2011年10月2日日曜日

発明を実施するとき発生する問題点を解決するためのノウハウの開示の必要性について

知財高裁平成23年9月15日判決

平成22年(行ケ)第10348号 審決取消請求事件

1.概要

 請求項発明を実用的に実施するために必要なノウハウが明細書中に明確に記載されていない場合に、実施可能要件違反に該当するのかが争われた無効審判の審決取消訴訟である。

 審決と裁判所はともに実施可能要件は満足されると判断した。

2.請求項に記載の発明

【請求項1】飛灰に水と,ピペラジン-N-カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N,N′-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方もしくはこれらの混合物又はこれらの塩を添加し,混練することを特徴とする飛灰中の重金属の固定化方法

3.裁判所の判断のポイント

「(1) 実施可能要件について

 ・・・方法の発明における発明の実施とは,その方法の使用をすることをいい(特許法2条3項2号),物の発明における発明の実施とは,その物を生産,使用等をすることをいうから(同項1号),方法の発明については,明細書にその方法を使用できるような記載が,物の発明については,その物を製造する方法についての具体的な記載が,それぞれ必要があるが,そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその方法を使用し,又はその物を製造することができるのであれば,上記の実施可能要件を満たすということができる。

 これを本件発明についてみると,本件発明1ないし5は,方法の発明であり,本件発明6ないし10は,物の発明であるが,本件発明は,いずれもその特許請求の範囲(前記第2の2)に記載のとおり,本件各化合物(ピペラジン-N-カルボジチオ酸(本件化合物1)若しくはピペラジン-N,N′-ビスカルボジチオ酸(本件化合物2)のいずれか一方若しくはこれらの混合物又はこれらの塩)が飛灰中の重金属を固定化できるということをその技術思想としている。

 したがって,本件発明が実施可能であるというためには,①本件明細書の発明の詳細な説明に本件発明を構成する本件各化合物を製造する方法についての具体的な記載があるか,あるいはそのような記載がなくても,本件明細書の記載及び本件出願日当時の技術常識に基づき当業者が本件各化合物を製造することができる必要があるほか,②本件明細書の発明の詳細な説明に本件各化合物が飛灰中の重金属の固定化剤として使用できること及びその方法を使用できるような記載があるか,あるいはそのような記載がなくても,本件明細書の記載及び本件出願日当時の技術常識に基づき当業者が本件各化合物を飛灰中の重金属の固定化剤として使用できる必要があるというべきである。

(2) 本件明細書の記載について

 以上の観点から本件明細書の発明の詳細な説明を見ると,そこには,本件発明についておおむね次の記載がある。

ア 本件発明は,都市ゴミや産業廃棄物等の焼却プラントから排出される飛灰を処理するに際し,飛灰中に含有される鉛,水銀,クロム,カドミウム,亜鉛及び銅等の有害な重金属をより簡便に固定化し不溶出化することを可能にする方法に関するものである(【0001】)。

イ 前記飛灰は,電気集塵機(EP)やバグフィルター(BF)で捕集されたのち埋め立てられ又は海洋投棄されているが,有害な重金属の溶出には環境汚染の可能性があるため,例えば引用発明4の薬剤添加法などの処理を施してから廃棄することが義務付けられている(【0002】)。しかし,飛灰処理に関しては,特に高アルカリ性飛灰の重金属溶出量が多くなることなどが知られているため,従来の薬剤では,その使用量を大幅に増加するか,塩化第二鉄等のpH調整剤等を併用せざるを得ず,処理薬剤費が増大し,また処理方法が複雑化する等の問題があった。さらに,引用発明4等で使用されるジチオカルバミン酸は,原料とするアミンによっては,pH調整剤との混練又は熱により分解するために,混練処理手順及び方法に十二分に配慮する必要があった(【0003】)。

ウ 本件発明の目的は,飛灰中に含まれる重金属を安定性の高いキレート剤を用いることにより簡便に固定化できる方法を提供することであり(【0004】),本件発明の発明者らは,ピペラジンカルボジチオ酸又はその塩(本件各化合物)が,重金属に対するキレート能力が高く,高アルカリ性飛灰においても少量の添加量で重金属を固定化でき,かつ,熱的に安定であることを見いだした(【0005】)。

 すなわち,本件発明は,飛灰に水とピペラジンカルボジチオ酸又はその塩(本件各化合物)を添加し,混練することを特徴とする飛灰中の重金属の固定化方法である(【0006】)。

エ 次に,実施例によりさらに詳細に本件発明を説明する。ただし,本件発明は,下記実施例によってなんら制限を受けるものではない(【0015】)。

(ア) 合成例1(ピペラジン-N,N′-ビスカルボジチオ酸ナトリウム)の合成

 ガラス製容器中に窒素雰囲気下,ピペラジン172重量部,NaOH167重量部,水1512重量部を入れ,この混合溶液中に攪拌しながら45℃で二硫化炭素292部を4時間かけて滴下した。滴下終了後,同温度にて約2時間熟成を行った。

 反応液に窒素を吹き込み未反応の二硫化炭素を留去したところ,黄色透明の液体を得た(化合物No.1。【0016】)。

(イ) 合成例2(ピペラジン-N,N′-ビスカルボジチオ酸カリウム)の合成

 ガラス製容器中に窒素雰囲気下,ピペラジン112重量部,KOH48.5%水溶液316重量部,水395重量部を入れ,この混合溶液中に攪拌しながら40℃で二硫化炭素316部を4時間かけて滴下した。滴下終了後,同温度にて約2時間熟成を行った。反応液に窒素を吹き込み未反応の二硫化炭素を留去したところ,黄色透明の液体を得た(化合物No.2。【0018】)。

(ウ) 安定性試験

 化合物No.1及びNo.2並びにエチレンジアミン-N,N′-ビスカルボジチオ酸ナトリウム(化合物No.3)及びジエチレントリアミン-N,N′,N′′-トリスカルボジチオ酸ナトリウム(化合物No.4)の水溶液を65℃に加温し,あるいはpH調整剤として塩化第二鉄(38%水溶液)を20重量%添加して硫化水素ガスの発生について調べたところ,化合物No.1及びNo.2ではいずれも硫化水素が発生しなかったが,化合物No.3及びNo.4ではいずれも硫化水素が発生した(【0021】【0022】)。

(エ) 重金属固定化能試験

鉛等を含むBF灰100重量部に水30重量部を加え,化合物No.1を0.5部(実施例1。【0023】)若しくは0.74部(実施例2。【0026】)又は化合物No.2を0.4部(実施例3。【0027】)若しくは0.8部(実施例4。【0028】)を添加・混練し,環境庁告示第13号試験に従い溶出試験を行ったところ,鉛の溶出結果は,それぞれ0.07ppm(実施例1),0.05ppm 以下(実施例2),0.06ppm(実施例3)及び0.01ppm 以下(実施例4)であった(【0024】)。

 他方,化合物No.1を使用しない以外は実施例1と同様にした場合(比較例1。【0029】),化合物No.1の代わりにエチレンジアミン-N,N′-ビスカルボジチオ酸ナトリウム(化合物No.3)を0.8部(比較例2)及び1.2部(比較例3)となるように添加する以外は実施例1と同様にした場合(【0030】)並びに化合物No.1の代わりにジエチレントリアミン-N,N′,N′′-トリスカルボジチオ酸ナトリウム(化合物No.4)を0.76部(比較例4)及び1.15部(比較例5)となるように添加する以外は実施例1と同様にした場合(【0031】)の鉛の溶出結果は,それぞれ29.0ppm(比較例1),25.5ppm(比較例2),24.9ppm(比較例3),5.91ppm(比較例4)及び1.35ppm(比較例5)であった(【0024】)。

オ 本件発明の方法によれば,ピペラジンカルボジチオ酸又はその塩(本件各化合物)は,重金属固定化能が高く,かつ,熱的にも安定であることから,重金属溶出量の多い高アルカリ性飛灰においても,少量の添加で効果を発揮し経済的であるとともに,他の助剤の使用に際して安全かつ簡便な処理方法にて実施できるので工業的にも非常に有用である(【0032】)。

(3) 本件発明の実施可能性について

ア 前記(1)①についてみると,以上によれば,本件明細書の発明の詳細な説明には本件各化合物の製造方法についての一般的な記載はなく,実施例中に,合成例1(化合物No.1)及び2(化合物No.2)として,本件化合物2の塩の製造例が記載されているにとどまる。

 他方,引用例3(昭和55年3月刊行)には,ピペラジンジチオカルバメート及びピペラジンビスジチオカルバメートのナトリウム塩が公知の方法で合成された旨の記載があり,また,甲19(昭和54年刊行)にもピペラジンジチオカルバミン酸ナトリウムを合成した旨の記載があることからすると,本件各化合物は,本件出願日当時において公知の化合物であり,その製造方法も,周知の事項であったものと認められる(原告も,この点を争っていない。)。

 したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載の有無にかかわらず,当業者は,本件出願日当時において,本件各化合物を製造することができたものと認められる。

イ 次に,前記(1)②についてみると,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件各化合物が,重金属に対するキレート能力が高く,高アルカリ性飛灰においても少量の添加量で重金属を固定化できる知見の裏付けとして,前記(2)エ(エ)に認定のとおり,BF灰(バグフィルターで捕集された灰)に,水と本件化合物2の塩を0.4ないし0.8重量%加え,混練したものから重金属の溶出が抑制されていることが記載されている(重金属固定化能試験)。したがって,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件各化合物が飛灰中の重金属の固定化剤として使用できること及びその方法を使用できるような記載があるということができる。

ウ 以上によれば,当業者は,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件出願日当時の技術常識から本件各化合物を入手して,飛灰中の重金属の固定化に使用できるということができるので,本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者がその実施をすることができる程度に十分に記載されているものということができる。

 よって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,法36条4項に違反せず,これと結論を同じくする本件審決に誤りはない。

(4) 原告の主張について

ア 以上に対して,原告は,副生成物の生成を抑制しないと硫化水素が発生して本件発明が実施できないから,一般的な合成方法とは異なる異常に低い攪拌速度を採用して副生成物の生成を抑制する旨を記載していない本件明細書によっては,本件発明が実施不可能である旨を主張する。

 しかしながら,本件発明の特許請求の範囲の記載は,本件各化合物が飛灰中の重金属の固定化剤として使用できる旨を方法又は物の発明として特定しており,本件発明は,本件各化合物の製造に当たって硫化水素を発生させる副生成物の生成を抑制することをその技術的範囲とするものではない。したがって,本件明細書の発明の詳細な説明に副生成物の生成が抑制された本件各化合物の製造方法が記載されていないからといって,特許請求の範囲に記載された本件発明が実施できなくなるというものではなく,法36条4項に違反するということはできない。

 なお,本件明細書の発明の詳細な説明によれば,前記(2)エ(ウ)に認定のとおり,本件発明は,飛灰中の重金属を固定化する際にpH調整剤と混練し又は加熱を行うという条件下でも分解せずに安定である,すなわち有害な硫化水素を発生させないことも,その技術的課題としているといえる(安定性試験)。しかし,上記技術的課題を解決するという作用効果は,他の先行発明との関係で本件発明の容易想到性を検討するに当たり考慮され得る要素であるにとどまるというべきである。

 よって,原告の上記主張は,それ自体失当であり,採用できない。

イ また,原告は,前記アの主張を前提として,被告による甲12実験が本件明細書とは実験スケールを変更しているばかりか,本件明細書に記載がない異常に低い攪拌速度を採用しており,また,二硫化炭素の滴下には名人芸的なコントロールを要するところ,本件明細書にはこの点について記載がないから,本件明細書によっては本件発明が実施不可能である旨を主張する。

 原告の上記主張は,前記のとおり,その前提において失当ではあるが,事案に鑑み念のために検討すると,確かに,本件明細書には,合成例1及び2について,いずれも攪拌及び二硫化炭素の滴下の時間が4時間と記載されているが(前記(2)エ(ア)及び(イ)),攪拌速度及び二硫化炭素の滴下方法については記載がない。

 しかしながら,例えば合成例2と同様の方法でジチオカルバミン酸誘導体を製造する方法について記載した他の複数の文献(引用例4,甲18,乙4)は,いずれも攪拌速度及び二硫化炭素の滴下の詳細について記載がないから,当業者であれば,

 これらの条件の詳細が記載されていなくとも本件各化合物を製造することができるものと認められる。

・・・

 よって,原告の上記主張も採用できない。」

2011年9月25日日曜日

請求項中の用語の解釈が争われた特許権侵害訴訟の中間判決

知財高裁平成23年9月7日 判決言渡

平成23年(ネ)第10002号 特許権侵害差止等請求控訴事件

1.概要

 控訴人(第一審原告)が有する特許第4111832号(発明の名称「餅」)は、切り込み部が設けられた切餅に関わる発明である。

 被控訴人(第一審被告)が実施する切餅製品(被告製品)が本件特許発明の技術的範囲に属するか否かが争われた。

 東京地裁での第一審では被告製品は本件特許の「構成要件B」を満足せず侵害不成立と判断された。

 一方、知財高裁は被告製品は本件特許の「構成要件B」を満足し、侵害成立と判断された。

2.本件発明

 特許第4111832号(発明の名称:「餅」)に係る本件発明の特許請求の範囲(請求項1)を構成要件に分説すると以下の通り:

「焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の」(構成要件A),

「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け,」(構成要件B),

「この切り込み部又は溝部は,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として, 」( 構成要件C),

「焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成した」(構成要件D),

「ことを特徴とする餅。」(構成要件E)

 本件発明は、小片餅体(切り餅)の側周表面に切り込みまたは溝部を設けることにより、オーブントースターなどで焼き上げたときに、餅が膨化すると、膨化によってこの切り込みの上側が下側に対して持ち上がり、餅の外観が損なわれない、という効果を奏する。

3.主な争点

 被控訴人(第一審被告)が実施する侵害被疑物品は、切り餅の側周表面に切り込み部が設けられているだけでなく、切り餅の平坦上面及び載置底面にも切り込み部が設けられている。

 これに対して本件発明の構成要件Bでは「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に」切り込み部を設けると記載されている。

 構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなく」という記述が、「載置底面又は平坦上面」に切り込み部が設けられることを排除する意図であるのか否かが争点。

4.第一審(東京地裁)

 第一審において東京地裁は構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなく」という記述により、「載置底面又は平坦上面」に切り込み部が設けられることは技術的範囲から除外されると判断し、被告製品は構成要件Bを備えておらず特許権の侵害は成立しないと結論付けた。

 第一審の判断のポイント

「本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載及び前記(イ)の本件明細書の記載事項を総合すれば,本件発明は,「切り込みの設定によって焼き途中での膨化による噴き出しを制御できると共に,焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化でき」るようにすることなどを目的とし,切餅の切り込み部等(切り込み部又は溝部)の設定部位を,従来考えられていた餅の平坦上面(平坦頂面)ではなく,「上側表面部の立直側面である側周表面に周方向に形成」する構成を採用したことにより,焼き途中での膨化による噴き出しを制御できると共に,「切り込み部位が焼き上がり時に平坦頂面に形成する場合に比べて見えにくい部位にあるというだけでなく,オーブン天火による火力が弱い位置にあるため,焼き上がった後の切り込み部位が人肌での傷跡のような忌避すべき焼き形状とならない場合が多い」などの作用効果を奏することに技術的意義があるというべきであるから,本件発明の構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,・・・切り込み部又は溝部を設け」との文言は,切り込み部等を設ける切餅の部位が,「上側表面部の立直側面である側周表面」であることを特定するのみならず,「載置底面又は平坦上面」ではないことをも並列的に述べるもの,すなわち,切餅の「載置底面又は平坦上面」には切り込み部等を設けず,「上側表面部の立直側面である側周表面」に切り込み部等を設けることを意味するものと解するのが相当である。」

5.第二審(知財高裁)

 第二審の知財高裁は、東京地裁とは正反対に、載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けることは除外されず、被告製品は構成要件Bを備えると判断した。

第二審の判断のポイント

「当裁判所は,構成要件Bにおける「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載は,「側周表面」であることを明確にするための記載であり,載置底面又は平坦上面に切り込み部又は溝部(以下「切り込み部等」ということがある。)を設けることを除外するための記載ではないと判断する。

 この点,被告は,「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載部分は,「この小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に」との記載部分とは,切り離して意味を理解すべきであって,「載置底面又は平坦上面」には,「一若しくは複数の切れ込み部又は溝部」を設けない,という意味に理解すべきであると主張する。

 しかし,①「特許請求の範囲の記載」全体の構文も含めた,通常の文言の解釈,②本件明細書の発明の詳細な説明の記載,及び③出願経過等を総合するならば,被告の上記主張は,採用することができない。」

「(ア) 特許請求の範囲の記載

 本件発明の特許請求の範囲(請求項1)には,「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け,」(構成要件B)と記載されている。

 上記特許請求の範囲の記載によれば,「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載部分の直後に,「この小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に」との記載部分が,読点が付されることなく続いているのであって,そのような構文に照らすならば,「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載部分は,その直後の「この小片餅体の上側表面部の立直側面である」との記載部分とともに,「側周表面」を修飾しているものと理解するのが自然である。」

「(イ) 発明の詳細な説明の記載

a 本件明細書(甲2)には,以下の記載がある。

・・・・

b 上記発明の詳細な説明欄の記載によれば,本件発明の作用効果として,①加熱時の突発的な膨化による噴き出しの抑制,②切り込み部位の忌避すべき焼き上がり防止(美感の維持),③均一な焼き上がり,④食べ易く,美味しい焼き上がり,が挙げられている。そして,本件発明は,切餅の立直側面である側周表面に切り込み部等を形成し,焼き上がり時に,上側が持ち上がることにより,上記①ないし④の作用効果が生ずるものと理解することができる。これに対して,発明の詳細な説明欄において,側周表面に切り込み部等を設け,更に,載置底面又は平坦上面に切り込み部等を形成すると,上記作用効果が生じないなどとの説明がされた部分はない。本件明細書の記載及び図面を考慮しても,構成要件Bにおける「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載は,通常は,最も広い面を載置底面として焼き上げるのが一般的であるが,そのような態様で載置しない場合もあり得ることから,載置状態との関係を示すため,「側周表面」を,より明確にする趣旨で付加された記載と理解することができ,載置底面又は平坦上面に切り込み部等を設けることを排除する趣旨を読み取ることはできない。

c これに対し,被告は,本件発明は,切餅について,切り込みの設定によって,焼き途中での膨化による噴き出しを制御できるという効果(効果①)と,焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化できるという効果(効果②)を共に奏するものであるが(本件明細書段落【0032】),切餅の平坦上面又は載置底面に切り込みが存在する場合には,焼き上がった後その切り込み部位が人肌での傷跡のような焼き上がりとなるため,忌避すべき状態になることから(本件明細書段落【0007】),本件発明における効果②を奏することはないと主張する。

 しかし,被告の主張は,採用の限りでない。

 すなわち,本件発明は,上記のとおり,切餅の側周表面の周方向の切り込みによって,膨化による噴き出しを抑制する効果があるということを利用した発明であり,焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化できるという効果は,これに伴う当然の結果であるといえる。載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けたために,美観を損なう場合が生じ得るからといって,そのことから直ちに,構成要件Bにおいて,載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けることが,排除されると解することは相当でない。

 また,当初明細書(甲6の2)の段落【0021】には,作用効果に寄与する切り込みの形成方法が記載され,同明細書の段落【0043】,【0045】には,周方向の切り込み等は,側周表面に設けるよりは作用効果が十分ではないが,平坦頂面における場合でも同様の作用効果が生じる旨記載され,図6(別紙図5)が示されていたことに照らすと,周方向の切り込み等による上側の持ち上がりが生ずる限りは,本件発明の作用効果が生ずるものと理解することができ,載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けないとの限定がされているとはいえない。さらに,本件明細書段落【0007】の記載は,米菓で採られた噴き出し抑制手段の適用における問題点を記載したものであり,本件発明において,周方向の切り込み等による,上側の持ち上がりによる噴き出し抑制手段を採用するに当たり,載置底面又は平坦上面に切り込み等を設けるか否かについて,本件明細書に何らかの言及がされていると解する余地はない。したがって,被告の上記主張は,採用することができない。

d また,被告は,切り込み部位が小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に設けられるという構成であることを表現するのであれば,「小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に切り込み部又は溝部を設ける」と記載すれば足り,「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載を付加する必要はない,と主張する。

 しかし,被告のこの点の主張も採用できない。すなわち,前記のとおり,角形等の小片餅体である切餅において,最も広い面を載置底面として焼き上げるのが一般的であるといえるが,これにより一義的に全ての面が特定できるとは解されない(別紙「原告提出の参考図面」参照)。したがって,小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面を特定するため,「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載を付加することに,意味があるといえる。したがって,被告の上記主張は,採用することができない。」

「(ウ) 出願過程について

 被告は,原告は本件特許の出願過程において,切餅の載置底面又は平坦上面ではなく,切餅の側周表面のみに切り込みが設けられることを述べた経緯がある旨主張する。

 しかし,被告の上記主張は,以下の出願過程の具体的経緯に照らして,採用することができない。

「a 出願過程における具体的経緯

・・・

b 判断

 上記本件特許の出願の経緯に照らすならば,原告は,平成17年5月27日付けで拒絶理由通知を受けたことから,同年8月1日付けで手続補正書(甲8の2)を提出して,切餅の上下面である載置底面又は平坦上面ではなく,切餅の側周表面のみに切り込みが設けられる発明へと補正することを試みたが,同補正は,審査官から認められず,同年9月21日付けで拒絶理由通知(甲9)を受けたため,結局,同年5月の補正を撤回し,また,従前の意見内容も改めて,平成17年11月25日付けの手続補正書(甲10の2)を提出した経緯が認められる。

 以上のとおりであり,本件特許に係る出願過程において,原告は,拒絶理由を解消しようとして,一度は,手続補正書を提出し,同補正に係る発明の内容に即して,切餅の上下面である載置底面又は平坦上面ではなく,切餅の側周表面のみに切り込みが設けられる発明である旨の意見を述べたが,審査官から,新規事項の追加に当たるとの判断が示されたため,再度補正書を提出して,前記の意見も撤回するに至った。したがって,本件発明の構成要件Bの文言を解釈するに当たって,出願過程において,撤回した手続補正書に記載された発明に係る「特許請求の範囲」の記載の意義に関して,原告が述べた意見内容に拘束される筋合いはない。むしろ,本件特許の出願過程全体をみれば,原告は,撤回した補正に関連した意見陳述を除いて,切餅の上下面である載置底面及び平坦上面には切り込みがあってもなくてもよい旨を主張していたのであって,そのような経緯に照らすならば,被告の上記主張は,採用することができない。

(エ)以上のとおり,構成要件Bにおける「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載は,「側周表面」を特定するための記載であり,載置底面又は平坦上面に切り込み部等を設けることを除外する意味を有すると理解することは相当でない。」

2011年9月4日日曜日

進歩性欠如の拒絶審決が取り消された事例

平成22年(行ケ)第10408号 審決取消請求事件

知財高裁平成23年8月25日判決

1.概要:

 本件は、特許庁審判体による拒絶審決(進歩性欠如)が知財高裁により取り消された事例である。

 特許庁審判体は、本願発明の「凸部材」と、引用発明の「溝」とが除去しようとする異物を引っ掛けて除去するという点で共通すること、引用発明2の「カッター」とが異物を捕捉するための構造,機能,捕捉後の異物の動きが共通すること、を理由として本願発明の進歩性を否定した。

 裁判所はこの審決を取り消した。審決は、明らかに「後知恵」的な拒絶審決であり取り消すとの判断は妥当なものと思われる。

2.本願発明の内容:

「水路中に設置されるものであって,流入側より吸い込まれる水を吐出させる羽根車を有するポンプにおいて,/前記羽根車に対向して前記ポンプのケーシング内部に設けられたライナーと,/このライナーの内周に設けられ水とともに吸い込まれ絡み付いた異物を捕捉して前記ポンプ内を通過させる異物捕捉体とからなり,/前記異物捕捉体は,前記羽根車の羽根の先端部に絡み付いた異物を引っ掛けるために,前記羽根車の外周縁部に対向して前記ライナーの内周の一部から前記羽根車方向に干渉しない長さに張り出して設けられた1以上の凸部材である/ことを特徴とするポンプ」

 審決の理由は,本願発明は,引用例1に記載された発明及び引用例2に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。

3.引用発明1と本願発明との一致点及び相違点:

ア 引用発明1:汚水中に設置されるものであって,流入側より吸い込まれる汚水を吐出させる羽根車を有する汚水ポンプにおいて,前記羽根車に対向して前記汚水ポンプのケーシング内部に設けられたケーシングライナーと,このケーシングライナーの内周に設けられ汚水とともに吸い込まれ前記羽根車の羽根先端とケーシングライナーとの間にかみ込んだ塊状固体を前記羽根先端によって押し込んで前記羽根車の吸込口から吐出口へ移動させる溝とからなる汚水ポンプ

イ 一致点:水路中に設置されるものであって,流入側より吸い込まれる水を吐出させる羽根車を有するポンプにおいて,前記羽根車に対向して前記ポンプのケーシング内部に設けられたライナーと,このライナーの内周に設けられ水とともに吸い込まれ絡み付いた異物を捕捉して前記ポンプ内を通過させる異物捕捉体とからなるポンプ

ウ 相違点:本願発明においては,「前記異物捕捉体は,前記羽根車の羽根の先端部に絡み付いた異物を引っ掛けるために,前記羽根車の外周縁部に対向して前記ライナーの内周の一部から前記羽根車方向に干渉しない長さに張り出して設けられた1以上の凸部材である」のに対して,引用発明においては,異物捕捉体は溝である点

4.審決のポイント

「引用例1には、「汚水中に含有した繊維類、土砂などの塊状の固体が羽根1a先端とケーシングライナー4との間に噛込んだ場合には第2図、第3図に示すごとく、塊状の羽根1a先端によつて溝6内に押し込まれ、」(上記ウ.参照)と記載されていることからも明らかなように、引用発明においては、羽根1a先端に絡み付いた塊状固体は、羽根1a先端によって溝6内に押し込まれるが、その際、塊状固体は溝6の側壁に引っ掛かることによって溝6内に押し込まれると考えられるので、この溝6は塊状固体を引っ掛ける機能を有していると認められる。

 ところで、引用例2には、「唯一夾雑物が引っ掛かるおそれのあるケーシング4と捩り羽根3の外縁との隙間部分には、カッター8が設けてあるので、隙間に入らんとする夾雑物は、捩り羽根3の回転によってカッター8に押し付けられて切断吸引され、流路が閉塞されることがない。」(上記ク.参照)と記載されている。この記載によれば、ケーシング5と捩り羽根3の外縁との隙間部分に夾雑物が引っ掛かるおそれがあるのであるから、ケーシング5の内面から捩り羽根3方向に張り出して設けられたカッター8には、それ以上に引っ掛かる可能性が高いことは明らかである。捩り羽根3に絡み付いた夾雑物は捩り羽根3と共に回転しながら静止している「カッター8に対して押し付けられて切断」されるのであるから、夾雑物がカッター8に押し付けられる瞬間においては、夾雑物はカッター8に引っ掛かった状態になることは明らかであり、引っ掛かるからこそ、切断されるものと考えられる。そうすると、カッター8は、捩り羽根3の外縁に絡み付いた夾雑物を引っ掛けるために設けられたものということができる。

 また、カッター8は、引用例2の上記コ.の図示内容や汚水ポンプの構造からみて、捩り羽根3の外縁に対向してケーシングの内周面の一部から捩り羽根3方向に干渉しない長さに張り出して設けられており、本願発明の「凸部材」に相当することも明らかである。

 そして、引用発明と引用例2に記載された発明とは、どちらも汚水ポンプに関する点で共通の技術分野に属するものであり、しかも、引用発明のケーシングライナー4に設けられた溝と引用例2記載のカッター8とは、どちらも羽根に絡み付いた異物を引っ掛けて除去する点で機能が共通する。

 そうすると、引用発明及び引用例2に接した当業者であれば、引用発明に引用例2に記載された発明を適用し、ケーシングライナー4に設けられた溝6に代えて引用例2記載のカッター8を採用し、相違点に係る本願発明のように構成することは、格別の創意を要することなく容易に想到できたことである。」

5.裁判所の判断のポイント

「イ そうすると,本願発明,引用発明1,引用発明2は,いずれもポンプの羽根に絡み付く異物を除去してポンプ内を通過させることをその技術内容とするものであるが,本願発明は,その手段として,ケーシングライナーの内周に凸部材を設けることにより,異物を引っ掛けて捕捉して羽根から取り除き,さらに異物を羽根と羽根の間を通過させてポンプ外に排出させる構成を有することをその技術的特徴とするものであるということができる。

 これに対し,引用発明1は,溝に異物を押し込んで捕捉し,溝内を通過させる構成を有するものであり,本願発明1とは,異物捕捉体の具体的構成及び捕捉後の異物の排出方法が異なるものである。

 さらに,引用発明2は,ケーシングライナーの内周にカッターを設けるものであり,当該カッターは突起形状を有するものの,あくまで異物を切断する目的で設けられた部材であって,異物を引っ掛けて捕捉することを目的として設けられた構成ではない。

ウ したがって,本願発明は,異物捕捉体として,引用発明1のように,異物を押し込んで排出する溝や,引用発明2のように,異物を切断して排出するカッターを設けることなく,凸部材を設けるだけで,異物を引っ掛けて捕捉し,羽根と羽根の間を通過させて排出する構成を有する点に,その技術的な特徴を有する発明であるというべきであって,引用発明1及び2とは,異なる技術思想を有するものということができる。

 また,引用発明1の「溝」に換えて,引用発明2のカッターから刃を除いた「凸部材」の構成を採用することは,動機付け欠くものというほかない。

 よって,相違点に係る構成は,当業者が容易に想到し得たものということはできない。

エ この点について,被告は,引用発明1において,塊状固体は異物捕捉体としての溝に引っ掛かって捕捉されるものである,本願発明の凸部材と引用発明2のカッターとは,異物を捕捉するための構造,機能,捕捉後の異物の動きが共通するから,引用発明2のカッターは,本願発明の凸部材に相当するなどと主張する。

 しかしながら,先に指摘したとおり,本願発明は,引用発明1のような「溝」を設けて異物を排出するのではなく,「凸部材」を設けることによって異物を捕捉し,羽根と羽根との間を通過させて異物を排出することをその技術内容とするものであるから,引用発明1の溝が異物を引っ掛けて捕捉するか否かは,上記結論を左右するものではない。

 また,引用発明2のカッターは,異物を引っ掛けて捕捉するためのものではなく,切断するために設けられた構成であるから,異物を切断する前段階において異物が刃に引っ掛った状態となるとしても,本願発明の凸部材とは明らかにその機能が異なるものである。

 したがって,被告の主張はいずれも採用できない。」

2011年8月28日日曜日

侵害訴訟において請求項の用語意義を発明の効果を考慮して解釈した事例

知財高裁平成23年8月9日判決

平成22年(ネ)第10086号 特許権侵害差止等請求控訴事件

1.概要

 侵害訴訟における技術的範囲の解釈は請求項の記載だけでなく発明の詳細な説明に記載された発明の効果等も参酌して行われる。

 本事例では裁判所は「前記ポリテトラフルオロエチレン微粒子の隙間間に光触媒粒子が保持されている」(構成要件C)という用語の意義を発明の詳細な説明も考慮して解釈し、被告物件が当該構成要件を満足しないと結論付けた。

2.特許請求の範囲の記載

 原告特許権に係る発明は以下のとおり分節できる:

A ガラス繊維織物のガラス繊維の周囲に

B ポリテトラフルオロエチレン微粒子が連通した隙間のある多孔質状

に付着されているとともに,

C 前記ポリテトラフルオロエチレン微粒子の隙間間に光触媒粒子が保

持されている

D ことを特徴とする空気浄化用シート。

3.裁判所の判断のポイント

「本件発明は,周辺の空気の浄化を目的とした空気浄化用シートに係る発明であり,PTFEは融点以上でも極めて高い溶融粘度を示し,細微な空孔を残しやすいという特質を利用して,PTFE微粒子同士を,光や周辺の空気がPTFE微粒子間の隙間を通って光触媒粒子に至るような連通した隙間を形成するように多孔質状に付着させ,この連通した隙間間に光触媒粒子を保持させることにより,光や周辺の空気がこの隙間間を通って光触媒に至り,効率的に周辺の空気の浄化が行われるという構成を採用したことに特徴を有する発明であると解することができる。

 以上によれば「前記ポリテトラフルオロエチレン微粒子の隙間間に光触媒粒子が保持されている」(構成要件C)は,PTFE微粒子同士が多孔質状に付着することによって形成され,光や空気を通すよう連通する隙間の間に,光触媒粒子が保持されていることを意味すると解すべきである。」

「原告は,①SEMを用いて撮影した被告製品の写真(甲20の1の写真6(原判決別添8,9))の4がPTFE微粒子,5が隙間,9がTiO2粒子である,②高倍率SEM写真(甲82の図1(別紙3))におけるA がTiO2粒子,B がPTFE微粒子,C がFEPである,③SEM-EDX分析の結果を示す写真(甲81の図2(別紙2))の赤いドットはTiO2粒子に由来する酸素原子(O)であり,黒く見える部分(孔)の周囲から内部にかけて赤いドットが存在することを前提に,被告製品の最外層におけるPTFE微粒子が形成する隙間にTiO2粒子が保持されていることが確認できると主張する。また,原告は,SEM写真(甲20の1の写真6,8及び9)から,被告製品の最外層は連通した隙間のある多孔質状の層であると主張する。

 しかし,原告の上記主張は,以下のとおり失当である。

 すなわち,SEM写真(甲20の1の写真6(原判決別添8,9))において,4がPTFE微粒子であり,9がTiO2粒子であることを確認することはできず,また,高倍率SEM写真(甲82の図1(別紙3))において,A がTiO2粒子,B がPTFE微粒子であることを確認することはできない。したがって,これらの写真から,PTFE微粒子同士が連通した隙間を形成していることを確認すること21はできない。

 また,SEM-EDX分析の結果を示す写真(甲81の図2(別紙2))からも,PTFE微粒子同士が連通した隙間を形成していることを確認することはできず,仮に,同写真の赤いドットが全てTiO2粒子に由来するものであるとしても,これが上記の隙間間に保持されていることを確認することはできない。

 以上のとおり,上記各写真から,仮に被告製品には隙間が存在するとしても,PTFE微粒子同士が多孔質状に付着することによって形成された隙間であること,それが周辺の空気を通すような連通した隙間であること,PTFE微粒子が形成している連通した隙間に光触媒粒子が保持されていることを確認することはできない。

 したがって,被告製品は,構成要件Cを充足しない。」

「原告は,構成要件Cにおける「PTFE微粒子の隙間」は「PTFE微粒子とFEP等の混合物が形成する隙間」を含み,その場合,PTFE微粒子の量は問題とならないという前提で,被告製品の最外層は,PTFEとFEP等との混合物ではあるが,PTFEの本来の特徴である成形品中の微細な空孔(ボイド)が確認できると主張する。

 しかし,以下のとおり,PTFEとFEPの溶融粘度の相違等に照らすならば,原告の主張を前提として,被告製品が構成要件Cを充足すると判断することはできない。

 本件発明が構成要件Cを採用したのは,光触媒粒子を保持する連通した隙間を形成するために,PTFEには,素材として,融点以上でも極めて高い溶融粘度を示し,成形品中に微細な空孔(ボイド)を残しやすいという特質がある点に着目したからに他ならないと解される。

 すなわち,PTFEと異なり,FEPは融点が270℃と低く,また溶融粘度が(4×104~105)(380℃)ポアズと低く,融点を超えると芯を残さずに溶解する。前記「発明の詳細な説明」中に記載されているように,本件発明に係る空気浄化用シートの形成過程において,PTFE微粒子同士を結合させて付着させるために,PTFEの融点より高い350~450℃程度に焼成した際,FEPが混在している場合には,FEPが融解し,PTFE微粒子間の隙間に流入すると考えられる。そうすると,仮に,構成要件Cにおける「PTFE微粒子」が「PTFE微粒子とFEP等の混合物」である場合を排除しないと解釈したとしても,FEPが融解した後に,光や空気が通るように,PTFE微粒子同士の結合による連通した隙間が一定程度は残存することを要するのであって,そのためには,相当量のPTFEが存在することは必須であると解すべきである。

・・・・

 このSEM観察の結果を斟酌すると,TiO2の含有割合や焼成の方法等によって,粒子の結合状態等は変わりうるとは考えられるものの,相当量のPTFEが存在するといえるためには,少なくともFEPと同量かそれ以上のPTFEが存在することを要すると解するのが合理的である。

(イ) 各種化学分析等の結果について

 上記の点を前提にすると,次のとおり,化学分析等によって,被告製品の最外層に相当量のPTFEが存在すると認めることはできない。

a DSC測定

 これらの測定結果に照らすと,サンプル中にPFTEは極少量しか存在しないと解される。上記の方法で採取したサンプルが,被告製品の最外層とその下のFEP層しか含んでおらず,PTFEは被告製品の最外層に含まれていると仮定し,さらに,FEP層のFEPによりPTFEの存在分率が希釈されるという点を考慮したとしても,上記陳述書(甲85)記載のDSC測定の結果から,被告製品の最外層に相当量のPTFEが含まれていると認めることはできない。

・・・・

 以上のとおり,被告製品は構成要件Cを充足しない。」

2011年8月7日日曜日

最近読んだ雑誌記事13

梅田幸秀,「特許拒絶査定不服審判運用上の問題点 -審判請求時の補正の補正却下について-」、パテント,Vol.64,No.10(別冊No.6)、第50-68頁、2011

拒絶査定不服審判請求時に行う補正と補正却下の関係について論じられている。

拒絶査定を受けた段階において、独立請求項と、当該独立請求項の構成要件の一部を限定する従属請求項が存在する場合に、独立請求項を削除し、従属請求項を独立請求項とする補正は、「請求項の削除」であると同時に、「特許請求の範囲の限定的限縮」であり、どちらとも解釈できる。ところが、「請求項の削除」であれば独立特許要件が不問であり、仮に新しい拒絶理由が存在したとしても補正却下はされず拒絶理由が通知される(応答時に補正が可能)のに対して、「特許請求の範囲の限定的限縮」であれば仮に新しい特許性否定事由が発見された場合には補正却下の対象であり、補正却下理由を解消するための補正の機会は保障されていないのであるから、「請求項の削除」か、「特許請求の範囲の限定的限縮」かは審判請求人にとっては重要な問題である。
本論文ではこの問題について裁判例からは必ずしも明らでないことや、審判請求時の補正が補正却下された場合に生じる問題点等について論じられている。

2011年7月31日日曜日

「その方法の使用にのみ用いる物」の実施による間接侵害が認定された事例

知財高裁平成23年6月23日判決

平成22年(ネ)第10089号 特許権侵害差止等請求控訴事件

1.概要

 被告方法1は、方法に関する本件発明1の構成要件を充足する。

 被告装置1は、被告方法1の使用に用いる装置である。

 被告装置1を、「ノズル部材」を1mmよりも深く下降させるように使用したとき、本件発明1の方法の構成要件である「外皮材を椀状に形成する」を満足する。

 被控訴人(一審被告)は、被告装置1の納品にあたり、「ノズル部材が1㎜以下に下降できない状態で納品した」と主張した。

 この場合に被告装置1が本件発明1の方法の使用に「のみ」用いる物といえるかどうかが争われた。

 知財高裁は被告装置1が本件発明1の方法の使用に「のみ」用いる物であると判断した。

2.裁判所の判断のポイント

「(6) 間接侵害の成否

ア 以上のとおり,被告方法1は,本件発明1の構成要件を全て充足する。

イ 特許法101条4号について

 特許法101条4号は,その物自体を利用して特許発明に係る方法を実施する物についてこれを生産,譲渡等する行為を特許権侵害とみなすものであるところ,同号が,特許権を侵害するものとみなす行為の範囲を,「その方法の使用にのみ用いる物」を生産,譲渡等する行為のみに限定したのは,そのような性質を有する物であれば,それが生産,譲渡等される場合には侵害行為を誘発する蓋然性が極めて高いことから,特許権の効力の不当な拡張とならない範囲でその効力の実効性を確保するという趣旨に基づくものである。このような観点から考えれば,その方法の使用に「のみ」用いる物とは,当該物に経済的,商業的又は実用的な他の用途がないことが必要であると解するのが相当である。

 被告装置1は,前記のとおり本件発明1に係る方法を使用する物であるところ,ノズル部材が1㎜以下に下降できない状態で納品したという被控訴人の前記主張は,被告装置1においても,本件発明1を実施しない場合があるとの趣旨に善解することができる。

 しかしながら,同号の上記趣旨からすれば,特許発明に係る方法の使用に用いる物に,当該特許発明を実施しない使用方法自体が存する場合であっても,当該特許発明を実施しない機能のみを使用し続けながら,当該特許発明を実施する機能は全く使用しないという使用形態が,その物の経済的,商業的又は実用的な使用形態として認められない限り,その物を製造,販売等することによって侵害行為が誘発される蓋然性が極めて高いことに変わりはないというべきであるから,なお「その方法の使用にのみ用いる物」に当たると解するのが相当である。被告装置1において,ストッパーの位置を変更したり,ストッパーを取り外すことやノズル部材を交換することが不可能ではなく,かつノズル部材をより深く下降させた方が実用的であることは,前記のとおりである。そうすると,仮に被控訴人がノズル部材が1㎜以下に下降できない状態で納品していたとしても,例えば,ノズル部材が窪みを形成することがないよう下降しないようにストッパーを設け,そのストッパーの位置を変更したり,ストッパーを取り外すことやノズル部材を交換することが物理的にも不可能になっているなど,本件発明1を実施しない機能のみを使用し続けながら,本件発明1を実施する機能は全く使用しないという使用形態を,被告装置1の経済的,商業的又は実用的な使用形態として認めることはできない。したがって,被告装置1は,「その方法の使用にのみ用いる物」に当たるといわざるを得ない。

(7) 小括

 以上のとおり,被告装置1の製造,販売及び販売の申出をする行為は,本件特許権1を侵害するものとみなされる。 」

2011年7月24日日曜日

選択発明の新規性が争われた事例

平成22年(行ケ)第10324号 審決取消請求事件
知財高裁平成23年7月7日判決

1.概要
 本件では選択発明の新規性が争われた。本件発明では、所定の二種の単量体を組み合わせて共重合体を形成することが特定されているのに対して、引用発明1ではこの特定の組み合わせを取り得る選択肢として開示しているものの、具体的な例としては開示していない。

 審決(無効審判事件)では「新規性あり」と判断された。選択肢に含まれる組合せの数が多数であることも考慮された。

 これに対して裁判所は、特定の組み合せによる効果が明細書に開示されていないことなどを考慮して「新規性なし」と判断した。被告(特許権者)が審判段階で追加提出した、特定の組み合せによる効果を示す試験報告書は、効果が明細書に開示されていないことなどを理由に参酌することができないと判断した。

2.本件発明(請求項1記載の発明):
「表面に長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の1種又は2種以上と該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の1種又は2種以上とからなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子からなることを特徴とする液晶用スペーサー」

3.引用発明1:
「粒子表面を配向基板に対して付着性を有する付着層によって被覆した構成であって,該粒子表面と付着層とは共有結合によって結合されている液晶用スペーサーであって,前記粒子は重合体粒子であり,前記付着層として用いられる材料は,「メチルアクリレート,エチルアクリレート,n-ブチルアクリレート,iso-ブチルアクリレート,2-エチルヘキシルアクリレート,シクロヘキシルアクリレート,テトラヒドロフルフリルアクリレート,メチルメタクリレート,エチルメタクリレート,n-ブチルメタクリレート,iso-ブチルメタクリレート,2-エチルヘキシルメタクリレート,ステアリルメタクリレート,ラウリルメタクリレート,メチルビニルエーテル,エチルビニルエーテル,n-プロピルビニルエーテル,n-ブチルビニルエーテル,iso-ブチルビニルエーテル,スチレン,α-メチルスチレン,アクリロニトリル,メタクリロニトリル,酢酸ビニル,塩化ビニル,塩化ビニリデン,弗化ビニル,弗化ビニリデン,エチレン,プロピレン,イソプレン,クロロプレン,ブタジエン」に例示される重合可能な単量体の単独重合体または上記単量体の2種以上の共重合体であって熱可塑性を有するものであり,粒子表面に上記付着層を構成する重合体との共有結合は,グラフト重合法によって結合せしめたものである,液晶用スペーサー」

4.一致点・相違点
(イ) 一致点:表面に重合性ビニル単量体の2種以上からなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子からなる液晶用スペーサー
(ウ) 相違点:グラフト共重合体鎖が,本件発明では,「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の1種又は2種以上と該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の1種又は2種以上とからなる」のに対して,引用発明1では,2種以上からなる重合性ビニル単量体の組合せを特定しないものである点(以下「相違点1」という。)

5.審決の要点(新規性あると判断):
 審決では、本件発明は、引用発明1とは実質的に異なると判断された。
「引用例1には、例示された単量体の二種以上の共重合体として、特定の二種の組合せが記載されているわけではなく、当該段落の記載は、列挙されている単量体同士の組合せ(特に、「二種以上」とされていることを考慮すると、組合せはきわめて多数のものとなる。)のうち、「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」に該当するいくつかの特定の単量体と、「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体」に該当する他の単量体との組合せが、あり得る選択肢として含まれることを示すにとどまるものである。また、甲第1号証のその他の記載をみても・・・特定の二種(以上)の単量体の組合せを具体的に示す記載はない。
・・・
 そして、上記のように、引用発明1において、付着層として用い得る単量体の二種以上の組合せがきわめて多数のものになることに照らせば、多数の組合せの中に「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」と「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体」との組合せが含まれるとしても、このことをもって、甲第1号証に、「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」に該当するいくつかの特定の単量体と、「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体」に該当する他の単量体との組合せによる共重合体を付着層として用いることを示す記載があるとすることはできない。
 したがって、引用発明1が、相違点に係る本件発明の構成を実質的に備えるとはいえないから、相違点は実質的な相違である。」

6.裁判所の判断のポイント(新規性なしと判断):

「(1) 本件発明について
・・・
 以上の本件明細書の記載によると,本件発明は,液晶用スペーサーにおいて,表面に長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の1種又は2種以上と重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の1種又は2種以上とからなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子を用いることにより,重合体粒子表面のグラフト共重合体鎖の長鎖アルキル基に対して液晶分子が垂直に規則正しく配列し,液晶スペーサー周りの配向異常を防止することをその技術内容とするものである。
 もっとも,本件明細書【0014】に記載される作用効果は,単独重合,共重合によらず,長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の重合体鎖を重合体粒子表面にグラフトしたことに基づくものであって,このような「特定の共重合体鎖」に限定したことに基づく作用効果についての記載はない。
 また,本件明細書【0015】ないし【0027】の実施例の記載から,単量体を共重合した3種の共重合体鎖をグラフト重合体鎖として有するスペーサー(実施例10~12)が,オクタデシルメトキシシランで処理されたスペーサー(比較例1・2)よりも優れていることは理解できるものの,当該比較例は,カップリング剤によって処理されたものであって,単独重合体鎖や他の共重合体鎖を導入したものではないから,液晶スペーサーのグラフト重合体鎖として「特定の共重合体鎖」を限定した作用効果,すなわち,「特定の共重合体鎖」が単独重合体鎖や他の共重合体鎖である場合よりも優れていることは,何ら記載されているものではない。
 この点について,被告は,拒絶査定不服審判において,手続補正書(甲5)に,グラフト鎖が単独重合体鎖の場合と共重合体鎖の場合とを比較した試験報告書を添付し,グラフト共重合体鎖にメチルメタクリエート(MMA)を共重合することによって,単独グラフト共重合体鎖よりも光抜け改善効果が安定すると指摘しているが,このような効果は,本件明細書には全く記載されていないから,本件発明の作用効果に関して当該試験報告書を参酌することはできない。
・・・

(2) 引用発明1について
・・・
 以上の引用例1の記載によると,引用発明1は,粒子と付着層とをグラフト重合法等などによって共有結合させることにより, 配向基板に付着性が良好でかつ付着層が剥離しない液晶用スペーサーを提供することをその技術内容とするものである。
(3) 相違点1について
ア 前記(1)及び(2)の本件発明1及び引用発明1の技術内容からすると,引用例1の【0010】に列挙された「メチルアクリレート,エチルアクリレート,n-ブチルアクリレート,iso-ブチルアクリレート,2-エチルヘキシルアクリレート,シクロヘキシルアクリレート,テトラヒドロフルフリルアクリレート,メチルメタクリレート,エチルメタクリレート,n-ブチルメタクリレート,iso-ブチルメタクリレート,2-エチルヘキシルメタクリレート,ステアリルメタクリレート,ラウリルメタクリレート,メチルビニルエーテル,エチルビニルエーテル,n-プロピルビニルエーテル,n-ブチルビニルエーテル,iso-ブチルビニルエーテル,スチレン,α-メチルスチレン,アクリロニトリル,メタクリロニトリル,酢酸ビニル,塩化ビニル,塩化ビニリデン,弗化ビニル,弗化ビニリデン,エチレン,プロピレン,イソプレン,クロロプレン,ブタジエン等の重合可能な単量体の単独重合体又は上記単量体の2種以上の共重合体であって熱可塑性を有するもの」であれば,いずれもその分子構造が直鎖状であって,通常は熱可塑性を有する重合体であるといえるから,上記列挙に係る各単量体を重合して得られる重合体のほとんど全てが付着層として使用できるものということができる。
 そして,上記単量体のうち,2-エチルヘキシルメタクリレート,ステアリルメタクリレート,ラウリルメタクリレートは,本件発明の「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」に該当するものであるから,引用例1の【0010】には,文言上,「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」を共重合材料に含む共重合体を付着層とすることが記載されているということができる。

イ 本件明細書が開示する,重合体粒子表面のグラフト共重合体鎖の長鎖アルキル基に対して液晶分子が垂直に規則正しく配列することにより,液晶スペーサー周りの配向異常を防止するという本件発明の作用効果は,単独重合,共重合によらず,長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の重合体鎖を重合体粒子表面にグラフトしたことに基づくものであって,本件明細書において,本件発明が,引用発明1に開示されている構成のうちから,「特定の共重合体鎖」に限定しているとしても,それに基づいて生じる格別の作用効果に係る記載はないから,本件発明の「特定の共重合体鎖」が単独重合体鎖や他の共重合体鎖と比較して格別の作用効果を奏するものということはできない。しかも,本件明細書【0014】には,「長鎖アルキル基の層の厚みが0.01μm以上であれば,グラフト共重合体鎖の溶融効果又は配向基板上の官能基残基との反応により重合体粒子と配向基板との固着性も有する。」として,長鎖アルキル基の層が一定の厚みを有すると付着性が向上する旨を明らかにしているものである。
 そうすると,本件発明は,引用発明1における付着層を構成する重合体鎖について,その一部に相当する「特定の共重合体鎖」を単に限定しているにすぎず,このような限定によって,引用発明1とは異なる作用効果あるいは格別に優れた作用効果を示すものと認めることもできないから,引用発明1の解決課題である付着性や技術常識の観点から,相違点1が実質的な相違点ということはできない。
ウ 以上のとおり,本件発明は,引用発明1において例示的に列挙された「重合可能な単量体の単独重合体又は上記単量体の2種以上の共重合体であって熱可塑性を有するもの」の中から,「表面に長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の1種又は2種以上と重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の1種又は2種以上とからなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子」について一部限定したものというほかない。
 また,本件発明は,引用発明1から本件発明が限定した部分について,引用発明1の他の部分とその作用効果において差異があるということはできないから,引用発明1と異なる発明として区別できるものでもない。
 したがって,本件発明と引用発明1との間には,相違点は存しないといわざるを得ない。
エ この点について,被告は,引用例1には,本件発明における「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の1種又は2種以上」と,「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の1種又は2種以上」との特定の単量体を組み合わせたグラフト共重合体鎖に関する技術思想が開示されていない,引用発明1の付着層においては,「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」に該当する単量体と「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体」に該当する単量体とを,わざわざ組み合わせてグラフト共重合体鎖とする必然性はなく,これらを組み合わせてグラフト共重合体鎖とすることにより,配向異常や光抜け等が発生するという従来技術の課題を解決するという本件発明の課題やその解決手段も開示されていない等と主張する。
 しかしながら,引用例1には,【0010】に列挙された単量体の重合体鎖であれば,単独重合体鎖,共重合体鎖のいずれにおいても付着層として使用できることが開示されているのみならず,この重合体鎖には本件発明の「特定の共重合体鎖」も包含されるのであるから,引用例1には,付着層を構成する重合体鎖として,本件発明の「特定の共重合体鎖」に係る技術思想が開示されているものということができる。被告の主張は採用できない。」

2011年7月10日日曜日

最近読んだ雑誌記事12

「コンパニオン診断を保護する特許出願の日米欧における審査実務の研究」,バイオテクノロジー委員会第2小委員会, 知財管理, Vol.61, No.5, p625-642, 2011

個別の患者毎の薬剤に対する応答性をバイオマーカー等を指標として評価し、患者毎に薬剤の投与量を決定するのに活用すること等が「コンパニオン診断」と呼ばれるようです。コンパニオン診断に関しての日米欧三極の審査実務について具体的な事例に基づき検討されています。

2011年6月26日日曜日

医薬用途発明の進歩性を主張するための、明細書に記載の動物試験結果の妥当性について争われた事例

知財高裁平成23年6月9日判決

平成22年(行ケ)第10322号 審決取消請求事件

1.概要

 医薬用途発明の進歩性は、実施例に記載された試験結果を根拠にした「予想外の効果」に基づき肯定される場合が多い。

 この場合に、明細書には必ずしもヒトでの臨床結果が記載されている必要はない。

 本事例ではこの点について争われ、動物試験のみが記載された明細書の記載だけで進歩性を裏付けるに十分であることが確認された。

2.本件請求項1の発明

「Rhoキナーゼ阻害剤とβ遮断薬との組み合わせからなる緑内障治療剤であって,/該Rhoキナーゼ阻害剤が(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドであり,/該β遮断薬がチモロールである,/緑内障治療剤」

3.無効審判での審決(請求棄却、特許維持)のポイント

 引用発明2等に対する進歩性が争われた

「引用発明2:Rhoキナーゼ阻害剤からなる緑内障治療剤であって,該Rhoキナーゼ阻害剤が(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドである緑内障治療剤

オ 本件発明1と引用発明2との一致点:Rhoキナーゼ阻害剤を含む緑内障治療剤であって,該Rhoキナーゼ阻害剤が(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドである緑内障治療剤である点

カ 本件発明1と引用発明2との相違点:本件発明1が,β遮断薬であるチモロールとRhoキナーゼ阻害剤である((R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドとの組合せからなるのに対し,引用発明2はRhoキナーゼ阻害剤である((R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドからなる単剤である点

 審判体は、併用することによる効果は試験を通じてはじめて確認されたことを理由とし本件発明の進歩性を肯定し、無効審判請求を棄却した。

「・・・ピロカルピンとRhoキナーゼ阻害剤とは,共に全体としては経シュレム管流出路からの房水流出を促進して眼圧の低下をもたらす作用を有するものではあるものの,毛様体筋やぶどう膜-強膜流出路に係るその作用機序は全く異なるものであって,薬理作用(作用機序)の点において両者は完全に一致するものではないのであり,しかも,上記のとおり,緑内障治療に係る眼圧降下薬の併用療法による効果は,実際には理論どおりではないため,それぞれの症例について,様々な薬剤併用の実際の適用による試行錯誤を経た上で判定する以外に方法はなく,複数種の眼圧下降薬のその併用パターンは多岐にわたる複雑なものであるという技術的事項も考慮すれば,本件優先権主張の日前において,β遮断薬であるチモロールを用いる緑内障の併用療法に関し,副交感神経刺激薬であるピロカルピンと引用発明2に係るRhoキナーゼ阻害剤とが,互いに置換可能である等価な薬物として当業者が認識できたとは,到底認められないと言わざるをえない。」

4.原告の主張

「被告は,本件発明1の顕著な効果を主張するが,本件明細書の薬理試験では,被検体であるウサギの個体差や初期眼圧値が考慮された形跡はないし,サンプルサイズについては何ら配慮することなく,1群当たりたかだか4匹で試験さていることからも,その実験手法については看過し難い過誤がある。

 本件明細書の開示は効能の証明と称するにはサンプルサイズが余りに小さく,動物実験であることを差し引いても効果の証明とはなり得ない。本件明細書においては,エラーバーによる併用剤の偏差のデータが単剤の偏差のデータとが区別のつかない記載となっており,エラーバーの重なりから,誤差範囲において単剤と併用剤の評価がなされていることが明らかであって,適切な評価になっているかに疑問がある。」

5.裁判所の判断のポイント

「原告は,本件明細書では健常なウサギに対する眼圧降下作用を調べ眼圧降下薬の併用療法による効果を確認しており,緑内障患者に適用して効果を確認していないにもかかわらず,緑内障治療に係る眼圧降下薬の併用療法による効果は理論どおりではなく,症例に実際に適用して判定する以外に方法はないことを本件発明の進歩性を肯定する理由の一つとしている本件審決は誤りであると主張する。

 しかし,(R)-(+)-N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4-(1-アミノエチル)ベンズアミドと併用する薬剤は,眼圧降下の作用機序に基づきある程度その数が絞られたとはいえ,依然,数多くあり,これらの薬剤について,その効果を実際に確認しなければ併用における効果は不明であるところ,この数多くの薬剤の中から,示唆もなくチモロールを選択することには困難がある。緑内障治療に係る眼圧降下薬の併用療法による効果は症例に実際に適用して判定する以外に方法はないとの指摘に対して,進歩性を判断するに際し考慮すべきは,併用による効果は実際に確認しなければ分からないということで十分であり,症例,すなわち,緑内障の患者やモデル動物に投薬しその効果を判定しなければならないというものではない。そして,本件明細書では,健常なウサギにより,併用療法と単独療法を対比して眼圧降下薬の効果を確認しているから,原告が主張する誤りはない。

 原告は,本件明細書記載の実験は,1群4匹のウサギと少数の動物による実験で効果を確認したものであり,また,エラーバーに重なる部分があるので,その評価方法についても疑問がある旨も主張する。しかし,上記のとおり,特許発明の進歩性の判断では,先行技術である単独療法と比較して併用療法の効果を確認することができればよいのであって,多数の実験動物や緑内障患者により併用療法の効果の確実性を確認しなければ,先行技術と比較して顕著な効果が認められないというものではなく,実験動物の数を問題とする原告の上記主張には理由がない。また,エラーバーの重なりについても,本件明細書の図1の2時間及び4時間経過後のデータでは,併用投与群と単独投与群の間で原告が指摘するような重なりはなく,このデータにより,本件発明の緑内障治療剤が増強された眼圧下降作用を有するということができるから,原告の主張を採用することはできない。」

2011年6月18日土曜日

一体不可分の補正却下が妥当であるか争われた事例

知財高裁平成23年6月14日判決

平成22年(行ケ)第10158号 審決取消請求事件

1.概要

 審判請求時の補正が現行特許法17条の2第5項に規定する「請求項の削除」、「特許請求の範囲の減縮」、「誤記の訂正」、「明りようでない記載の釈明」のいずれを目的とするものでもない場合、補正は却下される。

 複数の補正事項を含む場合でも補正却下が請求項単位でされるわけではなく、補正全体が一体不可分のものとして却下される。

 本事例ではこの取り扱いの妥当性が争われ、一部の補正が特許法17条の2第5項の規定に該当しない場合には補正全体を一体的に却下する審決に違法性はないと判断された。

2.手続き概要

拒絶査定

→審判請求

→本件補正(前置補正)

→審査前置解除

→審尋(前置審査報告書の内容が通知された。報告書には、本件補正後の請求項発明が進歩性を欠くことが指摘されているのみ。特許法17条の2第4項の規定に違反することは一切触れられていない。)

→回答書(進歩性について反論)

→審決(「本件補正後の請求項7の記載は,「(i)バルサルタンまたはその薬学的に許容される塩と,(ii) アムロジピンまたはその薬学的に許容される塩を,医薬的に許容される担体とともに含む,医薬的組合せ組成物。」であるところ,これは本件補正前の請求項1~14のいずれかを減縮するものではなく,誤記の訂正,明りょうでない記載の釈明を目的とするものではないから,本件補正は補正要件を充足せず,却下すべきである。」)

3.原告主張の審決取消理由

取消理由1(本件補正についての判断の違法)

「改善多項制の下においては,複数の請求項に係る特許出願については,各請求項に記載された発明ごとに特許要件を審査すべきであり,そのような特許審査を前提とすれば,出願過程において複数の請求項に係る補正が申し立てられた場合には,請求項ごとに補正の許否を判断すべきである。」

取消事由2(本件出願に係る発明についての特許要件判断の遺脱)

「本件出願においては,本来,本件補正後の10個の請求項につき,請求項ごとに補正の許否を判断した上で,個別の請求項の補正の許否に従って,請求項ごとに本件補正後又は本件補正前の記載に基づき個別に特許要件を満たすかどうかを判断すべきであった。しかるに,審決は,本件補正前の請求項12について特許要件を満たすかどうかを判断しただけであり,他の9個の請求項については,本件補正前あるいは本件補正後の記載のいずれに対しても全く判断をしていない。したがって,審決には判断遺脱の違法がある。」

取消理由3(本件補正についての手続上の違法)

「本件における審尋(甲12)においては,特許法17条の2第4項の規定違反については一切触れられておらず,進歩性欠如の理由について記載されているのみであった。このため,原告(出願人,審判請求人)は,審尋に対する回答書(甲13)においても,補正後の請求項に係る発明の進歩性にのみ言及したのである。しかるに審決は,本件補正についていきなり補正却下の決定を下し,本件補正前の特許請求の範囲に記載された発明について特許要件を判断した上で,新規性欠如の理由で拒絶査定を維持するとの判断をした。審判長が本件補正に不適法な点があることを原告に通知することは容易であったにもかかわらず,原告に対して本件補正につき何らの通知もせず,また,再度の手続補正の機会を与えないまま本件補正を不意打ち的に却下したことには手続上の違法がある。」

4.裁判所の判断のポイント

「1 取消事由1(本件補正についての判断の違法)について

 平成14年法律第24号改正前の特許法17条1項,4項,17条の2第1項,53条1項,17条の2第4項,159条1項(以下において「改正前」というときはこの平成14年の改正前を指す。)は,手続をした者が補正をすることができることや補正が可能な時期等を定めるとともに,一定の要件がある場合は,補正を却下しなければならないとしているが,この規定に加え,補正は,特許請求の範囲のほか,明細書,図面についてもされるものであり,補正事項が請求項ごとに明確に区分されるものではない場合があって,このような場合も含めてどのような内容の補正とするかは出願人の意向次第であるから,補正内容によっては,請求項ごとに補正要件の有無を判断することができないことがあることにも鑑みれば,一つの手続補正書によりされた補正は,補正事項ごと,又は請求項ごとの補正としてその可否が審理され判断されるものではなく,特許請求の範囲の減縮が複数の請求項にわたっていても,補正は一体として扱われ,一部に補正要件違反がある場合は,その補正は全体として却下されるべきことを予定していると解するのが相当である。

 本件補正のうち,請求項7に係る部分は,改正前17条の2第4項に掲げる事項のいずれをも目的とするものではないことは審決の判断するところであり,原告はこの判断の誤りを主張しない。審決において補正を却下すべきものとした理由は,本件補正後の請求項7についての補正が,改正前特許法17条の2第4項1~4号のいずれにも該当しないとの点にあるが,その理由の実質をみると,補正後の請求項7で規定する事項が,補正前の各請求項に記載した事項の範囲内におけるものではないから,減縮にも当たらないとの判断をしたものと理解することができる。このような理解を前提としてみれば,請求項7についての補正を含む本件補正を却下すべきものとした審決の判断はこれを支持することができる。

 原告は,改善多項制の下においては,複数の請求項に係る特許出願については,各請求項に記載された発明ごとに特許要件を審査すべきであることを前提に,出願過程において複数の請求項に係る補正があった場合には,請求項ごとに補正の許否を判断すべきであると主張する。

 この主張は,補正を一体として却下すべきものとの上記判断に必ずしも結び付くものではないが,平成14年改正の前後を通じての特許法49条,51条の文言などからすれば,特許法は,一つの特許出願に対し,一つの行政処分としての特許査定又は特許審決がされ,これに基づいて一つのまとまった特許が付与されるという基本構造を前提としているものと理解される。このような構造の理解に基づけば,複数の請求項に係る特許出願であっても,特許出願の分割をしない限り,当該特許出願の全体を一体不可分のものとして特許査定又は拒絶査定をすることが予定され,一部の請求項に係る特許出願について特許査定をし,他の請求項に係る特許出願について拒絶査定をするというような可分的な取扱いをしないとの特許庁における一貫した実務の扱いも支持することができる。改善多項制は,一出願の下において複数の発明が出願された場合には,一体として特許登録がされるものの特許権は請求項ごとに成立することにしたものであるが,このことは,各請求項に記載された発明ごとに特許要件を審査することに必ずしも結び付くものではない。したがって,原告の上記主張は,当裁判所の採用するところではない。

 以上のとおりであって,取消事由1は理由がない。

2 取消事由2(本件出願に係る発明についての特許要件判断の遺脱)について

 原告は,本件補正後の請求項については,請求項ごとに補正の許否を判断すべきであり,仮に,補正については全体を不可分一体のものとして補正の許否を判断するという取扱いが許されるとしても,その場合は補正前の請求項の全てについて個別に特許要件を満たすかどうかを判断しなければならないのに,本件補正前の請求項12についてのみ特許要件の判断をした審決には判断遺脱の違法があると主張する。

 まず,本件補正を一体のものとして扱った審決に誤りはないことは既に判断したとおりである。

 また,複数の請求項に係る特許出願であっても,特許出願の分割をしない限り,当該特許出願の全体を一体不可分のものとして特許査定又は拒絶査定をする特許庁の実務を支持できることも前記のとおりである。したがって,本件補正前の請求項12についてのみ特許要件の判断をした上で,これに新規性がないことを理由に請求不成立とした審決に,原告主張の判断遺脱はない。

 よって,原告の主張する取消事由2は採用することができない。

3 取消事由3(本件補正に関する手続上の違法)について

 原告は,審尋において,審判長が本件補正に不適法な点があることを原告に通知することは容易であったにもかかわらず,原告に対して本件補正につき何らの通知をせず,また,再度の手続補正の機会を与えないまま本件補正を却下したことには手続上の違法があると主張する。

 しかし,補正却下について規定する改正前特許法159条1項が準用する同法53条1項は,補正却下に先立って出願人に違法な補正事項を通知し反論又は補正の機会を与えなければならないとする別段の規定は存在しない。したがって,この規定に係る補正の却下に際して,却下すべき旨の理由を事前に通知し補正の機会を与えることが必要とされるものではないと解されるから,本件補正による補正後の請求項7が改正前特許法17条の2第3~5項のいずれかの規定に違反する補正事項を含むと判断された場合,原告主張の事前の手続なしに補正却下がされたとしても,違法となるものではなく,原告の主張する取消事由3は採用することができない。」