知財高裁令和7年9月8日判決
令和6年(行ケ)第10086号 審決取消請求事件
1.概要
本事例は、分割要件違反を前提とする新規性欠如が争点となって無効審判審決(請求不成立)の審決取消訴訟判決であり、審決が取り消された事例である。
被告は「車両誘導システム」に関する特許権の特許権者である。本件特許は第7世代の分割出願であった。
原告は無効審判を請求し、第4世代分割出願から第5世代分割出願への分割出願が分割要件違反であり、本件特許(第7世代分割出願)は、第5世代分割出願の実際の出願日にまでしか遡及し得ないため新規性を欠く、と主張した。
第4世代当所明細書には、渋滞や後続車との衝突の危険という課題を解決するため、ETCを利用できない車両をETC車専用レーンから離脱させる車両誘導システムの発明において、具体的な課題解決手段として、①ETCを利用できない車両がETC車専用レーンに進入した場合に、当該車両を、分岐レーンを走行させて戻すという事項、及び、②戻す対象となる車両は、ETC車載器と路側アンテナとの無線通信が可能か否かにより判定するという事項がそれぞれ記載されていた。
これに対し、第5世代分割出願の特許請求の範囲に記載の発明は、上記の①および②を特徴として含んでいなかった。
知財高裁は、「第5世代各発明は、・・・(略)・・・①分岐レーンを走行させて車両を戻す場合についての限定がなく、②戻す対象となる車両を判定する方法についての限定もないのであるから、これら2点の構成において、第4世代明細書等に記載された必須の構成を、無限定に上位概念化させていることとなる。したがって、第5世代各発明は、第4世代当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で、新たな技術的事項を導入するものというべきである。」として分割要件に違反すると判断した。
2.審決の判断
無効審判審決では分割要件違反はないと判断された。
「・・・そして、第5世代分割特許出願の請求項1に係る発明は、ETCシステムの異常動作の検知手段等や分岐前の遮断機を開けるタイミングを特定しなくても上記誘導手段として機能することは明らかであるから、ETCシステムの異常動作の検知手段等や分岐前の遮断機を開けるタイミングを特定する事項は記載されていないことをもって新たな技術的事項を導入するものとはいえない。
なお、特許庁の発行する「特許・実用新案 審査ハンドブック」の「[附属書A]「特許・実用新案審査基準」事例集」の「7.新規事項を追加する補正に関する事例集」には、事例6として出願当初の発明は第1及び第2工程よりなる製法であったのに対し、第1工程のみの発明に補正されたものが新規事項の追加に該当しない事例が記載されている。」
3.裁判所の判断のポイント
「1 取消事由1(分割要件違反を前提とする新規性判断の誤り)について
(1)はじめに
分割出願は、原出願の時にしたものとみなされるところ(特許法44条2項本文)、そのためには、分割出願に係る発明が、原出願の出願当初の明細書等に記載された事項の範囲内であることを要する。具体的には、当業者にとって、原出願の出願当初の明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で、分割出願に係る発明が、新たな技術的事項を導入するものでないことを要する。
そこで、以下、まず、分割出願に係る発明である第5世代分割出願に係る発明について検討し、これが第4世代当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で、新たな技術的事項を導入するものであるか否かを検討する。
(2)第5世代分割出願に係る発明
ア 第5世代分割出願の特許請求の範囲の記載(平成28年2月4日付け手続補正書による補正後のもの。甲2の5)は、別紙2(第5世代分割出願の特許請求の範囲)のとおりである(以下、これら請求項1~3に記載された発明を併せて「第5世代各発明」という。)。
イ 上記の特許請求の範囲の記載によると、第5世代各発明は、いずれも、ETC専用の入口料金所、出口料金所又はその双方を有するスマートインターチェンジであって、当該料金所が設けられるレーン(以下「本レーン」という。)及び本レーンから分岐して車両が戻るレーン(以下「分岐レーン」という。)からなる三叉路型レーン、三叉路型レーンの分岐前の1か所と分岐した先の左右2か所に設けられた遮断機並びに三叉路型レーンの分岐前の本レーンに設けられた車両検知装置をその構成に含み、車両検知装置により車両が検知されることを契機として、分岐した先の左右2か所に設けられた遮断機のいずれかのみを開くものとして記載されている。
他方、第5世代各発明では、少なくとも、①分岐レーンを走行させて車両を戻す場合がいかなる場合であるか(第4世代当初明細書等の【請求項1】「路側アンテナと車載器と間で通信不能又は通信不可が発生したとき」)や、②車両を戻すべき場合に当たるか否かをETCシステムの無線通信により判定すること(同【請求項3】「前記路側アンテナは、車載器との間で無線通信可能か否かを判定するためのゲート前アンテナと入口情報及び料金情報の送受信を行なうETCアンテナとを有している」のような事項)が、発明特定事項として記載されていない。
ウ したがって、第5世代各発明においては、①分岐レーンを走行させて車両を戻す場合についての限定がなく、②戻す対象となる車両を判定する方法についての限定もないということになる。
(3)第4世代当初明細書等の記載
・・・(略)・・・
そうすると、第4世代当初明細書等には、渋滞や後続車との衝突の危険という課題を解決するため、ETCを利用できない車両をETC車専用レーンから離脱させる車両誘導システムの発明において、具体的な課題解決手段として、①ETCを利用できない車両がETC車専用レーンに進入した場合に、当該車両を、分岐レーンを走行させて戻すという事項、及び、②戻す対象となる車両は、ETC車載器と路側アンテナとの無線通信が可能か否かにより判定するという事項がそれぞれ記載されていると認められる。そして、第4世代当初明細書等の全ての記載を総合しても、他に、分岐レーンを走行させて車両を戻す場合や、戻す対象となる車両を判定する方法を開示し、又は示唆する記載はないから、上記①及び②の事項は、第4世代当初明細書等に開示された発明において、課題解決のために必要不可欠な構成であるというべきである。
(4)新たな技術的事項の導入について
上記(3)イのとおり、第4世代当初明細書等には、車両誘導システムの発明において、①ETCを利用できない車両がETC車専用レーンに進入した場合に、当該車両を、分岐レーンを走行させて戻すという事項、及び、②戻す対象となる車両は、ETC車載器と路側アンテナとの無線通信が可能か否かにより判定するという事項が、必要不可欠な構成として記載されていると認められる。すなわち、第4世代当初明細書等には、上記①及び②を必須の構成としない技術思想は、開示されていないというべきである。
これに対し、上記(2)ウのとおり、第5世代各発明は、一般道路から有料道路のパーキングエリア若しくはサービスエリアに向かう入口側のレーンの途中から分岐する一般道路に戻るレーン、又は有料道路のパーキングエリア若しくはサービスエリアから一般道に向かう出口側のレーンの途中から分岐するパーキングエリア若しくはサービスエリアに戻るレーンを設けた三叉路型レーンにおいて、分岐した先の左右2か所の遮断機の開閉に関して、判定手段を特定しないことで、ETCシステムの路側アンテナと車載器との間の無線通信の不能又は不可が発生しているかの判定を伴うことに限らない任意の基準・方法によって、遮断機の一方は閉じたままで他方が開いて、本レーンをそのまま走行するか、分岐レーンに進むかを誘導するという新たな技術的事項を導入するものであり、①分岐レーンを走行させて車両を戻す場合についての限定がなく、②戻す対象となる車両を判定する方法についての限定もないのであるから、これら2点の構成において、第4世代明細書等に記載された必須の構成を、無限定に上位概念化させていることとなる。
したがって、第5世代各発明は、第4世代当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で、新たな技術的事項を導入するものというべきである。
(5) 被告の主張について
・・・・なお、被告は、当初出願の発明が第1及び第2工程からなる製造方法である場合に、第1工程のみの発明と補正することは、新規事項の追加に当たらないから、本件において、第4世代当初明細書等に記載された発明のうち下流側の構成のみを分割出願することは、新規事項の追加に当たらないとも主張する。
しかし、第4世代当初明細書に記載されているのは、次の【図5】にみられるような処理フロー、すなわち車両検知装置による車両の検知、ゲート前アンテナとETC車載器との通信、ETC料金徴収の可否の判定、車両誘導装置による誘導、遮断機の開閉といった処理が順を追って行われ、全体としてその目的を達する車両誘導システムであって、その主要な処理(【図5】を例にすると、S04、S06、S07)を省略したものは、誘導手段として機能し得ないのであるから、中間生成物を得る第1工程と、最終生成物を得る第2工程からなる物の製造方法の発明と当然に同視して、下流側の構成のみを分割出願することが許容されるということはできない。
したがって、被告の主張は採用することができない。
・・・
(6) 小括
以上のとおり、第5世代各発明は、第4世代当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で、新たな技術的事項を導入するものであるから、第5世代分割出願は、特許法44条2項本文の適用を受けることができず、その出願日は、現実の出願日である平成26年12月2日となる。そうすると、第7世代の分割出願に当たる本件出願の出願日も、平成26年12月2日までしか遡及し得ないこととなる。」