2025年3月2日日曜日

用途発明の引用発明適格性について判断された事例

 知財高裁令和7年2月13日判決
令和5年(行ケ)第10093号(第1事件)、第10094号(第2事件)審決取消請求事件
 
1.概要
 本判決は、被告が有する特許権に対する無効審判の審決(進歩性肯定、請求棄却)に対する無効審判請求人(原告)が請求した審決取消訴訟の知財高裁判決である。
 本件発明は、医薬の用途発明である。
 引用文献(甲イ3)に記載の発明(甲3発明)に対する進歩性が争われた。
 審決では、引用文献には本件発明の医薬用途が記載されているから、本件発明と甲3発明とは医薬用途において一致すると認定した。
 知財高裁は、引用発明が医薬用途発明と認められるためには、当業者において、対象用途における実施可能性を理解、認識できるものでなければならないとして、本件発明の医薬用途は引用文献には記載されておらず、その点で審決の認定には誤りがあると判断した。

引用発明が用途発明と認められるためには、単に、引用発明に係る物質(薬剤)が、対象とする用途に使用できる可能性があるとか、有効性を期待できるとか、予備的な試験で参考程度のデータながら有望な結果が得られているといったレベルでは足りず、当該物質(薬剤)が対象用途に有用なものであることを信頼するに足るデータによる裏付けをもって開示されているなど、当業者において、対象用途における実施可能性を理解、認識できるものでなければならないというべきである。このように解さないと、上記のようなプロセスを経て完成された実施可能性のある医薬用途発明が、実施可能性を認め難い引用発明によって、簡単に新規性、進歩性を否定されることになりかねず、その結果は不当と考えざるを得ない。」
 
2.本件発明
 本件特許の特許請求の範囲(請求項1)は以下のとおりである。
【請求項1】
(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチルキサンチンを含有する薬剤であって、
 前記薬剤は、パーキンソン病のヒト患者であって、L-ドーパ療法において、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者を対象とし、
 前記薬剤は、前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために前記患者に投与され、
 前記薬剤は、前記L-ドーパ療法においてL-ドーパと併用して前記対象に投与される、
 ことを特徴とする薬剤。
 なお、本件発明の有効成分である「(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチルキサンチン」は「KW-6002」と呼ばれている。
 (E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチルキサンチン(KW-6002)は、「アデノシンA2A受容体アンタゴニスト」の1種である。
 
3.無効審判審決が認定した、引用文献(甲イ3)に記載の発明(甲3発明)、及び、本件発明と甲3発明との一致点、相違点
【甲3発明】
 アデノシン受容体アンタゴニストであるテオフィリン(1週間の負荷相では、毎日増量、100mg1日2回、6週間の一定状態相では、600mg/日、1週間のウォッシュアウト相では、毎日減量、100mg1日2回)を含有する薬剤であって、
 L-ドーパで治療され(764±170mg/日)、L-ドーパ誘導性運動副作用であるウェアリング-オフを有する進行期パーキンソン病(APD)の患者に投与され、
 オン時間の持続を~30%増加させ、その結果、オフ時間の持続を減少させる作用を有する、薬剤。
【一致点】
 アデノシンA2A受容体アンタゴニストを含有する薬剤であって、前記薬剤は、パーキンソン病のヒト患者であって、L-ドーパ療法において、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者を対象とし、
 前記薬剤は、前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために前記患者に投与され、
 前記薬剤は、前記L-ドーパ療法においてL-ドーパと併用して前記対象に投与される、薬剤。
【相違点】
 本件訂正発明では、アデノシンA2A受容体アンタゴニストが、「(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチルキサンチン」であるのに対し、甲3発明では、「テオフィリン」である点。
 
 上記の通り、審決では、本件発明の用途の特徴が、甲3にも記載されていると認定した。
 ただし、審決では、上記の相違点に係る本件発明の特徴は、当業者が容易に想到できないと判断し、本件発明は、甲3発明に基づき当業者が容易に発明でない(進歩性あり、請求棄却)と結論づけた。
 
4.裁判所の判断のポイント
(3) 本件発明と甲3発明の一致点及び相違点
ア 甲3発明の「テオフィリン」と本件発明の「KW-6002」とは、「アデノシンA2A受容体アンタゴニスト」である限りにおいて一致する。
 また、甲3発明の「L-ドーパで治療され(764±170mg/日)、L-ドーパ誘導性運動副作用であるウェアリング-オフを有する進行期パーキンソン病(APD)患者」は、本件発明の「パーキンソン病のヒト患者であって、L-ドーパ療法において、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者」に相当する。
 以上の点については本件審決が認定するとおりであり、当事者間にも争いはない。
イ 他方、本件発明は、KW-6002を含有する薬剤という、「物」の発明ではあるものの、特定の患者に投与され、当該患者における特定の症状(疾病)に適用される、医薬についての発明(医薬発明)であって、化合物などの化学物質自体の発明や、使用目的(用法)についての特定がない組成物の発明とは異なる。
 このような用途発明としての本件発明と引用発明との一致点及び相違点の認定に当たっては、引用発明が用途発明として認められるか否かを吟味し、用途発明としての一致点を抽出できないときは、これを相違点として明らかにすべきである。
 そして、特に医薬の分野においては、機械等の技術分野と異なり、構成(化学式等をもって特定された化学物質)から作用・効果を予測することは困難なことが多く、対象疾患に対する有効性を明らかにするための動物実験や臨床試験を行ったり、あるいは、化学物質が有している特定の作用機序が対象疾患に対する有効性と密接に関連することを理解できる実験を行うなど、時間も費用も掛かるプロセスを経て、実施可能性を検証して、初めて用途発明として完成するのが通常である。このこととの平仄から考えても、引用発明が用途発明と認められるためには、単に、引用発明に係る物質(薬剤)が、対象とする用途に使用できる可能性があるとか、有効性を期待できるとか、予備的な試験で参考程度のデータながら有望な結果が得られているといったレベルでは足りず、当該物質(薬剤)が対象用途に有用なものであることを信頼するに足るデータによる裏付けをもって開示されているなど、当業者において、対象用途における実施可能性を理解、認識できるものでなければならないというべきである。このように解さないと、上記のようなプロセスを経て完成された実施可能性のある医薬用途発明が、実施可能性を認め難い引用発明によって、簡単に新規性、進歩性を否定されることになりかねず、その結果は不当と考えざるを得ない。
・・・(略)・・・
ウ このような観点から、甲3発明の薬剤につき、「進行期パーキンソン病患者においてオフ時間の持続を減少させるため」という用途における実施可能性を当業者が理解、認識できるものとして甲イ3に記載されているかどうか、以下に検討する。
(まず、甲イ3は、その試験が、本件明細書の実施例1で採用する「ランダム化・プラセボ対照・ダブルブラインド試験」と比べると精度が低い「オープン試験」で行われているというだけでなく、試験を完了した患者数も9名と少ない上、臨床/科学ノートの形式による全1頁での報告にすぎず、そのため、論文(フルペーパー)の形式であれば当然記載されるはずの試験の方法についての詳細な記載がなく、試験に参加した患者等におけるバイアス(投与されている薬が効くという思い込みなど)の防止が図られているか否かさえ把握することができず、また、どのようにオン・オフ時間を測定したのか等についての基本的な情報もなく、その正確さを検証することができない。上記のような内容及び形式の甲イ3(全1頁で試験の概要のみを示した臨床/科学ノート)は、それ単独で信用できる臨床試験結果と評価することは困難であり、本来、これを受けて、甲イ3の著者や他の研究者らによって、論文(フルペーパー)の形式で、テオフィリンのオフ時間減少効果の有無について進行期パーキンソン病患者で試験した報告に進むことが想定されるのに、そのような報告に至っていない。このような点にも照らすと、甲イ3の試験結果は、上記医薬用途を示すものとしては、不十分といわざるをえない。
 甲イ3の著者自身も、進行期パーキンソン病患者におけるウェアリング・オフ現象/オン・オフ変動について、「テオフィリンが治療上有効である」とか、「テオフィリンを用いれば治療薬を提供できる」とまで述べているわけではない。
(さらに、KW-6002などの、テオフィリンよりも強力で選択的なアデノシンA2A受容体アンタゴニストを各種パーキンソン病モデル動物に投与することで、パーキンソン病症状に対するアデノシンA2A受容体の阻害作用の影響を確認することが行われてはいたものの、それらのモデル動物はウェアリング・オフ現象/オン・オフ変動を生じていたものではなく、テオフィリンが有する複数の作用のうちの一つでもあるアデノシンA2A受容体の阻害作用が、L-ドーパ療法を受ける進行期パーキンソン病患者においてL-ドーパの作用時間を延長させる(オフ時間を減少させる)効果をもたらすという、ウェアリング・オフ現象/オン・オフ変動についての作用機序が存在することについて、本件優先日当時には具体的に明らかになっていなかった。
(そうすると、甲3発明の薬剤が、「進行期パーキンソン病患者におけるオフ時間の持続を減少させるため」に使用できる(実施可能である)と当業者が理解、認識するものであるとは認められないというべきである。
エ 以上を前提にすると、被告が主張するとおり、甲3発明の薬剤が「L-ドーパで治療される」当該患者の「オン時間の持続を~30%増加させ、その結果、オフ時間の持続を減少させる作用を有する」ものであることを理由に、本件発明の「前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために前記患者に投与され、前記薬剤は、前記L-ドーパ療法においてL-ドーパと併用して前記対象に投与される」ものに相当するとして、甲3発明の医薬用途を肯定し、これを本件発明との一致点とした本件審決の認定には誤りがあるといわざるを得ない。
オ そこで、改めて本件発明と甲3発明の一致点及び相違点を検討すると、正しくは以下のようなものとして認定すべきである。
【一致点】
 アデノシンA2A受容体アンタゴニストを含有する薬剤であって、
 前記薬剤は、パーキンソン病のヒト患者であって、L-ドーパ療法において、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者を対象とし、
 前記薬剤は、前記L-ドーパ療法においてL-ドーパと併用して前記対象に投与される、薬剤。
【相違点1】
 本件発明は、「L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために患者に投与され」る用途発明としての「薬剤」であるのに対し、甲3発明は、そのような用途発明とは認められない点。
【相違点2】
本件発明は、アデノシンA2A受容体アンタゴニストが「(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチルキサンチン(KW-6002)」であるのに対し、甲3発明は、アデノシンA2A受容体アンタゴニストが「テオフィリン」である点。」