「除くクレーム」について審査基準の改訂が予定されているようです。
産業構造審議会 知的財産分科会 特許制度小委員会 第18回 審査基準専門委員会ワーキンググループ 議事次第・配布資料一覧 | 経済産業省 特許庁
資料3「除くクレーム」とする補正の考え方について「除くクレーム」について審査基準の改訂が予定されているようです。
産業構造審議会 知的財産分科会 特許制度小委員会 第18回 審査基準専門委員会ワーキンググループ 議事次第・配布資料一覧 | 経済産業省 特許庁
資料3「除くクレーム」とする補正の考え方について知財高裁令和7年10月8日判決
令和7年(行ケ)第10009号 審決取消請求事件
1.概要
本事例は無効審判審決(請求棄却)に対する審決取消訴訟の知財高裁判決である。「リン酸塩」の技術的意義と引用文献適格性について、興味深い判断がされた。
被告が有する本件特許に係る特許請求の範囲の請求項は以下の通りである。
「下記一般式(1)
HOCOCH2CH2COCH2NH2・HOP(O)(OR1)n(OH)2-n (1)
(式中、R1は、水素原子又は炭素数1~18のアルキル基を示し;nは0~2の整数を示す。)で表される5-アミノレブリン酸リン酸塩。」
本事例は、同一の請求人による2回目の無効審判に関する審決取消訴訟である。
1回目の無効審判では、「5-ALAホスフェート(=5-アミノレブリン酸リン酸塩)」と記載されているが製造方法等が記載されていない「一行記載」の引用文献に対する新規性などが争われた。知財高裁は令和5年3月22日令和4年(行ケ)第10091号(本ブログ:特許情報: 製造方法を開示せず新規物質のみを記載する引用文献の引用発明適格性)において、引用文献からは、「5-ALAホスフェート(=5-アミノレブリン酸リン酸塩)」を認識することはできず、新規性を肯定した審決は適法であると判断した。この判決と1回目の無効審判審決は確定済み。
2回目の無効審判では、新たな証拠である甲1(Journal of
Photochemistry and Photobiology B: Biology,2002, 67(3), p.187-193)による新規性欠如による無効が請求された。
甲1には、5-アミノレブリン酸塩酸塩を、0~50mMの濃度で、PBS(リン酸緩衝液)に溶解したことが記載されている。溶解液中には、5-アミノレブリン酸イオンとリン酸イオンとが溶解している。
以下の二点が争点となった。
争点1:「リン酸塩」の技術的意義
本件発明の「5-アミノレブリン酸リン酸塩」が、固体(結晶)の状態のものや、5-アミノレブリン酸イオンとリン酸イオンが化学結合力によって結合したものに限定されるか?甲1のように、5-アミノレブリン酸イオンとリン酸イオンとが溶媒中で分散しているものも「5-アミノレブリン酸リン酸塩」に該当するか?
争点2:引用発明適格性
甲1に、「5-アミノレブリン酸リン酸塩」が記載されているといえるか?
無効審判審決では次のように判断され、無効審判の請求が棄却された。
争点1:「リン酸塩」の技術的意義についての審決の判断
「甲1発明の溶液に、「5-アミノレブリン酸」、「H+」及び「H2PO4-」(又は「HPO42-」)のイオンが水和状態で単に含まれていたとしても、当該イオンは相互に化学結合力によって結合していないから塩であるとはいえず、当然に本件発明1の塩にも該当しない。」
争点2:引用発明適格性についての審決の判断
「「5-アミノレブリン酸リン酸塩」という一行記載が存在していても、当該塩の製造方法が技術常識でない状況では、「5-アミノレブリン酸リン酸塩」を引用発明として認定できないのであるから(例えば、先の無効審判に対する審決の知財高裁令和4年(行ケ)第10091号)、「5-アミノレブリン酸リン酸塩」という一行記載すらない甲1から「5-アミノレブリン酸リン酸塩」を認定し、結果として記載されているに等しいと判断し、引用発明として認定することはできない。」
知財高裁は、争点1については妥当でないと判断したが、引用発明適格性についての判断には誤りはないと判断し、原告の請求を棄却した。争点2については、甲1において内在的に「5-アミノレブリン酸リン酸塩」が生じることは前提としつつも、「当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその技術的思想を実施し得る程度に、当該発明の技術的思想が開示されている」とはいえないと判断して新規性を肯定している。
争点1:「リン酸塩」の技術的意義についての知財高裁の判断
「(本件特許の請求項3には「水溶液の形態である請求項1又は2記載の5-アミノレブリン酸リン酸塩」と記載されていることなどを考慮して、)当業者は、本件発明の「5-アミノレブリン酸リン酸塩」には、固体(結晶)の状態のものだけでなく、「水溶液中に5-アミノレブリン酸とリン酸をイオンの状態で含んでなる形態にある5-アミノレブリン酸リン酸塩」も含まれると理解するというべきである。」
争点2:引用発明適格性についての知財高裁の判断
「甲1発明の溶液について、本件優先日当時、これが「5アミノレブリン酸イオンとリン酸イオンを含む水溶液」であって、5-アミノレブリン酸とリン酸がいずれもイオンの状態で水溶液中に含まれていることは、当業者が認識できたとしても、そのことをもって、甲1の記載に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、本件優先日当時の技術常識に基づいてその技術的思想を実施し得る程度に、甲1において、「水溶液中に5-アミノレブリン酸とリン酸をイオンの状態で含んでなる5-アミノレブリン酸リン酸塩」という、「5-アミノレブリン酸リン酸塩」なる化合物に係る発明の技術的思想が開示されているということはできない。
したがって、本件発明が甲1に記載されているとは認められず、甲1から5-アミノレブリン酸リン酸塩を引用発明として認定することはできない。」
2.裁判所の判断のポイント
争点1:「リン酸塩」の技術的意義に関する部分
「⑴ア 本件審決は、前記第2の4⑶ア及びウのとおり、本件明細書等の記載とともに、甲5ないし9、13、15といった辞典等の文献の記載事項から導かれる技術常識を参酌して、本件発明における「塩」の技術的意味を「酸の陰性成分と塩基の陽性成分の電荷が中和され、化学結合力によって結合した化合物」と解釈し、この解釈を前提として、甲1発明の溶液は、化学結合力によって結合した「5-アミノレブリン酸リン酸塩」を含む水溶液といえないから、相違点1は実質的相違点であると判断しており、被告は、本件審決の上記判断は正当である旨主張する。
イ しかし、本件明細書等には、本件発明の「5-アミノレブリン酸リン酸塩」が、固体(結晶)の状態のものや、5-アミノレブリン酸イオンとリン酸イオンが化学結合力によって結合したものに限定される趣旨の記載は存在しない。
そして、本件特許の特許請求の範囲の請求項1に記載される本件発明の「5-アミノレブリン酸リン酸塩」が、請求項3に記載の「水溶液の形態」である場合、5-アミノレブリン酸リン酸塩は水に溶解する結果、5-アミノレブリン酸イオンとリン酸イオンに電離した状態で存在することになることは当業者の技術常識である(当事者双方の主張も、このことを前提としていると解される。)ところ、本件特許の請求項1及び当該請求項1の従属項である請求項3の記載から見て、当業者は、本件発明の「5-アミノレブリン酸リン酸塩」には、固体(結晶)の状態のものだけでなく、「水溶液中に5-アミノレブリン酸とリン酸をイオンの状態で含んでなる形態にある5-アミノレブリン酸リン酸塩」も含まれると理解するというべきである。」
争点2:引用発明適格性に関する部分
「⑵ア 特許法29条1項は、同項3号の「特許出願前に・・・頒布された刊行物に記載された発明」については特許を受けることができないと規定するものであるところ、上記「刊行物」に「物の発明」が記載されているというためには、同刊行物に当該物の発明の構成が開示されていることを要することはいうまでもないが、発明が技術的思想の創作であること(同法2条1項参照)にかんがみれば、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその技術的思想を実施し得る程度に、当該発明の技術的思想が開示されていることを要するものというべきである。
特に、当該物が新規の化学物質である場合には、新規の化学物質は製造方法その他の入手方法を見出すことが困難であることが少なくないから、刊行物にその技術的思想が開示されているというためには、一般に、当該物質の構成が開示されていることに止まらず、その製造方法を理解し得る程度の記載があることを要するというべきである。そして、刊行物に製造方法を理解し得る程度の記載がない場合には、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその製造方法その他の入手方法を見いだすことができることが必要であるというべきである。
イ 前記2⑵のとおり、甲1には、5M水酸化カリウムでpH7.2に構成される前の溶液として、5-アミノレブリン酸塩酸塩を、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)に0~50mMの範囲の濃度で溶解して溶液を形成することが記載されている。
そして、本件審決が説示するとおり(本件審決「理由」第6、3⑵ウ)、リン酸緩衝生理食塩水に5-アミノレブリン酸塩酸塩を溶解させた溶液において、5-アミノレブリン酸塩酸塩は5-アミノレブリン酸、H+、Clに電離・水和して水溶液中に存在し、かつ、リン酸緩衝生理食塩水はリン酸イオン(H2PO4-又はHPO42-)を含んでいるから、甲1発明の溶液は、5-アミノレブリン酸イオンとリン酸イオンを含むものであり、このことは甲1の記載に接した当業者であれば認識することができるといえる。
ウ しかし、甲1には、「水溶液の形態である5-アミノレブリン酸リン酸塩」すなわち「水溶液中に5-アミノレブリン酸とリン酸をイオンの状態で含んでなる形態にある5-アミノレブリン酸リン酸塩」を含め、5-アミノレブリン酸リン酸塩という化合物を製造し、この化合物を得ることについての記載はなく、そもそも「5-アミノレブリン酸リン酸塩」の文言も存在しない。
また、5-アミノレブリン酸はアミノ酸の一種であるところ(甲4〔訳文5頁23行〕に、5-アミノレブリン酸がアミノ酸の一種であることを示す記載がある。)、アミノ酸の塩酸塩を、リン酸緩衝生理食塩水のようなリン酸イオンを含む水溶液と混合することによって、アミノ酸のリン酸塩を製造することができるということが、本件優先日当時の技術常識であったとも認められず、その他、5-アミノレブリン酸リン酸塩の製造方法が技術常識であったと認めるに足りる証拠はない。
エ そうすると、甲1発明の溶液について、本件優先日当時、これが「5アミノレブリン酸イオンとリン酸イオンを含む水溶液」であって、5-アミノレブリン酸とリン酸がいずれもイオンの状態で水溶液中に含まれていることは、当業者が認識できたとしても、そのことをもって、甲1の記載に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、本件優先日当時の技術常識に基づいてその技術的思想を実施し得る程度に、甲1において、「水溶液中に5-アミノレブリン酸とリン酸をイオンの状態で含んでなる5-アミノレブリン酸リン酸塩」という、「5-アミノレブリン酸リン酸塩」なる化合物に係る発明の技術的思想が開示されているということはできない。
したがって、本件発明が甲1に記載されているとは認められず、甲1から5-アミノレブリン酸リン酸塩を引用発明として認定することはできない。」
知財高裁令和7年9月8日判決
令和6年(行ケ)第10086号 審決取消請求事件
1.概要
本事例は、分割要件違反を前提とする新規性欠如が争点となって無効審判審決(請求不成立)の審決取消訴訟判決であり、審決が取り消された事例である。
被告は「車両誘導システム」に関する特許権の特許権者である。本件特許は第7世代の分割出願であった。
原告は無効審判を請求し、第4世代分割出願から第5世代分割出願への分割出願が分割要件違反であり、本件特許(第7世代分割出願)は、第5世代分割出願の実際の出願日にまでしか遡及し得ないため新規性を欠く、と主張した。
第4世代当所明細書には、渋滞や後続車との衝突の危険という課題を解決するため、ETCを利用できない車両をETC車専用レーンから離脱させる車両誘導システムの発明において、具体的な課題解決手段として、①ETCを利用できない車両がETC車専用レーンに進入した場合に、当該車両を、分岐レーンを走行させて戻すという事項、及び、②戻す対象となる車両は、ETC車載器と路側アンテナとの無線通信が可能か否かにより判定するという事項がそれぞれ記載されていた。
これに対し、第5世代分割出願の特許請求の範囲に記載の発明は、上記の①および②を特徴として含んでいなかった。
知財高裁は、「第5世代各発明は、・・・(略)・・・①分岐レーンを走行させて車両を戻す場合についての限定がなく、②戻す対象となる車両を判定する方法についての限定もないのであるから、これら2点の構成において、第4世代明細書等に記載された必須の構成を、無限定に上位概念化させていることとなる。したがって、第5世代各発明は、第4世代当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で、新たな技術的事項を導入するものというべきである。」として分割要件に違反すると判断した。
2.審決の判断
無効審判審決では分割要件違反はないと判断された。
「・・・そして、第5世代分割特許出願の請求項1に係る発明は、ETCシステムの異常動作の検知手段等や分岐前の遮断機を開けるタイミングを特定しなくても上記誘導手段として機能することは明らかであるから、ETCシステムの異常動作の検知手段等や分岐前の遮断機を開けるタイミングを特定する事項は記載されていないことをもって新たな技術的事項を導入するものとはいえない。
なお、特許庁の発行する「特許・実用新案 審査ハンドブック」の「[附属書A]「特許・実用新案審査基準」事例集」の「7.新規事項を追加する補正に関する事例集」には、事例6として出願当初の発明は第1及び第2工程よりなる製法であったのに対し、第1工程のみの発明に補正されたものが新規事項の追加に該当しない事例が記載されている。」
3.裁判所の判断のポイント
「1 取消事由1(分割要件違反を前提とする新規性判断の誤り)について
(1)はじめに
分割出願は、原出願の時にしたものとみなされるところ(特許法44条2項本文)、そのためには、分割出願に係る発明が、原出願の出願当初の明細書等に記載された事項の範囲内であることを要する。具体的には、当業者にとって、原出願の出願当初の明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で、分割出願に係る発明が、新たな技術的事項を導入するものでないことを要する。
そこで、以下、まず、分割出願に係る発明である第5世代分割出願に係る発明について検討し、これが第4世代当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で、新たな技術的事項を導入するものであるか否かを検討する。
(2)第5世代分割出願に係る発明
ア 第5世代分割出願の特許請求の範囲の記載(平成28年2月4日付け手続補正書による補正後のもの。甲2の5)は、別紙2(第5世代分割出願の特許請求の範囲)のとおりである(以下、これら請求項1~3に記載された発明を併せて「第5世代各発明」という。)。
イ 上記の特許請求の範囲の記載によると、第5世代各発明は、いずれも、ETC専用の入口料金所、出口料金所又はその双方を有するスマートインターチェンジであって、当該料金所が設けられるレーン(以下「本レーン」という。)及び本レーンから分岐して車両が戻るレーン(以下「分岐レーン」という。)からなる三叉路型レーン、三叉路型レーンの分岐前の1か所と分岐した先の左右2か所に設けられた遮断機並びに三叉路型レーンの分岐前の本レーンに設けられた車両検知装置をその構成に含み、車両検知装置により車両が検知されることを契機として、分岐した先の左右2か所に設けられた遮断機のいずれかのみを開くものとして記載されている。
他方、第5世代各発明では、少なくとも、①分岐レーンを走行させて車両を戻す場合がいかなる場合であるか(第4世代当初明細書等の【請求項1】「路側アンテナと車載器と間で通信不能又は通信不可が発生したとき」)や、②車両を戻すべき場合に当たるか否かをETCシステムの無線通信により判定すること(同【請求項3】「前記路側アンテナは、車載器との間で無線通信可能か否かを判定するためのゲート前アンテナと入口情報及び料金情報の送受信を行なうETCアンテナとを有している」のような事項)が、発明特定事項として記載されていない。
ウ したがって、第5世代各発明においては、①分岐レーンを走行させて車両を戻す場合についての限定がなく、②戻す対象となる車両を判定する方法についての限定もないということになる。
(3)第4世代当初明細書等の記載
・・・(略)・・・
そうすると、第4世代当初明細書等には、渋滞や後続車との衝突の危険という課題を解決するため、ETCを利用できない車両をETC車専用レーンから離脱させる車両誘導システムの発明において、具体的な課題解決手段として、①ETCを利用できない車両がETC車専用レーンに進入した場合に、当該車両を、分岐レーンを走行させて戻すという事項、及び、②戻す対象となる車両は、ETC車載器と路側アンテナとの無線通信が可能か否かにより判定するという事項がそれぞれ記載されていると認められる。そして、第4世代当初明細書等の全ての記載を総合しても、他に、分岐レーンを走行させて車両を戻す場合や、戻す対象となる車両を判定する方法を開示し、又は示唆する記載はないから、上記①及び②の事項は、第4世代当初明細書等に開示された発明において、課題解決のために必要不可欠な構成であるというべきである。
(4)新たな技術的事項の導入について
上記(3)イのとおり、第4世代当初明細書等には、車両誘導システムの発明において、①ETCを利用できない車両がETC車専用レーンに進入した場合に、当該車両を、分岐レーンを走行させて戻すという事項、及び、②戻す対象となる車両は、ETC車載器と路側アンテナとの無線通信が可能か否かにより判定するという事項が、必要不可欠な構成として記載されていると認められる。すなわち、第4世代当初明細書等には、上記①及び②を必須の構成としない技術思想は、開示されていないというべきである。
これに対し、上記(2)ウのとおり、第5世代各発明は、一般道路から有料道路のパーキングエリア若しくはサービスエリアに向かう入口側のレーンの途中から分岐する一般道路に戻るレーン、又は有料道路のパーキングエリア若しくはサービスエリアから一般道に向かう出口側のレーンの途中から分岐するパーキングエリア若しくはサービスエリアに戻るレーンを設けた三叉路型レーンにおいて、分岐した先の左右2か所の遮断機の開閉に関して、判定手段を特定しないことで、ETCシステムの路側アンテナと車載器との間の無線通信の不能又は不可が発生しているかの判定を伴うことに限らない任意の基準・方法によって、遮断機の一方は閉じたままで他方が開いて、本レーンをそのまま走行するか、分岐レーンに進むかを誘導するという新たな技術的事項を導入するものであり、①分岐レーンを走行させて車両を戻す場合についての限定がなく、②戻す対象となる車両を判定する方法についての限定もないのであるから、これら2点の構成において、第4世代明細書等に記載された必須の構成を、無限定に上位概念化させていることとなる。
したがって、第5世代各発明は、第4世代当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で、新たな技術的事項を導入するものというべきである。
(5) 被告の主張について
・・・・なお、被告は、当初出願の発明が第1及び第2工程からなる製造方法である場合に、第1工程のみの発明と補正することは、新規事項の追加に当たらないから、本件において、第4世代当初明細書等に記載された発明のうち下流側の構成のみを分割出願することは、新規事項の追加に当たらないとも主張する。
しかし、第4世代当初明細書に記載されているのは、次の【図5】にみられるような処理フロー、すなわち車両検知装置による車両の検知、ゲート前アンテナとETC車載器との通信、ETC料金徴収の可否の判定、車両誘導装置による誘導、遮断機の開閉といった処理が順を追って行われ、全体としてその目的を達する車両誘導システムであって、その主要な処理(【図5】を例にすると、S04、S06、S07)を省略したものは、誘導手段として機能し得ないのであるから、中間生成物を得る第1工程と、最終生成物を得る第2工程からなる物の製造方法の発明と当然に同視して、下流側の構成のみを分割出願することが許容されるということはできない。
したがって、被告の主張は採用することができない。
・・・
(6) 小括
以上のとおり、第5世代各発明は、第4世代当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で、新たな技術的事項を導入するものであるから、第5世代分割出願は、特許法44条2項本文の適用を受けることができず、その出願日は、現実の出願日である平成26年12月2日となる。そうすると、第7世代の分割出願に当たる本件出願の出願日も、平成26年12月2日までしか遡及し得ないこととなる。」
知財高裁令和7年6月26日判決
令和5年(行ケ)第10147号 審決取消請求事件
1.概要
本事例は、無効審判の審決(請求棄却)の取り消しを求めた審決取消訴訟の知財高裁判決である。
本件被告は、CRISPR/Cas9 システムを用いたDNA修飾方法に関する特許第6692856号の特許権者である。本件特許は3つのパリ条約優先権主張基礎出願があり、そのうち最早の米国特許出願が「第1優先基礎出願」である。第1優先基礎出願にかかる特許出願書類は「第1出願書類」と称される。
無効審判では、請求人(取消訴訟原告)は、本件特許は、第1優先権基礎出願に基づく優先権主張の利益を享受することができず、このため本件特許は、甲1出願および甲2出願に記載された発明であり、特許法29条の2(拡大先願)により無効とされるべきであると主張した。
無効審判および知財高裁判決では、ともに、本件特許は、第1優先権基礎出願に基づく優先権主張の利益を享受することができると判断され、請求が棄却された。
知財高裁の主な判示事項:
「本件発明が、実質的に第1出願書類の全体に記載されていると認められるためには、当業者が第1出願書類の全体の記載及び本件優先日当時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤等を要さずに本件発明を実施することができたと認められる必要がある。」
「本件優先日時点で本件発明者らが実験に成功していなかったというだけで、第1出願書類における本件発明の開示が不十分になるわけではない。第1出願書類の記載に基づき、過度の試行錯誤を要するまでもなく、本件発明を実施することができると認められるのであれば、開示としては十分である。そもそも、生命科学の実験において、実験条件を変えながら最適な条件を見つけることは通常の試行錯誤の過程であると考えられる。原告が指摘するメールの内容等は、いずれも通常の試行錯誤の過程における仮想的な可能性や懸念について意見交換等しているものにすぎず、それだけでは、当業者において、過度の試行錯誤を要するような障壁があったことを認めることは困難である。」
「第1出願書類には、CRISPR/Cas9システムを真核細胞内の標的DNAに適用するという技術的思想が開示され、本件優先日当時の周知技術と組み合わせれば本件発明を実施することが可能な程度に具体的な記載がされていたと認められる以上、実施例の記載がなくても、なお、本件発明について本件優先日を出願日とする優先権の主張を認めることは妨げられないというべきである。」
2.本件特許の内容
本件特許は請求項1~111を含む。このうち請求項1に係る発明は下記の通りである。
「【請求項1】
標的DNAを修飾する方法であって、
細胞内で該標的DNAを複合体と接触させることを含み、
該複合体は、
(a)Cas9ポリペプチド並びに
(b)DNA標的化RNAであって、
(i)該標的DNA内の配列に対して相補的なヌクレオチド配列を含むDNA標的化セグメント;および
(ii)前記Cas9ポリペプチドと相互作用するタンパク質結合セグメントであって、該タンパク質結合セグメントは、ハイブリダイズして二本鎖RNA(dsRNA)を形成する、2つの相補的な一続きのヌクレオチドを含み、前記dsRNAは、tracrRNAおよびCRISPR RNA(crRNA)の相補的ヌクレオチドを含む、該タンパク質結合セグメント
を含むDNA標的化RNA
を含む複合体であり、
該細胞は、植物細胞、動物細胞または単細胞真核生物であり、
該細胞は、インビボのヒト細胞ではなく、ヒト生殖細胞ではなく、およびヒト胚細胞で
はなく、
該修飾は標的DNAの切断である、
前記標的DNAを修飾する方法。」
3.裁判所の判断のポイント
「1 当裁判所は、本件審決に判断の誤りはなく、原告の請求は理由がないものと判断する。その理由は、次のとおりである。
2 争点1(本件発明の優先日)について
本件特許は、パリ条約による優先権を主張しているところ、パリ条約4条A項は、いずれかの同盟国において正規に特許出願をした者に優先権を認めている。そして、同条H項は「優先権は、発明の構成部分で当該優先権の主張に係るものが最初の出願において請求の範囲内のものとして記載されていないことを理由としては、否認することができない。ただし、最初の出願に係る出願書類の全体により当該構成部分が明らかにされている場合に限る。」旨規定している。すなわち、本件発明について、第1優先基礎出願に基づくパリ条約による優先権の主張が認められるかどうかは、特許請求の範囲だけではなく、実質的にみて第1出願書類の明細書を含む出願書類全体に記載されていると認められる事項に基づき判断すべきものである。仮に本件発明が第1出願書類全体の記載に本件優先日当時の当業者の技術常識を組み合わせたとしても当業者において実施することができなかった発明であると認められる場合は、本件発明は、第1出願書類の全体に記載されていた事項であるとは認められず、パリ条約による優先権の主張の効果は認められないというべきである。したがって、本件発明が、実質的に第1出願書類の全体に記載されていると認められるためには、当業者が第1出願書類の全体の記載及び本件優先日当時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤等を要さずに本件発明を実施することができたと認められる必要がある。
そこで、以上を踏まえて、検討する。
2-1 本件発明について
⑴ 前記第2の3のとおり、本件発明に係る特許請求の範囲は、別紙「特許請求の範囲の記載」のとおりである。
⑵ 本件発明は、侵入する外来DNAを切断する原核生物の免疫システム(CRISPR/Cas9
システム)を利用し、DNA標的化RNA及び Cas9 ポリペプチドからなる複合体を真核生物細胞内の標的DNAに接触させることにより、標的DNAを切断する方法等の発明である。その概要は、別紙「本件発明の概要」記載のとおりである。本件明細書(甲33)には、「DNA標的化RNA」と「部位特異的修飾ポリペプチド」の複合体により標的DNAを切断することができること、使用する部位特異的修飾ポリペプチドが Cas9である場合、標的DNA内の部位特異的切断は、DNA標的化RNAと標的DNAの間の塩基対形成の相補性、および、標的DNA内のプロトスペーサー隣接モチーフ(PAM配列)の両方によって決定される位置で起きること、PAM配列は、Cas9 の種類によって異なること、部位特異的修飾ポリペプチドは、核に標的化するための核局在化シグナル(NLS)を含み得ること、部位特異的修飾ポリペプチドは、コドン最適化され得ること、実施例として、ヒト細胞の標的部位における二重鎖DNA切断が確認されたこと等が開示されている。
・・・(略)・・・
2-5 検討
(1)第1出願書類の開示内容
ア 前記2-2⑴のとおり、第1出願書類に開示された発明は、細胞及び生物全体の遺伝子操作のため特定のDNA配列を標的とするように設計・操作されたヌクレアーゼを用いる方法である従来技術に代えて、各新規な標的配列ごとに新規なタンパク質(ヌクレアーゼ)の設計を要することなく、標的DNAへのヌクレアーゼ活性の正確な標的化を可能にするという課題を解決する技術を提供するものである(前記2-2⑴ア、イ参照)。
そして、課題解決手段として、「標的DNA」を、「DNA標的化RNA」及び「部位特異的修飾ポリペプチド」を含む複合体と接触させることにより、標的DNAを部位特異的に修飾するという技術が開示されている(CRISPR/Cas9 システム。前記2-2⑴ウ参照)。
さらに、当該技術に関し、「標的DNA」が真核細胞の細胞内染色体であり得ること、「DNA標的化RNA」には2つのセグメントがあり、「DNA標的化セグメント」は、標的DNA内の配列に対し相補的なヌクレオチド配列を含み、ハイブリダイズして標的DNAと相互作用することで部位特異的修飾ポリペプチドを標的DNAに導くものであり、「タンパク質結合セグメント」は、ハイブリダイズして二本鎖RNAを形成する互いに相補的なヌクレオチドを含み、部位特異的修飾ポリペプチドと結合するものであること、「部位特異的修飾ポリペプチド」は、天然の各種細菌由来の Cas9 ポリペプチドアミノ酸配列であり、これが「DNA標的化RNA」の「タンパク質結合セグメント」と結合して複合体となり、「DNA標的化RNA」の「DNA標的化セグメント」の標的DNAとの前記ハイブリダイズにより、複合体が標的DNA内の特定の配列に導かれ、複合体の Cas9 ポリペプチドのヌクレアーゼ活性により、標的DNAを部位特異的に二重鎖切断することが開示されている(前記2-2⑴エ(ア)~(ウ)参照)。
そして、実施例においては、実施例1では、3つの異なる標的DNA(A~C)に、DNA標的RNA(DNA標的化セグメントとタンパク質結合セグメントを含むもの)と部位特異的修飾ポリペプチド(S.pyogenes由来の Cas9 ポリペプチド)を緩衝液中で複合体としたものを添加したところ、標的DNAを部位特異的に切断することができたこと(図3)、実施例2では、共通の標的DNAに、由来の異なる Cas9 ポリペプチド及び共通のDNA標的化RNA(DNA標的化セグメントとタンパク質結合セグメントを含むもの)を添加したところ、いずれも標的DNAの切断が示されたこと(図5)が、それぞれ実験結果に基づいて記載されている(前記2-2⑴オ参照)。
このように、第1出願書類には、標的DNAを部位特異的に修飾するCRISPR/Cas9
システム(DNA標的化RNAと部位特異的修飾ポリペプチドの複合体)の構成と各構成要素の構造や作用、標的DNAの切断(二本鎖切断)に至る機序・仕組みについて具体的に記載されている。また、実施例により、複合体を作成し標的DNAを切断することができることも具体的に示されている。
イ 他方、部位特異的DNAヌクレアーゼを操作するための主要な従来技術には「ZFN」「TALEN」があるところ、前記2-3⑴のとおり、これらの技術に関する研究では、本件優先日前に既にヒト細胞等の真核細胞のDNAを標的とする遺伝子操作が研究・実施されていた(乙87、89、91、94、96)。第1出願書類においても、遺伝子改変された細胞の使用態様として、疾患治療・遺伝子治療等の目的や、農業における遺伝子改変された生物の生産や生物学的研究等の目的のために使用されることが記載され、ヒトや哺乳類等に使用されることが述べられている(前記22⑴エ(オ))。
また、第1出願書類では、CRISPR/Cas9(DNA標的化RNAと部位特異的修飾ポリペプチド)を細胞内に導入する方法として、これらをコードするヌクレオチドを含む任意の発現ベクターを、公知の方法(感染、リポフェクション、エレクトロポレーション等)で細胞に導入することができること、これらをRNAとして、周知の技術(マイクロインジェクション、エレクトロポレーション等)で細胞に導入することができること、Cas9ポリペプチドは、必要に応じて生成物の溶解性を増大させるポリペプチドドメインを融合させたり、浸透性ドメインに融合させたりして、細胞による取り込みを促進してもよいことなど、発現ベクターやRNA、ポリペプチド等を細胞に導入する周知の技術的手段を使用することができることが、それぞれ具体的に記載されている(前記2-2⑴エ(エ))。
このように、第1出願書類においては、標的DNAを部位特異的に修飾するCRISPR/Cas9システム(DNA標的化RNAと部位特異的修飾ポリペプチドの複合体)について、これを細胞内に導入する方法等に関し従前からの周知の技術による方法を記載しているのみならず、CRISPR/Cas9システムの適用対象についても、従来技術の適用対象を踏まえ、真核細胞が言及され、想定されていたということができる。
ウ 以上のとおり、第1出願書類には、遺伝子操作に関する従来技術に代わり得る技術を提供するものとして、標的DNAを部位特異的に修飾するCRISPR/Cas9 システム(DNA標的化RNAと部位特異的修飾ポリペプチドの複合体)の技術が開示され、その構成や、複合体の作成・細胞内への導入の方法(真核細胞に対するものを含む。)、その標的DNAの切断の機序が具体的に記載されている。
これらの記載によれば、第1出願書類には、CRISPR/Cas9システムを真核細胞内の標的DNAに適用するという技術的思想が開示され、本件優先日当時の周知技術と組み合わせれば実施することが可能な程度に本件発明の具体的な説明が記載されていたものと認めるのが相当である。
⑵ 原告の主張(PAM配列)について
ア 原告は、第1出願書類全体において、PAM配列に関する記載はなく、本件優先日時点で、文献においても、PAM配列が真核細胞内の標的DNA配列を切断するのに必要であることは、何ら記載されていないから、周知技術とはならないなどと主張する。
イ しかしながら、PAM配列に関しては、被告らが挙げる文献(乙 15、19、25)を含め、本件優先日時点で多くの文献によって言及されており、PAM配列が、細菌の免疫システムにおいて自己と非自己を区別するだけでなく、標的DNAの切断のプロセスに関係しており、標的DNAの切断のためには、標的DNAの配列の下流にPAM配列が存在することが必要であり、PAM配列が変異すると CRISPR/Cas システムによる標的DNAの切断に影響が出ることなどが開示されている(前記2-3⑵参照)。すなわち、細菌(原核生物)の CRISPR/Cas システムを利用したDNA切断にPAM配列が必要であることは、本件優先日当時、多くの文献に記載されており、当業者には周知であったということができる。
さらに、文献によれば、Cas9 の種類によりPAM配列が異なることや、PAM配列の具体列が開示されている。タイプⅡCRISPR/Casシステムに属するS.thermophilus の CRISPR1、CRISPR3のPAM配列は、NNAGAAW 及びNGGNG、CRISPR-10のPAM配列は、NGGNGであり、Streptococcus pyogenes、S. agalactiae 及び Listeria monocytogenes の CRISPR-10 のPAM配列は、より短いモチーフである NGG であるとされる(前記2-3⑵ケ参照)。第1出願書類には、PAM配列について明示的に言及した部分はないものの、その実施例であるS.pyogenes のCas9 による切断緩衝液中の実験を説明するために掲載された図3C(実施例1)及び図5B(実施例2)の標的DNAの配列は、いずれも各図中の非標的鎖と記載された鎖(ターゲッターRNAのDNA標的化セグメントと相補鎖を形成している部分の非標的鎖)の3’側にNGGを含むものであり、前記文献上の知見に整合する構造が示されている。したがって、Cas9の種類によりPAM配列が異なることや、その具体的な配列も、本件優先日には明らかにされていた事項である。
CRISPR/Cas9システムは、自然界に存在する部位特異的修飾ポリペプチド(Cas9)の属性を利用し、標的のDNAを切断する仕組みである。本件優先日当時、同仕組みを利用してDNAを切断する場合に原核細胞においてのみPAM配列が必要であり、真核細胞においては不要になると考えることが通常であったことを窺わせるような事情も見当たらない。そうすると、本件優先日当時、真核細胞において、CRISPR/Cas9システムを利用してDNAを切断する際も、標的DNA配列の下流にPAM配列が存在する必要があるということは、当業者にとって容易に予測し、確認することができた事項というべきである。
なお、原告は、PAM配列の認識とCas9タンパク質による切断の関連性を導き出すことはできないなどと主張する。しかし、前記のとおり、本件優先日前の文献上PAM配列の存在が知られていたのみならず、PAM
配列の不存在又は変異が免疫効果(標的DNAの切断)を妨げるという関連性が知られていたのであるから、CRISPR/Cas9システムにおいて標的DNAの切断を成功させるためにPAM配列の存在が必要であることを当業者において推認することが困難であったとは認められない。
また、原告は、本件における当業者は、CRISPR/Cas9システム自体を研究している者ではなく、同システムを遺伝子改変のための実験等に利用する分子生物学分野の一般的研究者、学生等を基準とすべきであることを前提として、本件優先日当時、PAM配列の知見が当業者の技術常識であったということはできないなどと主張する。
しかしながら、CRISPR/Cas9システムを遺伝子改変のための実験等に利用しようとするのであれば、そのシステムの仕組みは重要な前提事項であるから、分子生物学分野の一般的研究者、学生等であっても、当該システムに関し既に公表され、一定期間を経過した文献を通じて得られる程度の知識は、通常の知識として有しているものと考えられる。このことは、本件優先日後、CRISPR/Casシステムを利用し、Cas9ヌクレアーゼによりヒト及びマウス細胞で遺伝子座の正確な切断をすることができたことを明らかにした論文(乙99の1及び2「CRISPR/Casを用いた多重ゲノム工学」2013年1月3日Web公開)の著者らが、その注22及び23において、それぞれ本件優先日前にPAM配列の存在について触れていた論文(乙24の1及び2,「ストレプトコッカス・サーモフィルスにおけるCRISPRコード耐性に対するファージ反応」(Journal of
Bacteriology;Vol.190(4),1390,2007年12月7日)及び乙20,「短いモチーフ配列は原核生物のCRISPR防御系システムの標的を決定する 」(Microbiology;Vol.155(3),733,2009年3月))を引用していることからも窺うことができる。そして、PAM配列に関する前記の文献の数及びその内容の具体性に照らせば、原告の主張するような者を当業者と解したとしても、本件優先日前に明らかにされていたPAM配列に関する知見を当業者にとっての周知技術又は技術常識として考慮することは妨げられないというべきである。原告の主張は採用することができない。
ウ 以上によれば、本件優先日において、CRISPR/Cas9システムにおけるPAM配列の存在及びその役割は当業者の技術常識の範疇に属するものであったと認めるのが相当であり、原告の主張を採用することはできない。
⑶ 原告の主張(NLS、コドン最適化)について
ア 原告は、本件優先日時点で、NLS・コドン最適化は、周知技術ではなかったなどと主張する。
イ しかしながら、前記のとおり、本件優先日において、タンパク質を効率よく染色体が存在する核内へ輸送するために、核局在化シグナル(NLS)を付加する技術が利用されていたことが認められるから、NLSは周知慣用技術であったというべきである(前記2-3⑶)。
また、前記のとおり、本件優先日において、外来遺伝子を宿主細胞内で効率よく発現させるために、宿主細胞に応じてコドンを最適化する技術が利用されていたことが認められるから、コドン最適化についても周知慣用技術であったというべきである(前記2-3⑶)。
なお、そもそも、NLSを有さず、又はコドン最適化を実施しなくても、Cas9による標的DNAの切断(ゲノム編集)が可能であったことが認められるから、CRISPR/Cas9システムに必須の技術であったとはいい難い(前記2-3⑶)。
ウ よって、本件優先日の時点で、CRISPR/Cas9システムにおいて、NLS及びコドン最適化は、必須の技術ではなかったが、いずれも、多くの文献において実施が報告されており、CRISPR/Cas9システムにも応用可能な周知技術であったと認めるのが相当である。よって、原告の主張を採用することはできない。
⑷ 原告の主張(真核細胞への適用)について
ア 原告は、本件発明者らは、本件優先日において、真核細胞への適用について実験に成功しておらず、また、CRISPR/Cas9システムを真核細胞に適用する場合には、①RNAの分解(甲 49~51)、②構成及び複合体の形成と持続性(甲 48、49、52、53)、③毒性(甲 40、41、54)、④複雑な真核生物環境でのクロマチン結合DNAの作用の失敗(甲 38、48、49、
52、55、56、57、60)等の障壁があるから、過度の試行錯誤なく実施することができるものとはいえないなどと主張する。
イ しかしながら、本件優先日時点で本件発明者らが実験に成功していなかったというだけで、第1出願書類における本件発明の開示が不十分になるわけではない。第1出願書類の記載に基づき、過度の試行錯誤を要するまでもなく、本件発明を実施することができると認められるのであれば、開示としては十分である。そもそも、生命科学の実験において、実験条件を変えながら最適な条件を見つけることは通常の試行錯誤の過程であると考えられる。原告が指摘するメールの内容等は、いずれも通常の試行錯誤の過程における仮想的な可能性や懸念について意見交換等しているものにすぎず、それだけでは、当業者において、過度の試行錯誤を要するような障壁があったことを認めることは困難である。
むしろ、本件発明者らが第1優先基礎出願に係るCRISPR/Cas9システムを刊行物(乙 12・2012 年 6 月 28 日)に発表した後、2012 年
10 月から2013 年1月までの短期間に、多くの研究者により、CRISPR/Cas9システムを真核細胞に適用しゲノム編集ができたことが報告されたことが認められる(前記2-4参照)。このことは、当業者において、第1出願書類の記載に基づき、過度の試行錯誤を要するまでもなく、本件発明を実施することができたことを示すものである。
ウ そうすると、CRISPR/Cas9システムの真核細胞への適用について、仮に、原告の指摘するような問題点があったとしても、過度の試行錯誤を要するものとはいえず、原告の主張を採用することはできない。
⑸ 原告の主張(実施例の要否)について
原告は、本件発明は、ライフサイエンス分野の先駆的技術に係るものであって効果の予測が難しく、真核細胞への適用には種々の障壁等も存在するから、実施例のない第1出願書類の明細書の記載から、過度の試行錯誤を要することなくCRISPR/Cas9システムの真核細胞への適用をすることができるとはいえないなどと主張する。
しかしながら、前記のとおり、第1出願書類には、CRISPR/Cas9システムを真核細胞内の標的DNAに適用するという技術的思想が開示され、本件優先日当時の周知技術と組み合わせれば本件発明を実施することが可能な程度に具体的な記載がされていたと認められる以上、実施例の記載がなくても、なお、本件発明について本件優先日を出願日とする優先権の主張を認めることは妨げられないというべきである。
原告の主張を採用することはできない。
⑹ 以上によれば、本件発明は、第1出願書類全体の記載及び出願時の技術常識に基づき、実質的にみれば開示されていたというべきであり、本件特許に係る分割出願の対象となった国際特許出願がパリ条約4条C⑴の優先期間内にされたものであることは当裁判所に顕著であるから、本件発明は、パリ条約4条A⑴により第1優先基礎出願に基づく優先権主張の利益を享受することができるものと認められる。」
x
令和5年(ネ)第10040号 損害賠償請求控訴事件
(原審・東京地方裁判所令和4年(ワ)第5905号)
したがって、人体に投与することが予定されていることをもっては、当該「物の発明」が実質的に医療行為を対象とした「方法の発明」であって、「産業上利用することができる発明」に当たらないと解釈することは困難である。
(3) 次に、本件発明の「自己由来の血漿」は、被施術者から採血をして得て、最終的には被施術者に投与することが予定されているが、人間から採取したものを原材料として医薬品等を製造する行為は、必ずしも医師によって行われるものとは限らず、採血、組成物の製造及び被施術者への投与が、常に一連一体とみるべき不可分な行為であるとはいえない。むしろ、再生医療や遺伝子治療等の先端医療技術が飛躍的に進歩しつつある近年の状況も踏まえると、人間から採取したものを原材料として医薬品等を製造するなどの技術の発展には、医師のみならず、製薬産業その他の産業における研究開発が寄与するところが大きく、人の生命・健康の維持、回復に利用され得るものでもあるから、技術の発展を促進するために特許による保護を認める必要性が認められる。
そうすると、人間から採取したものを原材料として、最終的にそれがその人間の体内に戻されることが予定されている物の発明について、そのことをもって、これを実質的に「方法の発明」に当たるとか、一連の行為としてみると医療行為であるから「産業上利用することができる発明」に当たらないなどということはできない。
(4) 以上によると、本件発明が「産業上利用することができる発明」に当たらないとする被控訴人の主張を採用することはできず、本件発明に係る特許は、法29条1項柱書きの規定に違反してされたものということはできない。したがって、同無効理由の存在により本件特許権を行使することができないとする被控訴人の抗弁には理由がない。」
(2) 法69条3項は、「二以上の医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物をいう。以下この項において同じ。)を混合することにより製造されるべき医薬の発明」を対象とするところ、本件発明に係る組成物は、特許請求の範囲の記載からも明らかなとおり「豊胸のために使用する」ものであって、その豊胸の目的は、本件明細書等の段落【0003】に「女性にとって、容姿の美容の目的で、豊かな乳房を保つことの要望が大きく、そのための豊胸手術は、古くから種々行われてきた。」と記載されているように、主として審美にあるとされている。このような本件明細書等の記載のほか、現在の社会通念に照らしてみても、本件発明に係る組成物は、人の病気の診断、治療、処置又は予防のいずれかを目的とする物と認めることはできない。
(3) これに対し、被控訴人は、本件発明は美容医療に関するところ、美容医療は、身体的特徴の再建、修復又は形成による心身の健康や自尊心の改善に寄与する分野であり、治療並びに身体の構造又は機能に影響を及ぼすものであるとして、本件発明が法69条3項の「二以上の医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物をいう。以下この項において同じ。)を混合することにより製造されるべき医薬についての発明」に当たると主張する。
しかし、一般に「病気」とは、「生物の全身または一部分に生理状態の異常を来し、正常の機能が営めず、また諸種の苦痛を訴える現象」(甲25:広辞苑(第7版))、「生体がその形態や生理・精神機能に障害を起こし、苦痛や不快感を伴い、健康な日常生活を営めない状態」(甲26:大辞泉(第1版・増補・新装版))という意味を有する語であって、上記のとおり主として審美を目的とする豊胸手術を要する状態を、そのような一般的な意味における「病気」ということは困難であるし、豊胸用組成物を「人の病気の…治療、処置又は予防のため使用する物」ということも困難である。
また、法69条3項は、昭和50年法律第46号による法改正により、特許を受けることができないとされていた「医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物をいう。以下同じ)又は二以上の医薬を混合して一の医薬を製造する方法の発明」に関する規定(同改正前の法32条2号)が削除されたことに伴い創設された規定であるところ、その趣旨は、そのような「医薬」の調剤は、医師が、多数の種類の医薬の中から人の病気の治療等のために最も適切な薬効を期待できる医薬を選択し、処方せんを介して薬剤師等に指示して行われるものであり、医療行為の円滑な実施という公益の実現という観点から、当該医師の選択が特許権により妨げられないよう図ることにあると解される。しかるところ、少なくとも本件発明に係る豊胸手術に用いる薬剤の選択については、このような公益を直ちに認めることはできず、上記のとおり一般的な「病気」の語義を離れて、特許権の行使から特にこれを保護すべき実質的理由は見当たらないというべきである。
(4) したがって、本件発明は、「二以上の医薬を混合することにより製造されるべき医薬の発明」には当たらないから、被控訴人の行為が「処方せんにより調剤する行為」に当たるかについて検討するまでもなく、法69条3項の規定により本件特許権の効力が及ばないとする被控訴人の抗弁には理由がない。」
1.概要
本件は、人工知能(AI)が発明者とはなり得ない旨判示された東京地裁判決の取り消しを求めた控訴審の知財高裁判決である。発明
知財高裁は「同法(特許法)に基づき特許を受けることができる「発明」は、自然人が発明者となるものに限られる
と解するのが相当である」と判示し、原審に違法性は無いとして原告の請求を棄却した。
⒉.経緯
本件原告は国際出願の日本国内移行出願における国内書面の【発明者】の【氏名】欄に、「ダバス、本発明を自律的に発明した人工知能」と記載するとともに、「本出願に係る発明は、人工知能(AI)によって自律的になされたものであり、発明者として、『ダバス、本発明を自律的に発明した人工知能』と明記しております。」と記載した上申書を提出した。
特許庁は、出願人である原告に対し、国内書面の発明者の氏名欄には発明者として自然人でない者が記載されているものと認められるから、発明者の氏名欄に自然人の氏名を記載する補正を行わなければならないとして、手続補正指令書(方式)を発送し、本件国内書面の発明者の氏名欄に自然人の氏名を記載する補正をすべきことを命じた。
原告は、自然人への補正を行わなかったため、特許庁長官は出願却下処分をした。
以下の2点が争点となった。
⑴ 特許権により保護される「発明」は自然人によってなされたものに限られるか
⑵ 国際特許出願に係る国内手続において、国内書面の「発明者の氏名」は必要的記載事項であるか
3.裁判所の判断のポイント
「当裁判所も、本件処分は適法であり、原告の請求は理由がないと判断する。
その理由は、以下のとおりである。
1 争点⑴(特許権により保護される「発明」は自然人によってなされたものに限られるか)について
⑴ 特許法上の「発明」と特許を受ける権利について
ア 特許法は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とし(同法1条)、特許権は、同法所定の出願、審査の手続を経て、設定の登録により発生する(同法66条1項)と規定している。すなわち、特許権は、特許法により創設され、付与される権利であり、特許を受ける権利もまた、同法により創設され、付与される権利である。特許法は、特許権及び特許を受ける権利の実体的発生要件や効果を定める実体法であると同時に、特許権を付与するための手続を定めた手続法としての性格を有する。
イ 特許法29条1項柱書は、「産業上利用することができる発明をした者は、…その発明について特許を受けることができる。」と規定しており、同項の「発明をした者」は、特許を受ける権利の主体となり得る者すなわち権利能力のある者であると解される。
また、同法35条1項にいう「従業者等」が自然人を指すことは、文言上、同項の「使用者等」に法人、国又は地方公共団体が含まれているのに対し、「従業者等」には法人等が含まれていないことから明らかである。そして、同条3項は、「従業者等がした職務発明」について、一定の場合に特許を受ける権利が原始的に使用者等に帰属する場合があることを定めているが、同項の規定も発明をするのは自然人(従業員等)であることを前提にしている。特許法上、「特許を受ける権利」の発生及びその原始帰属者について定めた規定は、上記の同法29条1項柱書及びその例外を定める同法35条3項以外には、存在しないから、特許法上、「特許を受ける権利」は、自然人が発明者である場合にのみ発生する権利である。そして、本件で問題となっている国際出願に係る国内書面のほか、特許出願の願書(特許法36条1項2号)、出願公開に係
る特許公報(同法64条2項3号)、国際出願の国内公表に係る特許公報(同法184条の9第2項4号)、設定登録に係る特許公報(同法66条3項3号)については、いずれも「発明者の氏名」を記載又は掲載するものとされ、それぞれ、特許出願人、出願人又は特許権者について「氏名又は名称」を記載又は掲載するものとされていることと対比しても、発明者については自然人の呼称である「氏名」を記載又は掲載することを規定するものであって、職務発明の場合も含め、発明者が自然人であることが前提とされている。
ウ そうすると、特許法は、特許を受ける権利について、自然人が発明をしたとき、原則として、当該自然人に原始的に特許を受ける権利が帰属するものとして発生することとし、例外的に、職務発明について、一定の要件の下に使用者等に原始的に帰属することを認めているが、これら以外の者に特許を受ける権利が発生することを定めた規定はない。また、同法に定
める「特許を受ける権利」以外の権利に基づき特許を付与するための手続を定めた規定や、自然人以外の者が発明者になることを前提として特許を7付与するための手続を定めた規定もない。したがって、同法に基づき特許を受けることができる「発明」は、自然人が発明者となるものに限られると解するのが相当である。
エ(ア) これに対し、原告は、特許法29条1項柱書は「AI発明については特許を受ける権利が発生しない」などと規定しているわけではなく、法人が発明者とならないとの解釈についても同法35条3項と併せて初めて導き出されるものであり、同項に相当する規定がないAI発明について、同法29条1項柱書のみから、特許を受ける権利が発生しないと解することはできない旨主張する。
しかし、特許を受ける権利は、特許権と同じく特許法により創設され、付与される権利であるから、権利能力のない存在が発明した発明について特許を受ける権利が発生する旨の規定や、その場合の権利の帰属者を定める規定がないのに、これを否定する規定がないことだけを理由に、特許法上、権利能力のない存在が行った「発明」について特許を受ける権利が発生するとは認められない。
そもそも、特許法が予定している「特許を受ける権利」の解釈は、特許法29条1項柱書の文言、同法の他の規定の文言との整合性を検討した上でされるべきものであり、検討した結果、同項柱書にいう「発明をした者」が自然人をいうものと解されることは、前記ウのとおりである。
したがって、原告の前記主張は理由がない。
(イ) 原告は、前記各最高裁判決を引用し、発明が自然人によって創作されたか否かという主体の面は重視されていない等と主張する。しかし、これらの最高裁判決は、いずれも発明の要件としての技術的完成度や自然法則の利用等が問題となった事案であって、「発明」の主体が争点となった事案ではない。確かに、特許法2条1項の規定する「発明」の定義(自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの)中には、発明者が誰であるかという点は明示的に含まれてはいないけれども、特許法上、特許を受けるための手続については、これまで検討したとおり、権利能力のない存在を発明者とする発明について特許を付与するための手続は定められていない。したがって、仮に、原告が主張するように特許法上の「発明」の概念自体は自然人を発明者とする場合に限られないと解したとしても、権利能力のない存在を発明者とする「発明」について、同法に基づく手続により特許権を付与する余地がないことに変わりはない。
(ウ) 原告は、AIであるダバスがした発明について、善意の占有者(民法189条1項、205条)又は所有者(同法206条、89条1項)の果実取得権に基づき、本件出願に係る発明についての特許を受ける権利を有していると主張する。
しかし、発明という情報を客体として保護する場合の財産権の具体的内容は、特許法その他の個別の法律により決まるべき性質のものである。AIは有体物ではないから、所有権の対象にはならず、仮に、AIの使用者が民法205条の規定にいう財産権を行使している者に該当すると考えた場合でも、「AI発明について特許を受ける権利」は、「物の用法に従い収取する産出物」又は「物の使用の対価として受けるべき金銭その他の物」(民法88条1項及び2項)のいずれにも該当しない。前記のとおり、AI発明について特許を受ける権利が発生する根拠規定自体存在しないのであるから、現行法上、これを財産権の行使に係る果実に該当するものと解することはできない。そもそも、AIに係る当該産権の内容として、いかなるものを考えるべきかどうかということ自体、今後の検討課題と言わざるを得ない。特許法が認めていない特許を受け
る権利が、これらの民法の規定に基づいて発生すると解することはできず、本件において、民法89条を適用し、又は準用することもできないというべきであるから、原告の主張は失当である。
(エ) ・・・特許法の制定当初から直近の法改正に至るまで、近年の人工知能技術の急激な発達、特にAIが自律的に「発明」をなし得ることを前提とした立法がなされていないことは、原告が主張するとおりである。
しかし、特許権は天与の自然権ではなく、「発明を奨励し、もって産業の発達に寄与する」ことを目的とする特許法に基づいて付与されるものであり、その制度設計は、国際協調の側面も含め、一国の産業政策の観点から議論されるべき問題である。
・・・すなわち、AI発明に特許権を付与するか否かは、発明者が自然人であることを前提とする現在の特許権(原則として、特許権は特許出願の日から20年の存続期間を有し、特許権者は業として特許発明を実施する権利を独占し(特許法68条本文)、侵害者に対する差止請求権(同法100条)及び損害賠償請求権を有する等)と同内容の権利とすべきかを含め、AI発明が社会に及ぼすさまざまな影響についての広汎かつ慎重な議論を踏まえた、立法化のための議論が必要な問題であって、現行法の解釈論によって対応することは困難である。原告が主張する発明者を自然人に限定した場合の弊害等も、これらの立法政策についての議論の中で検討されるべき問題である。
そうすると、本件処分時点(及び現時点)で特許法がAI発明の存在を前提としていないことは、特許権付与によりAI発明を保護するという立法的判断がなされていないことを意味し、この場合において、単純にAI発明を現行制度の特許権の対象とするような法解釈をすることが、直ちに「発明を奨励し、もって産業の発達に寄与する」ことにつながるということはできない。 ・・・
⑵ 小括
したがって、現行特許法は、自然人が発明者である発明について特許を受ける権利を認め、特許を付与するための手続を定めているにすぎないから、AI発明については、同法に基づき特許を付与することはできない。・・・・
2 争点⑵(国際特許出願に係る国内手続において、国内書面の「発明者の氏名」は必要的記載事項であるか)について
⑴ 特許法は、国際特許出願の国内手続において、発明者の氏名を記載した国内書面を提出しなければならないと規定し(同法184条の5第1項柱書、2号)、特許庁長官は、国内書面の提出に係る手続が経済産業省令で定める方式に違反しているときは、相当の期間を指定して手続の補正を命ずることができ(同条2項柱書、3号)、これを受けた特許法施行規則38条の5第1号は、国内書面の方式として、発明者の氏名を含む特許法184条の5第1項各号に掲げる事項が記載されていることを規定し、特許庁長官は、指定した期間内に手続の補正がなされないときは、当該国際特許出願を却下することができると規定しているのであるから(同条3項)、国内書面において「発明者の氏名」が必要的記載事項として規定されていることは明らかである。
⑵ 原告は、AI発明の出願において、発明者の氏名は必要的記載事項ではないと主張する。
しかし、原告の主張は、権利能力のない存在が行ったAI発明について、特許法上、特許を付与することができると解することを前提とするものであって、この前提において誤っているから、採用することができない。
・・・」