2011年8月7日日曜日
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2011年7月31日日曜日
「その方法の使用にのみ用いる物」の実施による間接侵害が認定された事例
知財高裁平成23年6月23日判決
平成22年(ネ)第10089号 特許権侵害差止等請求控訴事件
1.概要
被告方法1は、方法に関する本件発明1の構成要件を充足する。
被告装置1は、被告方法1の使用に用いる装置である。
被告装置1を、「ノズル部材」を1mmよりも深く下降させるように使用したとき、本件発明1の方法の構成要件である「外皮材を椀状に形成する」を満足する。
被控訴人(一審被告)は、被告装置1の納品にあたり、「ノズル部材が1㎜以下に下降できない状態で納品した」と主張した。
この場合に被告装置1が本件発明1の方法の使用に「のみ」用いる物といえるかどうかが争われた。
知財高裁は被告装置1が本件発明1の方法の使用に「のみ」用いる物であると判断した。
2.裁判所の判断のポイント
「(6) 間接侵害の成否
ア 以上のとおり,被告方法1は,本件発明1の構成要件を全て充足する。
イ 特許法101条4号について
特許法101条4号は,その物自体を利用して特許発明に係る方法を実施する物についてこれを生産,譲渡等する行為を特許権侵害とみなすものであるところ,同号が,特許権を侵害するものとみなす行為の範囲を,「その方法の使用にのみ用いる物」を生産,譲渡等する行為のみに限定したのは,そのような性質を有する物であれば,それが生産,譲渡等される場合には侵害行為を誘発する蓋然性が極めて高いことから,特許権の効力の不当な拡張とならない範囲でその効力の実効性を確保するという趣旨に基づくものである。このような観点から考えれば,その方法の使用に「のみ」用いる物とは,当該物に経済的,商業的又は実用的な他の用途がないことが必要であると解するのが相当である。
被告装置1は,前記のとおり本件発明1に係る方法を使用する物であるところ,ノズル部材が1㎜以下に下降できない状態で納品したという被控訴人の前記主張は,被告装置1においても,本件発明1を実施しない場合があるとの趣旨に善解することができる。
しかしながら,同号の上記趣旨からすれば,特許発明に係る方法の使用に用いる物に,当該特許発明を実施しない使用方法自体が存する場合であっても,当該特許発明を実施しない機能のみを使用し続けながら,当該特許発明を実施する機能は全く使用しないという使用形態が,その物の経済的,商業的又は実用的な使用形態として認められない限り,その物を製造,販売等することによって侵害行為が誘発される蓋然性が極めて高いことに変わりはないというべきであるから,なお「その方法の使用にのみ用いる物」に当たると解するのが相当である。被告装置1において,ストッパーの位置を変更したり,ストッパーを取り外すことやノズル部材を交換することが不可能ではなく,かつノズル部材をより深く下降させた方が実用的であることは,前記のとおりである。そうすると,仮に被控訴人がノズル部材が1㎜以下に下降できない状態で納品していたとしても,例えば,ノズル部材が窪みを形成することがないよう下降しないようにストッパーを設け,そのストッパーの位置を変更したり,ストッパーを取り外すことやノズル部材を交換することが物理的にも不可能になっているなど,本件発明1を実施しない機能のみを使用し続けながら,本件発明1を実施する機能は全く使用しないという使用形態を,被告装置1の経済的,商業的又は実用的な使用形態として認めることはできない。したがって,被告装置1は,「その方法の使用にのみ用いる物」に当たるといわざるを得ない。
(7) 小括
以上のとおり,被告装置1の製造,販売及び販売の申出をする行為は,本件特許権1を侵害するものとみなされる。 」
2011年7月24日日曜日
選択発明の新規性が争われた事例
知財高裁平成23年7月7日判決
1.概要
本件では選択発明の新規性が争われた。本件発明では、所定の二種の単量体を組み合わせて共重合体を形成することが特定されているのに対して、引用発明1ではこの特定の組み合わせを取り得る選択肢として開示しているものの、具体的な例としては開示していない。
審決(無効審判事件)では「新規性あり」と判断された。選択肢に含まれる組合せの数が多数であることも考慮された。
これに対して裁判所は、特定の組み合せによる効果が明細書に開示されていないことなどを考慮して「新規性なし」と判断した。被告(特許権者)が審判段階で追加提出した、特定の組み合せによる効果を示す試験報告書は、効果が明細書に開示されていないことなどを理由に参酌することができないと判断した。
2.本件発明(請求項1記載の発明):
「表面に長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の1種又は2種以上と該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の1種又は2種以上とからなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子からなることを特徴とする液晶用スペーサー」
3.引用発明1:
「粒子表面を配向基板に対して付着性を有する付着層によって被覆した構成であって,該粒子表面と付着層とは共有結合によって結合されている液晶用スペーサーであって,前記粒子は重合体粒子であり,前記付着層として用いられる材料は,「メチルアクリレート,エチルアクリレート,n-ブチルアクリレート,iso-ブチルアクリレート,2-エチルヘキシルアクリレート,シクロヘキシルアクリレート,テトラヒドロフルフリルアクリレート,メチルメタクリレート,エチルメタクリレート,n-ブチルメタクリレート,iso-ブチルメタクリレート,2-エチルヘキシルメタクリレート,ステアリルメタクリレート,ラウリルメタクリレート,メチルビニルエーテル,エチルビニルエーテル,n-プロピルビニルエーテル,n-ブチルビニルエーテル,iso-ブチルビニルエーテル,スチレン,α-メチルスチレン,アクリロニトリル,メタクリロニトリル,酢酸ビニル,塩化ビニル,塩化ビニリデン,弗化ビニル,弗化ビニリデン,エチレン,プロピレン,イソプレン,クロロプレン,ブタジエン」に例示される重合可能な単量体の単独重合体または上記単量体の2種以上の共重合体であって熱可塑性を有するものであり,粒子表面に上記付着層を構成する重合体との共有結合は,グラフト重合法によって結合せしめたものである,液晶用スペーサー」
4.一致点・相違点
(イ) 一致点:表面に重合性ビニル単量体の2種以上からなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子からなる液晶用スペーサー
(ウ) 相違点:グラフト共重合体鎖が,本件発明では,「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の1種又は2種以上と該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の1種又は2種以上とからなる」のに対して,引用発明1では,2種以上からなる重合性ビニル単量体の組合せを特定しないものである点(以下「相違点1」という。)
5.審決の要点(新規性あると判断):
審決では、本件発明は、引用発明1とは実質的に異なると判断された。
「引用例1には、例示された単量体の二種以上の共重合体として、特定の二種の組合せが記載されているわけではなく、当該段落の記載は、列挙されている単量体同士の組合せ(特に、「二種以上」とされていることを考慮すると、組合せはきわめて多数のものとなる。)のうち、「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」に該当するいくつかの特定の単量体と、「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体」に該当する他の単量体との組合せが、あり得る選択肢として含まれることを示すにとどまるものである。また、甲第1号証のその他の記載をみても・・・特定の二種(以上)の単量体の組合せを具体的に示す記載はない。
・・・
そして、上記のように、引用発明1において、付着層として用い得る単量体の二種以上の組合せがきわめて多数のものになることに照らせば、多数の組合せの中に「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」と「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体」との組合せが含まれるとしても、このことをもって、甲第1号証に、「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」に該当するいくつかの特定の単量体と、「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体」に該当する他の単量体との組合せによる共重合体を付着層として用いることを示す記載があるとすることはできない。
したがって、引用発明1が、相違点に係る本件発明の構成を実質的に備えるとはいえないから、相違点は実質的な相違である。」
6.裁判所の判断のポイント(新規性なしと判断):
「(1) 本件発明について
・・・
以上の本件明細書の記載によると,本件発明は,液晶用スペーサーにおいて,表面に長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の1種又は2種以上と重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の1種又は2種以上とからなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子を用いることにより,重合体粒子表面のグラフト共重合体鎖の長鎖アルキル基に対して液晶分子が垂直に規則正しく配列し,液晶スペーサー周りの配向異常を防止することをその技術内容とするものである。
もっとも,本件明細書【0014】に記載される作用効果は,単独重合,共重合によらず,長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の重合体鎖を重合体粒子表面にグラフトしたことに基づくものであって,このような「特定の共重合体鎖」に限定したことに基づく作用効果についての記載はない。
また,本件明細書【0015】ないし【0027】の実施例の記載から,単量体を共重合した3種の共重合体鎖をグラフト重合体鎖として有するスペーサー(実施例10~12)が,オクタデシルメトキシシランで処理されたスペーサー(比較例1・2)よりも優れていることは理解できるものの,当該比較例は,カップリング剤によって処理されたものであって,単独重合体鎖や他の共重合体鎖を導入したものではないから,液晶スペーサーのグラフト重合体鎖として「特定の共重合体鎖」を限定した作用効果,すなわち,「特定の共重合体鎖」が単独重合体鎖や他の共重合体鎖である場合よりも優れていることは,何ら記載されているものではない。
この点について,被告は,拒絶査定不服審判において,手続補正書(甲5)に,グラフト鎖が単独重合体鎖の場合と共重合体鎖の場合とを比較した試験報告書を添付し,グラフト共重合体鎖にメチルメタクリエート(MMA)を共重合することによって,単独グラフト共重合体鎖よりも光抜け改善効果が安定すると指摘しているが,このような効果は,本件明細書には全く記載されていないから,本件発明の作用効果に関して当該試験報告書を参酌することはできない。
・・・
(2) 引用発明1について
・・・
以上の引用例1の記載によると,引用発明1は,粒子と付着層とをグラフト重合法等などによって共有結合させることにより, 配向基板に付着性が良好でかつ付着層が剥離しない液晶用スペーサーを提供することをその技術内容とするものである。
(3) 相違点1について
ア 前記(1)及び(2)の本件発明1及び引用発明1の技術内容からすると,引用例1の【0010】に列挙された「メチルアクリレート,エチルアクリレート,n-ブチルアクリレート,iso-ブチルアクリレート,2-エチルヘキシルアクリレート,シクロヘキシルアクリレート,テトラヒドロフルフリルアクリレート,メチルメタクリレート,エチルメタクリレート,n-ブチルメタクリレート,iso-ブチルメタクリレート,2-エチルヘキシルメタクリレート,ステアリルメタクリレート,ラウリルメタクリレート,メチルビニルエーテル,エチルビニルエーテル,n-プロピルビニルエーテル,n-ブチルビニルエーテル,iso-ブチルビニルエーテル,スチレン,α-メチルスチレン,アクリロニトリル,メタクリロニトリル,酢酸ビニル,塩化ビニル,塩化ビニリデン,弗化ビニル,弗化ビニリデン,エチレン,プロピレン,イソプレン,クロロプレン,ブタジエン等の重合可能な単量体の単独重合体又は上記単量体の2種以上の共重合体であって熱可塑性を有するもの」であれば,いずれもその分子構造が直鎖状であって,通常は熱可塑性を有する重合体であるといえるから,上記列挙に係る各単量体を重合して得られる重合体のほとんど全てが付着層として使用できるものということができる。
そして,上記単量体のうち,2-エチルヘキシルメタクリレート,ステアリルメタクリレート,ラウリルメタクリレートは,本件発明の「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」に該当するものであるから,引用例1の【0010】には,文言上,「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」を共重合材料に含む共重合体を付着層とすることが記載されているということができる。
イ 本件明細書が開示する,重合体粒子表面のグラフト共重合体鎖の長鎖アルキル基に対して液晶分子が垂直に規則正しく配列することにより,液晶スペーサー周りの配向異常を防止するという本件発明の作用効果は,単独重合,共重合によらず,長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の重合体鎖を重合体粒子表面にグラフトしたことに基づくものであって,本件明細書において,本件発明が,引用発明1に開示されている構成のうちから,「特定の共重合体鎖」に限定しているとしても,それに基づいて生じる格別の作用効果に係る記載はないから,本件発明の「特定の共重合体鎖」が単独重合体鎖や他の共重合体鎖と比較して格別の作用効果を奏するものということはできない。しかも,本件明細書【0014】には,「長鎖アルキル基の層の厚みが0.01μm以上であれば,グラフト共重合体鎖の溶融効果又は配向基板上の官能基残基との反応により重合体粒子と配向基板との固着性も有する。」として,長鎖アルキル基の層が一定の厚みを有すると付着性が向上する旨を明らかにしているものである。
そうすると,本件発明は,引用発明1における付着層を構成する重合体鎖について,その一部に相当する「特定の共重合体鎖」を単に限定しているにすぎず,このような限定によって,引用発明1とは異なる作用効果あるいは格別に優れた作用効果を示すものと認めることもできないから,引用発明1の解決課題である付着性や技術常識の観点から,相違点1が実質的な相違点ということはできない。
ウ 以上のとおり,本件発明は,引用発明1において例示的に列挙された「重合可能な単量体の単独重合体又は上記単量体の2種以上の共重合体であって熱可塑性を有するもの」の中から,「表面に長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の1種又は2種以上と重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の1種又は2種以上とからなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子」について一部限定したものというほかない。
また,本件発明は,引用発明1から本件発明が限定した部分について,引用発明1の他の部分とその作用効果において差異があるということはできないから,引用発明1と異なる発明として区別できるものでもない。
したがって,本件発明と引用発明1との間には,相違点は存しないといわざるを得ない。
エ この点について,被告は,引用例1には,本件発明における「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の1種又は2種以上」と,「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の1種又は2種以上」との特定の単量体を組み合わせたグラフト共重合体鎖に関する技術思想が開示されていない,引用発明1の付着層においては,「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」に該当する単量体と「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体」に該当する単量体とを,わざわざ組み合わせてグラフト共重合体鎖とする必然性はなく,これらを組み合わせてグラフト共重合体鎖とすることにより,配向異常や光抜け等が発生するという従来技術の課題を解決するという本件発明の課題やその解決手段も開示されていない等と主張する。
しかしながら,引用例1には,【0010】に列挙された単量体の重合体鎖であれば,単独重合体鎖,共重合体鎖のいずれにおいても付着層として使用できることが開示されているのみならず,この重合体鎖には本件発明の「特定の共重合体鎖」も包含されるのであるから,引用例1には,付着層を構成する重合体鎖として,本件発明の「特定の共重合体鎖」に係る技術思想が開示されているものということができる。被告の主張は採用できない。」
2011年7月10日日曜日
最近読んだ雑誌記事12
個別の患者毎の薬剤に対する応答性をバイオマーカー等を指標として評価し、患者毎に薬剤の投与量を決定するのに活用すること等が「コンパニオン診断」と呼ばれるようです。コンパニオン診断に関しての日米欧三極の審査実務について具体的な事例に基づき検討されています。
2011年6月26日日曜日
医薬用途発明の進歩性を主張するための、明細書に記載の動物試験結果の妥当性について争われた事例
知財高裁平成23年6月9日判決
平成22年(行ケ)第10322号 審決取消請求事件
1.概要
医薬用途発明の進歩性は、実施例に記載された試験結果を根拠にした「予想外の効果」に基づき肯定される場合が多い。
この場合に、明細書には必ずしもヒトでの臨床結果が記載されている必要はない。
本事例ではこの点について争われ、動物試験のみが記載された明細書の記載だけで進歩性を裏付けるに十分であることが確認された。
2.本件請求項1の発明
「Rhoキナーゼ阻害剤とβ遮断薬との組み合わせからなる緑内障治療剤であって,/該Rhoキナーゼ阻害剤が(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドであり,/該β遮断薬がチモロールである,/緑内障治療剤」
3.無効審判での審決(請求棄却、特許維持)のポイント
引用発明2等に対する進歩性が争われた
「引用発明2:Rhoキナーゼ阻害剤からなる緑内障治療剤であって,該Rhoキナーゼ阻害剤が(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドである緑内障治療剤
オ 本件発明1と引用発明2との一致点:Rhoキナーゼ阻害剤を含む緑内障治療剤であって,該Rhoキナーゼ阻害剤が(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドである緑内障治療剤である点
カ 本件発明1と引用発明2との相違点:本件発明1が,β遮断薬であるチモロールとRhoキナーゼ阻害剤である((R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドとの組合せからなるのに対し,引用発明2はRhoキナーゼ阻害剤である((R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドからなる単剤である点
審判体は、併用することによる効果は試験を通じてはじめて確認されたことを理由とし本件発明の進歩性を肯定し、無効審判請求を棄却した。
「・・・ピロカルピンとRhoキナーゼ阻害剤とは,共に全体としては経シュレム管流出路からの房水流出を促進して眼圧の低下をもたらす作用を有するものではあるものの,毛様体筋やぶどう膜-強膜流出路に係るその作用機序は全く異なるものであって,薬理作用(作用機序)の点において両者は完全に一致するものではないのであり,しかも,上記のとおり,緑内障治療に係る眼圧降下薬の併用療法による効果は,実際には理論どおりではないため,それぞれの症例について,様々な薬剤併用の実際の適用による試行錯誤を経た上で判定する以外に方法はなく,複数種の眼圧下降薬のその併用パターンは多岐にわたる複雑なものであるという技術的事項も考慮すれば,本件優先権主張の日前において,β遮断薬であるチモロールを用いる緑内障の併用療法に関し,副交感神経刺激薬であるピロカルピンと引用発明2に係るRhoキナーゼ阻害剤とが,互いに置換可能である等価な薬物として当業者が認識できたとは,到底認められないと言わざるをえない。」
4.原告の主張
「被告は,本件発明1の顕著な効果を主張するが,本件明細書の薬理試験では,被検体であるウサギの個体差や初期眼圧値が考慮された形跡はないし,サンプルサイズについては何ら配慮することなく,1群当たりたかだか4匹で試験さていることからも,その実験手法については看過し難い過誤がある。
本件明細書の開示は効能の証明と称するにはサンプルサイズが余りに小さく,動物実験であることを差し引いても効果の証明とはなり得ない。本件明細書においては,エラーバーによる併用剤の偏差のデータが単剤の偏差のデータとが区別のつかない記載となっており,エラーバーの重なりから,誤差範囲において単剤と併用剤の評価がなされていることが明らかであって,適切な評価になっているかに疑問がある。」
5.裁判所の判断のポイント
「原告は,本件明細書では健常なウサギに対する眼圧降下作用を調べ眼圧降下薬の併用療法による効果を確認しており,緑内障患者に適用して効果を確認していないにもかかわらず,緑内障治療に係る眼圧降下薬の併用療法による効果は理論どおりではなく,症例に実際に適用して判定する以外に方法はないことを本件発明の進歩性を肯定する理由の一つとしている本件審決は誤りであると主張する。
しかし,(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドと併用する薬剤は,眼圧降下の作用機序に基づきある程度その数が絞られたとはいえ,依然,数多くあり,これらの薬剤について,その効果を実際に確認しなければ併用における効果は不明であるところ,この数多くの薬剤の中から,示唆もなくチモロールを選択することには困難がある。緑内障治療に係る眼圧降下薬の併用療法による効果は症例に実際に適用して判定する以外に方法はないとの指摘に対して,進歩性を判断するに際し考慮すべきは,併用による効果は実際に確認しなければ分からないということで十分であり,症例,すなわち,緑内障の患者やモデル動物に投薬しその効果を判定しなければならないというものではない。そして,本件明細書では,健常なウサギにより,併用療法と単独療法を対比して眼圧降下薬の効果を確認しているから,原告が主張する誤りはない。
原告は,本件明細書記載の実験は,1群4匹のウサギと少数の動物による実験で効果を確認したものであり,また,エラーバーに重なる部分があるので,その評価方法についても疑問がある旨も主張する。しかし,上記のとおり,特許発明の進歩性の判断では,先行技術である単独療法と比較して併用療法の効果を確認することができればよいのであって,多数の実験動物や緑内障患者により併用療法の効果の確実性を確認しなければ,先行技術と比較して顕著な効果が認められないというものではなく,実験動物の数を問題とする原告の上記主張には理由がない。また,エラーバーの重なりについても,本件明細書の図1の2時間及び4時間経過後のデータでは,併用投与群と単独投与群の間で原告が指摘するような重なりはなく,このデータにより,本件発明の緑内障治療剤が増強された眼圧下降作用を有するということができるから,原告の主張を採用することはできない。」
2011年6月18日土曜日
一体不可分の補正却下が妥当であるか争われた事例
知財高裁平成23年6月14日判決
平成22年(行ケ)第10158号 審決取消請求事件
審判請求時の補正が現行特許法17条の2第5項に規定する「請求項の削除」、「特許請求の範囲の減縮」、「誤記の訂正」、「明りようでない記載の釈明」のいずれを目的とするものでもない場合、補正は却下される。
複数の補正事項を含む場合でも補正却下が請求項単位でされるわけではなく、補正全体が一体不可分のものとして却下される。
本事例ではこの取り扱いの妥当性が争われ、一部の補正が特許法17条の2第5項の規定に該当しない場合には補正全体を一体的に却下する審決に違法性はないと判断された。
拒絶査定
→審判請求
→本件補正(前置補正)
→審査前置解除
→審尋(前置審査報告書の内容が通知された。報告書には、本件補正後の請求項発明が進歩性を欠くことが指摘されているのみ。特許法17条の2第4項の規定に違反することは一切触れられていない。)
→回答書(進歩性について反論)
→審決(「本件補正後の請求項7の記載は,「(i)バルサルタンまたはその薬学的に許容される塩と,(ii) アムロジピンまたはその薬学的に許容される塩を,医薬的に許容される担体とともに含む,医薬的組合せ組成物。」であるところ,これは本件補正前の請求項1~14のいずれかを減縮するものではなく,誤記の訂正,明りょうでない記載の釈明を目的とするものではないから,本件補正は補正要件を充足せず,却下すべきである。」)
取消理由1(本件補正についての判断の違法)
「改善多項制の下においては,複数の請求項に係る特許出願については,各請求項に記載された発明ごとに特許要件を審査すべきであり,そのような特許審査を前提とすれば,出願過程において複数の請求項に係る補正が申し立てられた場合には,請求項ごとに補正の許否を判断すべきである。」
「本件出願においては,本来,本件補正後の10個の請求項につき,請求項ごとに補正の許否を判断した上で,個別の請求項の補正の許否に従って,請求項ごとに本件補正後又は本件補正前の記載に基づき個別に特許要件を満たすかどうかを判断すべきであった。しかるに,審決は,本件補正前の請求項12について特許要件を満たすかどうかを判断しただけであり,他の9個の請求項については,本件補正前あるいは本件補正後の記載のいずれに対しても全く判断をしていない。したがって,審決には判断遺脱の違法がある。」
取消理由3(本件補正についての手続上の違法)
「本件における審尋(甲12)においては,特許法17条の2第4項の規定違反については一切触れられておらず,進歩性欠如の理由について記載されているのみであった。このため,原告(出願人,審判請求人)は,審尋に対する回答書(甲13)においても,補正後の請求項に係る発明の進歩性にのみ言及したのである。しかるに審決は,本件補正についていきなり補正却下の決定を下し,本件補正前の特許請求の範囲に記載された発明について特許要件を判断した上で,新規性欠如の理由で拒絶査定を維持するとの判断をした。審判長が本件補正に不適法な点があることを原告に通知することは容易であったにもかかわらず,原告に対して本件補正につき何らの通知もせず,また,再度の手続補正の機会を与えないまま本件補正を不意打ち的に却下したことには手続上の違法がある。」
「1 取消事由1(本件補正についての判断の違法)について
平成14年法律第24号改正前の特許法17条1項,4項,17条の2第1項,53条1項,17条の2第4項,159条1項(以下において「改正前」というときはこの平成14年の改正前を指す。)は,手続をした者が補正をすることができることや補正が可能な時期等を定めるとともに,一定の要件がある場合は,補正を却下しなければならないとしているが,この規定に加え,補正は,特許請求の範囲のほか,明細書,図面についてもされるものであり,補正事項が請求項ごとに明確に区分されるものではない場合があって,このような場合も含めてどのような内容の補正とするかは出願人の意向次第であるから,補正内容によっては,請求項ごとに補正要件の有無を判断することができないことがあることにも鑑みれば,一つの手続補正書によりされた補正は,補正事項ごと,又は請求項ごとの補正としてその可否が審理され判断されるものではなく,特許請求の範囲の減縮が複数の請求項にわたっていても,補正は一体として扱われ,一部に補正要件違反がある場合は,その補正は全体として却下されるべきことを予定していると解するのが相当である。
本件補正のうち,請求項7に係る部分は,改正前17条の2第4項に掲げる事項のいずれをも目的とするものではないことは審決の判断するところであり,原告はこの判断の誤りを主張しない。審決において補正を却下すべきものとした理由は,本件補正後の請求項7についての補正が,改正前特許法17条の2第4項1~4号のいずれにも該当しないとの点にあるが,その理由の実質をみると,補正後の請求項7で規定する事項が,補正前の各請求項に記載した事項の範囲内におけるものではないから,減縮にも当たらないとの判断をしたものと理解することができる。このような理解を前提としてみれば,請求項7についての補正を含む本件補正を却下すべきものとした審決の判断はこれを支持することができる。
原告は,改善多項制の下においては,複数の請求項に係る特許出願については,各請求項に記載された発明ごとに特許要件を審査すべきであることを前提に,出願過程において複数の請求項に係る補正があった場合には,請求項ごとに補正の許否を判断すべきであると主張する。
この主張は,補正を一体として却下すべきものとの上記判断に必ずしも結び付くものではないが,平成14年改正の前後を通じての特許法49条,51条の文言などからすれば,特許法は,一つの特許出願に対し,一つの行政処分としての特許査定又は特許審決がされ,これに基づいて一つのまとまった特許が付与されるという基本構造を前提としているものと理解される。このような構造の理解に基づけば,複数の請求項に係る特許出願であっても,特許出願の分割をしない限り,当該特許出願の全体を一体不可分のものとして特許査定又は拒絶査定をすることが予定され,一部の請求項に係る特許出願について特許査定をし,他の請求項に係る特許出願について拒絶査定をするというような可分的な取扱いをしないとの特許庁における一貫した実務の扱いも支持することができる。改善多項制は,一出願の下において複数の発明が出願された場合には,一体として特許登録がされるものの特許権は請求項ごとに成立することにしたものであるが,このことは,各請求項に記載された発明ごとに特許要件を審査することに必ずしも結び付くものではない。したがって,原告の上記主張は,当裁判所の採用するところではない。
以上のとおりであって,取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(本件出願に係る発明についての特許要件判断の遺脱)について
原告は,本件補正後の請求項については,請求項ごとに補正の許否を判断すべきであり,仮に,補正については全体を不可分一体のものとして補正の許否を判断するという取扱いが許されるとしても,その場合は補正前の請求項の全てについて個別に特許要件を満たすかどうかを判断しなければならないのに,本件補正前の請求項12についてのみ特許要件の判断をした審決には判断遺脱の違法があると主張する。
まず,本件補正を一体のものとして扱った審決に誤りはないことは既に判断したとおりである。
また,複数の請求項に係る特許出願であっても,特許出願の分割をしない限り,当該特許出願の全体を一体不可分のものとして特許査定又は拒絶査定をする特許庁の実務を支持できることも前記のとおりである。したがって,本件補正前の請求項12についてのみ特許要件の判断をした上で,これに新規性がないことを理由に請求不成立とした審決に,原告主張の判断遺脱はない。
よって,原告の主張する取消事由2は採用することができない。
3 取消事由3(本件補正に関する手続上の違法)について
原告は,審尋において,審判長が本件補正に不適法な点があることを原告に通知することは容易であったにもかかわらず,原告に対して本件補正につき何らの通知をせず,また,再度の手続補正の機会を与えないまま本件補正を却下したことには手続上の違法があると主張する。
しかし,補正却下について規定する改正前特許法159条1項が準用する同法53条1項は,補正却下に先立って出願人に違法な補正事項を通知し反論又は補正の機会を与えなければならないとする別段の規定は存在しない。したがって,この規定に係る補正の却下に際して,却下すべき旨の理由を事前に通知し補正の機会を与えることが必要とされるものではないと解されるから,本件補正による補正後の請求項7が改正前特許法17条の2第3~5項のいずれかの規定に違反する補正事項を含むと判断された場合,原告主張の事前の手続なしに補正却下がされたとしても,違法となるものではなく,原告の主張する取消事由3は採用することができない。」
2011年6月12日日曜日
最近読んだ雑誌記事11
機能的クレームの権利解釈にかかわる日本の裁判例が古いものから新しいものまで網羅的に紹介され、分析されている。
補正新規事項拒絶は、審判請求時の補正では解消できないと判断された事例
平成22年(行ケ)第10325号 審決取消請求事件
1.概要
本ブログ2010年年2月20日付記事において、知的財産高等裁判所平成20年3月19日判決(平成19年(行ケ)第10159事件)にて、最初の拒絶理由応答時に追加した補正事項が「新規事項の追加」に該当するとの指摘を解消するために当該補正事項を削除する補正は、特許法第17条の2第5項に規定する請求項の削除(1号)、特許請求の範囲の減縮(2号)、誤記の訂正(3号)、明りょうでない記載の釈明(4号)のいずれにも該当しないため、「最後の拒絶理由通知書の応答時」又は「拒絶査定不服審判請求時」には却下されるとの判断が示されていることを紹介した。
同様の判断が示された最新の事例として表題の知財高裁平成23年5月23日判決を紹介する。
この事例では、最初の拒絶理由応答時の補正(第一次補正)において追加され、最後の拒絶理由通知において新規事項と判断された「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」という構成要件を、審判請求時に削除する補正が適法でないと判断された。
なお審査段階の最後の拒絶理由通知では、①「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で混練」が新規事項であること、③「僅かに」が不明りょうであることが指摘されている。
これに対して、最後の拒絶理由応答時の補正(第二次補正)では、「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」が削除されている。
拒絶査定と同時に、第二次補正が却下されている。ただし、補正却下の理由は、上記削除が補正の制限により認められない、という理由ではない。第二次補正で同時に補正した別の事項が新規事項に該当すると判断され、補正却下がされた。上記削除が補正の制限の下で可能であるかどうかは拒絶査定では何も指摘されていない。
2.補正の経緯
2.1.出願時請求項1
【請求項1】生分解性天然樹脂(A)と生分解性合成樹脂(B)とを均質に混合してなるペレット状生分解性樹脂組成物において,樹脂(A)と樹脂(B)の合計を100質量部とした場合,両者の質量比がA:B=60~90:40~10であることを特徴とするペレット状生分解性樹脂組成物。
2.2.審査段階、最初の拒絶理由通知
新規性及び進歩性欠如を理由として請求項1発明が拒絶された。
2.3.最初の拒絶理由通知応答補正後の請求項1(第一次補正)
【請求項1】90~120℃で加熱溶解した生分解性天然樹脂(A)と130~180℃で加熱溶解した生分解性合成樹脂(B)とを前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で混練し,均質に混合したものをホットカットしてなるペレット状生分解性樹脂組成物であって,生分解性天然樹脂(A)と生分解性合成樹脂(B)の合計を100質量部とした場合,両者の質量比がA:B=60~90:40~10であることを特徴とするペレット状生分解性樹脂組成物。
2.4.審査段階、最後の拒絶理由通知
以下の拒絶の理由が通知された:
①補正後の請求項1には,(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で混練する旨記載されているが,当初明細書等にはこの点について明示的に記載されていないから,請求項1ないし4に記載した事項は,願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内にない,
②・・・(省略)
③請求項1における「僅かに」なる記載は多義的に解され不明りょうである(法36条6項2号〔特許を受けようとする発明が明確であること〕違反)
2.5.最後の拒絶理由通知応答補正後の請求項1(第二次補正)
【請求項1】90~120℃である熱分解しない温度で融解した生分解性天然樹脂(A)と130~180℃で融解した生分解性合成樹脂(B)とを混練し,均質に混合したものをホットカットしてなるペレット状生分解性樹脂組成物であって,生分解性天然樹脂(A)と生分解性合成樹脂(B)の合計を100質量部とした場合,両者の質量比がA:B=60~90:40~10であることを特徴とするペレット状生分解性樹脂組成物。
2.6.拒絶査定(第二次補正の却下)
特許庁は,上記第2次補正のうち請求項1に関する部分である「90~120℃である熱分解しない温度で融解した生分解性天然樹脂(A)」なる記載は,願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものではない等を理由に上記第二次補正を却下する決定をした。
更に、原審補正後の本願について,最初の拒絶理由通知書に記載した理由を根拠に拒絶査定をした。
2.7.審判請求時の補正(第三次補正)
【請求項1】90~120℃で加熱融解した生分解性天然樹脂(A)と130~180℃で融解した生分解性合成樹脂(B)とを混練し,均質に混合したものをホットカットしてなるペレット状生分解性樹脂組成物であって,生分解性天然樹脂(A)と生分解性合成樹脂(B)の合計を100質量とした場合,両者の質量比がA:B=60~90:40~10であることを特徴とするペレット状生分解性樹脂組成物。
要するに、第一次補正後の請求項1から、上記2.4において①新規事項に該当すること、③不明りょうな「僅かに」という記述を含むことが指摘された「(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で混練する」という構成要件を削除する補正を行った(判決中では「補正事項1」とよばれる)。
2.8.拒絶審決
審判請求時に行った補正(第三次補正)は法17条の2第4項各号に掲げる「請求項の削除」・「特許請求の範囲の減縮」・「誤記の訂正」・「明りょうでない記載の釈明」のいずれの事項をも目的とするものではないから不適法であり,また,原審補正(第1次補正)も当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものではなく不適法であるから,本願は原査定の理由により拒絶すべきである,というものである。
3.裁判所の判断のポイント
裁判所は、審決は適法であると判断した。具体的な理由は以下の抜粋箇所参照:
「(1) 補正事項1は法17条の2第4項各号に該当するか
ア 法17条の2第4項4号につき
(ア) 法17条の2第4項4号は,「明りょうでない記載の釈明(拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る。)」と規定している。ここで「明りょうでない記載」とは,それ自体意味の明らかでない記載など,記載上不備が生じている記載であって,特に特許請求の範囲について「明りょうでない記載」とは,請求項の記載そのものが文理上意味が不明りょうである場合,請求項自体の記載内容が他の記載との関係において不合理を生じている場合,又は請求項自体の記載は明りょうであるが請求項に記載した発明が技術的に正確に特定されず不明りょうである場合等をいい,その「釈明」とは,記載の不明りょうさを正してその記載本来の意味内容を明らかにすることをいうものと解される。
ところで,補正事項1は,前記のとおり,本願に係る発明のうち,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」という記載を削除するものである。
したがって,補正事項1が「明りょうでない記載の釈明」に該当するためには,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」との記載が上記明りょうでない記載と認められ,それを削除することによってその記載の本来の意味内容が明らかになるものであることを要する。
しかし,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」の記載のうち,「僅かに」の部分を除く「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも低い混練温度で」との記載は,生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度と混練温度との高低の関係をいうものであることが明白であるから,その記載自体の意味は明りょうであって,当該記載を除くことが,特許請求の範囲について明りょうでない記載をその記載本来の意味内容を明らかにするものであるとはいえず,むしろ,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」全体を削除すると,生分解性天然樹脂(A)と生分解性合成樹脂(B)との「混練」に関し,補正前発明と本件補正後の発明とではその実質に相違が生ずる可能性があると認められる。
したがって,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」との記載全体を削除することを内容とする補正事項1は,そもそも「明りょうでない記載の釈明」を目的としたものと認めることはできない。
(イ) 法17条の2第4項4号括弧書き該当性
法17条の2第4項4号に該当するためには,補正事項が「拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る」(同項4号括弧書き)ところ,同括弧書きの意義は,拒絶理由通知で指摘していなかった事項について「明りょうでない記載の釈明」を名目に補正がされることによって,既に審査・審理した部分が補正されて,新たな拒絶理由が生じることを防止するために,「明りょうでない記載の釈明」は最後の拒絶理由通知で指摘された拒絶の理由に示す事項についてするものに限定されるという趣旨と解される。・・・・最後の拒絶理由通知において明りょうでないと指摘された記載は,文中の「僅かに」という記載のみであることは明らかであるから,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」という記載全体を削除する本件補正は,審査官が「拒絶の理由に示す事項」の範囲を超え,むしろ[理由1]で指摘された新規事項の追加についての拒絶理由を回避するためになされたものと認めるのが相当である。
したがって,補正事項1は,法17条の2第4項4号括弧書きの「拒絶の理由を示す事項についてするもの」に該当しないというべきである。
イ 法17条の2第4項1ないし3号につき
前記のとおり,補正事項1は,本願に係る発明の構成の一部を削除するものであるから,法17条の2第4項1号の「第36条5項に規定する請求項の削除」を目的とするものに該当しないことはもちろん,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」という発明特定事項を削除するものであって,それにより特許請求の範囲が拡張されることが明らかであるから,同項2号の「特許請求の範囲の減縮(第36条第5項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであつて,その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限る。)」を目的とするものであるともいえず,さらに,同項3号の「誤記の訂正」を目的とするものにも該当しない。
ウ 以上のとおり,補正事項1について法第17条の2第4項各号に掲げるいずれの事項をも目的とするものではないとして,本件補正を却下した審決に誤りはない。
・・・
原告は,補正事項1が認められなければ原審補正についての拒絶理由は法17条の2第3項の規定に適合しないとして解消できないことになり,発明の保護が図れない旨主張する。
しかし,・・・法17条の2第4項4号括弧書きの「拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る」とは,同号の「明りょうでない記載の釈明」を目的とする補正については,審査官が拒絶理由中で明りょうでない旨を指摘した事項について,その記載を明りょうにする補正を行う場合に限られるのであって,新規事項の追加状態を解消する目的の補正に同号を適用する余地はないのであるから,補正事項1が認められなければ発明の保護が図れない旨の原告の上記主張は採用することができない。
その他,原告は,本件では,再度最後でない拒絶理由通知がなされる余地があったものを審査官が裁量により拒絶査定をしてしまったものであるが,当然のように補正を却下することは極めて不公平であって,このように審査官や審判官の恣意的判断に委ねられるという運用基準は法の下の平等(憲法14条)に反するとか,分割出願は特許出願において補正が却下された場合にするものであるとの考え方は分割出願の趣旨に反するものであるとか,出願人の経済的負担も大きい等と縷々主張するが,いずれも法17条の2第3,4項を正解しない独自の見解であって,採用することができない。」
2011年5月28日土曜日
遺伝子発明の進歩性の評価において、コードされるタンパク質の特徴は考慮されないと判断した事例
知財高裁、審決取消請求事件(拒絶審決維持)
平成22年(行ケ)第10073号
1.概要
クレーム発明は、ヒトパピローマウイルス18型のL2タンパク質をコードするDNA分子である。このDNA分子はヒト子宮頸がん腫由来細胞系列SW756から得られたものである。
引用例1には、臨床サンプルWV-341から得られた、ヒトパピローマウイルス18型のL2タンパク質をコードするDNA分子が開示されている。本発明のDNA分子との配列相同性は97%である。
拒絶審決では、引用例1に記載された発明に基づき容易に発明することができるから進歩性なしと判断した。
原告(出願人)はクレームされたDNAがコードするタンパク質の構造的な特徴を考慮すれば、進歩性は肯定されるべきであると主張した。しかし裁判所は「該DNA分子がコードするタンパク質と引用発明がコードするタンパク質が立体構造上の相違を示すか否かは,本来本願発明7-2の進歩性の判断に影響を与える事項ではない」と判断し審決を維持した。
2.本願請求項7
「下記の配列番号1で表されるヌクレオチド配列からなる単離精製されたヒトパピローマウイルス18型のL1DNA分子または,下記の配列番号3で表されるヌクレオチド配列からなる単離精製されたヒトパピローマウイルス18型のL2DNA分子。」
3.審決の内容
本願発明のうち,「下記の配列番号3で表されるヌクレオチド配列からなる単離精製されたヒトパピローマウイルス18型のL2DNA分子」との発明(以下「本願発明7-2」という。)は前記引用例1から認められる下記引用発明に基づいて当業者が容易に発明することができたから,特許法29条2項により特許を受けることができない。
(引用発明)
「図1・・・の4244番目のヌクレオチドから5632番目のヌクレオチドで示される1389bpのヌクレオチド配列を含むヒトパピローマウイルス18型のL2DNA分子。」
(一致点)
特定のヌクレオチド配列を含むヒトパピローマウイルス18型のDNA分子である点
(相違点(1))
該特定の配列が,本願発明7-2においては,配列番号3で表されるヌクレオチド配列であるのに対して,引用発明においては,配列番号3で表されるヌクレオチド配列とは1389bpのうち39bpが相違している(すなわち97%が同一である)点
(相違点(2))
該DNA分子が,本願発明7-2においては単離精製されたL2DNA分子であるのに対して,引用発明においてはショットガンクローニング法によって配列決定された全長ゲノムDNA分子の一部であり,実際にL2DNA分子を単離精製していない点
4.相違点(1)についての審決の判断
「この相違は,配列の解析に用いられたHPV18型が,本願発明では,明細書第26頁第第8-9行に記載されているように,ヒト子宮頸がん腫由来細胞系列SW756から得られたものであるのに対し,引用発明では・・・SW756とは異なる臨床サンプルWV-341から得られたものであるという相違に基づくものである。
一般的に,同じ型に属するウイルスにも複数のサブタイプが存在することは広く知られており,種々のサブタイプについて解析がなされている。よって,HPV18型についても,引用例1において配列が解析された臨床単離株由来のHPV18型とは異なる,周知の臨床単離株であるヒト子宮頸がん腫由来細胞系列SW756・・・由来のHPV18型ゲノムのヌクレオチド配列を解析することは,当業者が容易に想到し得ることである。」
5.原告の主張
「審決は,①相違する塩基対の数が39bpではなく40bpである点で認定すべき事実を誤認しているのみならず,②その塩基対の相違に伴い14個のアミノ酸が相違し,その中で,4個の相違がプロリンに関するものであるという事実を看過し,③プロリンは,アミノ酸の中で環状構造をとる唯一のアミノ酸であり,該環状構造をとるプロリンがアミノ酸配列中に入ることにより,ねじれやターンに影響を及ぼし,その結果,立体構造が大きく変化することが本願優先日当時の技術常識であること(以下,「技術常識1」という。)を看過し,④上記②に記載の事実及び上記③に記載の技術常識1に基づいて,本願発明7-2と引用発明のそれぞれのヌクレオチド配列によってコードされるL2タンパク質が著しい立体構造上の相違を示すという,本来認定すべきであった相違点を看過し,その結果,進歩性判断に影響を及ぼし,誤った結論を導き出すに至ったものである。」
6.裁判所の判断のポイント
「原告の主張④の点については・・・プロリンに関する4個の相違に起因して,本願発明7-2と引用発明のそれぞれのヌクレオチド配列によってコードされるL2タンパク質が立体構造上の相違を示す可能性はあるが,実際に両者の立体構造の相違が示されているわけではなく,両者が著しい立体構造上の相違を示すという事実が見出されているとは認められない。したがって,この点に関する原告の主張は採用することができない。
仮に,プロリンがアミノ酸配列中に入ることによりねじれやターンに影響を及ぼしその結果立体構造が大きく変化するという原告の主張が正しいとしても,上記主張は本願発明7-2と引用発明がコードするタンパク質に関する主張にすぎないところ,本願発明7-2はあくまでもDNA分子そのものに関する発明であって,DNA分子がコードするタンパク質は発明を特定するための事項には含まれない。このことは,たとえ本願発明の目的が,原告が主張するように,HPV18L1タンパク質とVLPを形成するという観点から,構造上機能的なHPV18L2の配列を得ることであったとしても,本願発明7-2はL2DNA分子という物の発明であるから,そのことは発明を特定するための事項には含まれないというべきである。
したがって,該DNA分子がコードするタンパク質と引用発明がコードするタンパク質が立体構造上の相違を示すか否かは,本来本願発明7-2の進歩性の判断に影響を与える事項ではないというべきである。」
「原告は,審決が本願優先日当時の技術常識2(注:(ⅰ)一般に,HPVに属するL2タンパク質が,同一のHPVに属するL1タンパク質と一緒にVLPを形成することができ,ウイルスのカプシド構造を構成すること,及び(ⅱ)そのVLPの表面において,L2タンパク質が少なくとも1個の免疫原性エピトープを提供すること)を看過し,本願発明7-2と引用発明のそれぞれのヌクレオチド配列によってコードされるL2タンパク質が著しい立体構造の相違を示すことや,①L2タンパク質がL1タンパク質と一緒に立体構造上うまく会合してVLPを形成できるかどうかという点,及び,②仮にそのVLPが形成できたとしても,その表面においてL2タンパク質が少なくとも1個の免疫原性エピトープを提供できるかどうかという点について全く考慮しないで容易想到性を判断したと主張する。
しかし,技術常識2は,HPVに属するL2タンパク質の構成やそのもたらす作用に関する技術的事項であるところ,本願発明7-2はあくまでもDNA分子そのものに関する物の発明であるから,その進歩性の有無はそのようなDNA分子に到ることが容易か否かで判断されるべきものである。すなわち,ここでは,本願発明7-2であるDNA分子をクローニングすることが引用発明との関係において容易想到か否かが問題となるにすぎないところ,そのDNA分子がコードするタンパク質の特徴に関する技術常識2の存在が,そのタンパク質をコードする本願発明7-2であるDNA分子のクローニングを困難にするとの証拠はないから,技術常識2は,本願発明7-2の進歩性の判断に何ら影響を及ぼすものではないというべきである。
また,原告の主張は,本願発明においては,L2タンパク質がL1タンパク質と一緒に立体構造上うまく会合してVLPを形成でき,その表面においてL2タンパク質が少なくとも1個の免疫原性エピトープを提供できることを前提とするものであるが,本願明細書の記載を精査しても,実施例13においてL1タンパク質及びL2タンパク質がそれぞれ発現していることは確認できるものの,さらに進んで,本願発明7-2のL2DNA分子によってコードされるL2タンパク質がL1タンパク質と一緒にVLPを形成し得ること,及びその表面においてL2タンパク質が少なくとも1個の免疫原性エピトープを提供できることを確認できる記載は見当たらない。この点に関し,原告は,本願発明が,HPV18型のヒト子宮頸癌腫由来細胞系列SW756由来のHPV18型ゲノムのヌクレオチド配列を解析し,その結果,米国及び欧州で最初に承認された極めて医学的貢献度の高い子宮頸癌ワクチンに含まれるVLPを形成する,HPV18型のL1タンパク質とともにVLPを形成し得るL2タンパク質を見出したものであることは甲17によって実証されている旨主張するが,甲17は本願優先日以後の平成22年(2010年)6月に作成された研究者の宣誓供述書にすぎず,しかも本願明細書に記載されていない技術的事項が多く含まれているから,甲17の記載をもって本願発明の内容を論じる原告の上記主張は失当である。」
2011年5月8日日曜日
用途発明の新規性否定のための引用発明の適格性が争われた事例
知財高裁平成23年3月23日判決
平成22年(行ケ)第10313号 審決取消請求事件
1.概要
ある物質が所定の用途に特に適することが見出された場合には、当該物質が公知物質である場合でも用途発明の新規性が肯定される場合がある。
本事例では、「所定の用途に特に適する」という認識が先行技術文献にて開示されていなくとも、同一物質を同一用途に記載することが記載されている場合には用途発明の新規性は否定されると判断した。原告は、用途発明の新規性否定のための引用発明は用途発明として完成されている必要があるとする根拠として東京高裁平成13年4月25日判決平成10年(行ケ)第410号事件判決を引用するものの裁判所は原告主張を認めていない。
本事例は、いわゆる「比較例」が新規性否定の引用発明となることを示す点でも参考になる。
2.本件発明1
【請求項1】胴搗き製粉,ロール製粉,石臼製粉,気流粉砕製粉又は高速回転打撃製粉により得られたものであり,粒度が,米粉(酵素処理したものを除く)を100メッシュの篩にかけ,100メッシュの篩を通過した区分を140メッシュの篩と200メッシュの篩に順次かけ,各篩上に残った米粉の重量を測定し,前記米粉100重量%中140メッシュの篩上に残る区分と200メッシュの篩上に残る区分とを合計して20~40重量%含み,200メッシュを通過した区分が53.12重量%以上である,小麦粉を使用しないパン用の米粉。(以下「本件発明1」という。)
本件発明1の構成を充足する米粉は、小麦粉パンと同様の外観、内相、食味を備え、日持ちに優れたパンを製造することができる。
3.審決の理由
本件発明1は,甲1(新潟県食品研究所,研究報告第27号,21ないし28頁,平成4年8月発行)に記載された発明(以下「甲1発明」という。)・・・・であるから・・・特許法29条1項3号の規定に該当し,特許を受けることができない。
4.甲1の開示事項
甲1には、本件発明1と同じ粒度分布の米粉が「胴搗方式製粉による米粉」として記載されている。甲1では、「胴搗方式製粉による米粉」を用いてパンを製造したことが記載されている。
ただし甲1は、「酵素処理(ペクチナーゼ処理)を行った米粉」が、製パン用の米粉として好適であることを開示することを主眼とする文献である。酵素処理を行っていない「胴搗方式製粉による米粉」(本件発明1と同一粒度の米粉)は、「酵素処理(ペクチナーゼ処理)を行った米粉」と比較して製パン原料としては好ましくないと言及されている。「胴搗方式製粉による米粉」はいわゆる「比較例」としての開示されている。
5.原告の主張
「出願前に公知である物質については,新たな用途の使用に適することが見いだされない限り,新規性は認められない。そして,用途発明の新規性を判断する上で,これと対比する発明(引用発明)も,用途発明でなければならず,かつ発明として完成していることが必要である。引用発明が用途発明として完成しているというためには,当業者が反復実施して従来技術以上の優れた効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていることが必要である。逆に,引用発明によって得られる効果が従来技術に比べて劣悪な場合には,新たな用途の使用に適することは未だ見いだされていないといわざるを得ず,引用発明としての適格性を欠くというべきである。」
6.裁判所の判断
裁判所は、本件発明1は甲1発明と同一であるとして新規性を否定した審決に誤りはないと判断した。原告の上記主張については以下のように指摘した。
「原告は,新規性を判断する引用発明は,完成した発明でなければならないところ,引用発明は,用途発明として完成しているとはいえないから,新規性を判断する上で対比されるべき引用発明としての適格性を欠くと主張する。
しかし,原告の上記主張は,以下の理由により,採用することができない。
すなわち,特許制度は,発明を公開した代償として,一定の期間の独占権を付与することによって,産業の発展を促すものであるから,既知の技術を公開したことに対して,独占権を付与する必要性はないばかりでなく,仮に,そのような技術に独占権を付与することがあるとするならば,第三者から,既知の技術を実施し,活用する手段を奪い,産業の発達を阻害することになる。特許制度の上記趣旨に照らすならば,出願に係る発明が,既に公知となっている技術(引用発明)と同一の構成からなる場合は,当該出願に係る発明は,新規性を欠くものとして,特許が拒絶されるというべきである。原告が主張する引用発明の完成とは,引用発明が従前の技術以上の作用効果を有することを意味するものと解されるが,新規性の有無を判断するに当たって,引用発明として示された既知の技術それ自体が,従前の技術以上の作用効果を有することは要件とすべきではない。
また,出願に係る発明は,特定の用途を明示しているのに対して,引用発明は,出願に係る発明と同一の構成からなるにもかかわらず,当該用途に係る記載・開示がないような場合においては,出願に係る発明の新規性が肯定される余地はある。
しかし,そのような場合であっても,出願に係る発明と対比するために認定された引用発明自体に,従前の技術以上の作用効果があることは,要件とされるものではない。
以上の観点から,以下,本件発明1と甲1発明とを対比する。
(1) 本件発明1は,上記のとおり,米粉の粒度を特定し,粗い粉を一定量含有させたことに特徴がある発明であり,「パン用」という用途の特定はあるものの,用途そのものに格別の特徴を有する発明とまではいえない。
他方,甲1には,前記認定のとおり,米粉により作製したパンは小麦粉により作製したパンに比べて品質が劣ること,従来の方式で製粉された米粉を分級する方式で,パン用として使用することは困難であると思われること,ペクチナーゼ処理をした米の米粉は製パンに適した特性を有するのに対し,篩分によって得た米粉は製パンの適性が低いことなどが記載されている。
また,甲1には,ペクチナーゼ処理をせず篩分により得た微細な米粉はパン用に適さないこと,甲1の特定の条件の下では,小麦粉や,ペクチナーゼ処理をした米の粉により作製されたパンと比較して,篩分によって得た米粉により作製されたパンの方が,外観や食味において劣っていたこと等の記載がある。しかし,甲1は,ペクチナーゼ処理をした米を製粉して得られる米粉がパンの作製に適するとの結論を導くために記述された論文であって,篩分によって得た米粉はパン用に適さないとの上記の記述は,ペクチナーゼ処理により製パン性が向上すること等の結果を示す文脈において,ペクチナーゼ処理をした場合との比較を示した記述といえる。
むしろ,甲1の表2によれば,作製されたパンの外観及び食味について,小麦澱粉が「+++」,ロール製粉の米粉が「― ―」であるのに対し,胴つきの米粉は「+」とされている。また,甲1の研究において使用された米粉は特定されているから,表2の「胴つき製粉」の米粉,「ロール製粉」の米粉は,図3の「胴搗方式製粉による米粉」,「ロール方式製粉による米粉」と同様のものであり,それぞれ図3に示されたのと同様の粒度分布を有するものと推認される。そうすると,図3と表2によれば,本件発明1の数値範囲に含まれる粒度の米粉(「胴つき製粉」の米粉)によって,本件発明1とは異なる粒度の米粉(「ロール製粉」の米粉)よりも外観,食味において優れたパンが製造されたことが示されていると認定できる。
以上によれば,甲1には,本件発明1に定められた数値範囲内の粒度の米粉を用いてパンを製造する用途が明示的に記載されており,本件発明1に定められた数値範囲内の粒度のパン用の米粉の発明が記載されているといえる。したがって,甲1発明は,本件発明1の新規性を判断する上で,引用発明としての適格性を欠くと解する余地はない。
(2) また,原告は,甲33,34によれば,甲1発行前にすでに良質の米粉100%の米粉パンが開発されていたから,甲1の酵素処理を行っていない「胴搗方式製粉による米粉」は,当業者が反復実施して従来技術以上の優れた効果を挙げることができる程度まで具体的・客観的なものとして構成されているとはいえず,パン用の米粉の発明として未完成であると主張する。
しかし,甲33,34は,その評価の基準が必ずしも甲1と同一ではなく,甲33,34に,米粉によって良質なパンができたことが記載されていたとしても,そのことを理由として,甲1発明が,本件発明1の新規性の有無を判断する前提としての適格性を欠くということはできない。
したがって,甲1には,本件発明1に定められた数値範囲内の粒度のパン用の米粉に係る発明(甲1発明)が用途とともに記載されているから,本件発明1は,甲1発明と同一であり,新規性を欠くというべきである。」