2025年3月9日日曜日

特許権侵害訴訟において数値限定発明の構成要件充足性と均等侵害が争われた事例(知財高裁控訴審)

知財高裁令和7年3月4日判決
令和6年(ネ)第10026号 特許権侵害行為差止等請求控訴事件
(原審・大阪地方裁判所令和4年(ワ)第9521号
 
1.概要
 本判決は、特許権侵害訴訟の控訴審の知財高裁判決である。
 控訴人(原審原告)が有する本件特許の請求項1に係る発明(本件発明1)は熱可塑性樹脂組成物に関するものであり、「ヒドロキシフェニルトリアジン骨格を有する、分子量が700以上の紫外線吸収剤」を構成要件として含む(構成1B)。
 一方、被控訴人(原審被告)による被告製品は、分子式C4257で表される化合物を紫外線吸収剤(判決文中では「UVA」と略称される)として含む。被告製品中のUVAの分子量は699.91848である。このため、構成1Bの「700以上」の充足性、及び、均等侵害の成立について争点となった。
 大阪地裁での原審では、文言侵害について、「当業者において、UVAの分子量を、算出された分子量を丸めて整数値とすることが技術常識であると認めることもできない」ことなどを理由に、被告製品は構成1Bを充足しないと判断した。また、均等侵害については、「数値をもって技術的範囲を限定し(数値限定発明)、その数値に設定することに意義がある発明は、その数値の範囲内の技術に限定することで、その発明に対して特許が付与されたと考えられるから、特段の事情のない限り、その数値による技術的範囲の限定は特許発明の本質的部分に当たると解すべきである」と判示し、均等の第1要件を満たさないとして均等侵害の成立を否定した。地裁判決については当ブログの2024年3月17日記事参照(https://benrishie.blogspot.com/2024/03/blog-post.html)。
 知財高裁は、文言侵害について、「本件で問題となっている(紫外線吸収剤の分子量)「700以上」という数値範囲は、権利者(出願人)が、権利範囲を画定するために自ら定めたものであり、特許発明の技術的範囲(独占の範囲)に属するものと属さないものを、一線をもって区分する線引きにほかならない。そうである以上、上記数値範囲の下限である「700」は、切り下げられた小数点以下の端数も、切り上げられた小数点以下の端数も持たない、本来的な意味での整数値と解釈するのが相当である。」として、被告製品は構成1Bを充足しないとの結論を維持した。また、均等侵害については、地裁判決と異なり、「上記分子量の相違は、本件各発明の本質的部分に関するものとはいえないと解される」として、均等の第1要件は満たすと判断した一方で、「下限値「700」をわずかでも下回る分子量のものについては、技術的範囲から除外することを客観的、外形的に承認したと認めるのが相当」であるとして、均等の第5要件を満たさないため、均等侵害の不成立の結論を維持した。
 
2.裁判所の判断のポイント
「第 8 争点1-1(構成要件1B、6Bの充足性)について
 8-1 控訴人は、構成要件1B、6Bの「分子量が700以上」の「700」は小数第1位の数字を四捨五入した数値と理解されるから、上記構成は「699.5以上」と解釈すべき旨主張しており、その当否が問題となる。
・・・(略)・・・
 8-3(2) 以上を踏まえて検討するに、上記の技術常識が存在するからといって、特許請求の範囲に数値限定が発明特定事項として記載されている場合における当該数値の意義(クレーム解釈)に、当該技術常識がそのまま妥当するものではない。
 すなわち、特許請求の範囲は、特許発明の技術的範囲を画するものであり(特許法70条1項)、第三者の予測可能性を保障する「権利の公示書」としての役割が求められるものである。したがって、その解釈は、特許法固有の観点を抜きに行うことはできない。
 このような観点から考えるに、本件で問題となっている(紫外線吸収剤の分子量)「700以上」という数値範囲は、権利者(出願人)が、権利範囲を画定するために自ら定めたものであり、特許発明の技術的範囲(独占の範囲)に属するものと属さないものを、一線をもって区分する線引きにほかならない。そうである以上、上記数値範囲の下限である「700」は、切り下げられた小数点以下の端数も、切り上げられた小数点以下の端数も持たない、本来的な意味での整数値と解釈するのが相当である。
 数値範囲にこれと異なる趣旨、役割を持たせたいのであれば、特許請求の範囲又は明細書に、分子量の計算方法や小数点以下の数値の処理等を説明しておくべきである。本件明細書等にそのような記載がないことは前述のとおりであり、以上によれば、「分子量が700以上」という構成要件は、分子量が700をたとえ0.00001でも下回れば、これを充足しない(その技術的範囲に属さない)ものと解すべきことになる。
 なお、技術文献等で分子量が整数値で示されている場合の一般的な意味についての技術常識は上記第 8-3(1))のとおりであるとしても、それは技術的範囲の解釈(クレーム解釈)という法律問題とは次元の異なる問題である。また、上記第 8-3(1))のとおり、桁数の異なる数値を比較することは一般に適切でないと考えられているとしても、特許請求の範囲における数値限定の意義は単純に2つの数値を比較する場面とは異なるから、この点も、上記の認定判断を左右しない。
 8-4 小括
 以上のとおり、控訴人の主張するクレーム解釈(「分子量が700以上」の「700」は小数第1位を四捨五入した数値と理解されるから、上記構成は「699.5以上」と解釈すべき旨の主張)は採用できない。被控訴人UVAは、その分子量が700には満たない699.91848であるから、被控訴人製品は構成要件1Bを、被控訴人方法は構成要件6Bを充足しない。
 
 9 争点1-2(均等侵害の成否)について
 9-1 均等論の第1要件(非本質的部分)について
 被控訴人UVAの分子量は699.91848であり、本件各発明の構成要件1B、6Bの「分子量が700以上」という数値範囲に含まれない。しかし、上記数値範囲は、臨界的意義を有するものではなく、本来、本件各発明の作用効果との関係で技術的意義を有する分子量は、ピンポイントの700ではなく、かなり広い幅にまたがる数字と考えられるところ、いわば「切りのよい数字」として「700以上」という数値限定を採用したものと理解される(上記第 7-3)。そして、紫外線吸収剤としての性質が分子量699.91848の場合と700の場合とで実質的に異なるとは考え難いものと認められる(前記第 8-3(1))。
 そうすると、上記分子量の相違は、本件各発明の本質的部分に関するものとはいえないと解される。本件で、均等論の第1要件は充足する。
 9-2 均等論の第5要件(意識的除外等の特段の事情)について
 9-2(1) 均等論の第5要件とは、「対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情がないこと」であり(最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁)、被疑侵害者側が主張立証責任を負う。
 9-2(2) そこで検討するに、まず、特許請求の範囲の記載は、特許発明の技術的範囲を画する機能を有するものであり(特許法70条1項)、第三者に対しては「権利の公示書」としての役割を果たすことが求められるものである。構成要件1B、6Bの「分子量700以上」との記載は、一般的な技術文献の記載ではなく、上記のような役割を担う特許請求の範囲の記載であることが本件の大前提となる。
 そして、証拠(甲8、9)によれば、化合物の分子量は、その分子を構成する原子の原子量の和に等しく、原子量の選定については歴史的変遷があるものの、小数第4位又は第5位の数字で示される原子量表記載の数値によることになるから、そのような小数点以下の数値を有する数値として算出されるということは、本件特許の出願日当時の技術常識であったと認められる。それにもかかわらず、控訴人は、本件特許の特許請求の範囲の請求項1、6の「分子量が700以上の紫外線吸収剤」との構成の数値範囲について、「700以上」という整数値をあえて使用している。
 本件において、分子量700という数値に臨界的意義も認められないから、当該数値は控訴人がいわば任意に選択して定めたものといえる。また、控訴人としては、その数値範囲を「699.5以上」とすることや、分子量の小数点以下の数値の取扱いについて定めることも容易にできたと解されるにもかかわらず、あえてそのような手当もしていない。これは、小数点以下の数値は、技術的に意味のある数字でないという理解に加え、法的にも特段の含意がない(特別な意味を持たせない)ことを前提とするものと解するべきである。
 そうすると、控訴人が特許請求の範囲において分子量を「700以上」とする数値範囲を定めたということは、「700以上」か「700未満」かという線引きをもって特許発明の技術的範囲を画し、下限値「700」をわずかでも下回る分子量のものについては、技術的範囲から除外することを客観的、外形的に承認したと認めるのが相当である。
 9-2(3) 控訴人は、平成29年最高裁判決は、意識的除外と評価できる場合を、特許請求の範囲の構成に代替し得る技術を明細書に記載し、客観的、外形的に表示した場合に限定しており、出願人の主観的認識だけを問題としていない旨主張する。しかし、同最判は、いわゆる出願時同効材に関する判断を示したものであって、本件に適切でない上、上記第 9-2(2)の判断は、特許請求の範囲の記載の公示機能を重視する同最判の趣旨に何ら反するものとはいえない。
 9-2(4) 以上のとおり、紫外線吸収剤の分子量が699.91848(本来的には700未満であり、小数第1位を四捨五入することによって初めて「700以上」に含まれることになる数値)の被控訴人UVAを使用する被控訴人製品及び被控訴人方法は、本件特許の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるというべきである。したがって、本件においては、均等論の第5要件を充足せず、控訴人主張の均等侵害は成立しない。」

2025年3月2日日曜日

用途発明の引用発明適格性について判断された事例

 知財高裁令和7年2月13日判決
令和5年(行ケ)第10093号(第1事件)、第10094号(第2事件)審決取消請求事件
 
1.概要
 本判決は、被告が有する特許権に対する無効審判の審決(進歩性肯定、請求棄却)に対する無効審判請求人(原告)が請求した審決取消訴訟の知財高裁判決である。
 本件発明は、医薬の用途発明である。
 引用文献(甲イ3)に記載の発明(甲3発明)に対する進歩性が争われた。
 審決では、引用文献には本件発明の医薬用途が記載されているから、本件発明と甲3発明とは医薬用途において一致すると認定した。
 知財高裁は、引用発明が医薬用途発明と認められるためには、当業者において、対象用途における実施可能性を理解、認識できるものでなければならないとして、本件発明の医薬用途は引用文献には記載されておらず、その点で審決の認定には誤りがあると判断した。

引用発明が用途発明と認められるためには、単に、引用発明に係る物質(薬剤)が、対象とする用途に使用できる可能性があるとか、有効性を期待できるとか、予備的な試験で参考程度のデータながら有望な結果が得られているといったレベルでは足りず、当該物質(薬剤)が対象用途に有用なものであることを信頼するに足るデータによる裏付けをもって開示されているなど、当業者において、対象用途における実施可能性を理解、認識できるものでなければならないというべきである。このように解さないと、上記のようなプロセスを経て完成された実施可能性のある医薬用途発明が、実施可能性を認め難い引用発明によって、簡単に新規性、進歩性を否定されることになりかねず、その結果は不当と考えざるを得ない。」
 
2.本件発明
 本件特許の特許請求の範囲(請求項1)は以下のとおりである。
【請求項1】
(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチルキサンチンを含有する薬剤であって、
 前記薬剤は、パーキンソン病のヒト患者であって、L-ドーパ療法において、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者を対象とし、
 前記薬剤は、前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために前記患者に投与され、
 前記薬剤は、前記L-ドーパ療法においてL-ドーパと併用して前記対象に投与される、
 ことを特徴とする薬剤。
 なお、本件発明の有効成分である「(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチルキサンチン」は「KW-6002」と呼ばれている。
 (E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチルキサンチン(KW-6002)は、「アデノシンA2A受容体アンタゴニスト」の1種である。
 
3.無効審判審決が認定した、引用文献(甲イ3)に記載の発明(甲3発明)、及び、本件発明と甲3発明との一致点、相違点
【甲3発明】
 アデノシン受容体アンタゴニストであるテオフィリン(1週間の負荷相では、毎日増量、100mg1日2回、6週間の一定状態相では、600mg/日、1週間のウォッシュアウト相では、毎日減量、100mg1日2回)を含有する薬剤であって、
 L-ドーパで治療され(764±170mg/日)、L-ドーパ誘導性運動副作用であるウェアリング-オフを有する進行期パーキンソン病(APD)の患者に投与され、
 オン時間の持続を~30%増加させ、その結果、オフ時間の持続を減少させる作用を有する、薬剤。
【一致点】
 アデノシンA2A受容体アンタゴニストを含有する薬剤であって、前記薬剤は、パーキンソン病のヒト患者であって、L-ドーパ療法において、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者を対象とし、
 前記薬剤は、前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために前記患者に投与され、
 前記薬剤は、前記L-ドーパ療法においてL-ドーパと併用して前記対象に投与される、薬剤。
【相違点】
 本件訂正発明では、アデノシンA2A受容体アンタゴニストが、「(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチルキサンチン」であるのに対し、甲3発明では、「テオフィリン」である点。
 
 上記の通り、審決では、本件発明の用途の特徴が、甲3にも記載されていると認定した。
 ただし、審決では、上記の相違点に係る本件発明の特徴は、当業者が容易に想到できないと判断し、本件発明は、甲3発明に基づき当業者が容易に発明でない(進歩性あり、請求棄却)と結論づけた。
 
4.裁判所の判断のポイント
(3) 本件発明と甲3発明の一致点及び相違点
ア 甲3発明の「テオフィリン」と本件発明の「KW-6002」とは、「アデノシンA2A受容体アンタゴニスト」である限りにおいて一致する。
 また、甲3発明の「L-ドーパで治療され(764±170mg/日)、L-ドーパ誘導性運動副作用であるウェアリング-オフを有する進行期パーキンソン病(APD)患者」は、本件発明の「パーキンソン病のヒト患者であって、L-ドーパ療法において、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者」に相当する。
 以上の点については本件審決が認定するとおりであり、当事者間にも争いはない。
イ 他方、本件発明は、KW-6002を含有する薬剤という、「物」の発明ではあるものの、特定の患者に投与され、当該患者における特定の症状(疾病)に適用される、医薬についての発明(医薬発明)であって、化合物などの化学物質自体の発明や、使用目的(用法)についての特定がない組成物の発明とは異なる。
 このような用途発明としての本件発明と引用発明との一致点及び相違点の認定に当たっては、引用発明が用途発明として認められるか否かを吟味し、用途発明としての一致点を抽出できないときは、これを相違点として明らかにすべきである。
 そして、特に医薬の分野においては、機械等の技術分野と異なり、構成(化学式等をもって特定された化学物質)から作用・効果を予測することは困難なことが多く、対象疾患に対する有効性を明らかにするための動物実験や臨床試験を行ったり、あるいは、化学物質が有している特定の作用機序が対象疾患に対する有効性と密接に関連することを理解できる実験を行うなど、時間も費用も掛かるプロセスを経て、実施可能性を検証して、初めて用途発明として完成するのが通常である。このこととの平仄から考えても、引用発明が用途発明と認められるためには、単に、引用発明に係る物質(薬剤)が、対象とする用途に使用できる可能性があるとか、有効性を期待できるとか、予備的な試験で参考程度のデータながら有望な結果が得られているといったレベルでは足りず、当該物質(薬剤)が対象用途に有用なものであることを信頼するに足るデータによる裏付けをもって開示されているなど、当業者において、対象用途における実施可能性を理解、認識できるものでなければならないというべきである。このように解さないと、上記のようなプロセスを経て完成された実施可能性のある医薬用途発明が、実施可能性を認め難い引用発明によって、簡単に新規性、進歩性を否定されることになりかねず、その結果は不当と考えざるを得ない。
・・・(略)・・・
ウ このような観点から、甲3発明の薬剤につき、「進行期パーキンソン病患者においてオフ時間の持続を減少させるため」という用途における実施可能性を当業者が理解、認識できるものとして甲イ3に記載されているかどうか、以下に検討する。
(まず、甲イ3は、その試験が、本件明細書の実施例1で採用する「ランダム化・プラセボ対照・ダブルブラインド試験」と比べると精度が低い「オープン試験」で行われているというだけでなく、試験を完了した患者数も9名と少ない上、臨床/科学ノートの形式による全1頁での報告にすぎず、そのため、論文(フルペーパー)の形式であれば当然記載されるはずの試験の方法についての詳細な記載がなく、試験に参加した患者等におけるバイアス(投与されている薬が効くという思い込みなど)の防止が図られているか否かさえ把握することができず、また、どのようにオン・オフ時間を測定したのか等についての基本的な情報もなく、その正確さを検証することができない。上記のような内容及び形式の甲イ3(全1頁で試験の概要のみを示した臨床/科学ノート)は、それ単独で信用できる臨床試験結果と評価することは困難であり、本来、これを受けて、甲イ3の著者や他の研究者らによって、論文(フルペーパー)の形式で、テオフィリンのオフ時間減少効果の有無について進行期パーキンソン病患者で試験した報告に進むことが想定されるのに、そのような報告に至っていない。このような点にも照らすと、甲イ3の試験結果は、上記医薬用途を示すものとしては、不十分といわざるをえない。
 甲イ3の著者自身も、進行期パーキンソン病患者におけるウェアリング・オフ現象/オン・オフ変動について、「テオフィリンが治療上有効である」とか、「テオフィリンを用いれば治療薬を提供できる」とまで述べているわけではない。
(さらに、KW-6002などの、テオフィリンよりも強力で選択的なアデノシンA2A受容体アンタゴニストを各種パーキンソン病モデル動物に投与することで、パーキンソン病症状に対するアデノシンA2A受容体の阻害作用の影響を確認することが行われてはいたものの、それらのモデル動物はウェアリング・オフ現象/オン・オフ変動を生じていたものではなく、テオフィリンが有する複数の作用のうちの一つでもあるアデノシンA2A受容体の阻害作用が、L-ドーパ療法を受ける進行期パーキンソン病患者においてL-ドーパの作用時間を延長させる(オフ時間を減少させる)効果をもたらすという、ウェアリング・オフ現象/オン・オフ変動についての作用機序が存在することについて、本件優先日当時には具体的に明らかになっていなかった。
(そうすると、甲3発明の薬剤が、「進行期パーキンソン病患者におけるオフ時間の持続を減少させるため」に使用できる(実施可能である)と当業者が理解、認識するものであるとは認められないというべきである。
エ 以上を前提にすると、被告が主張するとおり、甲3発明の薬剤が「L-ドーパで治療される」当該患者の「オン時間の持続を~30%増加させ、その結果、オフ時間の持続を減少させる作用を有する」ものであることを理由に、本件発明の「前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために前記患者に投与され、前記薬剤は、前記L-ドーパ療法においてL-ドーパと併用して前記対象に投与される」ものに相当するとして、甲3発明の医薬用途を肯定し、これを本件発明との一致点とした本件審決の認定には誤りがあるといわざるを得ない。
オ そこで、改めて本件発明と甲3発明の一致点及び相違点を検討すると、正しくは以下のようなものとして認定すべきである。
【一致点】
 アデノシンA2A受容体アンタゴニストを含有する薬剤であって、
 前記薬剤は、パーキンソン病のヒト患者であって、L-ドーパ療法において、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者を対象とし、
 前記薬剤は、前記L-ドーパ療法においてL-ドーパと併用して前記対象に投与される、薬剤。
【相違点1】
 本件発明は、「L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために患者に投与され」る用途発明としての「薬剤」であるのに対し、甲3発明は、そのような用途発明とは認められない点。
【相違点2】
本件発明は、アデノシンA2A受容体アンタゴニストが「(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチルキサンチン(KW-6002)」であるのに対し、甲3発明は、アデノシンA2A受容体アンタゴニストが「テオフィリン」である点。」

2025年2月9日日曜日

発明者は自然人に限られ人工知能を発明者とした特許出願の却下を適法とした知財高裁判決

 知財高裁令和7年1月30日判決言渡
令和6年(行コ)第10006号 出願却下処分取消請求控訴事件
(原審・東京地方裁判所令和5年(行ウ)第5001号


1.概要

 本件は、人工知能(AI)が発明者とはなり得ない旨判示された東京地裁判決の取り消しを求めた控訴審の知財高裁判決である。発明

 知財高裁は「同法(特許法)に基づき特許を受けることができる「発明」は、自然人が発明者となるものに限られる

と解するのが相当である」と判示し、原審に違法性は無いとして原告の請求を棄却した。


⒉.経緯

 本件原告は国際出願の日本国内移行出願における国内書面の【発明者】の【氏名】欄に、「ダバス、本発明を自律的に発明した人工知能」と記載するとともに、「本出願に係る発明は、人工知能(AI)によって自律的になされたものであり、発明者として、『ダバス、本発明を自律的に発明した人工知能』と明記しております。」と記載した上申書を提出した。

 特許庁は、出願人である原告に対し、国内書面の発明者の氏名欄には発明者として自然人でない者が記載されているものと認められるから、発明者の氏名欄に自然人の氏名を記載する補正を行わなければならないとして、手続補正指令書(方式)を発送し、本件国内書面の発明者の氏名欄に自然人の氏名を記載する補正をすべきことを命じた。

 原告は、自然人への補正を行わなかったため、特許庁長官は出願却下処分をした。

 以下の2点が争点となった。

 ⑴ 特許権により保護される「発明」は自然人によってなされたものに限られるか

 ⑵ 国際特許出願に係る国内手続において、国内書面の「発明者の氏名」は必要的記載事項であるか


3.裁判所の判断のポイント

「当裁判所も、本件処分は適法であり、原告の請求は理由がないと判断する。

その理由は、以下のとおりである。

1 争点⑴(特許権により保護される「発明」は自然人によってなされたものに限られるか)について

⑴ 特許法上の「発明」と特許を受ける権利について

ア 特許法は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とし(同法1条)、特許権は、同法所定の出願、審査の手続を経て、設定の登録により発生する(同法66条1項)と規定している。すなわち、特許権は、特許法により創設され、付与される権利であり、特許を受ける権利もまた、同法により創設され、付与される権利である。特許法は、特許権及び特許を受ける権利の実体的発生要件や効果を定める実体法であると同時に、特許権を付与するための手続を定めた手続法としての性格を有する。

イ 特許法29条1項柱書は、「産業上利用することができる発明をした者は、…その発明について特許を受けることができる。」と規定しており、同項の「発明をした者」は、特許を受ける権利の主体となり得る者すなわち権利能力のある者であると解される。

また、同法35条1項にいう「従業者等」が自然人を指すことは、文言上、同項の「使用者等」に法人、国又は地方公共団体が含まれているのに対し、「従業者等」には法人等が含まれていないことから明らかである。そして、同条3項は、「従業者等がした職務発明」について、一定の場合に特許を受ける権利が原始的に使用者等に帰属する場合があることを定めているが、同項の規定も発明をするのは自然人(従業員等)であることを前提にしている。特許法上、「特許を受ける権利」の発生及びその原始帰属者について定めた規定は、上記の同法29条1項柱書及びその例外を定める同法35条3項以外には、存在しないから、特許法上、「特許を受ける権利」は、自然人が発明者である場合にのみ発生する権利である。そして、本件で問題となっている国際出願に係る国内書面のほか、特許出願の願書(特許法36条1項2号)、出願公開に係

る特許公報(同法64条2項3号)、国際出願の国内公表に係る特許公報(同法184条の9第2項4号)、設定登録に係る特許公報(同法66条3項3号)については、いずれも「発明者の氏名」を記載又は掲載するものとされ、それぞれ、特許出願人、出願人又は特許権者について「氏名又は名称」を記載又は掲載するものとされていることと対比しても、発明者については自然人の呼称である「氏名」を記載又は掲載することを規定するものであって、職務発明の場合も含め、発明者が自然人であることが前提とされている。

ウ そうすると、特許法は、特許を受ける権利について、自然人が発明をしたとき、原則として、当該自然人に原始的に特許を受ける権利が帰属するものとして発生することとし、例外的に、職務発明について、一定の要件の下に使用者等に原始的に帰属することを認めているが、これら以外の者に特許を受ける権利が発生することを定めた規定はない。また、同法に定

める「特許を受ける権利」以外の権利に基づき特許を付与するための手続を定めた規定や、自然人以外の者が発明者になることを前提として特許を7付与するための手続を定めた規定もない。したがって、同法に基づき特許を受けることができる「発明」は、自然人が発明者となるものに限られると解するのが相当である。

エ(ア) これに対し、原告は、特許法29条1項柱書は「AI発明については特許を受ける権利が発生しない」などと規定しているわけではなく、法人が発明者とならないとの解釈についても同法35条3項と併せて初めて導き出されるものであり、同項に相当する規定がないAI発明について、同法29条1項柱書のみから、特許を受ける権利が発生しないと解することはできない旨主張する。

 しかし、特許を受ける権利は、特許権と同じく特許法により創設され、付与される権利であるから、権利能力のない存在が発明した発明について特許を受ける権利が発生する旨の規定や、その場合の権利の帰属者を定める規定がないのに、これを否定する規定がないことだけを理由に、特許法上、権利能力のない存在が行った「発明」について特許を受ける権利が発生するとは認められない。

 そもそも、特許法が予定している「特許を受ける権利」の解釈は、特許法29条1項柱書の文言、同法の他の規定の文言との整合性を検討した上でされるべきものであり、検討した結果、同項柱書にいう「発明をした者」が自然人をいうものと解されることは、前記ウのとおりである。

 したがって、原告の前記主張は理由がない。

(イ) 原告は、前記各最高裁判決を引用し、発明が自然人によって創作されたか否かという主体の面は重視されていない等と主張する。しかし、これらの最高裁判決は、いずれも発明の要件としての技術的完成度や自然法則の利用等が問題となった事案であって、「発明」の主体が争点となった事案ではない。確かに、特許法2条1項の規定する「発明」の定義(自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの)中には、発明者が誰であるかという点は明示的に含まれてはいないけれども、特許法上、特許を受けるための手続については、これまで検討したとおり、権利能力のない存在を発明者とする発明について特許を付与するための手続は定められていない。したがって、仮に、原告が主張するように特許法上の「発明」の概念自体は自然人を発明者とする場合に限られないと解したとしても、権利能力のない存在を発明者とする「発明」について、同法に基づく手続により特許権を付与する余地がないことに変わりはない。

(ウ) 原告は、AIであるダバスがした発明について、善意の占有者(民法189条1項、205条)又は所有者(同法206条、89条1項)の果実取得権に基づき、本件出願に係る発明についての特許を受ける権利を有していると主張する。

 しかし、発明という情報を客体として保護する場合の財産権の具体的内容は、特許法その他の個別の法律により決まるべき性質のものである。AIは有体物ではないから、所有権の対象にはならず、仮に、AIの使用者が民法205条の規定にいう財産権を行使している者に該当すると考えた場合でも、「AI発明について特許を受ける権利」は、「物の用法に従い収取する産出物」又は「物の使用の対価として受けるべき金銭その他の物」(民法88条1項及び2項)のいずれにも該当しない。前記のとおり、AI発明について特許を受ける権利が発生する根拠規定自体存在しないのであるから、現行法上、これを財産権の行使に係る果実に該当するものと解することはできない。そもそも、AIに係る当該産権の内容として、いかなるものを考えるべきかどうかということ自体、今後の検討課題と言わざるを得ない。特許法が認めていない特許を受け

る権利が、これらの民法の規定に基づいて発生すると解することはできず、本件において、民法89条を適用し、又は準用することもできないというべきであるから、原告の主張は失当である。

(エ) ・・・特許法の制定当初から直近の法改正に至るまで、近年の人工知能技術の急激な発達、特にAIが自律的に「発明」をなし得ることを前提とした立法がなされていないことは、原告が主張するとおりである。

 しかし、特許権は天与の自然権ではなく、「発明を奨励し、もって産業の発達に寄与する」ことを目的とする特許法に基づいて付与されるものであり、その制度設計は、国際協調の側面も含め、一国の産業政策の観点から議論されるべき問題である。

・・・すなわち、AI発明に特許権を付与するか否かは、発明者が自然人であることを前提とする現在の特許権(原則として、特許権は特許出願の日から20年の存続期間を有し、特許権者は業として特許発明を実施する権利を独占し(特許法68条本文)、侵害者に対する差止請求権(同法100条)及び損害賠償請求権を有する等)と同内容の権利とすべきかを含め、AI発明が社会に及ぼすさまざまな影響についての広汎かつ慎重な議論を踏まえた、立法化のための議論が必要な問題であって、現行法の解釈論によって対応することは困難である。原告が主張する発明者を自然人に限定した場合の弊害等も、これらの立法政策についての議論の中で検討されるべき問題である。

 そうすると、本件処分時点(及び現時点)で特許法がAI発明の存在を前提としていないことは、特許権付与によりAI発明を保護するという立法的判断がなされていないことを意味し、この場合において、単純にAI発明を現行制度の特許権の対象とするような法解釈をすることが、直ちに「発明を奨励し、もって産業の発達に寄与する」ことにつながるということはできない。 ・・・

⑵ 小括

 したがって、現行特許法は、自然人が発明者である発明について特許を受ける権利を認め、特許を付与するための手続を定めているにすぎないから、AI発明については、同法に基づき特許を付与することはできない。・・・・


2 争点⑵(国際特許出願に係る国内手続において、国内書面の「発明者の氏名」は必要的記載事項であるか)について

⑴ 特許法は、国際特許出願の国内手続において、発明者の氏名を記載した国内書面を提出しなければならないと規定し(同法184条の5第1項柱書、2号)、特許庁長官は、国内書面の提出に係る手続が経済産業省令で定める方式に違反しているときは、相当の期間を指定して手続の補正を命ずることができ(同条2項柱書、3号)、これを受けた特許法施行規則38条の5第1号は、国内書面の方式として、発明者の氏名を含む特許法184条の5第1項各号に掲げる事項が記載されていることを規定し、特許庁長官は、指定した期間内に手続の補正がなされないときは、当該国際特許出願を却下することができると規定しているのであるから(同条3項)、国内書面において「発明者の氏名」が必要的記載事項として規定されていることは明らかである。

⑵ 原告は、AI発明の出願において、発明者の氏名は必要的記載事項ではないと主張する。

 しかし、原告の主張は、権利能力のない存在が行ったAI発明について、特許法上、特許を付与することができると解することを前提とするものであって、この前提において誤っているから、採用することができない。

・・・」