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」に該当するいくつかの特定の単量体と、「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体」に該当する他の単量体との組合せによる共重合体を付着層として用いることを示す記載があるとすることはできない。
 したがって、引用発明1が、相違点に係る本件発明の構成を実質的に備えるとはいえないから、相違点は実質的な相違である。」

6.裁判所の判断のポイント(新規性なしと判断):

「(1) 本件発明について
・・・
 以上の本件明細書の記載によると,本件発明は,液晶用スペーサーにおいて,表面に長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の1種又は2種以上と重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の1種又は2種以上とからなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子を用いることにより,重合体粒子表面のグラフト共重合体鎖の長鎖アルキル基に対して液晶分子が垂直に規則正しく配列し,液晶スペーサー周りの配向異常を防止することをその技術内容とするものである。
 もっとも,本件明細書【0014】に記載される作用効果は,単独重合,共重合によらず,長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の重合体鎖を重合体粒子表面にグラフトしたことに基づくものであって,このような「特定の共重合体鎖」に限定したことに基づく作用効果についての記載はない。
 また,本件明細書【0015】ないし【0027】の実施例の記載から,単量体を共重合した3種の共重合体鎖をグラフト重合体鎖として有するスペーサー(実施例10~12)が,オクタデシルメトキシシランで処理されたスペーサー(比較例1・2)よりも優れていることは理解できるものの,当該比較例は,カップリング剤によって処理されたものであって,単独重合体鎖や他の共重合体鎖を導入したものではないから,液晶スペーサーのグラフト重合体鎖として「特定の共重合体鎖」を限定した作用効果,すなわち,「特定の共重合体鎖」が単独重合体鎖や他の共重合体鎖である場合よりも優れていることは,何ら記載されているものではない。
 この点について,被告は,拒絶査定不服審判において,手続補正書(甲5)に,グラフト鎖が単独重合体鎖の場合と共重合体鎖の場合とを比較した試験報告書を添付し,グラフト共重合体鎖にメチルメタクリエート(MMA)を共重合することによって,単独グラフト共重合体鎖よりも光抜け改善効果が安定すると指摘しているが,このような効果は,本件明細書には全く記載されていないから,本件発明の作用効果に関して当該試験報告書を参酌することはできない。
・・・

(2) 引用発明1について
・・・
 以上の引用例1の記載によると,引用発明1は,粒子と付着層とをグラフト重合法等などによって共有結合させることにより, 配向基板に付着性が良好でかつ付着層が剥離しない液晶用スペーサーを提供することをその技術内容とするものである。
(3) 相違点1について
ア 前記(1)及び(2)の本件発明1及び引用発明1の技術内容からすると,引用例1の【0010】に列挙された「メチルアクリレート,エチルアクリレート,n-ブチルアクリレート,iso-ブチルアクリレート,2-エチルヘキシルアクリレート,シクロヘキシルアクリレート,テトラヒドロフルフリルアクリレート,メチルメタクリレート,エチルメタクリレート,n-ブチルメタクリレート,iso-ブチルメタクリレート,2-エチルヘキシルメタクリレート,ステアリルメタクリレート,ラウリルメタクリレート,メチルビニルエーテル,エチルビニルエーテル,n-プロピルビニルエーテル,n-ブチルビニルエーテル,iso-ブチルビニルエーテル,スチレン,α-メチルスチレン,アクリロニトリル,メタクリロニトリル,酢酸ビニル,塩化ビニル,塩化ビニリデン,弗化ビニル,弗化ビニリデン,エチレン,プロピレン,イソプレン,クロロプレン,ブタジエン等の重合可能な単量体の単独重合体又は上記単量体の2種以上の共重合体であって熱可塑性を有するもの」であれば,いずれもその分子構造が直鎖状であって,通常は熱可塑性を有する重合体であるといえるから,上記列挙に係る各単量体を重合して得られる重合体のほとんど全てが付着層として使用できるものということができる。
 そして,上記単量体のうち,2-エチルヘキシルメタクリレート,ステアリルメタクリレート,ラウリルメタクリレートは,本件発明の「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」に該当するものであるから,引用例1の【0010】には,文言上,「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」を共重合材料に含む共重合体を付着層とすることが記載されているということができる。

イ 本件明細書が開示する,重合体粒子表面のグラフト共重合体鎖の長鎖アルキル基に対して液晶分子が垂直に規則正しく配列することにより,液晶スペーサー周りの配向異常を防止するという本件発明の作用効果は,単独重合,共重合によらず,長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の重合体鎖を重合体粒子表面にグラフトしたことに基づくものであって,本件明細書において,本件発明が,引用発明1に開示されている構成のうちから,「特定の共重合体鎖」に限定しているとしても,それに基づいて生じる格別の作用効果に係る記載はないから,本件発明の「特定の共重合体鎖」が単独重合体鎖や他の共重合体鎖と比較して格別の作用効果を奏するものということはできない。しかも,本件明細書【0014】には,「長鎖アルキル基の層の厚みが0.01μm以上であれば,グラフト共重合体鎖の溶融効果又は配向基板上の官能基残基との反応により重合体粒子と配向基板との固着性も有する。」として,長鎖アルキル基の層が一定の厚みを有すると付着性が向上する旨を明らかにしているものである。
 そうすると,本件発明は,引用発明1における付着層を構成する重合体鎖について,その一部に相当する「特定の共重合体鎖」を単に限定しているにすぎず,このような限定によって,引用発明1とは異なる作用効果あるいは格別に優れた作用効果を示すものと認めることもできないから,引用発明1の解決課題である付着性や技術常識の観点から,相違点1が実質的な相違点ということはできない。
ウ 以上のとおり,本件発明は,引用発明1において例示的に列挙された「重合可能な単量体の単独重合体又は上記単量体の2種以上の共重合体であって熱可塑性を有するもの」の中から,「表面に長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の1種又は2種以上と重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の1種又は2種以上とからなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子」について一部限定したものというほかない。
 また,本件発明は,引用発明1から本件発明が限定した部分について,引用発明1の他の部分とその作用効果において差異があるということはできないから,引用発明1と異なる発明として区別できるものでもない。
 したがって,本件発明と引用発明1との間には,相違点は存しないといわざるを得ない。
エ この点について,被告は,引用例1には,本件発明における「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の1種又は2種以上」と,「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の1種又は2種以上」との特定の単量体を組み合わせたグラフト共重合体鎖に関する技術思想が開示されていない,引用発明1の付着層においては,「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」に該当する単量体と「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体」に該当する単量体とを,わざわざ組み合わせてグラフト共重合体鎖とする必然性はなく,これらを組み合わせてグラフト共重合体鎖とすることにより,配向異常や光抜け等が発生するという従来技術の課題を解決するという本件発明の課題やその解決手段も開示されていない等と主張する。
 しかしながら,引用例1には,【0010】に列挙された単量体の重合体鎖であれば,単独重合体鎖,共重合体鎖のいずれにおいても付着層として使用できることが開示されているのみならず,この重合体鎖には本件発明の「特定の共重合体鎖」も包含されるのであるから,引用例1には,付着層を構成する重合体鎖として,本件発明の「特定の共重合体鎖」に係る技術思想が開示されているものということができる。被告の主張は採用できない。」

2011年7月10日日曜日

最近読んだ雑誌記事12

「コンパニオン診断を保護する特許出願の日米欧における審査実務の研究」,バイオテクノロジー委員会第2小委員会, 知財管理, Vol.61, No.5, p625-642, 2011

個別の患者毎の薬剤に対する応答性をバイオマーカー等を指標として評価し、患者毎に薬剤の投与量を決定するのに活用すること等が「コンパニオン診断」と呼ばれるようです。コンパニオン診断に関しての日米欧三極の審査実務について具体的な事例に基づき検討されています。

2011年6月26日日曜日

医薬用途発明の進歩性を主張するための、明細書に記載の動物試験結果の妥当性について争われた事例

知財高裁平成23年6月9日判決

平成22年(行ケ)第10322号 審決取消請求事件

1.概要

 医薬用途発明の進歩性は、実施例に記載された試験結果を根拠にした「予想外の効果」に基づき肯定される場合が多い。

 この場合に、明細書には必ずしもヒトでの臨床結果が記載されている必要はない。

 本事例ではこの点について争われ、動物試験のみが記載された明細書の記載だけで進歩性を裏付けるに十分であることが確認された。

2.本件請求項1の発明

「Rhoキナーゼ阻害剤とβ遮断薬との組み合わせからなる緑内障治療剤であって,/該Rhoキナーゼ阻害剤が(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドであり,/該β遮断薬がチモロールである,/緑内障治療剤」

3.無効審判での審決(請求棄却、特許維持)のポイント

 引用発明2等に対する進歩性が争われた

「引用発明2:Rhoキナーゼ阻害剤からなる緑内障治療剤であって,該Rhoキナーゼ阻害剤が(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドである緑内障治療剤

オ 本件発明1と引用発明2との一致点:Rhoキナーゼ阻害剤を含む緑内障治療剤であって,該Rhoキナーゼ阻害剤が(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドである緑内障治療剤である点

カ 本件発明1と引用発明2との相違点:本件発明1が,β遮断薬であるチモロールとRhoキナーゼ阻害剤である((R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドとの組合せからなるのに対し,引用発明2はRhoキナーゼ阻害剤である((R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドからなる単剤である点

 審判体は、併用することによる効果は試験を通じてはじめて確認されたことを理由とし本件発明の進歩性を肯定し、無効審判請求を棄却した。

「・・・ピロカルピンとRhoキナーゼ阻害剤とは,共に全体としては経シュレム管流出路からの房水流出を促進して眼圧の低下をもたらす作用を有するものではあるものの,毛様体筋やぶどう膜-強膜流出路に係るその作用機序は全く異なるものであって,薬理作用(作用機序)の点において両者は完全に一致するものではないのであり,しかも,上記のとおり,緑内障治療に係る眼圧降下薬の併用療法による効果は,実際には理論どおりではないため,それぞれの症例について,様々な薬剤併用の実際の適用による試行錯誤を経た上で判定する以外に方法はなく,複数種の眼圧下降薬のその併用パターンは多岐にわたる複雑なものであるという技術的事項も考慮すれば,本件優先権主張の日前において,β遮断薬であるチモロールを用いる緑内障の併用療法に関し,副交感神経刺激薬であるピロカルピンと引用発明2に係るRhoキナーゼ阻害剤とが,互いに置換可能である等価な薬物として当業者が認識できたとは,到底認められないと言わざるをえない。」

4.原告の主張

「被告は,本件発明1の顕著な効果を主張するが,本件明細書の薬理試験では,被検体であるウサギの個体差や初期眼圧値が考慮された形跡はないし,サンプルサイズについては何ら配慮することなく,1群当たりたかだか4匹で試験さていることからも,その実験手法については看過し難い過誤がある。

 本件明細書の開示は効能の証明と称するにはサンプルサイズが余りに小さく,動物実験であることを差し引いても効果の証明とはなり得ない。本件明細書においては,エラーバーによる併用剤の偏差のデータが単剤の偏差のデータとが区別のつかない記載となっており,エラーバーの重なりから,誤差範囲において単剤と併用剤の評価がなされていることが明らかであって,適切な評価になっているかに疑問がある。」

5.裁判所の判断のポイント

「原告は,本件明細書では健常なウサギに対する眼圧降下作用を調べ眼圧降下薬の併用療法による効果を確認しており,緑内障患者に適用して効果を確認していないにもかかわらず,緑内障治療に係る眼圧降下薬の併用療法による効果は理論どおりではなく,症例に実際に適用して判定する以外に方法はないことを本件発明の進歩性を肯定する理由の一つとしている本件審決は誤りであると主張する。

 しかし,(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドと併用する薬剤は,眼圧降下の作用機序に基づきある程度その数が絞られたとはいえ,依然,数多くあり,これらの薬剤について,その効果を実際に確認しなければ併用における効果は不明であるところ,この数多くの薬剤の中から,示唆もなくチモロールを選択することには困難がある。緑内障治療に係る眼圧降下薬の併用療法による効果は症例に実際に適用して判定する以外に方法はないとの指摘に対して,進歩性を判断するに際し考慮すべきは,併用による効果は実際に確認しなければ分からないということで十分であり,症例,すなわち,緑内障の患者やモデル動物に投薬しその効果を判定しなければならないというものではない。そして,本件明細書では,健常なウサギにより,併用療法と単独療法を対比して眼圧降下薬の効果を確認しているから,原告が主張する誤りはない。

 原告は,本件明細書記載の実験は,1群4匹のウサギと少数の動物による実験で効果を確認したものであり,また,エラーバーに重なる部分があるので,その評価方法についても疑問がある旨も主張する。しかし,上記のとおり,特許発明の進歩性の判断では,先行技術である単独療法と比較して併用療法の効果を確認することができればよいのであって,多数の実験動物や緑内障患者により併用療法の効果の確実性を確認しなければ,先行技術と比較して顕著な効果が認められないというものではなく,実験動物の数を問題とする原告の上記主張には理由がない。また,エラーバーの重なりについても,本件明細書の図1の2時間及び4時間経過後のデータでは,併用投与群と単独投与群の間で原告が指摘するような重なりはなく,このデータにより,本件発明の緑内障治療剤が増強された眼圧下降作用を有するということができるから,原告の主張を採用することはできない。」

2011年6月18日土曜日

一体不可分の補正却下が妥当であるか争われた事例

知財高裁平成23年6月14日判決

平成22年(行ケ)第10158号 審決取消請求事件

1.概要

 審判請求時の補正が現行特許法17条の2第5項に規定する「請求項の削除」、「特許請求の範囲の減縮」、「誤記の訂正」、「明りようでない記載の釈明」のいずれを目的とするものでもない場合、補正は却下される。

 複数の補正事項を含む場合でも補正却下が請求項単位でされるわけではなく、補正全体が一体不可分のものとして却下される。

 本事例ではこの取り扱いの妥当性が争われ、一部の補正が特許法17条の2第5項の規定に該当しない場合には補正全体を一体的に却下する審決に違法性はないと判断された。

2.手続き概要

拒絶査定

→審判請求

→本件補正(前置補正)

→審査前置解除

→審尋(前置審査報告書の内容が通知された。報告書には、本件補正後の請求項発明が進歩性を欠くことが指摘されているのみ。特許法17条の2第4項の規定に違反することは一切触れられていない。)

→回答書(進歩性について反論)

→審決(「本件補正後の請求項7の記載は,「()バルサルタンまたはその薬学的に許容される塩と,(ii) アムロジピンまたはその薬学的に許容される塩を,医薬的に許容される担体とともに含む,医薬的組合せ組成物。」であるところ,これは本件補正前の請求項1~14のいずれかを減縮するものではなく,誤記の訂正,明りょうでない記載の釈明を目的とするものではないから,本件補正は補正要件を充足せず,却下すべきである。」)

3.原告主張の審決取消理由

取消理由1(本件補正についての判断の違法)

「改善多項制の下においては,複数の請求項に係る特許出願については,各請求項に記載された発明ごとに特許要件を審査すべきであり,そのような特許審査を前提とすれば,出願過程において複数の請求項に係る補正が申し立てられた場合には,請求項ごとに補正の許否を判断すべきである。」

取消事由2(本件出願に係る発明についての特許要件判断の遺脱)

「本件出願においては,本来,本件補正後の10個の請求項につき,請求項ごとに補正の許否を判断した上で,個別の請求項の補正の許否に従って,請求項ごとに本件補正後又は本件補正前の記載に基づき個別に特許要件を満たすかどうかを判断すべきであった。しかるに,審決は,本件補正前の請求項12について特許要件を満たすかどうかを判断しただけであり,他の9個の請求項については,本件補正前あるいは本件補正後の記載のいずれに対しても全く判断をしていない。したがって,審決には判断遺脱の違法がある。」

取消理由3(本件補正についての手続上の違法)

「本件における審尋(甲12)においては,特許法17条の2第4項の規定違反については一切触れられておらず,進歩性欠如の理由について記載されているのみであった。このため,原告(出願人,審判請求人)は,審尋に対する回答書(甲13)においても,補正後の請求項に係る発明の進歩性にのみ言及したのである。しかるに審決は,本件補正についていきなり補正却下の決定を下し,本件補正前の特許請求の範囲に記載された発明について特許要件を判断した上で,新規性欠如の理由で拒絶査定を維持するとの判断をした。審判長が本件補正に不適法な点があることを原告に通知することは容易であったにもかかわらず,原告に対して本件補正につき何らの通知もせず,また,再度の手続補正の機会を与えないまま本件補正を不意打ち的に却下したことには手続上の違法がある。」

4.裁判所の判断のポイント

「1 取消事由1(本件補正についての判断の違法)について

 平成14年法律第24号改正前の特許法17条1項,4項,17条の2第1項,53条1項,17条の2第4項,159条1項(以下において「改正前」というときはこの平成14年の改正前を指す。)は,手続をした者が補正をすることができることや補正が可能な時期等を定めるとともに,一定の要件がある場合は,補正を却下しなければならないとしているが,この規定に加え,補正は,特許請求の範囲のほか,明細書,図面についてもされるものであり,補正事項が請求項ごとに明確に区分されるものではない場合があって,このような場合も含めてどのような内容の補正とするかは出願人の意向次第であるから,補正内容によっては,請求項ごとに補正要件の有無を判断することができないことがあることにも鑑みれば,一つの手続補正書によりされた補正は,補正事項ごと,又は請求項ごとの補正としてその可否が審理され判断されるものではなく,特許請求の範囲の減縮が複数の請求項にわたっていても,補正は一体として扱われ,一部に補正要件違反がある場合は,その補正は全体として却下されるべきことを予定していると解するのが相当である。

 本件補正のうち,請求項7に係る部分は,改正前17条の2第4項に掲げる事項のいずれをも目的とするものではないことは審決の判断するところであり,原告はこの判断の誤りを主張しない。審決において補正を却下すべきものとした理由は,本件補正後の請求項7についての補正が,改正前特許法17条の2第4項1~4号のいずれにも該当しないとの点にあるが,その理由の実質をみると,補正後の請求項7で規定する事項が,補正前の各請求項に記載した事項の範囲内におけるものではないから,減縮にも当たらないとの判断をしたものと理解することができる。このような理解を前提としてみれば,請求項7についての補正を含む本件補正を却下すべきものとした審決の判断はこれを支持することができる。

 原告は,改善多項制の下においては,複数の請求項に係る特許出願については,各請求項に記載された発明ごとに特許要件を審査すべきであることを前提に,出願過程において複数の請求項に係る補正があった場合には,請求項ごとに補正の許否を判断すべきであると主張する。

 この主張は,補正を一体として却下すべきものとの上記判断に必ずしも結び付くものではないが,平成14年改正の前後を通じての特許法49条,51条の文言などからすれば,特許法は,一つの特許出願に対し,一つの行政処分としての特許査定又は特許審決がされ,これに基づいて一つのまとまった特許が付与されるという基本構造を前提としているものと理解される。このような構造の理解に基づけば,複数の請求項に係る特許出願であっても,特許出願の分割をしない限り,当該特許出願の全体を一体不可分のものとして特許査定又は拒絶査定をすることが予定され,一部の請求項に係る特許出願について特許査定をし,他の請求項に係る特許出願について拒絶査定をするというような可分的な取扱いをしないとの特許庁における一貫した実務の扱いも支持することができる。改善多項制は,一出願の下において複数の発明が出願された場合には,一体として特許登録がされるものの特許権は請求項ごとに成立することにしたものであるが,このことは,各請求項に記載された発明ごとに特許要件を審査することに必ずしも結び付くものではない。したがって,原告の上記主張は,当裁判所の採用するところではない。

 以上のとおりであって,取消事由1は理由がない。

2 取消事由2(本件出願に係る発明についての特許要件判断の遺脱)について

 原告は,本件補正後の請求項については,請求項ごとに補正の許否を判断すべきであり,仮に,補正については全体を不可分一体のものとして補正の許否を判断するという取扱いが許されるとしても,その場合は補正前の請求項の全てについて個別に特許要件を満たすかどうかを判断しなければならないのに,本件補正前の請求項12についてのみ特許要件の判断をした審決には判断遺脱の違法があると主張する。

 まず,本件補正を一体のものとして扱った審決に誤りはないことは既に判断したとおりである。

 また,複数の請求項に係る特許出願であっても,特許出願の分割をしない限り,当該特許出願の全体を一体不可分のものとして特許査定又は拒絶査定をする特許庁の実務を支持できることも前記のとおりである。したがって,本件補正前の請求項12についてのみ特許要件の判断をした上で,これに新規性がないことを理由に請求不成立とした審決に,原告主張の判断遺脱はない。

 よって,原告の主張する取消事由2は採用することができない。

3 取消事由3(本件補正に関する手続上の違法)について

 原告は,審尋において,審判長が本件補正に不適法な点があることを原告に通知することは容易であったにもかかわらず,原告に対して本件補正につき何らの通知をせず,また,再度の手続補正の機会を与えないまま本件補正を却下したことには手続上の違法があると主張する。

 しかし,補正却下について規定する改正前特許法159条1項が準用する同法53条1項は,補正却下に先立って出願人に違法な補正事項を通知し反論又は補正の機会を与えなければならないとする別段の規定は存在しない。したがって,この規定に係る補正の却下に際して,却下すべき旨の理由を事前に通知し補正の機会を与えることが必要とされるものではないと解されるから,本件補正による補正後の請求項7が改正前特許法17条の2第3~5項のいずれかの規定に違反する補正事項を含むと判断された場合,原告主張の事前の手続なしに補正却下がされたとしても,違法となるものではなく,原告の主張する取消事由3は採用することができない。」

2011年6月12日日曜日

最近読んだ雑誌記事11

「抽象的・機能的に表現されたクレームの解釈」について,青柳昤子著,パテント, Vol.64, No.7, p65-81, 2011

機能的クレームの権利解釈にかかわる日本の裁判例が古いものから新しいものまで網羅的に紹介され、分析されている。

補正新規事項拒絶は、審判請求時の補正では解消できないと判断された事例

知財高裁平成23年5月23日判決
平成22年(行ケ)第10325号 審決取消請求事件

1.概要
 本ブログ2010年年2月20日付記事において、知的財産高等裁判所平成20年3月19日判決(平成19年(行ケ)第10159事件)にて、最初の拒絶理由応答時に追加した補正事項が「新規事項の追加」に該当するとの指摘を解消するために当該補正事項を削除する補正は、特許法第17条の2第5項に規定する請求項の削除(1号)、特許請求の範囲の減縮(2号)、誤記の訂正(3号)、明りょうでない記載の釈明(4号)のいずれにも該当しないため、「最後の拒絶理由通知書の応答時」又は「拒絶査定不服審判請求時」には却下されるとの判断が示されていることを紹介した。

 同様の判断が示された最新の事例として表題の知財高裁平成23年5月23日判決を紹介する。

 この事例では、最初の拒絶理由応答時の補正(第一次補正)において追加され、最後の拒絶理由通知において新規事項と判断された「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」という構成要件を、審判請求時に削除する補正が適法でないと判断された。

 なお審査段階の最後の拒絶理由通知では、①「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で混練」が新規事項であること、③「僅かに」が不明りょうであることが指摘されている。
 これに対して、最後の拒絶理由応答時の補正(第二次補正)では、「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」が削除されている。
 拒絶査定と同時に、第二次補正が却下されている。ただし、補正却下の理由は、上記削除が補正の制限により認められない、という理由ではない。第二次補正で同時に補正した別の事項が新規事項に該当すると判断され、補正却下がされた。上記削除が補正の制限の下で可能であるかどうかは拒絶査定では何も指摘されていない。


2.補正の経緯
2.1.出願時請求項1
【請求項1】生分解性天然樹脂(A)と生分解性合成樹脂(B)とを均質に混合してなるペレット状生分解性樹脂組成物において,樹脂(A)と樹脂(B)の合計を100質量部とした場合,両者の質量比がA:B=60~90:40~10であることを特徴とするペレット状生分解性樹脂組成物。

2.2.審査段階、最初の拒絶理由通知
 新規性及び進歩性欠如を理由として請求項1発明が拒絶された。

2.3.最初の拒絶理由通知応答補正後の請求項1(第一次補正)
【請求項1】90~120℃で加熱溶解した生分解性天然樹脂(A)と130~180℃で加熱溶解した生分解性合成樹脂(B)とを前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で混練し,均質に混合したものをホットカットしてなるペレット状生分解性樹脂組成物であって,生分解性天然樹脂(A)と生分解性合成樹脂(B)の合計を100質量部とした場合,両者の質量比がA:B=60~90:40~10であることを特徴とするペレット状生分解性樹脂組成物。

2.4.審査段階、最後の拒絶理由通知
 以下の拒絶の理由が通知された:
 ①補正後の請求項1には,(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で混練する旨記載されているが,当初明細書等にはこの点について明示的に記載されていないから,請求項1ないし4に記載した事項は,願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内にない,
 ②・・・(省略)
 ③請求項1における「僅かに」なる記載は多義的に解され不明りょうである(法36条6項2号〔特許を受けようとする発明が明確であること〕違反)

2.5.最後の拒絶理由通知応答補正後の請求項1(第二次補正)
【請求項1】90~120℃である熱分解しない温度で融解した生分解性天然樹脂(A)と130~180℃で解した生分解性合成樹脂(B)とを混練し,均質に混合したものをホットカットしてなるペレット状生分解性樹脂組成物であって,生分解性天然樹脂(A)と生分解性合成樹脂(B)の合計を100質量部とした場合,両者の質量比がA:B=60~90:40~10であることを特徴とするペレット状生分解性樹脂組成物。

2.6.拒絶査定(第二次補正の却下)
 特許庁は,上記第2次補正のうち請求項1に関する部分である「90~120℃である熱分解しない温度で融解した生分解性天然樹脂(A)」なる記載は,願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものではない等を理由に上記第二次補正を却下する決定をした。
 更に、原審補正後の本願について,最初の拒絶理由通知書に記載した理由を根拠に拒絶査定をした。

2.7.審判請求時の補正(第三次補正)
【請求項1】90~120℃で加熱融解した生分解性天然樹脂(A)と130~180℃で融解した生分解性合成樹脂(B)とを混練し,均質に混合したものをホットカットしてなるペレット状生分解性樹脂組成物であって,生分解性天然樹脂(A)と生分解性合成樹脂(B)の合計を100質量とした場合,両者の質量比がA:B=60~90:40~10であることを特徴とするペレット状生分解性樹脂組成物。

 要するに、第一次補正後の請求項1から、上記2.4において①新規事項に該当すること、③不明りょうな「僅かに」という記述を含むことが指摘された「(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で混練する」という構成要件を削除する補正を行った(判決中では「補正事項1」とよばれる)。

2.8.拒絶審決
 審判請求時に行った補正(第三次補正)は法17条の2第4項各号に掲げる「請求項の削除」・「特許請求の範囲の減縮」・「誤記の訂正」・「明りょうでない記載の釈明」のいずれの事項をも目的とするものではないから不適法であり,また,原審補正(第1次補正)も当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものではなく不適法であるから,本願は原査定の理由により拒絶すべきである,というものである。

3.裁判所の判断のポイント
 裁判所は、審決は適法であると判断した。具体的な理由は以下の抜粋箇所参照:

「(1) 補正事項1は法17条の2第4項各号に該当するか
ア 法17条の2第4項4号につき
(ア) 法17条の2第4項4号は,「明りょうでない記載の釈明(拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る。)」と規定している。ここで「明りょうでない記載」とは,それ自体意味の明らかでない記載など,記載上不備が生じている記載であって,特に特許請求の範囲について「明りょうでない記載」とは,請求項の記載そのものが文理上意味が不明りょうである場合,請求項自体の記載内容が他の記載との関係において不合理を生じている場合,又は請求項自体の記載は明りょうであるが請求項に記載した発明が技術的に正確に特定されず不明りょうである場合等をいい,その「釈明」とは,記載の不明りょうさを正してその記載本来の意味内容を明らかにすることをいうものと解される。
 ところで,補正事項1は,前記のとおり,本願に係る発明のうち,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」という記載を削除するものである。
 したがって,補正事項1が「明りょうでない記載の釈明」に該当するためには,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」との記載が上記明りょうでない記載と認められ,それを削除することによってその記載の本来の意味内容が明らかになるものであることを要する。
 しかし,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」の記載のうち,「僅かに」の部分を除く「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも低い混練温度で」との記載は,生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度と混練温度との高低の関係をいうものであることが明白であるから,その記載自体の意味は明りょうであって,当該記載を除くことが,特許請求の範囲について明りょうでない記載をその記載本来の意味内容を明らかにするものであるとはいえず,むしろ,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」全体を削除すると,生分解性天然樹脂(A)と生分解性合成樹脂(B)との「混練」に関し,補正前発明と本件補正後の発明とではその実質に相違が生ずる可能性があると認められる。
 したがって,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」との記載全体を削除することを内容とする補正事項1は,そもそも「明りょうでない記載の釈明」を目的としたものと認めることはできない。
(イ) 法17条の2第4項4号括弧書き該当性
 法17条の2第4項4号に該当するためには,補正事項が「拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る」(同項4号括弧書き)ところ,同括弧書きの意義は,拒絶理由通知で指摘していなかった事項について「明りょうでない記載の釈明」を名目に補正がされることによって,既に審査・審理した部分が補正されて,新たな拒絶理由が生じることを防止するために,「明りょうでない記載の釈明」は最後の拒絶理由通知で指摘された拒絶の理由に示す事項についてするものに限定されるという趣旨と解される。・・・・最後の拒絶理由通知において明りょうでないと指摘された記載は,文中の「僅かに」という記載のみであることは明らかであるから,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」という記載全体を削除する本件補正は,審査官が「拒絶の理由に示す事項」の範囲を超え,むしろ[理由1]で指摘された新規事項の追加についての拒絶理由を回避するためになされたものと認めるのが相当である。
 したがって,補正事項1は,法17条の2第4項4号括弧書きの「拒絶の理由を示す事項についてするもの」に該当しないというべきである。
イ 法17条の2第4項1ないし3号につき
 前記のとおり,補正事項1は,本願に係る発明の構成の一部を削除するものであるから,法17条の2第4項1号の「第36条5項に規定する請求項の削除」を目的とするものに該当しないことはもちろん,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」という発明特定事項を削除するものであって,それにより特許請求の範囲が拡張されることが明らかであるから,同項2号の「特許請求の範囲の減縮(第36条第5項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであつて,その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限る。)」を目的とするものであるともいえず,さらに,同項3号の「誤記の訂正」を目的とするものにも該当しない。
ウ 以上のとおり,補正事項1について法第17条の2第4項各号に掲げるいずれの事項をも目的とするものではないとして,本件補正を却下した審決に誤りはない。
・・・
 原告は,補正事項1が認められなければ原審補正についての拒絶理由は法17条の2第3項の規定に適合しないとして解消できないことになり,発明の保護が図れない旨主張する。
 しかし,・・・法17条の2第4項4号括弧書きの「拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る」とは,同号の「明りょうでない記載の釈明」を目的とする補正については,審査官が拒絶理由中で明りょうでない旨を指摘した事項について,その記載を明りょうにする補正を行う場合に限られるのであって,新規事項の追加状態を解消する目的の補正に同号を適用する余地はないのであるから,補正事項1が認められなければ発明の保護が図れない旨の原告の上記主張は採用することができない。
 その他,原告は,本件では,再度最後でない拒絶理由通知がなされる余地があったものを審査官が裁量により拒絶査定をしてしまったものであるが,当然のように補正を却下することは極めて不公平であって,このように審査官や審判官の恣意的判断に委ねられるという運用基準は法の下の平等(憲法14条)に反するとか,分割出願は特許出願において補正が却下された場合にするものであるとの考え方は分割出願の趣旨に反するものであるとか,出願人の経済的負担も大きい等と縷々主張するが,いずれも法17条の2第3,4項を正解しない独自の見解であって,採用することができない。」