2011年6月12日日曜日

補正新規事項拒絶は、審判請求時の補正では解消できないと判断された事例

知財高裁平成23年5月23日判決
平成22年(行ケ)第10325号 審決取消請求事件

1.概要
 本ブログ2010年年2月20日付記事において、知的財産高等裁判所平成20年3月19日判決(平成19年(行ケ)第10159事件)にて、最初の拒絶理由応答時に追加した補正事項が「新規事項の追加」に該当するとの指摘を解消するために当該補正事項を削除する補正は、特許法第17条の2第5項に規定する請求項の削除(1号)、特許請求の範囲の減縮(2号)、誤記の訂正(3号)、明りょうでない記載の釈明(4号)のいずれにも該当しないため、「最後の拒絶理由通知書の応答時」又は「拒絶査定不服審判請求時」には却下されるとの判断が示されていることを紹介した。

 同様の判断が示された最新の事例として表題の知財高裁平成23年5月23日判決を紹介する。

 この事例では、最初の拒絶理由応答時の補正(第一次補正)において追加され、最後の拒絶理由通知において新規事項と判断された「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」という構成要件を、審判請求時に削除する補正が適法でないと判断された。

 なお審査段階の最後の拒絶理由通知では、①「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で混練」が新規事項であること、③「僅かに」が不明りょうであることが指摘されている。
 これに対して、最後の拒絶理由応答時の補正(第二次補正)では、「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」が削除されている。
 拒絶査定と同時に、第二次補正が却下されている。ただし、補正却下の理由は、上記削除が補正の制限により認められない、という理由ではない。第二次補正で同時に補正した別の事項が新規事項に該当すると判断され、補正却下がされた。上記削除が補正の制限の下で可能であるかどうかは拒絶査定では何も指摘されていない。


2.補正の経緯
2.1.出願時請求項1
【請求項1】生分解性天然樹脂(A)と生分解性合成樹脂(B)とを均質に混合してなるペレット状生分解性樹脂組成物において,樹脂(A)と樹脂(B)の合計を100質量部とした場合,両者の質量比がA:B=60~90:40~10であることを特徴とするペレット状生分解性樹脂組成物。

2.2.審査段階、最初の拒絶理由通知
 新規性及び進歩性欠如を理由として請求項1発明が拒絶された。

2.3.最初の拒絶理由通知応答補正後の請求項1(第一次補正)
【請求項1】90~120℃で加熱溶解した生分解性天然樹脂(A)と130~180℃で加熱溶解した生分解性合成樹脂(B)とを前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で混練し,均質に混合したものをホットカットしてなるペレット状生分解性樹脂組成物であって,生分解性天然樹脂(A)と生分解性合成樹脂(B)の合計を100質量部とした場合,両者の質量比がA:B=60~90:40~10であることを特徴とするペレット状生分解性樹脂組成物。

2.4.審査段階、最後の拒絶理由通知
 以下の拒絶の理由が通知された:
 ①補正後の請求項1には,(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で混練する旨記載されているが,当初明細書等にはこの点について明示的に記載されていないから,請求項1ないし4に記載した事項は,願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内にない,
 ②・・・(省略)
 ③請求項1における「僅かに」なる記載は多義的に解され不明りょうである(法36条6項2号〔特許を受けようとする発明が明確であること〕違反)

2.5.最後の拒絶理由通知応答補正後の請求項1(第二次補正)
【請求項1】90~120℃である熱分解しない温度で融解した生分解性天然樹脂(A)と130~180℃で解した生分解性合成樹脂(B)とを混練し,均質に混合したものをホットカットしてなるペレット状生分解性樹脂組成物であって,生分解性天然樹脂(A)と生分解性合成樹脂(B)の合計を100質量部とした場合,両者の質量比がA:B=60~90:40~10であることを特徴とするペレット状生分解性樹脂組成物。

2.6.拒絶査定(第二次補正の却下)
 特許庁は,上記第2次補正のうち請求項1に関する部分である「90~120℃である熱分解しない温度で融解した生分解性天然樹脂(A)」なる記載は,願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものではない等を理由に上記第二次補正を却下する決定をした。
 更に、原審補正後の本願について,最初の拒絶理由通知書に記載した理由を根拠に拒絶査定をした。

2.7.審判請求時の補正(第三次補正)
【請求項1】90~120℃で加熱融解した生分解性天然樹脂(A)と130~180℃で融解した生分解性合成樹脂(B)とを混練し,均質に混合したものをホットカットしてなるペレット状生分解性樹脂組成物であって,生分解性天然樹脂(A)と生分解性合成樹脂(B)の合計を100質量とした場合,両者の質量比がA:B=60~90:40~10であることを特徴とするペレット状生分解性樹脂組成物。

 要するに、第一次補正後の請求項1から、上記2.4において①新規事項に該当すること、③不明りょうな「僅かに」という記述を含むことが指摘された「(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で混練する」という構成要件を削除する補正を行った(判決中では「補正事項1」とよばれる)。

2.8.拒絶審決
 審判請求時に行った補正(第三次補正)は法17条の2第4項各号に掲げる「請求項の削除」・「特許請求の範囲の減縮」・「誤記の訂正」・「明りょうでない記載の釈明」のいずれの事項をも目的とするものではないから不適法であり,また,原審補正(第1次補正)も当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものではなく不適法であるから,本願は原査定の理由により拒絶すべきである,というものである。

3.裁判所の判断のポイント
 裁判所は、審決は適法であると判断した。具体的な理由は以下の抜粋箇所参照:

「(1) 補正事項1は法17条の2第4項各号に該当するか
ア 法17条の2第4項4号につき
(ア) 法17条の2第4項4号は,「明りょうでない記載の釈明(拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る。)」と規定している。ここで「明りょうでない記載」とは,それ自体意味の明らかでない記載など,記載上不備が生じている記載であって,特に特許請求の範囲について「明りょうでない記載」とは,請求項の記載そのものが文理上意味が不明りょうである場合,請求項自体の記載内容が他の記載との関係において不合理を生じている場合,又は請求項自体の記載は明りょうであるが請求項に記載した発明が技術的に正確に特定されず不明りょうである場合等をいい,その「釈明」とは,記載の不明りょうさを正してその記載本来の意味内容を明らかにすることをいうものと解される。
 ところで,補正事項1は,前記のとおり,本願に係る発明のうち,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」という記載を削除するものである。
 したがって,補正事項1が「明りょうでない記載の釈明」に該当するためには,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」との記載が上記明りょうでない記載と認められ,それを削除することによってその記載の本来の意味内容が明らかになるものであることを要する。
 しかし,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」の記載のうち,「僅かに」の部分を除く「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも低い混練温度で」との記載は,生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度と混練温度との高低の関係をいうものであることが明白であるから,その記載自体の意味は明りょうであって,当該記載を除くことが,特許請求の範囲について明りょうでない記載をその記載本来の意味内容を明らかにするものであるとはいえず,むしろ,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」全体を削除すると,生分解性天然樹脂(A)と生分解性合成樹脂(B)との「混練」に関し,補正前発明と本件補正後の発明とではその実質に相違が生ずる可能性があると認められる。
 したがって,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」との記載全体を削除することを内容とする補正事項1は,そもそも「明りょうでない記載の釈明」を目的としたものと認めることはできない。
(イ) 法17条の2第4項4号括弧書き該当性
 法17条の2第4項4号に該当するためには,補正事項が「拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る」(同項4号括弧書き)ところ,同括弧書きの意義は,拒絶理由通知で指摘していなかった事項について「明りょうでない記載の釈明」を名目に補正がされることによって,既に審査・審理した部分が補正されて,新たな拒絶理由が生じることを防止するために,「明りょうでない記載の釈明」は最後の拒絶理由通知で指摘された拒絶の理由に示す事項についてするものに限定されるという趣旨と解される。・・・・最後の拒絶理由通知において明りょうでないと指摘された記載は,文中の「僅かに」という記載のみであることは明らかであるから,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」という記載全体を削除する本件補正は,審査官が「拒絶の理由に示す事項」の範囲を超え,むしろ[理由1]で指摘された新規事項の追加についての拒絶理由を回避するためになされたものと認めるのが相当である。
 したがって,補正事項1は,法17条の2第4項4号括弧書きの「拒絶の理由を示す事項についてするもの」に該当しないというべきである。
イ 法17条の2第4項1ないし3号につき
 前記のとおり,補正事項1は,本願に係る発明の構成の一部を削除するものであるから,法17条の2第4項1号の「第36条5項に規定する請求項の削除」を目的とするものに該当しないことはもちろん,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」という発明特定事項を削除するものであって,それにより特許請求の範囲が拡張されることが明らかであるから,同項2号の「特許請求の範囲の減縮(第36条第5項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであつて,その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限る。)」を目的とするものであるともいえず,さらに,同項3号の「誤記の訂正」を目的とするものにも該当しない。
ウ 以上のとおり,補正事項1について法第17条の2第4項各号に掲げるいずれの事項をも目的とするものではないとして,本件補正を却下した審決に誤りはない。
・・・
 原告は,補正事項1が認められなければ原審補正についての拒絶理由は法17条の2第3項の規定に適合しないとして解消できないことになり,発明の保護が図れない旨主張する。
 しかし,・・・法17条の2第4項4号括弧書きの「拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る」とは,同号の「明りょうでない記載の釈明」を目的とする補正については,審査官が拒絶理由中で明りょうでない旨を指摘した事項について,その記載を明りょうにする補正を行う場合に限られるのであって,新規事項の追加状態を解消する目的の補正に同号を適用する余地はないのであるから,補正事項1が認められなければ発明の保護が図れない旨の原告の上記主張は採用することができない。
 その他,原告は,本件では,再度最後でない拒絶理由通知がなされる余地があったものを審査官が裁量により拒絶査定をしてしまったものであるが,当然のように補正を却下することは極めて不公平であって,このように審査官や審判官の恣意的判断に委ねられるという運用基準は法の下の平等(憲法14条)に反するとか,分割出願は特許出願において補正が却下された場合にするものであるとの考え方は分割出願の趣旨に反するものであるとか,出願人の経済的負担も大きい等と縷々主張するが,いずれも法17条の2第3,4項を正解しない独自の見解であって,採用することができない。」