2013年5月7日火曜日

併用投与を特徴とする医薬用途発明(その2)


大阪地裁平成24年9月27日判決

平成23年()第7576号,同第7578号 各特許権侵害差止等請求事件

 

1.概要

 原告は、2つの薬剤を併用して特定の疾患を予防治療する医薬についての特許権を有する。

 被告各社は、一方の薬剤を製造販売している。被告各社の製品に含まれる薬剤は、原告の存続期間満了後の先行特許の技術範囲に含まれている。

 被告各社の製品の添付文書には、原告特許での他方の薬剤と併用することにより所定の効能を有することや、併用投与の場合の注意事項なども記載されている。

 医師が必要と判断すれば、被告製品の薬剤と、他方の薬剤とを併用し、原告特許が対象とする用途に用いられる。

 この場合に被告各社の行為は間接侵害に該当するか(争点1-1)、直接侵害に該当するか(争点2-1)について争われた。

 大阪地裁は、(争点1-1)被告ら各製品は、本件各特許発明における「物の生産に用いる物」には当たらないから、被告らの行為について間接侵害が成立することはない、(争点2-1)直接侵害にも該当しない、と判断した。

 本事例と同じ特許権の別の侵害訴訟事件の判決として、東京地裁東京地裁平成25年2月28日判決平成23年()第19435号,同第19436号がある。こちらの詳細は本ブログ2013年3月11日記事「併用投与を特徴とする医薬用途発明」に記載。

 本件の事例における大阪地裁の判断の最大ポイントは医薬用途発明のクレームが「物の発明」であり「方法の発明」ではないことを明確にしたことである。この理解は大変明確であるが、審査基準上認められている、投与量や投与形態に特徴のある医薬発明の権利範囲をどう解釈すべきなのかは更なる検討課題である。

 

2.原告の特許権

2.1.原告の本件特許発明A-1

「【請求項1】(1)ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩と,(2)アカルボース,ボグリボースおよびミグリトールから選ばれるα-グルコシダーゼ阻害剤とを組み合わせてなる糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬。」

2.2.原告の本件特許発明B-1

「【請求項1】ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩と,ビグアナイド剤とを組み合わせてなる,糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬。」

 

3.被告らの行為

3.1.製剤

 被告らは,いずれもピオグリタゾンである別紙製剤目録記載の製品(以下「被告ら各製剤」という。)につき,それぞれ薬事法に基づく製造販売承認を受けて,これらの製造販売を開始した、または開始予定である。

 被告ら各製剤は,原告が有する本件特許発明A-1及び本件特許発明B-1(以下,併せて「本件各発明」という。)の「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」に該当する。

 

3.2.添付文書

 被告ら各製剤の添付文書には,次の記載がある。

「【効能・効果】

2型糖尿病

 ただし,下記のいずれかの治療で十分な効果が得られずインスリン抵抗性が推定される場合に限る。

1.①食事療法,運動療法のみ

②食事療法,運動療法に加えてスルホニルウレア剤を使用

③食事療法,運動療法に加えてα-グルコシダーゼ阻害剤を使用

④食事療法,運動療法に加えてビグアナイド系薬剤を使用

2.食事療法,運動療法に加えてインスリン製剤を使用

【用法・用量】

1.食事療法,運動療法のみの場合及び食事療法,運動療法に加えてスルホニルウレア剤又はα-グルコシダーゼ阻害剤若しくはビグアナイド系薬剤を使用する場合

 通常,成人にはピオグリタゾンとして15~30mgを1日1回朝食前又は朝食後に経口投与する。なお,性別,年齢,症状により適宜増減するが,45mgを上限とする。」

 

4.裁判所の判断のポイント(間接侵害に関する判断)

「1 争点1-1(被告ら各製品は,「特許が物の発明についてされている場合において,その物の生産に用いる物」に当たるか)について

 以下のとおり,被告ら各製品は,「特許が物の発明についてされている場合において,その物の生産に用いる物」には当たらない。

(1) 「物の生産」の意義等

「物の発明」と「方法の発明」の区別

 法文上,「物の発明」,「方法の発明」及び「物を生産する方法の発明」は明確に区別されており,特許権の効力の及ぶ範囲についても明確に異なるものとされている。

 そして,当該発明がいずれの発明に該当するかは,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて判定すべきものである(最高裁平成11年7月16日第二小法廷判決・民集53巻6号957頁参照)。

法2条3項1号及び101条2号における「物の生産」の意義

() ・・・

() 「物の生産」の通常の語義等も併せ考慮すれば,「物の生産」とは,特許範囲に属する技術的範囲に属する物を新たに作り出す行為を意味し,具体的には,「発明の構成要件を充足しない物」を素材として「発明の構成要件のすべてを充足する物」を新たに作り出す行為をいうものと解すべきである。

 一方,「物の生産」というために,加工,修理,組立て等の行為態様に限定はないものの,供給を受けた物を素材として,これに何らかの手を加えることが必要であり,素材の本来の用途に従って使用するにすぎない行為は「物の生産」に含まれないものと解される。

() 法101条は,特許権の効力の不当な拡張とならない範囲で,その実効性を確保するという観点から,それが生産,譲渡されるなどする場合には当該特許発明の侵害行為(実施行為)を誘発する蓋然性が極めて高い物の生産,譲渡等に限定して,特許権侵害の成立範囲を拡張する趣旨の規定であると解される。

 加えて,法101条の間接侵害についても刑罰の対象とされていること(法196条の2,201条)なども考慮すると,間接侵害の成否を判断するに当たっても,前記()と同様に,特許権の効力を過度に拡張したり,適法な経済活動に萎縮的効果を及ぼしたりすることがないように,その成立範囲の外延を不明確にするような解釈は避ける必要がある。

 法101条2号は,「物の生産」に用いる物の生産等について間接侵害の成立を認めるものであるが,ここでいう「物の生産」が法2条3項の規定する発明の「実施」としての「物の生産」をいうことは,明らかなものというべきである。

 そうすると,法101条2号の「物の生産」についても,前記()と同様に,「発明の構成要件を充足しない物」を素材として「発明の構成要件のすべてを充足する物」を新たに作り出す行為をいうものであり,素材の本来の用途に従って使用するにすぎない行為は含まれないものと解される。このことは,法101条2号において「物の生産に用いる物」と規定され,「その物の生産又は使用に用いる物」とは規定されていないことからも,明らかであるといわなければならない。

(2) 本件へのあてはめ

本件各特許は「特許が物の発明についてされている場合」に当たること

 前提事実のとおり,本件各特許発明の【特許請求の範囲】は,いずれも「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」と,本件併用医薬品とを「組み合わせてなる糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬。」というものである。

 したがって,本件各特許発明は,当該医薬品に関する発明,すなわち「物の発明」であると認めることができ,このこと自体は当事者間でも争いがない。

 なお,「組み合せる。」とは,一般に,「2つ以上のものを取り合わせてひとまとまりにする。」ことをいい,「なる」とは,「無かったものが新たに形ができて現れる。」「別の物・状態にかわる。」ことをいうものと解される。

 したがって,「組み合わせてなる」「医薬」とは,一般に,「2つ以上の有効成分を取り合わせて,ひとまとまりにすることにより新しく作られた医薬品」をいうものと解釈することができる。

本件各特許発明における「物の生産」

(ア) はじめに

 前記()イのとおり,法101条2号の「物の生産」は,「発明の構成要件を充足しない物」を素材として「発明の構成要件のすべてを充足する物」を新たに作り出す行為をいう。すなわち,加工,修理,組立て等の行為態様に限定はないものの,供給を受けた物を素材として,これに何らかの手を加えることが必要であって,素材の本来の用途に従って使

用するにすぎない行為は含まれない。

 被告ら各製品が,それ自体として完成された医薬品であり,これに何らかの手が加えられることは全く予定されておらず,他の医薬品と併用されるか否かはともかく,糖尿病又は糖尿病性合併症の予防・治療用医薬としての用途に従って,そのまま使用(処方,服用)されるものであることについては,当事者間で争いがない。

 したがって,被告ら各製品を用いて,「物の生産」がされることはない。換言すれば,被告ら各製品は,単に「使用」(処方,服用)されるものにすぎず,「物の生産に用いられるもの」には当たらない。

(イ) 医師による,医薬品の併用処方が「物の生産」となるか否か

 原告は,本件各特許について,「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」と本件併用医薬品とを併用すること(併用療法)に関する特許を受けたものであり,医師が「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」と本件併用医薬品の併用療法について処方する行為は,本件各特許発明における「物の生産」に当たる旨主張する。

 前記()アのとおり,「物の発明」,「方法の発明」及び「物を生産する方法の発明」は,明確に区別されるものであり,特許権の効力の及ぶ範囲も明確に異なるものであり,「物の発明」と「方法の発明」又は「物を生産する方法の発明」を同視することはできない。

 前記アのとおり,「組み合わせてなる」「医薬」とは,「2つ以上の有効成分を取り合わせてひとまとまりにすることにより,新しく作られた医薬品」をいうものと解されるところ,併用されることにより医薬品として,ひとまとまりの「物」が新しく作出されるなどとはいえない。

 複数の医薬を単に併用(使用)することを内容(技術的範囲)とする発明は,「物の発明」ではなく,「方法の発明」そのものであるといわざるを得ないところ,上記原告の主張は,前記アのとおり,「物の発明」である本件各特許発明について,複数の医薬を単に併用(使用)することを内容(技術的範囲)とする「方法の発明」であると主張するものにほかならず,採用することができない。

 ・・・このように,本件各特許発明が「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」と本件併用医薬品とを併用すること(併用療法)を技術的範囲とするものであれば,医療行為の内容それ自体を特許の対象とするものというほかなく,法29条1項柱書及び69条3項により,本来,特許を受けることができないものを技術的範囲とするものということになる。

 したがって,医師が「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」と本件併用医薬品の併用療法について処方する行為が,本件各特許発明における「物の生産」に当たるとはいえない。

(ウ) 薬剤師による,医薬品のとりまとめが「物の生産」となるか否か

 原告は,薬剤師が,被告ら各製品と本件併用医薬品とを併せとりまとめる行為が本件各特許発明における「物の生産」に当たるとも主張する。

 しかしながら,薬剤師は,医師の処方箋に従って,患者に対し,完成された個別の医薬品である被告ら各製品,本件併用医薬品等を単に交付するにすぎないのであって,その際,複数の医薬品を「併せとりまとめる」行為(一つの袋に入れるなどする行為)があったとしても,この行為をもって,医薬品を「組み合わせ(た)」ということは困難であるというほかない。

 すなわち,前記アのとおり,「組み合わせてなる」「医薬」とは,「2つ以上の有効成分を取り合わせて,ひとまとまりにすることにより新しく作られた医薬品」をいうものと解されるところ,上記薬剤師の行為により医薬品としてひとまとまりの「物」が新たに作出されるとはいえない。

 そもそも,前記()イのとおり,法101条2号の「物の生産」とは,供給を受けた物を素材として,これに何らかの手を加えることが必要であるところ,薬剤師は,被告ら各製品及び本件併用医薬品について,何らの手を加えることもない。

 これらのことからすれば,上記薬剤師の行為が,本件各特許発明における「物の生産」に当たるとはいえない。

(エ) 患者による,医薬品の併用服用が「物の生産」となるか否か

 原告は,患者が,被告ら各製品と本件併用剤を服用することにより,その体内で本件各特許発明における「物」すなわち「組み合わせてなる」「医薬」の生産がされる旨主張する。

 しかしながら,前記アのとおり,「組み合わせてなる」「医薬」とは,「2つ以上の有効成分を取り合わせて,ひとまとまりにすることにより新しく作られた医薬品」をいうものと解されるところ,患者が被告ら各製品と本件併用医薬品を服用するというだけで,その体内において,具体的,有形的な存在として,ひとまとまりの医薬品が新しく産生されて

いるとはいえない。

 そもそも,前記()イのとおり,法101条2号の「物の生産」には,素材の本来の用途に従って使用するにすぎない行為は含まれないところ,患者が被告ら各製品と本件併用医薬品とを服用する行為は,素材の本来の用途に従って使用するにすぎない行為である。

 これらのことからすれば,上記患者の行為が,本件各特許発明における「物の生産」に当たるとはいえない。」

 

5.裁判所の判断のポイント(直接に関する判断)

「2 争点2(被告らの行為について,本件各特許権に対する直接侵害が成立する

か)について

(1) 原告は,被告らが,医師,薬剤師又は患者の行為を支配し,本件各特許発明における「物の生産」をしていると主張する。

 しかし,上記主張は,被告ら各製品が,本件各特許発明における「物の生産に用いるもの」に当たることを前提とするものであるが,前記1のとおり,被告ら各製品を用いて本件各特許発明における「物の生産」がされることはない。

 原告の主張は前提となる事実を欠いているから,採用することができない。

 そもそも,製薬会社が,診療に当たる医師を道具として利用し,支配しているなどといえないことは,多言を要しない。

(2) 原告は,被告らが被告ら各製品の添付文書の記載等により医師に対する積極的教唆をしている旨主張する。

 しかし,被告ら各製品の添付文書には,概ね,以下の記載があることが認められる。

・・・(筆者注:上記「3.2.添付文書」参照)・・・・

 上記のうち【効能・効果】の記載は,単に,他の経口血糖降下薬による治療により十分な効果が得られない場合で,かつ,インスリン抵抗性が推定される場合に,被告ら各製品の適応があることについて記載しているものにすぎず,被告ら各製品が「本件併用医薬と組み合わせてなる」「医薬」として用いられることを前提とした記載であるとは解することができない。

 また,【用法・用量】の記載も,単に上記適応例における被告ら各製品の使用方法について記載したものであるとしか解することはできず,当該記載が積極的教唆に当たるなどと評価することはできない。

 そもそも,特許権に対する直接侵害が成立するのは特許発明の「実施」に限られ,教唆者が「実施」の主体であると評価される場合は別論として,教唆行為それ自体が直接侵害に当たると解する余地はない。」

2013年5月1日水曜日

(1)訂正の妥当性,(2)数値範囲の上限のみが規定された発明のサポート要件充足性が判断された事例


知財高裁平成25年4月17日判決

平成24年(行ケ)第10212号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例は無効審判審決(特許権有効)の取消訴訟であり、審決が維持された事例である。

 興味深いのは以下の二点。

(1)訂正新規事項

 電解銅箔の一方の表面を「光沢面」、他方の表面を「マット面」という。訂正前の明細書では電解銅箔の「マット面」の表面粗さが10点平均粗さにして「3.0μmより小さく」と記載されている。「光沢面」の表面粗さについて文言上は3.0μmより小さいとは記載されいない。訂正明細書の実施例で具体的に開示されている電解銅箔の光沢面の表面粗さの範囲は、1.58~2.00μmである。

 無効審判段階での訂正前には、マット面の表面粗さが3.0μmより小さいということのみクレームに規定されていたが、訂正により、光沢面の表面粗さも3.0μmより小さい、という規定が追加された。この訂正が新規事項追加になるかどうかが争われた。

 知財高裁は「本件特許明細書には,電解銅箔のマット面のみならず光沢面についても,表面粗さを小さくすることが記載されているということができる。そして,本件特許明細書には,電解銅箔の光沢面の表面粗さに係る上限値について,マット面の表面粗さに係る上限値と異にすべき必要性については何ら記載されていないから,マット面に係る上限値と同程度とすべきことも明らかである」という理由で、光沢面の表面粗さを3.0μmより小さくすることは新規事項ではないと判断した。

 「本件特許明細書の全ての記載事項を総合することにより導かれる技術的事項」という基準のもとで許される訂正についての寛大な判断一例として参考になる事例である。

(2)数値範囲の上限のみが規定されている発明のサポート要件

 知財高裁は、下限を規定することは本発明の課題解決とは関係がないこと、当業者であれば下限を適宜設定できること等を理由にサポート要件は満たされると判断した。

 

2.訂正の内容

2.1.訂正前の請求項1

 平面状集電体の表面に電極構成物質層が形成されてなる正極及び負極を備える非水電解液二次電池において,

 負極の平面状集電体は,銅を電解析出して形成される電解銅箔からなり,上記電解銅箔は,マット面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さとの差が10点平均粗さにして2.5μmより小さいことを特徴とする非水電解液二次電池。

2.2.訂正後の請求項1

 平面状集電体の表面に電極構成物質層が形成されてなる正極及び負極を備える非水電解液二次電池において,

 負極の平面状集電体は,銅を電解析出して形成され,クロメート処理が施された電解銅箔からなり,

 上記電解銅箔は,マット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さ差が10点平均粗さにして1.3μm以下であることを特徴とする非水電解液二次電池。

 

3.取消理由(本記事と関連する争点のみ)

取消理由1:訂正の段階で「光沢面」の表面粗さを「3.0μmより小さく」と数値限定したことが新規事項追加に該当するか否か。

取消理由2:数値範囲の上限のみを限定しており、下限を特定していないことでサポート要件が否定されるか否か。

 

4.裁判所の判断のポイント

「1 取消事由1(訂正要件の判断の誤りその1:光沢面の表面粗さ)について

(1) 訂正の適否について

・・・

本件特許明細書(甲37)には,①従来,リチウムイオン二次電池の集電体として一般に銅箔が使用されているが,この銅箔として市販の電解銅箔を使用した場合には,電解銅箔の一方の主面に大きな凹凸が形成され,両主面の表面粗さの差が大きすぎて,活物質と集電体の接触が悪いため,電池特性,特に充放電でのサイクル特性が悪くなるという問題が生じること(【0004】~【0008】),②このような問題点を解決し,活物質と集電体の接触性を良好に保って,充放電サイクルに優れた安価な非水電解液二次電池用の平面状集電体を提供することを目的として,電解銅箔のマット面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして2.5μmより小さくすること(【0009】,【0011】,【0016】),③上記数値限定を満足する実施例1~3と,一方の主面であるマット面に大きな凹凸が形成されて両主面の表面粗さの差が大きすぎて上記数値限定を満足しない比較例1の電解銅箔を,それぞれ負極集電体に用いた円筒形非水電解液二次電池について,100サイクル後の容量維持率とインピーダンスを測定し,前者が後者より優れたものであること(【0050】~【0055】)が記載されている。

 上記記載によれば,本件特許明細書には,電解銅箔のマット面について「表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく」するのは,活物質と集電体の接触性を良好に保って,充放電サイクルに優れたものとするためであるということが記載されているものと認められる。

 また,本件特許明細書には,電解銅箔からなる負極集電体は,その両面に活物質が塗布されるものであること(【0034】)が記載されており,この記載によれば,電解銅箔の光沢面についても表面粗さを小さくして,活物質と集電体の接触性を良好に保つようにすべきことは,当業者にとって自明のことであるといえる。

 そうすると,本件特許明細書には,電解銅箔のマット面のみならず光沢面についても,表面粗さを小さくすることが記載されているということができる。そして,本件特許明細書には,電解銅箔の光沢面の表面粗さに係る上限値について,マット面の表面粗さに係る上限値と異にすべき必要性については何ら記載されていないから,マット面に係る上限値と同程度とすべきことも明らかである。

 また,本件特許明細書には,上記のとおり,電解銅箔のマット面と光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして2.5μmより小さくすること(【0011】,【0016】)が記載されているところ,この記載は,電解銅箔のマット面と光沢面との表面粗さを同程度とすることを意味するものといえるから,電解銅箔の光沢面の表面粗さに係る上限値を,マット面の表面粗さに係る上限値と同程度とすることは自然なことともいえる。

 以上によれば,本件特許明細書には,電解銅箔の光沢面についても,「表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく」することが記載されているものと認めるのが相当である。

したがって,訂正事項1,5,8~10,13,16,19,22,26,29は,本件特許明細書に記載した事項の範囲内においてしたものである。

(2) 原告の主張について

・・・・(略)・・・

原告は,本件特許明細書に記載されているのは「光沢面の表面粗さが1.58~2.00μmである」実施例1~3のみであり,2.00μmを超え3.0μmまでのものについては言及されていないから,光沢面の表面粗さの上限に関して,本件特許明細書に記載した技術事項の範囲内であるとして訂正が許されるのは,せいぜい2.00μmでしかなく,「上限を3.0μmとすること」は,新たな技術的事項を導入するものであると主張する。

 しかし,前示のとおり,電解銅箔の光沢面の表面粗さに係る上限値は,マット面に係る上限値と同程度とすべきであること等からすれば,本件特許明細書には,電解銅箔の光沢面についても,「表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく」することが記載されているものと認められる。

 したがって,原告の上記主張は,前提において誤りがあり,採用することができない。

・・・

取消事由3(サポート要件の判断の誤り)について

(1) 本件訂正明細書(甲15)の発明の詳細な説明には,①従来,リチウムイオン二次電池の集電体として一般に銅箔が使用されているが,この銅箔として市販の電解銅箔を使用した場合には,電解銅箔の一方の主面に大きな凹凸が形成され,両主面の表面粗さの差が大きすぎて,活物質と集電体の接触が悪いため,電池特性,特に充放電でのサイクル特性が悪くなるという問題が生じること(【0004】~【0008】),②このような問題点を解決し,活物質と集電体の接触性を良好に保って,充放電サイクルに優れた安価な非水電解液二次電池用の平面状集電体を提供することを目的として,電解銅箔のマット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下とすること(【0009】,【0011】,【0016】),③上記数値限定を満足する実施例1~3と,一方の主面であるマット面に大きな凹凸が形成されて両主面の表面粗さの差が大きすぎて上記数値限定を満足しない比較例1の電解銅箔を,それぞれ負極集電体に用いた円筒形非水電解液二次電池について,100サイクル後の容量維持率とインピーダンスを測定し,前者が後者より優れたものであること(【0050】~【0055】)が記載されている。

 以上のとおり,本件訂正明細書の発明の詳細な説明には,本件発明の課題とその課題を解決する手段,その具体例において課題が解決されたことが記載されている。

 したがって,本件発明は,本件訂正明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであり,サポート要件(特許法36条6項1号)を満たすものである。

(2) 原告の主張について

・・・・

原告は,非水電解液二次電池の負極における活物質と負極集電体との接触性を良好にして充放電サイクル特性を向上させるためには,負極集電体用銅箔の表面粗さの範囲には下限があることが,本件特許出願当時において既に知られていた(甲18~20)から,電解銅箔の各主面の表面粗さが小さすぎる場合には,非水電解液二次電池の負極における活物質と負極集電体との良好な接触性が実現されず,充放電サイクル特性の向上を図ることができないことは技術常識であり,このような技術常識に照らせば,「マット面と光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下である」ものでありさえすれば,当業者が,本件発明の作用効果を奏するように実施することができるか不明であると主張する。

 しかし,本件発明は,マット面及び光沢面の表面粗さが小さすぎることにより生じる問題を解決するものではない。したがって,マット面及び光沢面の表面粗さの下限値を特定していないとしても,本件発明がサポート要件を満たさないとはいえない。

 なお,マット面及び光沢面の表面粗さの下限値は,電解銅箔の製造方法やコスト等の点から自ずと定まるものであり,極端に小さな値をとることはないと考えられる。そして,活物質と負極集電体との接触性を良好にして充放電サイクル特性を向上させるという課題を解決するために,好適な負極集電体用銅箔の表面粗さの範囲(下限)があることが知られていたのであれば,当業者は,そのような範囲(下限)も考慮して,マット面及び光沢面の表面粗さの下限値を適宜設定して,本件発明を実施するものと考えられる。

2013年4月22日月曜日

引用文献に具体的な化合物が開示されているか否かが争われた事例


知財高裁平成25年4月11日判決

平成24年(行ケ)第10124号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本件補正発明は2種の化合物を組み合わせた医薬に関する。本件補正発明が進歩性欠如との拒絶審決に対する取消訴訟において、審決が維持された。

 引用例では有効成分の1つが「IMiD1,IMiD2、IMiD3」という略号により特定されている。これらがどのような構造を有するのかは開示されていない。ただし引用例の引用する参考文献を辿っていけば、具体的な化合物の構造が推定することができる(ただし、この点については争いがある)。

 知財高裁は、学術文献を読んだ当業者であれば、参考文献まで考慮することは当然であるから、引用例には、参考文献を併せて読めば具体的な化合物の構造が開示されており、構造の特定の有無は実質的な相違点ではないと判断し、審決を維持した。

 医薬の分野では、対象となる化合物の構造が読者に特定されないように文献を記載することはしばしば行われる。このように記載された文献の引用発明適格性の判断基準を理解するうえで参考になる事例である。

 

2.対比

 本件補正発明

「治療上有効な量の化合物3-(4-アミノ-1-オキソ-1,3-ジヒドロ-イソインドール-2-イル)-ピペリジン-2,6-ジオンまたはその製薬上許容される塩,溶媒和物もしくは立体異性体,および治療上有効な量のデキサメタゾンを含む多発性骨髄腫の治療のための組合せ医薬であって,該化合物は多発性骨髄腫を有する患者に1~150mg/日の量で周期的に経口投与され,該デキサメタゾンは該患者に周期的に経口投与される,上記組合せ医薬」

 

 引用例に記載の発明(引用発明)

「IMiD1,IMiD2あるいはIMiD3のいずれかであるサリドマイドアナログ及びデキサメタゾンを含むヒト多発性骨髄腫細胞の増殖の抑制のための組合せ」

 

 本件補正発明と引用発明との一致点

 サリドマイドアナログ及びデキサメタゾンを含むヒトの多発性骨髄腫の抑制のための組合せである点

 

 本件補正発明と引用発明との相違点

 本件補正発明の組合せにおいては,デキサメタゾンと組み合わされるサリドマイドアナログが「3-(4-アミノ-1-オキソ-1,3-ジヒドロ-イソインドール2-イル)-ピペリジン-2,6-ジオン)又はその製薬上許容される塩,溶媒和物もしくは立体異性体」(以下「本願化合物」という。)であるのに対し,引用発明においては,「IMiD1,IMiD2あるいはIMiD3のいずれか」である点

 

3.争点

 IMiDsは「免疫調節薬」を意味する。引用例(学術文献)では、サリドマイドアナログである免疫長節薬としてIMiD1,IMiD2及びIMiD3を、デキサメタゾンと併用して実験したことが開示されている。

 IMiD1,IMiD2及びIMiD3が具体的にどのような化合物かは引用例には記載されていない。ただし、引用例中では「参照文献15(乙8)」が引用されている。

 参照文献15(乙8)は更に参照文献47(乙9)が引用されている。乙9には本発明で用いられる3-(4-アミノ-1-オキソ-1,3-ジヒドロ-イソインドール2-イル)-ピペリジン-2,6-ジオン)が開示されている。

 引用例の孫文献まで読めば、引用例のIMiD1,IMiD2及びIMiD3のいずれかが3-(4-アミノ-1-オキソ-1,3-ジヒドロ-イソインドール2-イル)-ピペリジン-2,6-ジオン)だと理解できるのかどうかが争点。

 

4.裁判所の判断のポイント

「ア 上記(2)のとおり,引用例は,サリドマイド及びそのアナログがヒト多発性骨髄腫細胞の伝統的療法に対する薬剤耐性を克服したことを報告する学術論文であり,サリドマイド又はそのアナログであるIMiD1,IMiD2又はIMiD3をデキサメタゾンと組み合わせることにより,多発性骨髄腫細胞の増殖を効果的に抑制できることが具体的デ-タによって開示されているが,IMiD1ないし3の化学構造はいずれも明らかにされていない。しかし,学術論文においては,通常,研究のための実験方法や用いた材料を具体的に明らかにした上で,実験結果やそれに基づく考察を発表するものであり,当業者は,それらの記載に基づいて研究成果を理解し,必要に応じてこれを利用するものである。したがって,引用例に接した当業者であれば,そこに記載されたIMiD1ないし3がいかなる化合物であるのかを確認することは,当然に行うことである。

 上記観点から引用例をみると,引用例には,サリドマイドアナログとして知られる2種類の化合物のうち,免疫調節薬IMiDsは,ホスホジエステラーゼ4抑制物質ではないが,IL-2及びIFN-γ生成に加えてT-細胞増殖を著しく刺激するものであることが参照文献15(乙8)を引用して記載され,また,この研究においては,IMiDsとしてIMiD1ないし3の3種類を用いたことも記載されている。そして,上記参照文献15(乙8)には,サリドマイドアナログのクラスⅠ化合物である,CⅠ-A,CⅠ-B及びCⅠ-Cは,それぞれ参照文献47(乙9)の5a,8a 及び14であること,クラスⅠ化合物は,ホスホジエステラーゼ4抑制作用を示さず,T細胞増殖及びINF-γとIL-2生成の有力な刺激剤であることが記載されている。したがって,以上の各記載からすると,引用例に記載されたIMiDsが,参照文献15に記載されたクラスⅠ化合物であり,IMiD1ないし3の3つの化合物は,CⅠ-A,CⅠ-B及びCⅠ-Cであること,すなわち,参照文献47の5a,8a 及び14の3つの化合物に相当するものであることが明らかである。そして,参照文献47(乙9)には,5a,8a 及び14の化学構造がそれぞれ記載されているが,そのうち8a の化学構造は,本願化合物の化学構造と一致する(甲11,乙9)。

 そうすると,引用例に接した当業者であれば,IMiD1ないし3に関する引用例の記載及びそこに掲げられた参照文献の記載を併せ見ることにより,さしたる困難もなく,引用例に記載されたIMiD1ないし3のうちの1つが本願化合物であることを認識することができるものである。

 以上のとおり,本件補正発明における本願化合物は,引用例に記載されたIMiD1ないし3のうちの1つに該当するものであるから,相違点1は実質的な相違点ではないとした本件審決の判断に誤りはない。」

引用例に課題が存在しないことを理由に進歩性が肯定された事例


知財高裁平成25年4月10日判決

平成24年(行ケ)第10328号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例では、拒絶審決において、本願発明の進歩性を否定された。その理由は、引用発明と本願発明との相違点に係る特徴が解決する課題は、引用発明の分野において「自明な課題」であり、その解決を図るために他の文献を参照することは容易である、というものであった。

 これに対して知財高裁は、引用発明では他の手段によりすでに課題は解決されているため、引用発明では上記自明な課題は潜在的にも存在せず、この課題の解決を図るために他の文献との組み合わせる動機は存在しない、と判断し、審決を取り消した。

 

2.対比

 本願請求項1

「飲食物廃棄物の処分のための容器であって,飲食物廃棄物を受け入れるための開口を規定し,かつ内表面および外表面を有する液体不透過性壁と,前記液体不透過性壁の前記内表面に隣接して配置された吸収材と,前記吸収材に隣接して配置された液体透過性ライナーとを備え,前記容器は前記吸収材上に被着された効果的な量の臭気中和組成物を持つ,飲食物廃棄物の処分のための容器。」

 引用発明

「厨芥などのごみ袋であって,厨芥などを受け入れるための入口4を有し,かつ内表面および外表面を有する液体の不透過性の表面材3と,前記液体の不透過性の表面材3の前記内表面に隣接して配置された水分吸収体2と,前記水分吸収体2に隣接して配置された液体の透過性の内面材1とを備えた厨芥などのごみ袋。」

 一致点

「飲食物廃棄物の処分のための容器であって,飲食物廃棄物を受け入れるための

開口を規定し,かつ内表面および外表面を有する液体不透過性壁と,前記液体不透

過性壁の前記内表面に隣接して設置された吸収材と,前記吸収材に隣接して配置さ

れた液体透過性ライナーとを備える飲食物廃棄物の処分のための容器。」

 相違点

本願発明では,容器は吸収材上に被着された効果的な量の臭気中和組成物を持つのに対し,引用発明では,容器(ごみ袋)は臭気中和組成物を有していない点。

 

5.審決の判断

 「生ごみは保管状態と関係なくそれ自体が臭気を発生するものであり、上記のとおり引用発明においても脱臭剤などが必要という課題を有している」という理由で、上記相違点に係る特徴を他の文献を参考に組み合わせることが容易と判断した。

 

4.裁判所の判断のポイント

「本願発明は,上記特許請求の範囲及び本願明細書の記載によれば,飲食物廃棄物の処分のための容器であって,液体不透過性壁と,液体不透過性壁の内表面に隣接して配置された吸収材と,吸収材に隣接して配置された液体透過性ライナーとを備え,吸収材上に被着された効果的な量の臭気中和組成物を持つものである。本願発明は,上記構成により,一般家庭において,ゴミ収集機関により収集されるまで,飲食物廃棄物からの液体の流出を防止し,腐敗に伴う不快な臭気を中和する,経済的なプラスチック袋を提供することができるものである。

 これに対し,引用発明は,上記引用例1(甲8)の記載によれば,厨芥など水分の多いごみを真空輸送する場合などに適用されるごみ袋に関するものであるところ,これらのごみをごみ袋に詰めて真空輸送すると,輸送途中で破袋により,ごみが管壁に付着したり,水分が飛散して他の乾燥したごみを濡らして重くするなどのトラブルの原因となっていたという課題を解決するために,水分を透過する内面材と,水分を透過させない表面材と,上記内面材と上記表面材とに挟まれ水分を吸収して凝固させる水分吸収体との多重構造のシート材でごみ袋を構成することにより,厨芥などのごみの水分を吸収して凝固させ袋内に閉じ込めるようにしたものである。

 ところで,上記引用例1(甲8)の記載等に照らすと,真空輸送とは,住宅等に設置されたごみ投入口とごみ収集所等とを輸送管で結び,ごみ投入口に投入されたごみを収集所側から吸引することにより,ごみを空気の流れに乗せて輸送,収集するシステムであって,通常,ごみ投入口は随時利用でき,ごみを家庭等に貯めておく必要がないものと解される。そうすると,引用発明に係るごみ袋は,真空輸送での使用における課題と解決手段が考慮されているものであって,住宅等で厨芥等を収容した後,ごみ収集時まで長期間にわたって放置されることにより,腐敗し,悪臭が生じるような状態で使用することは,想定されていないというべきである。

 これに対し,被告は,引用発明は,厨芥,すなわち,腐敗しやすく悪臭を発生することが想定されるごみを収容するごみ袋であり,腐敗臭,悪臭の発生を抑制すべき技術課題を内在すると主張する。

 しかし,上記のとおり,引用発明は,厨芥等を真空輸送に適した状態で収容するためのごみ袋であり,厨芥等を長期間放置しておくと腐敗して悪臭を生じるという問題点は,上記真空輸送により解決されるものと理解することができ,引用例1の「厨房内などに水切り設備を設置して事前に水切りを行えるなどの場合は,本ごみ袋の下部に水切り用孔6を穿設してもよく,この場合はより一層効果的にごみの水分を取り除くことができる」(甲8・段落【0008】)との記載からしても,引用発明が厨芥等から発生する腐敗臭,悪臭の発生を抑制すべき技術課題を内在していると解することはできない。

 以上のとおり,引用発明には,腐敗に伴う不快な臭気を中和するという課題がなく,引用発明に臭気中和組成物を組み合わせる動機付けもないので,本願発明と引用発明との相違点について,引用発明において,効果的な量の臭気中和組成物を吸収材上に被着して相違点に係る本願発明の発明特定事項のようにすることは,引用例2記載の事項に基づいて当業者が容易に想到し得たことであるとした本件審決の判断には誤りがある。」

2013年4月15日月曜日

サポート要件と実施可能要件の関係について参考になりそうな事例


知財高裁平成25年4月11日判決

平成24年(行ケ)第10299号 審決取消請求事件

 

1.概要

 化学や医薬の分野の特許出願において、実施データが明細書に十分に開示されておらず、当業者にとって、クレーム発明が目的とする課題を解決できるとは理解できないと判断された場合に、実施可能要件違反とするか、サポート要件違反とするか、あるいは両方に違反するとするか、議論がある。

 サポート要件の実体的運用が開始されて以降、実施可能要件違反とサポート要件違反とは表裏一体の関係にあり、上記のような場合は、両方に違反すると判断されることが通常であった。

 ところがフリバンセリン事件(平成21年(行ケ)第10033号)においては、サポート要件の問題として扱うことは妥当ではなく、専ら実施可能要件の問題とされるべきと判断された。

 本事例では、フリバンセリン事件(平成21年(行ケ)第10033号)の判断とは正反対とも受け取ることのできる判断が下されており、大変興味深い。本事例は、実施可能要件サポート要件等を満足すると判断された無効審判審決に対する取消訴訟であり、知財高裁が審決を取り消した事例である。知財高裁は、実施可能要件は満足するが、サポート要件は満足しないと判断した。知財高裁は、サポート要件を2つの要件、すなわち、(1)本件発明が発明の詳細な説明に記載されているか?(2)本件発明が、発明の詳細な説明の記載により当業者が本件発明の課題を解決できると認識できるか?、に分けて考え、要件(1)は満足するが、要件(2)は満足しないと判断した。更に、特許権者が要件(2)を満足することを立証するために提出した実験データは参酌できないと判断した(なお、審判の段階では実験データを考慮してサポート要件に適合すると判断されている)。

 

2.本件発明(訂正後請求項1)

【請求項1】

工程(A):生醤油を含む調味液と,コーヒー豆抽出物,及びアンジオテンシン変換阻害活性を有するペプチドから選ばれる少なくとも1種の血圧降下作用を有する物質とを混合する工程と,

工程(B):工程(A)の後に生醤油を含む調味液と,コーヒー豆抽出物,及びアンジオテンシン変換阻害活性を有するペプチドから選ばれる少なくとも1種の血圧降下作用を有する物質との混合物をその中心温度が60~90℃になるように加熱処理する工程

を行うことを含む液体調味料の製造方法。

 

3.裁判所の判断のポイント

3.1.実施可能要件についての裁判所の判断

「(1)実施可能要件について

・・・方法の発明における発明の実施とは,その方法の使用をする行為をいうから(特許法2条3項2号),方法の発明については,明細書にその発明の使用を可能とする具体的な記載が必要であるが,そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその方法を使用することができるのであれば,上記の実施可能要件を満たすということができる。

(2)本件発明の実施可能要件の適否について

 本件発明1ないし8は,いずれも方法の発明であるが,その特許請求の範囲の記載にある「生醤油」(【0012】),「コーヒー豆抽出物」(【0018】),「アンジオテンシン阻害活性を有するペプチド」(ACE阻害ペプチド。【0027】【0029】)及び「液体調味料」(【0011】)については,いずれも本件明細書に具体的にその意義,製造方法又は入手方法が記載されている。また,本件発明1ないし8の方法は,上記「生醤油」を含む調味料と,「コーヒー豆抽出物」及び「アンジオテンシン阻害活性を有するペプチド」(ACE阻害ペプチド)から選ばれる少なくとも1種の原材料(本件発明1~5)あるいは専ら「コーヒー豆抽出物」(本件発明6~8)を混合し,特定の温度(及び時間)で加熱処理し,あるいは混合しながら同様に加熱処理し,更にその後に充填工程を行うというものであるが,これらの具体的手法は,液体調味料の加熱処理方法(【0065】)や,加熱処理が充填工程の前に行われること(【0035】)を含めて,いずれも本件明細書(【0035】【0036】【0038】)に記載されている。

 したがって,本件明細書の発明の詳細な説明には,これに接した当業者が本件発明1ないし8の使用を可能とする具体的な記載があるといえる。

・・・

(3)原告の主張について

 原告は,本件発明はACE阻害ペプチドの由来や配合量等によって液体調味料の風味に大きな変化をもたらす可能性があり,かつ,血圧降下作用を示すとは限らないばかりか,風味変化と血圧降下作用を有する物質の配合量とが相反関係にある以上,ACE阻害ペプチドを使用する場合についての実施例が発明の詳細な説明に記載されていない限り,実施可能要件を満たさないと主張する。

 しかしながら,本件明細書に本件発明1ないし8の使用を可能とする具体的な記載があり,かつ,当業者が本件発明9を製造することができる以上,本件発明は,実施可能であるということができるのであって,原告の上記主張は,サポート要件に関するものとして考慮する余地はあるものの,実施可能要件との関係では,その根拠を欠くものというべきである。

 

3.2.サポート要件についての裁判所の判断

「(1)サポート要件について

・・・特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か,あるいは,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

(2)本件発明のサポート要件の適否について

ア・・・本件明細書の発明の詳細な説明には・・・血圧降下作用を有する物質として,ポリフェノール類,ACE阻害ペプチド等が列記されているところ,ポリフェノール類の一種であるクロロゲン酸類を含有するコーヒー豆抽出物の入手方法等についても記載があるほか,ACE阻害ペプチドの具体例や入手方法等についても具体的な記載がある。そして,本件明細書の発明の詳細な説明には・・・液体調味料の加熱処理を行う前にこれらの血圧降下作用を有する物質を液体調味料に混合し,次いで加熱処理を行うか,あるいはこれらの物質を混合しながら液体調味料を加熱処理するなどの方法について,加熱処理の際の温度等を含めて具体的に記載しており・・。

 したがって,本件発明は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明であるということができる。

本件発明は・・・醤油を含む液体調味料に,ACE阻害ペプチド又はクロロゲン酸類を有効成分とするコーヒー豆抽出物等の血圧降下作用を有する物質を多量に配合すると,血圧降下には有利に働くものの,風味に変化が生じ,その結果,液体調味料の継続摂取が困難になるという課題(より具体的には,血圧降下作用を有する物質を液体調味料に配合した場合に,風味変化を改善するという課題)を解決するため,液体調味料の加熱処理を行う前に血圧降下作用を有する物質であるACE阻害ペプチド(本件発明1~5,9)又はコーヒー豆抽出物(本件発明1~9)を混合し,次いで加熱処理を行うか,あるいはこれらの物質を混合しながら液体調味料を加熱処理するなどの手段を採用することで,これにより,血圧降下作用を有する物質を日常的に摂取する食品である液体調味料に配合した場合の風味変化を改善し,風味の一体感付与を図り,メニューによる風味の振れが少なくて継続的な摂取が容易な,血圧降下作用等の薬理作用を高いレベルで発揮する液体調味料(本件発明9)及びその簡単な製造方法(本件発明1~8)を実現するという作用効果を有するものである。

 したがって,本件発明においては,血圧降下作用を有する物質が混合され,上記のように加熱処理された液体調味料の風味変化が改善されるのであれば,その課題が解決されたものとみて差し支えないといえる。

そこで,本件明細書について,その発明の詳細な説明の記載により当業者が本件発明の課題を上記のとおり解決できると認識できるものであるか否かを検討する・・・。

他方,本件明細書の発明の詳細な説明には,前記イに記載の物質のうちACE阻害ペプチドを本件発明における血圧降下作用を有する物質として液体調味料に混合して加熱処理した場合の実施例の記載がない。・・・本件明細書の発明の詳細な説明に,コーヒー豆抽出物及びγ-アミノ酪酸を本件発明における血圧降下作用を有する物質として液体調味料に混合して加熱処理した場合の実施例があり,それにより液体調味料の風味変化を改善し,本件発明の解決すべき課題を解決できることが示されているとしても,これらは,ACE阻害ペプチドを本件発明における血圧降下作用を有する物質として液体調味料に混合し加熱処理した場合に,液体調味料の風味変化の改善という本件発明の解決すべき課題を解決できることを示したことにはならない

 その他,本件明細書の発明の詳細な説明には,ACE阻害ペプチドを本件発明における血圧降下作用を有する物質として液体調味料に混同して加熱処理をした場合に,上記課題が解決されたことを示す記載はない以上,本件明細書の発明の詳細な説明に接した当業者は,血圧降下作用を有する物質としてACE阻害ペプチドを使用した場合を包含する本件発明1ないし5及び9が,液体調味料の風味変化の改善という課題を解決できると認識することができるとはいえず,また,当業者が本件出願時の技術常識に照らして本件発明の課題を解決できると認識できることを認めるに足りる証拠もない。

・・・

(4)被告の主張について

・・・

被告は,本件発明1ないし5及び9がサポート要件を満たす根拠として,ACE阻害ペプチドを添加して加熱処理した液体調味料の風味が改善されたことを示す本件出願後に行われた試験結果の報告書(甲17)が,本件明細書に記載された技術的内容を確認し,かつ,裏付けるものであると主張する。

 しかしながら・・・本件明細書の発明の詳細な説明には,その他にACE阻害ペプチドを本件発明における血圧降下作用を有する物質として液体調味料に混同して加熱処理をした場合に,上記課題が解決されたことを示す記載はなく,また,このことを示す技術常識も見当たらない以上,サポート要件の適否の判断に当たって,本件出願後にされた試験の結果を参酌することはできない。

よって,被告の上記主張は,採用することができない。

(5)小括

 以上によれば,・・・血圧降下作用を有する物質として,コーヒー豆抽出物に加えてACE阻害ペプチドを使用する場合を包含する本件発明1ないし5及び9は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明であるといえるが,発明の詳細な説明の記載により当業者がその課題を解決できると認識できるものではなく,また,当業者が本件出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できるものであるともいえないから,サポート要件を満たすものとはいえない。

2013年4月5日金曜日

請求項中の数値の測定方法が特定されていない場合の権利範囲の解釈


東京地裁平成25年3月15日判決
平成23年(ワ)第6868号 損害賠償請求事件

1.概要
 本件は特許権侵害訴訟において、被告製品が、「粒径」により特定された原告の特許権の構成要件Dを充足するかどうかが争われ、充足しないと判断された。
 原告特許発明に係る請求項及び明細書では「粒径」の測定方法は限定されていない。裁判所が認定する従来技術によれば、「乾式」の方法と、「湿式」の方法が従来の測定方法として存在する。
 特許権者である原告は「粒径」は「乾式」の方法で測定されるべきと主張した。「乾式」によれば被告製品は構成要件Dを充足する。
 一方、被告が提出するデータによれば「粒径」を「湿式」の方法で測定した場合、被告製品は構成要件Dを充足せず非侵害となる。
 裁判所は「乾式の試料及び湿式処理をした試料のいずれを用いて測定しても,本件発明の構成要件Dが規定する粒径30μm未満の粒子の真円度の数値範囲(「0.73~0.90」)を充足する場合でない限り,構成要件Dの充足を認めるべきではないと解するのが相当である」と指摘し、構成要件Dを充足しないと判断した。

2.本件発明
 本件発明を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,各構成要件を「構成要件A」,「構成要件B」などという。)
シリカ質粉末を可燃性ガス-酸素火炎中で溶融して得られた球状シリカであって,
粒径が30μm以上の粒子を30~90重量%含有してなり,
該粒径30μm以上の粒子の真円度が0.83~0.94,
粒径30μm未満の粒子の真円度が0.73~0.90である
ことを特徴とするシリカ質フィラー。

3.裁判所の判断のポイント
「ウ 真円度の測定対象試料の調整方法
() 本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載(前記ア)を基礎に,本件明細書の記載事項(前記イ)を考慮して検討するに,特許請求の範囲及び本件明細書には,「該粒径30μm以上の粒子の真円度が0.83~0.94」(構成要件C)及び「粒径30μm未満の粒子の真円度が0.73~0.90」(構成要件D)にいう各「粒子」の状態及びその真円度の測定に当たっての調整方法を限定する趣旨の記載は存在しないから,真円度の測定がされる上記「粒子」は,本件出願時に通常行われていた試料の調整方法によって調整されたものであれば,その調整方法は特に限定されるものではないと解すべきである。
・・・
 上記記載と弁論の全趣旨によれば,本件出願時,画像解析法に用いる画像解析用試料の調整方法としては,乾燥した粉体(乾燥粒子)をそのまま試料とする場合(乾式の試料)や,液相中に粒子を分散するなどの前処理をしたものを試料とする場合(湿式処理をした試料)があり,いずれの調整方法も,通常行われていたものと認められる。
 したがって,本件発明の真円度を測定するに当たっては,乾式の試料又は湿式処理をした試料のいずれを用いても差し支えないというべきである。
・・・
() 本件発明の真円度を測定するに当たっては,乾式の試料又は湿式処理をした試料のいずれを用いても差し支えないことは,前記ウで認定したとおりである。
 ところで,本件発明の真円度の測定に当たり乾式の試料を測定対象とするか,又は湿式処理をした試料を測定対象とするかによって真円度の数値に有意の差が生じる場合,当業者がいずれか一方の試料を測定対象として測定した結果,構成要件所定の真円度の数値範囲外であったにもかかわらず,他方の試料を測定対象とすれば上記数値範囲内にあるとして構成要件を充足し,特許権侵害を構成するとすれば,当業者に不測の不利益を負担させる事態となるが,このような事態は,特許権者において,特定の測定対象試料を用いるべきことを特許請求の範囲又は明細書において明らかにしなかったことにより招来したものである以上,上記不利益を当業者に負担させることは妥当でないというべきであるから,乾式の試料及び湿式処理をした試料のいずれを用いて測定しても,本件発明の構成要件Dが規定する粒径30μm未満の粒子の真円度の数値範囲(「0.73~0.90」)を充足する場合でない限り,構成要件Dの充足を認めるべきではないと解するのが相当である。
 しかるところ,前記()のとおり,原告測定データ3は,被告製品の乾式の試料を対象として粒径30μm未満の粒子の真円度を測定した場合に,被告製品が構成要件Dの数値範囲内にあることを示している。
 しかし,他方で,本件においては,被告製品の湿式処理をした試料を対象として粒径30μm未満の粒子の真円度を測定した場合に,被告製品が構成要件Dの数値範囲内にあることを認めるに足りる証拠はなく,かえって,前記()のとおり,湿式処理をした試料を対象にした被告測定データ1によれば,被告製品は構成要件Dに規定する数値の範囲外にあるというべきである。
 したがって,被告製品は,構成要件Dを充足するものと認めることはできない。」

2013年3月31日日曜日

進歩性否定の審決が、引用発明と本件発明との技術思想の相違を考慮していないとの理由で取り消された事例


知財高裁平成25年3月21日判決

平成24年(行ケ)第10241号 審決取消請求事件



1.概要

 本事例は、本件補正後の発明(医療用ゴム栓組成物)が刊行物1に対して進歩性を有していないと判断した審決が取り消された事例である。

 本件補正後の発明に係る医療用ゴム栓組成物の組成は、刊行物1に開示されている針刺し止栓の針刺部分組成物の組成を更に限定した組成といえる。

 本件補正発明は所定の構成によって、液漏れを生じないという効果を生じる。

 刊行物1に記載の針刺部分組成物は,当該組成物から得た針刺部分を針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成形することが,液漏れのない針刺し止栓を得るために必要である。一方、本件補正発明の構成物は,ゴム栓組成物の成形物が針の針刺方向に撓ませて止栓本体と一体化して成形されていなくとも,特許請求の範囲で特定された組成及び硬さを有するものであれば,使用時に液漏れを生じないものとして発明されたものである。

 審決では刊行物1では組成物の組成以外の構成によって液漏れ防止を実現している事情を考慮せず、単に組成物の組成だけに着目し、刊行物1に開示された組成物の組成において、一部の成分の組成の範囲を最適化して本件補正後の発明に至ることとは当業者により容易であり、進歩性なしと結論付けた。

 これに対して知財高裁は、液漏れを防止するための技術思想が本件補正発明と刊行物1とで相違することを考慮すると、刊行物1の組成を最適化して本件補正発明の組成に至ることは容易とはいえないと判断した。

 

2.本件補正後の請求項1

「質量平均分子量が30万~50万であるスチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体100質量部に対して,軟化剤160~200質量部,ポリプロピレン15~40質量部を配合した組成物であって,該組成物のJIS 6253Aに規定する硬さが30~45であることを特徴とする医療用ゴム栓組成物。」

 

3.審決の理由の要点

 審決では、刊行物1での組成物の組成のみに着目して、以下の理由により本件補正発明は進歩性を有さないと判断した。

(1) 刊行物1(甲1)には,実質的に次の発明(引用発明)が記載されていることが認められる。「重量平均分子量が20万~40万であるスチレン・エチレン・ブチレン・スチレンブロック共重合体100部に対して,パラフィン系オイル50~300部,ポリオレフィン樹脂10~50部を配合した組成物であって,該組成物のJIS(DURO)のA硬度が20~70である医療用薬液用瓶若しくは袋の針刺し止栓の針刺部分。」

(2) 補正発明と引用発明との一致点と相違点は次のとおりである。

【一致点】

「スチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体に対して,軟化剤,ポリオレフィンを配合した組成物である医療用ゴム栓組成物。」

【相違点1】

スチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体の質量平均分子量が,補正発明は「30万~50万」であるのに対し,引用発明は「20万~40万」である点。

(3)相違点1について

 引用発明のスチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体の質量平均分子量は20万~40万であるが,補正発明のスチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体の質量平均分子量30万~50万とは,30万~40万の範囲で重複・一致している。そして,高分子材料の平均分子量が,その材料の物性値に影響することは当業者にとって自明であり,所望の性質を得るため,その分子量を適宜選択することは,数値範囲の最適化のための当業者の通常の創作能力の発揮である。また,引用発明においても,その質量平均分子量を,他の用途より大きい範囲に定めることを意図しているものである。さらに,補正発明の上記「30万~50万」という数値限定条件範囲において,補正発明が,格別に顕著かつ臨界的に優れた作用・効果を奏するものともいえない。

 

4.裁判所の判断のポイント

「補正発明の容易想到性について

(1) 刊行物1から認定すべき発明について

 刊行物1に記載された発明の構成は,前記のとおり,針刺部分を射出成形金型のキャビティ内に隙間を有して載置し,止栓本体の材料を射出成形金型と針刺部分とで区画された隙間を除いたキャビティに射出して成形した針刺し止栓であるところ,この針刺し止栓の針刺部分が補正発明に係る医療用ゴム栓組成物に相当する。そして,補正発明は,医療用ゴム栓組成物について,その組成と組成物の硬さを発明特定事項とするものであるから,刊行物1において補正発明と対比すべき発明は,刊行物1に記載された技術的事項から,針刺部分の組成及びその硬さについて抽出した「重量平均分子量で15万以上のスチレン・共役ジェンブロック共重合体の水素添加物であって前記共役ジェンがイソプレン及びブタジエンから選択される1種以上であるベースポリマー100部に対して,パラフィン系オイルを50~300部,及びポリオレフィン樹脂を10~50部配合した組成物であって,当該組成物のJIS(DURO)のA硬度が20~70である針刺し止栓の針刺部分組成物」となる。審決が認定した引用発明における「重量平均分子量が20万~40万であるスチレン・エチレン・ブチレン・スチレンブロック共重合体」は,上記認定の構成「重量平均分子量で15万以上のスチレン・共役ジェンブロック共重合体の水素添加物であって前記共役ジェンがイソプレン及びブタジエンから選択される1種以上であるベースポリマー」に包含されるものではあるが,前記のとおり,刊行物1に記載された発明が十分な液漏れ性能等の確保といった目的を達成するためには,止栓本体の成形時に針刺部分を針の針刺方向に撓ませて成形されたものであることが必要と解されるのに対し,補正発明では針刺部分を撓ませることは前提とされていないという点で技術思想が異なるものであり,このような差違を考慮しないまま上記認定の構成に包含されるからといって,その中の特定の構成を引用発明として認定するのは相当ではない。原告主張の取消事由もこの趣旨をいうものと理解することができる。

(2) 補正発明と刊行物1に記載の構成物の対比

 刊行物1に記載されているのは,医療用薬液を封入した薬液用瓶若しくは袋に使用する針刺し止栓(甲1の段落【0001】)の針刺部分組成物であり,そこにおける実施例では,スチレン系エラストマー,パラフィン系オイル,及びポリオレフィン樹脂のコンパウンドをエラストマー(弾性体)と称していることから,ベースポリマー,パラフィン系オイル,及びポリオレフィン樹脂を配合した組成物である針刺部分の材料は,ゴム状であると解される。そうすると,補正発明の医療用ゴム栓組成物に対比されるべき発明は,刊行物1における針刺し止栓の針刺部分組成物に相当する。

 そして,補正発明の医療用ゴム栓組成物は,質量平均分子量が30万~50万であるスチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体をベースポリマーとする組成物であるのに対し,刊行物1における上記ベースポリマーは,重量平均分子量で15万以上のスチレン・共役ジェンブロック共重合体の水素添加物であって共役ジェンがイソプレン及びブタジエンから選択される1種以上のものであるから,両者は少なくともベースポリマーの成分で相違する部分がある。

(3) 相違点についての判断

 前記のとおり,刊行物1に記載の針刺部分組成物は,当該組成物から得た針刺部分を針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成形することが,液漏れのない針刺し止栓を得るために必要であるのに対し,補正発明の構成物は,ゴム栓組成物の成形物が針の針刺方向に撓ませて止栓本体と一体化して成形されていなくとも,特許請求の範囲で特定された組成及び硬さを有するものであれば,使用時に液漏れを生じないものとして発明されたものである。具体的には,本願明細書で実施例1ないし3及び比較例1ないし5として記載された8種のゴム栓組成物は,いずれも刊行物1において補正発明と対比すべき発明に係る針刺し止栓の針刺部分の組成及び硬さを満たすものであるところ,刊行物1の記載によれば,これら8種の組成物を使用して製造した針刺部分は,これを針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成形する構成を伴うことにより,液漏れが生じない針刺し止栓を得ることができる。一方,本願明細書の記載によれば,これら8種の組成物の中で,実施例として記載の3種の組成物,ひいては特許請求の範囲に記載されたベースポリマーの種類及び分子量,軟化剤及びポリプロピレンの配合量,並びに硬さに特定された組成物のみが,針刺部分を針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成形するという手法を用いなくとも,液漏れのない医療用ゴム栓を得ることができるというものである。そうすると,補正発明は,当裁判所が認定した刊行物1に記載の上記組成物におけるベースポリマーの種類及び分子量,軟化剤及びポリプロピレンの配合量,並びに組成物の硬さを特定の範囲に限定することにより,針刺部分を針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成形するという手法を用いなくとも,液漏れのない医療用ゴム栓を得ることができる効果を見出したものということができる。そして,針刺部分を針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成形することを液漏れのない針刺し止栓を得るために必要とする刊行物1記載の針刺部分組成物のベースポリマーの種類及び分子量,パラフィン系オイル及びポリオレフィンの配合量,並びに硬さの範囲の中から,針刺部分を針の針刺方向に撓ませることが不要な特定の組成を見出すという発想は,刊行物1の記載から見出すことができず,刊行物1に記載の事項と補正発明とでは前提とする技術的思想が異なるものである。すなわち,補正発明の構成は,前記の技術的課題からの発想に伴うものであり,そのような発想である技術的思想が上記のとおり刊行物1には記載も示唆もない以上,そのような発想と離れた組成物が刊行物1に記載されているとしても,そこに,補正発明の構成が容易想到であると認めるまでの発明としての構成が記載されているということはできない。

 審決は,補正発明の技術的課題と刊行物1に記載の技術的課題の対比を誤り,補正発明と対比すべき技術的思想がないのに刊行物1に記載の事項を漫然と抽出して補正発明と対比すべき引用発明として認定した誤りがあり,ひいては補正発明を刊行物1に記載の引用発明から容易に想到しうるものと誤って判断したものというべきである。

追加実験データが考慮できないと判断された最近の事例2件

1.概要
 下記の2つの事例はどちらも、進歩性欠如の拒絶理由を解消することを目的として、出願人が、本発明が顕著な効果を有することを証明する追加実験データを提出したところ、追加実験データは考慮できないと判断された事例である。
 事例1では「本願明細書の記載から当業者が推認できる範囲を超える」ことを理由に実験データは考慮できないと判断された。
 事例2では「本願明細書に開示された事項と矛盾する」ことを理由に実験データは考慮できないと判断された。
 
2.1.事例1
知財高裁平成25年3月18日 判決
平成24年(行ケ)第10252号 審決取消請求事件
「3 取消事由3(顕著な作用効果の看過(その2))について
 原告は,①4mM等の低いマグネシウム濃度条件下において十分に高い活性を示すという本願補正発明のポリペプチドの効果は,引用文献3に記載された発明と比較して有利な効果であり,同発明から予想できない顕著な作用効果である,②本願補正発明のポリペプチドは,4mM等の低いマグネシウム濃度条件下で十分なリボヌクレアーゼH活性を有するので,Taq DNAポリメラーゼとの共存下での使用が可能であり,引用文献3に記載されたRNase HIIPkを最適化して用いる場合と比較しても,格別顕著な効果を奏するとして,本願補正発明のポリペプチドの格別顕著な作用効果を看過した審決には誤りがある旨主張するので,以下,検討する。
(1) 上記①の主張について
 本願明細書には,本願補正発明のポリペプチドが,4mM酢酸マグネシウム濃度条件下でどの程度の大きさのRNaseH活性を示したかについて直接的な記載はないが,原告は,得られた酵素標品が所望の活性を有するかどうかを確認する目的で酵素反応を行う場合,予め複数の条件を検討して,十分に高い活性が得られる最適又は最適に近い条件を用いることが当該技術分野における常法であることから,4mM程度のマグネシウム濃度条件下の活性が最大又はそれに近いと理解できる旨主張する。
 そこで,本願明細書の記載を検討すると,上記1(1) のとおり,本願補正発明のポリペプチドであるTli RNaseHII(実施例8)以外に,Bca RNaseHIII(実施例3),Pfu RNaseHII(実施例4),PhoRNaseHII(実施例6),Afu RNaseHII(実施例7),及び,Tce RNaseHII(実施例9)について,4mM酢酸マグネシウムを含む反応液中でRNaseH活性を確認したこと,Bca RNaseH(実施例1)について,4mM塩化マグネシウム(MgCl2)を含む反応液中でRNaseH活性を確認したことが,それぞれ記載されている。上記実施例において,本願補正発明を含む上記7種類のRNaseHは,それぞれ由来が異なり,クラスもII又はIIIと異なるから,イオン要求性等の性質も異なると考えられるにもかかわらず,一律に4mMマグネシウム濃度条件下でRNaseH活性が確認されている。
 そうすると,上記各実施例において,必ずしも,十分に高い活性が得られる最適又は最適に近い条件を用いて酵素の活性が確認されたとは考え難く,本願補正発明の酵素が4mMマグネシウム濃度条件下において最大又は最大に近いRNase活性を有するか否かを,本願明細書の記載から推認することはできないから,4mM等の低いマグネシウム濃度条件下において十分に高い活性を示すという効果が,本願補正発明のポリペプチドにおける格別顕著な作用効果であるとは認められない。
 また,原告は,甲9に記載された実験データを参酌すべきである旨主張する。しかし,上記のとおり,本願補正発明について,4mM等の従来のRNase Hと比べて非常に低いマグネシウム濃度条件下において十分に高いRNaseH活性を示すという効果が本願明細書に開示されているとはいえないから,その効果について示す上記実験データは本願明細書の記載から当業者が推認できる範囲を超えるものであって,参酌することはできないというべきである。
 
2.2.事例2
知財高裁平成25年3月14日判決
平成24年(行ケ)第10229号 審決取消請求事件
「原告は,本件審決は本件補正発明に係る容易想到性の判断において,本件意見書等(甲11及び16)に記載された実験データを参酌すべきであった旨主張する。
 しかしながら,次のとおり,原告の主張は採用することができない。
 すなわち,本願明細書(【0016】)には,反応器の材質について,好適な物質としてエナメルスチールが挙げられているほか,特に芳香族であるポリマーが非常に好適であること,エポキシ樹脂又はフェノール樹脂を用いる被覆剤が特に好適であること,ニッケル及びモリブデン等のある種の金属又はその合金が好適であることなどが記載されている。したがって,本願明細書には,エナメルスチールは芳香族系ポリマー,エポキシ樹脂,フェノール樹脂より多少劣るとしても,ニッケル及びモリブデン等の合金や金属と同程度に優れた耐腐食性を有することが記載されているといえる。
 他方,甲11には,ニッケルやモリブデン等を含む合金やチタン(表1),ポリプロピレンホモポリマー及びポリ(フッ化ビニリデン)ホモポリマー(表3),エポキシ樹脂(表4)及びエナメルスチール(表2)からなる断片を,本件補正発明が前提とするグリセロールと塩素化剤を含む反応媒体中に配置した後の腐食の程度を調べた実験の結果として,合金やチタンの断片は完全に消失し,ポリマー及びエポキシ樹脂の断片は許容できない重量と厚みの増加及び機械的特性の劣化を示したのに対して,エナメルスチールはガラスライニングの曇りを示さず,腐食が生じていなかったことが記載されている。また,甲16には,甲11と同一の表1及び2に加え,エナメルスチールの腐食速度が1ないし1.5%の沸騰塩素化水素溶液中で「<0.01mm/年」であること及び本件補正発明に係る反応混合物中で「0.0029mm/年」であることを示す表3が記載され,エナメルスチールが本件補正発明の反応条件下で腐食に対して優れた耐性を示すことが記載されている。これらの実験結果は,本願明細書に「好適」と記載されたエナメルスチールが,同じく「好適」と記載された金属や合金だけでなく,「非常に好適」と記載されたエポキシ樹脂よりも優れた耐腐食性を有することを示すものであり,本願明細書に記載された事項と矛盾するものである。・・・したがって,本件補正発明の容易想到性の検討に当たり,本件意見書等に記載された実験データを参酌しなかった本件審決の判断に誤りがあるということはできない。