2013年5月1日水曜日

(1)訂正の妥当性,(2)数値範囲の上限のみが規定された発明のサポート要件充足性が判断された事例


知財高裁平成25年4月17日判決

平成24年(行ケ)第10212号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例は無効審判審決(特許権有効)の取消訴訟であり、審決が維持された事例である。

 興味深いのは以下の二点。

(1)訂正新規事項

 電解銅箔の一方の表面を「光沢面」、他方の表面を「マット面」という。訂正前の明細書では電解銅箔の「マット面」の表面粗さが10点平均粗さにして「3.0μmより小さく」と記載されている。「光沢面」の表面粗さについて文言上は3.0μmより小さいとは記載されいない。訂正明細書の実施例で具体的に開示されている電解銅箔の光沢面の表面粗さの範囲は、1.58~2.00μmである。

 無効審判段階での訂正前には、マット面の表面粗さが3.0μmより小さいということのみクレームに規定されていたが、訂正により、光沢面の表面粗さも3.0μmより小さい、という規定が追加された。この訂正が新規事項追加になるかどうかが争われた。

 知財高裁は「本件特許明細書には,電解銅箔のマット面のみならず光沢面についても,表面粗さを小さくすることが記載されているということができる。そして,本件特許明細書には,電解銅箔の光沢面の表面粗さに係る上限値について,マット面の表面粗さに係る上限値と異にすべき必要性については何ら記載されていないから,マット面に係る上限値と同程度とすべきことも明らかである」という理由で、光沢面の表面粗さを3.0μmより小さくすることは新規事項ではないと判断した。

 「本件特許明細書の全ての記載事項を総合することにより導かれる技術的事項」という基準のもとで許される訂正についての寛大な判断一例として参考になる事例である。

(2)数値範囲の上限のみが規定されている発明のサポート要件

 知財高裁は、下限を規定することは本発明の課題解決とは関係がないこと、当業者であれば下限を適宜設定できること等を理由にサポート要件は満たされると判断した。

 

2.訂正の内容

2.1.訂正前の請求項1

 平面状集電体の表面に電極構成物質層が形成されてなる正極及び負極を備える非水電解液二次電池において,

 負極の平面状集電体は,銅を電解析出して形成される電解銅箔からなり,上記電解銅箔は,マット面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さとの差が10点平均粗さにして2.5μmより小さいことを特徴とする非水電解液二次電池。

2.2.訂正後の請求項1

 平面状集電体の表面に電極構成物質層が形成されてなる正極及び負極を備える非水電解液二次電池において,

 負極の平面状集電体は,銅を電解析出して形成され,クロメート処理が施された電解銅箔からなり,

 上記電解銅箔は,マット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さ差が10点平均粗さにして1.3μm以下であることを特徴とする非水電解液二次電池。

 

3.取消理由(本記事と関連する争点のみ)

取消理由1:訂正の段階で「光沢面」の表面粗さを「3.0μmより小さく」と数値限定したことが新規事項追加に該当するか否か。

取消理由2:数値範囲の上限のみを限定しており、下限を特定していないことでサポート要件が否定されるか否か。

 

4.裁判所の判断のポイント

「1 取消事由1(訂正要件の判断の誤りその1:光沢面の表面粗さ)について

(1) 訂正の適否について

・・・

本件特許明細書(甲37)には,①従来,リチウムイオン二次電池の集電体として一般に銅箔が使用されているが,この銅箔として市販の電解銅箔を使用した場合には,電解銅箔の一方の主面に大きな凹凸が形成され,両主面の表面粗さの差が大きすぎて,活物質と集電体の接触が悪いため,電池特性,特に充放電でのサイクル特性が悪くなるという問題が生じること(【0004】~【0008】),②このような問題点を解決し,活物質と集電体の接触性を良好に保って,充放電サイクルに優れた安価な非水電解液二次電池用の平面状集電体を提供することを目的として,電解銅箔のマット面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして2.5μmより小さくすること(【0009】,【0011】,【0016】),③上記数値限定を満足する実施例1~3と,一方の主面であるマット面に大きな凹凸が形成されて両主面の表面粗さの差が大きすぎて上記数値限定を満足しない比較例1の電解銅箔を,それぞれ負極集電体に用いた円筒形非水電解液二次電池について,100サイクル後の容量維持率とインピーダンスを測定し,前者が後者より優れたものであること(【0050】~【0055】)が記載されている。

 上記記載によれば,本件特許明細書には,電解銅箔のマット面について「表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく」するのは,活物質と集電体の接触性を良好に保って,充放電サイクルに優れたものとするためであるということが記載されているものと認められる。

 また,本件特許明細書には,電解銅箔からなる負極集電体は,その両面に活物質が塗布されるものであること(【0034】)が記載されており,この記載によれば,電解銅箔の光沢面についても表面粗さを小さくして,活物質と集電体の接触性を良好に保つようにすべきことは,当業者にとって自明のことであるといえる。

 そうすると,本件特許明細書には,電解銅箔のマット面のみならず光沢面についても,表面粗さを小さくすることが記載されているということができる。そして,本件特許明細書には,電解銅箔の光沢面の表面粗さに係る上限値について,マット面の表面粗さに係る上限値と異にすべき必要性については何ら記載されていないから,マット面に係る上限値と同程度とすべきことも明らかである。

 また,本件特許明細書には,上記のとおり,電解銅箔のマット面と光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして2.5μmより小さくすること(【0011】,【0016】)が記載されているところ,この記載は,電解銅箔のマット面と光沢面との表面粗さを同程度とすることを意味するものといえるから,電解銅箔の光沢面の表面粗さに係る上限値を,マット面の表面粗さに係る上限値と同程度とすることは自然なことともいえる。

 以上によれば,本件特許明細書には,電解銅箔の光沢面についても,「表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく」することが記載されているものと認めるのが相当である。

したがって,訂正事項1,5,8~10,13,16,19,22,26,29は,本件特許明細書に記載した事項の範囲内においてしたものである。

(2) 原告の主張について

・・・・(略)・・・

原告は,本件特許明細書に記載されているのは「光沢面の表面粗さが1.58~2.00μmである」実施例1~3のみであり,2.00μmを超え3.0μmまでのものについては言及されていないから,光沢面の表面粗さの上限に関して,本件特許明細書に記載した技術事項の範囲内であるとして訂正が許されるのは,せいぜい2.00μmでしかなく,「上限を3.0μmとすること」は,新たな技術的事項を導入するものであると主張する。

 しかし,前示のとおり,電解銅箔の光沢面の表面粗さに係る上限値は,マット面に係る上限値と同程度とすべきであること等からすれば,本件特許明細書には,電解銅箔の光沢面についても,「表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく」することが記載されているものと認められる。

 したがって,原告の上記主張は,前提において誤りがあり,採用することができない。

・・・

取消事由3(サポート要件の判断の誤り)について

(1) 本件訂正明細書(甲15)の発明の詳細な説明には,①従来,リチウムイオン二次電池の集電体として一般に銅箔が使用されているが,この銅箔として市販の電解銅箔を使用した場合には,電解銅箔の一方の主面に大きな凹凸が形成され,両主面の表面粗さの差が大きすぎて,活物質と集電体の接触が悪いため,電池特性,特に充放電でのサイクル特性が悪くなるという問題が生じること(【0004】~【0008】),②このような問題点を解決し,活物質と集電体の接触性を良好に保って,充放電サイクルに優れた安価な非水電解液二次電池用の平面状集電体を提供することを目的として,電解銅箔のマット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下とすること(【0009】,【0011】,【0016】),③上記数値限定を満足する実施例1~3と,一方の主面であるマット面に大きな凹凸が形成されて両主面の表面粗さの差が大きすぎて上記数値限定を満足しない比較例1の電解銅箔を,それぞれ負極集電体に用いた円筒形非水電解液二次電池について,100サイクル後の容量維持率とインピーダンスを測定し,前者が後者より優れたものであること(【0050】~【0055】)が記載されている。

 以上のとおり,本件訂正明細書の発明の詳細な説明には,本件発明の課題とその課題を解決する手段,その具体例において課題が解決されたことが記載されている。

 したがって,本件発明は,本件訂正明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであり,サポート要件(特許法36条6項1号)を満たすものである。

(2) 原告の主張について

・・・・

原告は,非水電解液二次電池の負極における活物質と負極集電体との接触性を良好にして充放電サイクル特性を向上させるためには,負極集電体用銅箔の表面粗さの範囲には下限があることが,本件特許出願当時において既に知られていた(甲18~20)から,電解銅箔の各主面の表面粗さが小さすぎる場合には,非水電解液二次電池の負極における活物質と負極集電体との良好な接触性が実現されず,充放電サイクル特性の向上を図ることができないことは技術常識であり,このような技術常識に照らせば,「マット面と光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下である」ものでありさえすれば,当業者が,本件発明の作用効果を奏するように実施することができるか不明であると主張する。

 しかし,本件発明は,マット面及び光沢面の表面粗さが小さすぎることにより生じる問題を解決するものではない。したがって,マット面及び光沢面の表面粗さの下限値を特定していないとしても,本件発明がサポート要件を満たさないとはいえない。

 なお,マット面及び光沢面の表面粗さの下限値は,電解銅箔の製造方法やコスト等の点から自ずと定まるものであり,極端に小さな値をとることはないと考えられる。そして,活物質と負極集電体との接触性を良好にして充放電サイクル特性を向上させるという課題を解決するために,好適な負極集電体用銅箔の表面粗さの範囲(下限)があることが知られていたのであれば,当業者は,そのような範囲(下限)も考慮して,マット面及び光沢面の表面粗さの下限値を適宜設定して,本件発明を実施するものと考えられる。