2011年6月18日土曜日

一体不可分の補正却下が妥当であるか争われた事例

知財高裁平成23年6月14日判決

平成22年(行ケ)第10158号 審決取消請求事件

1.概要

 審判請求時の補正が現行特許法17条の2第5項に規定する「請求項の削除」、「特許請求の範囲の減縮」、「誤記の訂正」、「明りようでない記載の釈明」のいずれを目的とするものでもない場合、補正は却下される。

 複数の補正事項を含む場合でも補正却下が請求項単位でされるわけではなく、補正全体が一体不可分のものとして却下される。

 本事例ではこの取り扱いの妥当性が争われ、一部の補正が特許法17条の2第5項の規定に該当しない場合には補正全体を一体的に却下する審決に違法性はないと判断された。

2.手続き概要

拒絶査定

→審判請求

→本件補正(前置補正)

→審査前置解除

→審尋(前置審査報告書の内容が通知された。報告書には、本件補正後の請求項発明が進歩性を欠くことが指摘されているのみ。特許法17条の2第4項の規定に違反することは一切触れられていない。)

→回答書(進歩性について反論)

→審決(「本件補正後の請求項7の記載は,「()バルサルタンまたはその薬学的に許容される塩と,(ii) アムロジピンまたはその薬学的に許容される塩を,医薬的に許容される担体とともに含む,医薬的組合せ組成物。」であるところ,これは本件補正前の請求項1~14のいずれかを減縮するものではなく,誤記の訂正,明りょうでない記載の釈明を目的とするものではないから,本件補正は補正要件を充足せず,却下すべきである。」)

3.原告主張の審決取消理由

取消理由1(本件補正についての判断の違法)

「改善多項制の下においては,複数の請求項に係る特許出願については,各請求項に記載された発明ごとに特許要件を審査すべきであり,そのような特許審査を前提とすれば,出願過程において複数の請求項に係る補正が申し立てられた場合には,請求項ごとに補正の許否を判断すべきである。」

取消事由2(本件出願に係る発明についての特許要件判断の遺脱)

「本件出願においては,本来,本件補正後の10個の請求項につき,請求項ごとに補正の許否を判断した上で,個別の請求項の補正の許否に従って,請求項ごとに本件補正後又は本件補正前の記載に基づき個別に特許要件を満たすかどうかを判断すべきであった。しかるに,審決は,本件補正前の請求項12について特許要件を満たすかどうかを判断しただけであり,他の9個の請求項については,本件補正前あるいは本件補正後の記載のいずれに対しても全く判断をしていない。したがって,審決には判断遺脱の違法がある。」

取消理由3(本件補正についての手続上の違法)

「本件における審尋(甲12)においては,特許法17条の2第4項の規定違反については一切触れられておらず,進歩性欠如の理由について記載されているのみであった。このため,原告(出願人,審判請求人)は,審尋に対する回答書(甲13)においても,補正後の請求項に係る発明の進歩性にのみ言及したのである。しかるに審決は,本件補正についていきなり補正却下の決定を下し,本件補正前の特許請求の範囲に記載された発明について特許要件を判断した上で,新規性欠如の理由で拒絶査定を維持するとの判断をした。審判長が本件補正に不適法な点があることを原告に通知することは容易であったにもかかわらず,原告に対して本件補正につき何らの通知もせず,また,再度の手続補正の機会を与えないまま本件補正を不意打ち的に却下したことには手続上の違法がある。」

4.裁判所の判断のポイント

「1 取消事由1(本件補正についての判断の違法)について

 平成14年法律第24号改正前の特許法17条1項,4項,17条の2第1項,53条1項,17条の2第4項,159条1項(以下において「改正前」というときはこの平成14年の改正前を指す。)は,手続をした者が補正をすることができることや補正が可能な時期等を定めるとともに,一定の要件がある場合は,補正を却下しなければならないとしているが,この規定に加え,補正は,特許請求の範囲のほか,明細書,図面についてもされるものであり,補正事項が請求項ごとに明確に区分されるものではない場合があって,このような場合も含めてどのような内容の補正とするかは出願人の意向次第であるから,補正内容によっては,請求項ごとに補正要件の有無を判断することができないことがあることにも鑑みれば,一つの手続補正書によりされた補正は,補正事項ごと,又は請求項ごとの補正としてその可否が審理され判断されるものではなく,特許請求の範囲の減縮が複数の請求項にわたっていても,補正は一体として扱われ,一部に補正要件違反がある場合は,その補正は全体として却下されるべきことを予定していると解するのが相当である。

 本件補正のうち,請求項7に係る部分は,改正前17条の2第4項に掲げる事項のいずれをも目的とするものではないことは審決の判断するところであり,原告はこの判断の誤りを主張しない。審決において補正を却下すべきものとした理由は,本件補正後の請求項7についての補正が,改正前特許法17条の2第4項1~4号のいずれにも該当しないとの点にあるが,その理由の実質をみると,補正後の請求項7で規定する事項が,補正前の各請求項に記載した事項の範囲内におけるものではないから,減縮にも当たらないとの判断をしたものと理解することができる。このような理解を前提としてみれば,請求項7についての補正を含む本件補正を却下すべきものとした審決の判断はこれを支持することができる。

 原告は,改善多項制の下においては,複数の請求項に係る特許出願については,各請求項に記載された発明ごとに特許要件を審査すべきであることを前提に,出願過程において複数の請求項に係る補正があった場合には,請求項ごとに補正の許否を判断すべきであると主張する。

 この主張は,補正を一体として却下すべきものとの上記判断に必ずしも結び付くものではないが,平成14年改正の前後を通じての特許法49条,51条の文言などからすれば,特許法は,一つの特許出願に対し,一つの行政処分としての特許査定又は特許審決がされ,これに基づいて一つのまとまった特許が付与されるという基本構造を前提としているものと理解される。このような構造の理解に基づけば,複数の請求項に係る特許出願であっても,特許出願の分割をしない限り,当該特許出願の全体を一体不可分のものとして特許査定又は拒絶査定をすることが予定され,一部の請求項に係る特許出願について特許査定をし,他の請求項に係る特許出願について拒絶査定をするというような可分的な取扱いをしないとの特許庁における一貫した実務の扱いも支持することができる。改善多項制は,一出願の下において複数の発明が出願された場合には,一体として特許登録がされるものの特許権は請求項ごとに成立することにしたものであるが,このことは,各請求項に記載された発明ごとに特許要件を審査することに必ずしも結び付くものではない。したがって,原告の上記主張は,当裁判所の採用するところではない。

 以上のとおりであって,取消事由1は理由がない。

2 取消事由2(本件出願に係る発明についての特許要件判断の遺脱)について

 原告は,本件補正後の請求項については,請求項ごとに補正の許否を判断すべきであり,仮に,補正については全体を不可分一体のものとして補正の許否を判断するという取扱いが許されるとしても,その場合は補正前の請求項の全てについて個別に特許要件を満たすかどうかを判断しなければならないのに,本件補正前の請求項12についてのみ特許要件の判断をした審決には判断遺脱の違法があると主張する。

 まず,本件補正を一体のものとして扱った審決に誤りはないことは既に判断したとおりである。

 また,複数の請求項に係る特許出願であっても,特許出願の分割をしない限り,当該特許出願の全体を一体不可分のものとして特許査定又は拒絶査定をする特許庁の実務を支持できることも前記のとおりである。したがって,本件補正前の請求項12についてのみ特許要件の判断をした上で,これに新規性がないことを理由に請求不成立とした審決に,原告主張の判断遺脱はない。

 よって,原告の主張する取消事由2は採用することができない。

3 取消事由3(本件補正に関する手続上の違法)について

 原告は,審尋において,審判長が本件補正に不適法な点があることを原告に通知することは容易であったにもかかわらず,原告に対して本件補正につき何らの通知をせず,また,再度の手続補正の機会を与えないまま本件補正を却下したことには手続上の違法があると主張する。

 しかし,補正却下について規定する改正前特許法159条1項が準用する同法53条1項は,補正却下に先立って出願人に違法な補正事項を通知し反論又は補正の機会を与えなければならないとする別段の規定は存在しない。したがって,この規定に係る補正の却下に際して,却下すべき旨の理由を事前に通知し補正の機会を与えることが必要とされるものではないと解されるから,本件補正による補正後の請求項7が改正前特許法17条の2第3~5項のいずれかの規定に違反する補正事項を含むと判断された場合,原告主張の事前の手続なしに補正却下がされたとしても,違法となるものではなく,原告の主張する取消事由3は採用することができない。」